笑う門には福来る

 プクランド大陸の東の果てにイベントのメッカあり。その名はプクレット村。
 笑いを愛するプクリポ達が始めた演芸グランプリという小さな祭りが始まりだったが、今では数多くのイベンター達がこの村のステージを借りて日々イベントを繰り広げてる。最近は5種族感謝祭のプクランド会場として選ばれたし、ステージを借りるのだって事前予約必須の大繁盛よ。
 カラフルな風船で飾られているのは、ステージだけじゃない。高低差のある村の中を、縦横無限に駆け巡る万国旗。風船は訪れた旅人全員に配られるから、ごついオーガもチャラいウェディも逃れる事は無理。料理ギルドで腕を鍛えた奴らが屋台から美味い香りを振りまいて、ステージ前のテーブルが賑やか華やかだ。
 年がら年中お祭り騒ぎのプクレット村。そんな村が一番賑やかになるのは、勿論、老舗中の老舗、最古にして最高と噂名高き演芸グランプリさ。この時はオルフェアからプクレット村へ直通の馬車が専用で用意されちゃうからな。
 未来のナブナブ大サーカスのスター、メギストリスのファッションプレゼンター、グランゼドーラ王立劇場の主演まで様々な奴らがデビューした。俺の兄貴のルアムだって、この演芸グランプリで殿堂入りしてグランゼドーラ目指して旅してる最中だ。
 華々しい未来を夢見たひよっこどもを、肥えた目をした狼どもが見ていやがる。あの辛口で出場者を棺桶にねじ込むと評判のヒゲオヤジが、旅人達と熱心にチャンピオン予想を繰り広げてるぜ。
 俺は全体を見渡してトラブル無く祭りが進行しているのを確認して、村長の家へ向かった。
 笑い顔と泣き顔のプクリポのシンボルが描かれた幕をさっとくぐり抜ける。踏み込んだ薄暗い室内を、パッとライトが照らす。俺もパチンと指を鳴らしスポットライトを浴びると、目の前に躍り出た白髪の老人に負けないキレッキレのステップを繰り広げる。指先まで行きわたるダンスの真髄。軽快で皆を思わず踊らせてしまうようなタップダンスと、宙を泳ぐような空中回転。互いに一寸狂わず同じ決めポーズでフィナーレだ!
 だが、目の前の老人はそのまま腰を押さえて崩れ落ちた。
「あだだだだ!やっぱり腰が痛い!」
「プックレイ村長。無理しちゃ駄目だぞ」
 俺は村長の肩を支えて、ベッドに座らせる。奥さんがほらほらって言いながら、腰に湿布をベタンと貼り付けた! お前さんはもっと優しく出来んのか!ってぶーぶー口髭の下で唇を尖らせる。
 少し落ち着いたのか、村長はハァとため息をついた。
「ワシも歳じゃのぉ。このプクレット村最大の祭典 演芸グランプリの司会を、たかが腰痛で休まなきゃならんなんて…」
 そこで村長は俺に顔を向ける。
「トルットもこんな大きなイベントの運営は大変じゃろう?」
「全然」
 俺は首を横に振った。俺はイベンター。いろんなイベントを企画して、皆と楽しむエンターテイナーだ。確かにこれだけ大きなイベントだから、大変じゃないってのは嘘だ。でも、5種族感謝祭が立ち上がった時プクランド大陸の運営メンバーに選ばれたし、一人じゃできないスタッフを頼んでやるようなイベントだってやった。今までの経験があれば、乗り越えられちまうさ。
 だが、プクレット村主催のイベントなのに、村長の挨拶が無いってのは締まらない。イベントを主催する者は、参加者への感謝を決して疎かにしない。イベントは参加者がいて初めてイベントってものになるからな。
 ま、今回話を受けたのが俺で良かったな!
 俺がぱんと手を叩きどろんと煙を身にまとい、その煙が消え去った時には白髪の黄色っぽい肌、赤いシャツに黒いパンツのプクリポの姿になる。キレッキレのダンスをして、びしっとポーズを決めれば、その場の全員がビックリよ! 実は俺、コスプレもスゲー得意なの。仕草もたくさん習得してるから、人様のモノマネも瓜二つ!
「おぉ! ワシそっくり!」
 プックレイ村長に俺はニヤリと笑ってみせる。
「まぁな! 村長としてバッチリ挨拶もしておいてやるよ!」
 村長は『くー! この腰痛さえ無ければのぉ!』と喚いているが、奥さんがびしっと腰に突っ込んだ瞬間『アウッ!』と呻いて撃沈した。病人は大人しくしてろっつーの。
「後はこの百戦錬磨のイベンター、トルット様に任せておけって!」

 プクレット村の中央にどーんと構えるステージの前は、沢山の人で溢れかえっていた。今日のプクレット村は、グレン駅前やメギストリス王国入口に負けない人口密度だ。数々のイベントで顔を合わす顔なじみの参加者、イベントが好きすぎてイベンターになった奴らと軽く挨拶を交わす。様々な種族がいるけど、やっぱりお笑い好きなプクリポが多いって感じだな!
 俺はスキップでステージに上がる。会場がプクレット村の村長が登場したってことで、静まってくる。
 指でリズムを取り、ぱちんと頭上で大きく響かせる。ピンポイントで俺を照らすライトの下で、びしっと決めポーズだ!
「レディース アンド ジェントルメン! 今年もプクレット村主催、演芸グランプリにようこそ!」
 わぁっと上がる歓声、惜しみない拍手! くー! たまらねぇなぁ!
「堅苦しい挨拶はなしじゃ! さぁ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊ってテンションを上げるぞい!」
 くるっと高めに空中一回転ひねり! 両手に持った紙吹雪が、飛び立つ鳥のように吹き荒れた! 着地でびしっとかっこいいポーズ! 浜辺にスタンバイした花火係が、盛大に昼花火を打ち上げる。赤に緑に黄色に青にピンクの五段雷。5種族をイメージした煙が龍のように頭上を流れ、歓声と共にお客さんが持った風船が舞い上がった!
 俺は村中に響き渡る大声で言い放った!
「レッツ! エンジョイダンス!」
 そう声をあげれば、楽器を持っている奴らが誰からともなく演奏しだす。ノリノリの音楽といえば、勇者の行進! 太鼓を響かせ、光を反射させてトランペットが音だけじゃもったいないと火まで吹く。リュートをかき鳴らし、タンバリンがテンションあげよと連打する。テーブルの上のグラスが跳ね上がる大盛り上がり!
 いいね! いいね! もっと盛り上がっちゃいな!
 誰も彼もが踊り出し、踊り出さない阿呆は周囲が突いて躍らせる。そうして参加者全員が踊って会場がめちゃくちゃになる中を、俺は踊って抜け出した。ちょっと体力がない連中が息切れし出したタイミングで、司会役の仲間が道化の姿で舞台に乗りあがって演芸グランプリが始まった!
「やぁ、トルット! お疲れ様!」
 ステージや観客を見下ろせる坂の上の噴水まで登ってくると、そこには5人ほど仲間が待機していた。その内の一人が満面の笑みで飲み物を差し出してくれた。ぷくぷくピーチのサイダーはキンキンに冷えて、喉を痛いくらいに突いて胃に転がり落ちる。ぐびぐび、ぷはー! あー! 美味しい!
 おっと、村長用の白い付けヒゲが泡だらけだ。
 俺はパンと手を叩いて、一瞬にして青い毛に青い肌、青に統一された服に着替える。顔には青く染色したヒゲをぺたり。青プク青ヒゲで名前の知れたトルットのいっちょ完成だ!
「皆も誘導お疲れ様!」
 いやぁ、お疲れ。お疲れ様です。皆がそれぞれに声をかけて労う。
 イベントは何が大変って、開始するまでの段取りが大変なんだ。準備に告知に、会場への誘導。特に会場の誘導なんかは俺一人じゃあ到底できない。そんな時には、イベンターの経験者やイベントの常連参加者なんかが手伝ってくれるんだ。
 『会場はこちらですよー』『武器や防具は外して、宿屋や預り所に預けてくださいー』『魚の見せびらかしは禁止です』『分からないことはスタッフまでー』『開始は何時からですー』とか、軽く挙げただけでもこんなにたくさん。
 声かけ以外にも準備の段階で出店の位置や、ゴミ箱や昼花火や参加者に配る風船とかとにかく準備が大変だ。俺なんか倉庫が火薬庫や風船置き場になっちゃうからね!
 会場に使う町によっては、参加者じゃない冒険者や住民に迷惑が掛からないよう調整もしなくちゃいけない。あまりにも人数が多く集まって、通り抜けられないとか苦情が出ると、俺達が『運営』って呼んでる所から注意が飛んで来るんだよね。
 告知は慣れてる。もう、オルフェアの酒場のニロップさんとは顔見知りで、掲示板に載せたりするのなんか一声でオッケーだ。俺くらいに顔が広いと、手伝いの人伝だったり、イベント常連さんの口コミで広がるもんだ。それに今回のイベントは伝統的なプクランドの祭典の一つだから、俺がする告知なんかほんのちょっとで問題ないくらいだ。
 イベントが始まっちゃえば、あとは野となれ山となれ。企画者と参加者がゴロゴロと転がり落ちる坂のごとし。
「変な奴は来てない?」
 俺が隣にいる仲間に聞くと、『来てる、来てる』と軽い口調が返って来る。
「プクリポ食べちゃうぞって冗談言う、いつもの常連は来てるよ」
 ほら。そう仲間が指差す先に見慣れたシルエット。
「まぁ、あいつは食べるふりはするけど、実際に食べたりしないから平気か。周囲の参加者が嫌な顔し出したら、注意しよう」
 イベンターには準備以外に、もう一つの大事な仕事がある。イベントに来る荒らしの対応だ。楽しいイベントの裏側は、想像以上に大変なんだ。
「何事もなければ良いんだけどな…」
 俺達は賑わうステージと観客席を見下ろした。
 演芸グランプリはプクランドでは名の知れたイベントだが、所謂『アマチュアの演芸大会』である。玉石混合なイベントで、兄貴のルアムのように伝説の芸人パノンの再来と言われる実力者もいる。だが、打ち撒けて見れば素人芸の方が圧倒的に多い。誰でも参加できる敷居の低さを予選で篩に掛けたって、金を払って見るショーのようなプロ集団には絶対になれやしない。
 それは、プレイヤーイベントを主宰するイベンターの世界でも同じだった。
 イベンターは様々なジャンルが存在する。フリーマーケットの開催。皆でウォーキング。季節の花を愛でるような集会もあれば、趣向を凝らしたハウジング巡り、共通の趣味の座談会、定期的に開催される隠れ居酒屋とかとか挙げたらきりがない。そんな千差万別なイベントを十人十色のイベンターが企画する。イベント参加者である冒険者や住人は、自分の興味のあるイベントに参加して楽しむのだ。
 イベンターだって最初のイベントがあり、百戦錬磨のベテランだって素人の時がある。失敗だって当然ある。だが、自分が参加したいと選んだイベントだからと、参加者は暖かく見守ってくれるものだ。
 だが、歴史あるイベントはなかなかそうはいかない。
 俺達、ベテランイベンターが裏方に付いていてもだ。
 殿堂入りを果たした兄貴が出場しない今大会は、辛口評論家曰く『不作の年』と言われているらしい。一見和気藹々とした会場に見えるが、ステージの漫才より料理を食べたり、友達と喋り出す姿がちらほら目につき始める。
「暇つぶしにはちょうどいいよね」
 プクレット村の子供達が囁く声が聞こえた。
 うーん。これは良くない。
 仲間達も不協和音を感じていて、不安を滲ませ始めていた。常連ばかりのイベントと違って、不特定多数のイベント慣れしていない参加者がどう動くのか全く想像ができない。暴言を叫びまくる奴、ほんの些細な事で粘着して追いかけ回す奴、荒らしの種類は様々だ。だが結局はイベントを楽しみにして来てくれる人を、楽しめなくする迷惑な奴らを『荒らし』として対応しなくてはならない。
 注意一つで大人しくなってくれる奴ばかりじゃないけど、強制退場でおかえりいただく方法もある。飽きて会場を去るなら、それは自分を制御できる上客だ。それよりも問題なのは…
「おい! お前の謎かけとか意味わかんねーぞ!」
「はぁ! 噛めば噛むほど味のあるスルメのような笑いが、分かんねー奴は帰りやがれ!」
 はぁい! 心配していた喧嘩が始まりましたー!
 仲間達が速攻で注意しに行ったけど、火種のような罵詈雑言は、飽きていて微睡んでいた参加者に全く間に燃え広がった。
 あの芸人は面白くない! いや、お前の推しの根拠の方が意味不明! こんなんで、笑えとかレベル低すぎだろ! 上等だ!表にでやがれ! もう表だし! もはや声は舞台の上の芸人よりも響き渡ってる。
「ちょ! こらー! お前ら、落ち着けー!」
 スタッフの悲鳴が頭上を舞う。注意をして興奮した冒険者に跳ねあげられたんだろう。
 殴り合いの喧嘩が始まり、会場は大乱闘で手が付けられなかった。あっちで怒鳴り合い、こっちで殴り合い、そっちは一触即発、右から左へ追いかけっこ。まるで一気に揚がってきた揚げ物だ。どれもこれもキツネ色だけど、モタモタしてたら黒焦げになっちゃう感じ。でも、俺はどこから手を付けて良いか分からず、全部を黒焦げにしてしまうだろうって感じ。あぁ、こんな時、兄貴がいればエンドオブシーンで全員黙らしちゃうんだろうになぁ…!
 もう、イベントどころの話じゃねーし!
「どーすんだよ! もう、僕達でも収拾つかないぞ!」
 ベテランイベンターである仲間の一人が悲鳴をあげた。うん。俺もそう思う。
 荒らしがどんなに騒ごうと、周囲が構わず無視を決め込めばイベントスタッフ達で対応できる。注意や通報からの強制退去と手段はそれなりにある。だが、それは他の参加者がスルーしてくれるから出来ることだ。
 参加者まで広がったら、もう抑える手段なんかない。
 本当にどうすれば良いんだろう。とりあえず、騒動から逃げたい奴は逃がしているが、騒ぎの中心は油を跳ね散らかす危険地帯だ。近づけば火傷で済むどころか、油の中に突っ込まれて黒焦げになるまで出てこれないかもしれない。
 そんな中、ふわりと何かが通過した。
 参加者に配った風船のようなふわふわした白い何かは、屈強なオーガの腰辺りを通過する。あの高さ、もしかしたら子供が近くにいるのか? 一番危ない所の真横を通過する白い何かは、場違いなほどに呑気だった。怪我をしたら危ない。俺は駆け出した。
 案の定、ドワーフの裏拳がちょうど白いふわふわに突き刺さりそうになる。
「おい! あぶな…」
 俺は言葉を飲み込んだ。白いふわふわは裏拳を水色の触手ではしっと捉えると、そのままドワーフの顔が白に覆われてしまったのだ! ぱふ、ぱふ、ぱふ。静寂はたっぷり深呼吸3回分。白が離れて解放されたドワーフは、恍惚の表情を浮かべてその場に崩れ落ちた。アズランの温泉でもなかなか見れない、気持ちよすぎて溶けてこのまま地面に染み込んでしまいそうな表情だ。
「ぱふ…ぱふ…」
「おぉ、あの御方は…!」
 仲間の歓声を聞きながら、俺も感動で体を震わせていた。
 白いフワフワは、しびれくらげだった。
 プクランドでは知らぬものは居ないとまで言われたその御方は、しびれくらげ先生と呼ばれる方だ。滅多に人前に姿を表すことはないが、出てきたら最後、その場の誰もが抱腹絶倒で翌日まで立ち上がれないと言われている。名前の通り白い体と水色の触手のしびれくらげだ。だが、先生はとにかくすごい。
 舞台に上がったしびれくらげ先生に、気がついた連中が驚いた様子で手を止める。怒号は収まり、会心の一撃で吹っ飛ぶ奴はいなくなった。静まり返った会場を見回し、しびれくらげ先生は静かに魔力を溜め始める。白い体が溶けるほどに光り輝く魔力が、次の瞬間解き放たれた!
「いやん…マダンテ!」
 凄まじい笑撃と共に、プクレット村が爆笑の渦に飲み込まれた。さすがプクランド流行語大賞に選ばれた渾身のギャグ!
 今回の優勝はしびれくらげ先生で良くね? とにかくイベントが笑って終わりそうで、俺は腹の底から声を張り上げて笑った。