解放

 ちょっと金を稼ぎに行こう。
 それはロレックスがいきなり言い出した事で、『ちょっとそこらに買い物に行こう』と言う程軽い口調で言い放たれた。勿論、それは僕に向かって言われた事である。ルクレツィアは基本別室であっても僕らと同じ部屋で過ごす事が多いが、この時は彼女自身に当てた部屋で休んでいる。
 どういう事だろうと眉間に皺を寄せると、ロレックスは僕の手帳より少し小振りの手帳を取り出した。書き込まれている文字は商品名とその金額。どうやら出納帳のようで、その数字はロレックスがページを繰る度に少なくなって行く。その額は数人の旅人の集団が持ち旅をするには十二分な金額だったのだが、それが最後のページに多額の出費で削り取られていた。何の出費かは想像がつく。ルクレツィアにネックレスを贈った日付だ。
「ムーンブルクの定期便には乗れる。だが、風の塔からムーンペタまでの旅費が足りなくなる」
 ロレックスはそう言って渋い顔で唸る。
 僕達は今はベラヌールからペルポイ経由でムーンブルクの港である風の塔へ向かう定期便を使って、ムーンブルクを目指している。デルコンダル経由は最短距離だが海が荒く、ルプナガとサマルトリア経由では陸路が長い。海路でのロレックスの選択は確かに一番妥当な選択だったろう。しかし風の塔からムーンペタの陸路は、最短距離という物が無く山脈を大きく迂回して行く必要がある。その道中に旅費が尽きる計算なのだろう。
 ベラヌール出発時点なら、何の問題も無くムーンブルクに到着していたに違いない。だが、ムーンブルク女王様の買い物は、物は小さくても金額は高かった。ロレックスも僕も想像も付かないタイミングで相当の出費が嵩んだのだ。
「という訳で、金を稼ぐ必要が出て来た。それで、これだ」
 ロレックスはテーブルの上に一枚の手配書を拡げた。顔がやや長く前髪を短く切りそろえた中年の男の似顔絵が描かれている。
「ローレシア傭兵組合の最速のネタだ。この似顔絵の男はラゴス。傭兵や各国の治安組織ではかなり名が通ってる有名人で、あまり同業者と馴れ合う事のしないフリーの盗賊だ。こいつは先日ペルポイで出荷直前の宝石類を盗み出そうとして御用になって、ペルポイの牢獄にぶち込まれた」
「一件落着じゃないか」
 そう答えると、ロレックスは『いやいや、そんな事は無い』と笑って否定した。
「ラゴスは有名人だが、どうして有名かというと脱獄センスが凄く良いんだ。捕まっても一週間の内には牢屋はもぬけの殻…って事が殆ど。今回もご期待に添えて捕まった翌日から姿が牢屋に無い」
「ペルポイの牢獄から脱走? そんな事が出来るのか?」
 ペルポイが鉱山都市として栄えた歴史が、ペルポイの牢獄を世界で最も堅牢とさせた。牢獄は鉱山都市の特色溢れて世界の牢獄で最も厚みある鉄格子であり、周辺の壁を掘って脱獄しようと計れば掘り尽くされて脆くなった坑道が崩れて生き埋めになる。勿論解錠や脱出の呪文が使えないよう、魔法陣も張ってあるので呪文も使えない。
 しかし、運良く牢屋の鍵が手に入ったとしよう。しかし、鍵を開けて牢獄から出られても日を拝められるかは別問題である。このペルポイの坑道は複雑に入り乱れ地図も制作不可能、地場の関係でコンパスも役に立たない。牢獄に入れられる囚人は目隠された上で籠の様な物に入れられて搬送される為、どんなに方向感覚が優れ記憶力が良くても覚える事は不可能なのである。
 脱走しても、坑道から出られず仏になる。ペルポイは牢屋と複雑な坑道によって二重の施錠がされた、脱出不可能な牢獄として世界的に有名なのだ。もし脱出されたとなれば世界的な大ニュースである。
 そこでロレックスがにやにやと満面の笑みで答えた。
「だからローレシア傭兵組合の最速ネタって言ったじゃないか。公になる前に見事ラゴスを牢獄内にぶち込めば、これに多額の上乗せしてくれるって話だ。ペルポイの面子が掛かってるのさ。美味い話だろ?」
「そう簡単な話ではないだろう」
 ローレシアは傭兵を支援する為に作られた国である。その為に世界の大都市にはローレシアの傭兵を支援する窓口があり、ロレックスにとっては鋼鉄の剣になるのだがローレシアの傭兵の証明を立てられれば特別な援助が得られる。仕事の斡旋や情報公開が行われ、逆に仕事の依頼を持ち込まれる事もあるそうだ。ペルポイは面子に泥が掛かる覚悟で依頼を出したのだろう。
「初代国王はローレシアが国とあらんとする限り、他国の国益を護る必要があると宣言した。ローレシアに属する傭兵の義務なんだ」
 ロレックスは真面目そうにそう言う。その言葉に僕も、成る程と頷くしか無い。
 ローレシアはアレフガルドの傭兵にして勇者であるアレフによって立てられた王国である。最初は北大陸の陸路の護衛の拠点として栄えたが、最終的には世界的に傭兵を纏め上げる王国となった。国王は国として歴史が浅く観光や農産物などの資源が少ない代わり、傭兵という人の資源を最大限に活用した。他国から依頼を受け、依頼を遂行し信頼を得て来たのだ。信頼が失われ、依頼が無くなる事はローレシアという国にとって死を意味する。
 ローレシアの傭兵は恩恵を受ける代わりに、いくつかの義務を担っている。ペルポイからの依頼も、ロレックスにとっては義務として受ける必要があるのだろう。
 するとロレックスは意地悪そうな顔になって言った。
「本来はお前の護衛中なので受けるのは進まないのだが、なにしろ先立つ物が無いのはいかん。それに、ルクちゃんに俺が汗水垂らして稼いで来たのに、お前は宿でのんべんだらりとしてました…って知られるのはかなりかっこわるいぜ」
 わざとらしく吹き出す仕草が癪に障る。僕が苛ついて口を開く前に、目の前に顔が長くて髪を短く切りそろえた中年の男の似顔絵が突きつけられた。ぱっと紙から手を離され、ひらりと宙を待った手配書を思わず受け取る。
「ほらほら、行こうぜ。行ってその馬面を牢屋の中にぶち込んじまうぞ」
 言ってる間にロレックスは荷物を装着し準備を整えながら、僕にも荷物を押し付けて用意させる。そんな様子を憎々し気に見遣りながら、僕は隣の部屋に居るルクレツィアの事を思い出す。
 ロレックスはそれを見透かした様に言った。
「ルクちゃんは宿の主人にお願いしてる。『イオナズンで宿粉々にされたく無かったら、変人は通すんじゃねーぞ』ってな。ま、ローレシアの組合の方でも少しの間は間接的に護衛してくれるって言ってるし、大丈夫だろ」
 そして、最後に盾と剣を押し付けてこう言うのだった。
「女々しく稼ぐ男の帰りを待っていたいなら、そうしても構わ…」
 僕は力一杯その顔に鞘に納めた剣をめり込ませるのだった。


 ペルポイは世界最大の鉱山として栄えた町であり。一つの山を縦に分断する程に掘り貫かれた大通気孔にへばりつく様に、家々が立ち並んでいる。道は木々を組み合わせた橋のような足場が続き、南の港の優れた造船技術を応用した木製の家が並んでいる。谷底を見遣れば大通りの美しいタイル張りの道が見え、小川が流れる先には底に射し込む僅かな陽光に煌めく泉が見える。
 居住区の道でさえ上下左右に入り組んで難しいものの、ロレックスは迷う事無く進んでいく。やがて、大通気孔の最上部、ペルポイの入り口付近に到達する。恐らく町の政を担う組織が集まっているのか、頑丈で歴史を感じる彫刻を施された建物が増えて来た。
 その中の一つである刑務所の扉を潜ると、ロレックスは入り口の屈強な男に話しかけて話を進めていく。ロレックスが受けている逃げ出した盗賊の事についての説明を聞き流しながら、僕は周囲を見回す。全体的に物々しい雰囲気で、窓枠には全て鉄格子が嵌められている。警備員も他国に比べれば重装備の人間が多いが、ペルポイは格別で戦闘を主な仕事にしている人種である事を窺わせる。諸外国に狙われる事は無かったが、盗賊の侵攻は多かったのだろうと思う。
「サトリ、行くぞ」
 ロレックスの声が響き渡る。頭二つ分はでかい男と話し込んでいたロレックスは、その男から離れ僕の前を歩き出した。刑務所の奥はペルポイでは初期であり最も入り組んで最も深い坑道へ繋がっていて、その坑道が牢獄を兼ねているそうだ。その入り口の鉄格子の施錠を守衛が開けると、一枚の紙を手渡される。牢獄を兼ねた坑道の危険に対し、ペルポイ側には一切の責任が無い事を誓う誓約書だ。ロレックスはそれをすらすらと書き込んで、守衛に渡して解錠を依頼した。
「案内無しで平気なのか?」
 鉄格子が背後で閉まる物々しい音が響く。目の前に広がる坑道は十歩歩けば枝分かれするが、ロレックスは迷う事無く道を選択していく。少し不安になった僕は、前を行くロレックスに話しかけた。
「大丈夫。ラゴスの牢獄までの道順を記した暗号の紙を貰ってる。後は看守が用いる特殊な印の見分け方とかも教わってるから、俺がいる限りここから出られない事態になる事は無いよ」
 僕より背が低いロレックスを上から覗き込めば、成る程、手元を照らしている彼の視線の先には真新しい文字が書き連ねられたメモが握られている。文字はローレシア創立時から傭兵が主に使っている暗号だが、実は最近は超古代文字の流用であると噂が立っている。僕が読んでも全く分からない文字が連なっているが、ロレックスは苦もなく読み進んでいるようだった。
 それでも、ロレックスが手元ばかり照らすので先は暗いままだ。良く転ばないものだと感心してしまう。
 皮を裏打ちした青い旅人の服が闇に黒く沈み、彼が装着している鋼鉄の剣や鞄の留め金がちらちらと僅かな光に反射した。僕の分と配られたランプは帰りの事を考えて温存している為に、僕は僅かな光を頼りにロレックスに続いた。ロレックスはそれでも危険な所や転びそうな場所を指摘して先を歩いた。長い年月で踏み固められた道は坑道であっても比較的歩きやすい。
 流石の僕も方向感覚を失いつつあると思った頃、ようやくロレックスが足を止めた。
「ここだ」
 なんの変哲も無い牢屋を照らし出す。ラゴスが投獄されたという牢屋には、誰かがいるという様子が見受けられない。ロレックスの横に立って施錠を確認すれば施錠は行われているままで、確かに脱獄というよりもラゴスは何処に消えたのかと疑問に感じるのは当然だと思う。魔力を僅かに引き出して呪文を使おうとするが、組み込まれた魔法陣によって発動は妨げられる。
「サトリはどう思う?」
「ラゴスはこの牢獄に潜んでいる可能性が最も高いだろう。それかペルポイが把握していない脱走経路が罪人によって生み出されていて、それを使用して刑務所の入り口以外の出口から逃亡しているか…。しかし、そんな経路が存在するなら解錠の技術さえあれば誰でも脱走出来る。ラゴスだけというのは納得がいかん」
「ふむ、成る程」
 ロレックスは僕にランプを預けると、鞄からこの牢屋の鍵だろうものを取り出した。軽い音を立てて鉄格子を開けると、中に入って内側から鉄格子を閉めて施錠する。鍵を僕に預けると、ロレックスは明かりも届かない牢屋の一番奥まで歩を進めた。鋼鉄の剣より小振りの短剣を引き抜き、僕だったら何も見えない暗闇をロレックスは目を細めて凝視し始めた。
「ロレックス、お前はそんな真っ暗い中で見えるのか?」
「あぁ、うん。俺は夜目が凄く利くんだ。俺の親父も、そのまた親も皆そうらしいから家系なんだろうよ」
 平然とそんな風に返すロレックスだが、僕の視る限りロレックスが視ている世界は真っ暗な筈だ。光と闇の差が激しい為に、闇は指先すら融かす程に濃い。実際、僕の足下ですら僕は見えずにいるのだ。夜目が利くというレベルではない気がする。
 ロレックスは明かりの無い真っ暗い空間を丹念に調べ上げている。地層の関係で元々黒っぽい岩盤一つ一つに手を掛けては覗き込んだり、矯めつ眇めつ観察していた。時折短剣の先で突いたり引っ掻いたりして、偽装はないか調べているがどうやらラゴスを発見する兆しは見られない。
 ロレックスは結局、帽子に手を突っ込んで髪を掻いた。
「んー、見つからねぇなぁ」
 そう言って僕に振り返った顔は、とてもがっかりした様子は見受けられない。にんまりと笑みを堪えるような顔つきで、どうやらラゴスが隠れている場所を特定したと言わんばかりの表情だった。
 その言葉と表情が何を表すのか。一芝居打ってラゴスをおびき出す、そうとしか受け取れない。
 僕は表情を変えずに淡々とロレックスに言った。
「役立たずだな」
「サトリが言うなよ。とにかく別を当たろう。鍵を開けてくれないか?」
 僕が応じて鍵を開ける。扉を開け放ち、僕は扉に手を掛けながらロレックスを待つ姿勢になった。
「僕に命令とは。偉くなったもんだな、ロレックス」
「俺達傭兵は依頼主を偉いとは思わねぇもんなの」
 酷く緩慢な動きで牢屋の真ん中辺りまで来ると、ロレックスは足を止める。鞄を漁って間もなく、あの通路の順番を示した暗号のメモが現れる。警戒など欠片もしていない様に、無造作に手に取って僕と他愛の無い会話をやり取りする。しかし、僕から見れば絶対に食い付く餌を絶対に取れるだろう位置に泳がせて獲物を待っている様にしか見えない。
 ラゴスには悟られていない、絶対の自信があるのあろう。
 そして、変化は直ぐに現れた。ロレックスの背後の闇から、人影が突如躍り出る。顔を岩盤で作った顔料で塗り黒くして、まるで黒い毛並みの馬のように見える顔の長い男である。その男の動きは確かに速かった。盗賊を本職とし数々の経験と修羅場を潜り抜けたのが分かる様に、その男の動きに無駄は無く柔らかい靴底の靴のお陰とは言い難い程に無音の動きだった。
 彼は瞬く間にロレックスからメモを奪い取ると、開かれた鉄格子向かって駆け出した。
 だが、ラゴスはそこで驚きに目を僅かに見開いた。
 彼は僕らが仰天し動揺した表情で己を見るのだろうと思っていたのだろう。だが、どうだ。鉄格子の横にいる僕は、待ちかねた様に微笑し鉄格子に掛ける腕に力を込めた。
「初めまして、ラゴス」
 坑道の隅から隅まで響き渡る轟音が轟いた。
 僕が力と勢いを有りっ丈に込めて閉めた鉄格子にラゴスが吹き飛ばされる。吹き飛ばされるラゴスの背後では飛び上がったロレックスの姿。フワリと舞い上がった帽子の下で、不敵な笑みを浮かべたロレックスは痛烈な回し蹴りをラゴスの側頭部に見舞ったのだった。
 ラゴスの細長い体が牢獄の強固な岩盤に吹き飛ばされ、当たる。気絶したのか、ぐったりと体が重力に従って崩れ落ちた。そんな姿を見ながら、僕は特に感心もない様に先程の言葉を続けるのだった。
「さよならを言う暇がない事は、とても残念だったな」
 僕が向けた言葉にケラケラと笑ったロレックスは、満面の笑みのまま鉄格子を開けて牢屋から出ると再び施錠する。ロレックスが閉めた鉄格子の一部が若干歪んでいるのを楽しそうに眺めている。
「ナイスだったぞ、サトリ」
「お前に褒められても嬉しくも何ともない」
 僕が腕を組んでロレックスを見下ろすと、『本当に素直じゃねぇなぁ』とかロレックスが唇を尖らせて文句を言う。あれほどの素早さを誇る相手を捕まえる事に、僕の動体視力や瞬発力が劣っているとは考えられない。しかし、確実性を求めるなら、点や線よりも面の攻撃が適している。ただでさえロレックスが芝居を打っているのだから、剣を抜き放つ事は相手に悟られてしまうものだ。そんな結果に出た行動を褒められても、嬉しくも無い。
 僕は鉄格子越しにぐったりと横たわっているラゴスを見る。若干頭部からの出血が見られるが、呼吸状態に乱れは無い。僅かに意識を取り戻して来たのか、口元から僅かなうめき声が漏れて聞こえた。
「心配するなよサトリ。殺しても死ぬような奴じゃないし、今回は脱獄を防ぐ事が目的で生死は問われちゃいない」
「……っちょ…。ひど…す…ぎ」
 ラゴスが聞いていたのか僅かにそんな言葉が漏れた。
「酷い? ミトラに反する行為をし、罪を悔い改めるどころか脱走を計ろうとする人間が言う台詞じゃないな」
「何だ馬面。トドメが欲しいならくれたるぞ」
 ロレックスがにまりと笑って意地悪く言えば、ラゴスは転がって牢屋の奥の方へ逃れ姿が見えなくなった。その際に『最近の若者はなんて怖いんだ』という怯えた口調の言葉が聞こえた気がしたが、僕は気にも留めなかった。
 すると、僕が持っていたランプの明かりが突然弱くなる。ランプオイルが尽きて来たのだろう。暗くなる手元の中で、ロレックスは予備のランプに明かりを灯した。暖かい暖色系の光が辺りを包むと、ロレックスはそのランプを翳して笑った。
「帰って報奨金貰おうぜ」
 歩き出すかと思ったが、ロレックスは笑いながら僕を見上げて言った。
「報奨金は基本的に活躍した人間が受け取るもんだ。今回はサトリが受け取るんだぞ」
「何で僕が…」
 そこで僕はある事に気が付く。ロレックスは非常に上機嫌だ。それは傭兵特有の仕事を成し遂げた時の喜びという達成感で、僕はそんなロレックスを見るのは初めてだったと気が付いたからだった。ローレシアの傭兵は仲間意識が非常に強い。ロレックスは共に仕事を成し遂げた仲間として今僕を見ており、今までの護衛対象として見ている訳ではないのだろう。
「俺がサトリの協力があって凄ぇ助かったって言ってるの。急ぐぞ、サトリ! 駆け足で出口に向かって報奨金を貰いに行くぞ!」
 歳の割には守銭奴っぽい感性のあるロレックスは、報奨金が待ち遠しくて小走りで先を行こうとする。なんというか無邪気なものだ。サマルトリアを出て来て本当に良かったと心の中で思う。様々な出会いや経験は、決してサマルトリアの中では体験出来なかっただろう。ミトラの恩寵に感謝だ。
 僕は前を行く背を見ながら思わず笑った。口元を覆うかどうか迷ったが、この単純な男なら振り向きはしないだろう。