黒胡椒

 暑さに吹き出した汗が顎に伝って落ちて行く。自分の荒い息が草木を掻き分ける音よりも響いて五月蝿い。獣道は足に負担が強くて、鍛えていたつもりだったのにガタガタだった。
 苔むした岩に足掛けて滑ってしまうと、前を歩いていた男が振り返って訊ねて来た。
「オルテガ君、大丈夫かい? やっぱり休んだ方が良いかい?」
 聞いていると眠気を誘うような穏やかな声だ。李鳳と異国の言葉で書いてリーホウと読むんだ。そう名乗った彼は武術の道を究める職業らしく、鍛え抜かれた肉体は驚く程柔らかくしなやかだ。歩行は本当に猫のように足音がしない。キツく結った髪は独特の整髪料で不思議な匂いを放ち、日に焼けた肌には汗一つ浮かんでいない。
 俺が首を振ると『歩けなくなったら言いなよ』と労るように言って先を歩き出す。そんな李鳳は、先頭を歩く男の邪魔にならない位置に居場所を定めていた。
 先頭を歩いている今まで見た中で最大と言える大男を、李鳳は『親方』と呼んでいた。アリアハンの同年代では体格がかなり良い俺でさえ、並んでみればひょろ長のモヤシに見えるくらいだ。体格の良さも全て筋肉であるからか、彼の扱っている武器は武器屋でも扱ってないような大物ばかりだ。剣なんて俺の身長と変わらん刀身だし、ハンマーの金属部分は子供よりも重量があるだろう。そんな目立つ男は名前も名乗らないし、俺とは喋る事もしない。
 その事を訝しんだ俺に李鳳は『世の中、余計な事を知ら無い方が身が守れる事もあるんだよ』と笑うだけだった。怪しい限りだったが、俺はこの2人組と行動を共にしなくてはいけない理由があった。
 すると先頭を歩いていた親方が足を止め、李鳳も軽やかに男に並んだ。
「あれがアジトですかい。じめじめして肺まで黴びそうですね」
「出入りは激しいようだな。情報では5人と聞いていたが、裏はでかい所と繋がってるのかもな」
 追いついて李鳳の横から覗き込むと、丁度そこは切り立った崖の上だったようだ。鬱蒼と茂る草木に溶け込むように洞窟が見えている。男が見つめている洞窟の入り口は人によって踏み固められ、荷車なのだろう轍と馬の蹄も残っている。
「目を付けられたら厄介ですね。でか過ぎるヤマなんじゃありませんか?」
 李鳳の言葉に男は鼻先で笑った。
「上等だ。俺様に喧嘩を売るなら売りに来いって話よ」
 にやりと笑った男を見て、俺はとてつもなく後悔した。お世辞にも堅気の人間ではない、悪人を具現化した顔がそこにあった。俺は協力を扇ぐ人間を選び間違えてしまったのだろうと、遠退きそうな気をどうにか捕まえた。
 俺は気持ちをどうにか鎮めながら、李鳳に訊ねた。
「あそこに攫われた人達が居るんですね?」
「わざと流して次の獲物をおびき寄せるか、それとも討伐の人間を欺く罠か…。でも親方が手に入れた情報だからね。人攫い集団のアジトで正解なんじゃないかな」
 李鳳が糸のように目を細めて笑った。その背後で男が低い声で言う。
「偵察に行って来い」
「分かりやした」
 ひらりと李鳳が崖から身を躍らせ、あっという間に洞窟の入り口の前に駆け寄った。足音も足跡すら残さぬ忍び足で、本物の猫のように闇に溶け込んでしまった。
 俺は悪人面の男を見上げると、彼もまた俺を見下ろしていた。親方は俺ではなく俺の獲物を見ていたようで、整っているとはお世辞にも言えそうにない顎髭を掻いていた。
「お前さんはどちらかと言うと魔法が得意か?」
「えぇ、そうです」
 実際は剣も魔法も同じくらい。それでも信用出来ないこの男に、細かく説明するのは危険だった。
 親方がそうかと頷いて、俺に視線を合わせた。まだ若いとは思うのだが、踏んで来た場数や経験の醸す雰囲気なのか老けてすら見える。瞳は引き込まれる程に力強い光を秘めていて、瞳が大きい為か黒目がぎょろりと動いていた。まるで爬虫類のよう。俺は彼の敵でなくて本当に良かったと思う。
「戦力になると期待はしてねぇが、護衛を必要とする程に弱いとは思ってねぇ。自分の身は自分で守ってくれ。ついでに俺達は攫われた人間の命にも感心はねぇ。守りたいならお前が守ってやるんだぜ」
 そうなのだ。俺がこの2人を増々怪しいと思う理由の一つが、攫われた人間に興味が無い事だ。
 人攫いは攫った人間を奴隷等の人身売買に引き渡すつもりなのだろう。クリスティーヌは金髪蒼眼の美人だ。髪を切られてその手の人間に高値で売られてしまうと容易に察せる。それ以前にもバハラタには沢山の巡礼で訪れた旅人や、美人で有名な女性が姿を眩ませている。その為にバハラタの自警団や攫われた人の家族から、助けてくれた者に報奨金が用意されていた。特に黒胡椒売買の元締めの娘が攫われていて、天使の種子と呼ばれる黒胡椒が一生遊んで暮らせるくらいに貰えると専らの噂だ。
 俺がクリスティーヌが攫われて右往左往している時にも、多くの傭兵や賞金稼ぎが報奨金目当てに人攫いの一団の情報を集めていた。その過程で俺はこの2人組と出会い、協力する事になったのだ。彼等に合わなければここに来る事すら出来なかった事を思えば、幸運としか言い様が無い。
 しかし、この男達は報奨金に興味が無いのだ。
 俺は遂に我慢出来なくて口を開いた。
「貴方は何が目的なんです?」
 洞窟に視線を戻していた男は、頭の横でひらひらとハエでも払うような仕草で手を振った。
「目的なんて一つだ。人攫いの連中が気に入らんから、ぶっ飛ばすだけだ。報奨金と手柄はお前が貰っとけ。俺達は要らねぇから」
 そうして黙り込んだ男は、もう話す事はねぇと背中に書いてあるようだった。
 人攫いの一団は、北方大陸ではかなり有名な盗賊団であるらしい。人攫いの一団は攫われた人物の周辺に居合わせた男や戦士を、容赦なく殺しているらしい。もしかしたら、この男もその盗賊団に恨みでもあるのかも知れない。
 多少説得力ある仮説に我ながら満足だ。
 疲れも取れて気分が明るくなってくると、李鳳が戻って来た。これまた気配も足音も無くて、いきなり崖から頭を出して来るんだから驚くよ。
「一団は日が暮れる頃合いに、バハラタに出掛けちまうようです。今、出掛ける準備の真っ最中ですね」
「俺にぶっ飛ばされる準備中か。嬉しいじゃねぇか」
 嬉しくないだろ。完全武装されている方が、倒し難いんじゃないのか?
 俺の内心のツッコミは当然届かず。男はゆっくりと立ち上がった。まるで目の前に大木でもそそり立ったかのような威圧感がある。
「外でやり合うと逃げられちまう。全員、洞窟の中で仕留める。手足欠けても良いが、基本は生け捕りだ。気絶させたら間違えてもトドメは刺すなよ」
 生け捕りか…。増々怪しい。一体、何が目的なんだろう。
 攫った人を横取りして売り払うのかと勘ぐっても、口封じの為に殺すなら分かるが生かす理由が全く見つからなかった。
 俺は結局、この怪しくて信用出来ない男達と行動を共にしなくては、クリスティーヌ1人救い出す事が出来ないのだ。不甲斐なかったが現実は厳しい。強くならないと駄目なんだ。そう言い聞かせて、俺は返事をする李鳳の横で頷いた。


 ■ □ ■ □


 洞窟の中は肺まで黴びそうな程じゃなかった。
 しっかりと石積みされた壁面が続き、床の石畳も朽ち果ててはいない。人攫いの一団はここまで追撃して来る者など居ないと踏んでいるのだろう。入り口の直ぐ脇には馬小屋があり、馬が繋がれていた。内部は一部屋に4つ扉があり惑わせようとしているような洞窟の配慮すら無視して、乾いた轍の泥が目的地まで一直線に続いている。
 泥に汚れた靴跡も大きな物が多い。屈強な男を中心に組織されているのだろう。
 轍の終点は藁などを積むような荷車が放置された、大きな扉の前だった。扉は重厚な金属の扉で、時折光の筋が文様を描いている。夜空を扉に落とし込んだような見た目だが、まるで崖が目の前にあるかのような圧迫感がある。扉に魔術を施す施錠技術の一つだ。解錠の呪文を施した鍵でなくては開かず、魔法の鍵と呼ぶそれは貴重なものだ。
「なるほど、魔法の鍵か…。連中の情報が随分と簡単に手に入ると思ったら、これが自信の理由か」
 男は若白髪が混じった髪をガリガリと掻いた。お手上げと言いたいのだろう。
 俺は扉をしげしげと見た。いや、なんつーか本の中でしか見た事の無いそれを、実際見れるとか感動もんだよな。
 アバカムの呪文の本も少しだけ読んだ事がある。俺はその中身を思い出しながら扉に触れた。手の平の冷たい金属の感触が、一瞬にして融ける。一気に流れ込んで来る扉の呪文構造に目眩を起こしながらも、俺は鎖を断ち切るように扉に施された魔術に干渉して行く。扉が融けて俺が通り抜けた感覚を覚えて、俺は目を開けた。
 扉は相変わらずそこにある。しかし、魔法の扉から感じる魔力は明らかに変化していた。崖のような圧迫感は消え、まるで目の前に草原が広がっているかのようだ。
 ちょんと押すと、金属製の扉は木の戸のような軽さで動いた。
「お、開いた」
 次の瞬間、俺の肩を勢いよく李鳳が掴んだ。声を抑えても興奮が抑えられない李鳳が耳元で矢継ぎ早に囁いた。
「すげー!すげーよオルテガ君!なになに今の!解錠呪文?そんなもの使えるの?俺馬鹿だからわかんねーけど、ちょっと呪文齧った程度じゃ使えないんだろ!頭良いんだな!」
「ちょっと馬鹿は黙ってろ」
 李鳳は親方と慕う男に、頭を鷲掴まれて退けられてしまった。親方は俺をじっと見ると、徐に懐から銀の鍵を取り出した。銀の鍵は装飾が洒落た感じ以外は普通の鍵だ。銀は魔力を蓄え易い性質であるからか、何かの魔力を含んで薄らと光っている。
「これをやる。今度からそれに予め魔力を込めて、扉を開けろ」
 俺が親方を見遣ると、彼は俺に押し付けるように鍵を寄越した。
「アバカムの呪文は高難易度の魔術になる。軽々しく他人の前で使うな。蓄えた魔力には限りがあるから、例え鍵が奪われても悪事に乱用はされねぇ」
 びっくりだ。驚き過ぎて喉から空気しか出て来ない。こんな悪人面の男から、ここまで全うな言葉が出るなんて失礼だが思わなかったんだ。
 それに、言われて改めてそうだと思う。この力を悪用しようと企む者は、思いの他に多いはずだ。そんな奴が俺がアバカムが使えると知って、クリスティーヌに危害を加えようとしたら大変だもんな。自分の力のせいで、他人が不幸になっちゃいけない。今度から慎重に行動しなくちゃな。
 俺は鍵を受け取ると、男は扉の中を窺った。
「中の連中は油断しきりだろうな」
 にやりと、それは悪人も背筋が凍りそうな笑みが浮かぶ。
「さぁて、どう料理してやろうか…」
 ここに来て俺は、男から何も物音がしない事に気が付いた。背中に背負った大剣も、大柄な身体を運ぶ足音も全くしない。李鳳が猫なら、男は闇かもしれないくらいだ。
 男に続いて李鳳と俺も、無音で扉を潜り進み始めた。
 進み始めて暫くして、空気がぐっと暖かくなるのを感じていた。耳を澄ませば焚火の爆ぜる音に混ざって、男達の談笑する声が洞窟内に響いて届く。こちらは気配を消し物音も立てない警戒すら意味が無い事に感じる敵の様子は、最早、扉一枚越しにまで迫っていた。
 どうするか。俺が生唾を飲んだ瞬間、男は豪快に扉を蹴り開けた!
 嘘だろ!
 俺の声は蹴り開けた拍子に蝶番が吹っ飛んで、倒れた扉の音に消し飛んだ。まるで目の前に稲妻でも落ちたような轟音が、鼓膜を破りそうな勢いで洞窟内を駆け巡った。扉が床に叩き付けられて吹き上がった埃は、煙のように天井まで舞い上がる。
「誰だ!」
 敵だろう声が響いて俺は目を凝らす。扉の下敷きにならなかったのだろう敵は、食事や酒瓶の散らかるテーブルの周囲で武器を引き抜いていた。体格はがっしりとした筋肉質な男達ばかりで、鎧兜の者も居れば布を巻き付けて顔を隠している者も居る。
 武器を引き抜かずにテーブルに足を乗せていた大男だけが、ローストした鶏肉を頬張りながら俺達を見ている。頭をすっぽりと覆う覆面は口元だけ開けさせていて、ギラギラと脂を滲ませながら不敵な笑みを覗かせた。彼はゆっくりと立ち上がり、テーブルに突き立っていた斧を握った。その動作の油断の無さ、威圧感はただ者じゃない。俺はこの大男が人攫いの一団の首領だと悟った。
 首領らしき男は低く通る声で言った。
「このカンダタ様のアジトだと分かって、踏み込んで来てるんだろうな?」
 ぶふっ。真横で李鳳が失笑した。その様子に取り巻きらしい鎧兜が、荒々しく剣で椅子を叩き割った。
「何を笑っていやがる! このお方こそ北方大陸では知らぬ者など居ない、大盗賊カンダタ様だぞ!」
 李鳳の失笑は止まず、痙攣するように身体を折って笑い続けている。
 俺は良く分からないが、このカンダタって首領は有名人らしい。盗賊なら商人の娘であるクリスティーヌは知ってるかもな。
「大方、恐怖のあまり笑うしか出来ないのだろう」
 カンダタがそう言うと、取り巻きも下品な声で笑う。その笑い声を大きな溜息が薙いだ。親方が引き抜いた剣の間合いから外れる為に、李鳳はひょいっと身を引いた。引き抜かれた大剣の迫力に俺は息を呑む。ハッキリ言って、有名人らしいカンダタが小物に見えるくらいだ。
 男はカンダタと呼ばれた大男よりも、低く夜気のように冷えた声で宣言した。
「とりあえず、お前らは今直ぐ俺に半殺しにされろ」
 親方の気迫に圧されたのか、カンダタは反発したような苛立つ感情を爆発させてテーブルを叩き割った。
「死ぬのは貴様等の方だ!」
 やっちまえ!そう響いた声と共に、空間が共鳴する。この揺らぎの感覚はルカナンだ。俺はそれを察知すると、直ぐさまスクルトの呪文を唱え効果を相殺する。そのまま俺はピリオムの呪文を展開した。配達の時とか効率がいいから、得意呪文なんだよね。
 親方と李鳳の動きが格段に上がる。猫のような李鳳はまだしも、あの巨体でありながら有り得ないような速度で親方も動く。剣圧は突風の如く松明を薙ぎ払い、床に水溜まりのように炎が広がる。炎がちらちらと揺れる度に。李鳳も親方も着々と敵を戦闘不能に陥れて行く。強烈な飛び膝蹴りを鳩尾に叩き込んで一人が崩れ落ちたと思えば、ぶん回しで2人が壁に叩き付けられて意識を失った。
 カンダタは2人は強過ぎると判断したんだろう。一番弱そうな俺に狙いを定めたようだ。
 だけど、俺も黙ってやられる男じゃない。
 剣を引き抜いてバイキルトを自らに掛ける。鉄の斧が振り下ろされるのを、俺は剣で真正面から受け止めた。とんでもない一撃の重さだが、呪文のお陰で膝が折れる程じゃない。相手も俺を押切れないと思うと、一度斧を引いて間合いを計ろうとする。
 しかし、そんな隙は与えられなかった。俺に構ってがら空きだった背後から、大剣の腹がカンダタの肩に叩き込まれた。バキリと骨が折れる音が空間に響き渡ると、カンダタの服を突き破りなんだか白い枝みたいなのが生えた。床に紅い血がぱっと咲いたと思うのと、カンダタの悲鳴が響き渡るのは同時だった。敵の目の前なのに斧を手放し、 カンダタは肩を押さえて痛みに転がり回る。
「待った!待ってくれ!」
 悲鳴を上げて転がって、直ぐさま起き上がると思うと命乞い。この変わり身の早さは、ぶっちゃけ息つく間も無いくらいの早さだった。もう、なんて言うか呆れてものも言えないくらい。俺なんて展開早過ぎて、この大見栄切っていた人攫いの首領が何言ってるのか分からないくらいだ。
 李鳳はカンダタが戦意喪失したのを察したのか、早速気絶した取り巻き共を縛り上げ始めた。鼻息混じりに敵の荷物から縄を引っ張りだす。
「貴様、何者なんだ! …いや、頼む、見逃してくれ。な?」
 カンダタが覆面の下でどんな顔をしているかは分からないが、声は今にも泣きそうなくらい悲痛だ。
 俺から見てもこの後の運命は、縛り上げられてバハラタの自警団に引き渡されて情報を洗いざらい吐いて頂く事になるんだろう。やって来た事を鑑みれば、拷問もフルコース並みに堪能出来るに違いない。逸そ殺してくれれば良いのに、親方と呼ばれる男にその気がない事をカンダタは勘付いているのだろう。
 その言葉に、親方は『はぁ?』と露骨に顔を顰めた。
「何故、俺がお前の頼みを聞いてやらなきゃなんねぇんだ?」
 大剣を担いで親方と呼ばれている男は首を回した。
「カンダタ名乗るんなら、最後までちゃんと名乗っとけよ。どんな結果になろうがお前の仕事に責任持て。お前が今回失敗したのはお前が間抜けで馬鹿で、俺様に目を付けられちまったのが不運だったんだ。運が良ければお前の商品を買い取るお得意さんが、助けてくれるかも知れないぜ?」
「ああああ、彼奴等が助けてくれるなんて有り得ない! 彼奴等の事をゲロっちまったら、俺はこ…殺されちまうよ!」
「じゃあ、殺されちまえば良い」
 親方は大剣をカンダタの鼻先にぴたりと向けた。カンダタが息を詰まらすような悲鳴を上げる。
「人の命に手を出す仕事は、お前には荷が重かったんだ。黒胡椒の窃盗くらいで満足してれば良かったのにな。まぁ、お前の命は今の所助かって、安い授業料じゃないか」
 咽び泣くような声ならざる悲鳴を上げるカンダタを見ると、悪い事はやっちゃ駄目だなぁと改めて思う。この先にあるのは罪の償いという、死んだ方がマシというよう未来しかないだろう。悪人の末路とは悲惨なものだ。こいつ等に殺された人は生き返らないから、ざまぁみろって感じだけどな。
「オルテガ君」
 李鳳が俺の隣に音も無く寄って来た。
「牢屋の鍵みたいだ。奥に続く通路があるから見ておいで」
 握っていた手を離すと、鍵の束がじゃらりと音を立てて李鳳の手の平から零れ出た。受け取るとずしりと重みのあるそれは、切望していたクリスティーヌを救うアイテムだ。李鳳の手に握られていた鉄色の鍵の束は暖かく、熱が俺の希望をより掻き立ててくれる。俺は思わず笑みを零して頭を下げた。
「ありがとうございます!」
 闇を駆ける行為は危険だと知りつつも、俺は一目散に奥を目指した。突き当たりには炎が灯る光がちらちらと揺れて、息を潜める人々の気配が感じられた。俺は突き当たりを曲がり、一面を上下に貫く鉄格子を勢いよく掴んだ。鉄格子の冷えた手の平の上に、直ぐさま暖かい手が重なった。笑顔のクリスティーヌの顔がそこにある。
「クリスティーヌ!」
「オルテガ兄さん!」
 鉄格子越しに手を伸ばして、生きてるクリスティーヌの肩を抱き寄せた。
 攫われてからずっと、俺が助けに来る事を信じて疑わなかった。戦う音が響いていた間も、俺が勝利して来る事を確信してたんだ。だから、ここに居て、直ぐ触れる事が出来るんだ。傷一つなく、恐い思いもしなかったんだろう。嬉しい!良かった!
「おい、そこのバカップル」
 俺はそこではたと気が付いた。鉄格子の奥には沢山の攫われた人達がいたからだ。殆ど女性で疲れている人も居たけど、俺とクリスティーヌが抱き合ってる様にいいわねーとか生暖かく見守ってる感が半端ない。俺は親方の声と彼女等の反応に、瞬く間に顔が焼かれたような熱を帯びるのを感じた。
「早く錠前を開けろ」
 阿呆。その声がとんでもなく滲みた。