素晴らしき報酬

 世界の中央に位置する大国エンドール。
 天空に向かって色とりどりの屋根が天を突き、色鮮やかな旗と花が訪れる者を迎える。世界に名高き工業国家のエンドールは世界中から職人を集い、建築土木から鉄鋼技術、宝石加工技術に至るまでどの国からも抜きん出る。職人の工房の並ぶ通りには百年に一度の名品が立ち並び、達人の下に修行に訪れる弟子が切磋琢磨する日々が繰り広げられる。表通りに彼らの作品を売る商店。鎧兜から日用品の食器に至るまで、その道の最高級品が立ち並ぶ。人々は色鮮やかな服を纏って往来を行き来し、整備された町並みの隅に置かれたベンチで休息を取る。街を灯す街灯は明るく、白夜の国とも言われている。
 世界で最も巨大な芸術品と呼ばれたエンドール城は、格闘場を持つ巨大なもの。かつて軍事大国だったその国の名残は、のちの国王が招いた数々の職人の飾った数々の細工と増築に隠れはしたが今なお武術大会を開催しては多くの客人と挑戦者を向かい入れた。
 その国の遥か北から行商にやってくるトルネコと言う男がいる。
 青みを帯びた黒い口髭を生やしたトルネコは、今日も大きいお腹をゆっさゆっさと揺らしてエンドールの門を潜ります。その後ろに続く旅人の若者と一匹の狩猟犬がいる事が、通い慣れたトルネコにとっていつもと違うところ。
 後に伝説の商人と名を馳せる彼を知るのに相応しきは、この話。

 □ ■ □ ■

 北方のボンモール領を超えエンドール領に入った頃から、街道には乾燥地でも根強く根を張る生命力の強い針緑樹が並び始めます。道は多くの人々で踏み固められ、街道の土が流れないように両脇には石にて土台を築いているのです。橋を一つ超えた頃から針緑樹は広葉樹に代わり、街道に石畳が敷かれているのに気が付けるでしょう。がらがらがらと道を行く整備を怠った疲れきった馬車が石畳の固さに負けて車輪が砕けるのを、修理屋が広葉樹の下でうたた寝しながら待ち構えているのはいつもの事です。そして、広葉樹の下に色とりどりの花が咲き始めるのに気がつく頃、目の前には巨大な城が見え始めるのです。白金の城と呼ばれた王国の城は、深紅の瓦の屋根を戴き、黄金の窓枠を輝かせる荘厳華麗な城が見えてきます。
 街は隅々まで整備が行き届き、街路樹は青々と茂り花々が四季折々の彩りを咲かせます。職人街には今の職人が生み出せる最高の品々が並び、商店は様々な専門店が軒を連ね手に入らぬ品などないという程なのです。王冠を作る職人がいれば、匙を作る職人も居る。軍事大国として行った様々な悪行を悔いたエンドールは、兵士の代わりに世界中から職人を招待しました。やがて昔の圧政に離れた人が戻り、今度は支配に依らない方法で再び世界最大の国家となったのです。
 そして今年は武術大会が開催されるとあって、世界中から戦士の方々が集まってきました。今では町中には武具防具を纏った猛者で溢れています。商人はその人手を見込んで売りにやって来て、人々は祭典に心惹かれてやって来るのです。今、エンドールは普段よりも多くの人々が訪れていました。
 酒場では連日今年の優勝者と新たな国王の話題で持ち切りです。しかし、明日は決勝戦。白熱の度合いが違います。
 今回の武術大会の優勝者にはエンドールの姫君との婚約が約束されるとあって、酒場の賭け事に目がないもの達はテーブルを囲みしきりに話を続けています。
「参加人数こそ多いが、姫との婚約に目の眩んだ木っ端も多い事多い事…」
「俺としてはアリーナという小娘が優勝できると思うぞ」
「いや、ピサロという男もなかなかの腕前だ。あの男が最後に残るに違いない」
 声を潜める事も忘れ興奮したかのように本日の対戦結果を評価する方々の横で、私は同行者に飲み物を進めました。足元に賢げに踞る猟犬のトーマスは、嬉しそうに酒場の犬好きの店員が作ってくれた食べ物を頬張っています。私はトーマスの切れんばかりに振られた尾を見遣って微笑むと、手に持ったグラスを向かいに差し出す。向かいに座った同行者は照れくさそうに笑った。
「遠慮は要りませんよ。明日も大変でしょうからね」
 私はそう言って青年に度の軽いお酒を勧めました。あまり強いのは試合の前には勧められませんが、ある程度軽めのものであれば睡眠作用もあってぐっすりと眠れる。大事の前に興奮しきって眠れないというのを予防しておくのも、大事な事です。
 細身に一般的な質の麻を萌葱色に染め抜いた旅の服と、金髪のサラサラとした髪には帽子を被りはしているものの、その顔立ちの整いと色白さはどこかの王子様かとドキドキしてしまうほど。そう、彼は本物の王子様。北の王国ボンモールのリック王子様なのです。そして、ピサロとして武術大会に参加している人その人だったりします。
 リックさんは私からグラスを受け取ると、快活に笑います。城を出た直後は警戒に硬い表情を見せる事が多かったが、最近は年相応の笑みを浮かべて来ます。しかし、今の彼が浮かべているのは間違いなく安堵の笑みでした。ある意味、彼の目的を果たす事が出来たのです。緊張の糸は私が思った以上に張りつめては居ないのでしょう。
「トルネコさんのお陰です。ここまで来れたのは…」
 そしてリックさんがグラスを持ち上げ、私に乾杯を促しました。互いに軽くグラスを触れさせても、エンドールの生活道具レベルのグラスは空気に上品な音を響かせます。
「決勝でたとえ負けたとしても、アリーナ姫は女性。モニカと結婚させられてしまう事は無いでしょう」
 そしたら、サムの事お願いしますね…、と小声で続ける。リックさんは頷きます。
 リックさんがここまで城を無断で抜け出してもこの大会に参加したのは、エンドールのモニカ姫の為であるのです。モニカ姫とリックさんは密かに想いを寄せ将来を誓い合っていましたが、両国の王はそれを知らぬままに年月が経って行きました。そして、今回の武術大会で優勝者にはモニカ姫との婚約できるという事を知り、リックさんは居ても立っても居られず私と共にエンドールまで来たのです。
 明日の決勝で対決するのはピサロと名を偽っているリック王子と、サントハイムの王女アリーナ姫です。リックさんが勝てば、互いに想い合った仲故にモニカ姫も喜ばれるでしょう。しかし、アリーナ姫が勝ったとしても婚約は無効となります。
 しかし、リックさんは不安そうに表情を曇らせます。
「モニカはピサロの正体を知りません。アリーナ姫の敗北を恐れ、要らぬ恐怖に涙を流しているかもしれません」
 周りは興奮し泥酔した方々の騒ぎで、私達の言葉は誰の耳にも届きません。私はリックさんに安心させるよう微笑みました。
「手紙をしたためる暇はありませんでした。リックさんが決勝まで残れたのも、短い期間であったとはいえ、血の滲むような修練に励んだからです」
 リックさんは軍事大国と言われるボンモールの王子。剣神の国バトランドとまでは流石に言えませんが、剣の技量は確かにあったのです。しかし、所詮は実戦経験の無い為に、このような経験豊富な猛者を相手取るには難しいものです。故に、私はボンモールを出てからリックさんに修練を勧め、リックさんもそれに応じて自らの体を鍛え魔物と幾度も渡り合ったのです。恐らく、ボンモールに居た頃とは比べ物にならぬほど、逞しくなられたでしょう。
「トルネコさんの助力あってこそです」
 ピサロは魔剣を使う戦士として、エンドールに名を轟かせました。その魔剣を調達したのが、私だったという話です。
 リックさんは心身共に修練で強くなりましたが、世界から集まる猛者に勝利できるかと言えばそれほど甘くないのが世の摂理。その為、私は彼に魔力の宿った武器を提供したのです。炎を操る破邪の剣を始めとした様々な武器をエンドールを駆けずり回り見いだした私は、対戦相手の傾向を分析し有利な展開に持って行けるだろう武器を選んでリックさんに貸していたのです。剣はもちろん借り物です。買うお金なんて、私にはありませんもの。
 無論、戦うのはリックさん本人。私は小さく首を横に振りました。
「私の助力など微々たるものです」
 そこで、私は声を潜めました。
「決勝のアリーナ姫ですが、試合を見ても比類無き強さです。動きは素早く軽やか、視力が良い上に急所を心得え的確に付いてきます。腕力はそれほどでもありませんが、速度と一点集中に高めた威力で腕力の低さを完全に補っていると言えるでしょう。こちらも、アリーナ姫の速度に追いつかねば、同じ壇上の勝負にもなりませんでしょう」
 私の分析にリックさんは若干青くなって私を見ました。
 女性とは言え、立派な戦士であるのです。この大会で世界各国から集まった猛者を相手取った経験が、リックさんがただの無謀で無知な若者でさせなくしていました。そして実際戦う姫君の姿を見た事実が、彼にいかに撃破の難しい強敵であるかを悟らせるのです。
「ど、どうしろと…?」
「そんなに心配は必要ありません。相手も貴方の事を相当警戒しているでしょう。数多くの魔剣を保有し、相手に合わせ的確にその特徴を使い分ける手数の多さは相手には無いものです。貴方の動きも修練の賜物もあって、大会出場者でも屈指のものとなっています。姫君に劣るとは考えぬ事です」
 私はリックさんの不安を和らげようと、微笑みました。
「今回は隼の剣を用意しました」
 表に出ましょうか。私がそう促すと、勘定を済ませ酒場の外へ出ます。トーマスも足下から離れずついて来きて、二人と一匹の影が明るい店の照明を受けて黒々と石畳に影を落とします。人通りの少ない開けた場所で足を止めます。街灯がちかちかと明滅を繰り返し、月明かりよりも明るい家の明かりが黒い石畳を照らしてくれます。
 私は布に包んだ剣をリックさんに手渡しました。手渡された瞬間、リックさんは驚きを隠せぬように目を見開きました。
「軽い。本当に剣が包まれているのですか?」
「どうぞ、開けてご覧になって下さい」
 リックさんが手慣れた手付きで包みを広げると、細身の一振りの剣が現れる。まるで紙のような薄い刃は銀や鋼とは違う金属の質感を持ち、両刃の刃は芸術品のように整っています。剣の名と同じ飛翔する隼は金色ですが、その手にした重みから金細工ではないと分かるでしょう。グリップは鞣した革さながらに滑らかに握る者の掌に吸い付きます。
 怖々とリックさんが持ち上げると、剣は重さを何も感じさせない様子ですっと持ち上がりました。
「軽い…」
「隼の剣は持ち主に一撃の内に二度の攻撃を繰り出させる力があります。攻撃力は無いに等しいですが、姫君の肌に傷でも付けたらボンモールが滅ぼされてしまいますからね。喉元に刃を突きつける、それ以上を望まない方法であるなら、この武器が力になって下さるでしょう」
 長々と刀身を眺めていた瞳がすっと細められる。そのまま、横薙ぎに払うと、風を切る音が瞬時に二つ空間を裂く。剣舞を舞い始めたその身は軽く、地面を蹴り飛ぶ様はまるで宙を舞うかのような軽やかさがある。生み出される軌跡は彗星のようで刀身そのものが見えず、風のように軌跡が闇に光の道として刻まれ消える前に新たに重ねられて行くのです。
 リックさんが一通り剣の感触を確かめて動きを止め、その隼の剣を見上げた。抑えられぬ興奮が、熱を帯びた吐息と共に漏れた。
「体も軽くなっている気がする。これなら…」
 私は微笑んだ。例え、勝てなかったとしても、互いに武人として恥じぬ戦いが出来るだろうと心に思いながら。
 そして祈ります。貴方こそがモニカ姫を幸せにして下さる存在であって下さい…と。

 □ ■ □ ■

 コロシアムの中央に整然と並んだ5人の銀の鎧をまとった兵士が、金のトランペットでファンファーレを奏でる。体格の大きい吟遊詩人が朗々と今までの戦いを褒め讃え、これから行われる決勝戦の宣誓が行われる。勝者に与えられる栄光と、決勝戦に臨む二人の猛者の勇姿を唄い上げると、その響く声で猛者の名を会場の隅々にまで轟かせました。
 頬の脂肪まで震わす観客の声援に、トーマスが五月蝿そうに鼻をひくつかせます。私は労るように頭を撫でてやると、コロシアムに進み出た二人の戦士を見遣りました。
 黄金の髪の女性がリックさんの対戦相手のサントハイムのアリーナ姫様です。遠巻きからしか見た事はありませんが、小柄だけでは理由とならない程に身軽で素早い動きをされます。完全な武道家の特徴を持っており、相手の攻撃は全て回避し受け流し、両手に装備した鉄の爪で相手の弱い部分を切り裂くのです。鎧兜で完全武装した相手には、鎧の間接部に爪を引っかけ急所に響くよう痛烈な蹴りを見舞うなど卓越した技量を見せつけるのです。どんな体格差をも、豪腕の差も覆した、まさに戦いの女神のような姫君でしょう。
 向かいに立つのは、黒い鎧に黒い兜を冠ったピサロと名を偽るリックさん。あの鎧も見た目の重厚感とは裏腹に、鉄よりも軽い素材で出来ています。数々の対戦相手を魔剣にて退けて来たその戦いは知的で戦略的、素性の知れぬ異様さを感じるも立ち振る舞いは洗練され優雅さすら感じるでしょう。リックさんが元々持っていた型に則った武術の基礎と、旅をして得た経験と、私の少しの知識と魔剣が生み出したピサロという存在です。謎の男に魅了され、観客の女性達の甲高い歓声が響いてきます。
 審判を務めるのは、派手な洋服をまとい白塗りの顔に色鮮やかな化粧を施した道化。笑顔のメイクが両人を見遣ると、高々に開始の合図を告げたのです!
 互いに様子など見ず、真っ向からぶつかり合います。
 隼の剣に依って身体的な速度を増したリックさんの動きは、剣の持つ2回攻撃の効果もあってほぼ互角です。今までその速度で他の出場者を圧倒していたアリーナ姫と互角の動きをするリックさんに観客が興奮とも驚愕とも思えぬ声で会場を沸かせます。腕力は姫君も女性故にそれほどありません。剣として切る事や裂く力の皆無な隼の剣ですが、リックさんの腕力自体はアリーナ姫の力を凌駕しています。剣は的確にアリーナ姫の攻撃を受け止め、拮抗した攻防を繰り広げています。
「楽しそうですね」
 試合に集中していたからでしょうか、私は隣にいつの間にか他人が居る事にようやく気が付きました。
 隣に居たのは黒曜石のような髪と瞳を持った青年でしたが、コロシアムの遥か上から降り注ぐ光に緑に輝く不思議な色彩を持っています。肌は白くもない見本のような肌色で、熱気に汗すら滴る私と違い青年の肌には赤みすら差していません。羨望に潤んだ瞳は水気をたっぷりと含んだ鮮やかな葉のようで、うっすらと微笑んだ口元には白金を思わせる真っ白い歯が覗きました。
「姫は強い者と戦う事を望んでおられました。今、それが叶い、彼女は夢の中を無心で無邪気に駆け巡る少女のように戦いに身を投じています」
 青年は自分の事のように喜びに身を震わせ、アリーナ姫を見ています。
 私もその言葉に釣られ、リックさんからアリーナ姫へ視線を向けます。確かに互角の打ち合いの刹那に見える姫君の表情は、非常に楽しげです。今までこれと言った苦戦も無く勝利を重ねていた姫君にしてみれば、念願なる好敵手の存在に歓喜を隠せないのでしょう。青年の言う通り、猛者との戦いを望んでおられるのならばその楽しげに見える表情は納得いくものでした。
 視線を青年に戻すと、青年は私を見遣り小さく頭を下げた。
「彼女の願いが叶ったのも、貴方のおかげでしょう」
「いえいえ、そんな事はありません」
 私がぽっちゃりとした手を振って否定しましたが、内心は焦りが募ります。ぎくりと心が冷たくなるのを感じるのです。
 何処で知ったのか、青年は私がピサロであるリックさんの支援をしていると知っているのです。
 青年は同性の私でさえ、うっとりしてしまうような微笑みを浮かべ小さく首を振った。
「姫君の付き添いの老師殿が、貴方の存在に気が付いておいでですよ。私はその言葉から貴方の存在を知っただけの事…」
 私はその言葉に真っ青になって行くのを感じました。このままではリックさんの出場権が剥奪されてしまうのではと危惧する程にです。
 冷静になれば、如何なる戦士であろうとも何本の魔剣を所有しその剣を巧みに使い分けるなど難しい事。有識者が頭を働かせれば、背後に支援者の影を感じる事が出来て当然です。第一、それほどまでの力量を持っていたならば諸国で多少なりとも噂にもなろう筈ですが、エンドールの武術大会にて彗星のごとく現れたピサロは完全に無名の戦士なのです。ピサロはリックさんの偽名なのですから、それは当然なのです。
 その顔を見て、青年は再び首を振って言いました。
「心配は無用です。大会のルールには、全く違反されていないのですから」
 そこで、くすりと苦笑される。
「理由が理由故に仕方がありませんが…。偽名で参加されるのだけは、二人の姫君も憤りは感ずるやも知れませぬがね…」
 しかし、私は『でも』と反論を唱えます。
「『ピサロ』はリックさんの決意の形でもあります。絶対に愛しい人を守る、そんな決意と覚悟があるのです。例え、リックさんが本来の立場を失ったとしても、家族や友人の協力が何一つ得られなくても、何時如何なる時でもリックさんは愛しい人を守るでしょう。それでも、今の彼はモニカ姫の想い人としてではなく、一人の男性として戦いに臨んでいる。勇ましくて誇り高い、立場や境遇に流されないそんな存在に『ピサロ』が力を貸して下さっているのです」
 青年は私の言葉を噛み締めるように聞いて、戦うリックさんを見つめました。呼吸さえするのを忘れる程に張りつめ、殺気立つ程の真剣さを帯びた表情はやがて私に向いたのです。追いつめられたように、願いを打ち明けるように、青年が繊細で儚い幻と思わせる表情であったのです。
「私も『ピサロ』になれるでしょうか?」
「おかしな事を言う方だ」
 私は心臓の跳ね上がる緊張感の中で聞いた言葉の内容に呆気にとられ、意味を理解して笑いがこみ上げてきました。大きなお腹を揺さぶって、思わず敬語も忘れて笑ってしまいます。
「貴方にも大切な人がいらっしゃるでしょう? それを守ろうとする意気込みがあれば、誰だってなれるものです。名前の力など必要ありません。貴方が望むだけで、貴方が決意するだけで、貴方が覚悟を決めるだけで、貴方は『ピサロ』になり得ますよ」
 言葉を言い切った瞬間、歓声が上がった。
 思わず視線をコロシアムに向けると、試合が決した模様でした。互いに闘気を沈め向かい合うと、ピサロは徐にその兜を脱いだ。漆黒の兜の下から溢れ出る金髪に、若々しい満足げな笑顔が、遥か高みに座するモニカ姫に向けられました。
「トルネコさん」
 名前を呼ばれ青年に視線を戻すと、彼は言葉を紡ぐように言いました。
「次に会う時は、貴方の客として会いたいと思います」
 青年は会釈すると、背を向けて人混みの中に消えて行きました。
 視線を戻せばコロシアムの中央に麗しいエンドールの姫君が舞い降り、愛しき想い人と抱擁を交わしています。
 だが、この大会の勝者は間違いなくリックさんです。リックさんは姫と想いを重ねて互いに愛情を持ち続けていた事を確かめると、私を見上げて小さく礼をしました。お客様に丁寧に頭を下げるように、私は帽子を取り頭を下げて応えました。
 私は立派に成長され願いを叶えた青年を思い返し、とても嬉しく思います。例え勝敗のどちらを喫したかは存ぜぬも、私はその笑顔だけで十分な報酬を得た気がします。品を商う事で人々が幸せを手に出来る事の手伝いをする事、それが我々商人の意義です。どんな大商人の名声よりも、お客様の笑顔こそが、幸いこそが、最高の栄誉なのです。
 おめでとうございます。王子。
 長々と頭を下げて顔を上げると、再び頭に帽子を乗せます。そのまま足下に視線を向けると、踞っていたトーマスがすくりと立ち上がりました。大きな舌を出して会場の熱気に疲れ気味でしたが、賢い彼はこれから先の事を何となく感じ取ってか尾を振っています。
「さぁ、トーマス行こう」
 もうじき、お前のご主人様も恩赦に与れるだろう…。
 祝福の声を背に受け、私は歩き出しました。