ぷくぷくりっぽ

 ルティアナ学園の技術科棟は、学園のガラクタ城と呼ばれる程度に混沌とした場所だ。技術科棟には専門コースがまとめて詰め込まれてる。ギルドマスターの子供達すら通う職人コースとか、建築から神カラクリといった制作技術コースとか、絵画や彫刻だけでなく演劇や声音まで含む芸術コースとかぁ。言い出したら切りがねーけど、みーんな放り込まれるの。
 技術科棟は廊下の真ん中が申し訳ない程度に床が見えている以外は、壁から天井に至るまでみっちりと作品や道具で埋め尽くされている。そりゃー、ガラクタ城って言われもするよなーって感じ。
 オイラはそんな廊下を小走りで進む。
 ガラクタって思ってた物の隙間から『ルアム君、ちわー』とか『ルアム先輩、もふもふ補充させてください!』とか『赤毛玉パイセン、飴ちゃんいるー?』とか後輩達から掛けられる声に元気に応えていく。作業している生徒も同化してるもんだから、ガラクタ城って認識は百年経っても拭えないだろうな。
 オイラは学園では上から二番目の学年、大学二年生。技術科の大学生の多くが就職を見据えたインターンシップという職業体験に出向いていて、オイラみたいに学園に残っている生徒は珍しい。でも、居残り組がおさぼりな訳じゃないんだぞ。オイラだってけっこー忙しいんだぜ!
 目的地とーちゃく! 吹き抜け三階分の天井と大きな窓が特徴的な元温室の暖まった空気が、扉を開け放ったオイラの赤いパイナップルヘアーをもぎ取っていきそうな勢いで飛び出した。ここは超巨大な作品を作る生徒が使用する、特別な部屋だ。八岐大蛇の銅像作ったって搬出できるんだぜー。
 何人かの学生達が顔をあげて挨拶してくれる。それに返しながら、オイラは目的の相手のところにまっすぐ近づいた。足場を組まれた家の壁って感じのデカいキャンバスの前に、絵の具まみれの小さい影を見つける。
「ピペのじょーちゃん! おむかえだぞー!」
 くるっと絵の具まみれの顔がこっちを向いた。ぺろりと出した舌をしまって、不満そうに唇が真一文字になる。さっとスケッチブックを取り出して、ぴぴっと筆を走らす。バッと見せてきたそこには、デカデカと赤い文字。
『今良い所なので、後にしてください』
「だーめ! ご飯は大事だぞー!」
 『嫌です』とデカデカと書いた顔が、ぷいっとキャンバスに向いてしまった。
 初等科5年生になるピぺの嬢ちゃんは、芸術コース特待生の中でも有名人だ。入学前からその美術センスが注目されていて、今では一枚数千万ゴールドになるだろう絵画を描き上げてしまう新進気鋭の芸術家だ。
 そんなピペの嬢ちゃんは絵のこと以外は、てんでポンコツだ。
 興味や関係がなければ座学の成績で赤点叩き出す技術科じゃ、そのくらいでポンコツとは言われない。ピペの嬢ちゃんは絵を描くことが大好き過ぎて、ありとあらゆる授業をサボり、休み時間も誰とも喋らず、ご飯も食べないし、3徹しても寝ないでキャンパスの前から動かないから先生方が保護者を呼びつけ強制帰宅させた超がつくほどの問題ポンコツだった。
 大事な特待生だけど、その前に大事な後輩だ。同族のよしみってことで、技術科のプクリポ達で面倒を見てるんだ。結構ぐずる時は、オイラが担当なんだよね!
 猫耳プクリポは身が軽い。オイラは軽々と飛び上がって足場に乗り上がると、絵の具まみれの制服を抱き上げた。びっくりしたピぺの嬢ちゃんがバタバタと暴れて、ビシビシ紫の三つ編みが顔に当たるけど、オイラまけねーもんね。ひょいっと足場から飛び降りて、温室の小さい硝子扉を開け放つ。
「そーんなへちゃむくれ顔じゃ、ご飯がおいしくねーぞー! ちょっと遊びに行こーぜ!」
 外に飛び出すと風の力が体を包み込む。
 サーカス団のピエロ役の穴を急遽埋めた時、お駄賃代わりに貰ったバギの力を引き出す道具だ。人間を浮かせるほどの魔法道具って目玉が飛び出るほど高いんだけど、身軽で小柄なプクリポなら扇風機フルパワー程度で飛べるんだぜ。強風の日は傘持って空を飛ぶくらいは、プクリポの嗜みよ。
 ぐんっと体が浮き上がって、オイラは窓枠に足をかけ、庇を踏み台にして、ちょっと欠けた壁の煉瓦に掴まらせてもらってガンガン上を目指していく。最後の一歩はとっても強め! グッと踏み込んでガッて飛び上がれば、学園全体が見下ろせる高みに飛び上がる。
 学園は立派な古城が一つの街みたいな敷地に建っている。周囲を囲む鬱蒼とした緑は日差しを受けて宝石のように輝き、そこから生えるように天に伸びる尖塔を明るく照らし出している。中央通路の石畳には沢山の生徒が行き交ってて、何かが起こりそうな予感がしてワクワクするな!
 ピペの嬢ちゃん完全に固まってるけど、最初の頃はめっちゃ泣いてたし慣れたもんだ!
 日当たりのいい開けた場所の花畑まで、猛烈プクダッシュ! 技術科が持っている染色花の畑の傍には、プクリポ溜りが出来ていて楽しいランチタイムの準備中だ。急制動して止まったオイラ達に、ぷくぷくぷくと笑い声が上がる。
「ルアム先輩! もう少し遅かったらお昼食べちゃう所だったよ!」「ほらほら、料理職人コースの子が新作デザート持ってきてくれたよ!」「こっちの試作の味見もして、感想ちょうだい!」
 プクリポのランチは持ち寄り制。ピペの保護者が作って持たせたサンドイッチの籠も、オイラが買ってきたマフィンの詰め合わせの紙箱も真ん中にとっくに置かれてる。可愛いピンスティックが刺さった山盛りの肉団子、鍛治場の熱で暖めてきたのかカリカリのフライドポテト、試作だって言う丸い饅頭みたいな見るからに怪しい料理、新作デザートはただいま絶賛盛り付け中で生クリーム盛れ盛れコールで大騒ぎだ。皆にお茶が行き渡れば、ぱんと一斉に手を合わす。
 声を合わせて「いっただきまーすっ!」。さぁさぁ、戦争の始まりだ。プクリポの食い物の執念はすごいんだからな!
 オイラは隣に座った嬢ちゃんに、にこりと笑いかける。
「じゃ、嬢ちゃんも食べよーな!」
 嬢ちゃんは少し拗ねたように唇を尖らせたが、小さい手を組んで目を閉じる。声が出ないから『いただきます』は言えないけど、そんなこと気にするプクリポは誰もいない。
 そして、ちょっと嬉しそうに口元を上げて肉団子に手を伸ばす。そんなピぺの嬢ちゃんの様子を見て、皆、にっこり笑うんだ。ちょー良い眺め。もう口がフライドポテト噛み締めることよりも、笑っちゃう方を優先しちゃうよ。
 だって、皆で食べた方が美味しいし、嬉しそうだともっと美味しいもんな。
 ピペの嬢ちゃんに昼飯食べてもらおうって始めたランチタイムは、オイラ達の大事な日常の一部になっていた。プクリポが二匹集まりゃ、倍群れるって? 良いじゃんか。皆で集まった方が楽しいもん。
 オイラ達はプクリポ。楽しいことが何よりも大好きなのさ!