腹の内は蛍光グリーン炭酸添え

 中央棟の共有スペースで、オイラは昨日の釣り部の騒動の後片付けをしていた。後片付けっていっても魚を片付けるとか、水を抜いて掻い堀りの手伝いをするとかじゃない。
 オイラは目の前に置かれたメロンソーダを見て、置いてくれた友達の兄ちゃんに礼を言う。
「いやぁ、反響が凄いとは思ってたけど、大変だったねー」
 新聞部の一面は『プラテカルプス、ついに陸にあがる!』だ。オイラやローレの兄貴を中心に、どでかい魚を釣り部や魚拓制作を手伝ってくれた芸術コース生で囲んだ写真が大々的に印刷されている。
 噂は昔からあった、釣り部の生簀にプラテカルプス。実際に釣り上げて、照り焼きにしちゃったもんだから大騒ぎになっちゃったんだよな。伝説みたいな魚だから、偉い学会の偉い先生とか、そういうの研究したい部活とかから非難轟々。オイラと兄ちゃんは矢面に立って穴だらけだぜ。
「まー、もうお腹の中だしー。怒りようもなくねー?」
 まぁねー。そう言いながら、トンブレロソンブレロを隣の席に置く。本当は同級生なんだけど、学科掛け持ちしすぎて一年留年しちゃってるんだよね。裁縫コースと調理コースと魔法の才能もあって魔術科にも所属してるから、あっちもこっちもで単位が足りなかったらしい。一個下の学年だけど、長い付き合いの友達だ。
「ルアっちが連れてきた闘技科の子のお陰だね。実際楽しんでくれたようだし、ルアっちの依頼で作った鉄の釣竿で主を釣ったようなものだよ。あの学科の生徒は物品壊すからって、釣りみたいに道具を使う部活には寄り付かないからなぁ。釣りを知らないなんて、人生の半分は損してるよ」
 これから闘技科にも積極的に募集掛けるんだ。そして世界中の巨大魚釣り遠征を企画する。そう兄ちゃんが拳を握った。
 流石、ウェディ。釣りと歌をこよなく愛する種族だから、本気でそう思ってる。まぁ、オイラ達プクリポも『甘いお菓子を知らないなんて、人生の9割損してる』って言っちゃうけどね。
「この前の神隠し事件で見てて、頑丈なら平気なんだなって思ってさ。折角、条件整えてあげれば楽しめるんだ。楽しめるんなら、楽しんでもらいたいじゃん」
 やさしー。兄ちゃんへらりと笑ってから、何かを思い出したような顔をした。
「話は変わるけどさ、ルアっち部活入るんだって?」
「まーねー。ピペの嬢ちゃん助けてもらったお礼に、協力してあげるって約束したんだ」
 基本的にこの学園は部活動に関わるなら、入部して所属しなくてはならない。インターン実績を駆使して学園外活動を支援して欲しいと頼まれるままに所属した部活の数は、所属してない部活を挙げた方が早いくらい多い。
 実際オイラも楽しませてもらってる。学園外活動で企画を立てて盛り上げれば、皆楽しんでくれるんだ。オイラが引率する学園外活動は結構人気なんだぜ?
 向かいに座った兄ちゃんは、アイスコーヒーを片手に神妙な顔をする。
「冒険部、だったっけ。鮮烈なデビューだけど、評判は良くないね。面白そうって入部希望した生徒達を、片っ端から断ってるらしいじゃん。僕だけじゃなくて、皆もなんなんだって首傾げてるよ」
 神隠し事件を解決した冒険部。その動向は注目の的だ。学園の情報拡散能力が最大の新聞部が一面に載せた以上、興味を唆られて入部希望者が押し寄せたのは予想通りだった。
 だが、その入部希望者が全員ってくらいの勢いで断られる。断られた生徒はカンカンだ。技術科の生徒が何人もオイラの所にやってきて、あの部活なんなんですか、募集の意味ってあるんですかって叫んだくらいだ。やり場のない不満の捌け口にされた上級生は、たまったもんじゃないね。そうだねー。募集の張り紙あったねー。オイラも笑ってやり過ごす以外、何ができるってんだよ。
 もう違った意味で大騒ぎ。他の部活を運営している部長クラスの生徒には、奇異っていうか異常に映るのもトーゼン。部員が多いことは部活動にとってメリットしかない。しかも、今回の騒動で学園中敵だらけ。生徒を敵に回したらこの学園でやりにくくなるのは、白紙で提出したテストの点数よりも分かりきった未来だ。
 部活の部長クラスが廊下やフリースペースで顔を突き合わせれば、冒険部の話題だ。冒険部が仲良しの子達と遊びたいだけの部活なのかと勘繰る奴も、集めた部員をまとめる自信がない奴が部長をしているのかと思う奴もいるそうだ。
 実際は部長ちゃんの定めた最低ラインが高すぎる気がする。オイラは肩に力が入りすぎて凝らないか心配になりそうな、綺麗な顔を思い返した。
「部長ちゃん、入部させる部員を選んでるんだ。そこは気に入らない。誰だって部活に入って楽しむ権利があるのに、部長ちゃんに都合が良かったり気に入った奴しか入部させないってどうかと思ってるよ」
「だから、喰いに行くの?」
 じっと見つめてくる瞳は、深い海の底から海面を見上げるように綺麗に揺らめいている。きちんと話さないと息継ぎさせないぞって、真剣な眼差しがオイラを脅していた。
 オイラは背もたれに体を預けて、メロンソーダを啜る。
「別に、オイラは喰いたい訳じゃない。結果、喰っちゃったって話だ」
「そうだねー。ルアっちは皆を楽しませたいし、皆楽しんじゃったからルアっちのやり方がいいってなっちゃうんだもん。別にルアっちは悪くないねー」
 『部活喰いのルアム』。所属した部活の方針とオイラの活動方針が合わず、結局オイラの方針が支持されてしまって部活そのものが瓦解した結果付いた渾名だ。潰した部活は両手足の指の数をとっくに超えていた。誰もが所属して欲しいと頼んでくる実力を持っているが、制御できなければ部活そのものが喰われてしまう諸刃の剣と恐れられているんだ。
 冒険部の部長ちゃんは『謎を解き明かす』ってのに力を入れたいらしい。オイラは今でも興味が湧かない。冒険に挑む方が楽しいってオイラは認識してるし、そこは絶対に譲らねー。でさ、オイラのやり方が支持されちゃえば、結局喰っちゃうことになるじゃん。
 ローレの兄貴の喜びようを見ると、喰っちゃいそうな気がするのだ。
「喰って欲しかった?」
 オイラが冒険部に入部予定の噂はもう流れてる。この騒動でいっそ喰われちまえば良いのにって、囁かれてるのも気がついてはいるんだ。
 兄ちゃんは長い手をぱたぱたと振った。
「いやー。だって、ルアっち、部活喰いなんて呼ばれたくないでしょ」
 まぁなー。オイラも技術科のボス猫みたいに君臨してるように見えるけどさ、結構失敗いっぱいしてるんだ。部員の心が離れて、部活が潰れて泣かれちまったのを見るのは、流石に笑えねーよ。そんなつもりはなかったって言っても、もう戻らないんだしな。
「今回はそうならねーように『契約』する」
 どんな内容を盛るかは相手次第の、まだ白紙の契約書。
 インターン実習で学園外に出ている生徒は、学園内しか知らない生徒よりも社会経験が多い。実習であっても体験内容は働いている人と同じだからこそ、学生とインターン先では必ず契約が交わされる。オイラにとって『契約』は絶対に近い強制力を発揮する。
 しかも『契約』の内容を向こうが調整しやすいように、オイラは情報を全て見せる。なんかもう、これでダメなら部活は潰れちゃったほうがいい。
「オイラがどう動くかも実演してみせた。部長ちゃんには、オイラの手の内は全部見せる」
 ぬっと手が伸びて、メロンソーダが取り上げられちゃった。
 あ、酷いなーって戯けようかと思ったけど、真剣な兄ちゃんの顔が近くにあって、黙るしかないよな。
「ねぇ、ルアっち、それって君にとっちゃあ絶対面白くないでしょ。契約して自分を道具みたいに格下げして、君が望むような和気藹々な楽しさから随分と遠いじゃん。どうして、その部活にそこまでしてあげるのさ。君なら数ヶ月手伝って、じゃあねバイバイ出来るでしょ?」
 ぎゅっと手を掴んでくる。わー、兄ちゃんがマジで怒ってんのって久々だなー。
「君が便利な道具のように扱われるなんて、我慢ならないんだよねー」
 オイラも兄ちゃんが同じことしたら、同じように怒るだろうね。
 唇を尖らせて、耳がしょんぼり垂れちゃった。だって穏やかでのんびり屋な兄ちゃんを、こんなに怒らせちゃったんだもん。オイラ達上級生は確かに色々責任があるから、お互いに協力し合うのに、オイラしょっちゅう一人で背負い込んじゃうからなー。
「…神隠しの時さー。現れた冒険部の連中は、オイラと同じことをしようとした。どんな危険があるかもわからねー世界に飛び込んで、ピペの嬢ちゃん助けに行こうとしたんだ。今回無事に帰って来れちゃったじゃん。ありゃあ、これからも無茶するなって思うんだ」
 むぎゅ! ほっぺつままれて、唇がくちばしになっちゃう!
「ルアっち、後輩には本当に甘いよねー」
 兄ちゃんがふっと表情を和らげる。あーもう、それ以上言っちゃ嫌だからな!
 オイラの契約の本当の意味は、秘密なの! だーから、わるーい感じに演じてるんじゃん! そうすれば、オイラが部活喰っちゃうこともないだろうからさー!
「部長ちゃんはオイラを疑ってる。なんか裏のある食えないプクリポとして見られているなら、部長ちゃんの思い描いた悪役像を演じようって思ってさー」
「うわぁ。ルアっち悪役演じてるの? 面白そうだね!」
 オイラはにっと笑ってみせる。
「久々の悪役は面白いぞ! お客さんは手抜きや媚びを見抜くから、常に演技は最高を提供しねーとバレちゃうからさ! 良い勉強させてもらってるんだー」
「でもまー、ルアっちが笑えなくなったら、冒険部にヌーク草いっぱい入れたミートパイ差し入れしちゃおうかな! 匂いだけで辛くて涙出るよ!」
 思わず声出して笑っちゃった。罰ゲームのヌーク草のパイで、灼熱吐いたの思い出しちゃたよ。口の周りが腫れ上がってる間、噛み漫才ネタで笑いをとりまくってたな!
 あーあ。やっぱ友達には隠し事は難しいなぁ。冒険部の連中みたいに上手くいかないや!