おかめさん宅とのコラボログ1


■ 真面目さが拘束し、自由が権限を拒絶する ■

 俺が目の前に居る傭兵を、不思議に思うのは何度目だろうと思う。多分、数えきれない程だろう。
 髪の色や服の趣味は全く対照的で、俺が金髪で深紅の服とド派手なのに対し、目の前の彼は黒に近い茶髪と黒っぽい鉄の鎧を着込んでいる。彼が深紅の外套やオレンジ色の服を着ているのは、黒尽くめで過度の威圧感を与えない依頼人に対しての配慮だろう。性格も真反対と言うべきで、真面目で背筋が伸びている俺に対して、彼は不真面目で斜に構えていると誰もが評する。
 年齢は近めで、剣を振るう事を生業としている為に体格も良く似ている。アレフという同じ名前を持っているが、アレフガルドでは珍しくない男性名だ。俺も彼も複数の同名の他人を知っている。
 そんな俺達が同じテーブルに着いて、珈琲を啜る事は何度もあった事だった。
「アレフ。近衛兵団に入らないか? 俺は君が、この国に無くてはならない存在だと思うんだ」
「はいはい。その話、断り続けて両手の指の数超えたんだけど、まだ続けんのかよ。良く飽きねぇな」
 ぱたぱたと手を振ると、綺麗に作られたサンドイッチを摘んで口に放り込んだ。全く聞く気のない彼に、俺はずいっと詰め寄った。
「俺は諦めない。本当の事だからな」
「お前は真面目過ぎて、今までの方法を崩さず良くしようって躍起になりすぎる。国が良くなる方法は一つじゃない。お前が俺にやって欲しい方法は、俺の肌に合わないって分かるだろう?」
 俺が反論しようと開いた口に、彼は角砂糖を投げ入れた。思わず呑み込みそうになって、喉に角を突き立てる角砂糖に激しく噎せ込む。
「反論したって無駄だぞ。俺はこの世界が結構好きだからな。悪くなるのは本意じゃねぇ」
 そう、彼との関係が不思議だと思うのはこれなのだ。
 傭兵と兵士というものは、水と油と言うべき関係である。互いに互いを快くは思っていない。それでも、俺と彼は同名である事が切欠であったとしても相性が良かったんだろう。剣術や作戦立案に非凡な才能を持つ彼を、俺は何度も王に仕えるべきだと諭したものだった。
 彼は俺がようやく落ち着いた頃合いを見計らって、サンドイッチの付け合わせのミニトマトを摘みながら言った。
「それよりも、お前は後継者選びを早々に始めるんだな」
「なに?」
 意外な言葉に目を丸くする。彼は俺の様子を然も当然と受け入れながら、言葉を続けた。
「お前が王国の駒で居られる程の、器じゃねぇからさ。いつか、この国を出たくなっちまうぜ?」
 俺は言葉を失った。
 俺が王国を出る日が来るなんて、想像もつかないからだ。俺は死ぬまで王に剣を捧げ、この国を守り続けるだろうと思っている。その未来を、彼は真っ向から否定してみせたのだ。
 だが、選ぶのは俺だ。彼の言葉が予言であったとしても、俺は王や姫、国民の信頼を絶対に裏切ったりはしない。
「君はどうなんだ?」
 俺はなんとなく聞いてみた。
 その質問に、彼は薄らと笑みを浮かべた。不機嫌なしかめっ面が崩れると、別人のように柔らかい印象になる。
「大地が広がり行ける限り、俺は行くだけさ」
 そして彼は呟いた。俺は冒険と自由を心の底から愛してるからな。と。


■ 扉の奥の闇 ■

 ※ 『神に背を向ける者』のネタバレが含まれています。読破されてから読まれることをオススメします。

 修錬の最中ずっと、居心地の悪さを感じずにはいられなかった。温まって良い筈なのに、体の芯が冷えたままというような常識から矛盾する不気味さ。
 少し探れば、原因は直ぐに分かった。扉が開いているのだ。
 実際に扉ではないのだが、扉という表現が使い勝手が良くてそう言っている。
 扉が開いているのは珍しかった。
 基本的に俺が開かなければ閉じたままの扉。それは極稀に扉の向こう側から開けられる事もあった。向こう側から扉を開く必要が殆ど無い為に、その頻度は一年に一度あるかないか、俺ですら忘れた頃の頃合いだった。
 俺が扉と呼ぶそれは、誰もが想像する部屋と部屋を繋ぐ仕切りのことではない。手をかけるノブや窪みのある板で出来てはいない。俺が幼い頃に接点を持った『奴』が、俺の中にひょっこりと顔を見せる時に使う出入り口。幼い頃は『奴』の存在も背後に立つように感じられたが、俺が成長し傭兵として一人前になる頃には、ほくろのように小さい点となって気にも留めなくなった。
 なぜ、扉があるのか。なぜ『奴』は俺に関わるのか。聞いたこともない。腕に手がついているように、それは当たり前のことだった。
 何が『奴』の興味を引いたのか、なんとなく分かっていた。
 同じ宿の庭先で、俺と同じくらい早朝から修錬をしている女武道家がいる。彼女は小柄ながらに疾風のような動きで、俺は彼女を前に死線を渡る戦い方は不可能だろうと思った。俺の紙一重は死線を主に使う。普通は人が避けたがる、生死を分つギリギリの線。しかし、彼女は分かっている。的確な急所の抉りかた、苦しみも与えず一瞬で殺害する手管。死線を使えば、彼女に心臓を差し出すようなものだ。女武道家は一撃必殺で非力さを補う故に、一流となれば彼女のような手合いはいる。
 そんな彼女を見遣っていた俺には、視えていた。
 彼女も扉だ。
 しかも、強引に扉を付けられた類いの者だろう。俺から見れば不自然極まり無いそれは、服の下からでも闇が染みでている。魔力に優れる極一部の者が見れる闇は、誰もが見える類のものではないだろう。そしてその闇は純然たる黒ではない。
『哀れだ。そう思わぬか、アレフィルド』
 その名で呼ぶな。うるせぇ。
 刃をちらりと視れば、両目の色がちぐはぐだ。『奴』が片目を使っている。道理でよく見えるはずだ。
『堕ちてしまった者の、悪食の趣味には閉口する』
 お前も同類だろう。
 『奴』は闇そのもの。闇の中に溢れ出る絶望を筆頭とした負の感情を食っているが、それは趣味みたいなものだった。存在する為に必要な事でもなく、その趣味を極めるために事を起こす事もしなかった。満腹も餓えも、偶然も必然も、『奴』には趣味を豊かにする香辛料だ。自分で作った飯より、他人が作った飯の方が美味い。それだけは同意している。
『我とあの娘の扉の奥とを同類にするな』
 すまん。意識が同調すると筒抜けだから、形だけでも詫びる。
 曰く、純粋な黒と混沌を混ぜた漆黒は別ものだという。悪食と評価するのは、『奴』の感性に合わないのだろう。
 『奴』はあの女武道家に憑いた闇の感情に食当たりを起こしたらしく、言葉少ないが呪詛の籠った文句を吐いていた。俺は『奴』を放置して修錬に没頭する。ようやく扉が閉まったから、身体が暖かくなって来た。


■ おいでませ!大魔王様! ■

 居酒屋『大魔王』
 紺に染め抜かれた木綿に、白い達筆な文字で大魔王と書かれた暖簾。知る人ぞ知る隠れた名店は、闇に溶ける裏通りに赤提灯を掲げ暖簾を掛けている。その赴き通り、店内はクラシックなジパングスタイル。伊草の香りが漂う抹茶色の畳みのお座敷が半分を占め、卓袱台の席や冬季限定のコタツ席、囲炉裏席もあったりする。残りは良く磨かれた石を敷き詰めた三和土にカウンター席が用意されていた。やや店内が薄暗いと感じるような店内を照らすのは、エルトナ和紙を通した柔らかい光だ。
 いつもならそこそこに客が居て賑わっている所だが、今日だけは貸し切りと言わんばかりのガラガラ具合。臨時従業員も外に準備中の札を掛けさせたが、準備中だろうが突撃して来る客も流石に入ってはこれないのだろう。
 空気は最早、アレフガルドを闇の底に沈めた大魔王ゾーマの居城の最深部そのもの。
 いや、それよりも酷い物だろう。
 なにせ、今回の客人は他所の世界で大魔王を名乗っている存在だ。時代も次元もなんのその。居酒屋『大魔王』の店内は何でもありだが、今までの中で群を抜いた空気の悪さだ。アストルティアの魔瘴が最も濃い所並に悪い。死者が出ても不思議じゃない。
 店主と客はカウンターを隔てて対面していた。二つの目は殺意に鋭く光り、頭部の見開かれた瞳は爛々と狂気に濡れている。偉丈夫が二つ並んでそそり立つ壁は、複雑な闇と呪詛を織り込んだローブで首から掛かった髑髏の首飾りが満月の如く白かった。全く同じ見た目、全く同じ服装が、血を凍らすような殺意を互いに打つけて向かい合っている。
『貴様は食への浪漫が欠けておる』
 そう開口一番に言葉を紡いだのは、カウンターの内側に陣取っている店主だった。
『絶望に至るまでの経緯、それが希望の類いであろうと美味に深みを添える風味の1つ。我等が絶望を生み出すよう仕向けなくとも、彼等は彼等で我々には想像もつかぬ至高の美酒を生み出す事が出来ると認めるべきだ』
 客として暖簾を潜った大魔王は、尊大を絵に描いたように嘲笑した。
『高貴なる存在が食するに相応しきものを食しているだけの事』
 その客が持参した酒は、血のように赤黒くルビーのような光りを宿している。見た目からでも濃厚なワインを彷彿とさせているそれを、客は優雅な動作でグラスを傾け美味そうに味わった。
『生者も死者も、その絶望をより甘美に生育する為に我が自ら手を加えているに過ぎぬ。濃縮された絶望の豊かで濃厚な究極の味わい。覇王だけが堪能する事を許されているのだ』
『下らぬ』
 店主は眇めた。
『主の魂胆は把握している。自らの領域に魂を溜め込み、その魂達に苦しみを与える事で絶望を生み出す。養殖の絶望が覇王の食い物だと? 餓える事を知らぬ高慢なやり口、肥えた豚の思考よ』
『理解できぬな』
 客は睥睨して店主を見遣った。
『この世の全ての存在は我に絶望を捧げる為に存在するのだ。我が為に命を捧げる事ことこそ極上の悦び、存在意義を与えている我に仕える事は当然。中途半端な絶望も、希望すらも食すとは理解に苦しむ。貴様の考えは家畜にへりくだる下等なものだ』
 絶対零度の殺意の応酬。俺は温くなった燗を啜った。
 つまり、店主は天然物至上主義、客は調理極上主義なのだ。他人の食事の趣味に口出しなんて必要ないじゃないかと思いながらも、次元は違えど同じ容姿に同じ立場で同じ存在の相手に強い自己嫌悪を抱かずにいられないのだろう。
 放っておけば良いのに。
 そう思った瞬間に、空気が炸裂した。
『何が究極だ!この悪食!』
『何が至高だ!この雑食!』
 怒号も、行動も同時。
 クロスカウンターになった拳が互いの頬にめり込んだ瞬間、衝撃波が店内を吹き荒れる。
だが、そこは店主。闇の衣を即座に展開させて店内の物品を保護した為に、店内は何一つ微動だにせず互いの衣が強風に煽られただけだった。
 流石、世界屈指の攻撃力を誇る豪腕同士。一撃一撃の衝撃が互いの闇の衣を貫通し、重いボディブローとなって炸裂する。重厚なローブに互いの拳がめり込む毎に、互いが苦しそうに呻き時に鮮血を吐き出した。互いに子供さながらの罵り合いさえしなければ、怪獣大決戦並に迫力がありシリアスなのだがなぁ。
 次第に荒い息が増し、腕一本上げるのも大変になって来たようだ。瘴気もだいぶ薄い。
 そろそろだろう。
 俺は席を立ち、戸を小さく開けて外を伺った。表では臨時店員が出張と称して宴を対応している真っ最中だ。樽の上に板を渡した上には、突撃魚の丸焼きから、暴れ牛鶏の串焼き、オニオーンのオニオンサラダに、お化けトマトのスパゲティ、ナスビーラとズッキーニャの漬け物が所狭しと乗っていて、酒が足下に置ききれなくて大変な事になっている。俺は宴会で集った数多くの人間の中から、目当ての人物を見つけて声を掛けた。
「ロト。出番だ」
「はーい! アレフさん、待ってましたー!」
 がらりと戸を開けて入って来たのは、ぽっちゃりふくよか、顔が嵌ったら窒息もあり得る豊満な体格のロトだ。彼女はニコニコ笑顔で目の前の修羅場を眺めつつ、大袈裟に大魔王達を見回した。
「もう、ゾーマさん達ったら、ボロボロじゃない! はしゃいじゃって、可愛いなぁ!」
 にこぉ!とロトが笑みを浮かべた。
 その笑みに大魔王達の顔から血の気が失せ、青から黒に変わる。
「いっくよー!ベホマズーン!」
 まさに地獄の底から迸る断末魔の叫びを聞きながら、どうして俺は店内で彼等の言い争いを聞いていなくてはならなかったのか分からないまま全てが終わったと思うのだった。