LUNARCADIAの椎名様とコラボまとめ2

■ 砂漠の傭兵と王子様 ■

 □ 新興国の王子
 北大陸に新しくできた王国ローレシア。既に北大陸に建国され歴史ある王国として存在するサマルトリア。その二つの王国はとても離れており、北大陸はとても広大である。その二つの王国を隔てるのは、リリザ砂漠と切り立った山脈と 川。街道は北大陸の北を迂回するルートと、砂漠を超える二つのルートしか無く、互いの王国は境界線を引いたようで互いの領土の問題でもめる事は無かった。
 その王国の間にあるのが、リリザという都市。リリザ砂漠を横断する旅人の為に造られ、巨大な都市になった場所である。サマルトリア領でありながら、実際は両方の王国にも属さない所である。ローレシアとサマルトリアの領土の境界線の上にあると言っても良く、多くの旅人がその地に集って二つの王国を行き来している。その都市の守りは王国の守護があっても十分ではなかったが、主にリリザを根城にする傭兵達が自発的に守護を担っていた。
 そんな北大陸の王国の一つ、ローレシアの幼い王子は榛色の髪を揺らし王城を駆けていた。
 短く息を継いで、同年代の少年に比べればとても速い速度で廊下を駆ける。深紅の柔らかい絨毯に足音を吸われ、王子は自分の呼吸以外のものが耳に入って来なかった。目指すは兵士の詰め所の方角。王族が居るべき場所から最も離れている場所である。
 賑わいが聞こえて来る。
 砂漠を超えたキャラバンが荷を降ろして兵士や士官を前に交渉を始めているのだ。王子は素早く周囲に目を走らせ、目的の人物が居ないか探す。探していた人が見当たらなくてがっくりと落とした肩を、笑いながら見下ろす影がぽんと叩いた。振り返った王子の目に映ったのは、日に焼けた肌の傭兵の男。呆れたような顔に苦笑を滲まして、リリザ砂漠の砂が髪の毛を揺らす毎に王子に降り掛かる。彼こそが王子が探していた人物である。
「駄目だぞ。王子さんがこんな所に居たら、誘拐されちまうぞ」
「ごめんなさい」
 いつもの会話。彼等はこうして出会い、彼等にとっては挨拶と同じ意味合いの言葉を重ねている。
 注意をしておきながら傭兵に咎める声色はなく、王子には謝罪の色すらない。傭兵はこの王子が攫われた日には、誘拐犯が生きているのすら後悔するような地獄を見せつけるであろう事を十二分に知っていたが、この無邪気な王子様に注意を促す為にそんな言葉を毎回のように掛けていた。
「おじさん、きょうは 何 おはなし してくれるの?」
 『全く、人の話聞いちゃいねぇだろ』苦笑を隠さない傭兵の男は、賑わいから外れて人気の無い城の廊下に腰を下ろす。王子が横にちょこんと腰掛けるのを待って、立てた膝に肘を乗せ寛いだ姿勢で考え込む。なにか思いついたのか、興味津々に見上げて来る王子に視線を合わせにやりと笑った。
「そうだなぁ、デルコンダル海域に出没する金色のしびれクラゲの話なんかどうだ?」
「きんいろのしびれクラゲ? どんなおはなし? きかせておじさん!」
 蒼い瞳を輝かせ、眩しい笑顔を満面に浮かべて王子が男を急かした。世界中を旅する男は、こうやって城にやって来ては王子に旅先の面白い話を聞かしてくれ る。それは傭兵の持つ独特の家族感が染み付いているからだけではなく、面倒見の良い彼の根底にある性格もあっての事だった。
 王子もその男の善意を嗅ぎ取って、とても人懐っこく慕っていた。
「デルコンダルの海軍が金色のしびれクラゲを見つけたんだ。しかも『ベホイミ』を唱えるとんでもなく厄介な奴な。海の男も海と魔物相手でにしてるのだって大変なのに、津波にコーラルレインと流石に泣き言言いやがる」
「『ベホイミ』を つかわれ ちゃったら、敵さんが みんな げんきに なっちゃう もんね、たいへんだね」
 幼いくせに博識な相槌を打つ王子に、傭兵は違和感なく頷いた。
「今回はその新種のスライムを捕まえたら報奨金が出る依頼が来たんだ」
「しんしゅ? って、なぁに?」
「今までに見た事の無い奴って事」
 そうして始まったのは世界最強の海軍と海の魔物の死闘の話。荒波を超える海の男達が、銛で巨大な海竜の腹を打ち抜き横波に巨船は傾く。勇敢なる海の男達は、幾度も幾度も戦いを繰り返してついに港に辿り着き銅鑼にも負けぬ大声で喜びを分かち合う。
 大きな瞳で見上げ尋ねる王子に、傭兵も丁寧に教える。口調は砕け荒っぽさが隠せないが、反応は逐一返し、幼子の言葉を無視したりはしない。何気に傭兵の語り方は表現力に富み、王子はその物言い一つ一つに表情をくるくると変えた。
 どきどきと結果が知りたくてしょうがない顔で、王子は傭兵に言った。
「おじさん、ぶじに その『しんしゅ』スライム、つかまえられたの?」
「捕まえられなかったんだよなぁ」
 悔しそうに傭兵が眉根を寄せて腕を組む。依頼が来ても向き不向きは当然存在し、結局ムーンブルクの調査団に結果を先に知られてしまったのだ。それを聞いた王子も悲しそうに傭兵を見た。その様子に傭兵は笑う。
「なぁに、失敗も仕事には付き物だ。それすらも楽しんでこそ、プロなのさ」
 傭兵の笑顔に王子も笑う。
 そんな風に砂漠の匂いのする傭兵と、お城の中しか知らない王子の仲は深まっていく。

 □ 砂漠を踏破する傭兵
 いつかなるだろう事態、それがついに来た。
 傭兵は緊張を通り越し て怒りすら滲ませた面持ちで、静かに呼ばれるのを待っていた。その服装はいつもの小汚く砂をざらざらと零す砂漠越えの護衛の格好ではない。纏うものに合わ せて作られた鉄の肩当てや篭手は、本来の色を損なわない透明な錆び止めの加工が施され黒く光る。オレンジ色の丈の長い上着は格調高い型に則った造りであり、その下に着ている服も上着に合わせたデザインになっている。黒皮を裏打ちし縁取りを施した丈夫な服には、動く上で邪魔にならない様々な工夫が凝らされている。帯に留められた鋼鉄の剣だけが、本来の彼が持っている物そのままに歩く度に重みのある光を返す。
 傭兵が兵士と騒動を起こした。
 乱闘は住人を巻き込み、事態を収拾するのに数時間を要したという。ローレシア城下町で起きた事なだけに、兵士が総動員で武力行使にて鎮圧し乱闘に参加し傭兵は一人残らず牢屋にぶち込まれた。嘘か本当か確認のしようがないが、その場に居合わせただけという傭兵も相当数放り込まれた。50人を超えるとか超えないとか、正確な情報が入って来ない。死者が出なかったのが唯一の幸いだろう。
 理由は乱闘の騒ぎで確認ができそうにない。どうせ些細な喧嘩が原因で、不満が爆発でもしたのだろう。男はそう思っている。
 傭兵はなんだかんだで見下されている。乱暴者も多く偏見に塗れ仲間しか信用しない悪循環を、認識しておきながら断つ事は傭兵の数百年の歴史でも達成されていない。それどころか、傭兵は組織のような縦の繋がりを拒絶してきた経緯がある。元々が仲間は家族という家族観がまとまりを生み出す故に、支配という力で纏める必要など傭兵には必要なかった。傭兵が求めたのは強い横の繋がり。支配とは無縁の生き様の代償なのだ。
 男が傭兵達との話し合いの末に、傭兵側の答えとして伝える言葉も『仲間を解放する対価として、傭兵は北大陸から完全に撤退する』というものだ。国王に面識もあるが、男はそれ以上に傭兵達に信頼されていた。だからこそ、男には分かるのだ。互いに一歩も譲る事はできない。溝はもう、埋まらないに違いない…と。
 すると謁見の間に続く扉ではない、給仕等の関係者が出入りする扉が小さく開いた。男が見遣ると、榛色の髪が覗き蒼い瞳が日差しの下で輝いた。この国の王子である少年は、知り合い であるはずの傭兵をまじまじと見つめた。傭兵もいつもとは全く違う格好であるので、折角整えた毛髪を掻いてぐしゃぐしゃにする。柔らかい髪を手櫛で整えると、王子は恐る恐る口を開いた。
「お、おじさん?」
「よう」
 男が手を挙げて応えた。男が知人の傭兵その人だと知ると、王子は側に歩み寄り男の横に座り込んだ。
「きょうは まどから はいって こなかったんだね」
「初めて正門から入ったよ」
 砂漠越えの仕事を主にこなす傭兵は、いつも砂だらけ。歩くだけでざらざらと砂が落ち、マントを翻せば砂埃が舞う。正門の兵士に何時も門前払いを食らうからと、毎度毎度窓から入ってくるのだ。たまに仕事として入ってくる時も、兵士や士官や侍女が出入りするという裏口から出入りする。
 その事を父親に報告すると、『来ていたのか…』という言葉と『そんな所から出入りしているのか』がセットで返って来る。今回はそんな事無いんだろうなと、王子は思った。
 だが、王子は不安そうな顔を完全に消す事ができなかった。不安そうに胸元に視線を落とし言った。
「ねぇ、おじさん。おじさんは おとうさまを かなしませたり しないよね?」
 そうだ、そうに きまってる。おじさんは やさしい ひとなのだ。王子は自分に言い聞かせる。
「おとうさまが とても かなしそうな かお してるの。くるしそうなの。おじさんが くるって へいしさんが おしえにきたとき、なきそうだったの」
 望む答えが現実になる事を当然と思い切った表情で、王子は顔を上げて男を見上げた。
「おじさん。おじさんは おとうさまの みかた だよね?」
「……悪ぃな」
 バツの悪そうな顔から返ってきた返答は、王子の希望を打ち砕くには十分過ぎた。
「罪と非を知って尚、捕われた傭兵の解放を望むんだ。応じれば、国王は追放を言い渡さなければならない。俺達もその言い渡しを諾々と受け入れるつもりでいる」
「おとうさまは、おじさんのこと だいすき なんだよ。だから、たくさん あそびに きてほしいんだよ! これからも…ずっと!!」
 縋り付いて言った舌っ足らずな無垢な言葉。それを、大人である彼はぴしゃりと撥ね除けた。
「王子さん。俺達傭兵にとって仲間は家族だ。お前が父親である王を守りたいように、俺も傭兵である仲間を…家族を守らなくちゃならない。最低でも構わん。憎まれたって良い。王子さんも俺の事は忘れて、王族らしく……」
「おじさんも おとうさまと おなじ『あまのじゃく』だ!!」
 男の言葉が遮られる。割れ鐘のように砕ける音は、心の傷ついた音に違いない。男が驚いて、しかし心の中では当然の結果であると漏らしながら顔を上げた。
 蒼い瞳から大粒の涙がこぼれていたのだろう。振り返り駆け出した少年の横に、室内では有り得ない透明な雫が舞っていた。
 扉が力一杯乱暴に閉じられる音、そして雫が落ちる音。音量の差がこれほどある音であるのに、傭兵はしっかりと聞き留めていた。そして大きく溜息を付く。
「全く…大人って奴はいつも子供を悲しませる……」
 そんな大人にだけはなりたくないって…思ってたのになぁ。
 男が見上げた空は、一際悲しい時に限っていつも蒼く澄み切っている。


 □ 王国を治める賢王
 昔、彼と手合わせした時を王は思い出す。あの頃の彼の剣技の腕前は己を遥かに凌駕していて、全く敵わなかった。どんなに剣を素早く打ち下ろしても、どんなに力を込めても、彼は余裕の笑みすら浮かべて尽く防いだ。あの時に比べれば 己の力量は格段に増していると思う。それでも、城で兵士達の修練に付き合っているのと、実践で強い魔物と切り結んでいる者とを比べればあらゆる面で差が出ているの だろう。
 男は相変わらず強い。どんなに力を入れても、早く切り込んでも未だに己の剣が届かない。王は悔しそうに唇を噛み締めた。
 謁見の間で繰り広げられる試合には、多くの城勤めの者達が押し寄せた。そこで見たのは、ローレシアのあらゆる武術や知識において勝っていた、強き王が初めて圧倒されている姿である。王の剣術は確かにローレシア1であるのに、傭兵の武術はそれを圧倒する。魔法に秀でているならのだから呪文を唱えれば良いと思う者 ですら、呪文を唱えようとすれば隙など与えず切り込んで来る傭兵の腕を見せつけられる。
 がぁんと一際高く剣が打ち合う音が響いた。がっちりと鍔迫り合いをする中、男が王に囁いた。
「王様は本当は何をご所望されておられるんでしょうねぇ? 教養の無い傭兵風情に伝わるよう説明してくんねぇか?」
「試合の最中にお喋りとは…余裕だな」
 王は整った顔に一際際立つ蒼い瞳を細め、傭兵を見た。
 そこにあるのは戦いの間だけ見える、狂いそうな感情を無理矢理にでも理性の中に封じ込めようと無理矢理に浮かべた笑み。茶色い量の多い前髪の奥に、漆黒に淀む瞳が闇のように暗く深く潜んでいる。彼らしく笑う余裕は何処にも無く、本気であれば無表情なまでの真剣さに、濡れるような殺意が顔を覆うのをどうにか堪えている。しかし、彼は本気では無い。怒りに似た感情が、吐き捨てるように言葉を言わせている。
「試合? 俺達が未来を掛けても、お前の狙いも見えて来ない。こんなの試合って呼べるのか?」
 王は傭兵の申し出に条件を出す。『傭兵が勝てば傭兵に自由を、王が勝てば一つの命令を下す』。命令の意味が不透明な今、傭兵に残されているのはただ一つ。王から勝利をもぎ取る事だった。傭兵は瞳に怒りを浮かべ、叱咤するように言った。
「本気出せ。俺は本気のお前から自由を貰う」
 剣が弾かれる音。大きく間を空けた両者の間に、濃密な魔力の力が渦を巻く。王が呪文を放つ為に高めた魔力、それが謁見の間に居た様々な存在を撫でて通り過ぎる。
 それを冷ややかな目で見て、傭兵は構えを変える。上段に構え、突きに適した角度に整えた剣先は国王に真っ直ぐ向いていた。呪文は強ければ強い程集中を要し、無防備となる。王も、己に剣を向ける傭兵を見ておきながら、待ち受けるように悠然と立っていた。
「……天の風琴が奏で流れ落ちるその旋律」
 傭兵が駆ける。
 全速力で王に迫るそれは、魔力の風を切り裂いた煌めきに流星のような軌跡を描く。
「凄惨にして蒼古なる雷!」
 傭兵が一際強く歯を食いしばった。剣の切っ先は深々と王の肩に突き刺さり、侍女の悲鳴が空気を引き裂くように甲高く響き、兵士達が殺気立つ。
 並の魔法使いならば痛みのあまりに呪文を中断せざる得なかったが、王は違った。歯を食いしばり、傭兵を見る。傭兵もその瞳を見て、王が呪文を放つ事を悟り覚悟の色を瞳に浮かべた。
 王が響き渡る声で呪文を放った!
「ライデイン!!」
 声と共に膨れ上がる雷光に、二人の影が黒々と落ち明滅する中に激しく揺れた。そこに、小さい影が走り割り入った!!
「おとうさま!! おじさん!! もう、やめて!!!」
 青白い雷光に黄色い光を反射し、散る雫に幾億の星を宿す。王と傭兵の間に割り入った王子は、必死に雷に負けない大声で二人に訴えた。しかし、王が放った呪文は最早止められぬ。雷は蛇のように容赦なく、傭兵に降り注がんと牙を向く。そして、傭兵の前に立つ王子すらその毒牙に掛けんと、鼓膜を突き破ろうと鋭い音を立てた。
 傭兵はとっさに手から剣を引きはがし、間に割った王子を抱き寄せた。
 瞳をきつく閉じ闇を意識して、傭兵は強く願った。
 謁見の間に居た者は、王の呪文が傭兵と王子の横を逸れたのを見ただろう。誰もが、王の類い稀な魔力の高さと、素晴らしい呪文への知識の深さの成せる技と思うに違いない。それで良い。傭兵は腕の中でぐったりと気絶した王子が無傷であるのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。
「本当の殺し合いだったら、相打ちだったな。俺はお前の心臓に剣をねじ込んだろうし、お前も呪文を止めはしなかったろう。だが、殺し合いじゃない以上ではそんな事はできやしない。そうなれば、俺はお前の呪文に倒れなくてはならないさ……」
 傭兵は大きく溜息をついて、力なく呟いた。
「狡した。俺の完敗だ」
「…そうだな」
 そして、首筋に血に濡れた剣の刃が当てられるのを、傭兵は黙って受け入れた。

 □ 傭兵を束ねる者
「なんだそりゃ!? 俺がそれをしろというのか!?」
 悲鳴に近い声で傭兵は国王を怒鳴った。その怒鳴り声に王は全くびくともしない。
 国王の命令はローレシアに留まる傭兵をまとめ取り仕切る役目をしろという内容であった。それは長い傭兵の歴史では初めてとなるギルドの誕生であり、そのギルドの長となるのは傭兵達に信頼を置かれているベテランであれば文句は無い。北大陸から撤退する事も無く、そのまま傭兵はいつもの生活が送れる。それに兵士達の前で強さを見せつけた今、傭兵の見方も変わりつつある。そこでギルドが生まれれば人々との付き合い方も変わって行くに違いない。傭兵達にはまさに朗報。歴史にも残るかもしれない節目である。
 たった一人。この長の役目を命じられた傭兵を除いては……だ。
「お前以外に誰ができる?」
 王の威厳ある物言いに傭兵は、ぐっと更に出そうと思っていた怒りをこらえた。
 傭兵も腹の底では分かってはいるのだ。傭兵は強い者しか認めないなどという単純な生き物ではなく、知識や性格、そして傭兵としての家族観や人情など様々な点が評価の対象となる。傭兵としての強さだけではなく、人当たりも良いとか様々な要因が求められるのだ。認められた傭兵は尊敬と信頼を得られ、多くの面で協力と指示を仰がれる。男は認めたくはないが、傭兵から信頼を全面的に置かれる数少ない人物なのだ。
 ちなみに、男は武術の力量は抜きん出ており、護衛の配置や戦いでの的確な指示に絶大な信頼を置かれている。口は悪いし態度も悪いが面倒見が良く、傭兵達の兄貴分だったりするのだ。
 目の前に適格者が居るのだ。頼まない訳が無い。だが、簡単に縦に首など振る奴でもない。王は意地悪く目を細めた。
「完敗を認めたのはお前だ」
「最初からそうするつもりだったんだな? 第一、お前はなぁ……」
 腕を組んで対立の姿勢をとろうとした傭兵は、開いた扉から覗いた王子の顔を見て荒げた声を鎮めた。歩み寄った姿に異変が無いのを知ると、王子にいつも向けていた笑みを浮かべて王子の前にしゃがみ込んだ。
「おう、王子さん。大丈夫か?」
「うん  だいじょうぶ」
 元気そうに応える声に、傭兵もようやく安堵する。戦いとは非情なもので、血の匂いや殺気、魔法の恐ろしさなどに遭遇して心打ち砕かれる者も少なくないからだ。
 王子は傭兵と王の様子を見て、今までに見せなかった満面の笑みを浮かべた。
「おとうさまと おじさん なかなおり したんだね?」
 二人以上に喜ぶ様子に、傭兵は腕を組み直して大げさなまでの疑問の表情を浮かべた。
「はぁ? 仲直りどころか喧嘩の真っ最中なんだけど?」
 真顔で迫る傭兵と、頭上で腕を組んでいる王を交互に見遣る。暫く考え込むように互いの顔を大きな蒼い瞳に映していた王子は、にっこりと笑った。
「だって おとうさまも おじさんも とても たのしそうだよ?」
 がっくりと項垂れた傭兵は、その呆れに覆って隠したつもりの怒りが沸々と湧いてくるのを堪える事ができなかった。ぼんやりとした王子様を見遣ると、睨みつける程鋭い視線を向ける。
「俺はこの王様の、これからローレシアに住み込んで傭兵を束ねろとかいう傍若無人な命令に怒りをだなぁ…」
「おじさん まいにち あそびに きてくれるの!?」
 王子が興奮したように大人達を見た。その様子に王がさも当然と答える。
「ギルドの創立資金はこちらが出してやるのだから、こまめな報告は怠るな」
「俺はそれ以前に、それをやるなんて一言も…」
「おとうさま よかったね!まいにち おじさんが あいにきて くれるんだもん!うれしくて しょうがないんだよね!?」
「おい……!!!」
 兵士達なら驚きで凍り付くかもしれない、冷静沈着で滅多に動じる事の無い王が一人の王子の言葉に動揺する。王子は人懐っこく王の衣の裾を掴んで喜んでお り、動揺に揺れと怒りに震える大人達の状況など何も知らない。しかし、真実を見れば大人達の感情など些細な者だ。王子は知っている。皆仲良く、これからが過ごせる喜びがずっと続く事を、この二人も本当は喜んでいるんだ…と。
 それでも、傭兵は声を荒げずにはいられなかった。立ち上がり、目の前の親子を怒鳴りつける!
「お前ら、勝手に話し進めるんじゃねぇーっ!!!!」
 王子はぽかんと大人達を見る。
 どうして すなおに よろこばないの?

これからも傭兵は相変わらず窓から入るし、砂だらけだし変わらない。
これからも王様はあまのじゃくで、素直にはならない。
これからも王子は無邪気に大人達の間を駆け回る。
そんな愛しい日々がローレシアに続く事は、歴史書なんかには全く載ってない。