DQ系魔法少女☆パトリシアログ


■ バロンの角笛の秘密! ■

 勇者さんったら、忘れちゃったんですね。
 私は手元に持った角笛を見て苦笑しました。見事な角型の笛で、持ち手には凛々しく馬車を引く馬の姿が彫刻されています。この角笛はバロンの角笛と申しまして、馬を呼び寄せる事の出来る貴重な品なのです。吹くとどんな場所にも馬車を呼び寄せる事が出来るのです。不思議ですよね。空飛ぶ靴と同じくらい不思議な一品ですよ。
 そんな角笛が効果を発揮するのは、馬車の入らない、仲間全員で行くには狭過ぎるダンジョンででしょう。強敵が待ち構えているとなれば、全員で挑んだ方が勝率が高くなります。勿論、強敵だって戦う場所くらい選びたいものでしょう。戦いの場は自ずと広くなるはずです。
 とはいえ、角笛を忘れちゃったんならしかたがない。
 強敵が待ち構えているとはいえ、勇者さん達には死ぬ気で頑張って頂きましょう。とは、無責任な事は言えず。
 私以外の仲間達が、勇者さん達を追いかけてダンジョンの中に入って行きました。私は馬車を引く純白の名馬、パトリシアと仲良くお留守番です。馬車が壊されたら大変ですし、なによりパトリシアは大事な私達の仲間です。
 あぁ、どうして私がお留守番なのかって?
 申し遅れましたが、私は武器商人のトルネコと申します。商人達が暖簾を掲げる目標とされるエンドールに店を設けた、新進気鋭の武器商人。しかし、私は一般市民です。仲間達のような戦闘に秀でた所なんて何一つありゃしませんよ。
「おや、パトリシア。興味がありますか?」
 パトリシアが鼻先をバロンの角笛に擦り付けてきました。私はそのすっと通った額を優しく撫でます。
「勇者さんが忘れてしまいましたからね。今回は貴女の出番はお預けですね。私とのんびり帰りを待っていましょう」
 彼女は賢い瞳を瞬かせ、理解したように返事をしました。そうして彼女は豊かに茂る草を食み、私は温かい日差しの中で帳簿をつけています。魔物達が時々顔を覗かせますが、弓矢じゃ勿体ないから石でぽかりと痛い目に遭ってもらちゃいますよ。
 アリーナ姫が新調された爪の出費が痛いですね。今月は晩酌を少し我慢して頂かないと…。そんな事を考えていたら、突如パトリシアが嘶きました。
「魔物ですか!?」
 破壊の鉄球片手に立ち上がるも、周囲には魔物の気配も影もありません。目の前で戦闘が繰り広げられても、けっしてパニックにならない賢いパトリシアです。そんな彼女が今も首を激しく上下させ、落ち着き無く足踏みしているのです。
「どうどう。パトリシア、何も恐ろしい者はいませんよ」
 パトリシアは私の荷物袋に頭を擦り付け、尚も落ち着き無い様子。あまりに激しく頭を寄せるものだから、荷物袋は落ち、私も尻餅をついてしまいました!散乱する荷物の1つを、パトリシアはくわえて私に顔を向けました。
 バロンの角笛です。
 いったい、これが何だと言うのでしょう?
 首を傾げる私に、パトリシアは急かすように唸ります。吹かねば体当たりを食らわしてやろうか、それとも後ろ足で蹴り上げてあげましょうか?そんな剣幕です。
「ふむ、吹いてみろと言うのですか? いったいどうしてなんでしょうね?」
 別段吹いたからって、何か起きるとは思えません。魔物が近づいて来るなら、やっつけてしまえば良いのです。
 私は角笛を構えると、大きく息を吸って高らかに吹き鳴らす!低く伸びやかに、角笛の音が空に向かって吹き出しました。なんて、気持ちの良い音なのでしょう。戦いを告げるような雄々しさでは無く、朝日の到来を告げるような希望と期待の籠った素晴らしい音色です。
 視界いっぱいに朝日の美しい白金の光が満たされて…
 これは、幻じゃありませんよ!何が光ってるんですか!?
 慌てている間に納まってきた光の中から現れたのは、白い肌に亜麻色の髪の女の子。年の頃合いはポポロより、ちょっとだけお姉さんでしょうね。真っ白い天使のビスチェ、オレンジが鮮やかなニンジンに良く似た大きい鞄、可愛らしいスティック片手に、ポニーテールが揺れています。
 そして、私は驚愕の事実に勘付いてしまいました…!
「パ、パトリシア!? ど、何処に行ったんです!?」
 パトリシアが居ない! バロンの角笛の力で、彼女だけ何処かに行ってしまったんでしょうか!? どうしましょう!
「大丈夫だよ、トルネコさん」
「え?」
 少女が私に幼いながらも優しい声色で言いました。っていうか、私の名前をどうして知っているんでしょう?
「わたしがパトリシアなんだよ!」
 え?
「えーーーーーーっ!?」
 驚く私を後目に、パトリシアと名乗った少女は洞窟を見遣りました。
「勇者さん達がピンチなの! わたし、助けに行ってきます!」
 それが、私と魔法少女パトリシアの出会いであったのです。


■ バロンの笛よ高らかに! ■

 私は武器商人のトルネコ。世界を救う勇者御一行のパーティに、何故か紛れ込んでいる一般市民です。占い師のミネアさん曰く、私は導かれし者の一人で勇者さんと共に魔王を倒す運命にあるそうなのです。
 とはいえ、流石に先鋭で構成された剣の王国バトランドの王宮の戦士や、エンドールの武術大会の優勝者には当然劣ります。魔法がつかえないですから、かの魔法王国サントハイムの筆頭魔法使い殿や、魔力の高い血筋を汲む流浪の民の美人双子には足下にも及びませんし、回復呪文に秀でた神官の代理も無理です。
 一般市民ですから。
 私はそう言い聞かせて、どうしてここに居るんだろうと嘆息する日々です。本当だったらエンドールの店で妻と子供と、商人として慎ましやかに生きる人生を謳歌している最中のはずです。目標だった天空の剣も、勇者さんの手の中。もう、私の出番はないと思いません?
 私は御者台から降りて相棒のパトリシアの背を撫でた。馬車で移動する勇者御一行なので、私の定位置は御者台ですしパトリシアの世話も主に私がしております。
 パトリシアが美人の横顔を私の頬に擦り付けてくださいます。彼女も勇者さん達が強敵と戦う為にダンジョンに入り込んで、私とお留守番。暇ですが、待っている場所も魔物が出ますから油断は出来ません。
 すると、パトリシアの耳がぴんと立ったのです。ぶるると私に訴えるように唸ります。
「どうしました、パトリシア? まさか、勇者さん達の身に危険が迫っているというのですね…!」
 パトリシアはそうだと言わんばかりです。
 私はすっと荷物袋の中からバロンの横笛を取り出しました!
「行きますよ、パトリシア!」
 私はバロンの角笛を高らかに吹いたのです。
 雄々しく響き渡る角笛の音。その音が響き渡ると同時に、パトリシアが輝きだしました!
 天使の羽のような純白な光がパトリシアを包み込むと、パトリシアの姿が見る見る変わって行くのです!純白の肌、美しい亜麻色の髪、力強い瞳、まだ幼さが残る少女がいました。天使のビスチェにぺろぺろキャンディみたいな可愛らしいステックを装備しています。
 びしっと可愛い決めポーズ!
「魔法少女、パトリシア!見参!」
 これがまた娘が居たらこんな可愛い声なんだろうなって、思う程に可愛い声です。
 魔法少女となったパトリシアがぺこりと私に頭をさげました。可愛らしい星のヘアゴムで結った、ポニーテールがぴょこんと跳ねます。
「トルネコさん、わたし勇者さん達をお助けしてきます!」
「頑張って下さいね!パトリシア!」
 はい!パトリシアがステックを構えて、指揮棒のように優雅に振ります。
「いそげ びゅんびゅん まほうのにんじん きゃーろっと!」
 ぽん!
 軽快な音と仄かに甘い香りのする煙から現れたのは、魔法少女パトリシアには丁度良いニンジンロケットです。これで颯爽とピンチの勇者さん達の元に駆けつけるんですって!
 パトリシアは、ちょっと緊張したような表情で私を見上げて言いました。
「トルネコさん!馬車をお願いしますね!」
「分かってますよ。気をつけて…!」 
 さっと跨ぐとニンジンロケットは甘いニンジンの匂いをばらまきながら、ダンジョンの中に突っ込んで行きました。瞬く間にニンジンロケットの光も闇の中に消えて行きます。
 私は破壊の鉄球を担ぎ直し、馬の居なくなった馬車の横からパトリシアの背中を見送りました。
 がんばれ、魔法少女パトリシア!
 勇者のピンチを救えるのは、君しか居ない!


■ 角笛を疎む闇 ■

 デスピサロは心底憂鬱だった。
 溜息は日の差し込まぬ魔界のように冷え込み、停滞していると錯覚する程に重かった。
「全くもって嘆かわしい。私の部下には命を賭せと命じましょう」
 部下達の失態の醜悪さときたら、忠臣アンドレアルはデスピサロ様の役に立てぬなら死ぬが良いと部下の腑を引き裂きそうになる程だった。
「えー、可愛いじゃん!おれは結構好きだけどなー」
 干し肉チップスをぼりぼり食べるギガデーモンの袋を、ヘルバトラーが取り上げた。
「貴殿は場の高貴さを壊すおつもりか。場を弁えなさい」
「ちぇー。ヘルバトラーはお硬いなー」
 ギガデーモンは絵の上手い部下に、萌え萌えな巨大ポスターを描かせ、早速フィギュアを大量に作る入れ込みようである。そんなポスターやフィギュアを、執事の鑑ヘルバトラーが片っ端から片付けてくれているから、ギガデーモンの首は繋がっているのである。
「戦いに予測不可能な部分は必ずありますよ!さぁ、皆さん、再三再四という言葉はありますが、次こそは勇者達を冥府へ送る事が出来ましょう!」
 エビルプリーストは嫌味満載でフォローにもならない慰めを言うばかりだ。
 勿論、目の前の四天王達の動きもデスピサロの憂鬱の1つである。
 だが、諸悪の根源は全く違う。
 勇者達を今一歩の所まで追いつめても、颯爽と現れる助っ人の存在が憂鬱の原因だった。『魔法少女☆パトリシア』とふざけた名前を告げるのだから、頭痛の1つにもなろう。
 だが、その程度ならデスピサロは憂鬱にはならない。殺せば良いんだ。殺せるんだから。
 デスピサロは真っ白い唇を開いて、絶望的な声色で言った。
「ロザリーが…」
 一同が視線を向けた先で、デスピサロは心底憂鬱、銀髪を滝の如く床に落として言った。
「ロザリーが魔法少女に会いたいと言った…」
「はい?」アンドレアルは目が点に。
「おい!ステージ準備だ!魔法少女ちゃんをお迎えするぞ!うひょー!」ギガデーモンは駆出し。
「ロザリー様のお口に合う料理を用意しておきましょう」ヘルバトラーが畏まり。
「ちょ、誰もツッコミ無しなんですか!?」エビルプリーストだけが的確に突っ込む。
 顔をどうにか上げ、頬杖をついたデスピサロは重い溜息を再び吐いた。
 そして唐突に呟く。
「ロザリーと魔法少女のペアルックか…可愛いだろうな」
 ふふっと魔王は笑うのだった。


■ 鳴り響けバロンの角笛! ■

 勇者の絶体絶命の頻度と来たら、世界が滅亡するなんて洒落じゃないレベル。最近は四天王クラスどころか、デスピサロも本気で乗り込んで来るから始末が悪い。しかし、絶好の機会であるのにトドメを刺さず、待つ姿勢が見られると聡い者は勘付いていた。
 誰を待っているのか。魔法少女パトリシアに違いない。
 実際、魔法少女が現れると、デスピサロであっても瀕死の勇者をガン無視するのだ。間違いない。
 日に日にマジ度が上がっているのは、ロザリーからの催促が加熱しているから。それを知るのはデスピサロ唯一人である。だが、昨日も今日も、そして明日も魔法少女パトリシアを逃してしまうのだ。後一歩の所なのに。
 そんな言い訳は、通じません。
「ピサロ様、ロザリーの為に魔法少女さんをご招待出来ましたの?」
「うむ、なかなな我々の誘いに応じてくれんでな」
 デスピサロとあろうものが、喉にスライムでも詰まらせたような歯切れの悪い言葉を紡ぐ。そしてロザリーヒルの塔に住まう深淵の姫君は、太陽の光の下に咲き誇る美しい百合のように微笑んだ。
「もう、ロザリーは待ちきれませんわ」
 デスピサロは胃から変な音がしているのを実感していた。彼女を塔に住まわせたのは、彼女の流すルビーの涙を欲するおろかなる人間達から守る為だった。そんな塔の存在意義を無視し、彼女は人間の町のど真中に居るのである。
 場所は王のおふれで集まった芸人達で溢れかえるスタンシアラ。魔物にしか見えない四天王すら、仮装と思って誰も気に留めない。
「勇者様、ロザリーは魔法少女に会いとうございますの」
 そして小首を傾げた先には勇者御一行。スタンシアラの宿では、勇者御一行と魔王とその精鋭が顔を突き合わせていたのだ。居ないのは、トルネコとパトリシアくらいである。この場で戦いが起きれば、町はクレーターと化し城は瓦礫の山となるのだが、幸か不幸か周囲からは王を笑わす一団の打ち合わせにしか見えていない。
「我々も魔法少女を意図して呼び出す事は出来ぬのです」
 今にも剣を抜きそうな勇者を羽交い締めにするライアンを横目に、冷静にブライが告げた。その答えに、ロザリーは然も悲しそうに眉根を寄せ、口元を押さえる。ほろり。涙が瞬く間に目映いルビーになって床に落ちる。
 その様子にデスピサロが射殺さん視線を勇者達に向けた。
「どうにかしろ。ロザリーを泣かす者は楽に死ねると思うなよ!」
「まぁ、ピサロ様!殺すなんて恐ろしい言葉、ロザリーは嫌いです…!」
「え、あ、すまんロザリー。もう言わないからな、怒らないでくれ。可愛い顔がだいなしだぞ」
 そう甲斐甲斐しく恋人の目元をシルクのハンカチで拭ってやる。その仲睦まじい恋人っぷりに、マーニャがお腹いっぱいとお腹を擦り、ミネアがこっそり占っている。結果は上々らしい。
「しかし、勇者よ。其方らも魔法少女の正体に興味があるのではないかね?」
「もー、ヘルバトラーは硬過ぎだよ!ばーんってステージ作って、ハッスルハッスルすればいいんだよー!オレッチはトルネコっておっさんとコンサート会場作っちゃったよ!」
 何をしているんだ。ヘルバトラーとアンドレアルの眼差しを、干し肉チップスを噛み砕きながらギガデーモンはさらりと躱す。
 そして、遠くから角笛の音が響いた。
「ほーら!開始の合図だよ!魔法少女ちゃんが来るよー!」
「そんなもので、本当にくるのかしら?」
 アリーナ姫が首を傾げたが、その瞬間に宿の扉が開け放たれた!
「呼ばれて、飛び出て、きゃーろっと! 魔法少女☆パトリシア! 参上!」
 きたーーーーーーーーー!!!
 一同の心の叫びが納まらぬうちに、魔法少女は可愛いスティックを一振り。ぽんと軽い音を立てて、ロザリーの服がプリンセスローブに早変わり!
「ギガデーモン!シャッターチャンスを逃したら死ぬと思え!」
「はーい!オレッチのカメラアングルは、アイドルモードで可愛さ逃さないよー!」
 ばしばし、フラッシュの嵐。ギガデーモンのカメラ連射は留まる事を知らない…!
「ロザリーちゃん、待たせてごめんね!」
「可愛いわ!パトリシアちゃん!」
 にっこり笑った笑顔の眩しさに、デスピサロは浄化されそうな思いである。
 その後、トルネコ氏とギガデーモン氏による萌え萌え実行委員会が作った特設会場で、スタンシアラは未だかつて無い熱狂に飲まれるのであった!人間も魔物も共に、争いの無い萌えが世界を救ったのである!

 今日もバロンの角笛が鳴り響く時、魔法少女パトリシアが現れる!
「不思議な魔法きゃーろっとで、勇者様をお助けします!」
「ピサロ様、喧嘩をすると嫌いになっちゃいますよ!」
 新たな仲間、魔法少女ロザリーを加え、世界を平和にする旅は続くのであった…!


■ 魔法少女に素敵な馬車を…! ■

「馬車が狭い」
 そう私が零したのは何度目でしょう。
 皆さんよく戦ってくれます。戦えばお腹が空くものです。その空腹の飢餓鬼と化した猛獣達の腹を満たす量を提供する、調理担当の方々には頭が下がります。私もね、ネネに最近料理の手際が良くなって助かるわ、なんてハート付けて言われてでれでれしちゃいましたもの。
 じゃなくてですね。
 本当に馬車が狭いんですよ。重いんですよ。
 パトリシアに引かせるなんて、ちょっと可哀想な重量なんです。ぬかるみに取られたら、もう動きません。荷物を降ろしたりぬかるみを炎で乾かしたり知恵と工夫がどうしても必要です。
 でも、そろそろ本当に馬車がヤバいんです。
 車軸もガタガタだし、幌の中も狭い。棺桶1つ入れるのに、縦にしなきゃいけないレベルです。
 改造しようと思います。
 私はそう一行に持ちかけまして、二つ返事でオーケーです。
 しかし魔王退治の勇者と言えど、スポンサーのお金もない貧乏な旅人です。なので改造の資金調達は私に一任されました。
 馬車改造は『馬車改造大好き同盟』という同好の志に頼む事にしています。ムーンペタやベラヌールやガライの方には既に連絡済みです。さらに不思議のダンジョンや魔法の迷宮と似た、オーブを捧げるダンジョンの奥に稀に住んでいるそうなので手堅く合う事も出来るでしょう。
 しかし、イチにもニにも資金です。あぁ、ぽんっと出してくれるスポンサーっていないかしら!
 そんな時、私の肩をとても大きな手が叩きました。耳元でもっしゃもっしゃ何かを食んでいる音が煩いくらいです。
「トルネコのおっさん。なにか悩みかい?」
 振り返るとギガデーモンさんが、私が如何にも美味しそうで噛み付いちゃおうかなーって満面の笑みで見ています!いやいや!私は美味しそうに見えても食べられるのは嫌ですよ!
 それでも私は商売人。笑顔で来客に頭を下げるのを忘れません。
「実は馬車を改造したいと思いまして…資金が足りないんですよ」
「へー。馬車ってパトリシアちゃんが引いてる、あの白い箱の事?」
「えぇ、そうです」
 私が答えると、ギガデーモンさんはドラゴンの尾のジャーキーを引き千切りながらうーんと天を仰ぎました。
「オレッチさー、ずっと思ってたんだよね」
 はぁ。私が相槌を打ちました。
「パトリシアちゃんには地味過ぎるって」
 ぽつりと言った言葉に、私は目を点にしました。
「なぁなぁ、トルネコのおっさん。オレッチに馬車を数日預けてくれよ。ばっちりイケイケにしちゃうから。そうだなー、デザインはやっぱりサンディちゃんにお願いしよう。あの子の華やかさって、パトリシアちゃんにばっちり!」
「魔界の技師でシドもじゃさんって方がいますよね。出来れば馬車の走力は落としたくないんですよ」
「わかるー!ライブは何処でも突然に!世界の何処でもきゃーろっと!人も魔物もメロメロに!」
 がっちり手を組んだ私達は、互いに上気した顔を見合わせました。互いに視線が馬車を極上の一品にしようと燃えています。
「資金はなんとしても調達しましょう!」
「萌えの為ならオレッチも出すよー!」

 そうしてギガデーモンさんが担ぎ、そして戻ってきた時の馬車の素晴らしさったら無いです。
 キラキラのプラチナ製。ラインストーンの華やかな舞台のようです。磨かれた大理石のようなステージに、ピンクローズで染め上げた極上の天鵞絨カーテンにレースのアクセント!今までの馬車より巨大になったのに、パトリシアは羽根が生えたかのように軽やかに引いてくれます。
 何故だか皆さんに不評だったんですけど、どうしてなんでしょうね?


■ バレンタイン ☆ ライブ ■

 呼ばれて飛び出て、キャーロット!
 今日も皆の期待に応えて、魔法少女☆パトリシア見参!

 それはモンバーバラの特設ステージ。砂漠の都の夜の寒々しさを打ち消すように、黄金色の光でライトアップされたステージ。
 踊り子達が融けたチョコレートを模した衣をひらひらと風になびかせ舞い踊れば、ふわりと漂う甘い香り。特に素晴らしい舞いを披露するマーニャさんが扇を振るえば、花弁のようにチョコレートが舞うのである。特注の薄造りのチョコレートはひらひらと集まった男達の上を踊る。
 大きな角笛の音が響き渡ると、歓声が地鳴りの如く。ステージを揺るがし現れたのは、今日の為に誂えたプリンセスローブのパトリシアだ。
「呼ばれて飛び出て、キャーロット! 今日も皆の期待に応えて、魔法少女☆パトリシア見参!」
 今日のスティックの先は可愛い板チョコ仕様。
 本当はショコラなドレスが良かったんですが、ギガデーモンさんがプリンセスローブめっちゃ推してきたんですよね。まぁ、時期が時期ですので、甘いショコラカラーに染色させて頂きましたよ。流石はメギストリスの職人の技。ミルクチョコレートの柔らかい色に、ビターチョコのシックさ、ホワイトチョコのアクセント、金と赤の差し色が絶妙です。色白金髪のパトリシアが、ひらりと動くと、そのドレスの裾はマントのように翻り、中は鉄壁のレギンズ。
 あぁ、今日の売り上げは特設ステージ設置代と相殺するくらいは稼ぎたいですね。
 正義の算盤を弾きながら、今日の仕入れたチョコレートの箱が次々と運び出されていく様を見守ります。
「はーい!良い子も悪い子も、男の子には今日は特別な日!」
 何の日ですかぁ?と聞き耳を立てるポーズ。
 あざとい。演技指導したギガデーモンさんには悪いですが、嫁に行く前の女の子がこんな可愛い仕草しちゃ駄目ですよ。
 バレンタイン!会場から山彦の様に野太い声が帰って来る。
「みんなぁ!パトリシアのチョコレート欲しいですかー?」
 はーい!会場中に響き渡る野郎共の大合唱。むさ苦しさと並々ならない希望の輝きが、会場を荒波のように仕立てている。
 パトリシアはにっこり笑顔でチョコレートスティックを振った。
「カモーン! ハートでラブなチョコレート!」
 ぽぽぽぽん!
 パトリシアの背後から、放射線にチョコホイップが飛び出す。
 頭上からチョコレートシャワーとともに現れたのは、チョコタワー。ビターにミルクにホワイトと、それぞれ見つけて重なれば男共の間をぴょんぴょん跳ねます。
 キュートでポップな効果音とともに、爆弾岩サイズのショコラが振って来る。クランチまぶして攻撃力高そうです。私の見立通り、下敷きになった男達の甘い悲鳴が響きます。
 違う方向ではチョコヌーバがチョコマァモンと共に男共をチョコの沼に沈め、チョコゴーレムの会心の一撃で幾人吹き飛ばされた事やら。
 ………やり過ぎです。コレはやり過ぎです。
 私が飛び出そうとすると、がしりと大きい手が肩にのしかかりました。ばきばきとオリハルコンでも噛み砕いているような音を立てて板チョコを咀嚼しているのは…振り返らなくても分かります。
「やだなー、トルネコのおっちゃん。みーんなパトリシアちゃんのチョコにメロメロじゃん。止めたら駄目だよー」
「ギガデーモンさん…」
「それにー、今日はスペシャルゲストも来てるんだー!」
 すちゃっと鋼鉄の剣の刀身の長さと同じくらいのレンズを装着したカメラを構え、ギガデーモンさんは高らかに言った!
「スカイドラゴン!しゅっぱーつ!」
 砂漠からきらりと何かが光ったと思ったら、高速でそれは近づいて来る。瞬く間に、会場上空に巨大な黄金色の鱗に覆われた巨大な龍が現れたのです!
 あれはスカイドラゴン!強敵です!
 ですけど、何故かスカイドラゴンはきらっきらに飾り立てられています。角にはクリスタルスライムのネックレス、お囃子なのか長い背びれには踊る宝石が舞い踊っています。まるで空中のステージ。それもそのはず。そのスカイドラゴンの頭の上には…
「ロザリーちゃん!」
「ごきげんよう、パトリシアちゃん!」
 純白のプリンセスローブに身を包んだロザリーさんが、はにかみながら手を振った。新たなゲストに、噴火中の火山のように男共が大騒ぎ。
 ふわりとスカイドラゴンの上に飛び乗ったパトリシアちゃんとロザリーさんは、まるで対になった一幅の絵のようです。アイドルモードで可愛さ逃さないギガデーモンさんのカメラが、間髪無く鳴り響いています。これが狙いだったんですね。
「今日もとっても可愛いわ、パトリシアちゃん。そう、今日は殿方にチョコレートを差し上げるんですのよね。ロザリーはきちんと用意してきましたわ」
 そう微笑むと踊る宝石達が、ぽんぽんぽーんとスライム型のチョコレートを投げ落とし始めます。あぁ、あのスライムの型、きっとロザリーさんのスライムで取ったんでしょうね。まるで生きているかのように精巧です。
 男達が嬉しそうに受け取る中、会場の一角が爆発しました!なんですあれ!グランドクロスですか!?
「…っち。ピサロ様早過ぎだよー。もうちょっと我慢してくんないと、シャッターチャンスが減っちゃうじゃん」
 屍累々の上を、正に魔王の貫禄でピサロさんが進んで行きます。チョコを手に固まる男共を氷の眼差しで射抜き、会場の隅々にまで響く声で宣言しました。
「ロザリーのチョコを受け取るものは、全員死罪となると思え!」
「まぁ、ピサロ様! 野蛮ですわ!」
「黙れ、ロザリー!」
 スカイドラゴンの上でぼろぼろルビーの涙がこぼれています。嫉妬丸出しでピサロさんは大人げないですね。
 ロザリーさんはパトリシアの手を借りて、ふわふわとスカイドラゴンの上からピサロさんの前に降り立ちます。そして恥じらうようにもじもじした後、可愛いラッピングを施した箱を取り出した。
「本命のチョコはピサロ様にしか差し上げられませんわ…」
「ろ…ロザリー」
 勢い余ってロザリーさんごと抱きしめて、ぐしゃりと箱が潰れる音がしました。あーもう。他所でやって下さい。
「はーい!みんな!パトリシアのチョコ!たーくさん食べてねー!」
 ぽんぽんぽぽぽ!
 あちこちから甘い悲鳴を響かせて、チョコレート達が大暴れ。クリフトさんがベホマラー使い切りましたって、報告上がってきちゃいましたよ。でも、まぁ、一晩寝れば皆元気になります。そんなもんです。
「あ、あのね、ライアンさん。ボク、ロザリーちゃんのスライムとチョコレート作ってみたの」
「ほう、ホイミンは手先が器用だな。感謝する」
 背後でまるで初々しい恋人みたいなやり取りしないで下さい。
 私もエンドールに帰りたくなっちゃいます。あー、赤字になったらどうしましょう。
 バレンタイン記念ライブは、まだまだ終わりが見えそうにありません。