旅先料理まとめ


■ カリカリ玉ねぎと鯛のリゾット ■

「やっぱ、旅先は丼っぽくしちゃうよねー」
 手際良く米とスープを鍋に放り込んだアレフさんは、ぱちぱちと目を瞬いた。言いたいことが理解できたのか、瞬きはすっと伏せられて鍋に視線を落とす。
「基本的にテーブルなんてものはないからな。手に持てる皿に一人前を盛り付けるスタンスは、どこも一緒なんだろう」
 使い込まれた鉄の鎧に、魔物の血をかなり吸い込んだ赤い外套。ルミラさんが『猛者の風情』と尊敬の眼差しを向ける戦士であるアレフさんは、想像以上に野営の調理に慣れている。聞けば傭兵は持ち回りで調理が回ってくるらしく、彼は傭兵でも評判になる程度に料理が上手いらしい。包丁捌きは戦士であれば勘とセンスで上手い人は多いが、食材の切り方、火の通す順、味付けの目分量は慣れた人間にしかできない所業だ。
「だが、あまり魚料理には詳しくない。アレフガルドの街はほぼ内陸で、海の食材はなかなか手に入らない。ローレシアにきてようやく本格的に学んでいるところだ」
「僕は逆だなぁ。ウェナ諸島は、丘の食材を殆ど隣国の輸入に頼るくらいでね。メイン料理はもっぱら海の物さ」
 手際良く鯛を捌いていく手元を、アレフさんが覗き込んでいるんだろう。息を止めるくらい真剣に見なくてもいいのに。三枚におろして鱗を包丁の背で取り、半身を鍋の中に放り込む。骨の部分も良い出汁が出るから放り込んでいくのを説明すると、アレフさんは渋そうな表情を改めた。
 人数分に切り分けた残りの半身を見て、アレフさんが指を差す。
「やっぱり焼くのか?」
「もちろん。入れた半身と骨の身は後で解すけど、ボリューム欲しいじゃん?」
「ボリュームが出るのは嬉しい限りだ。だが、食感が物足りなくないか? 皮をパリパリに焼くとしても、米も魚も柔らかい方だろう?」
「わーお。アレフさんって食感まで気にしちゃうの? 傭兵やめて料理人やりなよー。良い店のオーナーになれるってー」
 アレフさんは興味がないと手を振ると、リゾット鍋に入れた玉ねぎの残りを手にした。油を入れた鍋の横で、手際よく切っていく。薄切りした玉ねぎに片栗粉をまぶして馴染ませ、温度の上がった油の中に放り込む。
「フライドオニオンを入れよう」
「さいこうー! おいしいやつー!」
 僕は僕で皮目に切れ込みを入れ、下味と片栗粉をまぶした鯛の切り身を焼いていく。皮を下にして小気味いい音を立てる音を聞くのは、本当に気分が良くなる。美味しくできてるなーって自信が湧くし、皆が美味しく食べてくれるだろうなって笑顔が浮かぶんだよねー。バターを加えて香りが引き立つと、アレフさんがうんうんと頷いた。
 ちょっと米に芯が残ってるくらいが頃合い。お客さんの前に置くときには、余熱でいい塩梅になるんだ。具合が悪い人に出すなら、芯がないくらいに仕上げればお粥くらいの柔らかさになるんだ。お好みだけど、冒険者は腹持ちと食べ応えが大事だからね!
 骨を取り出し、身をほぐして、いい感じにリゾットが煮えてきたら、取り出したのはチーズの塊! それを豪快にすり下ろすと、ろとーっと溶けるんだー。もう目の保養だよねー。
「ふつーに食堂の飯だよ」
 リゾットをお皿に盛って、焼いたタイを載っけて、フライドオニオン散らして、最後に彩でパセリが咲く。
「いやー! 作っておいて何だけど、美味しそう!」
 暖かいうちに皆を呼んで、食べちゃおう!


■ 朝取れ牛乳のシチューと黄金バターライス ■

 大都市にはなんでも揃うが、旅の最中では足りないものがたくさんある。荷物は持ち歩ける程度しか持てないうえに、食料と水分は道中の日程を考慮すれば相当の重量になる。大所帯なら馬車で移動するが、それは盗賊や魔物を数で圧倒し馬車を守り切る自信の現れだ。荷物運びに馬やロバといった家畜を連れる者もいるが、それは慣れた短距離間の移動に限られるだろう。
 長距離で少人数で移動する旅人は、ほとんどが徒歩だ。盗賊や魔物から逃げ隠れできる身軽さが、何よりも優先される。この世界の大部分は未整備の街道で結ばれているから、最終的には歩きが良いと回帰する。
 その多くの徒歩で移動する旅人のために街道には等間隔に宿場町があり、地図には整備された水飲み場が印づけられている。それらを見て、持ち運ぶ食料を調整する。食事は保存の効くものが多くなってしまうものだ。
 開拓の勇者と呼ばれたアレフの興したローレシアは傭兵の国で、その辺はよく心得ている。雇い主の荷物も持つことが常識のロレックスの荷物は、小柄な体格と変わらない大きさに膨らんでいる。本人はリウレムのおっさんも持ってくれているから、軽いくらいだと笑っている。
 ロレックスが何かに気がついて手を上げた。前からロバに荷物を括り付けた壮年の男が歩いてきていた。腰には護身用程度の武器を装備しているが、村人だろう質素な服装と日に焼けた肌をしている。気の良さそうな男はロレックスに気がついてにっこりと笑った。
「やぁ、ローレシアの。うちの村で採れた新鮮な牛乳と乳製品はどうだい?」
「嬉しいな。牛乳は鮮度が落ちやすいから、口にできないと思ってたよ」
 おっさんも加わり賑やかな交渉が始まる。そして手早くまとまったと思ったら、ロレックスが煮沸消毒した小瓶を手に牛乳を分けてもらう。バターの包みが多めにおっさんの手に収まると、その上にオマケとばかり包みが重ねられる。
「良い取引だったよ」
 互いに満足そうに笑うと、村人だろう男はロバを引いてすれ違った。
 街道には行商人だけでなく、宿場町などに特産品を卸しに向かう村人も多い。旅人はそんな村人や行商人から食料を買って、長い道中では決して口にできない新鮮な食材を手にするのだ。
「今日の夕飯はご馳走ですね。鶏肉もいただきましたし、シチューにしましょう」
 ぱぁっとルクレツィアが笑顔になる。ルクレツィアの歩行ペースに合わせた道中は、決して早くない。相乗りさせてくれる馬車がないなら、一日で宿場町に到着できないこともあるのだ。今回の行程はもともと野宿を数回する予定だったので、豪華な夕食は嬉しい誤算だ。
 街道を少し外れ、野宿しやすい場所を見つける。ロレックスは手慣れた様子で石を積み、おっさんもルクレツィアを引き連れて薪を集める。綺麗な水辺から水を汲んでくれば、さっそく調理が始まった。
 生肉が切られて鍋に放り込まれ、バターと肉の焼ける匂いがワルツを踊り出す。その傍で小麦粉を牛乳で伸ばし、焦げ付かないよう手早く混ぜる。そうして出来上がったルーに、牛乳と水を注ぐ。芽の出てきたじゃがいもの皮を剥き、乾燥させた野菜を入れれば、ぱっと鮮やかな色が鍋の中を彩る。
「追い牛乳しようぜ!」
「あまり保存のきくものではないので、お任せしますよ」
 追加の牛乳が注がれ、味付けの塩や固形に固めたコンソメが投入される。
「わー。リウレムさん、米にバター入れちゃうなんて贅沢だなー」
「言ってる割には随分と口元が緩んでますよ」
 おっさんは炊いた米にバターを混ぜて、刻んだハーブを上に散らす。黄金色に相応しい、良い香りが漂ってきた。ルクレツィアがおいしそうと瞳を輝かせて覗き込んでいる。
 楽しそうな雰囲気が、ぱっと弾けた。完成のようだ。
 待ち侘びていたんだろう。僕は手帳を閉じて輪の中を覗きにいった。


■ 深夜の蜂蜜入りホットミルク ■

 そわそわ。ルクが落ち着きがないの、皆すぐ分かっちゃうの。
 どうしたの?ってロレックスさんが優しく聞いてくれるんだけど、答えるのが恥ずかしい。だって、こんな赤ちゃんみたいなこと言ったら笑われちゃうよ。
 じゃあ、いつまでそうしているんだ。気が散る。そうきっぱりサトリさんが言うの。うぅ。ごめんなさい。
 あー! サトリがルクレツィア泣かしたヨーン! シクラが触手で頬を撫でると、ちょっぴり濡れた先っぽをぺろりと舐める。ルクの涙はしょっぱくて美味しくないよ!
 はいはい。そこ、睨み合わないでください。リウレムさんがサトリさんとシクラの間に入る。
「よーし! じゃあ、ルクちゃんが何を言いたがってるか、この俺が当てて見せよう!」
 にこっとロレックスさんが笑うと、さっと食料が入っている袋を広げる。そして取り出したのは牛乳が入っている瓶だ。わ! びっくりして大声が出ちゃった! お城だったら『はしたない』って怒られちゃうんだけど、ここは怒る人はいない。皆、優しい顔で笑うんだ。
「やっぱりな。俺の推理が正しければ、ルクレツィア姫はホットミルクを御所望と見た!」
「何が推理だ。今日、手に入れた牛乳を考えれば、そう思い当たるのが必然だろう」
 大袈裟な。そう溜息を吐いたサトリさんに、ロレックスさんは頬を膨らませた。そんな二人にルクは頬が熱くなる。どうして分っちゃうんだろう?
「で、でも、牛乳は大事なご飯だよ。ルクのわがままで使ったらダメだよ」
 ルクが言うと、ロレックスさんはへらりと笑う。
「そんな気を使わなくたって平気だよ。偶然手に入った食材だから、使い切ったからって困ったりしないよ。ね。リウレムさん」
「そうですね。ロレックス君が追い牛乳したくらいですから、大丈夫でしょう」
 リウレムさん、それ言うー? ロレックスさんが唇を尖らせると、リウレムさんは荷物袋の紐を解く。取り出したのは、琥珀色の液体が入った瓶だ。
「姫の御所望なら、贅沢しましょう。はい、蜂蜜どうぞ」
 は、蜂蜜入れて良いの? そ、そんな、美味しそうなホットミルク、飲んで怒られないの?
 だって、お城だと夜中は良い子で寝てなきゃいけないんだもん。寝れないからって起きてきたら、皆に迷惑かけちゃう。お母様やお父様と飲むホットミルクは嬉しいし、お姉様が一緒に厨房に連れて行って飲ませてくれたのはドキドキして楽しかったけれど、それ目当てに起きちゃいけないんだって思ってたんだもの。
 ぎゅうっと傍にいたシクラを抱きしめる。火に近づきたくないシクラは、腕の中でヨンヨン言いながら、ルクとホットミルクが出来上がるのを待っている。男の人達が火に掛けたお鍋に牛乳注いで、温度とか、蜂蜜の量でわいわい言ってるの。サトリさんが多すぎだって言ってる向いで、ロレックスさんが少ないと美味しくないって言い返す。むしろ温めすぎて膜張ってますけどって、菜箸で掬って口にしたリウレムさんに息ぴったりで注意する。
 小さく謝罪しながらカップに取り分けられる。湯気がほかほか上るカップを一つ手渡されて、ルクは甘いホットミルクの香りをいっぱい吸い込んだ。暖かくなって甘くてちょっとトロッとした牛乳の舌触り、蜂蜜の甘さが贅沢で嬉しくなっちゃう。
 飲むのがへたっぴの猫舌だけど、一口でとっても幸せ!
「おいしい!」
 ルクが笑うと、男の人達は皆で顔を見合わせてから笑った。


■ ミルク氷と果物ジャムのかき氷 ■

 セントシュタインはとても大きなお城と城下町で、天使界から見下ろしてもすぐに分かります。平原の真ん中に色とりどりの屋根と、お店や国の旗が翻り、多くの人で活気付いていて宝石箱のようだと思ったものです。
 天使界から落ちて天使の輪と羽が無くなってしまってから、出来ないことが生まれたようです。人には見えるようになり、空は飛べなくなりました。魂は見えますし、昇天のために導くこともできるようです。聞き取りにくくはありますが星の声も聞こえています。しかしウォルロ村の天使像の下に溜め込んでいた星のオーラも見えなくなっていましたし、セントシュタインにいるだろう天使様も会えないので見えていないのでしょう。沢山の人が暮らしたり訪れたりしているので、この地が担当の守護天使様は多くのお手伝いを引き連れて降りておられました。お師匠様とはあまり交流はありませんでしたから、気がついてくれるかは分かりません。
 とはいえ、リッカのお祖父様にお仕事も教えていただいて、働けるので困ることは特にありません。地上でのんびりと、お師匠様や上級天使様が探しにくるのを待っているつもりです。
 今日はリッカと食事の買い出しです。まだ、お宿の状態を整えるまでお金が貯まらないので、まずは美味しいご飯で人を呼んでランチタイムやディナーで資金を稼ぐそうです。両手一杯に食材を持って歩いていると、紙袋で遮られた視界の向こうから声が掛けられました。
「お。リッカちゃん、アインツちゃん。買い出しか?」
 ケネス様の声です。そう思っている間に、抱えていた紙袋をケネス様が摘み上げました。
「宿に戻るから持ってやるよ」
 リッカの荷物も受け取って、ケネス様は煙管を咥えながら歩き出します。
 お宿の常連のケネス様は護衛のお仕事をされていて、お暇な時はルイーダさんに頼まれてお宿の力仕事も手伝ってくれるのです。市場の中を仕事で関わった人だろう皆様に声を掛けられながら、進んでいきます。
「二人共、セントシュタインには慣れたか?」
「ウォルロに比べれば人が多すぎて、まだ慣れません」
 リッカの声に頷きます。ウォルロの住人の数は、お宿のランチタイムで満席になった時くらいの人数なんですもの。下手をすれば牛や羊の方が多いかもしれません。あまりに人がいっぱいで、目が回ってしまいそうです。
 ケネス様が笑うと、一つの屋台の前で足を止め女将さんと何か話しています。日に焼けたセントシュタイン出身の方ではないだろう恰幅のいい女性は、私達をみてにっこりと笑って何かを用意してくれています。ごりごりがりがり、硬いものを削る音がするんです。なんだろう。ちょっと怖いです。
 リッカと顔を見合わせながら、足を止めているケネス様の後ろで待つことしばし。女将さんが『おまちどうさま!』とガラスの器を私達に差し出してきたのです。
 うわ! リッカと声を上げました。
 綺麗にカットされたガラスの器の上に、細かい白い氷がいっぱい盛られていて、その上に果物のジャムがいっぱい掛けられているんです!銀のスプーンが添えられていて、器といっしょにキンキンに冷えています!
 私達の反応をにこやかに見ている女将さんの横で、ケネス様が説明のように話し出す。
「グビアナの氷菓子だ。セントシュタインは牛乳が手に入るってんで、牛乳を凍らしたものを削ってジャムが乗せられてるんだ。結構、美味いよ」
 『うちの氷菓子はヒャドで直前まで冷え切ってて、とっても美味しいんだよ!』と女将さんに突っ込まれて、ケネス様が悶絶してしまっています。
「いただいて、良いんですか?」
 どうぞ。そう言いながら支払いを済ませているケネス様に深々と頭を下げて、私達は氷菓子をスプーンで掬いました。うわぁ! ふわふわで軽い! 雪のようだってリッカが言いますけど、本当に雪のようです。白くて、冷たくて、ふわふわしてる。こんな良いもの食べて良いんでしょうか? でも、食べないと銀のスプーンの上で溶けて牛乳に戻ってしまいます!早く食べなくちゃ!
「美味しい!」
 口の中でパッと溶けて、濃厚なミルクと甘く煮溶かした果実が溶け合うんです! すごい! 地上にはこんな凄い食べ物があるんですね! リッカが掛かっているジャムの色が違うのに気がついて、交換こしようって言ってきました。互いの氷菓子にスプーンを差し入れて一口頬張ると、私のがパイナップルでリッカのが葡萄のようです! どっちも美味しい!もう一口と頬張ると、頭がきーんと痛み出しました!
「頭が痛いです! 体調不良はなかったはずですが、これは病気ですか?」
「いやいや、氷菓子を掻き込むと頭が痛くなるもんなんだよ。すぐに治るさ」
 お師匠様みたいに色々教えてくれるケネス様は、とても物知りなんです。世界中を旅していて美味しい食べ物もいっぱい知っていて、私達にこうして教えてくれる良い人です!
 人間はいっぱい良い人がいて、私はとても楽しいです。こんな日が、いっぱいいっぱい続くと思うと、私はまだ天使界に帰りたくないなって思ってしまいます。