居酒屋大魔王ログ1


■ 天岩戸の開き方 ■

「ラグアスが部屋に引き蘢って、出て来なくなってしまったんだよ…。本当にどうしよう。俺が本気で扉ぶち破ろうものなら、中のラグアスも怪我しちゃうし城の者もかんかんに怒るだろうし…」
 はぁーーーーあ。
 重たい溜息を零して酒を一気に煽った黒い毛のプクリポに、向かいに座る派手派でしいピンクのシルクハットのプクリポが笑った。
「お前、扉に渾身切りしようとしたのか? マジで城が傾くぞ」
「手加減して破ろうと思ったら、城の扉一枚だけでも高いんだから壊さないでくださいって五月蝿いしなぁ。今まで討伐した如何なる魔物よりも強大な敵だ…。たかが扉のくせに生意気な…」
 鋭い瞳に闘気を滲ませ、チッと短く舌打ちする。黒い毛のプクリポは傍らに立派な大剣に片手剣2本を置いて、短剣でチョコレートの塊を切り分けて肴にしている。持ち込みして来たそこら辺の洋菓子店よりも美味そうなケーキを切り分けつつ、ピンクのシルクハットが笑った。
 お座敷に座る縫い包みみたいな愛らしいプクリポという種族の2人組は、わいわいと杯を空にし続けている。彼等だけで居酒屋の果実酒を飲み尽くす勢いである。 …というか、お前ら、酒の肴が がっつり系甘味で良いのか? カウンターの奥で店主の呆れ顔が、そう言っている。
「お前も親父さんに散々迷惑掛けただろうが。お前も精々ラグアスに手を焼かされとけ」
「ラグアスは俺なんかよりも、頭が良くて大人しいから問題ないと思ったのに…。あーーー、扉ぶっ壊したい。城中の扉という扉を外しちまおう。そうすれば俺が壊さなくて済む」
「プクランド史上屈指の剣士殿の最大の敵が扉とは、世の中わかんねぇもんだなぁ」
「最近、扉を見ると衝動的に剣を抜いちまうんだ。結構深刻な問題なんだぞ」
 深刻な話題の割に、丸い小さい身体でわっきゃわっきゃ酒を楽しんでいるようにしか見えない。年齢的には若くなさそうだが、やはり丸々としてとても美味そうである…。
 丸焼きが一番かなぁ…店主は思う。
「おい、店主。そんなに俺のギガスラッシュ食らいたいのか?」
「厨房にキラージャグリングしちまって良いか?」
 プクリポ達の冗談じゃなさそうな雰囲気に、店主は思わず首を横に振った。

 □ ■ □ ■

「ドルワームのラミザ王子も頼りないと聞いているが、それ以上に引きこもりってヤバいと思うんだ。出来る限り速やかにラグアスを引きずりださねば、公務に色々支障が出る」
「ちょっと鏡で自分の顔を映せ。お前の王子時代の悪行の数々を聞かせてやるから」
 店主でさえ胸焼けするような甘ったるい匂いを、プクリポ達は放っている。果実酒の瓶が散乱し、ケーキにプリンに菓子パンと甘味を肴にする。あの腹の丸さはケーキのスポンジ、血は蜂蜜や生クリームと言われても納得しそうな晩酌である。
 プクリポ達は追加のカミハルムイ産の梅酒の追加を頼みながら、店主に尋ねた。
「店主はアウトドア派な感じはしないが、買い出しとかに出掛けるのか?」
「いや、出掛けんな。買い出しは駄賃を払うとやってくれる奴に困らんので、行った事が無い」
「たまに、俺もやるよ。キメラ討伐のついでに納品とか」
 黒毛のプクリポが剣を片手に笑うのを、派手なピンクの服のプクリポが絶妙にツッコミする。
「王様仕事しろ」
 ツッコミに我に返ったのか、ふむ…と黒毛は唸る。
「店主としては引きこもりを引きずりだす方法で、良い方法はないか? むしろ、店主はどうしたら店から出るんだ?」
 店主はさぁ、と首を傾げた。
「一般的には兵糧攻めといって、食い物の提供を止めるのが打倒と言えよう。だが、私に限ればその方法は通用しない。何故なら、私は餓えを知らんからな」
 プクリポ達が声を揃えて『はぁ?』と聞き返す。店主はさも誇らし気に、呆れた感じの問いに応じた。
「私の食欲を満たすものは絶望だ。他人もそして自分の絶望でも食って生ける」
 派手なピンクは長く続いた沈黙の後に、黒毛の後頭部を叩いた。
「お前、種族が違いすぎる相手に相談するな。だから馬鹿なんだ」

 □ ■ □ ■

「お二人共、甘いお菓子を前に何を難しい顔をしてらっしゃるんですか?」
 爆弾岩トリュフチョコとプラチナクッキーの盛り合わせを、持って来たアインツは首を傾げた。
 料理の技術を上げようと、時折彼女は居酒屋の厨房に立っているのだ。女子一人に危ないと感じるだろうか、本気で怒った少女は悪魔の如き様相で店主を痛め付けるんだからご心配には及ばない。
 そんな居酒屋には相応しくない幼い少女に、プクリポ達は真剣とは程遠い笑顔を向けた。
「いやさ、プーポの息子が引きこもりになっちゃってさ。アインツは、部屋から出て来ない客とか引っ張りだす時どうするんだ?」
 ピンクのシルクハットがトレードマークのナブレット団長がそう打ち明けると、アインツはあらあらと口元に手を当てた。アインツはこう見えても、敏腕の宿屋スタッフ。宿屋だけには留まらず観光や土産の相談、お尋ね者の捜索に魔物の討伐の補佐と、なんでもござれなコンシェルジュだ。
「そうですね。私の友人のケネスさんが、よく部屋で根付いて茸とか生えるので追い出すんですが…。その時は、心霊現象っぽいのを演出して怖がらせたり驚かしたりしてます。ケネスさん、結構オバケとかユーレイとか苦手ですから」
「茸生えるのかよ」
 茸の胞子で耳の中に茸が生えたりするので、プクリポも結構他人事ではない。
 アインツの言葉にプクリポ達は身を乗り出した。内一人がサーカス団の団長なものだから、演出関係には興味津々だ。
「どうやって演出するんだ?」
「知人に妖精の子がいるので、妖精達にお願いしてます。アストルティアだと妖精の女王とかしてるみたいですね」
 ころころと笑うアインツは『お勧めしませんが、紹介しましょうか?』と柔らかい声で訊ねるのだった。

 □ ■ □ ■

「プーポ、ここにいたのか」
 入り口の戸を開けて、店内を見回して甘ったるい宴会に目を留めたアレフはそう呟いた。アレフは深紅の外套を捌き、埃っぽさと血の臭いを漂わせながら宴会に歩み寄った。
 プーポと呼ばれた黒い毛のプクリポが、アレフを見上げて首を傾げた。
「アレフ、どうしたんだ?」
「もう、日付が変わるじゃないか。新しい討伐依頼を受け取りたくてな」
「俺を通さなくても事務担当から、更新した依頼を確認する事が出来るぞ?」
 プーポは王子時代に討伐隊で活躍した関係で、王に即位しても幹部的な役割から逃げられずにいる。国王自身も相変わらずの強さで、時折、討伐隊として剣を振り回すと有名だ。利益の追求の仕方がやや異なるものの、アレフとプーポは似た者同士で仲が良いのだ。
「普段は日が変わる前には城に戻るくせに、今日は随分と遅くまで呑んでいるんだな」
「息子が引きこもりになってな。どうしたものかと悩んでいたら、こうなった」
 珍しくふにゃんと、プーポの顔がプクリポらしい表情に崩れた。アルコール度数がそれ程強くないが、コレだけ呑めば酔うかとアレフは思う。
「お前達種族の極端な酒の趣味には、とてもついて行けねぇな」
 そう、アレフが苦笑するとマントの裾を軽く引いた。
「ほら、お前の親父がいたぞ」
 マントの内側には、小さいプクリポの子供が居る。つぶらな瞳の周囲は涙を擦り過ぎて赤く晴れ、まだまだうるうると涙を浮かべている。子供はアレフのマントから飛び出してプーポに抱きついた!
「ラグアス!?」
 プーポが驚いて息子を見遣ると、ラグアスはぐすぐす泣きながら言った。
「おとうさんが帰ってこなくって、予知でも分からなくって。ぼく、ぼく、とっても不安で………」
 うええええん。
 盛大に泣き始めたラグアスにおろおろするプーポである。そんな二人を眺めながら、アレフは呆れたように言った。
「引きこもりったってよぉ、放っときゃいつか出て来るだろ」


■ 春風御一行様、いらっしゃい! ■

 気が付いたら、目の前に何とも良い雰囲気の居酒屋の暖簾が掛かっています。ここは何処だろうと周囲を見遣れば、何故か背後に大量の食材がてんこもりの台車が一台。山積みの食材の天辺には、マキシムトマトが不敵な輝きを放っています。
 いったい、いつの間に…。夢かと思って頬を引っ張れば、いててと大王は涙目です。
 再び前を向いて良く見れば、暖簾にでっかく『 大 魔 王 』と書いてあるのだが、何なんだろう。あまりの怪しさに足が竦んでしまう大王です。
 そんな事を考えていたデデデ大王でしたが、唐突に扉が開いたのです。
「遅かったではないか。さぁ、入りたまえ」
 デデデ大王はプププランドでも屈指の体格を誇るのですが、扉を開けたのはそれを上回る偉丈夫です。一瞬、大王様はナイトメアかと思ってしまう程でした。青い肌も黒っぽい衣も、全体的な雰囲気がとても良く似ていたのです。
 しかし、背後の食材は…振り返るとそこには台車の存在すらありません。
「心配は要らぬ。もう、回収した」
 背筋も凍るような恐ろしい笑みと声だが、気配は歓迎しているようでした。偉丈夫はローブを翻し、居酒屋の中に消えて行きました。
 デデデ大王は立ち尽くしていましたが、開け放たれた扉の奥から漂う良い香りに誘われて扉を潜りました。居ても仕方が無いのだ、行くしかあるまいと大王は気楽に考えます。なんとかなる。
 奥にはお座敷、手前にはカウンター。壁一面の古今東西の美酒がずらりで、奥には大樽がまるまる3つも並んで、デデデ大王は目を丸くする。天井は高く、控えめな丸い照明が月のように柔らかく店内を照らしています。
 先客は1人。小さい体格にダボダボのローブを着せられた後ろ姿だが、ローブの裾からは竜の尻尾と足がぶらぶらと揺れている。先客は金色の眼を笑わせて、声を掛けた。
「おー!デデデさんか!マリオさんやクッパさんから、予々噂は聞いているよ!」
「本当に竜王は顔が広いな」
 竜王と呼ばれた小さい奴は、隣の椅子を杖でぺたぺた叩きながら大王を手招きました。大王が隣に座るのを見計らい、先程出迎えた偉丈夫がカウンター越しにお通しと冷酒を差し出しました。
「ようこそ、居酒屋大魔王へ。私が店主のゾーマだ」
 居酒屋『大魔王』
 そこは、すっごく限られた地域が全部混ざり合って出来た隠れた名店なのです。


 ■ □ ■ □


 冷たいくせに喉元を通る時は、かっと燃える程に熱い。そこから喉、口、鼻、胃と所構わず吹き出した香りの豊潤さ。プププランドの新緑の季節を彷彿とさせる。良い趣味だなぁとデデデ大王は唸りました。
「マリオやクッパと知り合いなのか?」
 美味しいお酒に舌も少しは饒舌になるものです。知り合いの名前を聞けば尚更。
 デデデ大王は隣に座った竜王に訊ねれば、竜王は小さい外見相応のあどけなさで頷きました。
「あぁ、お金を稼ぐボードゲームの祭典で、一緒になる事があるのだ。クッパさんとはラスボス友達なのだよ」
 そう言って袖をごそごそして取り出したるは、2冊のパンフレット。デデデ大王が差し出されるままに見れば『いただきストリートDS』『いただきストリートwii』の文字と、様々な参加者が描かれています。デデデ大王も見た事がある顔もありますが、半分以上は知らない奴ばかり。
 デデデ大王が疑わし気に見れば、竜王は楽しそうに笑った。
「私は結構強いぞ。勉強しているからな」
 そう言って、君も参加すれば良い。頭が良いのだろ? と笑う。
 デデデ大王は意味が分からないまま、目を白黒するばかりだ。そんな彼に店主が言った。
「世界が繋がったから、我々流の挨拶だ」
「繋がった?」
「そう、この居酒屋へ出入りが出来るようになるのだ。いい加減で適当だから、有り得ない事も平然と起きる。生者と死者が酒を酌み交わす事も、出会う事の有り得ない者達が巡り会う事もある」
「分からんで全然問題ない。酔ってるのと同じ感覚で、適当で良いのだよ」
 そう言って竜王が掲げた杯の中身は、水でした。私はアルコールで胃の中燃えて悪酔いするから良い、と律儀に付け加えます。
「しかし、デデデさんは現役で出演してるんだろう? 私も最新作にそのうち声が掛かるだろうけど、君みたいな活躍は難しいだろうなぁ」
「勇者共が歯が立たぬ程に、多くの猛者が絶望する程に強いと、我の腹が満たされて幸せだな」
「店主殿は氷以外の攻撃手段持たないと、相手が耐性万全にして挑まれると詰んでしまうぞ」
「腕力には自信があるぞ」
 わいわいと話し合う二人の会話にとても付いていけないが、如何にカービィに勝つか考える自分と大して変わらないのだなと思うデデデ大王であった。


 ■ □ ■ □


 所変わって店の外。
 カービィは自分を見つめる、青いふるふるした何かの前で微動だにしません。青くってぷるぷるしていて、透き通ってて丸い身体の頭の方がちょんっと角を立てたホイップクリームみたいな見た目です。
 なんだかソーダゼリーの味がしそう…!
 カービィはじゅるりと垂れた涎を吸い込みました。
「おいしい?」
 ふるふるふる。ぷるぷるするけど答えません。
「それは美味しくねぇぞ」
 カービィがぽよりと見上げると、そこには鎧兜を着込んだ男の人が立っています。彼はアレフガルドでは竜王を討伐したと有名な、勇者アレフです。アレフは小さいピンク玉のためにしゃがみ込むと、目の前の青いのを指差して言いました。
「それはスライム。一口食ったら即死出来るレベルで不味いぞ」
「ぽよー すらいむ おいしくない?」
 アレフは神妙な顔で頷きました。
 カービィは青い瞳でぷるぷるしたスライムを見つめていました。スライムも何を考えているのかイマイチ分からない顔で、カービィを見つめ返しています。そして次の瞬間、
 ぱくり
 カービィはスライムを食べてしまいました!
「お前、人の親切を…!」
 アレフが慌ててピンク玉を掴み上げて、二度吃驚!
 カービィは死んだりしません。しかし、ピンクの丸に張り付いていたのは、紛う事なきスライム顔…!
「あじ しない」
 ぷっとカービィが吐き出すと、スライムはぽよんとアレフの顔に当たったのでした。


 ■ □ ■ □


「ぼく カービィ」
 ぺこりと頭を下げたピンク玉に、アレフは丸いくせに礼儀正しいなぁと感心します。アレフはしゃがんでいるので頭を下げはしないけれど、小さく頷いてカービィに言ったのです。
「俺はアレフ」
 カービィはぽよーとアレフを見上げます。そして空気を吸い込むと、アレフの前にふわりと浮かびます。ぽんっと音が弾けると、カービィが吹き出した空気弾にアレフが弾かれ尻餅をつきました!
「痛っ! まるっこくてピンク色のくせに、思った以上に凶暴だな!」
「ごめんなさい」
 ピンクの頭をぺこぺこ。即座に謝って来るカービィに、アレフもなかなかキツい事が言えません。
「アレフ なにしに いくの?」
「飯を食いに行こうと思ってる。そこに怪しさ満載だが、不味くはない居酒屋あるし」
 ぽよっ! カービィがアレフの指差した方向を見遣れば、いつの間にか居酒屋の目の前です! 美味しいもの、食べ物の気配に聡いカービィが、こんな至近距離にお店があって気が付けないなんてどうした事でしょう…!
 カービィは美味しい食べ物が待つ未来を期待した瞳で、アレフを見上げました。
「いっしょ いい?」
「良いんじゃねぇの。というか、お前が今回呼ばれた奴だろう? お前の相棒はきっと先に一杯やってるぞ?」
 ほら。アレフが扉を開けてくれると、そこにはカービィが知らない二人と一緒に飲むデデデ大王の姿がありました。カウンターの向こうに大きい人が、カービィを見て言いました。
「お、ピンクの丸い悪魔の登場ではないか。お主のボコボコにした連中の絶望と言ったら、最近一押しの美味さだからな」
 さぁ、どうぞ。そう言いた気にカウンターに、他よりも一際高いスツールが設置されました。どうやらカービィの為に用意してくれたようです。アレフがそこに乗せてくれると、カウンターにジャストフィット!
「ではでは、皆様、お揃いのようだな」
 そう店主が言いました。


 ■ □ ■ □


「一応、諸君等は最初の作品の主人公とラスボスという共通点があるって事で、呼んだのだ」
「何故『一応』が付く。私もデデデさんも公式のラスボスではないか」
 なぁ?
 そう同意を求める竜王に頷くデデデ大王だが、揃いも揃ってあまり悪そうに見えないのが不思議である。
「アレフ ヒーロー?」
「いや、違う。お前さんは勇者なのかよ?」
 ふるふる。
 互いに手や顔を横に振る二人に、姿が全然違うが、何だか変な所が似ていそうだと誰もが思ってしまう。
 そんな二組を見つつ、店主は高らかに言った。
「では、互いに杯を持つと良い」
 デデデ大王はがんがんに冷えたビールを
 カービィは星がしゅわしゅわ満ちているソーダを
 竜王はノンアルコールのお茶を
 アレフは安物のブランデーを
「では、プププランドとの世界開通を祝してかんぱーい!」
 声と共に、グラスが澄んだ音を立てた。


■ 店主の腕力自慢 ■

「そういえば、店主殿は豪腕とお聞きしましたわ」
 そう椅子の上に正座をするというエルフエルトナスタイルを披露するのは、火の精霊の気配を放つ小娘だ。髪は芽吹いたばかりの若葉のような淡い黄緑、瞳の色も緑色と木々に愛された血筋を感じる。
 それでも、衣のように纏うのは、乱暴な程に攻撃的な火の気だ。正直な話、木々と繋がりが深い血筋が火に愛されるのは特異な事だろう。
 彼女の名はエンジュというらしい。
「そうだな、人間だったら拳一振りで木っ端微塵だな」
「まぁ、こわい」
 ころころ笑っているが、赤いフレームの眼鏡の奥の瞳は笑っていない。
「でも、オリハルコンで出来た王者の剣は、折るのが大変だったそうですね。文献では3年掛かったと記されておりますわ」
「実際、折るのは大変ではないのだよ」
 私は手を止め、お茶を啜るエンジュを見た。彼女は微笑みに困惑を混ぜ、小さく首を傾げる。
「だが、考えて見るが良い。手にいれた王者の剣を、一瞬にして叩き割ったとして、貴様はどう思う」
 意外な質問に違いない。エンジュは目を丸くして、おずおずと答えた。
「破壊が目的で、直ぐに破壊出来たとしたら。そうですわね。私だった『やりましたわ!』って思う事でしょうね」
「それは、達成感とか安堵とかそういう分類の感情であろう?」
「そうですわね。細かく申し上げるならそうなりますわね」
「駄目だろ」
 私がすぱりと言い退けた言葉に、エンジュはついに余裕を手から滑り落としてしまった。博識であることを誇りに感じている娘が、思いがけない言葉にぽかんと阿呆面晒している様は小気味良い。
「そんな感情を抱いては、腹を壊すではないか。私は3年間、王者の剣を煮詰めてみたり炙ってみたり、凄い高さから落としてみたり、海水に浸けてフジツボだらけにしてみたりして『自分が如何に無駄な事をしているんだ』という絶望を噛み締めていたんだ。人間共の絶望に少し飽きていたので、たまには珍しい自らの絶望を味わいたいと思うではないか!」
 エンジュは言葉も無い様子だ。
「流石に3年経ったら、自らの絶望も飽きたので叩き割った」
「そ…そうですの」
 エンジュは上の空で呟いた。彼女の中の大魔王像が音を立てて崩れるのを感じながら、彼女と自らの絶望を噛み締め思う。
 うむ。うまい。


■ 初代ボスの嗜み ■

「やぁ、デデデさん。明るくないなんて、らしくないじゃないか」
 竜王がちょこんとデデデ大王の隣に腰掛けると、ぽふぽふと肩を叩きます。暗い顔のデデデ大王は、最近知り合った竜王を見遣ると、はぁと溜息を付きました。
 店主がニヤニヤしているので、竜王が睨みつけます。
「店主に嫌な事言われたのか? 絶望1つ提供で、一回食い放題券を要求するんだぞ」
「ちょっと、困るな。ピンク玉と来られると店が傾くぞ」
 大喰らいと宇宙に名を轟かすピンク玉に来られると、流石の店主の店の食料も尽きそうです。しかもピンク玉は食べれるなら何でも食うのだから、店主も困り果ててしまうというものです。
 しかし、自分の絶望もうめぇな店主ですので、困った様子はございません。
「なんでも、最新作で誘拐されてヒロイン扱いだからボスの威厳がーと暗くなってるようだ」
 店主の言葉にデデデ大王が、重い重い溜息を吐きました。
「クッパにもマホロアにも、ありとあらゆるボス達に馬鹿にされてしまった…」
 店主がウマウマと輝いているので、竜王は店主を杖で叩く。いたいいたいと黙るまで叩いてから、竜王はデデデ大王の背を撫でた。
「別にボスが誘拐されてはいけない、とは思わんぞ」
 竜王は、んーと小さく唸ってから言った。
「私も卵の時に誘拐されたしな」
「はぁ!?」
 デデデ大王が目を丸くして竜王を見遣ります。竜王の方が『そんな驚く事か?』と驚いてしまう程です。
「あぁ、ちなみに誘拐したのはそいつな」
 カウンターの奥から店主がひらひらと手を振ります。
「凄く美味しそうな卵だったぞ。誘拐したのがカービィではなく我で良かったな」
「うむ、そこだけは凄く感謝しよう」
 わいわいと話す二人を見つつ、『誘拐された事のあるラスボス』が昔から存在した事に呆然となるデデデ大王でありました。


■ ビルダーズがやってくる! ■

 横開きの戸ががらがらと開いたが、暖簾は風に揺れただけ。来店者は、暖簾の高さにも届かぬ程に小柄だったからだ。
「良く来たな、有名人」
 私の茶化しに竜王が顔を歪めた。人間で言えば子供程度の大きさの魔物は、ローブの下に巧みに隠した竜の尾で軽快に飛び上がりスツールの上に乗り上がった。木製の杖をカウンターに立てかけると、烏龍茶を頼んでくる。竜族は属性によりけりだが概ねアルコールに弱く、竜王も例外ではなかった。
「なんか、新しい催しものをやるそうだな」
「うむ。私が世界の半分をやろうという仮定の提案が、承諾されたという設定だそうだ。というか、あの演出は骨が折れた。闇をぶわーっと出してアレフガルド全域覆っちゃって下さいとか、突拍子無さ過ぎて灼熱を浴びせるところだった。まぁ、闇のブレスも練習したから大丈夫だったけどな」
「私を呼べばよかったのに」
 私の言葉に竜王が『あぁ!』と声を出した。そう言えばそうだったと、今更気が付いた様子だ。
「店主殿なら闇の衣でぱぱっと演出出来ていたな!一生懸命練習したのがバカらしいな!」
「なんだかんだで世界征服一歩手前まで駒を進めるのだ。その一生懸命さは其方の糧だ」
 今までとは毛色の違う催しだが、世界そのものを作り上げる事ができるらしい。
 舞台はアレフガルド。竜王の力で白紙となった世界を復活させるのが目的…らしい。
 らしいらしいと不確定要素ばかりだが、確定している事も勿論ある。勇者の存在だ。勇者は私が知る、竜殺しの英雄ではない。素朴という言葉が当てはまるような少年と少女だ。彼らは多くの忍耐と地道な行動の果てに、大きな事を成し遂げる事に秀でていると思わせる真面目そうな顔立ちだった。瞳は真っ直ぐで疑いを知らず、唇は不平を知らぬよう。そんな子供達とミルクセーキを飲んでいたのは、催しが発表された先日だろう。
 宜しく頼むと律儀な竜王が笑っていたのを思い出す。
「勇者がお前の知っている勇者じゃないらしいな」
 私の言葉に、竜王が『そうだな』と頷いた。仲が良いのに、残念そうな素振りも無い。
「アレフは名声よりも報酬の男だ。あんな利益にならなそうな事、やりたがる訳が無いじゃないか」
 外から派手なくしゃみが上がった。