居酒屋大魔王ログ2


■ KOTAAAAAATU! ■

「ゾーマさん、コタツ置こうよ」
 それはロトさんの唐突な一言から始まったのです。
「駄目だ」
 勿論、店主のゾーマさんも二つ返事でこれです。基本的にロトさんのお願いを、了承した試しがありません。
 ロトさんは蒼い瞳を丸くして、ほっぺを丸く膨らまします。
「ゾーマさんのけち! 良いじゃん! お座敷の隅っこに置いたって!」
「お前みたいなのが居着くから、とても迷惑だ」
「居着かれて迷惑で、こんな奴らを客として迎えなきゃいけない自分の絶望ウメーとか言ってハッピーになれば良いじゃん!」
「そうなる自分の未来が予測出来るが、迷惑なものは迷惑だ!」
 カウンターを挟んでわいわい。ゾーマさんの横でお通しの支度してるんですけど、ロトさんと言いあっていても、しっかり手元は動かしているゾーマさん凄いです。上の三つ目の眼が食材見てるんですね。うーん、上には上がいるなぁ…。
「じゃあ、店の中に達磨ストーブとか南瓜暖炉とか置きまくっちゃう! 達磨ストーブの上で、鍋作っちゃうんだからね! 撮み食いはカーネル・ザ・ライデインのミナデインパック完食の刑だからね!」
 確かに居酒屋の中って微妙に温かくないんですよね。ゾーマさん熱いの苦手だからなんですけど。
「誰がそんな事をするか! っていうか、基本的に食料の持ち込み禁止だから!」
 いいえ。店主さん。誰も守ってません、その禁止事項。
 何時ものように暫く話し続けると、ロトさんは店を出て行きました。その眼の色がちょっといつもと違ったのが、気のせいではなかった事に気が付くのは少し先の事です…

 ■ □ ■ □

「はーい!おじゃましまーす!お届けものでーす!」
 元気な声と共に扉を開けたのは、イサークさんです。彼の元気さ明るさは接客業には大変向いていらっしゃいますが、絶望とかでお腹を満たしているゾーマさんには美味しくない来客であるようです。ですが、ウェディは失礼ですが磯の香りがするので、炙ったら美味しい香りがするとか考えていると思います。
 そんなイサークさんの背後には荷物の山。私とゾーマさんは顔を見合わせました。
 互いに心当たりは当然ありません。私は首を1つ傾げて、イサークさんに訊ねました。
「何か注文しましたか?」
 えーとね。イサークさんは懐からメモを取り出すと、笑顔を崩さず言いました。
「ロトさんって方から道具ギルドに発注が入ってー、完成品の納付先にここが指定されてたんだよねー」
 はいどーぞ。差し出されたメモを確認すると、確かに居酒屋大魔王が納付先に指定されています。お金はすでにロトさんの方で払われているようで、支払済と捺印されていました。港町レンドア道具ギルドの捺印と、ギルドマスターのサイン、ロトさんのサインの下に依頼品とその数が記されていました。真っ白い書き心地の良い紙に、綺麗な文字でこう書かれています。
「コタツ?」
「そうそう!時期的に良いよね! 今回は大成功品も含まれてて、良い買い物だったと思うよー!」
 ゾーマさんが荷物を覗き込むと、立派なコタツが入っています!綺麗な天板には私達の顔まで映り、柔らかいスライムの絵柄の毛布ですがスライムベス毛布も混じっています。お座布団付き、立派なコタツセットです。
「わわっ!立派なこたつです。ゾーマさん、ロトさんにお礼言わなくては…」
「拒否だ」
 私とイサークさんは異口同音に『え?』と合唱です。
「こたつは受け取らぬ、持って帰れ」
 拒絶その者の感じで扉の奥へ消えて行ったゾーマさんを見送ると、イサークさんは暫くして私を見ました。
「とりあえず、納品時期って伸ばせませんか?駄目だったら友人の宿の倉庫に一度取り置きさせて下さい」
「あー、たすかったー。ありがとうー!」
 じゃ、受け取りのサインくださいー。そう紙とペンを差し出したイサークさんに応じながら、これからどうするんだろうと扉の奥に消えた背中を見遣るのでした。

 ■ □ ■ □

 その日の夕方、暖簾をくぐったロトさんはきょろきょろと店内を見渡しました。何を探しているかは一目瞭然。きっともなにもこたつを探しているんでしょう。こんな時に肝心のゾーマさんは席を外しております。
 私は手元を拭いて、ロトさんの前に歩み寄った。
「いらっしゃいませ、ロトさん」
「ねぇねぇ、こたつは? まだ届いてない?」
 蒼い瞳をくりくり動かしてロトさんは屈託無く訊ねます。
 あぁ、なんだか真実を言うのが可哀想なくらいです。でも、私は従業員。嘘偽りは申せません!
「ごめんなさい。こたつは届いたんですが、ゾーマさんが受け取りを拒否したのです。こたつは一時的に私が預からせて頂いております」
 下げた頭の上に沈黙が落ちる。恐る恐る見上げると、ロトさんは相変わらずの表情で私を見ていました。
 ちょ…ちょっと怖いです。
 ロトさんは私の視線に気が付いたのか、にっこりと笑いました。
「そうかぁ、受け取らなかったんだぁ」
 にこにことロトさんは続けます。
「じゃあ、今回のこたつはいいや。アインツちゃん、適当に使ってあげてね」
「でも、安いものではなかった筈です」
「んー、別にそんな気にしなくて良いよ。大丈夫大丈夫」
 そう手をブンブン振ると、ロトさんは回れ右と帰って行きました。

 ■ □ ■ □

 がんがん。居酒屋の戸が叩かれ、嵌め込まれた硝子がガタガタと音を立てます。
 お客さんには早過ぎる時間です。時刻は遅い朝ご飯を召し上がるような頃合い。居酒屋の開店はまだまだ先ですので、納品の方なのでしょうか? それでも食材の納品はお昼過ぎとかなんですけどね。
扉を開けると、誰もいないのです。
「いや、いるから」
 声は足下から聞こえてきました。ドラゴンキッズサイズの赤いドラゴンが、鋭い眼光を私に向けています。上手に二足歩行しているというのに、その方にはがしゃがしゃと重たい音を響かせる木箱を担いでいます。
 赤いドラゴンさんは、小さいながらに鋭い牙を見せていいました。
「お早う。嬢ちゃん、新顔か?」
「お早うございます。最近アルバイトでお仕事させて頂いてます。アインツと申します」
 ぺこりと頭を下げると、ドラゴンさんは気分を良くしたのかぷかりと煙を吐きました。
「俺様はギガロン。居酒屋が開店する頃に改装工事を任された大工だ」
 大工さん。私はきょとんとしてしまいます。
 カウンターもとっても頑丈。椅子は壊れても大工ギルドから家具を買い付けて、イサークさんが持って来てくれます。窓硝子は魔法が施されているのか、滅多の事でも割れません。大工さんが手直しするような所、ありましたっけ?
「大型の照明器具でも付けるのか? 天井の梁や壁の柱の増強依頼なんだ」
 そう言って図面を見せて下さいましたが、ちんぷんかんぷん。完成図のような一枚絵を見せて下さると、確かに大きな照明が天井に設置されている居酒屋の中の絵が書かれています。確かに、こんな大きな照明を付けるのでは、柱も梁も太くしたいですね。
「分かりました。どうぞ」
「悪いけど店の中のテーブルや椅子や座布団、端に寄せといてもらえないか?あと、玄関の扉外してぇんだけど?」
「はいはい。また嵌めといて下さいね」
「開店時間までには終わらせちまうな」
 ギガロンさんはその小さな身体からは想像出来ないですが、器用に戸を外して外の壁に立てかけます。外れて見渡せるようになった外に止めてある台車に、材木がたくさん積まれています。
 賑やかになりそうです。

 ■ □ ■ □

「はーい!こんにちわー!」
 外された玄関の手前でイサークさんが明るい声でご挨拶。丁度お昼ご飯の頃合いです。狙ってきましたね。
 イサークさんは馬車のような幌付きの荷台に納まった、大量の木箱を指差していうのです。
「注文の品ね。えーと、とりあえず確認してくれる?」
 なんなんでしょう。木箱を1つ開けてみせてくれると、それは大量の布団の素材で出来た布です。それもとても大きい。まるでテントが張れてしまう程の大きさです。
「な、なんなんですか?」
「あれー? 発注書が寸法素材全部指定されてて、その通りに作ったって裁縫ギルドからは聞いてるけど…」
 するとガラガラとまるで土木作業員が持っているような、手押し車を押してイエティみたいなお爺さんが向かってきます。
「おうおう、イサーク。ここが例の居酒屋かね。分かり難かったのぉ!3時間くらい迷子になっとったわい」
「ガノ爺ちゃん、どうしたの?」
「ドルワーム王国名指しで挑戦状叩き付けられておっての。完成品をここにもってこいとか、全くもって生意気じゃわい。誰があの挑戦状を出したのか、顔を拝んでやろうと思っての」
 ふかふかと白いお髭を動かしながら経緯を説明して下さいました。
 何でも、高名な研究施設に設計図が送りつけられたそうです。その研究施設ではかなり難しい難題であったそうで、このガノさんと言う方も趣味の発掘を中断させられて駆り出されたのだとか。とにかくどうにか完成出来たので、設計図を書いた主を見たいが為に届けにきたそうです。
 私は随分と大きい袋を見下ろして首を傾げます。砂利とか入っていても良さそうな、ズタ袋です。
「何を持って来られたんですか?」
「超特大太陽石」
 ぴらっ!
 あ、まぶし!!っていうかあっつい!
「久々に面白かったぞい。熱調整とかも出来るようにしろとか書いてあったから、癪だから0.5度間隔で調節出来るようにしてやったわい」
 かっかっか。
 わいわいしている私達の所に、ギガロンさんがよちよち歩み寄りました。
「お、追加の荷物が来たな。昼飯にしたら、セッティングしちまおう」
 どうなるのか。私、なんとなく分かってきちゃいました…。
 お昼ご飯の支度をしながら、どうするんだろうなぁゾーマさんはと思わずにはいられません。

 ■ □ ■ □

「な…なんだこれは!?」
 背後で臨時従業員の溜息が聞こえた。コイツは何かを知っていると分かりつつ、目の前の光景に絶句せざる得ない。
 店内は昨日までとはまるで違っていた。
 立派な柱と梁に支えられ、店内の中心の天井で輝くのは超特大の太陽石。しかも相当良く出来た代物らしく、人間が心地の良い温度に調節出来るようになっているらしい。さらに増強された柱と元々の店の壁の間に、布団のような布が宛てがわれている。
 凄まじく熱い。私にとってはまるで致死的温度のサウナのようだ。
 温暖系の店内はコタツの中そのものと化していた。
 カウンターに座っているロトが、嬉しそうに絶句する私の姿を見ている。ひらひらーと手を振り、甘酒を啜っている。
「あ、ゾーマさんがコタツ置いてくんないから、勝手にさせてもらっちゃった!」
 そして私を見るなり怪訝な顔をする。
「ゾーマさん、闇の衣纏ってんでしょ!駄目だよー!あたしの自信作、ちゃんと堪能してって!」
 懐から光の玉を翳すと、闇の衣が剥ぎ取られる!ぐぅううああ!あっつい!!!
 あまりの熱気に悶絶する私に、ロトは呑気な声で言う。
「ふふふー、みーんなに協力してもらって想像以上だわ!しかもドルワーム王国の研究所って、やれば出来る子だね!今度、光の玉のレプリカ作ってお返し送って上げないとね。あ、それとも賢者の石が良いかな?あれだったら本物作ってあげられるわ!どっちが良いかな、ゾーマさん?」
 可愛く首傾げても駄目だ!
 私が相当参っていたらしく、ロトはニコニコ笑いながら言う。
「ゾーマさん。コタツ置こうよ」
「分かった…置く事を…許可…しよう」
 やったー!ロトが立ち上がって太陽石の光を更に弱くする。春の日差し並に緩んだ熱さに、私は思わず安堵の溜息を吐いた。
「コタツ置いたの確認したら、撤収作業するようにお願いするね! あ、アインツちゃんの所にコタツ置かせてもらってるみたいだから、取りに行ってねー!」
 じゃーねー!
 賑やかに出て行ったロトを見送った我々。呆然とする私にアインツの視線が物語る。
 今回はゾーマさんが悪いんですからね。
 馬鹿を言うな。ロトの非常識が悪いだろう。
 いっぱい反省して下さい。
 コタツを置けば良いんだろ。置けば。

 こうして、居酒屋にコタツが現れた!


■ ロトの花婿 ■

 ここは居酒屋『大魔王』。夜は乾杯の音頭と調子のいい酒気交じりの歓声が轟くところなんだけど、昼は紅茶と焼き菓子香る喫茶店なの。一体誰がそうしたんだ。臨時従業員、お前か? そう凄んだ先で天使の笑顔のアインツちゃんが、お客様のご要望にお応えした結果ですとすまし顔。ゾーマさんのマヒャドの凄みも、冷たい息って感じでやっるー!
 あたしはオレンジジュースの最後の一滴をずごーっと啜ると、にっこり。だって、美味しいんだもん!
「あたし、勇者ロトに会うの夢だったんだ!」
 そう花びらが綻ぶように微笑んだのは、ちょっと苦手なガライさんのお友達によく似たローラさん。あたしの後の時代のラダトームのお姫様で、ちょっと話しただけで分かるんだけど全然お姫様してない。目の前で紅茶を持つ手、ケーキにフォークを当てる角度一つ取っても洗練されているのに、口調はざっくばらんで真っ白い歯を見せる笑顔がよく似合うの。
 あんまり勇者ロトって呼ばれるの好きじゃないんだけど、彼女にそんな眩しい笑顔で言われちゃうと満更じゃないって気持ちになるんだよね! あたしは笑顔を崩さず問い返す。
「嬉しいけど、どうして?」
「あたしはお城から出たかったから、勇者ロトの子孫が連れ出してくれるって思ってたんだ。ほら、あたしってお姫様で見た目とっても綺麗じゃん。子孫の人が男の人だったら『私をこのお城から連れ出してくださいませ』って泣き堕とすつもりだったわ」
 ほら、こんな感じで。
 そうやって見せたのは、上目遣いに涙で潤んだ翠の瞳。憂に震える睫毛は長く、頬のラインとふっくらした唇の艶やかさが光る加減は計算づくってのがよく分かる。金髪が光を反射して、キラキラエフェクトを振りまいてる。あたしでさえ、ちょっとドキドキしちゃうレベルだ。男の人ならイチコロって感じかも。
 でもねー。ローラさんはふぅと疲れをため息にして吐き出して、『魅力的なお姫様のポーズ』を解いた。
「アレフ…あたしの旦那様はこういうの大っ嫌いなのよね。気持ち悪いっておでこビシビシ叩くのよ! 酷いわー!」
 酷いわって言いながらも、その表情は明るい。演技ではなく本当の彼女を理解していることを、彼女自身が一番嬉しく思ってるんだろう。ただ、彼女がとても頭が良くて結構計算高いところまで、わかってるかはちょっと不明だけどね。まぁ、奥さんのお尻に敷かれてる方が、上手く行くってのはあるだろうから何も言わないけどね!
「じゃなくて! ロトさんに会いたかった理由は、そこじゃないの!」
 ローラさんが本題とばかりに姿勢を正した。
 大きく息を整え重大発表って感じの間を置いて、そっとあたしの顔を覗き込んだ。その目はとてもキラキラしてる。
「ねぇ、ロトさんって彼氏いるの?」
「へ?」
 だからー、かれしー。ローラさんが唇を可愛らしく尖らせた。
「吟遊詩人ガライが後世に残した勇者ロトの物語は、元々男性か女性かわからないようにしてあったし、その後の消息に関わることは一切なし。『大魔王ゾーマを打倒して、アレフガルドに光を灯した勇者は何処へか姿を消してしまいました』でばっさり!」
 ばっさり! 勢いあるジェスチャーでお皿がかちゃんって甲高い音を立てた。
 あたし面倒だからそういう事は絶対残さないでね、ってガライさんに口酸っぱく言ったからなぁ。ガライさんがあたしとの約束を守ってくれたことが嬉しいけど、ローラさんには嬉しくなかったみたい。
「それでも、ラダトームの王族だからね。大魔王ゾーマの時代から今にかけての、地方貴族や戸籍を念入りに調べたのよ。それでも、手がかり一つ見つからなかったわ。まるで『アレフガルドで生活していない』とまで思わせる徹底ぶりね」
 うーん。確かに人間の生活圏で生活してないかなぁ。研究所は基本的に人里離れてるし、モシャスで姿形変えて出入りするくらいだからなぁ。追ってくるような好奇心旺盛な子は確かにいるけど、魔物に化けちゃえば巻くのなんか簡単だもの。
「だからね。絶対に聞いてみたかったんだよね。結婚して子孫がいるのか。もう子孫に会いたいとかそんな思いはないんだけど、長年追いかけた謎だったから答えが知りたいのよ」
 翠の瞳があたしをひたと見つめる。
 えー。あー。うー。
「あ、あたし、結婚する気ないよ」
「貴女なら、そう答えると思った!」
 ローラさんが天を仰いで叫んだ。


■ 聖なる盆栽 ■

『ぐわああああああ!なんだこの空気はぁあああああ!』
 おぞましい悲鳴に視線をあげれば、居酒屋『大魔王』の店主さんのお帰りです! 私はぺこりと頭を下げ、店主さんをお出迎えしました。
「お帰りなさい、ゾーマさん。言いつけ通り、お店の管理はばっちり大丈夫です!」
 ゾーマさんはアストルティアで行われる大きな催しで長期間お店を離れるのです。その間のお店の維持管理を、ゾーマさんは私に一任してくれたのです! 一人前と認めて嬉しいです! 発注も料理の味も掃除も全部大丈夫です! 魔物の方にもご好評いただいて、これを機に魔物の方との接し方をきちんと勉強して今後に役立てたいと思います。
「しかし、お帰りはずっと先だとお伺いしたのですが、どうされたんですか? 忘れ物ですか?」
『メンテナンスというもので、まとまった自由な時間を得たのでな。店を見に来たのだが…』
 ゾーマさんはぐるりと店内を見渡します。その目元は忌々しげなものを見るが如く、深いシワを刻んでおります。勇者ですらきっと裸足で逃げてしまいそうな、鬼気迫るお顔にございます。
 掃除、念入りにしているんですけど、問題があるんですかね?
『臨時従業員! 何故にこの空間は、これほどまで清い空気でみたされているのだ!』
「さすがゾーマさん! よくお気づきで! 実は新しく繋がった世界の方が、お祝いに世界で最も有名な木の苗木をくださいました! 素晴らしい浄化能力で、掃除では取りきれなかった邪気が一掃されて清潔感あふれる店内になりました!」
 じゃーんと促した先には、可愛い盆栽が一つ。艶やかな葉はうっすらと光り、天使界さながらの空気を居酒屋に再現してくださいます。ゾーマさん、その盆栽さんをガッと掴むと荒々しく持ち上げてしまいました!
『この居酒屋にそんなヤバいものを置くな!』
「駄目ですよ! 引っ越し蕎麦が良かったなんて、今さら言えません!」
 必死にしがみつくも、相手は見上げるほどの巨体です。鉢を取り返さないと、盆栽さんが壊されてしまいます。
 すると盆栽が輝き、ゾーマさんはもがき苦しみながらその場に蹲ってしまいました。
『なんという聖なる気…力が…出ぬ…』
「生命皆、作戦は命を大事にです。盆栽さんを丁寧に扱わないゾーマさんが悪いんですよ」
 きらきら光る盆栽さんを取り上げ、ゾーマさんを睨みます。
 『ぐぬぬ…』忌々しげに光る盆栽を見上げるゾーマさんですが、本気で動けなさそうです。これではアストルティアの方々にも、これからの居酒屋のお客様にもご迷惑になってしまいますね。そう言えば、盆栽を持ってきてくださった殿方が『浄化作用最大にしておくね』と言って、手をかざしていたので盆栽さんの力を制御できるのかもしれません。
『盆栽にすら屈するとは…。我が絶望ウマ…』
 がくり。ゾーマさんが倒れてしまわれました。


■ すぺしゃるらんち ■

 ついに居酒屋『大魔王』にも登場した。スペシャルランチ。正式名称は「シェフのきまぐれ まりょくの練魂のソテー グランゼドーラ風 暗黒の樹木をそえて」だそうだ。長いので、ここではスペシャルランチとさせていただく。
 これは我のオリジナルレシピではない。遥かなる異国、グランゼドーラの料理長が考案したという。レシピだけでも一部から熱烈な支持が得られそうなラインナップである。『まりょくの練魂』『ソルトクォーツ』、『暗黒の樹木』『いかずちのたま』『へびのぬけがら』。特に魔力の練魂はアサシンブラッドとその系列から手に入る素材で、乱獲で全滅に追いやるとその世界の生態系が崩れて魔王や神に文句を言われるので常にメニューとして置くことができない。暗黒の樹木は丈夫な枝を魔障で燻っておけば出来そうなものだが、今の所カミハルムイの西にある暗黒大樹の膝元にしかないらしい。ウドラーの枝でも代用できるのだから、もっとあちこちで手に入っても良いと思うのだがなぁ。暗黒の樹木はなかなか値崩れしないのが悩みの種だ。蛇の抜け殻はガルゴル狩りが下火になった関係と、一般的な素材屋で販売しないので値段の跳ね上がりが凄まじい。
 何が言いたいかというと、手間暇というか材料集めが面倒な飯である。
 それ故に、日の目を見なかった料理である。
 作ってみて思ったのが『これは生物受けしない』ということである。
 『生物受け』というのは『自然界に自生した食材を糧とする生物には受け付けない』ということである。材料がすでに自然界の食材でないので、お察しである。
「うひゃあああああああぁぁああ! くっっさああああぁっぁあいっっっ!」
 もはや人間は一歩も中に入ってこない。というか、魔障の塊のような匂いに悶絶している。鼻の良い竜族は、ピクリとも動かない屍になっているかもしれぬ。好奇心の塊であるロトですら、敷居を跨ぐこともできない。
「なにそれ! あ! 鼻抓んでも、口から匂いを含んだ空気吸うことすら体が拒否してる! くっさ! この世のものとは思えない!」
「なにって、『スペシャルランチ』だ」
 だめ! 無理! そう言って、ロトはどこかへ逃げ出してしまった。
 絶望というか、あまりの臭さに後悔の念で満ち溢れている。これは、面白い。

 生き物が裸足で逃げ出すレベルの飯を扱おうと、暖簾は掛かり赤提灯に灯がつく。
 悪魔系の客層で満ちた店内を、普通に臨時従業員が仕事をしている。いや、臨時従業員は普通ではない。頭から角が生えている。背中から、バズズやベリアルのような悪魔系の翼が生えている。肌も所々、緑っぽい。
「おい、臨時従業員。いめちぇん というのをしたのか?」
「イメチェンなんて今時の言葉をご存知なんですね!」
 そう笑う彼女の口元に八重歯がのぞく。いや、八重歯ってレベルじゃない、牙だ。瞳は充血ではなく、翠から真紅に変じている。
「いつもの姿ではとてもお仕事務まりそうになかったので、堕天使形態でお仕事してます」
 だ、だてんし。
 我々の世界では天使という存在はあまり馴染みのない存在なのだが、異世界では神の使いとして天使が存在する。天使が神から与えられた任務を果たさず、悪魔と同等に身を堕とすと堕天使と呼ばれる存在になる。その世界では元天使であるというだけで、見た目は悪魔に近しいものになっている。確かに、臨時従業員の姿は堕天使に見えなくもない。
「早く、スペシャルランチ完売させて、命の盆栽さんに空気を浄化していただきましょうね!」
「厄介払いできるから、浄化など必要ふぐぁ!」
 臨時従業員とは思えぬ、超重量級のボディブロー。予想外すぎてモロに入ってしまった!
「お客様には平等に接するべきです。スペシャルランチの販売に反対しなかったんですから、完売したらいつもの状態に戻しますよ!」
 ぱんぱんと手を叩く臨時従業員に見下ろされると、ちょっとゾクゾクしてしまう。客として来ている悪魔共も臨時従業員に叩かれて甘い悲鳴をあげている。いつもは丁寧で控えめなのだが、悠然と叩き踏みつける姿は、圧巻だ。
 なんか、暴力的になってい…る。