異世界と創造主の兄

 木を組み合わせた鎧戸を開けると、飛び込んできたのは柔らかい日差しと濃厚な緑の香り。
 白い石を切り出した石畳と煉瓦は、街並みの古風さも手伝ってまるで遺跡のようだ。所狭しと生い茂る緑は遺跡を飲み込まん勢いで成長し、競い合い所有権を主張する。人々は木々の間に煉瓦を積み上げ石橋を渡し、自然は開いた僅かな空間に根を張り砕く。自然と人工物が解けぬほど複雑に絡み合う空間を屋根のように覆うのが、世界樹と呼ばれし巨木である。
 世界樹を中心に栄えし、カティンチュア王国。世界樹が世界中から人を呼び寄せ、その栄華は遺跡のような造りが物語るように人の持つ文明で最古を誇る。
 早朝の鳥達の喧しさに負けぬ、人々の喧騒がある。虫や鳥除けに色取り取りの布で天幕が作られ、その下には朝市らしい賑わいがある。果物をたくさん籠に積んだ商人や買い物客のやり取り、食べ物が振る舞われる屋台では人々が舌鼓を打っている。
 それらを眺める俺の目の前を、人を乗せて飛べそうな鳥が群れを成して横切っていく。翼が生み出す風圧が、顔を容赦無く叩いていった。
「どうやら、俺は死んだらしいな」
 独りごちた内容は自分を驚くほどに納得させてくれた。
 なにせ、目の前に広がる世界は俺の暮らしていた大都市ではない。俺の妹が執筆した小説の舞台『カティンチュア王国』であるからだ。なぜ断言出来るかというと、妹が書いた小説が大ヒットしたからだ。ネットに上げていた小説は書籍化し、アニメ化し、ゲームとなり、映画化も果たした。数多くのコラボ商品が跋扈し、一大ブームを築き上げた。両親は妹の小説に関するものは全て購入していて、実家の俺の部屋は妹の作品倉庫と成り果てている。俺は妹の作品には興味はなかったが、家族揃って映画は見た。目の前の世界はまさに映画の中に入り込んだように、妹の世界そのまんまである。
 今、世の中には異世界転生なるものが流行っている。
 妹からも口を酸っぱく言われたものだ。『お兄ちゃんは社畜で夜が遅いんだから、車が通ってないからって道路を横断しちゃダメだよ。トラックに轢かれて死んで、異世界に飛ばされちゃうんだからね!』だとさ。
 あまりのくだらなさに呆れはしたが、心配している妹の忠告は真摯に受け止めた。
 日を跨いで帰宅の途に着いた俺は、会社から歩いて一時間はしない自宅マンションに向かって歩いていた。大きな道路を突っ切れば楽ができるだろうと思うが、その日もきちんと歩道橋を使った。階段を登りつつ、道が空いているからと速度を出しているトラックを横目に見る。あぁいうのに轢かれると異世界に飛ばされるんだろうと、思いながら重い足を引き摺り上げる。
 雨上がりの夜の街は、俺の疲労などどうでも良いように綺麗だった。ネオンもイルミネーションも終わった時刻には、必要最低限の街頭と夜更かし達の灯す部屋の明かりがあるだけだ。それでも、綺麗だ。夜の澄み切った冷たさで磨かれた光と、それを逆さに写し込む水溜まり。俺の疲れ切った目を刺す程に眩しかった。
 明日は担当企画のプレゼンテーションだ。もう会社の机の上に一式揃えてあって問題はない。後は体をしっかり休めるだけだ。今日も3時間は寝れるはずだ。そんなことを考えながら、歩道橋を歩いていた。
 歩道橋を渡切り、階段を降りようとした時だった。
 足を踏み外した。闇の中で点だった明かりが、ぐんと線を引く。衝撃があった気がしたが、それが痛みを俺に押し付けることはしなかった。暗転した視界から気がついたら、俺は見慣れぬベッドの上だった。寝落ちして、今起きたような感覚だ。
 死んだ実感はないが、会社から遅刻だと呼び出しがないのだから死んでいるのだろう。
 部屋の隅に置かれた姿見を遠目に見る。柔らかい黒髪が肩くらいまで重く掛かる、長身で細身の男の姿がある。映画を見た時、『この男は聡一郎(そういちろう)をモデルにしているんだろう』と親に茶化されたキャラクターだ。幸薄そうで不満げな男の受け答えは不本意だが良く似ていて、似ていないのは赤い瞳と勇者の持つ勇敢さくらいだった。
 この勇者はツヴァイという、妹の作品では重要な人物だ。
 異世界転生とはよく言ったものだ。俺は猫背でこちらを見る鏡の中の男を睨み返した。
「妹が創造主の世界に転生するだなんて、こんなことあるのかよ…」
 腹が怨みがましく鳴った。
 勇者ツヴァイの部屋は寝るためだけの空間だった。簡素な木のベットと寝具一式。クローゼットらしい身長を超える大きさの戸棚には、革鎧らしいものと丈夫な布の服が掛けられている。皮の手袋やベルトと共に固定されたポーチ、手入れのための道具一式が収まった箱が置かれている。
 クローゼットの横には遠征で使うのか、大きく丈夫な布で作られた鞄が無造作に置かれていた。
 そして、俺はゆっくりと枕元を見る。そこには立派な二振りの剣が立てかけられている。西洋の両刃の剣よりも、日本刀と脇差を連想させる細身で真っ直ぐな剣が鞘に収められている。宝石や装飾の一切ない無骨な戦いの道具。握りの部分に巻かれた皮は手の形に照っていて、使い込まれているのがわかる。
 原作の勇者ツヴァイは双剣使いだった。ここにある以上、彼の愛用の剣なのだろう。
 これは本物なのだろうか…?
 恐る恐る手に取ると想像以上に軽い。仕事に使っているノートパソコンと変わらぬ感覚だ。慎重に引き抜いてみると、真っ直ぐな両刃はよく研がれてツヴァイの顔が写っている。
 これで戦うのか。なんだか、想像がつかない。
 体が覚えているのだろうか。鳴り続ける腹と募る空腹感の中で、身支度は思った以上に手早くできた。革鎧を身につけてみると想像以上に動きやすく軽くできているし、武器も思った以上に邪魔にならない。部屋の出入り口横に掛けられたフード付きの外套を羽織れば、全身黒一色コーデの勇者ツヴァイの登場である。なんだかコスプレのようで気恥ずかしく、鏡の中のツヴァイも眉間に皺を寄せて不機嫌そうに視線を落とした。しかし部屋着は簡素すぎるので、他所行き用としての雰囲気があるならコスプレだろうが断然マシだろう。
 ベルトのポーチの一つには金袋があり、金貨と銀貨と銅貨が入っている。ぐぅと腹が鳴る。分かっている。わかってるさ。まずは、この金で朝飯を買って腹ごしらえをしなければ…。
 眼下に広がる人々の賑わいを見下ろすと、食べ物の良い匂いが鼻腔を掠める。いつも朝食は珈琲だけだった俺だが、空腹は最高の調味料というだけあって味わう朝食への期待が否応なしに高まる。
 ぐうぐうと急かすような腹を宥めて、さぁ出発と、部屋の鍵を手にした時だった。
 轟音が響き渡り、地響きが部屋を揺らす。人々の喧騒は悲鳴にとって変わり、バキバキと何かが壊れていく音が耳を打ち続ける。窓際に視線を走らせれば、すでにもうもうと土煙が立ち上って鮮やかな緑は完全に隠れてしまっている。
 窓枠に手を掛けて下を覗き込めば、朝市で賑わっていた大通りは地獄絵図になっていた。
「何だあれは…!」
 巨大な芋虫が群れを成して朝市の賑わいを薙ぎ倒し、通過しているのだ。なんの幼虫かは知らないが、一匹の大きさだけでも大型トラックと変わらぬほどで、丸々と太った体から重量もそれなりらしく店のテントを軽々と押しつぶす。今でも定期的にテレビで流れるアニメ映画の、怒れる巨大蟲の群れを連想させる。違うとしたら甲冑のような硬い外皮ではない、乳白色の芋虫をそのまま巨大化させたような姿なだけだろう。
 俺は絶句した。
 まだこの世界で目覚めて半刻もしないうちの急展開もそうだが、目の前の幼虫の大群に目を疑うのだ。
 この作品を作った妹は、虫が大嫌いなのだ。先祖代々引き継いだ山を背負っているような実家には、家の中も外もお構いなしに虫が侵入してきた。下手するとトイレに蛇がいることもある。そんな妹は蝶に悲鳴をあげて逃げ惑うほどに、虫が嫌いだった。映画を見る時は事前に『虫、出ない?』と確認するくらい。殺すことはできず、俺や両親に助けを求めていた。
 そんな妹が虫を作品に取り入れるなんて、あり得ない。
 見るのと文字とでは違うのだろうか?
 しかし、実際に目の前で幼虫の群れが大挙して押し寄せているのだから、疑いは意味のないことだ。泣き叫ぶ幼子を抱き抱えて逃げる母親が転び、幼虫が轢き殺さんと迫る。
 俺は剣を手に窓枠に足をかけ、宙を飛んだ。
 待て待て! 何をしているんだ、俺!
 巨木と踊るように作られたカティンチュア王国は、上へ上へと築き上げられた王国だ。ツヴァイの自宅と朝市が開かれている大通りまで、ビルの高さ4階分相当の距離がある。さらに下へ目を凝らせば、鬱蒼とした枝葉に遮られているが地面は闇に沈んでいる。
 そんな高所から飛び降りれば、確実に死ぬ。自殺も良いところだ!
 確かに母子が危険に晒されていると認識した瞬間、助けたいと思ったさ。しかし、今では地面すら見えない高所に我が身を放り投げた無謀さを悔やみながら、落下して叩きつけられて死ぬ恐怖に胃が締め上げられる。
 最も近い車二車線程の幅のある枝が瞬く間に迫る。体は怯える意志に関係なく力強く枝を踏み締め、音を立てて枝が撓った。それでも落下の勢いは殺しきれず、そのままの勢いで次の枝に向かって体を投げる! 崩れかけた柱を踏み、枝を蹴り、葉の中を突き抜けた先は、我が子を抱きしめ死を覚悟して震える母親の真上だった。
 俺は母親を飛び越え、幼虫との間に入る。剣を鞘ごと引き抜き様に振り上げた瞬間、衝撃波が巻き上がり幼虫が数匹宙を舞った。乳白色の幼虫はとても柔らかいらしく、衝撃波に深く抉られながらも傷ついていない様子で後続の群れの上に落下して跳ねた。
 俺は振り上げたままの姿勢で硬直した。口をギュッと引き結んで、顔から血の気が引いていくのがよくわかる。
 なにこれ。怖い。
 俺は妹の作品を全く知らないことを、今更ながらに後悔した。
 運転免許を取るために教習所に通い始めた頃、車で人を轢けば相手を簡単に殺してしまうと実感した時のような恐怖だ。勇者と呼ばれるツヴァイの実力を良く知らないが、簡単に人殺しができてしまいそうな力強さだ。
 動きを止めた幼虫達の下から、下敷きになった人々が這い出してくる。中には骨折した者もいるらしく、人々が幼虫の鼻先に葉っぱをちらつかせて誘導して救い出そうとしている。
「ツヴァイ様! ありがとうございます!」
 故郷の言葉だ。創造主が妹なのだから当然だろうが、会話は問題なく通じそうである。俺は鞘ごと抜いた剣をベルトに固定しながら、背に庇った母子に振り返った。大泣きしている赤子を抱えている女性の前に膝をつき、視線を合わせる。
「大丈夫か?」
 見た目は故郷で有り触れた黒髪とやや茶色掛かった黒い瞳。体格も平均的な若い人間の女性だ。転んだ時の傷なのか膝から血が流れているのが痛々しい。俺が立ち上がるのを手伝おうと、手を差し伸べようとした。
 母親が動いてうっかり膝に手が触れた瞬間、何かが彼女の体に流れ込んだ。肉が盛り上がり皮膚が覆っていき、まだ乾き切らない血が付いた綺麗な膝が目の前にある。回復魔法か何かか? いや、俺はそんなものは使えないし、どうやって使うっていうんだ? 驚きで跳ねた手が赤子の頭に触れると、赤子は泣き止み瞬く間に瞼は重くなり穏やかな寝息を立てる。
 何だ? 俺から何が相手に流れ込んだんだ? 害のあるものではないようだが、大丈夫なのか?
「とりあえず、安全な場所へ行くんだ」
 はい!と感動に涙を流しながら母親は応じる。やはり故郷の言葉はしっかりと通じるようだ。何度も振り返りながら頭を下げ感謝の意を示す母親を見送ると、俺は幼虫の群れに振り返った。
 俺の一撃に驚いて幼虫の群れは完全に動きを止めていた。最も近くにいる幼虫に触れると、乳白色の体はウォーターベッドのように柔らかくひんやりとしている。心地いいな。思わず不必要に揉んでしまう。手が沈み込むような柔らかさが、下敷きになっても死ななかった理由なのだろう。円な瞳を向けて口をモゴモゴと動かす幼虫達は、人間を食べる為に朝市に突っ込んだ訳ではなさそうだ。
 ならば、一体、何が理由で…?
 俺は顎に手を当て考える。俺は虫が好きなのだ。妹が産まれて虫嫌いが露見するまで、夏には山に入ってカブトムシやクワガタを取るくらいだった。俺にぷにぷにと触られるがままの幼虫を見ていると、土を入れて幼虫から育てたカブトムシを思い出す。
 甲高い鳥の鳴き声が耳を貫き、幼虫達が声に追い立てられるように一斉に動き出した。見上げれば巨大な鳥の群れが、翼を広げて迫ってくる。純白の翼は薄暗い世界樹の木陰の中で輝いてすら見えた。鳥の群れは矢のように幼虫の群れに突っ込み、幼虫を嘴に捉えて飛び立つのを繰り返す。
 「御使い様だ!」住人達がそう叫んで散り散りに逃げ出す。
 この鳥の狩りから逃れる為に、幼虫達は暴走したのだろう。
 本来なら鳥が飢えを凌ぐ為に幼虫を捕食するのを遮るのは、自然の摂理に反する。幼虫もまたある程度捕食されたとしても子孫を残せるように、たくさんの卵を産み孵りこうして群れを成して逃げるのだ。おそらく俺が鳥から幼虫を守らなかったとしても、幼虫の大半は逃げ切り成虫になることができるはずだ。
 だが、場所が悪い。
 幼虫の群れの下敷きになっている住民が、数多く取り残されている。鳥が羽ばたく風圧に吹き飛ばされ落下して死ぬかもしれない。下敷きになった住人が幼虫諸共、鳥に喰われてしまうかもしれない。それは俺としては本意ではない。
 お兄ちゃん! こわいよぉ! 泣き腫らして俺のところに駆け込んでくる妹の顔が過ぎる。
 守れるならば、守らなくては。
 俺は足に力を込め、目の前の幼虫の波に乗り上がった! 動く柔らかい地面に足が沈み込むが、うねりを理解すれば調子を合わせて飛び上がることができる。乳白色の波に逆らい奥を見上げると、嘴が隕石のように即死級の勢いを伴って落下してくる。僅かに開いた嘴の間に、ぬらりと濡れた舌が見える。
 お前達の食事の邪魔をして、すまないとは思っている。俺は鞘の固定を解くと、腰を低くして鞘に収めた剣を居合い抜きのように構える。
 だが、他所でやるんだな! 滑るように切り上げた鞘の先と、嘴が接触する。
 甲高い音を立てて触れ合った場所から、衝撃波が鳥を突き抜ける。真っ白い羽が嘴の先から尾に向けて円を描くように移動していくのが見え、鳥の嘴の勢いで俺は乗り上がった幼虫の背に沈み込んでいく。負ければ、俺が幼虫諸共食われる。俺は剣を両手で支えた。
 鳥の鳴き声ではない、低い音が足元から這い上がってくる。
 途端に不安定だった足元が、急に硬さを帯びて踏ん張りが効く。何が起きた? ちらりと視線を周囲に向けると、幼虫達が集まって犇めきあっている。圧力を掛けることで、俺の足元にいる幼虫を固く締め上げているのだ!
 本能的なのか意図的なのかわからないが、幼虫達が生き延びる為に俺に協力しているのがわかった。なんだか気持ちが通じあったようで、可笑しさが込み上げてくる。
 俺はにやりと笑みを浮かべた。
「お前達の死にたくない気持ちはわかった! ついでだが、しっかり守ってやる!」
 突き抜けろ! 吹き飛べ! 今回ばかりは諦めろ!
 力が爆ぜる。大きな音を立てて、巨大な衝撃波は目の前の鳥ばかりではなく周囲の鳥達をも吹き飛ばした。白い大きな鳥達が風に巻き上げられ、大きく開けた木々の間から大空へ放り上げられる! 甲高い鳥達の鳴き声は未練がましく続いたが、急降下してきて狩りを続けようとする者はいなかった。
 脅威が去ったことを感じ取ったのか、落ち着きを取り戻した幼虫達はゆっくりと移動し始めた。
 拍手と歓声に包まれたのも束の間、朝市の賑わいは直ぐに戻ってくる。行商人達は薙ぎ倒されて無事だった柱を戻して天幕を作り、折れてしまったものは近くの枝を切って新調した。傷物は格安で販売し、傷つかなかった商品は縁起物として高値で取引する。商魂逞しいものだ。
 火を扱っていた屋台は幼虫が避けて通ったらしく、ほとんどが無事だった。俺がその一つで食事をしていると、身なりの良い男が隣に座った。
「やぁ。大活躍だったようだね、ツヴァイ」
 そう親しげに話しかけてくる声に顔を向けて、俺は驚きに口に頬張った肉が痞えそうになった。
 まるで人形のような美しい男だ。故郷のテレビで見るどんな芸能人や俳優よりも整った、まるで作り物めいた完璧なまでの美貌がそこにある。目元も鼻筋も微笑む口元も、まるで白磁のように艶やかで色白い肌も、芸術家が挙って書き上げる美貌を体現したかのようだ。衣服も貴族が好むような贅沢な装飾や金銀宝玉で飾り立てられ、腰に穿いた剣は実用性よりも芸術品の趣がある。銀色の艶やかなまつ毛に縁取られた金の瞳は、人成らざる輝きを放っていた。
 神が作った究極の美。この世界の創造神である妹が、この男は誰よりも美しいと定めれば、この男はこの世界で最も美しくなる。美の概念のような男だった。これは、人間なのだろうか? 目のやり場に困る。
 男はにこりと蕩けるような笑みを浮かべて、店主に『ツヴァイと同じものを』と注文する。
「エルドワルド陛下のお口に合うかどうか…」
「我が臣民の口にする物が、私の口に合わない物である訳がなかろう」
 そうして出されたのは俺と同じ食事。ハンバーグの上にオムレツを乗せ、その脇に米飯が盛り付けられたワンプレートだ。店主がエルドワルドの前でオムレツを割ると、半熟の卵が木製の皿いっぱいに流れ出す。その上にデミグラスソースをかけ、卵と混ざり合った間違いなく美味しい見た目だ。小鉢には新鮮さで輝くサラダ。カップには味が完全にコンソメスープの底に細かく刻んだ野菜が沈んでいる。空腹を訴える腹を鎮める大盛りの俺と違って、エルドワルドの料理はひと回り程こじんまりしているくらいだろう。
 味も完全に故郷のものだ。妹が世話になっている人で、料理がとても上手な人がいたのを思い出す。あまり大食いではない俺に、『男だから』と大量に食わせようとしていたな。
「今年は沢山の瑠璃蝶が舞いそうだね。今年の建国祭は華やかになりそうだ」
 何を言っているのだろう? 俺はオムライスのように卵とソースを絡めた米を噛み締めながら、エルドワルドを見た。口の中に広がる美味しさの前では、美貌の男の言葉も霞む。
 美味しいと食事を口に頬張ったエルドワルドは、背後を指差した。
「君が守ってくれたから、安全だと幼虫達が判断したようだよ」
 指差した先を追いかける。
 背後の大木に沢山の繭が出来つつあった。真っ白で光沢すらある糸で作られた卵状のものが、視界いっぱいに犇めきあっている。現在進行形で繭を作っているのは、先ほど大挙して押し寄せた幼虫だ。
 いや、場所が問題だ。あそこ、ツヴァイの家の周辺だろ!
「なんなんだ! あれ!」
 俺の叫び声がカティンチュア王国に響き渡る。
 妹よ! どうして、平和で穏やかな世界を創ってくれなかったんだ!