樹下に吊るされた人 - 後編 -
くわをどっこいしょーで みのりができるー いぷちゃるさーまの やさしさよー
クイックは警報器が鳴り響く廊下で囀るの。一緒に行動するリウ老師は、おじいちゃんだからゆっくり。でもね、ダラス大鉱脈で平らじゃない道えっさほいさ、階段を頑張って登って降りて、自分で工具取ったりして行ったり来たりしてるから、院長君よりも体力あると思う。くくく。院長君はバブルスライムなの。
ずずん。帝国技術庁が小刻みに揺れて、リウ老師が足を止める。
究明者のコートセットを翻し、モノクルに手を掛けて天井を見上げる。揺れに怯えているっていうか、建物が壊れないかを探っている感じ。白い髭に指を掛け見遣った先には、魔神機に誘導されて避難する研究員達の姿が見える。
あんた達も、早く逃げなさい! そんな声に手を振って見送る。
「避難が優先されて、隔壁の閉鎖はまだ行われていませんね。避難が完了する前に、開発中枢区へ急ぎましょう」
リウ老師を追い抜いて、クイックは廊下を滑空する。
クイック達は二手に分かれて帝国技術庁に侵入してるの。猫耳のルアムは人間のルアム君と零捌号に合流して、クイックとリウ老師はウルタ皇女に接触するの。でも、変なの。クイック達が生きた砂漠から乗り込んできた時には、警報びーびー鳴りっぱなし。
クイックは戦えないおじいちゃんを守らなきゃいけないから、零捌号から『リウ老師は無事でしょうね』『体力を考慮して行動してください』『くれぐれも怪我をさせないように』ってメッセージが、三十件を超えた辺りで数えるのやめちゃった。今も気がつくと二桁の未読メッセージが届いてる。リウ老師は慎重に動いてくれるから、危なくないよーって言ってるんだけどね。
魔神兵を研究する区画らしくて、廊下も天井も扉も魔神兵サイズ。クイックはぴったりと閉じられた取手もない扉の前をひらりを旋回すると、『現在非常事態の為、扉を閉鎖しています』とアナウンスが流れ込んでくる。システムに響くよう、クイックは大声で鳴く。
『くいっく! 開け! 胡麻! くいっく!』
クイックの声に反応して、しゅーっと油圧が動く音が響いて重たい金属の扉が開いた。ガノが遺跡の封印を解く技術を教えてくれて、クイックはどんな鍵も封印も解いちゃうんだよ!
驚いて尻餅を付く研究員達を横目に、クイックは滑空して部屋の中を旋回する。天井から降り注ぐ日差しのような強い光に照らされて、魔神兵達の巨体が白と黒に塗り分けられて立っている。中にいる魔神兵達は色々。部屋の奥で鉄屑みたいに体を丸めている奴、新品みたいにぴかぴかしてる奴、いろんなコードが繋がれている奴がいれば、大きく外装を開けられて中身が丸見えの奴もいる。下から立ち上がる巨大な画面には、零漆号と表示されプログラミング言語が打ち付ける雨粒のように表示されては流れていく。
クイックは一番近いぴかぴかの肩に乗って、優雅に毛繕い。独りで行動できるからメンテナンスは大事ってガノが言ってたから、念入りにデータチェックもするの。
そんなクイックを見上げて、研究員だろうドワーフがスパナを振り回して唾を撒き散らす。油塗れの白衣を翻し、クイックを肩に止めた魔神機にイライラしながら言うんだ。
「何をしているだ! 侵入者を捕まえろ!」
くくくっ! クイックは嘴を開けて、楽しげに囀る。
『うこっけごっこ? うこっけ役は、魔神兵のみんな! くいっく!』
クイックの声が室内に響くと、魔神兵達がドワーフ達を捕まえだした。何をするんだ! 泡を吹いて手をバタバタ動かして、軍隊蟹みたいに顔真っ赤っか! ウコッケごっこは捕まったら交代なのに、手を離されたら腰が抜けてバブルスライムみたいになっちゃうの。
「なぜ、命令を聞かないんだ…?」
『くいっく! うこっけごっこ、おしまい? おしまい?』
クイックは腰の抜けた研究員の前にぴょんぴょん寄って、唖然とした顔を覗き込むの。だらしのない顔だなぁ。魔神機達の楽しげなメッセージが乱立して、ログはドワーフ大渋滞。
「この子は魔神機達に特別な干渉が出来るのですよ」
開けっぱなしの扉から、悠々とリウ老師が入ってきた。
リウ老師…。あの伝説の…。ガテリア皇国に亡命し、皇国と共に行方知れずになった天才技師の突然の登場に、バブルスライム達がどよめいた。バブルスライム達の中で比較的元気な奴が、クイックを見て指を差した。失礼な奴!
「まさか、リウ老師が手がけた最新の魔神機ですか!」
『違う! クイックはガノが作った! くいーっ!』
クイックは嘴を開けて、失礼な指先を突いた! 本気出したら指が千切れちゃうから、王子君のささくれを引きちぎる程度に手加減してあげるの。それでも、ひ弱なバブルスライムだから、ひぎゃあって悲鳴を上げる。
翼を広げて胸を張って、クイックはへたり込むバブルスライム達を睨みつける。
『バブルスライム共! 魔神兵達、いじめるダメ!』
いじめる? 何を言ってるんだ? 何も知りませんなんて顔を見合わせたって、クイックにはぜーんぶお見通しなんだぞ!
クイックは電子ネットワークで、この時代の魔神機達といっぱいお喋りした。
零捌号はリウ老師が大好きだって言う。クイックもガノが大好きだから、零捌号の気持ちは良く分かる。だからルアム君の傍にいるの、クイック我慢した。零捌号のお仕事、手伝った。クイックえらい。帰ったらガノに いっぱいナデナデしてもらうの。
地下帝国の魔神機達は元気いっぱい。お仕事をいっぱいして、ご主人様が喜んでくれるのが嬉しいの。でも、ご主人様が自分達を見てくれないのが、とっても寂しい。クイックもチリちゃんが忙しくて構ってくれないと、ちょっと面白くないから分かるの。寂しいね。寂しいね。そう鳴くと、魔神機達も寂しいねって一緒に囁いて地下に満ちるの。
でも、帝国技術庁の魔神兵達は違う。
『魔神兵達、戦う嫌い!』
くいーっ! クイックの威嚇にバブルスライム達はビビって伸び上がる。
戦いたくない。壊したくない。殺したくない。どうして、守るべき存在と同じ形の者を、攻撃しなくちゃいけないの? 命令だから。従わないといけない。そんなログが積もっていく。
奥の動かなくなった魔神兵は、ハカイハカイってログを垂れ流すばっかり。
クイックは、ガノ達が教えてくれた事を囀る。
戦いたくないなら、戦わなければ良い。
殺したら二度と戻らないから、殺しちゃいけない。
命令だからって、絶対に従う必要はない。
魔神兵達の驚きが、通信で流れ込んでくる。どうしてそんな考えに至る? 命令は絶対だ。どんなに拒絶しようとも、それが我々の存在意義である限り実行しなくてはならない。
ははは。バブルスライムの一匹が乾いた笑いを上げた。
「魔神兵が『戦うのが嫌だ』だって? 神カラクリは命令に従って動く道具であって、自分の意志なんてものはない!」
『くいっく! 魔神機、お前達より頭良い! くいっく!』
このクルクル頭のバブルスライム、実はカビダンゴか何かで出来てるんじゃないか?
クイックが五月雨突きをお見舞いしてカビダンゴの命を削り取っている横で、リウ老師が魔神兵達を見上げる。モノクルの奥の瞳と、魔神兵達が無言で見つめ合っていた。
まさか…。そんな呟きを零して、ぽつりと言う。
「我々の命令を拒絶する為に、魔神兵達は壊れていくのか…?」
兵器として投入されていく零陸・零漆号系統は、戦場から戻ってくると壊れてしまう。高確率で認識異常を起こし、任務遂行ができなくなってしまうんだ。それを改善した零漆号系統にも、同様の不良が見受けられる。それを解析する為の研究室だった。
ここにいるバブルスライムがどんなに賢くても、道具だって認識じゃ永遠に解決しない。
「私は魔神機達を、七つ目の神話で献身的に人間に尽くした機械に重ねていました。魔神機の存在がドワーフの発展に大きく寄与し、全てが幸せになると思っていました」
魔神機に命令を与え働かせるようになったのは、仕方のない事じゃろう。そうガノは言った。当時は魔神機をうまく使い、発展する必要が当時はあったのじゃ。
我輩は老い先短い。ガノはそう言って、クイックの頭を撫でた。
我輩が死んだ後もクイックがクイックらしく生きていく為に、自分で考え行動しなくてはならぬ。今の時代ならお主も他の命と同じく、生きられるじゃろう。王子君。院長君。ビャン君、チリちゃん。お主が築いた繋がりが、お主の未来をより豊かにしてくれる。
我輩が命令することは、たった一つ。
我が子よ、誰よりも自由でおるのじゃ。
『ガノ、言った。クイック、誰よりも自由!』
リウ老師は目元を拭って、魔神機達を見回した。
「私が魔神機達を縛っていたのですね…」
センサーが振動を捉え、それがこちらに一直線に向かってくる。最初は帝国技術庁の振動に紛れてしまいそうな弱いものだったけれど、近づくにつれドワーフ達も気がついて体を強ばらせる。魔神兵達が攻撃よりも優先されるウルベア帝国市民の保護の為に、バブルスライム達の前に移動を始める。
リウ老師もこちらへ。そんな声を掛けてくれる魔神兵とクイックを交互に見る老師に一声鳴いて、クイックは部屋の真ん中にふわりと浮かび上がった。
視界モードを熱源感知に変更すれば、高熱を出す機体が真っ赤に浮かび上がる。帝国技術庁の分厚い壁を破壊して迫る機体はここに集まった魔神兵達よりも一回り大きく、腕に装着した砲身と大きな斧で戦闘特化だと分かる。
目の前の壁が殴られた勢いで大きく撓むまで、深呼吸一回分にも満たない。壁に掛けられた巨大なスクリーンに大きくヒビが入って、砂嵐になった瞬間、バラバラになって部屋の中にぶちまけられる。バブルスライム達の悲鳴は上がっても、魔神兵達が壁になって瓦礫を防いだから誰も怪我はしてないはず。クイックは瓦礫を飛んで避けながら、部屋に飛び込んできた魔神兵を見た。
碧色に亜麻色の縁取りがされた装甲を重ねた、一般的に魔神兵と呼ばれるカラーリングとは違う。巨体はずんぐりと太くて、斧を振り回すには胴体が膨らみすぎてて、底の小さい足が僅かに地面と巨体の間に見える。右手には砲身、左手には巨大な特別製の斧、さらに背中に巨体と同じくらいの大きさの砲身が付いている。恐らく、背中の巨大な砲身から強烈な一撃を放つ為に、機体は砲台の役割をする為に重厚になったんだろう。大魔神ほどの威力でなくても、戦場を一変する程の威力の砲撃を放つ移動式砲台の役割として生み出された機体だろう。
逃げる時間も与えられなかったバブルスライム達の中で、元気な一匹が立ち上がった。『…ツォンデム主任?』って、へたり込んだバブルスライム達がきょとんと見上げる。
「ゼェードよ! 地下帝国最新にして最高のお前の力で、生意気な個人製造のガラクタをスクラップにしろ!」
魔神兵に意志なんてないって笑った、くるくるのカビダンゴがぶんぶん腕を振り回している。でも、砲弾から発射された連続砲撃に縮み上がってテーブルに隠れる。
『センメツ、セヨ!』
会話を試みるも、ブロックされて声は届かない。
クイックが魔神機達をハッキングしているように見えるのは、クイックの『お願い』を相手が受け入れてくれるからだ。神カラクリの思考回線は生き物よりもずっと早いから、一瞬で生き物と小一時間話したくらいのメッセージがやりとりできる。その間に会話や交渉、譲歩や拒否とかいろんなやりとりが行われるんだ。その末にクイックの要望が通れば、ハッキングしたって勘違いするの。
でも、挨拶すら届かない。戦うのは避けられない。
それにここにいる魔神兵達と違って、歪みがない。帝国技術庁って梱包から一度も出された事のない、箱入り息子なんだろう。『井戸の中のいどまねき、大洋を知らず』って言うけど、このゼェードもそうに違いない。
相手はウルベア地下帝国最新鋭の魔神兵! ぼこぼこにして、ガノの優秀さを知らしめる!
クイックは大きく翼を広げて、宣戦布告した!
「くいっく! 世界の広さを教えてやんよ!」
巨大な戦斧の一薙ぎは直接刃に捉えた部分を切り裂くだけじゃなくて、風圧によって研究室の中を掻き回す。重要書類の紙吹雪が待ったと思えば、切り裂かれたコードが土砂降りの雨のように床を叩き、破壊された瓦礫が地響きによって跳ねる。ハカイハカイって呟くばかりだった魔神兵の胴体を真っ二つに裂き、研究所の設備を薙ぎ払って倒れる。魔神兵の部品が波のように研究所の床を滑っていった。
砲台の役目を持つ胴体の防御力は魔神兵の規格よりもより強固だから、砲弾程度では傾ぐことはない。ならば直接叩くのが正攻法だけれど、ゼェードの戦斧は大量生産された魔神兵の攻撃範囲外から届く。一方的に戦場を蹂躙する暴君。ゼェードが戦場に投入されたら、そう言われていただろう。
でもゼェードにとって、クイック様は相性が悪すぎた。
戦斧の死角になる足元に入り込めば、攻撃は届かず、戦斧の生み出す影響からも逃れられる。戦斧を振るっている間は足が地面に接地して固定されて動けない。クイックは優雅に暴君の足元で毛繕いだってできちゃうのだ。
「ゼェード! 何をやってる! 撃て! 撃ち落とせ!」
ならば砲身を向け高速で繰り出される銃弾の雨を、浴びせれば良いと思うだろう。くるくる金髪のカビダンゴの命令だけでなく、ゼェード自身もそう判断した。
右手の砲身が足下にいるクイックに向けられると、きゅいーんと筒の中で高速に回転する音が響く。次の瞬間、火を吹いて高速で吐き出される鉛玉。反射神経の悪い魔物なら蜂の巣にされちゃうだろうけど、クイックは違う。
クイックは床を蹴って体を宙に浮かせると、翼を羽ばたかせて飛び上がる。クイックの居た床は無数の弾丸が打ち込まれて凹んだけれど、残念、クイックはもうそこにはいません!
クイックはゼェードの体の周りを旋回する。挑発に乗ったゼェードの右腕が、飛び交うクイックに固定される。
「やめろ! ゼェード! 攻撃中止!」
残念だけど、その命令コマンドはもう受け付けないよ!
ガガガガガガ! まるで土石流が雪崩れ込んでくるような轟音が響いて、ゼェードのガトリング砲が研究室を一掃する! テーブルから身を乗り出して叫んだカビダンゴも慌てて身を隠す中、研究室の中は嵐の中。ありとあらゆるものが弾丸に打ち砕かれて降り注ぎ、跳弾して天井のライトを砕いてガラスの雨が降る。ちらちらと通常のライトがちらつき、非常灯で薄暗くなった空間で、暴力の音が弱い命を踏みしだこうとする。
弾切れを起こして銃弾の嵐が止んで、非常灯の鈍い通電音や、細かい物が落ちるぱらぱらって音がやけに大きく聞こえる。轟音と恐怖に晒され、耳を傷めるほどの静寂の中で呻き声が聞こえる。
のそりと這い出したバブルスライム達が、身を挺して庇ってくれた魔神兵達を見上げている。その装甲は一方的な攻撃に大きく壊れ、腕が飛び、頭が潰れたものは一つ二つではなかった。それでも限りなく体を低くし、残った肩で、頭で、庇った命を守ろうとした。
バブルスライム達が目から涙を流して、機能停止した魔神兵のボロボロの体に触れた。
「命令もしていないのに、私達を守ってくれたのか?」
ありがとう。ありがとう。バブルスライム達は命の恩人の体に腕を回し、感謝の言葉を捧げる。それを聞きながら、ひとつひとつ信号が消えていく。よかった、とログが残る。
くくくっ! クイックは魔神機達に向けて鳴いた。
『魔神機達、やさしい! バブルスライム共、感謝しろ! くいっく!』
認めぬぞ! 魔神機達がバブルスライム達を守り抜き、守られた命は感謝に涙する感動をぶち壊すダミ声。クイックが振り返って睨み付ければ、ゼェードの前にカビダンゴが腕をぶんぶん振り回してる。くるくる金髪は埃まみれのボサボサで、瓦礫に引っ掛けたのか服もボロボロだ。血走った目を剥いて歯を食いしばって、頭のてっぺんから金切り声を出してる。
「私は認めぬ! 魔神兵こそ、世界最高の兵器! 全てを破壊し、全てを蹂躙し、私を世界の頂点へ導く為の最高の道具だ!」
こいつ、クイックの言葉全然聞いてない。
帝国技術庁ってドルワームの王立研究所みたいに、頭の良い奴しかいないんじゃないの? 魔神機達が戦うの嫌いって、そんなに難しいことぉ?
「あの忌まわしきガテリアを一瞬で蒸発させた事で、戦争を終結させたのだ! 私は素晴らしいことをした!」
叫ぶ顔は恍惚に上気し、狂ったような笑い声を上げる。
なんかドヤってる、口だけカビダンゴめ! 髪の毛全部毟り取っちゃうぞ!
ガノがいれば横っ面ぶん殴って黙らせるってのに、ここにはそんな腕っ節がありそうなドワーフがいなくて残念。クイックは手加減が難しくって、首折って殺しちゃうや。
「ウルベア大魔神のあの破壊力を見て、グルヤンラシュ様は怖気付いてしまわれた! ゴブルの広大な砂漠に紛れたモグラを、ガテリアの二の前にして差し上げましょうと提案してもなかなか首を縦に振らない! 私の功績から考えれば一刻も早く筆頭研究員にするべきなのに、なにをもたもたしているんだ!」
ルアム達が言うグルヤンラシュという男は、元々クオードという名前の王族だったらしい。姉が好きすぎるが王族として相応しい振る舞いクオードが、敵対するとは言え一国を再建できない程に叩きのめすだろうかと二人は首を傾げてた。
一国が滅ぶ事がどれだけの軋轢を生み出すか。クオードは自分の事のように理解できるはず。実際にガテリアの難民達が流れ込み治安が悪化している事も、反ウルベア地下帝国の組織が動いている事も、やりすぎだと帝国に反感を持った帝国民も、クオードにとって予想の範囲内。だから難民達をゴミ捨て場に押し込み、ダラス大鉱脈という天然の要塞に閉じ込め、反感を持つ家臣達を軒並み戦場に送って亡き者にした。ウルベア地下帝国の仮初めの平和は、クオードの手腕があって実現しているんだ。
そんな手間を考えれば、大魔神をちらつかせてガテリアを脅せば良い。珍しい国宝級の金属と、国そのものを天秤に掛けられれば、賢い王は国宝を差し出すだろう。だから、ガテリアにウルベア大魔神を嗾けた。
皇帝ジャ・クバの仇討ちという大義名分があっても、クオードは止めた筈だ。どうして?
「だが、このゼェードの破壊力を見よ!正義を実行し大陸の覇者となるのに、臆病者の宰相も引き篭もりの皇女も必要ない! 私がこの偉大なる力でもってして、真の王として君臨するのだ!」
はは!ははははははっ!カビダンゴが狂ったように高笑いした。
…クイック、賢いから分かった。
このカビダンゴ、勝手に大魔神の最大出力でガテリア撃ったんだ。
そして再び大魔神を使って、同じ事をしようと考えてる。動かし方も力の供給の仕方も、技術者だから分かってる。大魔神を手に入れさえすれば、王様になれるってのは言い過ぎじゃない。
そんなカビダンゴに立ち向かうように、リウ老師が立ち上がった。
「魔神兵の威を笠に着て、力に酔いしれるとは愚かな! 恥を知りなさい!」
全身を震わすリウ老師の声は、怒鳴り声でも大声でもない。怒りのあまりに掠れた声が、本気で腑が煮えくりかえっているんだって伝わってくる。
「私は、こんな事の為に魔神機を作ったのではない! ジャ・クバ様は、こんな事の為に魔神機を望まれたのではない!」
リウ老師がカビダンゴを正面から見据えて、きっぱりと言い放った。
「全てのドワーフの幸せの為! そこにウルベアもガテリアも、ドルワームもありません!」
カビダンゴが見開いた目でリウ老師を見返した。その目は狂気に濡れて妖しく滑り、片目を跳ね上げて左右の目が違う大きさに歪んで明らかに見下しているのが分かる。嫌らしく見開かれた目に触れそうなくらい釣り上がった口元が、唾液の雨を振らせながら喚き散らす。
「魔神機生みの天才とはいえ、所詮は古狸! 大魔神をも開発した、私の才能の前に平伏すが良い!」
カビダンゴが手を上げて天を仰ぎ、背後に立つゼェードに甲高い声で命じた。
「ゼェード! 『ウルベアの迅雷』を一点集中! 私の栄光を邪魔する奴らを焼き払え!」
戦斧を取り落としたゼェードの体が大きく前のめりになって、両手で床を付く。脚は完全な砲台となって床に食い込み、背に背負った巨大な砲身がクイック達に向けられる。砲身の下にあった孔雀のような飾りが立ち上がり、三つの光を嵌めた部品が一つに重ねられて砲身にセットされる。真っ黒い穴に蛍のような小さい光が吸い込まれて、巨大なエネルギーが収束する事で蛍光色の光が溢れるようになる。ちりちりと肌を撫でて爆ぜるエネルギーに、誰もが放たれれば死ぬ事を理解した。
『くいっく! させない! くいっく!』
砲身の前に身を躍らせたクイックに、リウ老師が言った。
「クイック! 逃げなさい! 君は何の関係もありません!」
がちゃんがちゃんと体のパーツが動いて、アイアンクックとは全く違う形に変形していく。それは羽の生えた筒みたいな形だ。眩い光を放つ太陽の石を包む端子が魔法陣を起動させ、溢れた力を筒に収束させていく。
クイックに実装された『魔道収束砲』。魔神兵形態の零捌号の肩を穿った一撃を放つクイック最強の攻撃手段だけれど、太陽の石の力を引き出して放つそれは別次元の威力になる。しかも、クイックの動力となってる太陽の石は『太陽の弾』の核に用いる為の特別製だ。
『我輩は泣きはせんぞ。自由たれと制限しなかったのは、他でもない我輩なのじゃから…』
クイックは抱きしめられて、砂が入り込んでじゃりじゃりした白髭に埋まる。
ガノ。ありがとう。記憶媒体に残ってるガノとの思い出を反芻する。
太陽の石を使った魔道収束砲の威力は、クイックのボディの耐久度を上回る事は教えられてたし分かってた。死んでほしくないなら、壊れない為、任務遂行の為、理由をつけて絶対生存を義務付ける事が出来た。
でも、ガノは撃つなって言わなかった。
ガノは分かってた。誰かを守る為に、クイックが力を使うって分かってた。
ガノはルアム君達の為に使うって思ってたかもしれないけど、クイックは今、リウ老師やぷるぷるのバブルスライム共を守る為に使うの。ゼェードの強力な攻撃を上回って、カビダンゴ諸共ゼェードを撃ち抜く。未来の平和とか、誰かの為とかじゃない。ガノが悲しんだって、ルアム君達が泣いたって構わない。
「『ウルベアの迅雷』! 撃てぇえっ!」
クイックが、そうしたい!
そう選べる事が、何よりも自由なこと!
『くいっく! 『太陽収斂砲』発射!』
ゼェードから放たれたエネルギーと、クイックの放った太陽の石のエネルギーが真っ向からぶつかり合う! ぶつかって拡散したエネルギーは暴風となって研究室をかき回し、ゼェードの斜め後ろに隠れていたカビダンゴは笑い声と共に風に掻っ攫われて吹っ飛ばされる。
クイックのボディには既に影響が出始めていた。太陽の石のエネルギーに耐えられず、姿勢を保つ部品が次々とエラーを吐き出してくる。姿勢制御が保てなくなれば『ウルベアの迅雷』を真っ向から受け止められなくなって、背後に庇った皆が死んでしまう。
くいーっ! どうにもならない!
ついにエラーが機能停止に書き換えられる瞬間、クイックの体が包み込まれた。
『クイック。がんばれ』
まだ生きていた零漆号が、手を伸ばしてクイックを支えている。その手は瞬く間に太陽の石の熱に溶解して崩れてしまうが、別の零漆号が乗り出して支え続ける。まだ、がんばれる。私達の代わりに。守って。代わる代わる零漆号達がクイックに手を差し伸べ、ついにクイックは溶解した魔神機達の上に乗る形で固定された。様々なセンサーが機能停止して真っ暗になっていく中、目の前に太陽の力を向ける事だけを考える。
くいっく! 絶対に負けない! くいーっ!
姿勢制御に要領を割く必要がなくなって、全力で『太陽収斂砲』に集中する。太陽の石のエネルギーを一点に収束する魔法陣を最大にし、砲身が吹っ飛んで太い束になった太陽の光にゼェードは呑まれていった。
がらがらと瓦礫を退けられる音が聞こえたけれど、視覚センサーは壊れていて何も見えない。辛うじて生きていた平衡感覚が体が掬い上げられた事を知らせたけれど、クイックの体がどんな状態になっているかは分からなかった。
「クイック。生きていますか?」
微かに聞こえるリウ老師の声に、クイックは残り少ない稼働時間を使える事を知った。ガノが太陽の石を使っても、クイックのメインシステムが破損しないよう頑丈なブラックボックスを作ってくれていたんだって分かった。
くいっく。 リウ老師、お願いあるの。くいっく。もう声にならなくて、願うだけ。
クイックはリウ老師のモノクルに接続して、院長君から預かったデータを再生した。リウ老師のモノクルはあんなに小型なのに、レンズに画像を投影して情報を再生したりできるんだ。それを利用して映し出したデータに、リウ老師は目を見開いた。
「これは、砲弾?」
くいっく。クイックは頷いた。
良いか。クイック。院長君は研究所を飛び回ってると いっつも怒るから、眉間にふかーい光の河が刻まれてるの。ごつごつした手が記憶媒体をつまみ上げて、クイックのお腹を開けてはめ込んでいく。
三千年前の旅に同行する過程で、この設計図を託してくるんだ。そう、院長君が真剣に言う。
「破壊の為の砲弾とは違い、瞬間ではなく一定時間のエネルギーの放出を目的としている。しかも高純度の太陽石による膨大なエネルギー…。太陽の石はクイックの動力に使われているもの?」
顎に手を当てて、ぶつぶつと呟いていたリウ老師が、はっと顔を上げた。
「まさか、この砲弾は対ウルベア大魔神用の砲弾? これを、私に作れ…と?」
大正解! クイックは声が出ないけど精一杯肯定した。
大きければ大きいほど、威力が高い兵器を積める。ウルベア大魔神は地下帝国の名を背負うに値する、古今東西空前絶後に最強の兵器であった事に間違いはなかろう。
しかし、問題はある。
ガノはウルベア大魔神を初めて見た時、神妙な顔で言った。
二足歩行で図体がデカいあれほどの巨体が、一国の最大火力で傾がぬなどあり得ぬ話じゃ。魔法使いを束ねて山一つ崩すイオグランデとて放てるであろうし、魔神兵に搭載した兵器の小型化を見るに大型で威力ある兵器は存在したはず。的がデカけりゃ当てるのは簡単。しかも、二足歩行なら押せば簡単に転ぶじゃろうて。
かっかっか! 腹を抱えて笑ったガノは、次の瞬間、すっと笑みを消した。
なぜ、それができなかったか。
ガノは砂でじゃりじゃりした白髭を撫で、片眉を跳ね上げて見せた。
恐らく、防御シールドのようなものを展開できたのではないかの。
威力の高い一撃が放てるという事は、それだけの高エネルギーを防御にも回せるという事じゃ。物理的な防御力は装甲の厚さから見て取れる。魔神兵の斬撃も大砲も、この装甲を破損させるに至らぬじゃろう。しかし、二足歩行ではバランスを崩しやすい。高エネルギーを運搬する為に小型化は出来ず、とんでもない重量を飛ばすなんて以ての外。地下に広がる国を殲滅する為、天から打つ程の射角を得る為にどんどん背ぇ高ノッポになってしまいおる。だからこそ外部からの攻撃を防ぎ、転倒を回避する方法が何よりも重要になるのじゃ。
防御シールドで蓄えた高エネルギーを可能な限り使わせてしまえば、ドルワーム王国を壊滅させる一撃を打てなくするほど消耗させてしまえるじゃろう。シールドも消失してしまえば、残された攻撃手段は踏み潰すとかかの? 地形の利を生かせば、如何様にも料理できよう。
そうして開発が始まった、対ウルベア大魔神兵器『太陽の弾』。
大魔神の可能性が浮上してから直ぐに設計図は出来上がり、核となる大魔神のエネルギーを相殺する高純度の太陽石も用意された。順調かと思われたのに、突然、壁にぶつかった。
『太陽の弾』の中間層と外層の開発が、できなかったんだ。
時間を掛ければ、そう、十年くらいあれば完成できる。そうガノは言ってた。でも終焉の繭が現れて脅威が現れるまで、グランゼドーラやグレンの前例を見れば一刻の猶予も無い。大魔神のエネルギーを消耗させ続けるように作るべき、強固さを作り出す事ができなかったんだ。
だからといって『太陽の弾』の設計図と核となる特別な太陽の石を過去に持ち込まれれば、三千年の間に様々な可能性が生まれてしまう。
大魔神のエネルギーに匹敵する太陽石は存在そのものが、戦争の火種。それを運用できる砲弾は、起死回生の一手と戦場に投入され夥しい被害を生むだろう。クァバルナを討伐するまで戦争を繰り返した歴史を考えれば、可能性を生まない方が良いに決まってる。
ビャン君のような善良な心が、どんな時代にも確かにあると信じるしかない。そう、王子君は決断した。
「なるほど。道理で貴方のような素晴らしい神カラクリを生み出した、ガノという技師を私が知らぬ訳です。全ての疑問が氷解しました」
リウ老師は感慨深く息を吐いた。そして、ゆっくりと息を吸って力強く断言したんだ。
「必ずや『太陽の弾』を完成させ、約束の時にお届けしましょう!」
おねがいね、リウ老師!
クイックは最後の力を振り絞って、くいっく! ってお返事した。