朽ちた塔に過去を夢見て - 後編 -

 ひぁあああああっ! 轟音の砂嵐をも跳ね飛ばす悲鳴が、がぼっと詰まる。致し方あるまい。スライムを彷彿とさせるプクリポの口を開けっぱなしでは、砂嵐も巻き上がる砂塵も入り放題じゃ。口の中があっという間に砂でいっぱいになり、ぷっぷと吐き出しても次の瞬間には砂を頭からかぶって砂山に小さい体が埋まってしまいおる。
 遂に砂を詰まらせて苦しそうにむせる背中を、防塵マスクにゴーグルにマントと完全防備のルアム少年が叩く。
「兄さん!口閉じなよ!」
 彼なりの大声で訴えているようじゃが、微細な砂も通さぬよう作ったマスク越しでぐぐもって聞こえてしまうの。プクリポのパンケーキのような手から爪を立て毛を掻くと、滝のように砂が流れ落ちる。
「何言ってんだ相棒! こんなオイシイ状況で、砂まみれにならねー選択肢ねーだろ!」
 プクリポ用に防塵マスクを開発せんといかんなぁとか思っておったが、芸人魂が疼かれては必要はないようじゃな。まるで垂直の崖に乗り上げたように船が傾く。
「大きな波を越えるぞえ! しっかり捕まっておれ!」
 そう声が響いたと同時に、船のエンジンが唸り砂煙が下から湧き上がる。推力にぐんと背中を掴まれ引かれると、船と自身を繋げた命綱がびぃんと音を立てて伸びた。砂嵐の向こうに雷光らしい光が弾け、目的地が黒く切り取られたのを見た次の瞬間、荒波を乗り越えた船が宙を舞う。流砂の上に着地する際に逆噴射を効かして、浮いた体が甲板に叩きつけられる。むぎゅ! ルアムの声が右へ左へ流れるのは、船が蛇行運転しておるからじゃろう。砂塵が擦れ合う静電気によって発生する紫電が、音を立てて爆ぜる。
 全てを瞬く間に砂漠に引き摺り込む砂嵐の中を、『栄光のガテリア号』が駆け抜ける。ちょっと難のあるネーミングではあるが、この砂嵐を突破できる船はこの機体のみじゃろう。
 一般的な性能のドルボードなら瞬く間に砂が詰まるか、静電気でショートを引き起こし機能停止する猛烈な砂塵を物ともせん。数千年に渡り何人たりとも踏破を許さなかった、流砂『生きた砂漠』。足を踏み込めば瞬く間に砂中に引き摺り込まれ、ゴブル砂漠に匹敵する広さは海と喩えられる。繭が生み出す暴風が全てを巻き上げるというのに、流砂を舐める超低空飛行で地面に齧り付きおる。性能の良さとは、威力が高いとか速度が凄いとか高く飛べるというものではない。ビャン君の『アストルティアの未来』号を操縦桿として設置し制御を統括しているが、それだけでもいけない。どんな悪条件でも本来の性能を発揮する、このドワチャッカのような盤石な調整を言うのじゃ。
 竜巻に放り込まれたような砂嵐の風向きが、明らかに変化する。鼓膜を破らんと響いた地鳴りの音も遠ざかると感じた頃には、船は凪いだ闇の中を滑っておった。
 我輩が鞄を開けると、重たい鉄の塊が甲板の上に落ちて騒音を撒き散らす。翼が飛び出し、頭が出て、ぱかりと唇が開く。目からハイビームライトが照射されると、砂塵がこびり付いた天井が照らし出された。『砂塵侵入度、いちぱーせんと以下。起動問題なし』そんな電子音の後、くいっく! と大きな声で一鳴き。
 くるりと顔が一周し羽ばたいたのは見た目こそアイアンクックじゃが、我輩の持てる技術の粋を結集した神カラクリじゃ。
『ようこそ! ウルベア地下帝国技術庁開発中枢区へ、ようこそ!』
 我輩が探索用のランタンに火を入れ、暖かな光が周囲を照らす。ハイビームライトの閃光では真っ白く掻き消えていた細部が、赤と黒で色分けされてじわりと浮かび上がった。壁も床も吹き付けた砂塵が固まって岩のように締まっており、かつての文明の叡智の最先端の名残は見えぬ。この場で研究された何もかもは風と塵に瓦礫と化して砂に埋もれており、ダストンなら大喜びで駆け回ること間違いなしであろう。
 彼奴であれば、足が沈む前に前脚を出して流砂の海も超えてきそうじゃわい。くくっと笑いを口髭の中に漏らしながら、船から降りる仲間の足元を照らす。
 船から降りたルアム君は、防塵マスクを外してぷはっと息を吸い込んだ。
「ここが、繭の真下ですか?」
 うむ。我輩が頷く。
 グレン上空より消えた繭は、消えて間もなく生きた砂漠の上空に出現しおった。繭の出現と共に吹き荒れた砂嵐は、カルサドラ火山を超えてガタラにも影響を及ぼしておる。長引けば日光は遮られ続け、雨は降らず、大陸全土が砂に埋もれてしまうじゃろう。
 そして、この上空に繭が出現する事は確定であった。
「ここはウルベア地下帝国が最先端の研究をしておった、技術庁開発中枢区と呼ばれておった場所じゃ」
 現在の岳都ガタラ地下に広大な地下帝国を築き上げたウルベア地下帝国は、三千年前に最高の栄華を極めたと言われておる。それは偏に天才技師リウの存在である。魔神機の生みの親と言われ、ドワチャッカに溢れる魔神兵の基礎を作り上げ、ウルベアの技師達がこれを発展せしめた。その発展の最前線が、この技術庁開発中枢区である。
「ガノ。それは違うぞ! リウ老師の志を悪用した、悪鬼グルヤンラシュの牙城ぞえ!」
 説明している横から、操縦席から飛び降りた若者が叫ぶ。
 日に焼けて色の濃くなった肌に、世界中の遺跡を巡った体力がついて溌剌さに磨きが掛かっておるわい。腰には工具が仕舞われた鞄が括り付けられ、背にはガテリア式の要素が盛り込まれた斧が背負われておる。砂避けの重みのあるフードを外し、ゴーグルを外せば聡明な瞳は怒りに燃えておった。普段は温厚なビャン君に、ルアム君が目を丸くしおった。
 我輩は明かりを掲げて、奥へ続く闇へ踏み出した。
「順を追って話すとしよう」
 ドワーフの歴史は、朝日と共に進軍した三人の兄弟達の物語より始まる。兄弟達は力を合わせ、魔物が蹂躙するドワチャッカ大陸を横断し日が沈む海に到達した。三闘神と呼ばれドワーフ族の英雄となった三人が、それぞれに慕う同胞を引き連れ王国を興す事は自然な流れであろう。三闘神達の偉業を讃えカルサドラ火山に巨大な石像が造られ、英雄の子孫達が協力し末長く平和な時代が幕を開ける筈であった。
 目の前には上と下を貫く巨大な縦穴があり、乾燥した冷えた空気が顔を舐め上げる。所々補修したメンテナンス用の梯子を伝って、下まで降りる。
「しかし英雄達が存命の内に最初の戦争が始り、クァバルナという共通の脅威が現れるまで続いた。その中で最悪と口を揃えるのが、ガテリア皇国が滅亡した戦争じゃ」
「ガテリア皇国って、ビャンのにーちゃんの故郷?」
 うむ。ビャン君は小さく頷いて、潤んだ瞳を愛おしげに見遣って頭を撫でた。三千年の時を超えた、ガテリア皇国の王子ビャン・ダオは我輩の説明を引き継いで語り出す。
 天才技師リウ老師の登場によって、戦争はドワーフ対ドワーフではなく、魔神兵同士の代理戦争となっていた。文明の発展は加速し、『世の太平以外全てのものを作り得る』ドワーフの黄金時代を迎えていたであろう。上空には反重力飛行装置が飛び交い、都には自動遊覧回廊が張り巡らされ、両足で歩かずとも良い生活を送っていた。
「あの見事な光景を現代に蘇らせたいと思ったこともあったが、今の余にはもう、発展に酔いしれ大切なものを見誤った愚かな光景にしか見えぬ」
 ガテリア皇国とウルベア地下帝国の戦争は、日に日に苛烈さを増す一方であった。魔神兵の開発は熱を帯び、一つ月が満ち欠ける間に更に高性能で破壊力の高い機体が投入される。最初のうちは大切な者を守る為に技術の向上に努めたのであろう。しかし、それが生み出された結果を見れば、民は他者を慈しむ心を失っていたと言わざるを得ぬ。
「ウルベア地下帝国は、遂に最悪の脅威を生み出してしまいおった」
 ビャン君は目を眇め、闇が途切れ薄明かりが差し込む空間へ踏み込んだ。
 そこはドルワームの王宮がすっぽりと入ってしまいそうな、巨大な吹き抜けじゃった。壁に設置された階段が坂のように上へ伸びており、上の階には橋が架けられていたようじゃが途中で朽ちて崩れてしまっておる。砂嵐に霞んだ視界が晴れると、そこには巨大な建造物が現れる。
 その大きさは大いなる闇の根源の力を借りて、化け物になった冥王ネルゲルと同等かそれ以上。足元から見上げて頭が見えず、砂が吹き付けて固まった巨体な土塊であったが、辛うじて人の形を保っていた。
 でっか。小柄なプクリポは、完全に反り返ってしまっておる。
「ウルベア大魔神ぞえ」
 その由来は七つ目の神話にある大地の精霊像と同じく、ウルベア地下帝国の守護者、栄光の証、象徴的な意味合いで築かれたものじゃったろう。しかし今や、世界最大の帝国となった名を冠した大虐殺の代名詞以外の意味はない。
 その忌まわしき名を、ビャン君は唾棄するように告げた。
「その一撃は一瞬にしてガテリア皇国を地図上から消し去り、ドワチャッカ大陸の三分の一に相当する民が言葉の通り蒸発した。その破壊力は、過去に存在した全ての兵器を軽く凌駕するじゃろう」
 我輩はその威力を後世に残す、ありとあらゆる文献を思い起こす。
 ある文献は夜空を焼き払って真昼に変え夕焼けがひと月続いたと綴り、ある伝承では灼熱の大地から溢れたガテリアの民の怨念が生者を殺すと語る。片や大魔神の威力を、片や現存するボロヌス溶岩流が大魔神の攻撃によって生まれたならば、影響は三千年経った今も存在し続けている。全てに共通するのは、途轍もない破壊がもたらされたという恐怖。
 卓上の研究者共はそこまで深刻に捉えてはおらぬが、実際に最果ての地下遺跡に赴いた我輩とブロッゲン、そして亡国の皇子となったビャン・ダオはその脅威が蘇るのを危惧しておる。最果ての地下遺跡の最深部の玉座すら溶解し、まるで生き物の腑のように変わり果てた地。全ての魔神兵と堅牢な防壁を溶解させ、生き物を瞬く間に蒸発させた殺戮兵器じゃ。
 ごくりと、生唾を飲み込んだ音が聞こえおった。
「動くのですか?」
 おずおずと聞いたルアム君に、ビャン君は『動かぬ』と緩く首を振って大魔神の傍に造られた元階段を登り出した。
「ウルベア地下帝国の魔神兵が強力になった原因は、ドルセリウムとは違う資源に転換した為らしいのだ。その資源が何なのかは不明じゃが、この巨体を動かし故郷を焼き払った膨大なものを用意する事は、もう不可能じゃろう」
 ガテリア皇国の滅亡を契機に、ウルベア地下帝国は魔神兵の研究を廃めたのじゃろう。現在でも魔神兵を含む神カラクリの技術は、天才技師リウの遺した『ガテリア式技術大系』より更新されておらぬ。魔神兵の駆動に用いられたエネルギーに関しては、機密事項であったのか闇の中。いくつもの魔神兵を分解してみた我輩も、鉱物を錬成したドルセリウムを使っていた時期と、そうでない時期に別れているくらいしか分かっておらぬ。
 ガテリア帝国を一瞬にして蒸発させた一撃。
 それ程のエネルギーは、一体、どこからきたのであろう?
 坂道を延々と登り続け、だらりと下ろした手の部分を超え二の腕くらいの場所に到達して風景が変わる。踊り場から大魔神の胸の部分に行けるよう、足場が渡されておるのじゃ。好奇心に駆け出す赤い尻尾を追いかけ、大魔神の顔を真下から眺める場所で追いつく。
 大魔神の胸に当たる部分が、幌馬車を二台並べて入れられる大穴がぼっかりと開いておった。溜まった砂をさらりと風が掬い上げて攫われているのを横目に、我輩が覗き込む赤い頭を撫でる。
「動力循環の効率から、ここに大魔神の動力…つまり心臓部があったと思われる」
「なーんもないな」
 うむ。我輩も頷いて、ルアム達に向き直った。
「大魔神の心臓は何らかの形で消失してしまった。普通なら大魔神は二度と動かず朽ちていきましたでお終いじゃが、今回はそうはならん」
 ルアム君が少し考えて、我輩に視線をぶつけた。
「…消失する前の心臓を、黒衣の剣士に調達される可能性があるんですね?」
 少年が導いた正解に、我輩もビャン君も頷いた。
 実際に大魔神が駆動するかどうかを、短時間の調査で調べる事は難しい。また、この生きた砂漠という大流砂帯を超えて、巨大な建造物を破壊する装備を持ち込む事はできぬ。
 しかし、膨大なエネルギーを蓄えた物質は、それだけで高い価値を持っておる。黒衣の剣士が大魔神の心臓を狙っている可能性は、動かぬ本体以上にあるじゃろう。
「ルアムよ。お主達には三千年前のウルベア地下帝国へ向かい、大魔神の心臓の奪取を妨害するか、破壊してきて欲しいのだ」
 これが出来るのは、時を渡れるルアム君たちだけじゃ。
 また、この時代に大魔神の心臓がない理由が、ルアム君達が過去に赴き破壊したという可能性もある。しかし、それを確定させるには実際に行動を起こさねばならぬじゃろう。
 ルアム君の鞄の中から銀色の輝きが飛び出すと、まるで手品のようにぽひゅんという効果音と、妖精の粉を散らしたように蛍光色の光が舞う。ビャン君が面食らったように、目をまん丸くしおったわい。
 ルアム君から聞いていた時の妖精という小さい生き物が、箱の上に立って大魔神を見つめる。鳥の嘴のような口元を青い手がなぞり、睨むように見つめる事しばし、頭の上から茎のように伸びた突起がぴょこんと動いた。
『この巨人を媒介にすれば三千年前に行けるキュ。時間誤差は約五十年。出現場所に砂漠、溶岩、多重層を除外、媒介より最寄りの地表を第一候補に選出、出現座標誤差は未知数キュ』
 重畳、重畳。第一関門はクリアというところじゃな。
 我輩は口笛を吹くと、突き出した左腕にクイックが留まる。
「クイックを連れてゆくが良い。ビャン君に手伝ってもらって、当時の情報を可能な限り入れておる。さらに魔神兵をハッキングする機能や、高出力の攻撃も可能じゃ」
 我輩の腕の上で毛繕いするクイックは、翼を広げてくいっく! と鳴いた。
『くいっく! お役に立ちます!』
 王族を拐かす竜族を追跡する為に探知機能を積んでおったクイックじゃが、この子の力量はそれだけではない。我輩とラミザ王子で作り出した最高純度の太陽石を動力に搭載し、アイアンクックの見た目じゃが使われている素材はキラーマシンから拝借した外装を鋳直し錬成したものじゃ。さらに内部パーツも機械系の魔物の物を研究した結果、魔神兵には実現できない敏捷さと耐久性を実現しおった。さらに太陽石の動力系統を攻撃に振り分ける事ができ、当時の魔神兵を伊一瞬で鉄屑にする砲撃を放つ。
 知能面では魔神兵の基礎と言える命令の履行は勿論、命令の内容を考えて最適な行動を選択する。曖昧な命令であればあるほど、ルアム達と逸れ単独で行動したとしても、クイック自身が考えて行動できる思考プログラムの複雑さは我輩の研究の集大成と言える。
 それで素直で可愛いまで備えとるんじゃから、完璧と言わざる得まい!
『生物以外は道具扱いとして、時渡り可能キュ』
 やはり経年劣化の影響が少ない道具類は、生き物が昏睡するような危惧が発生しにくい推測は正解だったようじゃな。我輩がルアム君の左腕に、肩までの長さがある分厚いグローブを嵌めてやる。ちょっとした盾くらいの防御力があるぞいと茶化せば、腕が折れちゃいますよと笑う。
 半眼でクイックを品定めしていた妖精に、ルアムが呆れた顔を向ける。
「オイラも生物なんですけど」
 時の妖精はやれやれと頭振る。
『赤い毛玉は道具扱いキュ』
 なんだとー! キュキュー! 赤い毛皮を炎のように逆立てて、ルアムが時の妖精に掴みかかる! しかし、小ささと機動力からするりするりと腕の隙間から逃げ出し、いつの間にか懐に忍ばせてあったチョコレートまでくすねおった!
「あぁー! オイラのチョコレート!」
 弧を描いて宙を舞ったチョコレートは、黄色の嘴にパクリ。美味しそうに咀嚼されるのを目の前に、ぺたりと倒れる猫耳の哀れなこと。相手が一枚上手であったようじゃな。
 そんな一部始終を横目に、ビャン君がルアム君の銀の小箱を手に取って眺めておる。
 うーむ。これは…。もしや…。そんな事を漏らすビャン君は、緩く首を振って小箱をルアム君に返却する。小箱を持った手の上から、ドワーフ族特有の大きな手が包み込む。
「グルヤンラシュは人の皮を被った悪魔ぞ。決して心を許してはならぬ」
 不思議な事じゃが、ビャン君はウルベア地下帝国の統治者ではなく、グルヤンラシュという存在を甚く憎んでおった。普通ならば、グルヤンラシュとやらが宰相のような国王と同等の権力を持つ地位を確立していても、国王が意を唱えれば実行することはできぬ。ビャン君はグルヤンラシュは甘言で王の信頼を得て、ウルベア地下帝国を掌握していると確信していた。
 ビャン君の瞳が憎悪に燃えているのを、ルアム君は決して茶化したりはしなかった。二人は故郷を奪われた似た者同士。少年の相棒や我輩にすら理解できない部分を共有しておる。ネルゲルに対する怯えと憎しみを重ねているのか、少年の顔には微かな悲しみすら浮かんでいた。
「ガテリア皇国の生き残りに出会ったら、何か伝えますか?」
 首を振り、きっぱりと『必要あるまい』と告げる。
「ガテリア皇国の皇子ビャン・ダオが生きている事を、余の民は皆知っておる」
 間違いない事実であろう。
 ビャン君を逃したのは天才技師リウ。技術者であるからこそ、ビャン君を保護する魔神機が起動する限り生存していると確信しておる。それを身をもって知っているのはビャン君であり、それを直に目の当たりにしたのは我輩である。
「余は大魔神に引導を渡し、故郷の仇を討つ。遥かなる過去を生きる民の希望に応え、勤めを粛々と果たすまでよ」
 その決意は青年の面差しに王の風格を齎す。
 あぁ。我輩は息を吐いた。
 この青年が三千年前のガテリア皇国の王となっていたならば、今のドワチャッカ大陸は全く違った様相となっていたじゃろう。ボロヌス溶岩流には溶岩の生み出す無限のエネルギーで栄えるガテリア皇国が君臨し、ドルワーム王国はガタラのような都市に納まっていたかも知れぬ。この子の優しさは各国の戦争を終結させ、天魔クァバルナは恐るるに足らぬ魔物に成り下がったろう。そうならなかった惜しさが、王の資質ある若者に出会った優越感が、今に至る犠牲に抱く罪悪感が、綯い交ぜになって胸に迫る。
「ルアム。無事に帰ってきてたもれ。余はそれ以上を望まぬ」
 互いに強く手を握りあい、どちらともなく手を離す。交わされる言葉はなく、ふっと浮かべた笑みが全てを語っていた。
 ルアム君は名残惜しそうに一礼し、身を翻した。
「ほら、遊んでないで行こう!」
 互いの口と嘴に指を突っ込んで揉み合っている二人をつまみ上げると、ぱっと淡い輝きと共に掻き消える。残滓が砂塵に拭われると、我輩はビャン君の肩に手を置いた。
「さぁ、我輩達も砂防ダムに戻るとしよう。大魔神に対抗する為の準備が残っておるからな」
 頷きはすれど、立ち尽くすビャン君を不憫に思う。この若者の胸の中には、少年の渡った過去は滅ぼされる前の故郷があるかもしれない、奪われる前の笑顔があるかもしれない、グルヤンラシュが力をつける前であるなら未来を変えられるのかもしれないと、仮定が渦を巻いて苛んでいるのじゃろう。忘れられず、焦がれ、想ってしまう。
 それでも前を向ける。なんと強き事か。
 もう、決して戻らぬ友の笑顔が過ぎった。