Vagetable Valley

 プププランドの住民達は眠る事が大好きです。
 プププランドが呆れる程平和だから、眠くなっちゃうですって? いいえ、いいえ、違います。
 ほらほら、プププランドの美しさをご覧なさい。空の青さも雲の白さも、遠くに見える虹色だって素晴らしい。地面からにょきにょき生える緑の瑞々しさ、葉っぱの先に空を閉じ込めた雫が乗っていますよ。人々はにこにこ。太陽の光も月の輝きも、照らし出すのは幸せばかりです。
 貴方は眠くなりましたか? ならない? そうでしょう、そうでしょう。
 こんなに楽しい事で満ちあふれた日常を、睡眠で削っちゃうのは勿体ない! しかし、人々は眠ります。木陰で昼寝をしている人、草花が風と戯れる日向で大の字の人、泉に釣り糸を垂れて船を漕ぐ人。みんな、幸せそうではありませんか。
 プププランドで見る夢は、とても素敵な夢なんですよ。
 中でもとっても気持ち良さそうに眠っていたピンク玉が、ぱちりと目を開きました。そしてお餅を伸ばしたように、柔らかーく大きく伸びます。そしてふあぁと甘い香りのする欠伸。ごしごし目もとを擦ったら、ぽよっと空を見上げました。
「ゆめ ない」
 あれぇ? カービィが身体をくりっと傾げます。
 プププランドで夢を見ない日はありません。夜にも昼寝も転寝も、素敵な夢が必ず訪れてくれるのです。どんな夢かは口の中に放り込んだ綿菓子のようにあっという間に消えてしまいますが、幸せな甘さは口の中に残っているもの。プププランドの住人達は、幸せそうに目を覚ますのです。
 でもでも、最近変なのです。
 みーんな、夢を見ないんです。夜に目を閉じて眠ったら、あっという間に朝なのです。
 呆れる程平和なプププランドでは、そんな不思議は『残念』で片付けられてしまいます。だって、目の前には輝く世界があるんですもの。楽しい夢が見れないのは残念だけども、現実は彼等を幸せにしてくれる希望に満ちあふれているんです。
 カービィはひらひら頭の上に留った、ちょうちょを見ながら言いました。
「ゆめ もう かえって こないのかなぁ?」
 カービィが問うと、ちょうちょは風に乗って飛び上がります。ひらひらきらきら。ちょうちょが二度と自分の頭の上に留らない事を、カービィは知っていました。
 カービィは青い瞳を尖らせて、口を勇ましく閉じました。ぽよんと跳ねるように立ち上がると、てぽてぽ歩き始めました。残念とがっかりしたような顔で朝を迎えるなんて、カービィは真っ平ご免です。こんな素敵なプププランドなのだから、良い事や素敵な事が減らないでいて欲しいのです。
 ベジタブルバレーは、今日も鮮やか緑色。緑の蔓で枝に登った黄色い花は、吹き渡る風を吸い込んで次の日にはつやつやとげとげのキュウリになってしまいます。紫の可憐な乙女の影には、まだまだ摘んでは駄目なんだと棘を構えて茄子が潜む。石と思って侮ってはいけません。重たい大きなかぼちゃに、足をひっかけ転がりましょう。人参ナイフに、大根ソード。ちゃんばらごっこのワドルディ達は、ちゃんと籠に武器を片付けて美味しく食べてくれるでしょう。
 カービィも真っ赤なトマトが実った一角を矯めつ眇めつ。マキシムトマト ないかなぁ。おっと、涎が地面に垂れて芽吹いた双葉が不満げです。
 そんなピンクのまあるい頭に、こつんと1つ林檎が落ちました。
 りんご! カービィが手に取ると、葉っぱと枝が付いています。ガサガサと重たい誰かが木の上を駆ける音が聞こえたので、きっと林檎を取ろうとして折ってしまったのでしょう。
 カービィが見上げると、そこにはお肌つやつやのウィスピーウッズが見下ろしています。
 はぁい!とピンクの小さい手が上がります。
「やぁ、食いしん坊さん。今日も元気だね」
 ウィスピーウッズが笑うと、林檎が鈴のように揺れました。ウィスピーウッズはプププランドの木の主。木がある所なら何処へでも現れる事ができるのです。今日は若い林檎の木に宿ってみたので、なんだか口調も若々しいです。
「ウィスピーウッズ ゆめ みる?」
「あぁ、最近滅きり見なくなったね。君は夢が何故見れなくなったかを、知りたいのかね?」
 こくこく頷くカービィに、ウィスピーウッズは語り始めました。ベジタブルバレーの全ての植物が耳を傾けるような、深い柔らかい声色です。
 七色の橋を渡り、星屑を宿す雲海を越えると、そこには美しい宇宙を写す水面が広がっている。
 沸き出した透明な水を覗き込むと、水晶の砂が敷かれているのだよ。
 水面から霧が立ち上ると、霧は様々なものに変化する。鳥に蝶に風船に、猫に矢に星に…。それらは曙が空を染める方角へ飛び立って行く。何百何万と飛び立つ白く輝く霧は、流れ星にも蒲公英の綿毛にも見える事だろう。競い会うように七色のカーテンを潜り抜け、それらは次々と旅立つ。
 それらの1つが君の元にやってくる。
 眠る誰かの額に触れて弾けると、一握りの霧は一滴の水滴となって舞い降りる。
 そうして夢が訪れるんだ。
 夢を生み出す、夢の泉。大地に刺さった星の杖から、滾々と湧き出る神秘の泉。
 何処にあるかは誰も知らない。
 虹の橋だけが泉の場所を知っている。
 ウィスピーウッズの語る余韻が、包み込んだ腕を離すように遠ざかって行きます。ぴよぴよ鳥のさえずりで、カービィは我に返ります。
「ゆめ の いずみ」
「プププランドの全ての夢が湧き出る所さ」
「いきたい」
 カービィの願いに、ウィスピーウッズは朗らかに笑いました。
「夢が見れないのは、夢の泉が枯れていると思っているのだな。なるほど、一理ある。しかし、私は行く方法も何処にあるかも知らない。どうやら、夢の泉には木が生えていないみたいだからね」
 そしてウィスピーウッズは、空を見上げたようでした。鼻先に止まっていた小鳥が、翼を広げて青空に飛び立ちます。
「太陽や月、そして雲に聞いて見ると良い。私よりも知っているだろう」
「ありがとう」
 ぺこぺこ。カービィが頭を下げて、そしてきょとんと永い年月を生きただろう主を見上げました。
「ウィスピーウッズ ゆめ みる?」
 木の主は昔を懐かしむように、表情を崩しました。
「種達は芽吹く夢を見ているね。しかし、夢を見て微睡んでいては、芽吹く事は出来ない。私は夢を見る事は少ないが、夢の中を生きているようではあるよ。芽吹いた後の世界を生きているのだからね」
 ウィスピーウッズの枝が風に揺れました。林檎の香りを纏った風が、ベジタブルバレーに吹き渡ります。
「ご覧。今日も沢山の種が芽吹き、植物達は花を咲かせている。素敵な事だよ」
 優しい声色が染み込むようで、カービィはうっとりしました。ぼーっとしていて、手に持っていた林檎を落としそうになります。
 ぽよよ。だいじな りんご。
 カービィは慌てて持ち直して、驚きました。
 ウィスピーウッズの林檎は、林檎じゃなくなっていました。透明な水晶の枝には、ぷっくり林檎の香りが漂う星が実っています。
 ぽえー。カービィが覗き込むと、一気に森の香りが包み込んで行きます。周囲に沢山の植物が芽吹くのを感じるのです。柔らかい土を押しのけ、青空に向かって背伸びする植物達の希望に満ちた想い。花が咲き、昆虫達が綺麗だね蜜ごちそうさまと褒めるくすぐったさ。実が実り、種が出来た時の愛おしさ。そしてとても眠くなる。
 ウィスピーウッズの声が聞こえます。
 おやすみなさい。 また明日…。
 カービィがハッと意識を戻すと、星を実らせた枝はそこにはありませんでした。真っ赤な林檎がまぁるくカービィを見上げています。
 カービィは小さい手をぐーぱー、くりくりと周囲を見渡して星を探します。残念、見当たりません。そんなカービィの仕草に、ウィスピーウッズは笑います。
「欲張りさん。でも、遠くに出掛けるのだから、お弁当用にもう一つあげよう」
 ピンクの頭に赤い林檎がこつん。
 両手に1つずつ林檎を持った食いしん坊は、ありがとうとお礼を言って歩き出しました。
 植物達の夢の世界は、のびのびと今を生きています。