Icecream Island

 ペイントローラーはプププランドでも有名な悪戯っ子。
 クレヨン片手に大地を飛ぶように走り回ります。ペイントローラーはとても絵が上手。空に雨雲の絵を描けば雨が降り、大地に双葉を描けばにょきにょき伸びて茄子が実る。お花を描けば蝶が留り、ボールを描いて子供達の中に投げ込めばドッチボールが始まる程です。ワドルディを描くと普通に歩いて何処かへ行くものですから、ペイントローラーがワドルディを作ってるって噂もあった程でした。
 不思議なクレヨンは ほんとに不思議。
 どんなに沢山描いたって短くなる事がありません。壁にも木にも何も無い空間にも、勿論紙にも何にでも描く事が出来ました。色はペイントローラーが被っている帽子の中に手を突っ込むと、望んだ色が手に転がり込んできたのです。
 それを不思議に思う住民は、ペイントローラーを含めて誰もいません。
 今日のアイスクリームアイランドは、美味しそうなソフトクリーム型の入道雲でいっぱいです。ペイントローラーは虹の橋を描いて、上へ上へと雲を描いて大きくして行きます。
 しかし、ペイントローラーは不思議な事に気が付きました。
 描いても描いても、何故か雲が大きくなりません。そろそろクラッコに盛り過ぎだと注意される頃合いなのに、未だに空の天辺は遠いのです。水平線を見下ろす角度、白い砂浜を横切る蟹の赤さも、地面に近いから見える世界そのものです。
 思い返せば、虹の橋を未だに書き足していません。
「なぁんで なんだろうなぁー」
 ペイントローラーは黄色く丸い身体を傾げます。
 ざざーん、ざざーんと波が寄せては返す音が響きます。時々海鳥の鳴き声が甲高く、波音を切り裂きます。強い日差しを遮る帽子の影から目を凝らしていたペイントローラーの目の前で、雲が空を流れるのと同じように気のせいかと思う程にゆっくりと動いています。
 ぼこん。
 音を立てて雲が動きました。
「うわぁ!」
 ペイントローラーじゃなくたって、驚きますよ。いきなり雲がぼこんって音をだすなんて、有り得ないじゃないですか。
「なくなるよ! もっと たくさん! たくさん!」
 下から甲高く舌っ足らずな声が響いてきます。急かすような声は、ペイントローラーを貫いて帽子の中がぐわんぐわんとしています。何だろうと見下ろすと、虹の橋の途中にまぁるいピンク玉。口をもぐもぐ動かして、にこにこしています。
「くも おいしい あいすくりーむ あじ」
 ピンク玉が口を大きく開くと、身体と同じくらい大きな口が開きます。大きな口で雲に齧り付き、ぼこんと雲が傾きました。どうやら、このピンク玉が雲を食べているから、ペイントローラーがいくら描いても雲が大きくならない訳です。
 ペイントローラーは帽子を持ち上げ、挨拶します。初対面には礼儀正しく。悪戯っ子でもそこはしっかり者です。
「こんにちわ、オイラはペイントローラー」
「ぽよよ ぼく カービィ」
 慌てて口の周りの白を拭い、もぐもぐごっくん カービィは言いました。
「くも おいしい むちゅう たべちゃう もぐもぐ」
 今も食べてます。
 ペイントローラーは自分の絵を食べる奴は見た事がありません。あまりに美味しそうに食べるので1つ千切って舐めてみると、確かにソフトクリームの甘く冷たい感じです。口の中でほろほろ広がるミルクに、潮風の風味がプラスされています。自分の絵にこんな力があったとは。落書き歴が長いペイントローラーも驚きです。
 そんなペイントローラーに、カービィが問いかけました。
「ねぇねぇ にじのはし ゆめの いずみ いく?」
 ペイントローラーが首を傾げると、カービィがぽよぽよ言いました。
「ウィスピーウッズ いった ゆめの いずみ にじのはし いける」
 ポップスターの住人でウィスピーウッズを知らぬ者はいません。落とし物も、迷子も、人生相談も、過去に起こった出来事も、何でも知っています。ウィスピーウッズが言ったのなら、それを疑う人は誰もいません。
 ペイントローラーは夢の泉を知りませんが、自分の描いた虹の橋の事を言っているのはわかりました。
「オイラの虹の橋の絵は、夢の泉には行かないぜ」
「ぽよー いかない ざんねん」
 カービィはさも残念そうに言いました。寂しそうに身体がぺたんこ。ペイントローラーが赤いクレヨンでサクランボを書くと、ピンク玉にぽーんと投げます。ピンク玉は直ぐ膨らんで、赤いサクランボをぱくり。
 おいしい! すっかり機嫌を直したカービィに、ペイントローラーは笑いました。
「折角だから、行ける所まで虹を描いてやろうか?」
 ペイントローラーは瞬く間にモップみたいな刷毛を取り出すと、何処から出てきたのか七色にきらきら輝く絵の具が入った桶をカービィに渡します。ぽよりと受け取ると、頭の上で刷毛にたっぷり絵の具を染み込ませます。ペイントローラーは悪戯っぽく笑うと、カービィの前で刷毛を構えました。
「見てろよー! それー!」
「ぽよー!」
 ペイントローラーが刷毛で描くと、虹の橋がどんどん延びます。
 靴に小さい車輪が仕込まれているので、ペイントローラーは空を滑るように走りどんどん虹の橋を延ばして行くのです。桶を持って後を追いかけるカービィは、全速力です。雲の間を擦り抜けて、渡り鳥達と並んで、虹の道はどこまでもどこまでも伸びて行きます。地面は遥か下。星も地上から伸びてきた虹に興味津々で、きらきらと輝いています。
 カービィは感心しきり! なんて素敵な能力なんだろう!
「すごい! ペイントローラー すごい!」
 褒められてお調子者のペイントローラーは、自慢げです。世界で一番凄い奴だって、今だけは自惚れちゃいます。
 カービィは桶がふと軽くなった気がしました。零しちゃったかな?
 降ろして見ると吃驚。桶の中には広い広い海と沢山の魚達が泳いでいます。でも、瞬きすれば満天の星空も、御馳走いっぱいのテーブルも、次から次に絵の具の中に描かれるのです。そしてついに不思議な不思議なオーロラと星屑の泉が見えます。
 夢の泉!
 カービィが吃驚してもっと覗き込もうとしたら、桶の中身は空っぽになっていました。いいえ、七色のクレヨンが桶の隅にころり。
 すると虹の橋の上の二人の横を、巨大な何かが大きな音を立てて追い抜こうとしています。
 ぽよ。
 カービィは吃驚して巨大な何かを見上げました。
 雲を引き裂いて現れたのは、巨大な宇宙戦艦。紺色の鋼鉄の船体に、規則正しく並んだ星のように明かりの漏れた窓が連なっています。船首や船尾や巨大な大砲は真っ白く、流星の尾のようなエンジンの光に照らし出されています。
「ハルバードだ」
 ペイントローラーも足を止めて、追い抜いて行った戦艦を見送ります。
「はるばーど?」
「デデデ大王の友達、メタナイトっていう騎士の戦艦だよ」
 星がいっぱいの宇宙に、メタナイトと名乗る騎士がおります。星の光も届かぬ深淵の宇宙の色の鎧とマントを纏い、金の流れ星の剣を振るうのです。小さい身成を侮ってはなりません。マントを瞬く間に翼に変えて飛び立てば、旋風を率いて迫り一瞬にして切り刻んでしまうのです。
 旅人も名前だけは知っています。食べ物ばかりしか興味の無い旅人でも知っているのだから、メタナイトの名声はとても凄いのです。
「メタナイト しってる」
 空の彼方へ飛んで行き、星のように小さくなった船。カービィは一瞬だけ大きな窓から見下ろす、丸い影と金色の瞳と目が合ったのです。きっと、彼がメタナイト。カービィは間違いないと確信していました。
 ペイントローラーは虹色のクレヨンを摘まみ上げて、頭上に光る太陽に丸を描きました。
 想像を飛び出して描かれた絵は、虹色の暈になって輝きました。