Butter Bullding

 悪夢に苦しむ声の上を、太陽は行く。
 悪夢にもがく姿を、月は見て過ぎる。
 目が覚めればスッキリなんだろうけれど、太陽も月もいい気分ではありません。
 皆が昼寝が出来ないようにギンギンに太陽が燃えれば、夜は眠りが浅くなるように月が煌煌と光ります。プププランドの皆さんは、寝不足の原因が太陽と月のせいだと言います。いいえ、違いますよ。寝不足は悪夢のせい。皆さんが覚えていないだけなのです。
 バタービルディングは太陽の熱でとろとろ。月がひんやり冷やしていなければ、完全に溶けてバターレイクが出来ていたでしょう。
 旅人はえっちらおっちら、ばしゃばしゃバターを跳ね上げて上へ上へ目指します。濃厚なバターの香り、舐めたら塩っぱい濃厚バター。暫くバターは要らないや。せめてメープルシロップを持ってくれば良かったと、食いしん坊は後悔中。
 でも、呑気に後悔してる場合じゃありません。
 太陽に熱されたバターは、まるで油。旅人は可愛い赤いあんよがアチアチです。
「あつい」
 旅人が恨みがましく太陽を見上げると、太陽はけらけら笑います。
「暑ければ地上に降りろよ、ピンクで丸い旅人よ。ウィスピーウッズの木陰で休んで、クラッコにシャワーを浴びさせてくれと頼めば良い」
 Mr.ブライトの笑い声は燃える日差しになって旅人に突き刺さります。あちちあち。
 旅人はあわててバタービルディングの影に隠れます。影からピンク玉が空色の瞳を尖らせ言いました。
「だめ かえらない」
「帰れ帰れ。文句を言うなら明日来い」
 しっ!しっ!
 Mr.ブライトは太陽のコロナで光り、プロミネンスで縫い止めた手袋で追い払うように手を振りました。うんざりしたのか日差しは弱まり、溶けたバターが白く固まって行きます。
「ゆめ ない こまる ゆめのいずみ いきたい」
「夢がない? 夢を見ていないというのかい!? これは傑作だ!」
 太陽が腹を抱えて大笑い。笑い声は絶えられない熱波になって、旅人に向かいます!
 ぽよよ! 大変! 日差しが弱まって日向に出て来てしまった旅人は、あわあわぽよよ! このままじゃ、黒こげです!
 旅人があわやピンクからこんがり狐色になってしまう寸での所で、ひんやりと日陰が遮りました。
「こらこら、相棒。そんなに笑ったら、大地が干涸び雲が消えてしましますよ」
「すまない、相棒。このピンク色が面白い事を言うから、笑いが止まらんのだ」
 旅人の前には月が浮かんでいます。
 クレーターが美しいレースのように覆い、月光で縫い止めた手袋が優雅な会釈をしてみせます。淡く柔らかい金色の光から、眠くなってしまいそうな穏やかな声でMr.シャインは旅人に言いました。
「こんにちわ、旅の人。名前はご存知、カービィさん。自己紹介は要らないよ。私達は地上にある事は全部お見通し。だって空から見てるんですから!」
「おつきさま こんにちわ ぼく カービィ」
 知っていても挨拶大事。旅人がぺこぺこお辞儀をするものだから、月はころころ笑って穏やかな光であたりを柔らかく照らしました。
「礼儀正しくて大変宜しい」
「自己紹介は要らねーって言ってるのに、面倒な奴!」
 月の後ろから太陽が覗き込んで、ぶーぶー熱波を吹きかけます。旅人はバター塗れになりながら、あちちあちちと月の影に逃げます。
「ぼく ゆめのいずみ いきたい ウィスピーウッズ たいよう と つき おしえてくれる いった」
「夢の泉は皆の夢が湧き出る所。希望も願いも、夢から生まれ夢で育つ」
 月が子守唄を歌うように言いました。
「流れ星の尾が、夢と現にひびを入れる。夢と現は曖昧だから、夢が湧いて泉になる」
 太陽が賛美歌を歌うように朗々と声を響かせます。
「今は流れ星が砕けてしまって、夢が湧かずに泉は枯れてしまっています」
「砕けた星は人々の願いになって、再び空を流れる時を待っている」
「ながれぼし どうやって さがす?」
 太陽と月は声を合わせます。
『探さなくて良い。必ず流れ星を戻すと、約束しているから』
 旅人は丸い頭を抱えます。流れ星がないから泉が枯れてしまいました。泉が枯れてしまったから、夢が見られません。流れ星は必ず戻すって約束しているから、旅人は探さなくていいと太陽と月は言います。ぽよよ。頭がこんがらりん。
 旅人の様子に太陽も月も笑いました。こんなに笑うのは久々です。
 彼等は毎日見ています。泉が枯れた世界の苦しみを。夢のない世界の寂しさを。そして気が付けない民達を可哀想に思うのです。彼等は共に空を駆ける永い永い年月を共にする相棒。互いが何を思っているのか、空の色を見るよりも簡単に察せたのです。
「行きたいのなら、夢の泉の場所を教えてやろう」
「ほんと」
 まあるいピンクはくりんと身体を傾けます。太陽と月がふわりと浮かび上がるので、空色の瞳は上を向きます。
「虹の橋を渡り、東雲色の雲を登り、オーロラのカーテンの先に泉がある」
「どっち?」
「夢の泉は何処にも無いけれど、何処からでも行ける」
「わかんない」
「行こうと思う事が大事だ。大丈夫、君は夢の泉に辿り着けるよ」
 太陽と月は囁き合うように旅人に告げ、ふわりふわりと頭上を回ります。
 早く皆の幸せな寝顔が戻って来ないかな。
 ひらひらと落ちる光が沢山の星になって降り注ぐ。埋まっちゃうかも、ぽよぽよよ。旅人は慌てましたが、太陽の色と月の色の星は日差しや月明かりのように丸い身体に触れると解けて行きます。
 青い空の上まで昇ったら、太陽は燦々と輝き、月は白くなって佇んでいます。バタービルディングは高い高い塔。眼下に広がるプププランド、遠くの山のその奥を覗き込むように真っ青な空が包み込んでいます。
 何処にも無いけど、何処からでも行ける。
 ぽよよ。むずかしい。
 旅人は空気を吸い込みふくりと膨らむと、空に飛び出しました。雲ならもっと分かりやすく教えてくれる筈、そんな願いを込めて小さいおててをひと掻き。太陽が暖かく輝き月が優しく色付ける青空を、まあるいピンクがふわりふわり。
 太陽と月はちょっと力を抜いて浮かびます。風が運んだ雲のベッドに寝そべって、うつらうつら。
 太陽と月の静かな寝息が、薄暗い雲をすかして響きます。
 久々の曇り。おやすみなさい。