Grape Garden

 グレープガーデンはまるで雲の上に立つお城のよう。
 ふかふかの雲の大地からは、すっと筆で描いたような筋雲が草原のように茂り、時々羊雲が本物の羊のように群れて横切ります。柱は重たい雨雲で、うっかりガウンの裾でも滑り込ましてしまうとぐっしょり濡れてしまうのです。薄雲のカーテンを抜けて、積乱雲の森には葡萄のように雹が沢山実っています。
「やぁ、デデデ」
 ふわりと梟が滑空して、デデデ大王の肩に留ります。梟が1つ身体を震わせると、ぶわっと膨らみ形を失い大きな大きな雲になっていました。雲の中から1つ目ぎょろり。目の前の赤いガウンを写します。
「元気そうじゃないか、クラッコ」
 そうにんまりと笑顔で言い返した大王に、クラッコはカンカンです。あまりに怒って顔が真っ黒、身体がバチバチ爆ぜて光ります。生まれたばかりの静電気達が、目印とばかりの木槌目掛けて一斉にかけっこを始めました。
 いてて、やめろ。大王様は逃げる逃げる。
 何処が元気だ!そう怒鳴る声が、稲光を伴って地上に落下しました。
「分かった分かった。悪かったって。そんなに怒るなよ」
 平謝りの大王は大きな青い瞳で、ぐるっと周囲を見回しました。
 そこは雲で出来たプププランド。ベジタブルバレーの草原もグリーングリーンの深い森も、オレンジオーシャンの広い広い雲海とアイスクリームアイランド諸島の島影も、バタービルディングの空に突き抜ける影も、デデデ山から見える世界そっくりそのままです!
 鳥もワドルディも見渡す全てが雲で出来ています! 飛行機雲を作っているカブーラーだけは本物です。飛行機雲達は楽しそうに長い足跡を残しながら、カブーラーの後を付いて回ります。ただ、轟々と風の音が響くばかりですが、そこは確かにプププランドだったのです。
 絶景かなと笑う大王に、クラッコは静電気を撒き散らしながら怒ります。
「全く夢ばかり見て、仕方のない奴等だ」
 深海の底で魚達の揺りかごになっている微睡み、冷たい清流になって風と競い合うように駆け、桶に汲み取られ日光を浴びて空を見上げる為に、雲達は水になって地上に落ちて散って行く。彼等はあらゆるものに溶けるのです。大地に溶けて地面の夢を共有し、森に溶けて植物達と共に育ち、生き物に溶けて世界を駆ける。
 雲は世界をぐるりと巡る。雨になって大地に降り、生き物と溶け合って命を支え、天に昇って留まるのです。
 彼等はこの世界の血であり、この世界の命の水なのです。
 雲達は確かに夢を見る。空から地上を眺めては、あの木に溶けて美味しい林檎になってみたいとか、あの子に汲まれてシチューになってみたいとか、なれるかどうかはともかく思うのです。耳が痛い程に静かに浮かぶ雲達ですが、その夢は潮騒のように終り無く響き続けるのです。
「お前も夢くらい見てくれば良かったのに」
 誰よりも夢を抱えたクラッコは、ぷいっとそっぽを向きました。
「私は夢は見ない。お前達が見せてくれるものを見ているだけで、私は十分だ」
 大王様は大笑い。嬉しい事を言ってくれるじゃねぇかと、笑い転げるその土手っ腹にクラッコJr.が飛び込みました。でも そのクラッコJr.は、ただのクラッコJr.ではありません。虹色に淡く輝く雲をまとい、月光を透かした瞳で見上げています。
 大王にぼふっと当たると、まるで幻のように消えてしまいました。
「流石、クラッコ。こんなに大きく育てちまうなんてなぁ」
 Jr.が消えてしまった腹巻きの部分をナデナデ。嬉しそうな大王様をクラッコはじろりと見遣ります。
「早く、流れ星を空に戻してやれ。良い夢も悪夢も表裏一体である事が、どうして誰も分からぬのやら」
 やれやれ、まったく。クラッコは北風の溜息をつきました。
 雲達が微睡み空に留まって見る、プププランドになりたい夢。雲達はそれはもう気持ちよく微睡んでいますが、雲が循環を忘れれば世界は傷んで壊れて行く。世界が壊れる事は、クラッコの身体の一部が壊れ死ぬという現実味を帯びた悪夢そのものなのです。
 大王様が自信につやつやした唇を笑わせます。
「任せろ。俺様が何度でも綺麗な流れ星を浮かべてやるよ!」
 どーんと叩く大きな胸。ふんぞり返って帽子が頭から落ちちゃいそうです。
 誰よりも星好きな大王様。そんな男が抱いた夢が、この小さく見えて大きな騒動の中心に否応なく巻き込まれる事がとても哀れに見えました。海の渦に飲まれる小舟のよう。だけれど、その気になればその小舟は空を飛び、雲を突抜け、宇宙にまで飛んで行ってしまうでしょう。そんな期待を与えてくれる。地上の民がこんなに逞しい命の輝きを宿し、今ここに立っている。それは、永い永い年月プププランドを見下ろして来たクラッコには、自分の事のように誇らしい事だったのです。
「お前が抱いている星はどんな形なんだね?」
「さぁ、分からんな」
 大王はにいっと笑って、木槌を担ぎ直しました。
 星は宿った夢に育まれ、集って再び空に上がる時を待っている。
 それが悪夢か、希望か、まだ誰にも分からない。