Yogurt Yard

 ヘビーモールは機械仕掛けの土竜。日がな地中を掘って進み、時折地上にひょっこり顔を出します。
 今日はヨーグルトヤードの丘の上にひょっこり。
 ヨーグルトヤードは白い岩肌の厳しい大地。ヘビーモールでもドリルの部分が場所によっては弾かれてしまう、ヨーグルトなんて生易しい地盤ではありません。遠目から見れば雪原のように白く、白い岩肌に混ざりこんだ石英がキラキラと輝いてとても美しいのです。
 地上に顔を出して空を見上げれば、雲が浮かび、鳥が飛び、ワドルディ達がよちよちと歩いています。ヘビーモールは地中を進むことはできますが、空を飛ぶことは勿論、地上を進むこともできやしません。だからひょっこり出てきたヘビーモールは、その場でじっと動きません。蝶がてふてふ飛んで頭の上に留まっても、ヘビーモールは岩のように動きません。
 そうしてヘビーモールの上をいくつもの雲の影が過ぎ去り、太陽が随分と高く上がってしまいました。ヨーグルトヤードはあまり緑もありませんので、ごうごうびゅうびゅうと風が通り過ぎるばかりです。ヘビーモールは微動だにせずじっと何かを待っています。
 おーい。
 風に乗って声が聞こえます。ヘビーモールが体を声の方向へ向けると、風に乗って何かが飛んできます。
 二度目の声が聞こえた頃には、何かの姿はしっかりと見えていました。白い大きな風船のような飛行船。攻撃的な模様の描かれたエンジン部分には、赤いガウンがしがみ付いています。カブーラーとデデデ大王です。
 ヘビーモールはある約束を果たす為に、デデデ大王にカブーラーを連れてきてもらったのです。目の前に着地したカブーラーから飛び降りたデデデ大王が、ぺちぺちと飛行船の船体を叩きました。
「連れてきてやったぞ」
『アリガトウ ダイオウ』
 ヘビーモールはぺこり。この不思議な組み合わせには、ちょっとした経緯を説明せねばならぬでしょう。
 いつも飛行機雲を作りながら進むカブーラーを、ヘビーモールは大変羨ましく思っていました。ある日、たまたまデデデ大王のメンテナンスで鉢合わせたカブーラーに、ヘビーモールは言いました。
『ソラガ トベル ウラヤマシイ』
『へェ! 空が飛べルノが、羨まシいのカ! オメェさんだって、土ン中潜れるんダロぉ? 面白そウジゃネぇか!』
 おっとりのんびりヘビーモールと、せっかち勝気のカブーラー。性格は真逆ですが同じ機械同士だからか、仲はなかなか良いのです。
 カブーラーがケラケラと笑うので、きっちり締まっていないネジがぐるぐると外れてきます。デデデ大王はぶつくさ言いながらも、誰かと喋る機会がないヘビーモールと仲良く話す様をしかたがねぇなと見守っています。
『ジメン ノ ナカ ナニ モ ナイ』
『ンなこと言っタラ、空だッテなぁーンもねェよ』
 そうなのでしょうか? ヘビーモールは顔を出す地上が様々な姿を見せることを知っています。緑の森、金色の砂漠、白い砂浜に青い海。それらを空から見下ろすことを『何でもない』と片付けることが、どうしてできましょう。
 そんなヘビーモールの言わんことを、カブーラーは分かっているようでした。
『ダケどよ、オメェさんは空を飛ボウと思えば、飛ベンじゃねェカ。オレっちはひっクリ返ったッテ地面の中ナンか行けヤシねぇヨ』
『ソラ トベル?』
『飛ベル! トべる! 大王がチョッくらオレっちを改造して、バリバリのブイブイに仕上げたら、オメェさんナンかあっトイう間二雲ノ上まで連れッテってヤラぁよ!』
 それはちょっくらってレベルじゃねぇよ。大王がぶつくさ。
『カブーラー モ ジメン ノ ナカ クル』
『そリャあ無理ダぜ、ヘビーモール! 土が部品の間に入っチマったら、オレっちダッて壊れチまウよ!』
 なんてことでしょう! ヘビーモールは驚きのあまり、ひっくり返ってしまいました。どんなに砂まみれの泥まみれになっても、ヘビーモールは壊れたことなどありません。カブーラーってそんなに壊れやすいんだ!
ヘビーモールは石畳の床をちょっと掘って再び起き上がると、大王の迷惑そうな目と合ってしまいました。 
『コンド ジメン ノ ナカ キレイ ナ イシ ミセル』
『良イね! 良イね! オレっちは地面にモグレねぇから、地面の中の宝物にキョーミあるぜ!』
 そんなこんなで見つけた宝石は、ヘビーモールの知る中で最も美しい宝石でした。なにせ、地中の宝石は原石と言って宝石の塊なのです。金の鉱脈は秋の銀杏のように茂り、水晶は草原のように、紫水晶は卵のように、暗い地面の中に隠れているのです。
 そんな中から選りすぐった宝石は、七色の虹を閉じ込めたようなオパールです。まるで水滴のように透明で、光にかざすと七色の光が弾けるのです。ヘビーモールだって滅多に見れない珍しい石ですから、絶対にカブーラーも喜ぶことでしょう。
 光にきらり。ヘビーモールは何だか嬉しくなります。
「よぉ、ヘビーモール。エンジンの音がご機嫌じゃないか。良いことでもあったか?」
 そう声を掛けてきたのは、ヘビーモールがお世話になりっぱなしのデデデ大王です。ポップスターに機械を弄れる人はそう多くないですし、どこでも出没する大王は困った時の頼れる味方です。どんな変な所で壊れてしまっても、大王はなぜか必ず助けに来てくれるのです。
『ダイオウ カブーラ イシ トッテオキ』
「ほぉ、こりゃあ綺麗だ。こんな宝石をよくもまぁ掘り出したな!」
『へぇ! 地面ニャあ、コンな綺麗なモンが埋まってんのか! スゲェな!』
 大王もカブーラも瞳を輝かせて覗き込んでくれるので、ヘビーモールはエンジン音が荒くなります。
 地面に潜ってばかりの自分にしか見えない世界。それは空を飛び、地を駆ける者達には魅力のない世界だと思っていました。大地の奥深くに眠る宝石が凄いのはヘビーモールを分かっていますが、それを見せることができ、喜ばせたことをとても誇らしく思いました。
『カブーラー イシ アゲル』
『オレっちにゃア、宝石なンかイラネぇよ。オメェさんが、探して見せてクレたっテコとの方が嬉シいカラな!』
 カブーラーはヘビーモールの上に回り込むと、がっちり掴んで持ち上げようとする。
『オレっちも約束守んねェト、男が廃るってモンよ! オメェさんを、雲の上まで散歩サセてヤラァよ!』
『ヒエー! オタスケー!』
『ダイジョウブ、大丈夫! 大王よリちょーっと重いクレぇだからよ!』
 俺様よりだいぶ重いと思うけどな。そう思う大王の目の前で、ヘビーモールはジリジリと持ち上がり始めました。ヘビーモールが歓声を上げた頃には、ヨタヨタしながらも飛行できているみたいです。男の意地とはなかなかのものです。
 持ち上がった時に落としてしまった宝石を拾い上げ、大王は誇らしげに笑いました。
「全く、夢見るどころか叶えちまいやがって…」
 七色の美しい宝石が、大王の手のひらの上で解けるように消えて行きました。ですが、誰も宝石のことを惜しむことはありません。宝石よりももっと素敵な出来事が、彼らの目の前に広がっているのですから。
 凸凹コンビの友人達の楽しげな声が、風に乗ってヨーグルトヤードを駆けて行きます。