Orange Ocean

 オレンジオーシャンは黄昏時の海岸。太陽が水平線上に顔を出したり、時には潜ってみたりして、空は常々橙と紺が相席しています。Mr.ブライト曰く、オレンジオーシャンの上を歩く予定はないのだそう。黄昏時の海岸は薄ら寒く、オレンジオーシャンはもの寂しげな場所です。
 そんな場所にひっそりと停泊している巨大な宇宙戦艦はハルバード。大きなメンテナンスがある時は、ハルバードの主人であるメタナイトの友人の城に留まります。しかし、いつでも壊れたりしている訳ではありません。デデデ大王の城は出入りが多いので、あまり人目につきたくない宇宙戦艦の主人は用事が済んだら宇宙に上がるかオレンジオーシャンへ向かうのです。
 ざざん。ざざん。
 海の波が寄せては返す。カモメ達も夕暮れ朝焼け色の空の下では、寝ぼけ眼で目元がしょぼしょぼ。賑やかなカモメ達が息をひそめる海岸は、とても静か。ハルバードがエンジンを止めていると、もう波の音しか聞こえて来ません。
 そのハルバードに来客が一人。
 メタナイトが率いる精鋭、メタナイツ達はその来客が何者か遠目から分かっていました。彼らが主人の友人、プププランドの自称大王のデデデ大王です。彼はゆったりのんびり平原を歩き砂浜を横切って、ハルバードの元へ歩いてやって来ました。
 その巨体は真紅のガウンで更に膨れ上がり、メタナイツでも取り分け巨躯の者と肩を並べる。彼らが主人のメタナイトとは、大王の腰にどうにか届くだろう差があります。多くの星を渡り歩く彼らはその小さき主人を侮る大きな者達を数多く見て来ましたが、このデデデ大王は数少ない例外でした。メタナイツを率いるよりも昔から面識のある二人は、メタナイツ達が嫉妬するほどに気心知れた友人同士だったのです。
 大王は肩に担いだ巨大なハンマーをどっこらせと下ろし足を止めたのは、甲板の見晴台から海を見渡す船の主人の背中を見つけらからでしょう。『おぉい、メタナイト』そうのんびりと声をかけると、船の主人はくるりと身を翻しました。
 それは青い丸に手足をつけた、まぁるいピンク色の旅人にそっくりな姿。銀色の金属の面が顔を覆い、肩当てや籠手、ブーツを宇宙の深淵のような色の外套が覆っています。面から覗く金色の瞳が、友人を見つけてふっと細められました。そんな騎士を見て、大王が大きな腹を叩いて笑いました。
「この星に流れ着いた旅人が、お前さんそっくりだと思ったが、見ればますます似てやがるぜ」
 なんという失礼な物言い! メタナイツ達が気色ばむ中、騎士はふむと生真面目に頷きました。
「宇宙は広い。私と同じ種族の者も少なくはなかろう」
 だが。金色の瞳に鋭い光を宿し、騎士は大王に言いました。
「そんな世間話をする為に来た訳ではあるまい?」
「流石、メタナイト。話が早いぜ」
 にぃっと大王は唇を持ち上げました。そんな大王の前に剣が放たれ、甲板に深々と突き刺さりました。シンプルな両刃の剣ですが、その刀身は一等星のように輝き二人と二人を見守るメタナイツ達を写し込んでいます。
 手に取れと言わんばかりに突き立った剣に、大王は遠慮なく手を伸ばします。もう少しで真紅の皮が巻かれた柄に触れようとした時、青い旋風が舞い込み、赤はさっと身を翻して大きく下がりました。剣の前に立ちはだかったのは、剣を投げたメタナイト自身だったのです。
「この剣を手に取るのは、私と戦ってからにしていただこう」
 大王はその大きな木槌で肩を叩きながら、気怠げに騎士を見降ろしました。その青い瞳は太陽が登る時に見せる空の暖かさを失い、広大で不思議な魅力に溢れていながらも残酷さを併せ持つ宇宙の冷たさを感じさせました。
「理由がないだろ」
 大王の言葉に、騎士は『ある』と即答した。
「私は貴方と戦うことが夢だったからだ」
 大王は瞳をぱちくり。一拍おいてぷぷっと吹き出しました。
「戦ってみたいなら、そう言ってみりゃあ良かったのに…! お前さん、本当に真面目だなぁ!」
 旅人なんて断りなし。同じまぁるい生き物なのに、どうしてこんなにも性格が違うのやら。あの食いしん坊のまぁるいピンク玉に、メタナイトの爪の垢でも飲ませてやりたい気分です。あれれ? まぁるいピンクは爪なんてありません。もしかしたら、メタナイトにも爪がないのかも。
 そんなことを考えながら、大王は木槌を構えました。騎士も立派な宝剣ギャラクシアを構えます。
 ざん、ざざん。
 固唾を飲んでメタナイツ達が見守るものだから、この場の密度にしては静かすぎる沈黙で満ちています。波の音が微動だにしない二人の周りを、寄せては返して響いています。不穏な空気を感じて寄って来たカモメが、一声響かせた瞬間、時が一気に動き出しました。
 波の音は剣と槌がぶつかり合う音に弾き飛ばされ、固唾を飲んでいた者達は声を出す空気をも喉に詰まらせる。
 赤と青は一足飛びに接近し、瞬く間に互いの武器をぶつけ合いました。拮抗したかのように鍔競り合う二人に波の音はそろりそろりと躙り寄るも、次の瞬間激しい攻防に船の外にまで押し退けられるのです。
 銀河屈指と称されるメタナイトの流星のような剣捌きを、デデデ大王は木槌の面で防ぎます。それは一つ一つが惑星に降り注ぐ隕石のような衝撃で木槌を穿ち、支える大王の腕は震えます。しかし大王は騎士の技量を腕力だけで弾き返す。弾かれた一つの隕石は、ギャラクシアの形になってメタナイトの腕をも引っ張って宙を泳ぐ。
 大きな黄色い足を軸に振り抜いた木槌を、メタナイトはひらりと木の葉のように避けました。一発でも当たれば戦闘不能に陥る攻撃力を秘めた木槌。メタナイトは剣で受け流すこともせず、ヒラリヒラリとその小さく身軽な体で躱し続けます。
 不思議なことに激しい嵐のような攻防であるのに、彼らは次の一手がこうであると知っているかのように淀みなく舞うのです。彼らが見せた一進一退の攻防は瞬く間でしたが、メタナイツ達には一時間にも及ぶほどの密度を誇ったのです。
 互いに飛びすさり距離を置くと、デデデ大王はにんまりと笑いました。
「流石、銀河屈指の剣士殿。お強いじゃねぇか」
「貴方が『自称』で大王を名乗るのは勿体ない。貴方より下の力量でも、地を制圧し王と名乗るものはごまんといる」
「俺は自称でいいのさ。呆れるほど平和なこの星がこの星である為には、王なんてもんは必要ねぇのさ」
 あっけらかんと明るい声色で言い放ったデデデ大王の言葉を無言で聞いていた騎士は、高い音を立てて剣を納めました。戦意を畳み、ぷいと背を向けた騎士に大王は驚いたように言いました。
「おい。もういいのか?」
「私が最初に望んだ願いは、たった今成就した」
 騎士は大王を見やる。その双眸は彼が先ほど握りしめていたギャラクシアの恐ろしい切れ味を持つ殺意の色を失い、満月のような澄んだ金色に輝いています。
「宇宙を駆ける剣士殿のお相手だ。俺様程度じゃ役不足だったろう」
 大王は騎士が手加減しているのを知っていました。大王は騎士がもっと素早く切り込めることも感づいていましたし、この場で大王を捩じ伏せるだけの力があると信じていました。こうして引き分けになっているのは、騎士が大王を立ててくれていると思っているのです。
 騎士は大王の言葉を否定しました。
「貴方の力は貴方単体で成せるものではない。私が底知れぬと感じた力の全貌を、私は今、はっきりと知ることができた」
 騎士は甲板を歩き、先ほど突き立てた剣を引き抜きました。シンプルな両刃の剣を提げ、騎士は大王の前に突き立てました。剣を挟み、騎士は大王をまっすぐに見上げて言い放ったのです。
「今度は呆れるほど平和なこの星を守る王として、私の前に立っていただこう」
 大王はそれはそれは、嫌そうな顔をしました。
 しかし、真剣な黄金色の眼差しから目を背けることは許されません。騎士が目の前に突き立てた剣を、大王は手にしなければなりませんでした。剣を手に取るということは、騎士の挑戦を受けることを承諾したと同じこと。大王は自称ではない王であるということが、何を巻き込むことかわかっていたのです。
 しかし、大王は呆れるほど平和な星を守るため、あえて剣を手に取りました。
 シンプルな両刃の剣は、みるみる姿形を変えていきます。刃は彗星の尾のように不思議な光沢を帯び、鍔は無数の星を閉じ込めた夜空を固めたよう。柄はオーロラを巻きつけたかのようで、柄の先端の飾りはひときわ大きい星が輝いています。それがふわりと空気に解けるように消えていきます。握るものを失った手は、ひらりと騎士に向かって振られました。
「ま、そのうちに…な」
 大王はギラギラと輝く金色に、遊ぼうと強請る旅人の空色を重ねました。
 あらまぁ。怖い怖い。根は旅人によく似ているのかも知れません。
 夢とは成長する力。願いを持って夢を見て、叶えて次が見えた時、それは更に成長するために誓うのです。次の夢も、叶えてみせる…と。