Rainbow Resort

 朝焼けと夕焼けの間にほんの一時だけ染まる菫色の空には、極彩色のオーロラがカーテンのように垂れ下がって翻っています。明るい菫色に目を凝らせば、控えめに光る星々が見えることでしょう。そんな美しい空の下に広がる泉は鏡のよう。夢のように美しい空に包まれて、デデデ大王は乳白色の不思議な石で出来た台座を目指します。台座には透き通った清らかな水で満たされていて、鏡のように大王を写したのです。
 大王が足を浸して泉をざぶざぶと進んだ音が消えてしまうと、そこはとても静かでした。デデデ大王は自分の心臓の音が、この世界の隅々に聞こえてしまうのではないかと心配になるほどに何も聞こえません。音を立てる生き物は見えず、雲ひとつなく無風の風はこの世界の何もかもを凍りつかせています。
「ひどいもんだ」
 大王は知っているのです。いえ。ポップスターの誰もが覚えていないだけで、ポップスターの誰もが知っている場所なのです。
 ここは夢の泉。台座から湧き出た美しい夢が、ポップスターの全ての民の枕元へ飛び立つ場所なのです。ある時はフラミンゴが一斉に飛び立ち、ある時は無数のシャボン玉が舞い上がり、ある時は蒲公英の綿毛が風に乗る。夢はいつも異なる姿を客人達に見せるのです。ただひとつ変わらないのは、夢が旅立つ様は目に焼きつき忘れがたいほどに美しいこと。
 夢のように美しい空間。しかし、それがどんなに待てど暮らせど変わらぬ事が、ヒビ入り砕け散るような胸騒ぎと不吉さを否応無しに突きつけられる。デデデ大王は自称大王。誰よりも『呆れるほど平和な星』を愛しています。夢の泉が壊れれば、大王が愛した世界も壊れてしまうのです。今も呆れるほどの平和を守る為、この不安は彼だけが胸に秘めていました。
 大王は台座に触れました。満たされた水に触れても、大王の手袋は水を吸いません。それどころか泉に浸されているはずのガウンも、まるで濡れていないかのように大王をふわりと包み込んでいます。
「もう少しだ。もう少しで、泉を直せる」
 それは縋る思いで出た言葉ではなく、本当にそうなる確信で溢れています。
 背後でざぶん。夢の泉はポップスターの誰もが訪れることができる場所。今日は誰が来たのやら。大王が振り返れば、はぁい! とまぁるいピンク玉が手を挙げました。
「だいおう いる!」
 大王はざぶざぶ鏡を歪めて向かってくるピンク玉を、片手を挙げて迎えました。
「だいおう ぼく ゆめのいずみ いきたい」
「なら、到着だ。ここが夢の泉だぞ」
 ぽよよ。まぁるいピンクは周囲をぐるっと見回しました。あまりにも綺麗なまんまるなので、隣の大王は青い瞳が見えなければ動いていないように見えます。青い瞳が傾いだまま、大王を見上げます。
「ゆめ ない。どこが へん なの?」
 なんとまぁ察しが良いことやら。まぁるいピンクではありますが、旅人は夢が見られない異変に気がついたようです。夢が見られないどころか、日々眠って見させられるのは悪い夢ばかり。夢だからすぐ忘れてしまうので、皆気のせいだと見ていないことですが、旅人だけは見ない振りをしなかったようです。
 大王はすっと手を伸ばして、乳白色の石の天辺を指しました。
「いつもはあそこに星があるんだ」
「いま ない」
「そう、割れちまったのさ」
「わ れ た !」
 あまりのことに目がまんまる。そりゃあ大変だ!ってぽよぽよと動きます。そんな旅人を落ち着かせるように大王は笑いました。大王の笑みは見た人を安心させる、どっしりとした自信で満ちています。
「大丈夫だ。俺様が星を元に戻す。割れた欠片は夢の力を蓄えて、ここに戻ってくる」
 大王がふわりと両手を広げると、黄金色に輝く光が3つ現れたのです。それは、夕焼け色でこんがり黄金色に染まった小さいクラッコ、七色の輝きが虹を閉じ込めたように美しい宝石、刀身に宇宙の輝きを秘めた剣。旅人が食べれるか考える事も忘れて、口がぽっかり開けっ放し。あんまりにも綺麗なものだけど、旅人の間抜け面に大王は大笑い!
「お前さんも持っているんだろう?」
 大王が旅人の頭をぽよんと叩くと、美しい光が飛び出しました!水晶の枝に実った林檎の香りが漂う星、この世界の全ての色に移り変わるクレヨン、強い光と弱い光が太陽と月のように旅人の周りをくるくる回ります。いきなり飛び出したそれらに、旅人はぽよよ!とびっくり!
「なに? だいおう なに?」
「何って夢を蓄えた星のカケラさ。お前さんが、よぉく知っているだろう?」
 ぽよぉ。旅人はびっくりしすぎて、ぽよーっとそれらを見つめます。どれもお金ではとても買えない、美しさや魅力が詰まっているのです。まるで夜空に浮かぶ満天の星を見上げるように、広大な海の波のたゆとう世界に包まれるように、自分が空っぽになるのに満たされていく不思議な気分になっていきます。これが一つになったら、どれだけ素敵なものになるのか想像もつきません!
 旅人は大王を見上げて、笑いかけました。
「ほしの かけら もどしたら ゆめ もどる?」
「ざっくり言えば、そうなるな」
 旅人は体の奥底から湧き上がる希望と喜びに、自分が光り輝く気がしました。これから、昼寝をすれば美味し物が食べられる夢が見られて、夜ぐっすり寝れば沢山美味しい物が食べられる夢が見られるのです! 旅人の夢が美味しい物を食べられる夢ばかりではありますが、旅人にはそれが一番嬉しい夢なのです。とっても、食いしん坊ですね!
 大王も旅人の喜ぶ内容が手に取るように分かったものですから、ちょっぴり呆れ顔。つんと旅人のまあるい頭を指で突きました。
「だが、まだ欠片を戻すには早いんだ」
 旅人はびっくりです。大王はポップスターが大好きですから、素敵な夢が見られる事を誰よりも喜ぶはずです。確かに夢はすぐ忘れてしまうもの。それでも、夢を見た時の幸せは起きた時には余韻になって、昼や夜の幸せへ繋がっていくのです。どうしてすぐに戻さないのか、旅人にはわかりませんでした。
「もどそう! はやく ゆめ みんなに みせてあげたい!」
「だ め だ !」
 大王が響く声で言いました。大王の大声に、夢の泉の水面は波立ち星々やオーロラが震えました。
「夢を今、戻すわけにはいかない」
「どうして? ほしの かけら もどってきた もう ゆめ もどってくる」
 旅人は大王のガウンの裾を引いて、見上げました。背の高い偉丈夫の顔は旅人から見えず、大王は乱暴なほどの勢いでガウンを引きました。旅人はすってんころり。大王は転んだ旅人に手を差し伸べる事なく、旅人に背を向けました。
「今が、その時じゃない」
 旅人はわかりません。どうして大王が皆の為に動かないのか、全くわからなかったのです。皆の笑った顔を見るのが何よりも大好きな大王、皆が喜ぶ為ならあっちこっち歩いて回って、喜んでくれたら彼自身も誰よりも大きな声で笑うのです。だから、夢が戻せるのに、戻さない事。出来るのにしない大王の気持ちが、旅人には全くわからなかったのです。
 それに太陽と月は言ったのです。『星を戻すと約束した』その約束をしたのは、大王に違いないのです。変です。旅人は涙目で叫びました。
「だいおう へん! ぼくが ほしの かけら もどす!」
 大王は『へぇ…』と薄ら笑いを浮かべて振り返りました。彼の手に、いつの間にか巨大なハンマーが握られていました。それはたくさんの星が集まってできた、黄金色のハンマーです。大王がハンマーを振り上げ、ぶおんと勢いよく振り下ろしました! 激しい水飛沫に、ハンマーから飛び出したたくさんの星々が夢の泉に舞い上がりました!
 土砂降りの雨のカーテンの向こうで、大王の青い瞳が鋭く旅人を射抜きました。
「俺様の集めた夢を奪って、台座に戻そうってか…! やれるもんなら、やってみな! 前回のリベンジにもってこいだ!」
 それが、戦いの合図でした。
 大王は泉の底を蹴り、星を叩き落とさん高さまで飛び上がったのです。なんてジャンプ力! 驚いている暇は、旅人にはありません。大王は上空でくるりと前転すると、その勢いのまま旅人にハンマーを振り下ろしてきたのです。その勢い、まるで彗星のようです!
 旅人はぽよよぽよ! 慌ててすってんころりんした真後ろで、巨大な星が泉の水を全て巻き上げてしまいました。当たってしまったらひとたまりもない! 大王の強さに、旅人は真っ青です。
 大王は泉を駆けてさらに加速します。薙ぎ払われたハンマーを飛んで避けた旅人は、この広大な泉で戦うことが不利だと感じたのです。広ければ広いほど、大王は加速し、ハンマーの勢いは増すばかり。
 どうすればいいだろう? 唇を尖らせた旅人を、ふわりと林檎の香りが撫でました。見ると、旅人の手から虹色の林檎がころり。虹色の林檎が輝くと、泉の中からにょきにょきと木が生え葉が茂っていくのです。落下の最中の旅人は、下から育って大きくなる森に突っ込んでぽよぽよ。
「大したもんじゃないか! 他人の夢を使うのは、簡単じゃねぇんだぜ!」
 大王がお腹を叩いて笑います。
 旅人は枝の上から、目を尖らせて大王を見下ろします。入り組んだ森のおかげで、大王の勢いがなくなりました。けれど、それがどうしたことでしょう。圧倒的に大王が有利なことには変わりありません。
 周囲を油断なく見渡していた大王は、エメラルドの森ががさがさと賑やかになるのを感じました。何をやらかそうとしているのやら、楽しみな様子で舌なめずり。ハンマーを構えて待ち構えます。
 がさがさ。がさがさ。がささがさ。
 音は大王を取り囲むように迫ってきます。さぁ、どこからでもかかってこい。大王に油断はありません。
 がさり。現れたのはワドルディ。のようなもの。
 本物のワドルディにはとても見えないのですが、オレンジ色の丸い体に、黄色っぽいお顔、黒い目、黄色いあんよ。特徴はワドルディです。でも、『ようなもの』って変ですよね。でも、『ようなもの』なのです。それは、ワドルディの落書きだったのです。
「じょうず かけない!」
 ぽよぽよ! 旅人の怒った声がどこからか聞こえてきます。
 がさがさ。がさがさ。ワドルディの落書きがどんどん増えて、どんどん大王に押しかけてきます! 落書きとはいえ、歩いてくるそれは当たるのです。流石に大王も落書きでもワドルディを薙ぎ払うのは気がひけるようで、ひょいと木の枝に乗り上がって逃げたのです。
 ペイントローラーの絵は魔法の絵。描いたものは実態化して、しばらく動き回るのです。旅人がペイントローラーの真似ができたのは、彼の夢である虹色のクレヨンの力です。
 今度はもくもく。クラッコの落書きも増えて来ました。がさがさ。もくもく。がさがさ。もくもく。ワドルディとクラッコの落書きが森を騒がせて、大王は旅人を音で探す事を諦めました。流石に薙ぎ払うのもためらう大王様は、やっぱり自称でも皆の王様です。大きく重い体でエメラルドの枝を渡り、旅人を探します。
 すると見つけた、まあるいピンク。大王はハンマーを振り上げ、旅人に襲いかかりました。
 旅人は大王に気がついて振り向いた、そう見えた瞬間、大王と旅人の間に太陽の強烈な光が迸ったのです。その光はエメラルドの森を突き抜け、星空の夢の泉の空を青空に変えてしまうほどでした。あまりの眩しさに目を灼かれた大王はハンマーを持っていない腕で、目元を覆いました。あまりにも眩しくて、大王は視力を奪われてしまったのです。
 驚きと油断は、大王が集めた夢を旅人に奪われてしまうには十二分な理由でした。クラッコの夢、ヘビーモールの夢、メタナイトの夢、それらが奪われた瞬間、大王は叫んだのです。
「ダメだ! 夢を泉に戻しては、ダメだ!」
 とっさに伸ばした大王の手は、柔らかい何かを掴みました。ぽよ! 掴んだ相手の驚いた声に旅人だと理解した大王は、真っ暗な世界で旅人の声を聞きました。
「みんな ゆめ もどるの まってる」
「ダメだ! 今はダメなんだ!」
 大王がさらに言葉を紡ごうとした時、手から掴んでいるものの感覚が消えた。旅人の気配が遠ざかる。大王が追おうとしましたが、ワドルディの落書きや森の木々に阻まれて転んでぶつかって進むことができません。
 真っ暗な世界で大王はいつか見た悪夢を思い出していました。夢が二度と訪れない悪夢。それどころか、悪い夢が現実に起きて、プププランドがめちゃくちゃになってしまう夢です。そんな夢、実現させてたまるか! 大王は食いしばった歯の隙間から、言葉を搾り出しました。
「みんな、すまん!」
 大王はハンマーを強く握りしめ、力一杯なぎ払いました。落書きの軽い感じ、木の巨大で重い感じ、それらをハンマー越しに感じても勢いをそのままになぎ払っていきます。皆の夢が形になっているものを壊している。大王は胸が張り裂けそうになります。それでも、彼はハンマーを手に旅人が走り去った方角へ夢を壊しながら進みます。
 悪夢が実現するのを阻止するために闇の中を進む彼こそ、自称でもプププランドの大王様なのです。