EXTRA CONFIG

 ぐー…ぐぅううーーー……きゅうぅ…
 決して居眠り鼾の音ではありません。
 大王は鳴り止まなお腹を抱えて、ウィスピーウッズに寄りかかっていました。森育ちのワドルディ達がちょこちょこっと現れては、大王のガウンの横で丸くなってごろごろ。口元まで赤い帽子を引っさげて不貞腐れていますが、大王は彼等を退ける事はしませんでした。
 少し前まで大王はウィスピーウッズの前で、悔しい悔しいと喚き散らしていたのです。拳で地面をガンガン、仰向けに転がって足をバタバタ、泣いて喚いて赤いガウンは葉っぱと砂だらけ。さぞやお腹も空く事でしょうが、ウィスピーウッズの美味しい林檎は不幸な事に旅人に全て食べられてしまっていました。
 はぁー、溜息が漏れます。
「すまないね」
 いいっていいって。大王はウィスピーウッズの言葉に、ぱたぱたと手を振りました。
 大王は空きっ腹を抱えて、帽子の下で涙ぐみます。旅人に負けた事も、大変空腹である事も、何もかもが重なって泣きたくなるほど惨めです。しかし、大王がウィスピーウッズの元に訪れたのは、そういう情けない所を見せても割と何も言わずに居させてくれるからです。
「ワドルディ達にも、悪い事をしてしまったね」
 大王は無言で森の主に背中を預けます。木の葉がさやさやと囁く音が、遠くで響く鳥や虫の声が、身体を預けた場所からはらはらと自分の重みが融ける感じが、大王の気持ちを落ち着かせてくれます。すやすやと眠りだしたワドルディ達の暖かさに、大王は漏れた欠伸を噛み殺しました。
 昨日は散々だった…。大王は昨日の事を思い返します。
 旅人がデデデ山を目指して賑やかしく行進していた日、その日は大王の誕生日でした。しかし、厳密に誕生日という訳ではありません。大王は自分の誕生日なんて知らないのです。
 そんな大王に誰が言ったのか…そうだ、ウィスピーウッズが言ったんだ。大王は思い出します。
『何か特別な日を作るといい…そうだ、誕生日なんてどうだろう?』
 多くの繋がりが生まれ、沢山の友人が出来たある日、突然そう言われたのです。若き日の大王は目をぱちくり聞き返します。
『誰の?』
 もちろん、君の。頭の上にぽこんと落ちた金色の林檎を受け取る若者に、ウィスピーウッズは穏やかに笑うばかりでした。意味は後から分かるよと、玉虫色の答えで返された事は覚えています。それから少し誕生日をバカにしていた若者も、年を重ねるとその日が楽しみになりました。何時しか、誕生日という日が大王にとって特別な日になったのです。
 ちょっと今回のワドルディ達は、大王を喜ばそうと張り切り過ぎたみたい。実は食べ物泥棒は、ワドルディ達だったのです。
 ぴくり。ワドルディ達が身じろぎました。臆病な子は慌てて大王の傍を離れて行きます。
 誰だろう? 帽子を少し持ち上げます。大王の視界に入り込んだのは鮮やかな赤い足。ぽよっと覗き込んだ空色の瞳と、ばっちり目が合ってしまいました!
 なんでピンク玉がここに居るんでしょう! 大王は驚きのあまり、姿勢を崩します。大王様の大きな身体の下敷きになったら大変!わらわらとワドルディ達は散ってしまいました。
「だいおう みつけた」
 旅人の小さい手が大王の大きな手を掴みました。
「いこう」
 何処にと訊ねる暇はありません。星を旅人の呼び声に、ウィスピーウッズの木に引っかかっていたゴルドーを弾き飛ばして駆けつけたのです。旅人の目の前にキラキラお行儀よく待つ星が現れた次の瞬間、あれよあれよとゴルドーが降ってきます! こりゃ、あぶない!、大王は慌てて星にしがみつきました。
 旅人がぽよぽよ間抜けな合図を出すと、星は大木の枝を上手く擦り抜け空に飛び出しました!
 ウィスピーウッズの森は小さなエメラルドの原石のように眼下に広がり、遠くで空の青と海の青が解け合っています。世界は丸く奥へ奥へ。ロロロの城は修理中。ロロロの魔法か彼の友人達が忙しなく動いているのか、城はキラキラと光をちらつかせています。フロートアイランドは白い砂浜と青い海流が美しい模様になって、そこに真一文字にカブーラーの引いた飛行機雲が描かれています。バブリークラウズは雲を避けて下を行きます。雨に濡れた緑の光を反射して、大地と雲の間には綺麗な虹が架かっています。
 虹の下を潜りながら星が何処に向かっているのか、大王は察しがつきました。この先は、彼の城があるデデデ山があるのです。
 デデデ山の上に一番星。
 大王は目を見開き驚いている間に、旅人の星は城の上で輝く一番星の前で止まりました。
「きらきら星…どうして?」
「だいおう まってた」
 それは旅人が大王との戦いの時に、咄嗟に口に放り込み放った星でした。見た目は小さい星ですが、ぎゅぎゅっと空の星全部を詰め込んだとても美しい星でした。旅人がバブリークラウズで見つけられなかった星々は、大王が持って行ってしまったのです。
 星は思わず差し出した大王の手の中に、きらきら輝きながら収まりました。
 ふわりと旅人と大王を乗せた星が、空の天辺を目指して昇ります。
 空の色は濃く深く、雲と太陽と月を飾りに大地は小さく丸く、星はそんな高みで止まりました。
 旅人が大王に声を掛けようとしましたが、大王は『分かっている』と言いたげに制しました。星の囁きだけが聞こえる静寂が、大きな大きな夜空となって二人を包み込んでいます。
 大王は手の中の星をじっと見つめ、名残惜しそうにぎゅっと抱きしめてから、そっと空へ放ちました。大王の手から離れたきらきら星が、ぱっと一際強く輝くと、輝きがほろほろと雪のように解け始めました。星々が渦を巻き、輝く風となって旅人と大王を振り回しきらきら笑いながら飛び去って行きました。
 見上げてうっとり。旅人が大好きな宇宙の澄んだ空間に、鋭く儚く輝く無数の光がありました。
 旅人は星々の戻った空を、とても美しいと思いました。大王だってきっとそう、旅人はニコニコ笑顔で隣を見たのです。
「ぽよっ!」
 大王はじっと星を見ていましたが、星空を写した瞳から一つ涙がこぼれました。涙は星を吸い込んで、小さい小さい宇宙になって、星に当たって弾けました。
 悲しいからでは、ありません。
 悔しいからでも、ありません。
 旅人は星が大好き過ぎて泣く人を、初めて見たのです。
 しかもその涙の、なんて綺麗な事! 旅人は心の中に転がり込んできた一粒を、一生大事にしようと思うくらいです!
「だいおう デデデ?」
「…ピンク玉、そんな事も知らねぇで俺様をボコボコにしたのかよ」
 大王の呆れた顔に、旅人は詰め寄りました。星の上は狭いので、詰め寄られると頬がピンクの丸みに埋まります。大王はそれはそれは嫌がりましたが、旅人サイズの星は大柄な大王には狭過ぎて逃げ場がありません。必死に掴まる大王は、耳を貫通する旅人の声でうっかり意識が飛びそうです!
「ぼく カービィ!」
「あぁ、カービィな。分かった分かった。そうだよ、俺がデデデ大王だよ」
 旅人は全てが繋がったようにすっきり晴れやかな顔になって、大王に興奮したように告げました。
「あのね デデデ ぼく たくさん たくさん ありがとう!」
 ポップスターは綺麗な所 ありがとう!
 沢山の人に出会えた ありがとう!
 ありがとう! ありがとう!
 旅人の沢山のありがとうに、大王が盛大な腹の虫で答えました。そんな腹の虫に、旅人もつられてお腹を鳴らします。弾けるように笑った旅人が、ごそごそ何かを探します。ピンクの小さい手が取り出したのは、真っ赤で美味しそうなマキシムトマト。
 旅人はそれをうまーく半分に割って、半分を大王に差し出しました。
「マキシムトマト はんぶんこ」
 大王は半分のトマトを戸惑いながら受け取り、しげしげと見下ろしました。そしてぼそぼそと、恥ずかしそうに呟きました。
「ありがとよ」
 旅人と大王はトマトを頬張りながら、空に瞬く星々をいつまでも眺めました。互いにお星様が大好きですから、黙っていてもお喋りしても飽きる事はありません。
 星々は彼等を見下ろし、春を迎えたポップスターを祝福するかのように輝き続けました。


 おしまい