Mt.DeDeDe

 クラッコの示してくれた雲の道を、ずっと真っ直ぐ進みます。ぐんぐん近づき見えて来たのは、空を駆ける星をも阻む大きな山。そんな山のてっぺんに、明るい光が漏れる大きな建物がありました。
 さぁ、思い出して。ロロロは山のてっぺんにお城があると、旅人に教えてくれましたね?
「デデデやま?」
 旅人が大きな建物の前に星を止めました。
 見上げると後ろにひっくり返ってしまいそうな、大きくて立派な建物です。どこかロロロのお城に似ていて、沢山の煉瓦を積み上げて、黄色と赤の鮮やかな旗が翻っています。明るい光の中からは料理のおいしそうな匂いや、楽器の演奏や、楽しそうな笑い声が聞こえてきます。なんだか、とっても楽しそう!
 旅人はおじゃましますと、扉を小さく開けてピンクの身体を滑り込ませました。赤い絨毯をふかふかと進む旅人は、城の中でそれはもう沢山の人を見たのです。
 調理を運ぶ旅人くらいの小柄な人々。星や太陽や雲や虹の飾りを天井に吊る為に、羽を持つ人、オバケな奴、空が飛べりゃあなんでも良い。重たい樽やテーブルを力自慢が運ぶ横で、楽器を練習する一団が音合わせをしています。どんな魔法か星を宿した水の球が宙を浮かんでは、海の生き物達が忙しなく行き来しています。掃除をする人は、ゴミ一つ水滴一つ落ちようものなら凄い早さで片付けてしまいます。
 旅人は、それはもう沢山の星を旅してきました。記憶をひっくり返して比べても、城の中はどこよりも賑やかで活気に満ちていました。
「泥棒は見つかったか? ピンク玉」
 低い声に旅人が振り返ると、大王が立っていました。真っ赤なガウンに真っ赤な帽子、悪戯好きそうな笑みを浮かべて旅人の顔を覗き込みました。
 旅人は仲良くなった大王に再会出来ても、しょんぼり。
「ぼく どうしよう」
 旅人はこの賑やかな雰囲気を知っていました。これはお祭りの準備の活気です。旅人はお祭りが大好き、どんなお祭りも素敵で輝いていて楽しいものばかり。皆が期待して、皆が力を合わせて、素敵な時間を作ろうと頑張っています。素敵です。とても素敵な事なのです。
 でも、旅人はここに泥棒を見つけに来たのです。旅人は皆の楽しい時間を邪魔したくはありませんでした。だって、この美味しそうな料理の数々、盗んだ食べ物で出来てるんだってわかってしまうんです。たべもの かえせ とお願いする旅人は、この城の者にとっては泥棒です。お祭りを壊す悪い奴なのです。
 泥棒が居たとして、誰に尋ねれば良いでしょう? そんなお願いが出来る人を、旅人は知りませんでした。
 旅人は一人である事が、とても辛く感じたのです。
「皆困ってるから、遠い所から遥々ここに来たんじゃないのかよ」
 大王が黄色いミトンで形の良いピンクの頭を撫でました。ピンクの頭がもぞりと動いて、空色の澄んだ瞳が大王を見上げました。大王も目深に冠った帽子の影で、夜空のような瞳で旅人を見下ろしました。
 旅人は目を尖らせて、大王にきっぱりと言いました。
「たべもの かえして」
 大王が黄色い口元をにぃっと上げて、笑いました。
 ピンクの頭から手を離すと、顔を上げすうっと大きく息を吸いました。大王の大きなお腹が膨らむと、口が大きく開いて怒ったクラッコよりも響く声で言い放ったのです。
「全員注目!」
 誰も彼もがぴたりと動きを止めました。誰も彼もがこちらを見て、旅人はびっくり! 大王の影に隠れようとすると、ピンクの頭は黄色いミトンに鷲掴みされてぷらんぷらんと持ち上がりました。
「ここに居るのは、俺様に挑戦する大馬鹿野郎だ!」
 大王様に挑戦者、と驚きにざわざわ。無謀な奴だ大馬鹿者だ、と笑い声。
 津波のように押し寄せる様々な声を、大王の言葉は尽く一掃しました。
「俺様がこのピンク玉に負けたら、今回の料理はピンク玉に全部やる事にした!」
 どよめきが爆発しました。
 食べる事が大好きな大王様。その大王様だって、今日の料理が特別だって分かっています。自分達だって楽しみにしていたのに、大王様は何を言ってるんだ。不満をあからさまに言う人も、怒りの声を雄叫びみたいに上げる人も、思っている事は一緒です。
 そんな彼等に、大王は笑い飛ばして言いました。
「俺様が負けるって思ってんのか!?」
 大王がハンマーを振り上げて、ずしんと床を叩きました! 大王は皆の不満も怒りも、ハンマー一振りでぺしゃんこに してしまったのです! 大王は静まり返った皆を満足そうに見回して、高らかに言い放ったのです。
「よぉし、つべこべ言わずにさっさと準備しろ!」
 大王の掛け声に、人々がわちゃわちゃ動き出しました。とんてんかんと柱が組まれ、ばさっとマットが広がります。きゅきゅっとロープが張り巡らされると、なんということでしょう! あっという間にリングが完成です!
 大王は旅人をリングに投げ込むと、大柄な身体からは想像もできない身軽さで続いて上がってきました。ハンマーでリングを叩けば、大きな音と共にリングが波打ちます。観客となった人々が、盛大な歓声を上げて空気がびりびりと震えました。
「さぁ、きやがれ!」
 戦いの火蓋が斬って落とされました。
 ハンマーがずしん、大王が着地すればどしん。リングは太鼓のように音を立てて震え、旅人の軽い身体は弾みます。最初はぽよぽよボールのように転がるばかりの旅人も、次第に調子を合わせて動き回れるようになりました。
 しかし、動き回れるようになったって、大王に勝てる訳ではありません。
 近づいた旅人に巨大なハンマーが迫ります。振り下ろされて ぺちゃんこ になる寸前に避ける事が出来たとしたら、次の瞬間には払われて旅人はロープにぼよんとぶつかるのです。旅人は大王がとても強い事に、ようやく気が付きました。ハンマーが旅人を殺さないように、絶妙に手加減しているのです。
 ハンマーが旅人を打ち据える度に、歓声が上がります。その歓声も聞こえている筈なのに、体がとっても痛い筈なのに、旅人は全く感じられなくなってきました。ライトの明るい輝きが視界いっぱいに広がっています。
 白い光の中に黒い点。
 黒い点は瞬く間に大きくなって、旅人の真横に衝撃と共に音を立てて降り立ちました。旅人は弾まず、ハンマーの柄でリングに縫い止められていました。旅人を覆う影は、光を遮って旅人を覗き込みました。
「降参か?」
 遠く遠い場所で、観客達の野次が聞こえます。
「こうさん しない」
 旅人の目の前で影は『そうか』と呟きました。黒い影がハンマーを振り上げるように動きます。あぁ、あのハンマーが振り下ろされて叩き潰されちゃったら、きっとぼくは死んでしまうのだな…。旅人はそう思いました。
 すると、影の中に光が見えます。
 黄色い星がキラキラと、影の中で瞬くのです。ここだ ここだ と旅人に訴えるように、星は輝いています。
「ぼく あきらめない!」
 旅人は起き上がり、渾身の力で星を目掛けて飛び上がりました。真横を掠める黒いハンマーの風と擦違い。旅人はぱくりと星をくわえて、光の中に躍り出ました。赤いガウンと赤い帽子、深い青の瞳を丸くして大王が驚いて見上げました。
 旅人は星を口の中に放り込むと、太陽のように輝きました。ピンクの身体は七色にぼやけ、大王の赤も、リングの色も、観客達の影すらも飲み込む程に輝きました。
 た べ も の か え せ !
 旅人の口から、特大の星が吹き出して大王を吹き飛ばしました!
 あぁ、大王様! 観客達は真っ青です。
 旅人は気絶してぴくりとも動かなくなった大王の横に、歩み寄りました。旅人はハンマーを握りしめた手を解き、その手を握って言いました。
「たべもの かえしてくれて ありがとう」
 そして旅人は大王に背を向けると、城の食料をありったけ持って行きました。
 お城丸ごと持って、カブーラーよりも大きく膨らんだ旅人はプププランドを巡って大王の盗んだ食べ物を届けて回ったのです。悪戯大王を懲らしめた旅人は、プププランドの民から大変感謝されました。
 
 これで、春風と共にやってきた旅人のお話はおしまい

 では、まだありません。