BUBBLY CLOUDS

 泡のようなもくもくの雲に、流れ星が飛び込んだ。
 星がぱしゃんぱしゃんと、雲を割って進みます。星の輝きが雲にいくつも虹を描き込んで、とっても綺麗! 旅人は星の上から見とれてしまいます。
 すると突然、雲の中を風が掻き回して、旅人は星と共に空高く吹き飛ばされてしまいました。
 宝石みたいな雲と、海みたいな空と、最後の太陽の輝きがぐるんぐるん。キラキラと噴水のように舞い上がる七色の綿雲が、星のように天辺の深い藍色に輝きました。ようやく星が止まって、旅人と共に空中に留まると旅人は首を傾げました。
「ほし ない」
 太陽は遠い遠い場所で手を振っています。もう、夜の時間です。しかし、旅人の上には星が一つも見当たりません。ピンクの頭の上には、真っ黒い程に濃い青が広がるばかりです。
 そんな旅人と星の前に、ふわりと雲が一つやってきました。
 雲の中から目玉が一つ、旅人をぎょろりと睨みつけます。雲は所々刺々しく黄色い角が生えていて、ぱちぱちと小さい稲妻で光るのです。次の瞬間、旅人の真横を雷が走り抜けて行きました!
「ぽよぉ!」
 おっかない!
 雲はカンカンになっていて、旅人に様々な物を投げつけました。雷や雹なんて当たったら痛いってもんじゃありません! 旅人は必死に雲の中に逃げ込もうとしますが、突風が吹いて星が雲の中に入れません。無理矢理入ろうものならば、風は雪やみぞれを含んでとっても痛いのです。
 旅人は星を繰りながら、どうしようかと悩みました。
 仕方がありません。旅人はキッと雲の中に埋まった一つ目を見ました。
 旅人目掛けて投げられた雹を、口を開けて待ち構えます。吸い込む必要はありません。ぽんと放り込まれた雹を口に含むと、旅人は目をきゅっと閉じて力を込めました。ふるふる身体を震わせて、頭がキーンキンに冷えるのです。
 星が目玉の真ん前に躍り出たタイミングで、旅人は口を開きました!
 口から飛び出したのは、氷で出来たお星様! きらきら粉雪を撒き散し、目玉に向かって一直線! かちゃんと澄んだ音を響かせて命中すれば、空気が凍ってスターダストが吹き荒れます! 雲の塊は瞬く間に凍り付いて、サラサラと無数の氷の粒となって崩れてしまいました!
 最後に残った目玉が、神鳴りのような悲鳴を上げました。
「痛い! 冷たい! やっぱり痛い!」
 半ば凍り付いてしまった目玉から、涙がぽたりと落ちました。涙が雲に触れると、真っ白だった雲が瞬く間に真っ黒い雨雲になっていきます。目玉は生まれたての雨雲の中に飛び込んでしまいました。
 旅人が心配そうに星の上から雨雲を見下ろしていると、まるで海から上がって来たかのようにずぶ濡れの目玉が飛び出してきました。くるるんと一回転。目玉が雨雲を撒き散し、旅人はずぶ濡れです。
 へっぷしゅん。
 旅人がくしゃみをすると、雲は怒りが収まらないままに言いました。
「このクラッコを泣かすとは、デデデ以来の筋金入りの悪ガキだな!」
「ぼく カービィ デデデやま いきたい」
 ぴっと元気よく上がったピンクの手を、クラッコはただただ睨みます。でも睨む目もヒリヒリ痛くって、悪ガキピンク玉を叱りつける元気もありません。しょんぼり、意気消沈。
 やれやれ全く。クラッコの目玉の周りから、小さい綿雲がほわほわと生まれて零れました。
 クラッコはポップスターの雲が見下ろす全ての事を、知る事が出来ました。だから地上の騒動の一部始終を知っています。呆れる程平和なポップスターでは大事件。しかし、クラッコは自分が起こした嵐の方が、よっぽど民が困ってしまう事を分かっていました。そんな大した事でもない事に、旅人が巻き込まれた事に少し同情していました。ちょっと前までは。
 旅人はくりっとピンクの身体を傾げて、クラッコに訊ねました。
「デデデ クラッコ いじめるの? わるい やつ?」
「何故、貴様は悪いと思う?」
 旅人は質問を質問で返されてしまって、ぽよぉと困りきった声を上げました。
 クラッコは瞬きをして、ぽわんと雲を纏いました。すると次の瞬間、ぽんと雲の中からワドルディが飛び出します。慌ててパラソルを開いて宙を漂い始めたワドルディが雲の中に落ちる前に、クラッコが風に乗せてふわりふわりと流して行きます。ばいばいと手を振るワドルディを見送ってから、旅人を再び見遣りました。
「私を凍死させるような一撃を見舞った、貴様の方がよっぽど悪い奴だ」
 旅人はごにょごにょ言い訳。いきなり おそって きたんだもん。にげられ なかったの。旅人の蚊の鳴くような言い訳も、真横に流れる小さい綿雲からクラッコは聞いていました。
「私はポップスターの全ての雲でもある。雲の中を進まれては、くすぐったかったり痛かったりで困るのだ」
「ごめんなさい」
 旅人は つぎは しません と謝りました。
 ぺこりと下げられたピンクの頭に、クラッコもふかふかして概ね満足そうです。
「互いに事情を知らなかったのだ、今回は不問としよう。次は、黒こげだ」
 ぴゃっ! 旅人の恐れ戦く反応に、ピンクの部分を少し削いで彼奴に飲ませてやりたいと思うクラッコです。
 そんなクラッコの悩みの種は、旅人が浜辺で出会ったカブーラー。カブーラーは雲の中に飛び込んだり、雲を目掛けて大砲を撃ったりでとても困っています。何度、雷で真っ黒焦げにしたことか、クラッコはもう数えちゃいません。そんなカブーラーを修理してやるのが、デデデなのです。おっと、そうだ。
「先程の問いだが…、私は別に悪い奴とは思ってはおらぬ」
「クラッコ なかされる いじめると ちがう?」
 クラッコは一つ目でゆっくりと辺りを見回しました。見渡す限りのバブリークラウズの雲は、真っ黒い夜空の下で光り輝く海のようでした。雲が寄せては返し、流されていきます。雲の淡い七色を宿した優しい光に、渡り鳥達が照らされて飛んで行くのが見えました。
「私は雲だ。雲は太陽を遮り、雨を降らせ、雪を落とし、嵐を運び、雷で地上を切り裂く。私の存在は天候に大きく関わっているのだ。デデデが私の元に喧嘩を売りに来るのは、ポップスターが干ばつに見舞われた時だけだ」
「かんばつ?」
「雨が降らず、地面がカラカラに干上がる事だ。ウィスピーの怒声が、ここまで聞こえて来るぞ」
 雲がふわっふわっと膨らんで、クラッコは愉快そうに笑いました。
「雨を降らす為に、私は涙を流さねばならぬ。しかし、私は滅多に涙など流さぬ。だからデデデがやって来る」
 クラッコとデデデは昔からの喧嘩友達です。最初はポップスターに雨を齎す為に戦いに来ていましたが、今では遊び半分本気半分です。勿論、クラッコが毎回デデデに負ける訳ではありませんし、会う度毎に喧嘩している訳ではありません。クラッコが暇の余りに欠伸して涙が流れれば、雨が降って大地が潤う事もあるのです。
 クラッコの穏やかな雰囲気に、旅人は頭から煙が出そう。
 デデデやま の デデデ? どろぼう わるいやつ でも いいやつ? なくの おねがい すればいい。でも なかない みんな こまる。うーーーん ぽよよぉ!こりゃ、困った! 旅人の頭の中は疑問でいっぱいです!
「デデデ いいやつ?」
「デデデ山に行くのだろう? 直に会って、自分で確かめるのだな」
 クラッコの言葉に旅人は大きく頷きました。
 たった一言で旅人の疑問は、とりあえず解決です! クラッコは、なんて凄いんでしょう! 旅人は尊敬しきりです!
「そうだね! たべもの かえせ おねがいしなきゃ!」
 旅人の乗った星はくるくる輝きながら、空の高みに駆け上がります。太陽はとっくに海の向こうに沈んでしまい、月は今日はお休みのよう。星も一つも見えなくて、明るい雲の下は山の形も見えません。星はどっちに行くんだと急かすように光りました。
 旅人はクラッコを見下ろして訊ねました。
「デデデやま どっち?」
 クラッコが溜息を吐くと、すうっと一筋の雲が生まれました。それは一つの方向に一直線。この先がデデデ山だと、雲が言っているようです。
「いっぱい こたえ ありがとう!」
 旅人は雲の道を星の光で輝かせながら、一直線に飛んで行きました。流星の尾のように、いつもと違った雲の輝きにクラッコは目を細めます。久々に雲の中が掻き回されて、新しい気持ちになったクラッコは雲の海を気持ち良さそうにふかふか漂い始めました。
 春風は冷たい雪を溶かし、恵みの雨に変えて去って行きました。