FLOAT ISLANDS

 フロートアイランドの上を流れた流れ星。飛行船にぶつかって、一緒に島に落ちました。
「ごめんなさい」
 ぺこぺこと旅人は飛行船に謝ります。
 飛行船は空気で膨らむタイプのようで、星がぶつかって開いた穴から空気が吹き出して真っ逆さま。慌てて旅人は飛行船を持ち上げようとしましたが、大きいの重いのなんの。派手な音を立てて墜落したら、花火の様に沢山の部品が飛び出してしまったのです。
『謝っテ済むもンカ! いったい、どウシてくれるんダ! オレっちにこのままヤドカリの家になれっテカ!?』
 飛行船はかんかんに怒って、動力部のエンジンが真っ赤っかです。
「マ…マキシムトマト食べたら治る?」
『治る訳ねぇダロ! 泣きながら差し出してくんじゃねぇヨ! 泣きてェのはオレっちのほウダ!』
 旅人はしょんぼり。でも、大事な大事なマキシムトマトをあげなくて済んで、ちょっとホッとしています。
 しかし、どうしたら良いのでしょう? 旅人は途方に暮れていました。
 美しい海を切り取る真っ白い砂浜。そこには大きな穴が開いていて、そこが飛行船が落下してしまった場所なのです。飛行船は穴にすっぽり。小さい旅人の力ではどうにもなりません。不思議な風船みたいに膨らんで重たい機械を持ち上げていた布は大きく裂け、機械が空気を送り込んでもひゅーひゅー空気が吹き出すばかりです。そしてバラバラになってしまった沢山の部品達。
 生き物だったら、マキシムトマトで元気になってくれます。
 でも、機械はそうはいきません。
「ねぇねぇ きみを なおすには どうしたら いいの?」
 飛行船はエンジンをガタガタ鳴らします。どうやら怒っているようで、吹き出したボルトが旅人の額に見事に命中! 飛行船はスピーカーを震わせて旅人に怒鳴りつけました。
『このカブーラー様を直すダァ!? チビ助に弄られた日にハ、オレっちはテーブルになっちマウだろうナ!』
「ぼくは カービィ ちびすけ じゃ ないよ」
 旅人はもう泣きそうです。
 旅人が見渡す限りには、怒りんぼの飛行船しかいません。蟹とか鳥は見掛けますけど、旅人の問いに答えてくれる人も手助けしてくれる人も居ません。
 プププランドは初めてやって来た国なので、機械に詳しい人なんて旅人が知る由もありません。旅人はウィスピーウッズやロロロやラララを思い浮かべて、彼等の所に戻って訊ねようか本気で考えていました。飛行船を放ったらかしにしてしまいますが、何もしないよりはマシなのです。
 星を呼ぼうか、そう思って上を見上げると突然日が陰りました。
「怒り過ぎは良くないぞ、カブーラー」
 ぽよ。見上げると旅人の倍以上、横にも縦にも大きい人が立っています! さらに大きい人が着込んでいるものが、真っ赤でふかふかのガウンだったり、真っ赤でもこもこで白いぼんぼんの付いた帽子だったりしてもっともっと大きく見えます。大きい人の担いでいるハンマーも、とても大きいです。フロートアイランドの海風は涼しくても、日差しはカンカンに照っています。手に嵌めた分厚い黄色いミトンを見た旅人は、暑くないのかなぁと圧倒されてしまいました。
 大きい人は旅人を一瞥すると、どしどしと砂浜を踏みつけるようにしてカブーラーに近寄りました。大きい夜空のような色の瞳をきょろきょろ動かし、裂けた布を持ち上げて覗き込み、真っ赤なエンジンをハンマーの柄で小突きました。
「この前怒り過ぎて、エンジンがオーバーヒートしちまった事をもう忘れたのかよ」
 スピーカーから泣き声みたいな音が響いて、カブーラーは大きい人に訴えました。
『オォ! 大王じゃねぇカ! 頼むよ、チビ助に星ごト体当たりさレテ、大砲一ツ打てやしなイ!』
「おうおう、見事なまでに派手にぶっ壊れても元気でなによりだ」
 大王と呼ばれた大きい人は、愉快そうに笑いました。突然現れた頼れる人に、旅人は訊ねました。
「ぼく カービィ だいおう なおして くれるの?」
「勿論、友達だからな」
 大王は頷きました。
 そしてちょんちょんと旅人の頭を突きます。黄色いミトンが、見上げる旅人の頭の上をひらひらと舞いました。
「ほれ、ピンク玉、ボーっとするな。そこら辺に落ちてる部品を集めて来い。あっちに俺の背中のマークが付いた小屋があるから、工具を取って来い。腹も減るからそっちで釣りもして来い。ヤシの実も向こうに沢山生ってるから釣りの次いでに持って来い。そっちの洞窟に塩辛くねぇ水が溜る場所があるから、水汲んで来い」
「いっぱい むり!」
 ぽよぽよ! 弾んで膨らむ旅人でしたが、大王の登場は魔法のようでした。
 黄色いミトンが指し示す方向には、大王が言った通りの物がありました。ガウンの背中のピースマークの旗が翻る小屋では、ワドルディが工具を渡してくれました。釣り竿片手にやってくれば、先客が穴場の釣りを良く知ってるねと笑います。釣れる魚があまりにも美味しそうで、旅人は釣り針ごと魚を頬張ってしまいます。帰り道でヤシの実が沢山実っていて、旅人はたんこぶがぽこぽこできてしまいました。洞窟の中はひんやり涼しくて、天井から滴る水を称えた泉は宝石を沈めたように美しいのです。
 旅人は大王はとても凄い人だと、心の底から思いました。素敵な場所の素敵な所を、なんて沢山知っているんでしょう!
 大きい身体で力持ち。旅人ではびくともしなかったカブーラーを、大王はひょいっと持ち上げてしまいました。旅人の渡した部品の砂を丁寧に払い、旅人にも息を吹きかけて払えと言いました。旅人の強過ぎる息に、次の瞬間には砂塗れになる大王でしたが怒っても手伝うなとは言いません。工具を片手に旅人には分からない複雑な部分を、ちょんちょん かちかち。破けた布に布を当てて、エンジンでアチアチにした金具で布同士をくっ付けます。空気が通らない部分は熱で溶かしてくっ付けるんですって! ぽよー、旅人は感心しきり!
 太陽が傾きオレンジ色に空が染まる頃には、すっかり元気になったカブーラーが空を飛んでいました。継ぎ接ぎだけど飛行船の布は空気で膨らんで雲のよう。エンジン部分はちょっと怪しい音がするけど気にしません。大王が応急処置だと言っても、カブーラーは大復活と大はしゃぎです。
「だいおう カブーラーを なおして くれて ありがとう!」
「なぁに、大した事じゃない」
 むしろ日常茶飯事だ。大王は呆れた顔で腕を組んで言いました。どうやら怒りぼのカブーラーは、ちょくちょく大王に直してもらっているようです。
 大王は旅人を見下ろして尋ねました。
「俺はそろそろ行くけど、ピンク玉はどうするんだ?」
「ぼく デデデやま いきたいの」
 旅人が答えると、大王は目を細めて『そりゃまた何でだ?』と訊ねました。
 旅人は今までの旅の事を話しました。プププランドの食べ物が奪われてしまって、皆が困っているので泥棒を追いかけている事。ウィスピーウッズが、泥棒がデデデ山にいると教えてくれた事。林檎を沢山くれて美味しかった事。ロロロがデデデ山がある場所を教えてくれた事。うっかりロロロの城を滅茶苦茶にしちゃったけど、めいきゅーって難しくって面倒で良く分からなかった事。デデデ山を目指して星に乗って飛んでいたら、カブーラーとぶつかってしまった事。そして、大王に出会った事。
 大王は旅人の話を楽しそうに聞いてくれました。旅人は何だか嬉しくて、いつもよりちょっとお喋りです。
 大王はふむふむと黄色い口元を擦りました。
「ピンク玉は泥棒見つけたら、どうするんだ?」
「みんな こまってる たべもの かえせって おねがいするの」
 旅人が答えると、大王は大きい丸いお腹を叩いて大笑い。ぽよっと見上げる旅人に、一頻り笑った大王は言いました。
「笑って悪かったな。あぁ、デデデ山ならあっちの方だ。気をつけて行けよ」
 そう黄色いミトンが指し示します。旅人がロロロから教えてもらった方角と同じ方向には、七色の雲がキラキラと輝いています。
 旅人はぴっと小さいピンクの手を上げると、空から星が降ってきました。星はピンクの旅人の前でくるくると輝きながら留まり、旅人が乗るのを待っています。旅人は大王を見上げるとにっこり笑いました。
「だいおう たすけて くれて ありがとう!」
 ぴょんと身軽に星に飛び乗れば、旅人は大王に手を振りながら瞬く間に空の彼方へ飛んで行ってしまいました。ハンマーを片手に見送った大王は、きらきらと輝く流れ星が消えて間もなく呟きました。
「お願いして、返してくれる奴だと良いな」
 なぁ、カービィ?
 大王はにやりと笑って、星が消えた方角に向かって歩き出しました。
 大きな嵐の予感がしても、春風は振り返る事無く冬を追いかけ先を行く…。