CASTLE LOLOLO

 ぽよ
 旅人の声が遠く奥まで反響します。
 そこは巨大な巨大な温室です。天井は金色のフレームに支えられた硝子で、等間隔の石の柱が支えています。床は普通の地面で、草が生い茂り天井に向かって巨大な樹が生えています。何処かに川が流れているのか、旅人は川の流れを聞く事も出来ました。それどころか青い旅人の目には、草むらの影に蠢く獣のような影も沢山見えたのです。
 巨大なお城の意外な中身に、旅人はきょとんと入り口で立ち止まってしまいました。
「ようこそ、ボクの城へ!」
 声が響いたと思うと、旅人の前に一人の青年がやってきました。青い丸い身体はブレもせず、さっと振り上げた白い手袋が流星のように胸元らしい場所に添えられます。足を僅かに引いて王侯貴族がするような立派過ぎる会釈です。
 大きなぱっちりした目を開いて、青年は浪々快活な良く響く声で言いました。
「ボクはロロロ。こんにちわ、挑戦者君!」
「ぼく カービィ ちょうせんしゃ って なんのこと?」
 旅人が名乗ると、ロロロと名乗った青年は『よろしく、挑戦者君』と笑いました。
 そして、さっと白い手袋の嵌った手を奥に差し示したのです。ロロロの白い手袋の先は、なんだか穏やかではない空気が漂っています。
「ボクの作った迷宮を突破するんだよ。今年も自信作さ」
 ぽよぉー。旅人は口から感心がただ漏れです。
 旅人はデデデ山に行かねばなりません。こんな所で遊んでいては駄目な事だって、当然分かっています。
 しかし、彼は旅人。面白い事、楽しい事が大好きなのです。ロロロが『どうだい、挑戦してみるかい?』と優しく問えば、旅人はうん!と二つ返事。寄り道も旅の醍醐味です。
 ロロロは元気な旅人の返事に、満足そうに頷きました。
「奥の部屋に続く扉を開けて、ボクの所までこれたら君の勝ちだよ。待っているよ」
 ロロロの手が輝き、さっと奥を指し示すと手から飛び出た光と共にロロロの姿が消えてしまいました。目を丸くした旅人は入り口で独りぼっち。暖かい空気をふわふわと漂う虫の声や、ふさふさと揺れる草木や、がやがやと騒がしい獣達の声が押し寄せてきました。
 旅人は意を決して飛び出しました。柔らかい芝生を、赤い足がぺたんぺたんこと進んで行きます。
 開けた場所には立派な宝箱!
 赤い革張りに金色のフレーム、キラキラと輝く宝石! この中にはお宝が入っているに違いありません! 旅人は目を輝かせて宝箱に齧り付きました。ワックスの苦さにちょっぴり顔を顰めましたが、宝箱のフタに小さい手を引っ掛ける。うーんとこ どっこい ぽよよよっ!?
「あかない!」
 旅人がぽよぽよ怒りますが、流石宝箱。びくともしません。
「あらあら。それじゃあ、開きませんわよ」
 へたり込んだ旅人の上から声が降ってきます。宝箱の上に誰かが乗っているようです。
 旅人が見上げるとロロロと名乗った青年に姿形はそっくりで、違う所と言えば身体の色がピンク色で黄色い大きいリボンをつけています。ピンクの身体の横に白い手袋をつけた手を上品に添えて、彼女はラララと名乗りました。
「この部屋にハートの模様が描かれた箱がありますの。その箱を手にいれたら、宝箱が開きますわよ」
 ごらんになって。ラララは穏やかで眠くなりそうな声で、少し離れた所を流れる川の方を指し示しました。旅人が見れば、なるほど、ハートの模様が描かれた白い箱が置かれています。
「でも、重々注意なさってください。貴方様が箱を取るのを妨害する、沢山のロロロのご友人がおりますのよ」
 ぼっ!
 旅人が反射的に飛び退くと、火の玉が通過した所でした。矢のように飛んで行く火の玉は、川の中に落ちてジュッと音を立てました。旅人が丸い身体をくりっと傾けて振り向くと、そこに口から炎を零しながら歩み寄るドラゴンが立っていました! 旅人が再び軽い身体で宙を舞えば、大地を炎がべろりと舐めました。
 旅人は慌ててハートの箱を目指します。
 橋を渡って転がるドクロを飛び越えて、壁かと思ったらばったんと倒れて潰そうとする奴を寸での所で避けるのです。旅人がハートの箱の元に到着した時には、いろんな奴らが追いかけて来て、もう逃げ場がありません!
 くりっくりっと左右を見ると、ハートの箱の横には緑のブロックが沢山積まれています。どれくらいか。それは見上げて首が痛くなる程です。
 箱を崩してフェンスみたいに、追いかけて来る奴らを遮っちゃおうか。でも、そうしたらハートの箱を取っても宝箱を開けに戻れません。旅人はピンクの丸い頭から煙が出る程考えました。
 旅人はキッと瞳を鋭くすると、緑のブロックに向いて口を開きました。
 すぅぅぅぅううっ!
 大勢の視線の目の前で、緑のブロックが舞い上がります。舞い上がったブロックはぽいぽいぽぽぽ!と、旅人の大きく開いた口に吸い込まれて行くのです。なんて信じ難い光景! 旅人を追いかけ回したロロロの友人達は、一様に大量の冷や汗をかいて立ち尽くしていました。
 どう考えても小さい旅人の身体に収まる量ではありません。ブロック一つでさえ、旅人と同じくらいの大きさなのです。それでも彼等の目の前で旅人は大量のブロックを、その身体の中に吸い込んでしまったのです! そして少しブロックの角にぼこぼこの輪郭になった旅人が、ゆっくりと振り返ったのです!
 旅人の空のように美しい青い瞳が、ぱちくりと瞬きをしました。全く邪気の無い純粋無垢な瞳に見つめられても、安堵はありません。先程までの賑やかさが嘘のように静まり返っています。その平和も後僅か、誰もがなんとなく思うのです。
 ぱかり。
 旅人が口を開けたその瞬間、キラキラと澄んだ音を立てて沢山の星が口から飛び出したのです!
 旅人を追いかけ回していた誰もかもを弾き飛ばし、星達はそのままブロックを壊し橋を壊し石像を破壊し、天井の硝子を突き破って飛び出してしまいました! ロロロの城が傾く程の衝撃と、全ての窓硝子が割れたような轟音が貫いたのです!
 城の主は慌てて奥の部屋から飛び出して、惨々たる状況に頭を抱えて叫びました。
「参ったな! ボクの考えた仕掛けも罠も、全て壊してしまったのか!」
 青い顔が真っ白です。ロロロが具に被害状況を確認しようと、忙しなく右左。あぁ、ラララはどこにいってしまったんだ!
「ごめんなさい」
「いやいや、挑戦者君が謝る事は無いよ」
 ロロロはぺこりと頭を下げた旅人に、精一杯の微笑みを見せました。旅人は幼いし、ちゃんとルールも教えていなかった。自分にも非があるのだと、大人なロロロはどうにか自分を納得させます。
 それにロロロは迷宮だって自分で考えてしまう、頭の良さと腕があります。無茶苦茶にされたからって、この程度。一月要らずに元通りに出来ると、自分に言い聞かせています。あぁ、それよりもラララは何処だ怪我してないか?
「ぼく デデデやま いきたいの」
「そうか。デデデ山はあっちにある険しい山だよ。頂上にお城があるから、きっと直ぐ分かる」
 旅人の質問に、ロロロは丁寧に方向を指し示して答えました。
 旅人がこくりと頷くと、破れた天井から旅人よりも一回り程大きい星が降りてきました。旅人の横でくるくるキラキラ。まるいピンク色が星にしがみつきました。
「ありがとう! とても おもしろかったよ!」
 旅人は手を振り、星の輝きを散らしながら あっという間に空の彼方に消えて行ってしまいました。
 まるで嵐のような旅人だった。それよりもラララは…!
 ロロロが本格的に動き出そうとした背に、のしのしと重たい足音が歩み寄ってきました。ロロロが振り返ると、見上げる程に大柄な影の背にラララが背負われています。つぶらな瞳で上品に微笑むラララは、蒼白のロロロを見下ろして白い手袋が眩しい手を振りました。
 安堵の溜息を零したロロロは、ピッと姿勢を正し洗練された会釈を大柄な影に向けました。
「やぁ、大王。ラララを助けてくれて、ありがとう!」
 ロロロが大王と呼んだのは、ウィスピーウッズのお客さん。赤いガウンに赤い帽子、ハンマーを担いだ偉丈夫です。
 大王は大きな手で優しくラララを抱え地面に降ろしてやると、城の中を見渡して苦笑いを浮かべます。
「しかし、凄まじかったなぁ。修理に俺の所の人手を貸してやろうか?」
「挑戦者君にボロ負けしたツケは、自分で清算するさ。お気持ちだけ有り難く頂くよ。さぁ、大王。一勝負しようじゃないか!」
 おーし。大王がガウンの袖をまくり上げると、高々と拳を振り上げました。
 ロロロも同じく拳を振り上げ、大王と激しい火花を散らします。
 どこからともなく、お祭り囃子のような明るい曲が響き渡ると二人が踊りだします。ラララが手拍子し、二人の鬼気迫る真剣な踊りは佳境を迎えます! 大王とロロロは拳を堅く握り、響き渡る声で言いました!
『じゃあぁんけん、ほい!』
 ロロロはグー!
 大王はチョキ!
 その瞬間に勝負は決し、ロロロは腕を引き絞り大王のお腹に一撃見舞ったのでした。見事な正拳突き! 大王は殴られた拍子に数歩後ずさり、いてててと腹巻きの上から丸いお腹を擦ります。ちょっぴり涙目の大王に、ロロロはやんちゃな笑顔を向けました。
「大王って名乗る奴は、皆じゃんけん弱いな」
「ロロロ、ちったぁ手加減しろよ」
 そう言って大王は痛みが嘘のように、すっと姿勢を伸ばしました。人懐っこい笑みを浮かべて、ロロロとラララを見下ろします。
「そうだ、リングの調子は上々だ。良いもん作ってくれて、ありがとうよ」
 お礼を言いに態々ありがとう。ロロロはぺこりと頭を下げました。
 ロロロは大王の表情から自分の作った物を喜んでいるのを感じて、とても嬉しくなります。彼は大王より少し後からこの地にやってきましたが、なかなか名立たる人物なのです。今回はプロレスリングを作ってくれと言われましたが、大王の城の大修繕も指揮したりします。
「リングなんて作ったのは初めてだったけど、そんなものを注文するのは、大王、君くらいだよ」
 弾けるように大王が笑うと、ロロロもラララも笑いました。
 春風は嵐。あまりの強さに滅茶苦茶になるけれど、明るい気持ちが手折られる事は無いのです。