王からの使命

 アレフガルドを治めるラダトーム…、そして人類は未曾有の危機にあるという。
 なんでも『竜王』と名乗る魔物がラダトーム王家が代々守って来た秘宝『光の玉』を奪い、ラダトーム国王ラルス16世の愛娘ローラ姫を攫っちまったらしい。お陰でアレフガルドは闇に閉ざされしまったのだそうだ。
 俺は直ぐ横にある窓から空を見上げれば、真っ青に抜けるような青空に真綿を千切ったような真っ白い雲がふわふわと浮かんでいる。鳥が小さいながらに群れを作って飛んで行く姿は、強くも無い日差しに黒々と切り抜かれた様に鮮やかに映る。大昔、それこそ勇者ロトという伝説が生きていた時代は太陽が昇らず夜が続いた事があったそうだが、今目の前にはそんな事は無い。闇に閉ざされたのは娘や国宝を奪われた国王の心情であり、それを吟遊詩人が同情込みで伝えているだけ。
 実際問題、『光の玉』が盗られた! ……だから何? ってのが俺のような傭兵が考える事なのだ。
 無責任な流れ者の印象がある傭兵ならいざ知らず、一般市民も事を深刻に捉えている者はいない。
 今まで光の玉と言う国宝の存在は誰もが知っていたが、その恩恵がどれだけ素晴らしいのかを知っている者は当然居なかった。さらに魔物の手に落ちた当時は日が昇らなくなるのかと不安に思う声もちらほら聞こえたが、毎日天空に昇る太陽と暖かい日差しに光の玉が形だけの国宝なのだろうと国民は口にしないが思った。
 姫君である国王の一人娘ローラ姫も、史上稀に見る美貌の持ち主であるとか、気品に溢れているとか、淑やかだとか、世に言う深窓の姫君のイメージそのままなのだ。攫われて可哀想なイメージはあるものの、人間とは現金なもので将来に不安の影でも落ちないものなら関係等ないのだ。政とは無縁の姫君を救おうと躍起になる兵士の姿はあれ、市民の同情というのは結構形だけだったりする。
 とは言え、人々に最も関わる事とは魔物の事だろう。魔物が城に乗り込んで盗みを働いたとはいえ、魔物の勢力が増して人を襲う様になったかといえば…答えはいいえだ。残念な事に魔物の縄張りに入り込まなければ滅法強い奴に襲われて殺されるなんて事も無く、人間と魔物は微妙な境界線を隔ててアレフガルドに共存していた。
 ここまで言えば解るだろうが人々は今回の事件に関心を寄せては居ない。
 はっきり言ってしまえば、どうでも良い。
 姫様攫ったのだって、ラルス家の動きを封じる手段と考えるのが打倒だろう。まさか魔物が人間に欲情するとは考えられんし、そんな性癖があろうものなら女性が攫われ孕ませられ魔物と人間の間の子がアレフガルドに満ちているだろう。お姫様はとびきりの美人らしいし、 人間に攫われる方が彼女の危機の度合いからしてまずいだろ。
 …ってのが俺の意見。皆さんどうだね?
 極一部の人間が異常に騒ぎ立ててるだけだが、そのお陰で俺達は忙しい稼ぎ時を迎えている。
 傭兵とは言葉の通り金に雇われた兵士。金と契約が与えられる限り俺達は契約者を裏切らないし、その金と契約の為に命を賭ける事を生業としている。魔物討伐から護衛、金品捜索から痴情の仲裁まで依頼金額はピンキリで何でも屋に思われない事も無い。人々が胸に抱いた不安は、彼等が出来るだろう事柄を自主的に制限し俺達に依頼して来る事が増えた。
 それはそれで結構な事だったが、今回王国で大規模な仕事の依頼が公募された。
 一言で言えば、ローラ姫の捜索と救出。
 例の騒動の直後にはそれはもう大規模な捜索がアレフガルド全域に及んだ。メルキドとラダトームの往復護衛で主に飯を食っている俺も、捜索隊と幾度も擦れ違った。だが、残念な事に王宮の兵士であろうと素人。山の険しさ、魔物の気配、実践と不慮の事態、魔物の巣窟にも乗り込んだと聞けば、卓上の猛者と旅慣れた人間との経験の違いを語るのも面倒い。
 多くの捜索隊の末路は知らんが想像通りの結果だろう。でなければ公募しない。
 ラダトーム王城の兵士の修練場では、篩いに掛ける試合の真っ最中だ。公募で集まった人間を丸まる採用は捜索隊の末路から気が引けるのか、ただケチ臭いのか判断に悩む所だ。修練場の脇で待機していた傭兵達も次々と数を減らし、試合に勝ち残って来た俺を含めた数名の影が見え隠れする。
「お前は正式なラダトームの兵士だ。なぜ試合に参加しているんだ?」
「俺はローラ姫を救いに行きたいのです!兵士長も俺の実力は知っておいででしょう!?」
 柱に寄りかかって声がかかるのを待っていると突然声が響いた。盗み聞きする気は更々ないが、この狭っ苦しい部屋によく響くから嫌でも聞こえる。まだ声に高さを残すような若い兵士の声がローラ姫を救い出したい気持ちを切々を訴え、それに感動しながらも城に残るよう諭す落ち着いた声の上官の駆け引きである。
 公募に応じた傭兵はドムドーラを根城に稼ぐ実力派も居たので、ガキ臭い若い兵士の実力は確かに本物であろう。そんな兵士をこんな大変な時期に手放したくも無いし、傭兵の命なら多少軽く扱える本音もあってか上官の説得は必死さが滲んでいる。
 辞職も覚悟したガキの言葉に、流石の上官も言葉を詰まらせる。兵士のガキが正気ではないと俺は聞かされている身でありながら失笑せざる得ない。ラダトームの兵士ならエリート中のエリート。町の人間が一年かけて稼ぐ金を一月の給料とし、選り抜きの美人である宮 仕えの侍女を嫁とし、町にの人間から一目置かれる存在になれるというのに…。ローラ姫とはそんな人生プランを棒に振るほど救う価値のある姫君なんだろうか?
 あぁ、あれか。あわよくばローラ姫とお近付きになって、結婚とか、夜のお楽しみなんぞ期待してるのかもしれん。
 そういう下心があるなら、納得もしなくもない。
 すっかり会話の内容に関心も失せて、ぼうっと外の景色を眺めているとこちらに駆けて来る甲冑の擦れる音が耳に引っかかる。横に視線を流すと、そこには先程話していたガキ臭い兵士が俺を見ている。その距離の近さと言ったら、今にも殴り掛かりそうな剣幕で俺は僅かに身構える。
「貴様がアレフだな?」
 力強い正義感に満ちあふれてるといえば聞こえは良いんだが、俺からすればバカ正直なまっすぐな視線だ。
 初対面に敬語もさん付けも無く上から目線とは、流石筋金入りのエリート様じゃねぇか。そう思ったがなんて事は無い。熱血馬鹿という人種だろう。失敗も挫折も経験した事なさそうで、自分の都合の良い将来を確信して止まない。それかローラ姫に特別な思いを抱いているかのどちらかだ。俺はガキの眉毛一つ跳ね上げる程度に留めて聞き流す。
「俺は必ずローラ姫をお救いする。お前に…勝つ」
 このガキに勝ったら勝ったで面倒そうだな。俺は小さく溜息をつく。
 捜索隊に編成されなかったのも、きっと若さ故か前途有望だったかに違いない。俺を始め傭兵の誰もが姫君がまだ生きているという考えは持ち合わせてはいない。あれから数ヶ月の月日が経っている。救出して戻って来るローラ姫が、以前と同じローラ姫だという幻想はどうにか捨てて現実的な物の見方をして欲しいもんだ。
「お前が本当に姫を救う覚悟があるならば、もっと早く国王への忠誠を捨てるべきだったな」
 夢は寝てみて欲しいもんだ。
 俺はそう言い捨てると同時に、腰に差している剣の柄を後ろに大きく倒し剣を回転させる。目の前に迫ろうとしていた白銀の刃を逸らし、足に僅かに力を入れて下がって間合いを取る。鞘ごとベルトから剣を引き抜き怒ったガキんちょを見る。
 型に則った美しい構えで、こちらの出方を窺う慎重な間合いを維持している。怒りに満ちた表情は剣の切っ先程の鋭さ。明らかに実践慣れしていないのか、俺の攻撃の避け方に動揺の影が滲んでいる。もっと思いっきりいい動きをするでもなく、周囲を観察する手合いでもない。全く…
「中途半端だな」
 鞘が納まった剣でわずかに相手の剣先をずらすだけで、大きく開いてしまった懐をガキ自身が信じられない事のように目を見開く。その隙に一瞬体を縮め全身をバネのように使い力強く素早く、意識しながら大股でさらに一歩深くガキの懐に飛び込んだ。
「殺られちまうぜ?」
 俺は右手に鞘を左手に柄を握り、剣を横に構え体全体を使ってガキの腕を下から上に跳ね上げた! 腕が勢い良く跳ね上げられ筋肉が悲鳴を上げて凄まじい痛みを感じるだろう。その痛みに耐えることができずガキは万歳をするような恰好にさせられる。剣を離さないのは流石と言おう。
 踏み込んだ左足をそのままガキの足に絡めて浮かせると、右足を支軸にガキの腕を取り大きく投げ飛ばした!
 投げ飛ばされたガキが信じられないとでも言いたげな瞳と一瞬目があった。
 ふん、無様だな。
 鉄の鎧を着込んだ体が床に落ちて、派手な音が修練場に響いた。鉄の鎧を着ているくせにガキは体が起こせないでいる。
 俺は口元に浮かびそうな笑みを必死で殺しながら剣を抜き放とうとした。本当は一回も剣を抜く事なくケリを着ける事も可能なのだが、俺なりのこのガキへの敬意の証で柄に手を掛ける。実際、刀身の有様を見ると屈辱か侮辱に映ってしまうかもしれないが。
「勝負あり!!」
 間に入って止めるには絶妙のタイミングで、先程ガキと言い争っていた上官の声が割り入った。
 俺が剣をベルトに再び固定して、試合に呼ばれて戻って来た時にはガキは居なかった。この後の勝ち抜いていったどの試合にも彼の姿はなかった。

 ■ □ ■ □

 深紅の絨毯が中央を走り、金の糸で縫い付けられたラダトームの紋章が高々と掲げられている。数段高くなった所に現ラダトーム国王ラルス16世が座っている玉座が、その隣には空の玉座…おそらくローラ姫が座る玉座が鎮座している。壁際には重鎮らしき身成の良い貴族が整列していた。謁見の間の豪華さは俺のような貧乏人には理解できない次元に達していて、無駄にしか見えない。
 兵士長が背後で扉を閉めると、俺は失礼にならぬ程度進み出て、形ばかりだが膝を折って頭を垂れた。
「お初にお目にかかります国王陛下。私はアレフなる傭兵にございます。卑しき職に従事する者なれど、寛大な国王陛下にはよしなにお見知りおきを…」
 国王が大きく頷くと広い謁見の間に響き渡る声で話しかけてきた。
「傭兵といえどその実力は、我が国の兵士に引けを取らぬと聞いた。かつてアレフガルドを闇に陥れた、大魔王ゾーマを流星の如き煌めきを纏いて打ち倒した勇者ロトのような活躍を期待しておる!!」
 あぁ……王様になると面倒なセリフを吐きやがる…。『ローラ姫を助けてくれ』と、『礼は弾む』とだけ言えばこちとら十分なんだけどなぁ…。俺は頭を垂れて見えないのを良い事に、奥歯をぎりぎりと噛んで口を開けば出てしまいそうな悪態をどうにか堪える。
「我が娘ローラはそれは美しい姫で、その天使のような微笑みは国民の安らぎの象徴と言える。優しく、気高い、まさに国民の心の拠り所である。わが国が勇者ロトより預かり申した光の玉のみならず、ローラまで攫うとは、竜王の邪悪さに儂は怒りを隠す事はできん!」
 王の震える拳を振りかざし演説や会議で鍛えた大声が、俺を突き抜けこのだだっ広い謁見の間に響き渡る。俺は無表情の下ですっかり疲れてため息をこぼした。話を聞いているだけでこんなにも疲労するものなのかと、感動すら覚えそうだ。意識もぼんやりしてきて、どれくらい国王の演説を聴いていたか解らなくなって来た頃に背後で動きがあった。
 何か重い物を運ぶ足音と、その何かを床に置く音。何かを運んで来た兵士が『うっ!』と息を詰めたような声を上げ、潜められた声が交わされた後運び出された様子も聞こえる。凄まじく気になるのだが国王の前で振り返る訳にもいかない。とにかく何かが起きているのに、眼中に入らないかのように国王は立ち上がり腕を仰々しく上げて言い放った。
「さあ!その箱を開けるが良い!」
 俺は上げた顔が硬直するのをはっきりと感じた。
 何故、こんな茶番も良い演出をさせられるとは露とも思わなかった。だが、本来の傭兵気質の精神が、貰える物は貰っておけと俺を慰めてくれる。そうだ、国王は物をくれるというのだ。前金か何かでなければ何を与えるというのだ…と、俺は脱力するのを頭を下げて感謝感激する様に見える事を祈った。
 宝箱に向かい合うと、その豪華さに驚いた。深紅に染め上げられた皮の上に金細工が施され、アクセントに宝石まであしらわれている。割合としては金細工の方が赤い皮の見える面積より多く、箱だけでも高価であるのだろう。
 一つ唾を飲み込むと、俺は箱を開けた。中の天鵞絨の深紅の中に慎ましく青い鍵が置かれている。魔法の鍵だ。間違いない。
 一回使うと脆くも崩れ去るほどの強度の魔法金属で作られた鍵で、どんな扉も開けられるが使い勝手は最悪の鍵だ。盗賊達は虎の子として用いる事はあるそうだが、盗賊の鍵に圧倒された現在なのでまさか未だに出回っているとは思わなかった。だって鍵のついた扉があるのなら、その鍵を誰かが持っているのは当然じゃねぇか。探して取っ捕まえて開けさせる。万事OKだろ?
 別に針金で『ちょんちょん』でも一向に構いやしねぇんだけどな。
 俺は一番近くの扉、謁見の間の扉を見やった。
 ナルホド。ここからでも見えるような大層な錠が掛けられている。つまりこの鍵で謁見の間の扉の鍵を開けて、旅立てと言う事らしい……。無駄、ここに極まれり。
 左右にも一つずつ宝箱がある事に気が付いてその内一つには薬草が入っているのに落胆はしたが、先程の魔法の鍵のインパクトに比べればまさに些細な事である。最後の一つ、前金であるのを祈って開ければそこにあるのは『銅の剣』である。
 俺は思わず喉までせり上がった悲鳴を慌てて飲み下した!
 俺が今持っているのは、鋼鉄の剣。確かに刃こぼれも目立ってきたし買い替えようかなと思ってはいたが、こんなもの渡されたって使えねぇぞ!銅の剣を持ち 歩くなら、切れ味悪かろうが刃こぼれしてようが今の鋼鉄の剣の方が遥かにマシだ。
 俺は薄皮一枚下まできている怒りを押しとどめ、ラルス16世に向かい合った。
「陛下、申し訳ありませんが私は剣を所持している故にお受けかねます」
 この無駄好きの国王は突然の発言に驚いたように、玉座の上で僅かだが飛び上がった。動揺して彷徨っていた青い瞳が俺の持っている鋼鉄の剣を認めると、納得した表情になって頷いた。
「ん…そうであったか…。では銅の剣は置いて行くが良い」
「竜王は名から察する通り、竜の王であるならば配下も竜が居る筈。鋼鉄の剣ですら竜の鱗に傷1つ付ける事も出来ないでしょう」
 それは遠回しな皮肉。鋼鉄の剣でアレフガルド全土に仕事の範囲を広げて来た俺ではあったが、流石に銅の剣で送り出されるとは自殺行為も良い所だ。傭兵だから兵士とは命の重さの認識が違うのは理解できる。賭けるお金の金額に差があるのだって理解しよう。だが、銅の剣は無い。
 あぁ、もう前金も何も要らないし、ローラ姫も探して来てやるからここから出せ。精神的苦痛と疲労でベッドが恋しい。
 国王は何か思う所でもあったのか、神妙な表情で大臣に何かを囁いた。大臣が驚いて禿頭がちかりと光る。完全に声が潜められ俺だけではなく控えた重鎮達でさえ内容は聞き取れなかったが、かなり揉めている。何を議論しているかさっぱり不明だが、流れからして俺にくれる何かの事ではないだろうか。無礼者引っ立て!だったらとっくに牢屋にぶち込まれている。
「しかし国王様、そればかりはお考えを改めた方が……」
 大臣が磨き抜かれた禿頭が、強い口調と同調するように鋭い光沢を放つ。
「ローラの、国民の、そしてアレフガルドの運命を託すやも知れぬ若者だ。それくらいしてやらねばならぬだろう」
 ちょっと待て!いきなり話がでかくなって来たぞ! ローラ姫救出だけじゃなかったのかよ!? まさかローラ姫救出は建て前で、実は募集の真意は竜王討伐とか? 銅の剣で文句言ってるレベルじゃなくなって来たぞ!
 俺が無表情、良く言えば真剣な表情の下で慌てる先で、大臣は諦めたかのように謁見の間から退室していった。残された者達が顔を僅かに見合わせてボソボソと囁き合っているのが不安を掻き立てる。無駄好き国王は俺の顔をじっと見つめるばかりで、顔が引き攣りそうになるのをぐっと我慢する。
 まさかこの場で勇者に仕立てられてしまうのだろうか? 傭兵人生における死刑宣告に等しい想像に、絶望する気持ちが抑えられない。
 やがて大臣が戻って来た時、その手には長い箱を手に戻って来た。箱は青く塗装され銀の縁取りで強度を増した程度で、先程目の前に出された箱に比べれば質素な程だ。国王はその箱から一振りの剣を取り出した。
 深紅のラダトーム王家の紋章の前に掲げられた剣は、鏡のような刀身でありながら青く自ら輝いているかのようだ。金色の不死鳥が翼を広げた形が巧妙に鍔である事を隠し、その金細工の滑らかさは洗練され計算された武器の有り様まで隠そうとする。グリップに施された深紅の溝には無骨なまでの溝が、微妙な交差を繰り返す事で繊細さを相手に魅せる。実用性を極めた武器の終着点を垣間みるような、圧倒的な存在を前にして部屋にいた者が息をするのを忘れてその剣の輝きに見入った。
 俺も言葉を忘れた。
 空気を震わすような緊張感をたかが剣一本が発していやがるのだ。名刀だろう。
 いや、名刀どころの話では無いだろう。このアレフガルドにある全ての武器の頂点に在る剣、それは『ロトの剣』である筈だ。俺の想像を読み取ったのか、国王は壇上から降りて俺の前に立つと大きく頷いた。
「かつて闇を討つ際に、勇者ロトが携えていた剣…伝説では『ロトの剣』と呼ばれておる」
 国王は鞘にしまって俺を立たせると、ロトの剣を差し出した。
「ローラを…アレフガルドの未来を闇から守ってくれ」
 あまりにも真剣な表情に、俺は思わず頷いて剣を受け取ってしまった。

 城門の外に出た時には外は夕暮れだった。
 俺は黄昏に浮かぶ海を隔てた対岸の城をぼんやりと見た。そう、このラダトーム城と海峡1つ隔てた島にある古城こそ、勇者ロトと大魔王ゾーマが死闘を繰り広げたという場所なのだ。今も勇者ロト以降に人が訪ねた記録は無く、魔物の影も見える事から魔物達が住み着いていると専らの噂だ。
 目と鼻の先にあるので拍子抜けするが、断崖絶壁と海流が複雑に絡み合い激しい流れになっていて船も止まれない。陸路はリムルダールの西端が最も近い陸地だったが、波と風に橋を架けるのは現実的に不可能らしい。アレフガルドのど真ん中にありながら、アレフガルドのどこよりも遠い場所だった。
 蓋を開ければ全く儲けにならない仕事だ。なんで、応募なんかしちゃったんだろう?
 確かに依頼主が『国王』であるから『傭兵史上最高額の依頼料』を与えれくれると、勝手に推測し勝手に舞い上がっていた俺達傭兵にも責任があるだろな。
「あんたのせいで厄介な事になりやがったぞ」
 俺は呟くと手に持った剣を恨めしそうに眺めた。伝説の勇者が持っていた剣は鏡のように地上に投げかける最後の光を美しく写し取っている。
 それから引き剥がすように視線を逸らし俺はラダトームの城下町へ向かった。
 とりあえず、今日は宿屋で寝るとしよう……。