仲間

 ラダトーム城城下町はアレフガルド最大の都市だ。
 なだらかな平原の丘に立つ城から海辺まで緩やかな下り坂に、背後に切り立つ山脈の白い石を切り出した石畳と石壁が美しい街だ。城に近い高い場所に貴族街があり、中央広場を中心に繁華街、川を挟んで住宅街と貧民街がある。街としても過密と言える程密集していて、想像以上に入り組んでいる。一つ路地を間違えると、見当違いの場所に放り出されてしまうというのは住民でも良くある事だ。
 無い物を探すのが大変な程、この城下町には何でもある。何でもあるからか傭兵は生きやすい。仕事の依頼を斡旋してくれる情報屋も、個人で傭兵を捜す新規の客、各地方へ戻る護衛の欲しい商人、ベテランの傭兵にもなればご贔屓さんも居た。
 俺も一度ならず依頼を受けた常連客というのが居て、それは何処でも一人や二人居る変人奇人の爺さんだった。彼の住居は中央広場からいくつかの路地を入った所にある、時代を感じる趣きある家に暮らしている。街路樹と家に這う蔦の葉に鬱蒼とした森を思わせる雰囲気はあるが、城下町でこれだけの規模の家ですら珍しい。庭付きの家は貴族くらいの持ち物という認識も強く、この家の主は何者なのか俺ですら良く知らない。
「んでよぉ、爺さん。あんたの研究の役に立つならこの値段でどうだ?」
 ぱちぱちぱちと算盤を弾く。この算盤、発祥はマイラであまりの便利さに小さいものを個人的に持っているのだ。
 テーブルの上に置かれているのは牛の頭蓋骨を模した装飾のおどろおどろしいベルトだ。牛の頭蓋骨の装飾は当然本物の牛の頭に比べれば小さいが、ベルトのバックルにしてはでか過ぎる。俺の掌サイズに相当する大きさの威圧感は語る必要も無いが、その素材は本物の何かの骨を使っているらしく金属的な質感は無い。眼下の凹みは思ったよりも深く指の第二間接は楽々入る上、奥には本物よりも紅いルビーが施されていて目が紅く光って見える。ベルトの革は牛革に近いがそれよりも滑らかで滑っているように感じられ、鋲や金具は鉄。湿った洞窟の中の宝箱の中にどれだけ歳月放置されていたか知らねぇが錆びも綻びも欠けも一つない。触れた瞬間に俺の傭兵の勘がヤバいと告げる、見た目も中身も呪われてそうな物である。
 爺さんは一目見た瞬間、鼓膜が破れそうな勢いで『買った!』と叫ぶのだから間違いなく本物だ。何の? そりゃ呪いのアイテムのだ。
「アレフ、普通は180Gで売れる代物なのじゃぞ!! 滅茶苦茶なぼったくりじゃないか!」
 呪いのアイテムの相場等知るか。爺さんが唾をまき散らしながら抗議して来る下で、冷ややかに思う。
 家主である爺さんは呪術専門の研究家なのだが、呪術とは呪文とは全く違うものであり世間一般には全く周知されていない。神様から天罰が下りますよ的な認識はあるが、爺さんの研究しているものは対象に確実に影響を与える呪い。文献は少なく研究者も居ないので、俺みたいな傭兵や冒険者に過去の遺産で呪われた物を捜索するよう依頼する事もある。
 仲間内では呪いオタクと呼ばれている爺さんだが、全く否定が出来ないお家の中身である。魔法道具に巻物、色とりどりの草に怪しげな液体、極めつけは部屋のど真ん中におかれたでかい壷。酷い臭いが体に染み付いて取れないかもしれないと危機感を抱いた事は数知れない、恐ろしい家である。
 早々に撤退したい気持ちを抑え、俺は算盤を更に弾いた。
「断るのなら構わん。道具屋の店主に『呪いの研究でとても欲しがってる爺さんがいるから、これくらい吹っかけても売れる』と言って売り付けてくる。安心しろ。俺の利益込みだ」
 俺の脅し文句の十八番。
「なんて奴じゃ!この守銭奴!」
「どうする?買うか?買わないか?」
 俺は眉を持ち上げて算盤の天珠を一つ弾いてみせる。爺さんはしばらく目ん玉飛び出しそうな食い付きようで見ていたが、やがて肩を落として消えちまいそうな声で『買った』と呟いた。全く、手間取らせるなって。俺でなくとも傭兵ならば、正式な依頼であれば倍以上は吹っかけているに違いねぇんだ。この値段は破格だ、と算盤に弾き出された数字を確認する。
 押しやる様に置かれた金袋の中身を確認しながら、俺は爺さんに尋ねた。
「なぁ、爺さん。あの古城のある島は島って言うんだから、もちろん陸続きじゃねぇんだよな?」
「そうじゃよ。お前さんロトの伝説を知らんのか?」
 爺さんは呆れた様な顔で俺を見るので真っ向から無視する。子供だって知ってる話なんだから、そりゃあ当然知ってるよ。
 吟遊詩人ガライが伝えるロトの伝説によれば、勇者ロトはあの古城にて大魔王ゾーマを打ち倒したと云われてる。今でもあの古城には多くの魔物が住み着いているとされ、空には空を飛ぶ魔物の影が見える時もある。ローラ姫が竜王に誘拐されてその場で始末されなかったのを考えれば、とりあえず縄張りに連れて行くのが妥当だ。人間では地位のある娘なのだから使い道があると考える程度に知恵があれば、円陣組んで会議の一つや二つしたかろう。捜索の足掛けにするなら、古城は外せない。
 しかし、古城のあるのは島。船も渡れん、空も飛べん状況は勇者ロトの時代から変わらない。そうなれば、ロトはどうやってあの古城に渡ったという疑問に繋がる。
 対面する様に爺さんが席について俺の顔をにやにやと見る。
「なんじゃアレフ。お前さんついにあの古城の宝物庫を漁りにでも行くのかね? ……手土産、忘れるでないぞ?」
 何処まで本気か知らないが、爺さんは笑いながら一冊の本を差し出して来る。
 受け取れば一冊の年季の入った本で、紙は黄色く灼けている。ページを捲ると吟遊詩人ガライの言葉、『光は希望。闇が無くば価値は無い。認識は光を燦然と輝くものとする』と記されている。さらにページを進めれば勇者とその仲間、アレフガルドの地名が飛び込んで来る。ロトの伝説は大きく分けて、神の領地に旅立ったガライが勇者と出会い神から光の珠を得る光の書。アレフガルドに戻り勇者が大魔王ゾーマと対決し、光の珠と神の慈悲にて光が灯される闇の書に分けられる。手渡されたのは闇の書らしい。
 俺は目で物語を追いながら、古城のある島に渡る場面を探す。
 …
 ……
 ………ない。
 リムルダール到着した次の場面は古城の入り口に既に立っている。つまり、島に渡る所がすっぱりと抜け落ちているのだ。その事に気が付いて落胆している俺に浴びせ掛ける様に、爺さんが笑いやがる。ち…畜生。悔しい。
「残念じゃったのぅ。まぁ、その写本は儂が若かった頃の物じゃ。今は新たに詳細が明かされておるかもしれんぞ?」
 爺さんの慰めを聞きながら、俺は渋々本を眺めた。
 吟遊詩人ガライはその膨大な文献を整理する時間もなく、一生のすべてを伝説の収集に費やした人物である。俺が手にしているロトの伝説の写本もガライの多数の走り書きである手記を研究者が繋ぎ合わせたものを、さらに解りやすく解析し物語風に仕上げたものである。未発見のガライの墓にはロトの伝説のオリジナルがあると噂すらある。しかし、膨大な文献は今も彼の名前を冠したガライの町の大図書館に保存され、学者が日夜文献とにらみ合い伝説の解明に勤しんでいる。
 吟遊詩人ガライの功績は俺だって認めざる得ねぇ。こんな未来にいながら過去の出来事を調べられるんだからな。
 それでも…もう少し整理して逝って欲しかった。
「……後はリムルダール地方に伝説が残っておるかどうかじゃな」
 爺さんの呟きに、俺はハッと顔を本から上げた。その可能性は考えてなかった。
 俺は納得して疑問が腹に落ちると荷物をまとめて席を立った。足早に玄関に向かい扉に手を掛けてから、少し爺さんの方を振り返る。
「邪魔したな、爺さん。また呪いのアイテムでも見つけたら吹っかけにくるぜ」
「今度も破格の値段で頼むぞ」
 …ふん。守銭奴なんて言っておきながら、俺がまけてやってんの分かってんじゃねぇか。

 □ ■ □ ■

 ラダトームの城下町の賑わいを掻き分け、俺は地図を片手にホットドックを齧る。歩きながら食うのは行儀が悪いと言われるだろうが、何せ飯時に魔物の襲撃があった場合は口を動かしながら戦うのが傭兵という生き物だからしょうがない。傭兵に慣れた住民達に露骨にいやがる人間は居ない。
 歩きながら丈夫だけが取り柄の古い地図を見る。考える事は既に山積みである。
 食べる時間と歩く時間も惜しむ程に最優先で考えている事は、ラダトームからリムルダール間の移動の事だ。なぜならば、リムルダールとラダトームは地続きではなく、海峡って言ってもいい幅広い大河を跨ぐ必要があるから行商自体来る事は珍しい。リムルダール方面はその地方密着型の傭兵組織があり、仕事はそこの完全独占状態なのだそうだ。ラダトームからリムルダール直行の仕事を得るのは不可能と考えていい。
 しかし、問題は俺の相棒だ。無駄好き国王から前金代わりの立派な剣を拝借はしたものの、今まで死線を共に潜り抜けて来た相棒の鋼鉄の剣を捨てるつもりは更々ない。鞘の中に厳重に仕舞い込んであるが、現在鋼鉄の剣は見るも悲惨な状態になっている。ラダトームに向かう道中に鉄のサソリと運悪く出会わせ、鋼鉄の刃をぼろぼろのギタギタにされてしまったからだった。剣にホイミは利かないので、打ち直してもらう必要がある。
 ピンチヒッター宜しく代替えの剣は手に入ったので、腕のいいマイラの鍛治師に依頼できるだろう。せめてマイラへの護衛の仕事を得て、経費を出来るだけ削減しよう。
 ……依頼を受けたくせに、なんでこんなに苦労しなきゃなんねぇんだよ。
 俺は腰に固定したバッグに地図を押し込むと、残ったホットドックを頬張る。ウィンナーの肉汁もトマトソースの酸味も、粗挽きされたマスタードの辛味も絶妙なのに遣る瀬ない。これもあれも全部無駄好き国王が前金渋ったからだ。立派な剣が前金なんだろうが、世の中先立つものがなきゃ武器は強盗の脅し道具に大変身だぜ? あんたが娘を救えと依頼した傭兵が山賊にでもなるかもしれねぇリスクを考えると、やはり前金は大事だっつーのが分かってないんだ。これだから金持ちは…ぶつぶつぶつ。
 流石に口はホットドックの為に絶賛稼働中なので、文句は脳内で放流しておく。
 この時間から情報屋に仕事を聞きに行っても良いが、今回は酒場で仕事を拾いにいきたい気分である。荷物を置いている安宿に戻って一眠りして頭をすっきりさせとかねぇとな。俺は宿に向かう道のりを歩きながら、ちょっとした喧嘩のやり取りが進路上にあるのを察した。
 悲鳴と共に路地に男が投げ飛ばされた形で倒れ込んだ。流石に邪魔だが飛び越えるのもかったるく、俺はその男の背中を踏みつけた。
「ケチケチ、グチグチ言わないでよ!決めたったら決めたの!!」
「私は貴女の護衛を任されているんですよ! 何かあったらどうするんですか!? 実際、変な奴しか寄り付かないじゃないですか!」
 うーん。見事なまでに完膚なきまでに失神させられている。喧嘩の相手は女性らしいが、見事な手管である。俺は感心しながら足下に転がっている男を見て、追加のチキンナゲットの紙袋を持ち上げて一つ口の中に放る。うん、ジューシー。もぐもぐ。
「お金なら十分貰ってるじゃない! 雇おうよ! ね、イトニー。雇ってくれなきゃ、帰らないよ!」
「誰のお金だと思っていらっしゃるんですか!我が儘ばかりを申されても困ります!」
「イトニーばっかじゃつまんなぁい。新しい刺激が欲しい歳頃なの」
「あぁ…早く異動願いを受理してくださいまし…。私の胃に穴が開いてしまいますわ……」
 どうやら我が儘な金持ちの娘と神経性胃炎持ちの世話役らしき、女2人の声が裏路地に響き渡る。その高い音声は脳に直接響いて煩い、喧しい。今は太陽も随分と高く上がっているだろうが、俺みたいな鬱病を抱える人間もいるんだ。ちっとは控えろよ。
 俺はそのまま何気なく足下の男を乗り越えて先を急ごうとした矢先、俺は更に凄まじいものを見る。
「兄ちゃんもあの姉ちゃんの仲間か!?」
 3人程、いや路上にもう2人は転がっているので計5名。俺が踏みつけた男は最後に伸された奴だったらしく、回復したのかボコボコにされた男共が怒りに顔を滲ませて俺の前に立ちはだかっている。
 どんな女か知らないが、俺の口はチキンナゲットを味わうので忙しいので否定も出来ない。仕方がないのでこの男共を丁寧にボコボコにして下さった女性に助け舟を出して頂こうと、俺は女性等に振り返った。
 …………
 ……超、美人。
 雲のようなふわふわした金髪と雪のような白い肌に、気の強そうな緑柱石の瞳の女。もう1人は黒と見間違う程に深い緑の長髪に、ドムドーラやメルキド方面まで行かないと見れない色黒い肌と真紅の瞳の女。どちらも旅装束と多そうな荷物に旅人だと察しはつくが、これほどまでの美形が並んでいるのでは目の保養以上を期待してちょっかい出されても仕方がない。まぁ、体躯の良さそうなごろつきを転がせるとは、俺も想像は出来なかったので男共には御愁傷様と同情してやらねばならない。
 金髪の女は何を思ったのか、俺の顔を見て嬉しそうに笑った。まるで花が咲いたかの様に笑みを浮かべると、俺の胸に飛び込んで来る。
「そうよ! あたし達、この人に護衛頼んでるんだから! さっきよりももっと酷い目に遭わせるぞ!」
 ……いや、君等がした事程酷い目には遇わせられんと思うな。
 俺は口を動かしながらも面倒ながら鋼鉄の剣の柄に手を掛けてみせる。ここぞとばかり、派手に金具が揺れて金属音を立てるとごろつき共は大袈裟に震え上がった。それぞれに悲鳴を上げて逃げ惑い誰もいなくなって、俺はようやく口の中のチキンナゲットを飲み込んだ。
「何を言って纏わり付かれたか知らねぇが、もう少し慎重にやれよ」
「はぁ、本当にすみません。知恵がなかったものですから」
 黒髪の女は申し訳なさそうに頭を下げた。魔法使い風の出で立ちからして彼女がごろつき共を転がした張本人だろうが、あれほどの戦闘技術がありながら俗世に疎いとは…。ずれは感じずには居られないが、野郎という生き物は都合のいい解釈をする事が得意だ。付け上がった挙げ句付きまとわれたと、俺は勝手に判断して納得した。
「ねぇねぇ、お兄さん」
「まだくっ付いてるのか。離れろよ」
 俺はもう一つナゲットを口の中に放ると、べりっとしがみついていた金髪の女を剥がす。それでもエメラルド色の瞳は俺にしっかり向いたままで、俺は思わず後ずさる。仕事柄多くの異性と関わる事はあるが、どちらかというと意地が悪かったり悪巧みしていたりある程度裏のある女ばかり。そうならば経験から対応できるが、純粋無垢そうに見つめて来られるとどう対応して良いか解らなくて焦る。
「な、何だよ?」
 金髪の女の視線が隣の連れに向くと、彼女はイトニーと呼んでいる黒髪の女の服の袖を引いた。
「イトニー、この人雇おうよ」
 妙な沈黙の中、俺とイトニーと呼ばれた女は訳も分からず互いに顔を見合わせた。女二人旅の服装にしては、随分と良い物を身に纏っている。傭兵一人雇うなど雑作も無い財力があるだろうとは簡単に推測できたし、彼女等は貧乏臭い所も旅慣れた所もなかった。所謂、お嬢様という雰囲気を持っている。
 だが、イトニーという女性は腕が立つし、実際護衛として金髪の隣にいるのだろう。俺も、彼女も、互いに『雇う必要がないだろう』という思いを胸に互いを見ていた。
「駄目です」
 俺から視線を外し、娘を諭す母の様にイトニーはぴしゃりと言い退けた。それからくどくどと説教じみた内容が飛ぶ。内容は俺自身の自己防衛機能が働いてか、見事に右から左に抜けた。説教を聞かされている金髪もあまり良く聞いては居ないのだろう。その顔は、俺から見ても要求を否定された子供の様に泣き崩れて来た。
「これ以上、手を煩わされるなら力づくで連れて帰りますよ!」
 イトニーが怒りを滲ませて言う。淑やかで大人しい印象をがらりと変えて、強引さと乱暴な気配が前面に出る。この状態の彼女なら、先程のごろつき共が転がされたのも納得だ。なぜ奴らは尻尾を巻いて逃げなかったのか疑問に思い、俺だったら一目散に撤退を決める度合いである。
 俺はちょっと引いて紙袋のナゲットに手を伸ばそうとしたついでに金髪を見る。緑の瞳にじわりと涙がにじみ泣く……と思った瞬間には、ボロボロと大粒の涙が雪のような白い頬を伝う。金髪の女は盛大に尻餅を付いて、白い腕を玩具でも取り上げられた餓鬼のように振り回した。
「嫌だ!嫌だ!い・や・だ!!!我が儘聞いてくれないと、この場で舌噛み切って自殺しちゃうもん!!」
 じたんだじたんだ…
 じたんだじたんだじたんだじたんだ…
 取り上げたナゲットが地面にぽろりと落ちた。ワンバンセーフで慌てて口の中に放り込んだが、咀嚼も忘れそうになる程の光景が目の前にある。俺とたいして変わらなそうな20代前半の女が、まるで餓鬼の如く駄々をこねる。スカートから覗く細い足が廊下を叩く度に、この金髪の我が儘な態度に、もはや怒りを通り越して呆れてしまった。
 同伴者のイトニーに視線を向ければ、彼女は真っ青な顔で異様な音を立てる腹を抱えている。俺は目の前の状況に胃に穴開くのも頷ける…と思った。
「……なぁ、あんたら何処行くんだ?」
 それは同情から出た言葉だった。イトニーの回答に少しだけ間が置かれたが、それは腹痛から来る痛みを耐える為だろうと思う。
「俺はアレフ。リムルダールの方角で良かったら、雇ってみるか?」
「お、お願いします」
 イトニーが嘔気付きながら、苦しそうに言った。本当はもう少しマシな仕事を酒場で拾って来るつもりだったが、神経性胃炎がぎりぎりと音を立てる中で見捨てるのは気が引ける。
 路上で話を聞いていると、彼女等は温泉郷マイラに向かうつもりであるらしい。マイラの道中最大の関門である積雪は時期的には云々メートルの時期ではないので、女性でも行くのは難しく無い。護衛もある意味形だけになりそうではある。スライム、ドラキー、ゴーストの魔物界最弱トリオもごろつき数人どつき回せるんなら問題もない。マイラの山道となると、魔法を使う魔法使いやメイジドラキー、果ては硬くて一撃じゃ倒せない大サソリなんかが出没するが、魔法使いならそれほど苦戦もしない筈。しかし草原が続くこの辺りに比べ山道は死角が急増するため、用心を重ねたい慎重な人間なら雇うという事はある。
 仕事の話を聞きつつクレープで機嫌を持ち直した金髪は、どう見ても危なっかしいからな。
 イトニーは大分腹具合も落ち着いて来たのか、音も時折聞こえて来る程度になって来た。イトニーはベンチに腰を下ろした状態で本日何度目になるのか頭を下げる。
「私はイトニーと申します。こちらのローラ様の護衛兼、世話役をしております」
 ほぅ、こっちの金髪はローラという名前なのか…、どこかで聞いた覚えが………!!
 俺は驚いて声も無くローラという名前の女を見る。そうだ、今回の捜索の依頼の最終目的じゃないか!だけどこの女がローラ姫!?我が儘で自分の思い通りにならなきゃ、年がいもなく泣くこの女が!? たしか優しく淑やかな天使のようでうんぬんかんぬん だらだらだらと良い表現ばかりが続くような人柄のお姫様と聞いていたんだぞ!?
 俺の反応に彼女等は驚いたが、ローラという名の女がクスクスと笑い始めた。
「あぁ…ローラ姫だと思った?嫌だなぁ、あんな清楚で淑やかなローラ姫と、アタシが同一人物なはずないじゃな〜い。同名なだけだよ♪」
 俺は悪戯っぽくウインクかますローラを眺めていたが、よくよく考えればローラ姫がこの場にいる訳が無い。竜王に攫われてこんな自分の家の前をブラブラしてる訳が無いじゃねぇか。 確かにずば 抜けた美人だが、城で聞いた優しく淑やかな天使のようで以下略……なんて評判とは何1つ当てはまらない。
 まぁ、些細な問題だ。
 俺は立ち上がって二人を見下ろした。
「俺が責任を持って、アンタらをマイラまで送り届けてやるよ」
 どうやら、楽な仕事になりそうだ。
 問題もあるが両手に花だし。