ベツレヘムの星

 グランゼドーラ大教会の鐘の音が、正午を告げた。教会から程近い市街地である家の窓は、びりびりと硝子を震わせている。遠くに押しのけられた喧騒は、しばらくして細波の様に染み込んでくる。それもじきに気にならなくなり、無音に等しい空気がこの家に満たされていく。
 次は夕刻の音が響き、夜の帳が降りて時々酔った若者達の笑い声が爆ぜるのに薄目を開けて、カーテンの隙間から柔らかな光が漏れてくれば暁の音が奏でられる。繰り返される単調で変わりのない日々だ。ワシはそれらを心から愛していた。まだ若かりし頃は退屈と腹の底が煮えるような憤慨を抱えていたが、今ではこの何の変化のない日々に安らぎさえ感じていた。
 憧れた背を追いかけて貪るように書物を読み漁った少年も、失敗に癇癪を起こして部屋の物を壊して歩いた青年も、家族と衝突して子供らの泣く声に憎しみすら抱いた中年も、何の成果もないことに焦燥に駆られた壮年も、もはや死んだ。ここには全てを受け入れ、あとは死ぬばかりの老人がいるばかりだ。
 腰と膝に年相応の痛みを感じながらも一人暮らしをするワシに、孫が生まれたばかりの子供の伴侶が同情した。近くに引っ越して余生を送らないかと、手紙が送られてきたのは大魔王がグランゼドーラを攻めてきた少し前のこと。トーマ王子が討死し、アンルシア様が行方不明になってからは、一刻も早く避難した方がいいと急かす手紙が幾度か届いた。
 引き払うべき部屋は全く片付いていなかった。
 自分が歩んできた人生の轍が、目に留まる度に手が止まる。これらを片付けて、捨てて、見えなくなってしまえばすっきりするだろうに、如何せん手が動かない。眺めて、心の中の逡巡を珈琲で鎮めていくうちに、鐘の音が鳴り夜が来て朝を迎えるを繰り返すのだ。
 先日の手紙は、子供らが近々来訪する旨が書かれていた。もう、ワシが片付けられないなら、自分達が片付けてやろうと乗り込んでくるのだろう。目の前の光景は後数日、早ければ数時間しか拝めぬに違いない。
 薄暗い室内にノックの音が響いた。
 子供らであろうか。実家の扉なのだから堂々と入って『まだ、何一つ片付いていないじゃないか』と罵って良いだろうに、いつになっても玄関は開かぬ。来訪を告げる様に、こんこん、こんこん、と可愛らしい音を響かせる。
 子供らではなさそうだ。そう思ったワシは玄関へ向かう。薄暗い室内のさらに濃い闇の中には、乱雑に置かれた有象無象が潜んでいた。ワシはそれらの一つに足を取られ、椅子を巻き込んで転倒する。思わず手をついたテーブルクロスが引っ張られ、テーブルの上に置かれた調味料入れや片付けていなかった食器が床に落ちる音が派手に響いた。
 玄関が勢いよく開いた。
「大丈夫!?」
 甲高い声と共に飛び込んできたのは、レンダーシアの外の種族。赤毛で猫耳のプクリポという種族の若者だ。あまりにも予想外すぎて、ワシは転んだままの姿勢から動けずに茫然と若者を見上げるのだった。
 ノックをしていたのは彼だったのだろう。玄関を開けて飛び込んでこれたのだから、そうに違いない。
 プクリポの若者はワシに怪我がないのを確認し、起こした椅子に座らせた。割れた食器を片付け、木製ゆえに中身だけがぶち撒けられただけで済んだ調味料入れを片付け、テーブルクロスを畳んでくれた。手際よくやってくれた彼は、旅人の装いである。
 チェック柄のベストに腰には毛皮を巻いた、いかにも冒険者という出立ち。背には弓、腰には爪を携帯している所を見れば武芸を嗜んでいるのはわかった。武器を見て強盗の類を思い浮かべたが、この家には盗む価値のあるものは何一つない。老いぼれの命を奪ったところで、相手には何ら利益もないだろう。
 それにプクリポの若者はハキハキとした気持ちの良い若者だった。彼は自分のことをルアムと名乗り、ワシを訪ねてきた理由とばかりに一つの書状を差し出してきた。
 それはグランゼドーラ王国の王妃、ユリア様の遠縁に当たる名家に連なる者の名前が署名された由緒正しい紹介状だった。中身は60年前に起きたメラゾ熱に関する知識の開示と、この書状を持参した者への協力の要請が書かれている。最後にはオーガの大国、ガートランドの国章の捺印がされている。
 なんなのだ? なんなのだこれは?
 手の震えが止まらない。こんな平凡なワシの元に、こんな大それた書状が来るだなんて何かの間違いに違いない。持ってきたプクリポとて高貴な身分とは思えぬ。まるでこのまま顔面で書状を破ってしまいそうなほど、顔を寄せて力むワシにルアムという若造は『大丈夫か?』と気遣わしげに覗き込んだ。
 目の前が真っ黒になって昏倒しそうになる。ワシは力を抜いて、椅子の背もたれに勢いよくもたれ掛かった。そうしなければ前のめりになって、床に頭を打つけてしまいかねなかったからだ。
「君は…」
 ようやく発した声は、乾いて嗄れていた。ルアム君は台所の水瓶から水をコップに汲んで持ってきてくれる。喉を潤しても喉の違和感は消えなかった。この家にいる限り会話は必要なかった。買い物ですら商品を指差し、代金を差し出すだけで済むのだから、声を出すこと自体とても久々なことであった。
「君は、60年前の、メラゾ熱の、ことを知りたいのかね?」
 区切り区切り話すワシを、ルアム君はその愛嬌ある姿からは想像できぬほど真摯に待っていた。
「はい。色々と教えてください」
 はて、彼の目は青紫であっただろうか?
 それにしても不思議な来訪者である。60年前のメラゾ熱の一部始終は、年代が近いこともありグランゼドーラの図書室に公式文章としてしっかりと残されているはずである。捏造すればガートランドのオーガ達が地の果てまで追ってくる可能性を考慮すれば、この書状は本物であるに違いない。この書状で王国の公文書を閲覧することは容易かろう。
 彼はメラゾ熱のことを調べているわけではないだろう。
 だが、彼の真の目的はメラゾ熱に関わりがあることでもあるだろう。
 心臓が脈打つのを実感する。手の震えが混乱ではなく、この不思議な謎に対する好奇心に由来するものであるとようやく気がついた。小さく咳払いをし、感情が高まって震えてしまう声を励まし、ワシは語り始めた。
「今から60年ほど昔、世界規模でメラゾ熱が流行した。メラゾ熱、と聞いてもピンと来なかろう。今では根絶された忘れられた流行病じゃが、当時は高熱が下がる事なく続き多くの死者を出した恐ろしい病じゃった」
 それはメラゾ熱の一般常識。医学に通じた者なら誰でも語れる程度の知識だ。
「最も酷かったのが、ここ、グランゼドーラ。当時はあまりにも多くの罹患者が出たために、埋葬もできず、収束するまで死者がベッドで寝ていたそうじゃ」
 断定できないのは、ワシがこの地に実際に居たからではなかった。その当時、ここに滞在していた人物からそう聞かされたから話しているにすぎない。
 そう思い到れば変な話である。
 この書状があればグランゼドーラ王国から、当時を知る老人達を紹介してもらうことは造作ないことである。60年前という時の流れがあるとはいえ、当時は成人に満たなくとも当時を鮮明に覚えていられる程度に歳を重ねていた者は、まだまだ生きている。ワシとて60年前は故郷で少年時代を過ごしていたのだ。
 ルアム君はじっと耳を傾けている。まるで精巧なぬいぐるみの様だ。
「そんなグランゼドーラを救ったのが、一人の錬金術師じゃ。旅の途中にこの地に立ち寄った彼は、同行者と共に瞬く間にメラゾ熱の治療薬を作り上げた。治療が進み流行病が下火になると同時に、予防薬が作られ全国民に配布される。メラゾ熱の発症を防ぐ予防薬が功を奏し、メラゾ熱は根絶されたのじゃよ」
 錬金術師。その言葉に、ぴくり、と猫耳が動いた。
 その反応にようやく合点が入った。
 ここはグランゼドーラで唯一の錬金術師が住んでいる家だからだ。そしてグランゼドーラ王国の公文書にも、錬金術師の記載はない。当時を生きた老人達は一様に錬金術師について口を噤むことだろう。
 それはなぜか。
 一つは錬金術師のことを、彼らがあまり知らなかったからだ。逆を言えば、錬金術師が彼らに自らのことを語らなかったからだろう。名前も同行者共々偽名だった。出身地も今までどこを旅してきたか、親戚の有無などの世間話も、全く交わされなかった。その信憑性の薄さから、公文書に載ったのは治療薬を作ったのが旅の者であったという最低限の事実だけであった。
 命の恩人の今後の行き先すら知らぬグランゼドーラの民は、旅立った錬金術師が人嫌いであると思い込んだ。
 それが過ちであると知るのは、メラゾ熱の騒動が落ち着き、錬金術師が去ってから一つ月が満ち欠けた頃のことだった。二つ目の理由となる錬金術師を追う者がグランゼドーラを訪れたのだ。追手は恐ろしい男だった。肋骨が浮き上がるほどの痩躯に、目がギラギラと滑る様に輝いていた。彼はグランゼドーラの家の扉を片っ端から叩いて錬金術師についてしつこく聞いて歩いた。錬金術師を知っていると口を滑らせてしまったが最後、家に上がり込み扉という扉を開け放ち、押入れの中を全て掻き出して嵐の後の様相にしたという。まるで仇を探すような異様な執念に、人々は錬金術師が後に迷惑を掛けぬようわざと何も語らなかったのだ知った。
 かの追手に恐れ慄いた住人達は、錬金術師のことは何も語るまいと決めた。
 その取り決めは、今も生きている。
「これが、ワシの知るメラゾ熱の全てじゃ」
 話は終いと締めくくった言葉に、ルアム君は礼を言って頭を下げた。赤い熱帯雨林の葉を連想されるような髪が、前へ後ろへと大きく揺れた。そして真摯な瞳でワシを見る。
「そのメラゾ熱を治療した錬金術師のことを、ご存知ですか?」
「当時名乗っていたのは、偽名であったそうじゃ。グランゼドーラの民の誰に聞いても、知らぬじゃろう」
 真摯で誠実な雰囲気ではあるが、彼もまた追手の仲間かも知れぬ疑念は拭えぬまま。恩人に迷惑が掛かることは本意でもないし、今さら60年前の情報を知って何になろう? もう、鬼籍に名を連ねても可笑しくない年齢になっているに違いないのに。
 ルアム君は小さく息を吐いて、ワシを見た。
「僕には人間の友人がいます。彼には兄がいて、その兄が錬金術師をしているんです」
 ふむ。ワシは一つ息を吐く。
 どうやら彼は、彼の友人の兄が錬金術師であるから、『錬金術師』というキーワードを追ってここにやって来たようだ。メラゾ熱を治療したのが錬金術師という事実は、錬金術師という職業名が歴史に華々しく登場する数少ない機会である。そして、実際に錬金術師はここにいる。同職の繋がりで何か知っているのかもしれぬと、藁にもすがる思いできたに違いない。
 姿勢を直せば、椅子が小さく軋む音がする。
「あまり力になれそうにないの。ワシ以外に錬金術師がいるかと訊ねられても、誰も名を上げることはできぬ。もともと、レンダーシアの人間の極一部に宿る錬金術の才能であるが、錬金術自体の衰退から成り手は少なくなる一方。ワシが最後の錬金術師かもしれぬと言うのも、あながち言い過ぎではあるまいて」
 嘆かわしいが、錬金術は消える技術である。
 元々、才能を持つのがレンダーシアの人間の中でも一握り。かつては大きめな町に一つは錬金術の工房があり、王侯貴族が様々な依頼を持って訪ねたとされる歴史がある。しかしそんな工房が廃屋になり、人々の記憶から忘れ去られる程の時が流れている。
 さらに錬金術の難易度から、その技術が広まることはなかったために才能を持っていたとしても錬金術師になる土台すら用意してやれぬ。本来なら我が子を弟子にし後の世に伝えたい所ではあったが、子供は大きな成果を上げることのできなかった親の職業を軽蔑していた。
「そうですか…」
 ルアム君は酷く気落ちした様子で項垂れた。雨に濡れた子犬のような哀れさが胸を突くが、何ら力になることはできぬ。
 すると、ぱっと面が上がる。燃えるような真紅の瞳が、周囲の闇を見回した。
「なぁなぁ。おもちゃがいっぱいあるけど、これ、爺ちゃんが作ったの?」
 がらりと雰囲気が変わって驚いたが、彼の中で気持ちを切り替えたのじゃろうと納得する。ワシは頷いて闇の奥に埋れていたそれらに目をやった。ルアム君の言う通り、おもちゃが乱雑に部屋の隅に押しやられている。
「あぁ、そうじゃ。ワシの憧れの人はな、錬金術は人を笑顔にする為の力なのだと言っておってな」
 へぇー。かわいいなぁー。これなんか、絶対、子供とか喜びそう! 嬉しそうに作品達を見てくれる小さな背中に、ワシは心の奥から熱いものがこみ上げてくる。
 あぁ。こうやって喜んでくれるものを、作りたかった。
 あの人が笑顔で作ったものを見せてくれて、自分も大層喜んだものだ。面白くて、それを作ったあの人が嬉しそうで、幸せが体の奥底から湧き上がって満たされていく感覚をはっきりと思い出す。プクリポの愛らしい顔が、ワシをくるりと見上げる。
「爺ちゃん、すごいな! あの釜にぽーんって入れたら、ちーん!って出来ちゃうんだろ! すごいなー!」
 こう言われては、気持ちが良いに決まってる。
 グランゼドーラの民を救った神秘の術であるのに、玩具しか作る程度の才能しかないと嘲られていた。そんな人生においてこうして真っ直ぐな称賛を向けられることの、何と嬉しいことか。この歓喜に満ちた気持ちを抱えたまま、昇天の梯を昇ってしまいたいとすら思った。
 ワシも笑みにつられて、口元が自然と上がる。あぁ、笑顔を浮かべたのはいつ振りであろう!
「良ければ、ワシの作った最後の作品を見ていくかね?」
「見たい!」
 ワシは奥に置かれた錬金釜に手を伸ばす。これだけは捨てまいと思って、荷造り用に纏めていたものだ。釜の見た目の通りの重量感を両腕に感じながら、ワシは釜をテーブルの上に置いた。ルアム君も椅子に乗り上がって、瞳を輝かせて釜に視線を注いでいる。
「これはついてクンと名付けた、指定した相手の後をずっと付いて行く魔法人形じゃ。ワシの故郷の守神の形にした、最後の作品じゃ」
 錬金釜を開ける。
 中には微動だにしないが、亀の魔法人形が収められている。大きなドーム状の甲羅に、長く伸びた首。崇められた存在であることがわかるような、美しい織物が甲羅に掛けられている。故郷で眠っている本物に比べれば米粒のような小ささではあるが、長い年月を過ごしてきた厚い皮膚や甲羅の色味を思い出せる限り忠実に再現したつもりだ。今でもこうしてふと見れば、幼き日々に見上げた眠る守神の姿と重なって見える。
 歓声を上げると思ったルアム君は、黙り込んでいる。いや、震えている…?
「か!」
 ルアム君が声を上げた。
「カメ様!」
 ワシは驚いた。この魔法人形がカメ様を模したものだと、彼には伝えていないからだ。
 いや、それよりも、どうしてこの魔法人形をカメ様と認識したのだろう? 故郷の守神とはいえ、5種族の種族神や女神ルティアナ様のような人々に知られた神ではない。エテーネという小さな小さな村の奥地でひっそりと眠り続け、人々が慕い守ってきた存在でしかない。ルアム君がカメ様を模した人形を持ち上げ、大粒の涙をぼろぼろと溢しながら叫んだ。
「兄さん! カメ様だ! 僕の、エテーネ村の、守神様だ!」
 ルアム君は人形を抱きしめ、そのまま大声で泣き始めた。その顔は悲しみと喜びが混ざったような、不思議な泣き顔であった。

 ルアム君が泣き止むと、事情を話してくれた。
 プクリポのルアム君の中には、同じ名前の人間の男の子の魂が宿っていること。その男の子の故郷である、エテーネ村を探していること。男の子の兄は錬金術が得意であったので、錬金術師になっているかもしれないと思い、メラゾ熱で活躍した錬金術師を手繰って兄を探そうとしたこと。
 そして、エテーネ村が滅んだこと。
 ナルビアに住む子供達が以前、南が赤く燃えているのを見たと手紙を寄越したことがあった。南の森が燃えているのかと自警団が偵察に行ったが、どうやら火元は山の向こう側で町に実害はなかったと報告されていた。しかし、南の夜空が本来の色に戻るまで数日を要し、街の人々は大層不安がったという。子供達はワシがナルビアの南にある小さな村の出身であると知っていたので、もしかしたら火の原因はその小さな村にあるのかもしれないと手紙を送ってくれたのだ。
 エテーネ村は小さな村じゃった。
 その村へ至る道は、その村の出身者でなくば知らぬ獣道。ナルビアの町の人々は、かの村を知らなかった。エテーネ村もまた、外との交流を積極的に出来る立地でもなかったために、ひっそりと時に置き去りにされたような日々を過ごしていた。
 赤い光が夜を焦がした。それでも、それはあの小さな、何ら特色もない村には関係ないと思っていた。そう思いたかっただけだった。
 若き日に憧れた背中を追いかけて飛び出してから、もう戻っていない故郷。両親も亡くなり、親族はその地にはもういない。友人達とも疎遠になり、文を交わすことはない。別格な思い入れはなかった。あの幼き日々を過ごした、鮮やかな自然の中に埋もれる長閑な日々が記憶の中にあるだけ。それが、この世にはないと思うと、言いようもない喪失感を感じた。
「そうか。あの村が…」
 ルアム君は語った。冥王ネルゲルという悪魔が、エテーネの民を根絶やしにするために村を滅ぼしたこと。村が炎に包まれ、見渡す限り生きている人はいなかったこと。生きていると確信を持って言えるのは、ルアム君の目の前で消えてしまった兄だけだろうと。
 ルアム君は訥々と語っていたが、ふとワシを見上げた。青紫の瞳は感慨深げにワシを見ていた。
「嬉しいです。同じ故郷を持つ人が生きていて…。ありがとうございます」
 下げられた頭を、ワシは上げさせた。
 地獄を見てきた瞳。それで、滅んだ村を見ようというのか。地獄の中で泣き叫んだ声で、生きている者に喜び感謝を述べるのか。幼さすら残るだろう若者が、どれほどの覚悟で故郷を目指すのか、表現すらしてはならいとすら思う。
 ワシは小さな肩に両手を置いた。年月ばかり無駄に費やした大きな枯れた手は、小さなプクリポの肩をすっぽりと覆った。
「一緒に、エテーネ村へ行っても良いかね?」
 プクリポの小さく温かい手が、皺だらけの手に触れる。
「お願いします」
 小さく頷いて、ワシは改めて名乗った。
「ワシはエテーネ村で生まれた、錬金術師のヤクウという者じゃ」
 滅んだ故郷を見に行くことは気の重いことであったが、自分にしか出来ぬことがあると思えることが胸を熱くする。
 あぁ。子供達よ。この老いぼれには、まだまだ役目がありそうだ。