荒れ狂う力は自身にすら牙を向く - 中編 -

 
 武力がモノを言うオーグリードでは類稀な戦術家 十七代オルセコ王ゾルトグリンが、『難攻不落の強国』と評せしドランド王国。その天然の要塞は『鬼岩城』と呼ばれていた。
 王国は堅牢な岩山を利用して築かれ、侵入口は平坦なドランド平原を横断し狭い谷間を縫ってようやく辿り着く洞穴ただ一つ。大軍を率いれば平原を横断する段階で察知され、狭い谷間で縦に並んで進むしかない軍隊など弓術初心者の格好の的でしかない。例え盾で雨霰と降る矢を凌いだとしても、落石に押しつぶされ、進路を塞がれればそれまで。
 さらに鬼岩城は雄峰ランドンの雪解け水が気の遠くなる年月で穿ち抜いた大空洞を利用しており、中央を落ちるドランド大滝という潤沢な水、その水で育む魚達、キノコなどの栽培で食糧事情を王国内で完結できた。例え入口の洞穴を塞いだとしても、兵糧攻めをしようとしても無駄なのである。
 しかし我から見れば、角無しの一角兎、悪戯せぬ悪戯土竜。
 我に掛かれば難攻不落の城など、兎や土竜の穴蔵に手を突っ込む程度の手間でしかない。単騎で空を掛ければ、ドランド平原を見張る兵士の目を掻い潜るなど容易い。待ち伏せのない谷間の間を悠々と散歩し、見張りをちょっと獣に変えてやれば、我の行く手を阻む者など誰もいない入口の完成だ。
 あぁ。今もあの瞬間の心地を思い出すと唾液が溢れる。
 これから押し入る鬼岩城は、たっぷりと蜜が詰まった蜂の巣に思えた。その巣に爪を立てればとろりと黄金の蜜が溢れ出し、蠢く幼虫のミルクのような甘さを摘み、成虫一歩手前のそれは歯応えがあって違う旨味がある。規則正しい六角形の巣をどう切り裂いてやろうかと思い巡らす下準備は、これからの食事が美味ければ美味いほどに楽しいものだ。
 ドランド王国は期待を全く裏切らなかった。
 ほんの少し前まで普通のオーガ族だった若者は、たまたま入口の見張りであっただけで直に我が光線を浴びて獣化した。その黒々と変色し鎧を弾き飛ばして膨らんだ筋力で持って、共に見張りに立っていた兵士に襲い掛かっていた。その首を棍棒のような指が掴んで、もう片手で胴を握り込めば、まるで真綿を引きちぎるように胴と首を分けた。同胞の絶叫に殺した本人の目から止め度もなく涙が流れ、駆けつけた兵士はその涙を見ながらも絶叫しながら槍を突き出す。固く分厚い胸筋を貫き心臓に刃を突き刺すために、同じ年頃の兵士は何度も何度も、それこそ倒れた上に乗り上がって胸の皮膚が原型を留めなくなる程に突き刺し続けた。
 殺す者と殺される者の絶望が、前菜のスープとして飲み干すには勿体無い甘露であった。ドランドの民はグレン肥沃から逃げ延びた者達の末裔だ。この堅牢な王国を作るまでの間に多くの侵略と恥辱を受けた結果、身内の結束はどの部族よりも強固であった。だからこそ、同胞が同胞を殺める行為が死ぬ事よりも苦しいのだろう。
 我は肉塊ごと、兵士の手を踏み抜いた。涙を流し奥歯が噛み合わぬ歯の隙間から漏れる、生暖かい吐息を極上の湯気を味わうかのように吸い込む。
「今夜は酒を酌み交わす約束でもしていたか? それとも、踏んでしまった『これ』は古くからの親友であったか? おぉ、貴様が殺さなければ死なずに済んだのに!」
 大口を開けて笑い飛ばし、唾液が横殴りの雨のように若者の顔に降り注いだ。しかし、若者の顔に恐怖も怒りも滲まず、ただ涙が溢れ痙攣するように震えながら床のシミを見るばかり。
 我はそっと涙に舌を這わせ、瑞々しく適度な塩気に舌鼓を打った。
 良い顔だ。我は笑みを零しながら若き兵士の顎に指を掛け、そっと顔を上げさせた。
「獣に堕ちてしまえば、もう、友を殺した現実に苛まれなくなるぞ?」
 若者の瞳に我の放った光が、すっと入り込んでいった。
 我は宣戦を布告するように、高らかな咆哮をあげた。
 大滝の音を掻き消して反響する雄叫びが、鬼岩城の全ての民に獣の種を植え付ける。光線を浴びせれば瞬く間に獣と化すが、獣にする手段は光線だけではない。命を奪い続ける外道と呼ばれる所業も、他者を蹴落とし蔑む行為も、恐怖に震えるだけの一見害のない存在でさえ、獣に堕ちる可能性となって潜んでいる。
 我が獣とする光線は、ちょっと足を踏み外させる程度の干渉でしかない。だが足を踏み外したら最後、這い上がる取っ掛かりすら存在せぬ、掴みどころのない広大な闇の中に放り出されよう。
 その闇の中どう生きるか。
 我は舌舐めずりをした。下準備はとうに終わり、後は出来上がった美味い食事を頬張るのみ。絶品と分かる食事が供されるのを待つ時間も、美味を深くする香辛料だ。
 角笛の音が大空洞を反響した。
 宿敵オルセコ王国の侵攻があった際に避難を促す警笛に耳を傾けながら、我は顔を上げる。大滝の最も高い場所に、この鬼岩城を一望できる突き出した岩がある。岩にはドランド王国の紋章が織り込まれた布が垂れ下がっていて、玉座があるのだろうと思わせた。
 あそこにしよう。我は、にまりと笑みを深めた。
 景色の良い場所で食べる美味い飯は格別だ。
 翼を広げ大空洞へ飛び出した我に、矢を射掛ける兵士の姿がある。しかし、我に矢を射掛ける余裕は瞬く間に消えていくだろう。我の光を受け入れた年若い兵士が、逃げ惑う民を掴んでは壁に叩きつけて大きなシミにする。同胞だった者に槍を突き出すことに躊躇った兵士は浅い一撃しか入れられず、反撃によって殴り飛ばされ手足が変な方向へ折れて滝壺へ落ちていく。
 襲いくる者は前からとは限らない。我が咆哮に恐れ慄き、獣に変じた者が背後から襲い掛かる。矢を構えていた兵士は獣に斧を振り落とされ、脳天を破られて脳髄をぶちまけた。
 獣達は刻々を数を増やし、正気を辛うじて保つ者は急流に揉まれる哀れな虫のような有様。
 愛した者に殺される絶望に塗れた断末魔。殺してくれと懇願する悲痛な叫び。お腹の中の赤子を守ろうと健気に身を丸めても、暴力の前に生きながら腹を割かれる妊婦。逃げ惑う背中に振り落とされる無慈悲な一撃。血飛沫が滝壺を赤く染めていく。
 前へ! 前へ!
 我に愚かなるオーガ共が殺し合う様を見せよ!
 ゾクゾクと快感が翼の先まで行き渡る。いつの間にか、我は腹が捩んばかりに笑っていた。
「狂え! 狂え! 我が掌の上で踊り狂うのだ!」
 大滝の水飛沫を真っ向に浴びながら舞い上がると、稲妻が我目掛けて落ちてくる。咄嗟に避けようとした身に、掴みかかってきたのは『轟雷王』などという大層な二つ名を持つドランド王だ。視線で射殺さんばかりに血走った目が、我の眼前に突きつけられた。
 こんなところに、メインディッシュがいたか。
「悪鬼ゾンガロン! この狼藉の責、貴様の死で贖ってもらう!」
 かつて天翔ける雷喰いを屠り轟雷王を名乗った男は、空中を飛ぶ敵との戦い方を熟知していた。瞬く間に背に回れば、我が翼の根元に手を掛け全力で引き千切ろうとする。
 体を貫いた激痛に、先ほどの雄叫びなど比較にならぬ絶叫が口から迸る。
 あまりの激痛に視界に星が散り、一瞬意識が飛んだのか体が大きく傾ぐ。空中で姿勢制御が崩れれば、墜落は必至。しかし、轟雷王は大きく体重を掛けて我が体を傾け、最も近くの岩壁に叩きつけおった。翼は引き千切れなかったものの、激突の衝撃に折れて力なく垂れ下がる。
 翼の付け根の筋肉が肺の裏側に近かった為に、血が込み上げてごぼごぼと溢れて止まらない。そんな顎の下に轟雷王は滑り込むと、顎を盛大に打ち上げた。
 視界がドランド大滝を駆け上がり、大空洞の天井を舐め、床に沈み込む。あまりの力に体を宙に打ち上げられ、一回転して叩きつけられた体に乗り上がった偉丈夫の影が大きく被さってくる。その太い腕が激しい稲妻を這わせるのを見て、我は喉に溢れる血を一瞬で砂に変え激しい炎を吐き出して迎え撃った!
 流石、炎に耐性を持つオーガ族。轟雷王は激しい炎をその身に受けながら、我の胸に拳を叩き落とした。まるで落雷が直撃したような衝撃が、胸から背を突き抜ける! 心の臓が鼓動を止め、循環を失った体が冷え切り、魂が闇に沈み込もうとしているのを感じた。
 死ぬ。
 真っ暗な視界の中に雷の残滓が散らついていたが、それもゆっくりと闇の中に溶けていく。
 死んでなるものか。
 歯を食いしばり、星のように残る雷光に目を凝らす。
 ドランド王国の滅亡は、我が悲願。
 オーガ族ノ殲滅ハ、我ガ喜ビ。
 戦火ヲ! モット、戦火ヲ! 絶望ヲ堪能シ尽クス為二、戦ノ炎デ燃ヤシ尽クセ!
 我は粉っぽい喉を咳払いし、か細い笛のような音を漏らした。闇の中にひゅーう、ひゅーうと風が通り抜けるような音が滝の音に踏み砕かれていく。大空洞の中を反響する大滝を蹴散らし、無数の足音が地響きを伴って迫ってきた。
「えぇい! 邪魔だてするな!」
 驚きの声が、轟雷王の重量と共に我が上から退けられる。何者かに体当たりされたのか、傍に轟雷王だろう者と別の誰かが縺れ合って倒れ込み、激しい揉み合いになっている。その間にも足音は滝から流れる水のように、間断無く迫ってくる。どっしりとした大きな足に腹を踏まれ、小さい軽い体重がちょこちょこと翼の上を歩き、足を引き摺る者が足の間を跨ぎ、這いずる体が立髪を巻き込んで引っ張られる。
 その全てが轟雷王の元を目指していた。
「おのれぇ! ゾンガロン!」
 怒り狂う轟雷王の声が、口を塞がれたようにくぐもる。殴られて叩きつけられる音、蹴られて骨が折れる音、言葉を失った獣の呻き声が闇の中で響き渡る。
 次第に音が水気を帯びて独特の匂いが鼻先を掠めるようになる。敗者の王国では有り触れた、陵辱のかぎりを尽くした血と性液と汗、そして糞尿と死臭が綯い交ぜなった悪臭。生物の反応に抗えない体に絶望する呻き声が、誰のものだか想像するのは容易かった。地面に投げ出された手の上に倒れ込んだのは、まだ温もりは残るも鼓動を感じない柔らかな小さな体。それはどさりどさりと折り重なっていく。
 顔からぱきぱきと音を立ててこびり付いた血を落とし、我は大口を開けて笑った。
 獣に堕ちた轟雷王、ドランドの絶望を添えて。
 なんて美味そうなメイン料理なのだろう…!
 我が目の前で深々とひざまづく、獣に堕ちた王の肩を足置きにする。
 ドランドの極上の絶望を思い返すだけで、心が幸福に満ちる。今までオーグリードに点在する数多の王国を様々な方法で蹂躙してきたが、これほどまでの満足感に至ったのはドランドが初であろう。
 残るオルセコ王国は我にとってデザートだ。
 最高の食事にする為に、どう料理しようかと考える時間はとても充足していた。当然、オルセコ王国の二人の王子を中央に据えるとして、片方を獣に落とし殺し合わせるでは味気ない。鉄壁が災いして警戒が重点的であり王さえ押さえれば蹂躙できたドランドと違い、オルセコは一年に一度開催される武術大会の為に各地の王国で最高の武人と呼べる者達が集まっている。
 その点をオルセコは十分に理解している。
 鬼人という獣に変えられたとしても、残った者で悪鬼ゾンガロンを討ち取れる。その自信を最も強く持ち、単身で我の首を討ち取れる可能性があるのはギルガランだ。だがギルガランに及ばずとも実力者を束ね指揮するグリエも軽んじる事はできぬ。むしろ、その二人が揃っているからこそ、今まで攻めあぐねたと言うべきだろう。
 ドランドを鬼人の国に変えたのは、我の手駒を手に入れる為。
 膂力があれど知能が劣る獣でも総力を打つければ、流石のオルセコとて倒れはせぬも傾ぎはするだろう。その混乱の中で我が力で獣の種を仕込めば、オルセコはドランドの二の舞となろう。
 今やオーグリードの全ての民は、我のやり方を熟知している。滅んだ王国の生き残りが、やれ我がどう襲ってきたか、やれ我が同胞をどう鬼人に変えたかを具に伝えていた。だからこそ、オルセコは我の襲撃に対し、万全の体制で待ち構えておろう。
 オルセコの誇りである強さを、民が王に向ける強靭の信仰を、真っ向から否定する。
 二人の王子は互いが持ち得ぬものを持ち、それが強さであると理解しているだろう。双方が倒れる事でオルセコは真の意味で倒れるのだ。若き王子達がどのような絶望の顔を見せてくれるのか、ぞくぞくと這い上がる快感に笑みが溢れる。
 宣戦布告はなされた。我がフルコースが完成する時は近い。
「貴様らが何をするべきか、分かっておろうな?」
 足を掛けた肩は動かさぬまま、首だけが垂れるように下がった。
「我ラノ血、我ラノ肉、全テ ゾンガロン様ノ糧」
 本来なら愉悦のままに笑うところだが、不快な足音が直ぐ傍までやってきていた。
 大滝の音に飲まれ無視できていたが、湿った岩の上を鼻歌混じりに登ってくる足音は聞こえていた。のんびりと鬼岩城の謁見の間に相当する位置まで登ってきたのは、宣戦布告を聞いて乗り込んできたギルガランではなくオーガの地では珍しい人間族の男だった。
 人間族の基準であれば中肉中背の凡庸な体格であろうが、オーガ族の子供よりも貧相な男だ。武術を嗜んだ身のこなしもなく、魔術に秀でた気配もなく、銀の竪琴を持つ手だけが歪に歪んでいる。古い血溜まりのような髪と瞳、目鼻立ちは見苦しくはない程度でしかない大衆に埋没するような男。しかし、男の身につけた服は厚手で、極寒の地を行くような毛皮を裏打ちした分厚い外套に覆い被さられ、靴は履き潰されて草臥れている。
 なによりも不気味なのは、鬼人の国と化したドランドに散歩のついでといった体で踏み込んできた事だ。蛆が湧く腐乱肢体がそこかしこに転がる道を平然と進み、腐った血溜まりに躊躇いなく踏み込んでいく。鬼人達はこの男を襲う事はせず、男はまるで知人に話しかけるように獣に語りかけていた。帽子に挿した魔鳥の尾羽が、呪いの火の粉を振り撒いて妖しく輝く。
 誰だ。何者なのだ、この男は。
 オーグリードを旅する人間。オーガ族の中に他種族が混ざる事は、水の中に油を垂らすように目立つ。今まで数多の王国を滅ぼす中で、陽光を反射するような光り物を手にした男を見逃すとは思えない。不愉快さに、今までの陶酔が氷水を打ち撒けられたように醒めていく。
 肩に黒い猫を乗せた男は、我を見て慇懃に会釈をしてみせた。
「目障りだ。去ね」
 かっと口を開き、数えきれぬオーガ族を獣に堕とした光を照射する。大空洞の闇が消える程の光が元の暗さに戻る前に、ぽろんと竪琴が爪弾かれる音が響いた。
「申し訳ありませんが、僕は貴方が行儀悪く足掛けている方に用事があるのです」
 男は我に対してなんの警戒もせず、獣に成り果てたドランド王の傍に膝をついた。
 垂れた顔を覗き見る、さも殴ってくださいと言わんばかりの無防備な側頭部。尾羽の挿さった帽子の上に拳を振り下ろしてみれば、金属を引っ掻く音が一瞬して、拳を糸のような細い光が貫いていく! 大した傷ではないが痛みはある。咄嗟に手を引いて見れば、針を突き刺した程度の小さな傷から、ぷっくりと血が玉を結ぶ。
 男は我の反応を一瞥もせず、ドランド王に語りかけた。
「間も無く、オルセコ軍がこの国に攻め込んできます。このまま戦えば、互いに多くの被害が出るでしょう」
「若造ニ、何ガ判ル」
 ドランドの王は微動だにせず返した。
「如何ナル 強キ者モ 賢キ者モ、圧倒的チカラ ヲ 前ニ 頭ヲ垂レ、敗北ノ 味ヲ 甘受スル 時ガ来ル」
 我はふっと口元を緩めた。
 己が手で数えきれぬ同胞を殺してしまった罪と、折った心に我の洗脳は良く効いた。獣に堕ちれは純粋な力は増すが、どうしても知能は落ちて馬鹿になる。轟雷王を実力を奪わず、従順な下僕にするのはなかなかに苦心した。
「何者の風下に立つ事を決して許さなかった、誇り高き『轟雷王』。この国の王は貴方だ」
 獣に説教など片腹痛い! しかし、我は愉快な気持ちには一切なれなかった。
「貴方と貴方の民は獣に成り果てた。それは終わりではありません」
 肩に置いた足越しに、ドランド王が大きく震える。我は足を下ろし、ドランド王の頭を渾身の力で打ち据えた! 獣と化して膨らんだ体が、滝の水で黒々と濡れる石床の上に叩きつけられる。
「自ら獣に堕ちた家畜が贅沢を望むか!」
 そうだ。貴様達は自ら望んで獣になった!
 獣になった同胞の手によって跡形もなく消えゆく故郷を。生きながらに腹を裂かれ赤子を引き摺り出された妻を抱きしめ、気が狂って叫ぶ夫を。強姦され内臓が破裂した苦悶の顔を火に焚べる死んだような顔の親を。逃げ惑う中で一縷の望みを抱き川に飛び込み、ぶくぶくに膨れ上がった遺体が埋め尽くす滝壺を。獣になった同胞が闊歩する中で、獣になりたいと懇願する声に耐えきれず獣に堕ちたのは何処の誰だ!
「貴様らは我の玩具よ!」
 我はドランド王の首を掴み、釣り上げた顔を睨め付けた。
「玩具ならば玩具らしく我を喜ばせろ! 家畜ならば家畜らしく我が腹を満たすのだ!」
 黒々とした肌に、白く食いしばった歯が開く。我の腕を、ドランド王が掴んだ。
「我が同胞は玩具でも家畜でもない」
 瞬間、我が腕に電流が走る! 咄嗟に手を離せば、ドランド王は軽やかに間合いを開ける。油断なく身構え我に視線を向けたまま、ドランド王は大きく息を吸い込んだ。ひと回り大きくなった体から、大空洞が震える程の号令が響き渡る。
「聞け! 我が親愛なるドランドの民よ!」
 その声は、獣に堕ちたとは思えぬ、かつてのドランド王の声そのもの。
「戦いのドラムを鳴らし、 オルセコ軍を突破せよ!」
 大空洞を獣達の雄叫びが上がる。角笛が高らかに鳴り響き、戦いのドラムが空気を地響きかと思うほどに打ち鳴らす。人間が踵を返す背を、ドランド王が景気良く叩いた。
 よろける人間に、ドランド王はおかしそうに笑う。
「人間、終わりでないというなら、同胞を安寧の地へ導くのだ!」
 何を言っているのだ? 我は耳を疑った。
 ドランド王国のこれまでは迫害の歴史と言えた。グレン肥沃の故郷を滅ぼされ、各地を転々とする中で蹂躙され誇りをこれ以上ない程に穢されてきた。ドランド王国が籠城に適した鉄壁の城を作り上げたのも、同盟国を一切持たないからだ。故に我単身で乗り込んでも、こやつらには逃げ場も助けもなく敗北してしまったと言える。
 同胞しか信じられぬ者が、最も大事な己が国の民を、他種族である人間に託すなどあり得ぬ!
「気が触れたか、ドランドの王よ!」
 ドランド王の瞳が、雷光を吸い込んでぎらぎらと光っている。人間を見送った不敵な笑みは清々しく、我は迫り上がった不快感にえずく。
「祖国を守れぬ王など、王にあらず!」
 あぁ、良かろう。
 望み通り、一足早くメインディッシュを喰ろうてやろうぞ!