戦車の轍に伏した屍 - 前編 -
雲の平原の彼方に光る繭がある。
てっぺんの星が灯る暗い空から星を紡いだみたいに糸が伸びて、雲の上で巨大な繭を吊り下げてるんだ。暗い空から雲の平原まで紺色から水色にグラデーションしていく綺麗な空に、冗談キツいコラージュみたいに浮かんでる。
あの分厚い雲の下は吹雪いてるってんだから笑えねーよな。
「嫌な臭いだな…」
硬く目を閉ざした瞼をぎゅっと瞑って、眉間に皺を刻みながらダズ兄は吐き捨てた。ダズ兄の夜を溶かし込んだ角にしがみ付いていたオイラは、ダズ兄の虹色に光る銀色の鱗に視線を向ける。ダズ兄の鼻先が少しだけ上を向いて、息を吸い込んだのか膨らんだ。
「幾つもの生き物の匂いがする。ナドラガ様の匂い、魔族の臭い、生き物のニオイじゃねぇものも混ざってる。生き物なのか疑わしいってのに、心臓の音だけがしっかりと聞こえていやがる」
一体、繭の中身ってなんなんだろう?
オイラはくりんと首を傾げたけど、中身が何かなんて誰もわかんない。滅びの未来を見た相棒も、繭の中身を見る前に危なくて逃げてきたって話だからな。
ダズニフ殿。オイラを抱え込むように座るエリガン先生が、ぐいっと前のめりになる。
二人してゲルト海峡の勇気の儀式に使う縄を命綱にしてダズ兄と繋がっているけど、めちゃくちゃ高いから尻尾が縮こまっちゃうよ。ピュアスノーリリーな髪にオーガとは思えないハニーフェイスなのに、魔物が闊歩する遺跡に調査に行っちゃうガッツのある先生だ。ガノのじっちゃんも、エテーネの事を教えてくれたヒストリカ先生も、考古学者って活動的なんだな。
「ナドラガ神の力もあの繭に加わるとして、どんな力が想定されますか?」
繭と異形獣、そして黒い服を着た剣士がセットで現れるから、剣士が異形獣を使役する事で厄災の力を回収し繭の成長に用いるんじゃねーかって話だ。不死の力はグランゼドーラの王様が壊したから獲得できなかったけど、竜の神様の能力は得てるんじゃないかってダズ兄は言う。
「俺達にとって最悪な展開は、長き封印で心臓と結合しちまった創世の霊核だな」
ダズ兄の声が強風に勢いよく飛ばされていく。
「このアストルティアを創造したという神器だ。なんでもできる。だが、獲得しようって能力が不死や強制退化なんて希少で強力なものばかりだ。獲得した力を行使できる器の生成に、使われる可能性が高いと考えてる」
じりっと空気が熱を帯びる。
オイラが視線を落とせば、ガートランドの緑は消えてオルセコの赤銅色の荒野が広がり始めていた。ルミラ姐さんが来た頃は珍しい小雨が降っていたが、快晴の日は岩肌が太陽を反射して灼熱の大地になんだって。その過酷さは日中の砂漠並みで、オーガも弱音を吐く程らしい。陽射しに灼かれてじりじりぎらぎら。雪を落とした空っ風が、熱をこれでもかと焚きつけてくれる。
汗が目に入ってしぱしぱする視界の中で、ぐにゃぐにゃにとろけた剣が見える。
大きさ的に暑くて幻見てるかと思っちゃうけど、きちんと現実に存在してる大きな剣の形の岩だ。オルセコ高地に聳え立つ巨岩の中で、剣の形をしている旅人達の目印だ。丘みたいな斜面を土台に伸び上がる剣の岩からは、すり鉢状になったオルセコ高地の荒野を一望できた。
ダズ兄がひらりと降り立つと、先ずオイラ達は命綱を外して竜の背から降りる。
銀の竜は月の光みたいな柔らかい光に包まれて小さくなっていく。汗ひとつかいていない銀の鱗に黒い髪がふわふわと落ちる。大きな布を巻き付ける竜族の伝統衣装が、ダズ兄の筋肉質な体の線を浮かび上がらせたり熱風を含んで膨らんだり大忙しだ。鱗が覆う手が燦々と降り注ぐ太陽に向けて広げられると、口を開けて大笑いだ。
「あったけぇ! 良い天気だな!」
うへぇ。オイラ無理。もう、暑くて頭がぼんやりだ。
くらくらしてるオイラの前で、炎の民がきびきびと動いている。がごんと大岩を退かして ぽっかり開いた涼しげな闇に、先生はオイラをすっと入れてくれた。ひんやりとした空気が、水に飛び込んだようにオイラを包み込んでくれる。
すずしいー! 気持ちいい!
ダズ兄はくしゃみひとつしながら入ってきて、闇の中を見渡すように首を動かした。石畳が敷かれた灯りがないだけの神殿みたいな綺麗な空間で、薪や火打ち石などが揃っている。樽には未使用の松明が数本立てかけられ、焚き火の跡や、野営した名残が所々に残ってる。
先生が手慣れた様子で松明に火を灯すと、奥に続く階段が照らされた。
「ここは古代オルセコ王国の王族の墓所であり、オーガ族の聖地の一つです」
ダズ兄が小さく祈りの仕草をしてから歩き出し、真ん中にオイラを挟んでエリガン先生が殿を務める。石畳が敷かれた歩きやすい階段だけれど、オーガサイズだからか一段一段がオイラの腰くらいの段差だ。降りるだけならいいけど、帰りはダズ兄の背中にしがみつこうかなって考えちゃうな。プクリポなら二人並んでラインダンスできるけど、オーガじゃ両手を広げるのは無理って幅の階段に冷たい空気が押し込まれて流されていく。
壁には手彫りの彫刻が彫られ、朽ちた燭台が等間隔に松明の光に掘り起こされる。オイラ達の足音とは違う、遠く近く、低く高く、終わらない音がずっと耳を撫でるんだ。
最後の一段を降り切って広がった光景に、無意識に毛が膨らんだ。
広い。広い空間があった。
まるでぐしゃぐしゃにした紙を内側から覗き込んでるみてーに、壁が犇めき合ってる。垂直な崖があると思えば、蛇腹折りに壁が連なってたり、頭上から鍾乳石みたいに岩が垂れ下がってたり、遠くに目を凝らせば空洞が枝分かれしてるのが見える。そんな空間に舗装した道が、サーカスの綱渡りの綱のように奇跡的な線を描いている。
「なんて巨大で入り組んだ洞窟なんだ…」
ダズ兄が闇を見つめたまま呻いた。流れる風の音を、どこかで転がり落ちた石が反響させる波を、物陰に潜む生き物達の蠢く気配、その全てを拾い集めてダズ兄は口を引き結んだ。
足を止めたダズ兄に代わり、先生が舗装された道の先頭を歩き出す。
「ガズバラン様が剣を突き立てた際に、出来たとされる亀裂の内部です。亀裂はオルセコ高地の端から端に達し、底は魔界に至ると言われています」
等間隔で石灯籠が並ぶ道を進む。舗装された道から視線を外すと、すぐ傍に光が届かない真っ暗な闇があるんだ。一歩足を踏み外しただけで奈落の底かも、なーんて冗談でも言えねーや。ダズ兄は落ちたら見つけてくれるだろうけど、この複雑に入り組んだ空洞を見てると落ちて生きてられる自信は無くなっちゃうな。
「魔物達が息を殺しているな」
オイラの後ろでダズ兄が囁いた。
洞窟は魔物達のお家で、ドラキー一匹見つけられないのはちょっと変だ。妙に魔物が大人しい場所は、凄く強い魔物の縄張りだったりするから気をつけないといけないんだよな。魔物の気配がない空間を見回す視線の先で、松明に染まった赤金の髪が灯台のようにそこにある。
「この大亀裂は大地の竜バウギアの棲家に繋がっています。大陸の守り神とも、大陸を一瞬で海に沈める怒れる竜とも言われる古の竜です。伝承の継承者だけが、竜に目通る道を知っているそうです」
先生の説明に『なるほど』と呟いて、ダズ兄は黙り込んでしまった。プクリポって喋ってないと死んじゃうって訳じゃないけど、静かにしてろって言われると騒ぎたくなっちゃうんだよね。でもバウなんとかって竜が家で寝てて、オイラが騒いで起こされたら怒るよね? オイラも昼寝の邪魔とかされたら怒っちゃうもん。ならさ、こしょこしょお話すればよくね?
ねー。せんせい。オイラはこっそりと先生に話しかけた。
「どうしてオーガ族は、ゾンガロンをやっつけなかったんだ?」
ランガーオ村出身のルミラ姐さんの話じゃ、姐さんが生まれる前からゾンガロンは封印されていた。そりゃあそうだ、大昔のオルセコの王子様が封印した時からそのまんまなんだから。
そしてランガーオ村はゾンガロンの監視と、封印が解けた時に全力でこれを殺す事と、早くオーグリード全土の王国に知らす責務を負った。その代わり未来に存在する全ての王国は、ランガーオ村を支配してはならない。盾の盟約と呼ばれるものが、村とオーガ族との間で交わされた。
そんな話を聞いて、オイラは穢れ谷の大蛇を思い出していた。
プディンの親御さん達を喰った恐ろしい化け物は、プーポのおっちゃんに片目を切られてから姿を現していないらしい。だからって大蛇が死んじまったとか、穢れ谷から這い出してプクレット村の人達をぺろぺろ食べたりしないだろっつーのは、笑えねー冗談だ。
封印されたからって、安心だなんてオイラはとても思えねーよ。
「真実は闇の中ですが、少しでも近い出来事が伝わっています」
少し闇に目を凝らしたように虚空を見上げ、先生は硬い声で語り出した。
オーグリード大陸で生命を拒絶する地域の一つである雄峰ランドンでは、いかな勇猛なオルセコの王子でも命の危機に直面したのです。
護衛共々遭難しかかり、命の灯火が吹雪にかき消されようとしたその時、命を救われたのは天の采配と言えましょう。しかし極寒の中で嗤う死神から逃れただけで、その空間は凄まじい魔瘴に満たされた空間だったのです。真っ暗い闇の中で、どろどろと腐った血肉のような色が溢れる空間。オーガでさえ濃厚な魔瘴に触れれば死に至る地獄に放り込まれたのです。
死を覚悟して闇を見回す二人に、『魔封剣姫』と名乗った女が現れました。
面頬がきっちりと下られ、一分の隙もない程の堅牢な全身鎧に身を包んだ女。成人した人間の女性の平均的な身長と、体格に合わせて作り防御力を上げる鎧の特性上膨らんだ胸元でどうにか女と分かる。名乗った声も兜の中で反響し、人成らざる不快な響きに変わっていました。
この魔瘴の闇に独り佇んでいる存在に、警戒しない訳がない。
しかし神々しい守護が施された白銀の鎧は、禍々しい闇に沈んだ空間で閃光のように眩かったのです。一流の剣士の所作と無駄が全て省かれた実直剛健な声色に、王子はその女が偽りを言う事はないだろうと直感的に感じたと語っています。
『戦神』とは。女は何の感慨も含まぬ声で言いました。
『オーガを滅ぼす策謀を講じる戦禍の邪神が、己が手駒を集める為に蒔いた甘言です』
その瞬間、王子は言葉を詰まらせ天井を仰ぎました。
先王の目指す平和には宿敵ドランドを含む、オーガ族の殺害が必要でした。戦禍の邪神が先王の求めに応じ力を授けたとして、その内容には一切の嘘偽りはなかったでしょう。オルセコの敵を討つ力は確かに授けられ、今やオルセコ以外の王国は滅亡しつつあるのです。
先王は騙され、邪悪なる者の手駒にされた。
偉大なるオルセコの王として、オーガ族で最高の名誉と尊敬を集める者が、堕ちるところまで堕ちたと知ってしまったのです。
『邪神の加護を受けた存在を倒す事は難しいですが、封ずる事なら叶いましょう』
しかし。エリガン先生は振り返り、耳を傾けていたオイラ達に振り返った。じじっと燃える松明の光に染まった先生の口が、ぽっかりと開いて闇が顔を覗かせる。
「その術は術者の命と、封印の完成に百年の年月が必要とされているのです」
うっわ。露骨に顔に出ちゃったオイラの後ろで、ダズ兄が呆れた声でぽそり。
「…良くオーガ族が滅ばなかったな」
流石に頭良くねーオイラでも、封印に命一個と百年必要じゃあ、封印解いてやっつけようって気にはなんねーな。
「アストルティアが滅びの危機を迎えている今に、百年掛かる封印は得策ではありません。何より、もう一人の王子が求めた方法は試す価値があります」
先生が困ったように微笑むと、前を向いて指を差す。
「目的地が見えてきましたよ」
そこは闇にぽっかりと浮かんだお皿みたいだった。大きな岩を真ん中に据えた丸い舞台には、砂浜みたいに不揃いの白っぽい砂が敷き詰められてる。その砂には沢山の武器が突き立てられてたんだ。錆びてボロボロのもの、真新しい綺麗なもの、大剣、短剣、斧や槍、爪が揃えて並べられたりして武器の見本市みたいだ。じゃりじゃりと真ん中の岩に向かって進むオイラ達の重みに押されて、舞台の端の砂や武器が奈落の底にざざっと落ちていく。
膝を折り地面の砂を撫でたダズ兄は、手を組んで小さく祈りを捧げる。
真ん中の大岩は角がない滑らかな岩で、ダズ兄が手足を大の字にしてもはみ出ない大きさだ。平ったくてテーブルに丁度良さそうだけど、焦げた後なのか真っ黒い煤がこびり付いてる。
「今も戦士達が亡骸を弔う場所として、埋葬に来る者が後を絶たぬのです」
ここって、現役の墓場なのか!
エリガン先生に習って、オイラは慌てて埋葬された戦士達の冥福を祈る。
先生が松明を掲げれば、威厳溢れるオーガの種族神が剣を手に立つ石像が見下ろしている。とても大きくて真っ暗で死が傍にある世界を切り取ったように、生きる者が祈りを捧げる神聖さが満ちていた。
「すでにオルセコ王家の墓としての価値は失われています。しかし死後の拠り所として敬意が払われる限り、この地は聖地として生き続けるのです」
先生はオイラに松明を預けると、空間の真ん中の祭壇に歩み寄った。オルセコ王族はこの祭壇の上に亡骸を横たえ、聖なる炎で荼毘に伏していたんですよ。そんな説明をしながら、先生は懐からガズバランの印を包んだ綺麗な布を取り出した。
布を開いて現れた石を手に取って、祭壇の上にごとりと乗せる。
種族神ガズバラン様から授かったオーガ族の起源が記されたものらしーんだけど、オイラの拳二個分のごつごつした石にナイフで紋様が刻まれただけ。別に宝石キラキラしてなきゃダメって訳じゃねーけど、子供がお遊びで作りましたって言われたら納得しちゃう代物だ。
先生は腰に穿いた護身用の短剣を抜くと、片手を首の後ろに伸ばした。尻尾のように伸びた新雪の髪を掴むと、短剣で切り落としてしまう。先生はオイラが持っている松明へ手を伸ばすと、銀色の髪にそっと火を移した。
先生は火が着いた髪を両手で掲げると、祭壇の上に置かれた石の前に畏まった。
「私はオルセコ王の末裔、エリガン。種族神ガズバラン様、貴方様が私達に与えてくださった御印に私の炎を捧げます。我らが先祖グリエが求めた答えを、どうかお示しください!」
言葉を紡ぐ吐息に膨らむ火に深々と一礼し、先生は石の上に燃える髪を落とす。髪は石を覆い深呼吸一回分くらいの間に燃え尽きちゃったけれど、石はまるで火を含んだ炭のように赤々と燃え続けてる。刻まれた紋章から小さなヒビが刻まれるように、真紅の火が石全体に広がっていった。
ぴしっ。
小さな音を立て、石から赤い光が溢れ出した!
おぉ! 先生が感嘆の声を上げた。
「伝承の通り、ガズバラン様のお言葉は炎によってもたらされる!」
石から出る光は鋭く伸びて、松明の届かない闇に色んな形を結んだ。ナイフで刻んで描いた棒人間だけど、頭や肩に角があって、尻尾の房まであるんだから棒人間はオーガ族みてーだな。炎が揺らめくように光ったり消えたりを繰り返して、棒人間は踊るように動いて見える。
「なんだか、踊ってるみてーだな!」
プクリポって踊りを見ると体がむずむずして、動いちまうんだよ。二人集まりゃ踊り出すなんて言うけど、一人でだって踊っちゃうんだもんね! オイラは棒人間の動きを真似て、もぞもぞと動いてる。そんな難しーやつじゃ無いから、すぐ覚えられそう!
なぁ。ルアム。ダズ兄がオイラに声を掛けてきた。
目が見えないダズ兄は、闇に映し出された棒人間が見えてない。先生が驚いて、おいらがちょろちょろ動いてるのが、石からばーんって出た光のせいなんだよって説明しねーとな!
「お前も戦の舞を教えてもらってたのか?」
ふぇ? オイラがくりんと首を傾げてる後ろで、興奮した声が空間を跳ね回った。
「確かに、戦の舞だ!」
エリガン先生がきびきびした動きで、棒人間の動きを再現して見せる。
ダズ兄の袖を引っ張って『戦の舞ってなーに?』って聞けば、ルミラ姐さんの故郷の祭りで夜通し踊られる伝統的な踊りなんだそうだ。踊り自体はランガーオ村独自のものって訳じゃなくて、オーグリード全土で広く知られる伝統的な踊りなんだそう。
「…なるほど! この明滅の間隔は太鼓の拍子か!」
きらきらとダイアモンドダスト並みに輝かせながら、簡略化されたオーガ達の舞へ熱視線が注がれる。興奮する先生に水を差しちゃいけねー。オイラは『なぁなぁ、ダズ兄』と囁く。
「この踊りを覚えたら、悪い奴の攻撃防げるのか?」
しゅっと伸びる銀の鼻先が横に振られた。
「数年前にはジーガンフというルミラの友人が、先日の復活の際にはランガーオの戦士が二人ほどやられてる。全員、踊りの習得者だろう」
どうにも姐さんの故郷では、戦の舞を儀式で踊る名誉に預かる為に村人全員が踊れるらしい。その動きは体で覚えているほどだろうし、武術の基礎にも応用できるだろうから戦いの動作にも影響しているんだろう。そんな彼らが悪い奴の術で正気を奪われたのなら、踊りは一番厄介な術を防ぐ為の手段じゃないんだろうなってダズ兄は唸った。
戦の舞を踊れたからと言って、悪鬼の正気を奪う術を防げない。
「え? え? どーすんだ? わりーやつを倒せる方法は、解らねーってか?」
オイラは目の前が真っ暗になりそうなくらいの焦りを感じてた。
本当はガズバランの印から分かった情報は、魂が繋がってるオイラと相棒で共有され、グレンで迎え撃つ姐さん達に伝えられるはずだった。結局何もわからないって事は、相棒達が悪い奴相手に無駄死にしちまうかもしれないんだ。
いいえ! 先生の断言が、光が消えて密度を増した闇を切り裂いた。
「それは違います!」
突然の先生の声がやまびこして、オイラ達はびっくり目がまんまる。そんなオイラ達の反応なんかどこ吹く風で、先生は手を広げ腹の底から声を響かせた。
「神話はオーガ族の誕生をこう語っています」
ガズバランは凶悪な獣達と戦い続け、その鼓動の音を、その胸に燃える炎のような意志に耳を傾け続けた。獣の音に合わせるように舞い、戦い、獣に喜びと闘争心を芽生えさせ、最後に心を授けた。ガズバランは心を持った獣を、我が子であると母である女神ルティアナに報告した。
朗々と響いた声が闇に消える前に、興奮した声が弾ける。
「神話に語られる『舞い』の部分が、たった今、『戦の舞』であると確定したのです!」
早口の加減が完璧にガノのじっちゃんだ。エリガン先生、めっちゃ嬉しくて楽しいんだろーな。
「獣が心を得る為には『舞い』だけではいけません。『戦の舞』を知っていても、鬼人化してしまう状況に符合します!」
た、確かに、なんだか筋が通ってる気が、しなくも、無い。
オイラと並んで先生の剣幕に圧されているダズ兄が、おずおずと言った。
「…ってこたぁ『音』も必要って事か?」
鼻先にびしっと人差し指が突きつけられ、『その通りです!』と興奮した声が貫いてダズ兄は悶絶した。魔物が出るかもって警戒と、予想できない動きと炸裂音に身構える緊張で鱗の隙間からぷつぷつ脂汗が滲んでる。仲間なら盲目のダズ兄を慮ってやれるけど、まだ出会って数時間の先生にそんな配慮は期待できねーのな。震えるダズ兄の背中を、さすさす摩ってやる。
「しかし、それは『戦の舞』の際に拍子を取る太鼓の『音』だけではありません。心臓の音、胸に燃える炎のような意志、そこに鍵がある!」
エリガン先生は仰け反って天を仰いだ。その大きな喉仏が、レバーかってくらい大きく上下した。
「神話を再現するのです!」
へ? オイラ、ちょっとバカだからわかんない。
オイラ達、ゾンガロンって悪い奴を倒す方法探しにきたんだよね? 神話の再現って、どういうこと? 頭の中が疑問符でいっぱいになってるんだけど?
「ゾルトグリン王の心を再び芽生えさせる事ができれば、ゾンガロンを止められる!」
えぇー? オイラは腹の中の空気を全部 声無き疑問に変えながら、ダズ兄を見た。ダズ兄も目元は隠れてるけど、困惑しきりなのが仲間だからわかる顔してる。
悪い奴を倒す手掛かりが見つかりませんなら、まだ落胆でどうにかなったと思う。全員死ぬつもりで突撃すればやっつけられるって、覚悟を決めて戦いに挑んだんじゃねーかな。
でもさ、手掛かり見つかって立てた作戦が『神話の再現』だって?
その作戦、大丈夫なの?
相棒のハの字眉の呆れ顔が、瞼の裏にありありと浮かんだ。