皇帝陛下の勅命により - 前編 -

 天の神よ、地の人よ。彼の者を讃えよ。
 ケミルという氏族が操る物を作り替える秘術は、理を歪め魂を損壊すると恐れられる。どんなに真理を訴えても石礫が返され、孤立を深める氏族であった。
 唯一レトリウスはケミル氏族の語る真理に耳を傾け、民を助る力として旗下に迎え手厚く遇した。
 ケミル氏族の長の息子ユマテルは、レトリウスの願いに良く応えた。錬金術にて病は払拭され、豊かな実りは飢えを退け、マデ氏族の生活を瞬く間に豊かなものとする。
 万里の理に通じると偉大なる錬金術師ユマテル。
 神智の放浪者と並び、レトリウスの双翼と呼ばれる者である。


 ■ □ ■ □

 お父様に叩かれた頬を氷嚢で押さえる。
 少し前まで侍女達が『婿を貰う前の娘の顔に、跡が残ったらどうするつもりなのか』と、口も憚らずお父様を辛辣に罵っていたわ。クオードは怒りに顔を真っ赤にして、時見の神殿から父を引き戻せと側近達に捲し立てているそうよ。
 扉をノックされた音に顔を上げて応じれば、執事長のジェリナンが入ってきた。色鮮やかな果実と氷がたっぷりと入ったハーブティーと、舌触りが良さそうな宝石のようなゼリーが台車に乗っている。痛みが少しでも和らぐよう、痛くても食べられるよう、心配りされた品々が胸に染み入る。
 ジェリナンが部屋に残った侍女達に目配せすると、侍女達はそれぞれにお大事にと私の体を気遣う言葉を掛けて暇乞いされていく。一人残ったポーラを入り口脇に待機させると、ジェリナンは心地よい声で話しかけてきた。
「メレアーデ様。お痛みが酷うございますか?」
 いいえ。私は小さく首を振った。
「ありがとう、ジェリナン。痛みは和らいできたから、大丈夫よ」
 それよりも、腫れたら腫れたでクオードが時見の神殿まで突撃しないか心配ね。そう茶目っ気たっぷりに言えば、ジェリナンは笑い声を吐息に混ぜで『左様でございますね』と相槌を打ってくれた。
 冷たいハーブティーが血の味のした口腔を爽やかに拭い、なめらかなゼリーがつるりと胃に落ちていく心地よさ。こんな時でも美味しいと食べれてしまう神経を恨んでしまう。
 私はようやく、一つ息を吐き出せた。
『お父様! 彼らはマローネ叔母様の命を救ってくれた恩人です! 牢獄から解放してください!』
 私はエテーネ王国の女性でも長身の方だけれど、お父様は更に大きい。長い青紫の髪を後ろに流し、武術に長けたがっしりとした体が巌のように聳り立つ。日に当たることを知らない色白い肌は逆光に沈み、色だけでなく冷え切った瞳と高い鼻筋が浮き上がっていた。
 パドレア邸が異形獣の襲撃を受け、マローネ叔母様が時渡りの力を奪われた。王宮に運び込まれた時には、昏睡した危険な状態だったわ。でも、クオードがすぐに、王立アルケミアから回収した時渡りの力を抽出する装置を使い、異形獣の角からマローネ叔母様の力を戻す事ができたの。叔母様は数時間後に意識を取り戻されたわ。
 命懸けで守ってくれた旅人達にお礼を言いたがったけれど、それは叶わない。命の恩人であるルアム達は、王宮に着いて直ぐに拘束され投獄されてしまったのだから。
 はぁ。父の薄く開いた唇から、確かに溜息が零れた。
『エテーネ王国の王女たる高貴なる身分が、声を荒げては品格を問われる』
 乾いた目に、必死に訴える私が映る。
 父、ドミネウスはお世辞にも良き父親ではなかった。
 勿論、己の死期を悟り子供達に王位を譲ろうと準備していたお祖父様の下で、エテーネ王国次期国王としての公務が多忙を極めた事は理解している。それでも、私とクオードに親らしい事をしてくれた記憶はない。私にとってお父様は、父ではなく王だった。
 そしてお父様にとって、私は娘ではなく王女なのだ。
『正しき未来を選択し臣民を導く。偉大なる建国王レトリウスの血を絶やさず、未来に繋いでゆく事こそ王族の勤め。…お前には王族としての自覚が足りておらぬようだな』
 込み上げた感情に、体が燃えるように熱い。
 昏睡状態のマローネ叔母様が持ち直した事を喜ぶでもない。クオードのように異形獣が侵入して発生した被害に、王国の防衛の是弱さに歯噛みするでもない。地上で暮らす民が魔法生物を失って不便を強いられるのを、申し訳なく思いもしない。転送の門が正しく転送されず閉鎖された時も、修繕の指示すら出さない。
 民の息災を喜び、王国の平安を求める以上に大切な事が存在するの? お父様の求める王族の務めって、一体なんなの?
 私はメレアーデ! 王族の血を残す道具ではないのよ!
 分からない。お父様が、分からない。
 エテーネ王国国王ドミネウスが、とても不気味な存在に思えた。
 そして、ふと思う。普段は時見の神殿に篭っている以外は執務室から出てこないお父様が、どうしてここにいるか不思議だった。不思議が疑惑に変わり確信に至ると、それは油になって熱に注がれる。
 感情が燃え上がり、気がついた時には大声が口から迸っていた。
『ハッキリ仰ってください。叔母様を心配する私が気に入らないのでしょう? 叔父様を嫌っているからって、子供にまでそれを押し付けないで!』
 お父様の影が起こった猫のように大きく膨らんだ。次の瞬間、左頬に衝撃が走り薙ぎ倒される! 縺れた足のヒールが床のタイルの上を滑り、視界は火花が散って宙に投げ出された世界が回る。
『メレアーデ様!』
 床に叩きつけられるはずの体が、ふわりと抱き止められる。しっかりと肩を掴み、ぐったりと仰け反ってしまいそうな背中を温かい体が支えてくれる。投げ出された足が、ぐらぐらとする視界に見えていた。
『陛下! 失礼ながら躾とはいえ、ご息女に手をあげるなど…』
『王室の事柄に貴様ごとき下賤の者が口出しするな!それと死んだ愚弟の捜索は、これ以上は不要だ!』
 パドレ叔父様の従者の声を、お父様の高圧的な声が押しつぶした。幼少の頃からパドレ叔父様に仕える忠臣を下賤呼ばわりして、心からお父様を尊敬していた叔父様を愚弟だなんて! 王としてどころか人としてあり得ない暴言、それを吐くのが自分の父親であることが、ただただ悲しい。
 頬を温い涙が伝っていくのを、他人事のように感じていた。
 ジェリナン。私の声に、長年ドミネウス家に仕えてくれた執事が背筋を伸ばす。
「申し訳ありません、メレアーデ様。ドミネウス陛下より自室謹慎を命じられていますが、主治医より数日は安静にと言われています」
 そうね。私は目を伏せて頷いた。
 歯や鼻の骨が折れなかった程度には手加減してくれたけれど、あの立派な体格から平手が振り落とされたんだもの。意識が戻って初めて白湯を口にした時、体が受け付けず戻してしまったわ。皆が私を心配してくれている以上、元気な姿を見せるまでは安静にするつもりだった。
 しかしながら。そう続けて、ジェリナンが動く。
 テーブルクロスが掛けられた台車の上には、私の為に用意してくれたティーセットがある。ひょろりとした痩身をきっちりと折り曲げて屈むと、純白のクロスに手を突っ込んで箱を取り出す。白い箱にはピンクのリボンが掛けられ、白い便箋が挟まれている。
「クオード様より、お見舞いの品が届いております」
 私はふっと心が和らいで、口元が持ち上がったのを感じた。
 ペーパーナイフで便箋を切り、何枚も重ねられて折り目が付かない手紙を広げると、綺麗な字が飛び込んできた。痛みはないか。顔は腫れていないか。お医者様の言う事をきいて、しっかり休んでほしい事。マローネ叔母様も、私達の従兄弟である赤ちゃんも、元気で王宮で過ごしている事。パドレ叔父様の従者であるファラスが片時も離れず護衛しているけれど、軍部からも兵を出して警護を徹底している事。早く元気なお姿を拝見したい事。
 クオードの心遣いが手紙から溢れていた。
 私を安心させようという心遣いが、冷淡なお父様に傷付けられた心に染み入ってくる。クオードの優しさに視界が潤んで、唇がへの字になってしまったわ。
 手紙を繰ると、内容は不穏なものになっていく。
 半年前にドミネウス邸に迷い込んでいたレナートも、投獄されたというのだ。ルアム達とレナートに下された罪状は旧ドミネウス邸の不法侵入と、国家反逆罪だという。
 不法侵入については、形だけでも投獄するのは賛成だとクオードは綴った。この三人がドミネウス邸に侵入した時と現在パドレア邸に侵入した異形獣には、転送の門の使用歴がなかった。もしかしたら、王国が感知していない方法で、浮島の施設に侵入する方法があるのかもしれない。それを問いただしたいと、頭の硬い事を言うの。
 国家反逆に対しては、全くの冤罪だと書かれていた。
 クオードは王都キィンベルで三人の動向を、異邦人という事で把握していた。問題行動がないどころか、王国の指針で魔法生物が禁止されて滞った流通を支えてくれた実績がある。辺境警備隊詰所でのレナートさんの素行も報告書として上げてもらったけれど、ローベル副隊長が隊員として正式に起用したいと申し出る程の優等生振りだったそうだ。
 異形獣を討伐し国民を守った実績もあり、表彰されても良いくらいだという。
 クオードは魔法生物が破棄されて変わった市民の暮らしを、王国軍が支えきれなかった事を認め、国民の為に尽くしてくれた三人に感謝していると書いている。でも、口では言わないでしょうね。
 しかし、国王は三人に国家反逆罪として極刑を言い渡した。
 極刑の執行は数日後と、エテーネ王国の法律で裁かれるにしては早すぎる断罪になる。その方法に私は目を見開いた。
「黄金刑…?」
 数日後、国民をも王宮に上げて披露される公開処刑の方法は『黄金刑』。
 エテーネ王国第十代国王ホルネウスの時代に制定された『黄金刑』は、黄金の煮えたぎる錬金釜に罪人を落とすというもの。錬金釜より生きて生還できれば無罪放免となるけれど、錬金術によって肉体は全て黄金に作り替えられる実質的な極刑になる。エテーネ王国の財政が不安定であった二十五代国王ルテスの時代には、極刑と思えぬ罪状でも執行されたという。息子クレグニスの代に『黄金刑』の執行は苛烈を極め、全ての罪人に執行されて得た黄金で豪遊をしたと伝えられる。クレグニスの叔父パントールが反乱を起こし、再起王として即位し『黄金刑』は廃止された。
 そんな『黄金刑』を復活させる。
 『黄金刑』は罪悪感が鈍くなる、恐ろしい処刑方法だと思っている。黄金の煮えたぎる錬金釜に身を投じれば、苦しむ間も無く体が黄金に変質する。その為、打首や縛首に比べ、痛みの少ない安楽な処刑方法と評価されている。さらに黄金に目が眩み、人の死はうやむやになる。クレグニス王の時代には罪人を告発すれば報奨金が出る為、冤罪で死ぬ者も多数出て国が荒れに荒れたそうよ。
 正しき未来を選択し臣民を導く。そんなお父様の言葉に、強い疑問を感じた。
『箱の中には父の罪が記された物が入っています。俺は父を糾弾する』
 手紙から視線を上げると、テーブルの上に置かれた箱が目に入る。クロちゃんが箱を覗き込み、リボンに鼻先を寄せてふんふんと匂いを嗅いでいる。きっと手紙に付けた香水の匂いが気になるのね。
『読むかは姉さんに任せます』
 この部屋にいるのがジェリナンとポーラだけなのは、その為なのだろう。
 ジェリナンは存在を知っただけで口封じされる可能性を考慮して、侍女達を下げさせた。ただ一人残ったポーラも、ルアムの私物を着服しようとした罪を許された事、私が親の治療費を肩代わりした恩義に命を賭けて報いようとしている。
 彼らは命を懸けて、己の使命を全うしようとこの部屋に留まっているのだ。
「ありがとう、ジェリナン、ポーラ。貴方達という忠臣を持てる事を誇りに思うわ」
「メレアーデ様がそのように仰るとは、明日はスライムが降るやもしれませんね」
 優雅な仕草で空になったカップにお茶を注ぐと、生意気な執事は慇懃に頭を下げた。
「私が許可するまで、誰も入れないで」
 かしこまりました。ジェリナンが下がり扉の横に控えたのを確認して、私は箱に向き直った。
 白い箱を気にして、ぐるぐると回る黒猫をそっと撫でる。柔らかい細い毛並みの下にある暖かい体をそっと抱き寄せて、黒と白のふわふわとした暖かい日向の匂いに頬擦りする。にゃーお。不満げだけれど可愛い鳴き声を残し、しゅるりと私の腕から出ていってしまう。名残惜しそうに伸ばした手に、リボンを結んだ尻尾が触れて離れていく。
 解いたリボンに興味を示して猫パンチをする愛猫を眺めてから、私は箱の蓋を外した。
 箱の中身は『時の指針書』と『ヘルゲゴークの研究資料』。そしてもう一通のクオードの手紙だ。
 手紙を開くとクオードの文字が、緊張から固くきっちりと詰められている。
 最初に綴られたのはクオード自身の未熟さを恥じる内容と、私を巻き込んだ事への謝罪。父の罪を正面から見つめ、立ち向かう勇敢な意志に心から感謝を捧げる言葉。
『姉さんと共に戦うなら、俺は絶対に負けない』
 そうね。私はクオードの角張った文字を撫でる。
 クオードは時渡りの力は優れている訳ではなかった。下手をすると、叔父夫婦の間に生まれたばかりの赤ちゃんの方が強いかもしれないくらい弱い。エテーネ王国の王族にとって時渡りの力が脆弱である事は王位継承も危ぶむ恥。
 お父様がクオードの時渡りの力の弱さに、失望を感じているのを察していた。
 それでも、弟は決して挫けなかった。
 剣技を学び、戦術を学び、あの若さでエテーネ王国軍を率いる軍団長になった。王国軍の誰もがクオードが今の地位にいるのは、血の滲む努力の賜物だと理解している。
 だからお父様と対立する事の大変さ難しさを、私よりも理解しているだろう。
「私も貴方と一緒なら、絶対に負けないと思っているわ」
 湧き上がる誇らしさと胸の奥に灯った光に、私は勇気づけられるのを感じた。
 手紙にはこの『時の指針書』が王立アルケミア所長ヨンゲのものである事、ヨンゲが製造していた異形獣ことヘルゲゴーグの研究資料を同封していると書かれている。王立アルケミアでは研究者が口封じの為に皆殺しにされたと続いている。
 私は込み上げる吐き気に口を押さえた。
 王立アルケミアはエテーネ王国直轄の機関。抜き打ちの監査が年に数回行われ、全ての研究者の研究報告が義務付けられている。不正は決して見逃されない。しかし王国軍も認識していないヘルゲゴーグの製造が行われているとしたら、それは国王が指揮する機密事項だという事。
 お父様はヘルゲゴーグを使って、マローネ叔母様と赤ちゃんを殺そうとしたんだわ…!
 僧侶憎けりゃ法衣まで憎しとは言うけれど、叔母様や赤ちゃんに何の関係があるの? 私はお父様の底知れぬ憎悪に、悪寒めいたものを感じずにはいられなかった。
 時渡りの力を何に使うかは分からなけれど、エテーネ王国国民全てがヘルゲゴーグの脅威に晒されつつある。お父様の野望から国民の命を守らなくてはいけないわ。
 でも、それよりも先にするべき事がある。
 ジェリナン。私が声を掛けると、執事はその黒い服のとおり影のようにするりと寄ってくる。神妙な面持ちが不快にならない程度寄せられると、金縁の片眼鏡が煌めいた。
「内密に黄金刑に関わる情報を掻き集めてちょうだい。あと、クオードが国王陛下に謁見する日時が決まったら、早急に知らせて。人員配置の見直しもお願い」
 かしこまりました。口髭が動いて囁かれた言葉を残し、ジェリナンはポーラに小さく目配せして暇乞いをする。残された私は、マローネ叔母様を治療した魔力抽出装置が記された資料をぱたりと閉じた。
 ふぅ。一つ息を吐き出すと、燦々と日が差し込む窓辺へ目を向ける。
 半年前、ドミネウス邸でお茶をしたのが遠い昔のよう。種族すら違う他人を兄と慕い、嵐のような不安の中で必死に希望の光を灯し続けた少年。穏やかな眼差しの奥に、時折雷光のような光が走る青年。あの時テーブルを囲んだ二人の瞳は、とても真っ直ぐで澄んでいた。
 彼らはエテーネ王国の諍いとは、全く関係のない旅人だ。
 時渡りの力を収集するヘルゲゴーグを倒したレナートを、お父様は目的遂行の障害と捉えたのだろう。王立アルケミアから国王の指揮下の元ヘルゲゴーグが製造され、国王に引き渡された証拠を持ち出したルアム達を目障りに感じたのだろう。理由なんて関係ない。彼らが父の野望の為に殺されようとしているのを、娘の私こそが阻止しなくてはならないのよ!
 正攻法を好む弟は、まずはこの証拠を手にお父様を糾弾するだろう。ここに本物があるのは、取り上げられ隠滅されるのを防ぐ為だ。
 お父様が素直にヘルゲゴーグを封印し極刑を翻すとは、クオードこそ思ってはいない。
 むしろ、この証拠が捏造されたものだと、この証拠そのものを否定しにかかるに違いない。エテーネ王国の裁判では、双方の『時の指針書』が行動の証拠として提出される。この場合ならヨンゲ所長の『時の指針書』にどれだけヘルゲゴーグの研究が王の命令であると書かれていても、王の『時の指針書』にヘルゲゴーグの研究を命じよと書かれていなければ、どちらが正しいかという検証が行われる。
 クオードは可笑しい話だと笑っていたわね。その者の行った行動が書かれた訳でもない『時の指針書』を証拠とするのは可笑しいと。
 当然、検証は行われないでしょう。王立アルケミアの所長は既に亡く、エテーネ王国国王に向かって不正を正すなんて誰もできない。最終的にお父様がその証拠は捏造であると断言するだろう。下手をすれば、その証拠は発見者である異邦人達がエテーネ王国転覆の為に仕組んだ罠として、三人の国家反逆罪を正当化する要因にされてしまう。
 お父様は絶対に極刑を翻さない。
 でも、クオードはそんな無駄な行為を敢えてしようとしている。
 これは陽動ね。
 錬金術は完璧ではない。多くの民を処刑してきた『黄金刑』にも、何らかの欠点があるはずよ。だからと言って国王の目の光る状況では、その欠点を突く事はできない。
 でも、流石に王の子供が王を訴えれば、王も臣下への体裁を繕う為に対応しなければならない。証拠を捏造と断言し、異邦人達に下した国家反逆罪の正当化に躍起になれば大きな隙が生まれる。クオードなら抜かりなく軍団長が国王陛下を糾弾するという噂を流して、王宮全体の注意を引き寄せてくれるだろう。その隙に『黄金刑』を回避する秘策を、施さなければならない。
 制限時間はクオードがお父様に謁見するまでの間。
 それまでの間に、『黄金刑』を回避する方法を見つけ出さなくちゃ!
 にゃーお。
 クロちゃんにそっと頬擦りされて初めて、自分の体と心が強張っているのを知った。あぁ、ダメね。チェス盤を挟んで向こうに座る弟に『そんなに前のめりじゃ勝てる勝負も勝てないわよ!』って言ったばかりだったのに。
 私は可愛い猫をそっと撫でる。ごろごろと喉が愛らしく鳴った。
 あぁ! クールなクロちゃんが、珍しく甘えん坊! やだ! とっても可愛いいわ!
「クロちゃん、私を応援してくれるの? ほら、もっと甘えて良いのよ!」
 がばっと可愛い黒と白の猫を抱き寄せて、わしわし撫で回して、すりすり頬擦りする。腕の中で迷惑そうににゃーおと鳴いて、クロちゃんはするりと腕の中から抜け出してしまった。少し離れた所に座ると、おすまし顔で顔を掻く。
 頬杖で潰れた頬が、にっこりと沈んでいく。
 んもう。猫ってどうして、こんなに可愛いのかしら?