雪の白、黒の闇、血の赤 - 中編 -

 
 ガンガンガンと警鐘がグレンの岩肌を反響しました。
 その音を聞いた誰もが、警鐘が取り付けられたグレン城で最も高い尖塔を見上げたでしょう。グレン城とその城下はオーグリード大陸北部にある巨大な岩そのものであり、大地に突き立てられた剣とも、天に突きつけた鋒とも呼ばれ、人々は空に向かって怪訝そうに目を細めたのです。そして、誰もが驚きに目を見開いたでしょう。
 北のランガーオで雪として全て吐き出しカラカラに乾燥した空気は、南のグレンに滅多に雨を齎しません。雲一つない軽やかな青空が常日頃続くグレンの空が、この時は真っ黒な雲に覆われていたのです。それだけではありません。その真っ黒な雲は渦潮のように頭上を回り、その中央には巨大な繭のようなものが吊り下がっているではありませんか。
 想像を超えた光景にあんぐりと口を開けて見ている者達は、ふと、空に白いものがちらついているのに気がついたのです。
 雪。
 グレンでは滅多に見る事のできない白く儚き存在が、はらりはらりと降り注いできます。最初は指先に点と乗った小さい粉雪が、白い息に気を取られている間に手のひらいっぱいの牡丹雪に変わっていくのです。視界は降り注ぐ雪に霞み、冷たい風が民の肌を突き刺しました。
 兵士達が住民達へ室内へ戻るよう勧告する頃には、グレン城下で遭難する程の猛吹雪になってしまったのです。
 ガズバラン様の祝福を授かった炎が赤々と燃える炉は、直上のグレン城をサウナに変えていました。まるで真昼のゴブル砂漠を彷彿とさせる灼熱具合。
 グレンの戦士の頂点に立つバグド王は、不動の巌のように玉座に腰を下ろしておられる。冠に取り付けた真紅の鬣の内側はぐっしょりと汗にまみれ、毛皮のマントの下の素肌にぷつぷつと汗が噴き出ています。兵士達もあまりの暑さに鎧を脱いで鍛え抜かれた筋肉が剥き出しになっており、脱いだインナーで流れる汗を拭いています。僕も青いスカーフを剥ぎ、上着を脱いで半袖一枚で玉座の間の壁際に立っていました。あまりの暑さに耐えきれず、外の吹雪に飛び出していく者もいます。
 そんな中を暑さに慣れているのか、普段と変わらぬ装いの武器鍛治ギルドのマスターが進み出ます。腰に吊るしたハンマーを一つ大きく響かせて足を止めると、胸を叩き精悍な顔を軽く伏せる。
「バグド王。武器鍛治ギルドの炉の熱が、グレン城下の全世帯へ行き渡りました」
 グレンは過去に襲われし偽りの太陽の対策で、地下深くに流れる水脈の冷気を行き渡らせる通風口が全世帯に繋がっています。今でも熱波が酷い時に活用する天然の冷房装置ですが、今回は武器鍛治ギルドの炉の熱を行き渡らせる手段として用いているのでしょう。グレンは一年を通して乾燥した温暖な気候なので、この寒さに慣れぬ者は体調を崩してしまうでしょうからね。
 通してください! オーグリードでは政務に人間が関わる。小柄な中年の男性は、林のようなオーガをかき分けて進んでいました。
 王の前に到着したタコメットのような大臣は、水の入ったグラスを渡されて一息に煽ったのです。はぁー。肺の中身を絞り出すような溜息をこぼすと、ぴしっと背筋を伸ばします。胸と腹の贅肉がふるりと揺れる様を見て、絞り甲斐があると幾人かのオーガの目が光ったのを見ぬふりをします。
「大地の箱舟の最終便が出ました。希望した住民及び、冒険者はほぼ乗り込めたでしょう。グロズナー陛下とディオーレ女王陛下への書状も共に運ぶよう、手配済みです」
 ご苦労。王がチグリ大臣を労い、傍へ据える。
 王が立ち上がると、戦士達が姿勢を正した。玉座の間に集まった頼もしい精鋭達を、武器鍛治ギルドの床が見えぬ程に集まった勇敢なオーガの戦士達を、開け放たれた扉を抜け逃げる選択肢を捨てて留まった冒険者達を、王はひとりひとり確認するように見回した。
「グレンに残りし勇敢な戦士達よ! 先ずは我と共に戦う決意を固めてくれた事、心から感謝する!」
 拳を突き上げ、闘気が迸る王の声が反響した。
「グランゼドーラの強襲を各々が聞き及んでおろう。我らの上空に現れた事を、後悔させてやろうぞ! 全力を持って、敵を粉砕せよ!」
 戦士達が武器を掲げ雄叫びを上げる。その声は堅牢なグレンの巌を突き抜けて響いた。
 士気の高い戦士達が一斉に動き出しました。武器鍛治ギルドは戦士達に供給する武器を作る為に槌を振るい、大砲や武器の点検をする者、襲い来る『異形獣』という魔物の特徴を復習する者、それぞれが己にできる事をする為に散っていったのです。
 それらを見送り玉座に座った王は眉間に皺を寄せ、僕へ視線を向けた。
「エリガン。どうやら、最悪の事態が起こり得る可能性が出てきた」
 僕は静かに頷きました。
 バグド王の署名が書かれた召集令状には、オルセコ王国史の第一人者である考古学者の知恵を貸してほしい旨が書かれていました。非常に筆まめな人物であったムニュという大臣の影響で、かの王国は詳細な文献が多く残されているのです。今更、王の直筆の署名付きで何を知りたがっているのか、首を傾げたものです。
 しかし、疑惑は予想外の方向に向かっていました。
 このアストルティアが滅亡の危機に瀕しているというのです。
 グランゼドーラの真上に繭が出現し、賢者様方が四重の封空にて脅威を抑えている間に、詳細は世界中の王国へ伝達されていきました。六種族の祭典でグランゼドーラの姫君とメギストリスの王子様が誘拐され、各国の王族が標的やもしれぬという協力体制が築かれた故の迅速さであったとの事ですが、この伝達は世界に大いなる利益を齎しました。
 一つは各国が迅速に国防を固める事ができた事。
 そしてもう一つは、各国の識者が状況を分析し一つの推論が導き出された事です。
『異形獣が不死の魔王ネロドスの力を有しているのであれば、今後出現する異形獣も過去の厄災の力が関わる可能性が高い』
 各国は己が大陸を見舞った厄災を調べ上げる作業を始めたのです。グレンであれば、かつてオーグリードの数多の王国を滅亡へ追いやった悪鬼ゾンガロン。南のガートランドならば大地の竜バウギアが上げられます。共同で偽りの太陽の調査も検討されているはずです。
 そこで、僕に白羽の矢が立ったのです。
「ランガーオへ使者を向けたが、この吹雪では獅子門に到着したかも怪しい。仮にゾンガロンが復活したとして、どのような対処ができる?」
 数え切れぬ王国が乱立し絶え間ない戦乱の歴史を繰り返すオーグリードですが、その歴史でも抜きん出た勢力を誇ったのがオルセコ王国です。定期的に開催される武術大会は、千年前に不死の魔王を討伐した勇者アルヴァンすら招待しており、その繁栄振りが伺えます。
 悪鬼が猛威を振るい封印された時代は、千三百年前に栄しオルセコ王国の時代。オルセコ王国史の研究者である僕が、ゾンガロンへの対策を最も熟知しているとされたのです。
「悪鬼ゾンガロンはその圧倒的強さから、討伐を諦め封印へ切り替えた過去があります。しかし、封印は王族の命を犠牲にして成立したものであったそうです」
「禁術か…」
 バグド王が吐き捨てるように言いました。
 禁術は魔術に関わりが深いと思われがちですが、己が実力と努力以外の方法で力を得る方法として武術においても外道の扱いを受けるのです。犠牲になった王族の死は大いに悼まれましたが、禁術を使用した為か詳細は闇の中へ葬られてしまいました。今も、千三百年前にゾンガロンを封印した方法は判明していません。
 しかし。そう、僕は言葉を継ぎました。
「残された王族がゾンガロン復活を見越し、禁術を使わぬ封印の方法を模索しています」
「その方法とは…」
 ガンガンガン。頭上から力一杯警鐘が鳴り響き、バグド王のお言葉を掻き消してしまわれた。『敵襲! 敵襲!』声と共にバタバタと兵士達が駆けずり、グレンが揺れる。
 勇ましく立ち上がり敵の元へ向かう王の後を追って、僕も城の外へ出る。
 外はラギ雪原でも滅多に見られぬ猛吹雪です。グレン城の大階段でも三段先はもう白く霞んで見えないのに、頭上の繭だけは暗雲から浮き出たように明瞭に見えて覆いかぶさっています。階段を降り切った広場では篝火が焚かれ、白い中に赤い点が穿たれていました。
 兵士達が一匹の獣を取り囲んでいます。
 馬くらいの大きさでしょう。前傾姿勢になりがちな体を長い尾でバランスを保ち、長く大きい手には大ぶりの短剣のような爪が生え揃っている。銀色だが金属とは異なり甲殻を思わせる外装が体を覆い、顔の部分には巨大な黄色い宝石のようなものが嵌まっている。『異形獣』の名が確かに相応しい、どんな魔物にも当てはまらない特徴を持った魔物でした。
 金属同士を引っ掻いたような声に、兵士達はたまらず耳を塞いだのです。
「耳障りな鳴き声だ」
 吹雪の轟音の中に混じった感情のない声。ラギ雪原で稀に聞こえる幻聴かと思う場違いな声の出どころを探る兵士達の顔は、一様に上を向いたのです。
 黒い外套、黒い鎧、黒づくめの剣士の姿は、白い吹雪の中で異様さを放っていました。立っているのもやっとの吹雪の中でありながら、剣士の肩に掛かる茶色い直毛も踝まである外套も、微風に撫でられているかのように穏やかに揺れているのです。最も肌に近い服は濡れているのか張り付く皺を刻んでいるのに、この寒さに凍りついてもいない。
 ジダン兵士長がバグド王に耳打ちします。
「王。グランゼドーラより通達された襲撃者と、格好が一致します。繭の出現と共に現れているなら、同一の人物と断定して問題ないかと」
 階段を降りていく王を見て、囲んでいた兵士達が道を開けていきます。グレンの国章が縫い付けられた毛皮のマントを脱いで兵士に手渡すと、異形獣の前に進み出たバグド王はごきごきと音を立てて首を回しました。
「行け原獣プレゴーグ! 本能のままに暴れるが良い!」
 金切り声を上げて爪を振りかざす異形獣を前に、バグド王は不敵に笑って見せたのです。
 その強さ、流石グレン最強。
 鋭い爪を振り上げ襲う異形獣の腕を取ると、瞬く間に背をとり腕を捻り上げる。耳障りな悲鳴をあげ、首を捻って苦しむ異形獣に王は失笑を漏らした。
「異形獣とやらの強さを我直々に見定めてやろうと思ったが、赤子のように素直な奴よ!」
 激昂して強引に身を捩った異形獣の一撃を半身をずらして避けると、その太い腕で異形獣の首根っこを捉える。次の瞬間バグド王の背中の筋肉が一回りと大きく膨らみ、異形獣が逆さに持ち上げられてしまったのです。瞬く間に異形獣は首から大地へ墜落する。ばきりと、何かが折れる音が吹雪を退けて響き渡りました。
 振り回された尾を上半身を捻って避けると、その大きな手が尾の付け根をむんずと引っ掴みます。両手でしっかり掴んだ異形獣を、円を描くように回す。最初はグレンの岩に体を擦り付けていた異形獣の体が、速度と共に浮き上がる。ついに水平にまで上がり速度が増すと、バグド王は『上手く避けるのだぞ!』と笑いながら手を離すのです。異形獣が投げられた方向にいた兵士達は慌てて逃げ出し、異形獣はグレンの石壁に叩きつけられる。
 剣や槍では硬い装甲で阻まれたでしょうが、体に直接ダメージを叩き込まれては異形獣もたまったものではないのでしょう。それでも耐久力はあるのか、ずるずると体を引きずり迫ってくる。
「屈せぬとは大した根性! さぁ、貴様の渾身の一撃を見せてみろ!」
 バグド王の声と、異形獣の雄叫びと、今日三度目になる警鐘が同時に響いたのです。
 王が咄嗟に身を引いた先で、異形獣は頭上から鉄槌のように落ちた暗闇に押しつぶされてしまいました。黒い靄の塊のように姿形が定まって見えぬものの、その重みは鉄球の如きだったのでしょう。下敷きになった異形獣の胴体は完全に潰れ、ねっとりと生臭い血溜まりを作るのです。異形獣は痙攣しながらも、鋭い爪で地面を引っ掻き足掻いているようでした。
「このオーグリードで暴れて良いのは我のみ」
 腹の底から響き渡るどっしりとした声色が、淡々と事実を述べる自信を吐き出す。
 身震いして黒い靄を払ったのは巨大な獣。立ち上がれば逆三角形になるアンバランスな体つきで、二足歩行を放棄した脚は短く退化し、前身する事に特化した大腿部から上が筋肉ではち切れんばかり。重い筋肉を支える両腕は、樹齢百年を超えるブラウンウッドを彷彿とさせる太さと密度。背に生えた肉厚な翼は、羽でも皮膜でもない、骨と肉で出来た異形の形。ぎょろりとした目が睨みまわし、怯えるオーガ達の反応に邪悪な愉悦を浮かべます。
 悪鬼ゾンガロン。
 オルセコ王国史を研究する一環で、僕はロンダ岬に封印された悪鬼の姿を見たことがありました。本当に復活したのだと、僕は恐怖に歯の根が噛み合わないのを他人事に感じたのです。悪鬼ゾンガロンによって他国が如何にして滅んだかが、オルセコ王国史の記録に残されています。国王を逃す為に兵士達が犠牲になり、民を失って瓦解した悲しき王国の末路。ゾンガロンの手によって、仲間同士が殺し合い全滅した王国。嗾けたゾンガロンが高みの見物をする中で、潰しあって滅んだ隣国だった国々。当時のオーグリードは部族が王国を名乗っており、大小様々な王国が犇いていました。国同士の諍いも、闘争心の強いオーガ族では日常。しかし、そんな中でゾンガロンは単独で数多の王国を滅ぼし、星の数の命を貪り、悪鬼と恐れられるようになったのです。
 伝説の悪鬼はすり鉢のように平たい歯をがちりと剥き出しにし、頭上に浮かぶ男へ苛立ちを込めた視線を向けたのです。
「我が縄張りで獣を遊ばせるとは、見逃した事で随分甘く見られたものよ」
 黒衣の男の表情は何の感慨も浮かべず、ただ空に浮かんでいるのみ。その様子に目を眇めたゾンガロンは、手の下に組み敷いた異形獣へ視線を向けたのです。
 くあ。勢いよく顎門を開けると、異形獣へ噛み付いたのです!
 異形獣の剣をも阻むような硬い外装を噛み砕けば、その下の柔らかい肉を噛んで引きちぎる。繊維を引っ張ってぶちぶちと切っていく力に体が引っ張られ、異形獣がのけぞり悲鳴をあげる。手で筋肉を裂いて腑分けすれば、脈打つ臓器を引っつかんで旨々と口元に運び、歯で噛み潰してのたうつ異形獣の体を鮮血に染める。折って剥き出しになった骨を引き摺り出し、しゃぶったかと思えば噛み砕いて音を立てて脊髄を吸い上げる。
 ばきばき。むしゃむしゃ。ずるり。ぶちぶち。悪鬼が咀嚼する音を、吹雪は覆い隠してはくれません。悪鬼の顔の返り血にまみれた顔が恍惚とした表情を浮かべる様は、歴戦の勇士達をも慄かせたのです。
 金属を引っ掻くような凄まじい音に、耳を塞ぎ顔を顰める者が続出する。しかし、つんざくような金切り声が、次第に爪を失った手で掻きむしるが如く湿った音を含んでいく。耐え切れずに嘔吐する音を横で聴きながら、悪鬼に組み敷かれた肉塊が己かもしれないという笑えない妄想に震え、誰もが目の前の虐殺から目を背けることはできませんでした。
 もう金切り声が聞こえなくなった頃、名残惜しそうにしゃぶった指先が口から引き抜かれ、ちゅぱっと音がしたのです。口と指先を繋ぐ細い唾液の糸が、撓んでいく。
「ゲテモノは美味いというが、どうやら真実らしいな」
 炸裂音が響くと、悪鬼ゾンガロンへ大砲が放たれたのです。シールドオーガすら盾ごと押しつぶす鉄球が悪鬼へ襲い掛かるが、それは肉厚な翼によって受け止められてしまいました。
「堪能した食事の余韻を味わっている。そう、急くでない」
 バグド王が拳を振り上げ叩きつけようとしましたが、悪鬼の体から黒い力が迸り、危険を察したバグド王は攻撃を中断して大きく間合いを開けたのです。体から黒い光を溢れさせる悪鬼は、げっぷと生臭い息を漏らしたのです。
「おぉ。昔日の力が蘇っていく…」
 それは美味しいものを、たらふく食べた満足感が溢れた声色でした。
「コイツを消化し吸収すれば封印による消耗も癒え、全盛期の力を取り戻すだろう」
 異形獣だったものはもう幾許かの骨と外装の欠片が散らばり、地面に染み込んだ血は牡丹雪に覆い隠されていく。異形獣を嗾けた黒衣の剣士の姿も、いつの間にか消え去っていたのです。
 あの黒衣の男が繭と関係があるとして、一体、何をさせたかったのか?
 グランゼドーラを襲撃した異形獣は、不死の力を封じられなければ、勇者や賢者様が死力を尽くしても勝利できない強敵だったと聞きます。アストルティアを滅亡に導く強敵として差し向けられたなら、納得の敵であったでしょう。
 しかし、グレンを襲った異形獣は、ゾンガロンの乱闘がなかったとしてもバグド王が討伐できていたに違いありません。
 まさか、悪鬼に食事を提供してやるつもりだったのでしょうか?
 悪鬼が力を取り戻せば千三百年前の続きをすると見越し、アストルティアの滅亡の一歩として悪鬼を利用しオーグリードが滅亡する未来をもたらそうとするのは分からなくはありません。
 しかし、傲慢な悪鬼がオーグリードを滅亡させた後、黒衣の剣士が望むように動くとは思えないのです。いつか、必ず悪鬼は黒衣の剣士に牙を剥く。異形獣を食らったゾンガロンを見て、分からない訳がありません。
 不死の力を持った異形獣を使役する黒衣の剣士にとって、ゾンガロンとはそんなに利用価値のある魅力的な存在なのでしょうか? 不死の力を持つ異形獣をオーグリードに放てば、ゾンガロンと同等の被害を与えることは容易いはず。どうして裏切るのが確定している存在を、復活させ、力を取り戻させてやるのでしょう?
 無料より高いものはない。
 我々では想像もつかない謀が蠢いているとしか、思えませんでした。
 ゾンガロンの体が黒い靄に包まれ、ふわりと浮かび上がったのです。
「オーガ共よ、震えて待つが良い!」
 黒い風となった悪鬼がグレンを旋回し、吹雪の彼方へ消えていく。
 しかし、それを追う者は誰もいませんでした。吹雪の中を深追いすれば、追手として向かわせた戦士の命が危ぶむだけではありません。あの悪鬼だけが脅威ではない。その事実が、頭上に繭となってのし掛かっているのです。
「頭が痛いな」
 戦って叩きのめして終わり。
 そんな簡単な問題ではないと、誰もがわかっていました。