懐に黄金を隠し持つ者 - 後編 -
まるで金銀財宝の山。俺は帝国を始めて見た時、そう思った。
ウルベア地下帝国は名前の通り、地下に造られた国だ。帝国の祖である三人の英雄が魔物達から民を守る為に地下に作った事が、現在に引き継がれているらしい。壁面が見えない広大な大空洞に、洞窟らしい湿気やカビ臭さはない。カラッとした風が俺の空色の髪をサラリと撫で、まるで晴天の下の心地よさだ。亜麻色の煉瓦は光に黄金色に輝き、色鮮やかな釉薬で焼かれたタイルで芸術的なモザイクを描いて地面も壁も覆い尽くしていた。清潔な水がコックを捻れば溢れ出て、街灯は俺みたいな盗賊が身を隠すような暗がりを許さずに隅々まで照らした。
これほど巨大な国を俺は見た事がない。
でも、どんな大きな国でもガキの声ってのは、無邪気で賑やかだ。
『やーい! やーい! ポンコツマリッチ!』
俺は一体の魔神機を取り囲むガキ共を見ていた。
ガキ共は勿論、全員ドワーフ。大人の身長は俺の腹くらいの大きさだが、ガキ共の背の高さは人間の子供とそう変わらない。ただ、人間の子供に比べればがっしりしていて、ドワーフが人間よりも力強く頑丈な種族だって物語ってる。
スノーボード型の浮遊移動装置に乗ったこまっしゃくれたガキ共が、魔神機の周りをくるくると回ってる。魔神機は帝国で働く人型じゃなくて、ドラゴンの卵が浮かんでいる感じだ。
「マリッチが迷惑ビームで脅かして遊んでる!」「ママとパパが眩しいから止めろって、グルヤンラシュ様に言いつけたぞ!」「お前なんか、直ぐにスクラップにしてもらうんだからな!」
はたから見てりゃあ、魔神機をガキ共が虐めてるって思うだろう。だが地下帝国の奴らは、ガキ共が魔神機で遊んでるって感覚だ。
まぁ、魔神機って機械だから、生き物の感情とかはない。魔神機自身もガキ共に心無い言葉をぶつけられたって、それを虐められてるって感じたりはしないんだろう。
マリッチの目に当たるだろう青い玉がオレンジ色に変わり、ぴょんと一つ跳ねたと思うと子供達を追いかけ始めた。子供達がきゃっきゃ喜んで逃げ回ってる。こっちに逃げてきたガキが俺の背後にするりと回り込んできやがったから、はしっと捕まえて脇をくすぐってやる。
きゃはは! 俺に捕まったガキが身を捩った。
「カミュ! 降参! こーさん!」
大きな肉厚な手でばしばしと腕を叩いてギブアップを叫んだガキを下ろすと、ガキはニカリと笑って『じゃーなー!』って浮遊移動装置を稼働させて飛んでいった。手を振って飛び去る子供達を見送ったマリッチが、俺の隣に近寄って待機状態になる。だらりと伸ばした手にマリッチの頭が丁度触れる。その位置に、なんとも懐かしく切ない気持ちになる。
マリッチの足元には白い饅頭に丸い眼の間に縦長の菱形を差し入れたような、奇妙な顔の生き物がいる。その生き物の頭にはその切なさの原因である赤い帽子を小さくしたものが乗っていた。長い手をひょろりと上げるが、その生き物を視認できる奴は俺しかいない。
俺は輝く帝国を移し込んだ、黄金の外装に視線を移した。
「じゃあ、行くか。相棒」
帝国には魔神機が溢れている。小型の案内魔神機に話しかけて目的地を告げれば、足元に光が灯り足を動かさなくても目的地に運ばれる高速移動路。大型反重力装置で遊覧する上流階級の連中は、地面を這うような市民を見下すという娯楽に勤しんでいる。ゴミが落ちれば環境整備魔神機が拾い、生活援助型魔神機が食事の支度に洗濯、赤子の世話までするらしい。市場で新鮮な野菜や果物、今日獲った魚や肉を売るのも買うのも魔神機だ。宿屋の受付、武具の販売や製造も当然のように魔神機が行なっている。
ウルベア地下帝国の皇女ウルタが所持する、マリッチも目的を持ってここにいる。
エテーネ人を探す。
エテーネって王国は存在しないんだが、王国が消滅しても民は世界に流れる。そんな亡国の流浪の民を探しているんだろう。しかも、人間族。このドワーフの種族神ワギが作り出したドワチャッカ大陸において、人間族なんていない。人間族が居るレンダーシアという大陸に送り出せば少しでも見つかる可能性もあるだろうに、マリッチに地下帝国を徘徊させて探させてるあたりに本気なのかちょっと疑っちまう。
それでも俺を付けているのは、人間族との遭遇率を上げる為だ。
このドワーフしかいない地下帝国で、俺みたいな人間は人工光の中で燃える松明のような異様さを放つ。同じ人間族なら思わず吸い寄せられちまう、誘蛾灯をやらされてる訳だ。
結果はお察し。
俺はこの帝国で人間に遭遇したことがねぇ。
俺は祈るような気持ちで、街灯に照らされれば黄金色に輝く髪を探していた。すらりとしたシルエットを包む高貴な紫のコート。その背に輝く神々しい剣。俺達の前を歩き、世界を救った背中。入れ違いで会えないだなんて、馬鹿なことしたくはねぇから離れる事は出来ねぇんだ。
ふと、俺の視界に違和感が湧く。
がっしりした背の低い背丈のドワーフの影。ずんぐりと人工的な形の魔神機。それとはちがう細い影に、青紫の光がきらりと瞬いた。びくりと跳ねた肩に、背負った矢筒と弓ががちゃりと揺れた。
人だ…!
お互いそう口走ったと思う。俺達は前のめりになって近づき、同じタイミングで口を開き無難な挨拶でもしようと思った瞬間、少年の体が赤く発光した。
「うっ! 眩しい!」
少年の剥き出しの腕が顔を庇うように上げられ、青紫がキツく閉じられた瞼の裏に隠れる。少年の森の色に染められた毛皮のコートを赤一色に染めたのは、マリッチがガキ共に『迷惑ビーム』と言われていたそれだ。舐めるような光が収まると、少年は恐る恐る腕を下げた。
俺に向けられた疑問いっぱいの顔を遮るように、飛び跳ねるマリッチの頭が割入った。喜ぶようにくるくる回って、ぴょんぴょん跳ねたが、突然ぴたりと少年の目の前で止まって動かなくなる。戸惑う少年がおずおずとマリッチに手を伸ばすと、一枚の紙を摘み取った。
首を傾げた少年の頭の上に浮かんだ、ボールのような見た事のない魔神機が電子音で言った。
『入場許可証と書かれています』
マジかよ…。俺は驚きに声が上擦ったのを他人事のように聞いた。
「君はエテーネ人なのか?」
はい。そう頷いて答えた少年は明らかに旅人の格好で、ブーツはガタラ大森林で跳ね上げた泥を落として粉が吹いてる。腰に短剣を挿してはいるが、使い込んでいるのは仲間と連携が取れなければ戦いに苦労する弓矢だ。見た目の幼さよりも、ずっと大人びた声色で答えた。
「エテーネという村出身なので、エテーネ人と言えばそうなりますね」
そんな受け答えをしている間にも、ウルベア地下帝国の住人が乗る万能浮遊椅子が真横を通り過ぎる。自動制御されていてぶつかったりはしないが、馬車が真横を通るような圧迫感がある。自然に足は道の端に向いて、据わりの良い位置で足を留めた。
俺は少年の疑問に満ちた視線を受け止めながら、帝国の奥に鎮座する宮殿を指差した。
「ウルタ皇女はエテーネ人を探しているんだ。それを城に続く橋を警護する魔神機に提示すれば、皇女の元まで案内してもらえるだろう」
皇女…? 突然王族に謁見できるチケットを手に入れた少年は、目を白黒させた。
「なんでエテーネ人を探してるんですか?」
多くの場数を踏んだだろう少年の警戒心に、俺は感心する。普通だったら王様に会えるって、はしゃいじまうもんだからな。
この発展した帝国に感動すれば、間違いなく前皇帝ジャ・クバの功績を聞かされる。十人中十人が素晴らしい皇帝と答える、志半ばで暗殺された悲劇の王。この整備された街並みと、民が豊かで平和に暮らせる環境が作られたのも、この王の時代に魔神機が開発されたからだそうだ。その愛されぶりは凄まじく、前皇帝を暗殺したという敵国を敵討ちで消滅させたくれぇだ。普通は何人かは滅んだ敵国に同情的な感情を持つだろうに、不気味なくれぇ大喜びなんだ。
熱に浮かされた様子に、外から来た旅人は嫌悪感を感じるだろう。同時に、その熱狂に巻き込まれないよう距離を置きたがるに違いない。俺がそうだからな。
マリッチが戸惑う少年に向き直ると、頭と胴体の接合部から一枚の紙を出力した。当然、文字が読めない俺達に代わり、小型魔神機が解説してくれる。
『!大至急! ウルベア帝国城へ入城し、ウルタ皇女に謁見すべし』
反応が多彩で表情豊かだが喋らないマリッチは、こうやって意思疎通を図ってたのか。さっきの入城許可証の出処が知れてスッキリはしたが、『!大至急!』が太字の赤文字で有無を言わせぬ感じだ。
こちらを探るように見た少年の瞳に、チラチラと赤い光が散る。
「えっと。これから、仲間と合流する予定がありまして…」
仲間と相談したい気持ちは良く分かる。それは俺が人間だからだ。
少年に要求が後回しにされた事を、マリッチは『拒絶』と認識したらしい。
一つ目のように頭部についた青い光が、ぱっと赤く変化した瞬間、魔物の金切り声のような音が響いた。耳を思わず塞ぎたくなるような大きな不快な音に身を竦めると、周囲からがちゃがちゃと音が噴き出す。少年は危険を察したらしく、身を翻して地下帝国の出入り口に当たる大昇降機を目指して駆け出した。
俺も心配になって、少年の後を追う。流石冒険者をやってるだけあって、なかなかの速度と持久力だ。
『緊急事態対応! ウルベア市民の皆様は、直ちに屋内に避難してください!』
警備魔神機達の笠が浮き上がり、その下に仕込まれた拡声器から、地下帝国に魔物が侵入したり、魔神機のトラブルによる緊急避難を告げる音声が響き渡る。だが、入口を鉄壁の防衛体制で固めた地下帝国に魔物が侵入するとは考えられないし、魔神機の故障や暴走なんて起きた事がないと技術者達が鼻高々だったのを知っている。
ウルベア市民が乗っている万能浮遊椅子は緊急避難モードとなって、驚く市民の声そっちのけで最寄の家に入っていく。家の窓は次々に金属製の鎧戸が落ち、警備の役割を担っていない生活支援魔神機が総出で冒険者など浮遊椅子を使っていない奴らを連れて行く。
瞬く間に俺達の見える範囲に、生き物の姿が消えていった。
がしゃん。がしゃん。
足並みを揃えて広々とした大通りを塞ぐほどに並んでいるのは、数えきれないほどの警備魔神機だ。背後にある大昇降機前には、地下帝国の入口を守る防衛魔神兵が立ち塞がる。普段は温かい黄色い光が、攻撃的な赤に変わっていた。
『ウルベア帝国最優先事項、ウルタ皇女の要請拒絶を確認』
少年が足を止め、ぐっと弓を握りしめた。
『強制執行を開始する!』
防衛魔神機がこちらに指を向けると、砲撃が放たれる。俺と少年が大きく飛び退ると、目の前の地面にびしゃりとまだら蜘蛛の糸が張り付いた。その勢いはかなりのものだ。絡め取られて身動きが取れなくなる以前に、勢いで吹き飛ばされて打ち所が悪ければ死にそうな威力がある。
俺は大通りから下へ降りる階段に駆け出しながら、少年を見遣った。
「こっちに来い!」
階段を一段飛ばしで駆け降り、下の階層の地面に近づいたところで手摺を超えて飛び降りる。家と家の細い路地に飛び込んで、防衛魔神兵の攻撃を封じ、大量の警備魔神機の追跡を遅らせる。ぴたりと真後ろに付いた少年の背後で、小型魔神機が電子音を響かせ二つの眼のような光を瞬かせた。
『あの卵型魔神機は、かなり高い権限を持っているようです』
確かにマリッチはウルタ皇女が所有する魔神機だ。ポンコツだなんだと言われちゃいるが、マリッチの行動はウルタ皇女の命令の元に行われている。マリッチの要求が通らない。だからウルタ皇女の要求を拒絶したと、連中は言った訳か。
俺は少年を先に行かせ、路地を行先を指示しながら背後に樽や木箱を倒して行く。足止めにはならないが、音が響けば魔神機がどこにいるか知る手がかりになる。
「マリッチを止めれば、どうにかなるか?」
俺の問いに、少年と俺の間に浮かぶ小型魔神機がくるりと振り返った。
『いいえ。ルアム様が捕らえられ、ウルベア帝国城へ連行されるまで、強制執行が解除されることはないでしょう』
「寸止めしてくれる感じじゃ、なかったけど?」
少年の言葉に小型魔神機も唸るように音を漏らす。
防衛魔神兵は『兵器』だからな。技術者の整備の加減もあるだろうが、戦闘に特化した機体だ。魔物の討伐、敵兵の駆逐を得意としてりゃあ、人間を優しく捕まえるなんて手心は加えちゃくれねぇだろう。そういう意味じゃあ、猛烈に追い上げてくる警備魔神機なら、両手を上げて降参すれば無傷で捕まえてくれそうだ。数の暴力で追いかけてきて、逃げるなってのが無理な圧力だがな。
生き物の生理現象とか事情とか、知ったこっちゃねぇのが魔神機だからな。皇女の要請以上の優先事項なんか、存在しないって思ってんだろ。
俺は速度を上げて少年に並ぶと、その夕焼けの一欠片みたいな青紫の瞳を見た。
「俺はカミュ。皇女にエテーネ人を探してこいって言われて、マリッチのお守りをしてる」
自己紹介をしながら、少年を逃す手立てを考える。
ウルベア地下帝国の正式な出入り口である大昇降機。魔神機の昇降だって出来る巨大なもので、メンテナンス用の小さい通路が並走している。しかし防衛魔神機が陣取っている以上、逃げ道には使えねぇ。敵や魔物の侵入の可能性を極力排除する為に、大昇降機以外の出入りは基本存在しない。
他には最下層から外に排出される下水。聞けば海まで排水路が伸びてるらしく、息が保たなかったら汚物の中で溺死する事になる。絶対嫌だ。
外に繋がるという意味では、城にある反重力装置の発着場もそうだろう。だが、そこから逃げ出すなら反重力装置を盗み出さなきゃならないし、とんでもない数の警備魔神機を躱す必要がある。いっそのこと皇女に会って堂々と正面から出て行く方がお勧めだ。
逃げ道はない。だが、ルアムという名の少年は別に何も罪を犯しちゃいねぇ。皇女のお誘いを後回しにした。ただそれだけだ。
「俺はウルタ皇女がエテーネ人をどんな理由で探してるかは知らねぇが、悪い事をするような子じゃない。命の大樹に誓ってもいい」
俺はウルタ皇女が、優しくマリッチに接する姿を遠巻きに見ている。強がって素直じゃなくて、でも一生懸命な姿。それで、ドワーフならではの小柄なシルエットが子供っぽくて、なんだかあいつを思い出しちまうんだ。
わかりました。ルアムが覚悟を決めたように言った。
「ウルベア地下帝国城へ行きます」
でも。足を完全に止めた俺の目を、ルアムが真っ直ぐ見上げる。
「僕は何も悪い事はしていません。自分の足で、ウルベア地下帝国城へ向かいます」
そりゃそうだ。ルアムは皇女にご招待されてる立場であって、犯罪者みたいに連行される筋合いはねぇもんな。
カミュさん。美しい紫水晶の瞳が訴える内容を先読みして、俺は少年の鼻をちょんと押した。年相応にまん丸くするルアムに、俺はにっと笑って見せた。
「いいぜ。俺がお前を城まで連れてってやるよ」
俺の誘導で階段を駆け降りる。あんなに眩かった街灯はなくなり、洞窟のような薄暗さにルアムはカンテラを灯した。鼻を刺す腐敗臭に顔を顰めている間に、広大な地下空間が眼前に広がった。その広さは上の階層であるウルベア地下帝国の規模に匹敵する。遠巻きには夜の砂漠を彷彿とさせる暗さと寒さ、そして腐臭が漂う殺風景な大地。しかし、よくよく目を凝らせば何もない砂丘のような山は、壊れた魔神機や家の残骸であったりする。
「ここが帝国の地下にある、廃棄処理層だ」
生活排水は別に流れて行くが、それ以外のゴミがこの層に落ちてくる。そう説明していると、夜目が効くのかルアムが驚いたように息を飲んだ。
「人が、暮らしてる?」
そう、家の瓦礫の下には布が張られ、数人の人が身を寄せ合って暮らしている。それも一箇所二箇所の話じゃなく、この廃棄処理層のあちこちに数えきれねぇくらいあるんだ。
頭上から落ちてくる大きさは場所によって決まっていて、巨大な物が投棄される場所は避けて生活の場が作られている。ウルベア地下帝国の民は裕福なだけあって、鍋が割れてねぇのに、服も全然着れるのに、生活支援魔神機でさえ型が古くなれば捨ててしまう。食べ物の屑を肥料に変えて、日光代わりの光源装置を作って畑まで作っている。
しかし、この層の住民は皆が汚れきっていた。髪の毛は藁の束のようにボサボサで、元々緑という暗めの肌が炭を塗りたくったように黒い。澱んだ空気の中の衛生環境は最悪で、誰もが具合の悪そうな様子は腐ってないだけの死体のようだ。
「敗戦国ガテリアの難民だ」
地下帝国は戦場に『ウルベア大魔神』を投入する事で、ガテリア皇国の消滅という大勝を飾った。しかし敵国が消えた事で発生したのが、膨大な難民の発生だった。帰る場所を奪われたガテリア皇国だったが、身を寄せる場所が己の故郷を滅ぼした帝国しかなかったのは皮肉でしかない。ウルベア地下帝国は難民達を受け入れはしたが、難民達が留まれる場所はこの廃棄処理層しかなかった。
つまり、ゴミだ。
ウルベア地下帝国は、最終的にガテリアの難民達が野垂れ死ぬ事を望んでここに押し込んでいる。毎日少なくない死人が出るが、ウルベアの連中は自業自得と笑うのだ。
ルアムは絶句しながらも、言葉を絞り出した。
「ひどい…」
俺は青空天井スラム街より酷い、ゴミの山に向かって歩き出す。ガテリアの難民が暮らしているから、それなりに歩きやすく道が整えられ、修理したゴミを並べる店や、まだ食えそうな物を配る為に集める場所まで存在する。生活感のある活気は好ましいが、ウルベアへの憎しみに燃える眼差しに親しくなるのは躊躇っちまう。治安はあんまり良くねぇから、盗まれねぇために小型魔神機を鞄の中に入れさせる。
「居住層と廃棄処理層をつなぐ階段は限られてる。待ち構える警備魔神機に捕まるのは、時間の問題だ。ここで籠城して隠れようもんなら、警備魔神機が大挙して大捜索されちまうだろうな」
「どうするんですか?」
俺は不安そうな顔に、にやりと笑って見せた。
「飛ぶんだよ」
俺は慣れた様子で廃棄処理層を進む。端から端まで歩けば丸一日掛かる広さを持つ空間を、ぶっとい排水管が通る柱が何本も貫いている。地下帝国では王宮寄りの区域に、まるで深夜の酒場のような灯りと賑わいがあった。多くの難民達が出入りする中心には、なぜか一体の魔神機がいる。
その魔神機は警備魔神機と大規模な工事現場で働く労働魔神機の中間くらいの大きさで、人間だったら稀に見る偉丈夫といった巨躯だった。見た目は金属の笠を被った警備魔神機の型だが、背に背負っているのは防衛魔神機の斧で、その動きは魔神機とは思えぬ滑らかさだ。物好きな奴が魔神機の格好をしているが、魔神機っぽい動きをすれば騙されちまうだろう。
この魔神機擬きは難民相手に商売をしていた。
敗戦国の難民が手に入れる事が難しい薬に、ウルベアの市民も手に入りにくい軍用転嫁できる部品。この大陸では珍しい、海外の品。頼めばどこからともなく必ず手に入れてくれる。更に形がないものも提供する。強くなりたいと願えば、一端の傭兵として稼げる卒業者が生まれる。この魔神機擬きの協力で、大陸に販路を広げる行商人として活動を始めた難民までいるそうだ。
魔神機擬きが俺の胴体を鷲掴みにしそうな掌を振って、明かりを黒々と遮った。
『上が面白い事になっているようだな』
手の込んだ電子音で話す魔神機擬きを、俺は『おっさん』と呼んでいた。
「おっさん。反重力装置を用立てて欲しい」
ここはウルベア地下帝国のゴミ捨て場。この世界で平和以外の全てを作り出すと言われた、帝国のゴミが集まる場所だ。この世界の全てとは言わないが、このゴミ捨て場では様々な物が手に入る。ガテリアの難民には技術者も多くいて、燃料さえあればウルベア地下帝国をひっくり返すだけの魔神機を整備する事だって出来るんだ。反重力装置は魔神機よりもずっと簡単なもの。おっさんなら簡単に用意出来るに違いない。
おっさんはぐるりと奥に振り返って、技術者らしい背中に声を掛けた。薄汚れた襤褸のコートを丸めた猫背の向こうから、髭を藁のように生やした眼鏡の横顔が覗く。油まみれで真っ黒な指が指し示した方に魔神機擬きが近づくと、無造作に転がったものを担ぎ上げて目の前に置いた。
『これを使って良いそうだ』
型が古いのか、帝国では見かけたことのない一人乗りの反重力装置だ。立ち乗りのタイプで、なぜか大砲のような筒が乗る場所を挟むように付けられている。絶対に違法改造していると一目でわかる代物だ。
「いくら払えば良いんですか?」
反重力装置に値札は付いていない。馬を借りるにも金が必要だ。だから、聞いたんだろう。
この魔神機擬きに支払う対価は、魔神機擬きが決める。
支払いが保留になる事もあれば、この仕事をしてみろと振ったお使いが天職だったって話もごまんと聞いた。なぜか生活をより良く変えていく魔神機擬きを、いつしか難民達は信頼していた。
魔神機擬きがすっとルアムの胸元を指差した。
『お前が数日前に貰った『いいもの』でどうだ?』
ルアムの顔が驚きに強張り、はっと胸元を押さえた。何故知っているのか。そう問いただす前に、魔神機擬きは意地の悪い笑い声を漏らす。反重力装置に乗れと言わんばかりに、すっと下がった。
俺達は反重力装置に乗り込こんだ直後に、背に背負った斧を取り出し、のしのしと近づいてくる魔神機擬き。殺気は感じないが異様な威圧感に、腰にしがみ付いたルアムの体が強張った。斧がぶおんと振り上げられた。
『じゃあ、空の旅を楽しんでこい』
真横に振り下ろされた斧の衝撃で、俺とルアム二人が乗った反重力装置がふわりと浮かび上がる。かちっとスイッチが入った感触が手の平を突くと、足の裏から頭のてっぺんに向けてエンジンの駆動が貫く。大音量が『ごぉっ』と、左右からシンバルで顔をぶっ叩かれたように響いた。
ぐんと背を引っ張られる感覚。
いや、力が強すぎて俺の手が操縦桿から引き剥がされそうになる。反重力装置の両脇に付いた大砲のような筒から火柱が放たれ、凄まじい速度で前進させる。地面に着いたまま起動していたら建物に突っ込んでいたが、斧の衝撃でついた角度によって空に向かって一直線に駆け上がる。
うおわわあああぁぁあぁぁああっ!
俺もルアムも、肺の中の空気を全部悲鳴にしてぶち撒けた。
真っ黒い闇の中に穿たれていた真四角の光に飛び込むと、闇と光が反転する。廃棄処理層を抜けて、ウルベア地下帝国の居住層に飛び出したんだ! 金銀財宝の山と俺が例えた世界が、あっという間に眼下に広がっていく。
カミュさん! 少年の悲鳴に似た警告を、俺はすぐさま理解した。
目の前に地下帝国の天井が迫っていたのだ。槍衾のような、黒々とした氷柱のような、長い年月天井に蓄積したものが鋭い槍のように尖っている。このままの勢いなら、あと呼吸数回分で俺達は串刺しになって一巻の終わりだ!
俺は歯を食いしばって操縦桿を回す。だが、嵐の中を突き進む船の舵みてぇにびくともしねぇ! ルアムが咄嗟に命綱を掛けると、上半身を外に投げ出した。
「曲がれぇっ!」
くっと、反重力装置が傾く。
大きな遠心力を堪えながら、反重力装置は大きく進路を変える。黄金の都が頭上に広がる中、俺達は穂先に耳を掠めながら駆け抜ける。落下するように落ちたかと思えば、地面スレスレを爆走して直角に急上昇。旋回を何度も繰り返して頭の中が飛び出しちまいそうだ。ひたすらに前にぶっ飛ばすことに特化した反重力装置は、とんでもねぇ暴れ馬だ!
レナートのやつ、馬の扱い上手かったけど、めちゃくちゃ大変だなぁ! おい!
「言うこと聞きやがれ、このじゃじゃ馬が!」
くそ! 全然出力が落ちやしねぇ! これじゃあ、家か何かに突っ込まねぇと止まらねぇんじゃねぇか? 俺達がくたばっちまうじゃないか!くっそ! あのおっさん、死んだら化けて出てやるからな!
運転のコツは掴めてきたが、肝心の着地が出来ねぇんじゃ意味がねぇ。
焦る俺の背後で、ピピッと電子音が響いた。
『帝国城門前の防衛魔神兵に緊急救助要請。承認。情報共有開始』
視線を向ければ、小型魔神機がルアムの鞄から顔を覗かせている。二つの目のような光が、俺に向けられた。
『ルアム様。カミュ様。反重力装置を城に向けてください』
「城に突っ込めって言うのか!」
まるでメラゾーマが真横を掠めるような轟音に耳がやられつつあるが、それでも小型魔神機の当然感情のない冷静極まりない言葉がはっきりと聞こえていた。
『厳密には防衛魔神兵に突撃する進路を取ってください』
舌打ちをするが、手がないのは事実だ。俺は操縦桿に齧り付き、前を睨みつけた。
「どうにでもなりやがれ!」
顔面を叩きつける空気の壁を頭で突き破りながら、俺は地下帝国で燦然と輝く王宮に反重力装置を向けた。ルアムも反重力装置がまっすぐ王宮に向かう進路につくと、俺の背後にぴたりとついた。その間も小型魔神機から、まるで下手な笛を吹くような音がピューピュー漏れている。
『防衛魔神兵との位置情報調整完了。カミュ様。角度をこのまま維持してください』
城は瞬く間に目の前に迫り、覆いかぶさり、巨大な門扉にぶつかると冷や汗が噴き出る。手が回避のために操縦桿を跳ね上げたい衝動に駆られるが、俺の動体視力はそれをとらえた。
門の前にいる二体の防衛魔神兵が向き合い手を挙げると、間に光る網のようなものが現れたのだ。違法改造された反重力装置が網の中に突っ込む。俺の体は操縦桿をへし折って前に飛び出し、網に飛び込むように弾き出された。それでも網は柔らかく伸び、俺達は無傷で網に絡め取られた。
次の瞬間頭から被ったのは、冷たい泡。それが大量に降り注いで、遠くから防衛魔神兵の『予防消火実施中』の声が聞こえてくる。
泡だらけの俺達の前にするすると近づいたのは、卵型の魔神機マリッチだ。マリッチは俺達に存分に『迷惑ビーム』を浴びせると、嬉しそうに飛び跳ねた。
『ウルベア地下帝国城へ、ようこそ! エテーネ人!』
あまりに能天気な言葉に、俺もルアムも網の中でぐったりとへたり込んだ。