ラーミア

 デルコンダル。そう呼ばれる王国は世界に名を馳せる海軍国家で海賊国家。俺達の真っすぐ上を通過する太陽は高く強い日差しを投げかけ、カモメの声が高く遠く響き隙間に波の音が聞こえるのはとても心地が良い。潮風に乗って流れてくるのは荒くれ共の汗じみた匂いと粗野な笑い声で、傭兵として長い俺にはどこかホッとする気配がある。
 海かと思うほどに巨大な入り江に並ぶのは様々な船で、その中で特に目立つのは黒く塗られ金の縁取りが施された重厚な船。王国が持つ世界最強の海軍の船だそうだ。アレフガルドで漁船以上の大きさの船が無い為に、これだけの規模の帆船は見た事がなかった。黒く伸び上がる柱の先に施される金、黒い旗に斧と海竜の紋章が深紅に染め抜かれ青い海の光の中で浮き上がるように存在感を放つ。
 街はガライのように白い石を積み上げた頑丈な家が並び、入り江を取り巻く山にへばりつくようにあった。舗装も同じ白い石で奇麗に施され、雨水が流れるように溝まで用意してある。だが特筆すべきはまるでジャングルに埋もれているのではないかと思うほどに、その街には緑が多い。木陰を作る為なのだと理解したのはこの街に滞在して一刻も要らなかった。
 ヘンテコな形の街路樹の根元に腰を下ろし、俺は深く項垂れていた。
「……ちくしょう、ここの人間はどういう神経をしていやがるんだ」
 アレフガルドは寒冷な気候の地域であり、基本的に半袖で過ごせる場所というのは非常に限られる。ガライでは夏は数週間、山岳地帯では日差しは強く暑いが山の空気は乾燥して暖かくはない。マイラに至っては万年雪が積もって温泉がいつも心地いい温度だ。半袖が必要なのは南風の吹き込むリムルダールと、砂漠地帯のドムドーラくらいだ。
 それでもだ、俺自身暑さでへばるとは思いもしなかった。
 だって、俺はラダトームとメルキド往復専門の傭兵だぜ。ドムドーラ大砂漠を何回超えたと思ってる。それこそ、両手では足りない数だ。暑さにはそれなりの耐性があると思っていた。
 だが、デルコンダルの暑さは別格だ。特にこの吸い込むだけで口の中に水たまりが出来るほどの湿気、これがきつい。体が蒸し焼きにされる思いだ。大砂漠では湿気がなかった故に暑さだけが気になり耐えられたが、この熱された湿気にはどうにも耐えられそうにない。
「アレフ、大丈夫か?」
 俺の項垂れて地面しか見えない視界にサンダルとローブの裾が見える。人間に化けた竜王の衣だ。俺は気怠さをどうにか払いながら見上げると、竜王が見下ろしている。黒髪を短く切りそろえターバンを頭に掛けて、顔のほとんどが逆光に黒く陰る。上半身は素肌に銅の色合いの胸当てを着け、魔法使いが着こなすようなゆったりとしたローブを羽織っている。嫌でも割れた腹筋や頼もしげな二の腕が覗く。小さい竜王の時も掛けている真っ赤な宝玉の嵌まった首飾りと、今の姿では小さめの杖の宝石が燃えるように輝き暑苦しい。
 金色の瞳が逆光の中光るように瞬いた。
「大丈夫に見えるか?」
「いや、見えんな」
 そう言って差し出して来たのはひんやりと冷気の漂うココナッツの実。空いた穴の中から漂う甘い香りが漂い、持ち手が長く掬う部分が深く作られた匙が付いている。俺はとりあえずその冷えた実の底辺をでこに乗っけた。あー、きもちーぜ。
「ここで催されている試合の事も調べて来た。とりあえず冷やしながら聞いていると良い」
 竜王はそう言って、立ったまま説明を始めた。
 俺達は情報収集の為にデルコンダルに訪れた訳ではなかった。俺達の国とは違う路銀が流通する世界であったので、最初にたどり着いた宿でも『どこの田舎からきたんだ?』と訊かれる始末だ。ぶち切れそうな俺を竜王が止めさえしなければ、宿の主人を斬り殺してスッキリしていた所だ。
 まぁ、ともかくそんな主人が教えてくれたのが、デルコンダルの賞金付きの試合である。腕に覚えのある者ならどんな者にでも参加資格もあり、生死を掛けた試合となれば賞金は目も眩む額となるそうだ。
 美味しい。美味しすぎる。
 竜王の低い声が説明する内容は、その試合の形式方法だ。一対一の個人戦、参加人数が5人までの団体戦。賞金獲得金額は参加人数で賞金の倍率が上がる団体戦の方が大きいとの事だが、これは複数参加者の配当を考えれば個人戦の獲得金額より低い。それでも俺と竜王は同じ旅の仲間として行動している以上、個人戦に参加するよりも高金額の団体戦に挑戦した方が効率が良い。個人戦に参加して潰し合っては意味がないしな。
 俺がその旨を伝えると、竜王も同意を示して頷いた。そして竜王は嘆息しながらデルコンダルの町並みを見遣った。
「全く…外に出て先ずすべき事が路銀稼ぎとは…。貴金属でも持ってくれば良かったな…」
「あの二人の駄々を止めるので、それどころじゃなかっただろーが。最終的に稼げりゃあ良いんだよ。それに換金するにも最初に行った田舎じゃ駄目だな。やっぱこういう後ろ暗い連中の溜り場の方が、金が集まる分換金レートは高い。目利きが居るからちょっと騙しが効かねぇがな。どんなに準備をして来たとしても、ここに来なきゃならなかったさ」
 俺がそこまで捲し立てるように言うと、竜王は感心したかのように自分の顎を擦る。
「なるほどな」
 俺は実の甘ったるい果実を飲み干すと、今度はからからに喉が焼ける。くっそー、美味いけど甘すぎるぜこれ。
「お前は本当に何ともなさそうだな」
「我々竜族は概ね寒いよりも暑い方が得意なのだ。まぁ、火炎を吐ける位なのだから、これくらいの暑さも暑い内にはならんだろう」
「畜生、羨ましいなぁ。涼しげな格好でよぉ」
 俺が座る姿勢を崩しながら悪態を付く中、竜王が少し表情を和らげたのを感じた。なんなんだろう。俺が眉間に皺を寄せると、竜王は控えめに笑って言った。
「調子が出て来たのは良い事だ」
 俺は何時だって調子が良いっつーの!! 全く、真面目な野郎だ!

 夜になりコロシアムに無数の明かりが灯される。煉瓦造りのコロシアムは煤で灰色を帯び、赤い光に茶色い暖かい色合いに染められている。それに輪をかけるように無数の明かりの熱気と観客の熱気と昼間の余熱で、コロシアムの中は昼間と全然変わらないくらい熱い。俺は肌に張り付いた髪の毛を舌打ちしながら払った。
 ……北に、寒い所に行きたい。
『今宵解き放たれるは久々に歯牙にかけうる逸材に滾る猛獣の数々! 挑戦者達は己の実力に打ち据えるのか、それとも半端な実力に尾を巻くか!? 期待の一戦が幕を開く!!』
 ピエロ姿の司会者が会場に響き渡る大声で言うと、会場に押し掛けた見物人が歓声を上げた。城よりもある意味でかいコロシアムは満員御礼。客席はこの国の人間以外にも、賞金目当ての同じ穴のむじな共で埋め尽くされている。戦士、海賊、商人、住民、普段なら肩すら並べる事すら難しい人々が整然と並び、下方の舞台に立つ俺達を見遣っている。これから行われる戦闘に心躍らせている熱狂に、俺も気持ちが熱くなる。
 魔物の集団と戦ったり、他の参加団体と対戦したりと、俺達は団体戦のトーナメントをほぼ無傷で抜けて来た。
 それは今までの団体戦では極めて稀、というか初めての偉業になるだろうと期待されている。トトカルチョの倍率は跳ね上がり、今回は初の無傷のでの完全団体戦勝利に至るのかという新たな賭けがその場の熱気をさらに加熱している。
 ピエロがバク転を決め飄々とした足取りで舞台の端、観客席とを隔てる壁に乗り上がった時、銅鑼の音が盛大に打ち鳴らされた!
 遥か前方の鉄格子が開き、程なくして目の前に敵が現れた。キラーマシンにキラータイガー、バーサーカー、ビビバンゴ、にパペットマンそしてはぐれメタルという魔物であるらしい。見た事の無い魔物共なのだが、どれも一筋縄では行かないだろう雰囲気がある。強敵だろう。3人も同時挑戦できる条件でありながら余裕噛ます王国が理解できる気がする。
 竜王は組んでいた腕を解き、軽く手首を振って何気なく言った。
「先ず、小手調べに一発見舞ってみるか」
 竜王は軽く目を細め、人さし指と中指を揃えて指し示すように腕を振るう!
「メラ!」
 一瞬眩しい光が線を描いて竜王とキラーマシンを結んだと思った瞬間、キラーマシンの本体が見えない壁に全速力でぶつかったかのように後方へ弾かれる!
 呪いの力により鉄よりも硬いとされる外装は大きく貫通し、内部の部品がまるで窓から放たれた紙吹雪のように空中に投げ出される。真っ青なブルーメタルを彷彿とさせる装甲は打ち抜かれた部分を中心に紫苑の間もなく深紅に熱され、滴る物は青い炎を帯びて赤から蒼へ移ろう血を流し装甲にへばりつくように固まった。立ち上がる際に吹き出した蒸気の音に混ざる軋む間接の音に金属の擦れる音が、まるで奴の怒りの声を代弁しているようだ。制御系統に障害が出た事による引き攣った動きに、瞳に当たる赤い光がちらちらと明滅を繰り返す。怒り狂っている。俺は何となく思った。
 場内が驚きと歓声に震え上がる中、俺は呆然と竜王が口走った呪文を思い返した。
 …めら?
 確かメラと唱えていたはずだ。
 俺が知る限り、メラという呪文は小さい火の玉を飛ばす呪文である。呪文を使える者ならば誰もが使えるといっても過言ではない呪文である。拳大の大きさの火炎球だが、力のある者ならちょっとした生命を消し炭にする威力がある。しかし、所詮は火の玉だ。それほどまでの殺傷能力があるかと言えば、んなもん無い。俺ですら鋼鉄の剣で薙ぎ払えるし、下手をすれば鉄の鎧クラスなら肉体にまで損傷を与えるのが難しい下級呪文だ。
 しかし、今の竜王が唱えたメラはどうだ。
 実際火の玉と思えるような巨大さなど無く、指先ほどの大きさだったろう。拳並の大きさがあれば嫌でも認める事が出来たが、実際火の玉などあったのか疑わしいほどだったんだから大きさは大きい訳が無い。速度はメラの比ではない。遠投器を投げるよりも早い為に、線のように俺の眼に映ったのだ。音速並みなのかもしれないそれが当たった威力、当たり所が悪ければ即死間違いない威力が目の前にあった。
 とにかく、目の前の魔物の受けた損傷は、メラの常識の範疇ではない。
「思ったよりも威力が低いな。接触位置で炸裂するように仕込んでみても良いかもしれん」
 竜王は腕組みして目の前の魔物の損傷を眺めていた。不満げに眉根をよせ唇を引き結ぶ様は威厳に満ちているが、言っている内容は随分と殺伐とした内容だ。俺が呆然と見遣っているのに気が付いて、竜王がこちらを向いた。
 犬歯が鋭い歯を見せながら、とても楽しそうに語る。
「ほら、魔物の姿の私は小さいだろ? メラミ並の火炎球というものですら使い勝手が悪くてな。それに最近はメラの呪文構成形式内に、どれだけ威力増強の加工が施せるのか研究しておってな。今のは熱源の集約と振動と回転による威力増加を見込んだものを放ってみたんだよ」
 『ま、所詮メラだから威力を増やす必要性は無いのだがな』と竜王は明るく笑った。
 分かった。お前が人間には到底理解できぬほどのバケモンだという事はよく分かった。
 そんな会話をしている間に、驚愕から回復した魔物達が動き出す。最初に切り掛かって来たのは鉄の斧を片手で軽々と扱う癖に、相当全力で駆け込んでも息も切れないバーサーカー。肌に塗り込まれた黒い何かと、塗られていない肌色が模様になっている。あまりにも人にそっくりであるのに、腹にざらざらとした嫌悪感を注がれる。それに追随するようにキラータイガーが迫る!
「おっし!来るぞ!! 遅れるなよ、竜王!」
「お前こそ足を引っ張るなよ!」
 キラータイガーは竜王よりも俺が弱いと思ったらしい。様子を伺う気配もなく、真っすぐ俺に突っ込んでくる。ふん、舐められたもんだぜ。てめぇみたいな敵が、一番攻撃パターンが判り易いんだよ!!
 俺はロトの剣を抜き放ち、腕を引き絞り剣の柄を握りしめる。腕に、腹に力を込め腰を落として重心を落とす。もう一方の手で鍔となっている鳳の翼を掴み、全身の力を込める。
 敵は真っすぐ向かっている。白いサーベルのような歯を明かりに赤銅色に染め、大きく開いた喉の奥に不気味なほどに滑る闇を覗かせる。瞳は何かを画策する動きはない。俺の視線にがっちりと絡み付いて、狂気の残滓を光のごとく散らしている。
 俺は歯を食いしばった。体の奥底から全てを固める。
 敵が跳躍し、牙が真っすぐ俺の喉元に向かう。闇を目掛けて俺は剣を突き出す。吸い込まれるように、闇を光が穿ち抜いた!
 乾いた高い音を立て、俺の鉄の鎧の肩当てに敵の爪が当たった。しかし、そこにはもはや切り裂く為の力が込められておらず呆気無く爪先は弾き返される。キラータイガーの咆哮は断末魔の叫びに変わり、口から鮮血が迸る。視界いっぱいに広がる獣の顔の置く、赤く煙りにくすんだ夜空に脳髄らしき肌色の肉片がバラバラと赤と一緒に舞っている。俺の頭から打ちまけられる真っ赤で生臭い血液の下を剣ごと下段に構え、横でバーサーカーの斧を食い止めていた竜王に叫ぶ。
「竜王!放れ!!」
 遠巻きにビビバンゴが竜王に迫るのが見える。竜王も俺の言葉の意味を理解し、木製らしき杖を短く持ちバーサーカーの脇腹を打ち据え吹き飛ばす!俺はキラータイガーを貫いたまま剣を大きく振りかぶり、地面に足がめり込むほど強く踏みしめる。遠心力を利用して切り込んだ一撃は吹き飛んで来るバーサーカーの首から胸を切り飛ばした!勢いの付いた一撃に剣に貫かれたままのキラータイガーは吹き飛び、呪文の詠唱をしていたパペットマンに直撃した!あまりの衝撃に木の体の連結が保てなくなり、バラバラになってキラータイガーの下敷きになる。
 しかし、一瞬遅かったらしい。
 ビビバンゴの体が一瞬鈍く輝く。速度が上がり竜王に瞬時に肉薄する。ピオリム。速度補助の呪文だったか!面倒くせぇなぁ!!
「おぉっ!?」
 竜王が驚いたように大人の胴体くらい有りそうな両手を組んだ一撃を杖にて真上から受け止める! コロシアムの地面にヒビが入り、鈍い割れる音を立てながら地面が硝子のように砕ける! 袖から覗く腕が筋肉の緊張に痙攣し、少し落とした腰の重心が圧力に屈して膝が砕けるのではないかと思う。
 しかし、次の瞬間ビビバンゴが呻いた。信じられないものを見たかのような、懐疑的な呻き。それはこの争いの場では酷く間抜けに響いた。
「御主…手加減は要らぬぞ?」
 横顔に亀裂が走るように、白い歯が肌色を切り裂いて笑みの形を作る。膝を崩し腕を引いた瞬間、支えを失いビビバンゴのピンク色の獣毛が大きく前につんのめる。浮いた腰の真下に滑り込んだ竜王は、杖を手の中で回し大きく竜の頭に掘られた杖頭で鳩尾を突き上げた!
 少し体の浮いた敵の足に縋り付くように取り付くと、そのままあの巨体を迫り来るキラーマシンに投げつける!
 とんでもない馬鹿力だぜ!
 キラーマシンの腕がぎこちなく動いた瞬間、右手に持っていただろう剣が消える!いや、斬りつけるのが早い!隼切りなのだろう。ビビバンゴは空中で細切れになる。地面には切断された巨体の肉片がバラバラと落ちて、血溜まりを作る。その上を丸い足が無造作に踏みつける。キリキリと軋む音を立てながら着実に向かってくる。
「さぁて、どうする?」
 俺は剣を担いでにやりと竜王を見遣った。竜王も少し考えながら向かってくる敵の動きを見ている。
 何せ片手に剣、左手にボウガン装備している野郎だ。一撃必殺じゃないと何かと危険だ。
「先ほど私が穿ったメラの跡に、直接イオを叩き込んでみるのが良いんじゃないかな?」
「前から?後ろから?」
「無論……」
 竜王は笑いながら杖を構える。
「正々堂々と正面からに決まっておろう!」
「お前本当に馬鹿だな。付いてけねぇ」
 俺は呆れながら剣を気怠げに構えた。普通、こういう癖の有る敵には不意打ちするのが常套だろ。
 先手に駆け出した竜王の後に俺が続く。先ほどの呪文ダメージもあってキラーマシンの動きは相当に鈍いが、竜王の動きがかなり速い。ローブを翻し滑り込むように敵の懐を目指す。しかし相手だってそう簡単に懐を明け渡してくれる訳がない。サーベルを振り下ろされ五月雨切りを繰り出されて竜王は多々羅を踏んで一回退く。
「だから言わんこっちゃねぇ!」
 回り込んで背後からロトの剣を振り上げる。装甲の固い相手というものを相手にする時は、横か縦を狙うべきなのである。何故なら装甲は攻撃が集中しやすい部分を守る為であり、その面は正面、上部となっている。底面や側面の装甲は意外に紙だったりするんだよ。
 瞬間、敵の胴体が回転する! 赤い目らしき光が俺を捉える!
「うっそだろ!?」
 顔面に突きつけられたボウガンの矢先。俺は剣の腹でボウガンの胴体を叩き、ボウガンと剣の接点を軸に回転し敵の腕に足を掛ける!膝を腕に押し当て力を込めて急いで頭を矢先から逸らす!鼻先を高速で過ぎる鉄の矢に鼻先が焦げるような熱を感じた!
 っちくしょう!マジ信じられねぇ!
 俺は痛む鼻先を堪えながら剣を腕の接合面に向け、大きく鍔を蹴り付けた! 深くキラーマシンの体内にロトの剣は突き刺さり、キラーマシンの体が痙攣するように動きを止める。その隙を逃す馬鹿はいねぇ。竜王は先ほど開けた穴に杖を突っ込み、高らかに唱えた!
「イオ!」
 キラーマシンの中を金属が掻き回す音が会場に響き渡るほど大きく響く!おそらく密接している俺達の事を考えて、装甲の中に収まる威力の爆発にとどめたのだろう。なんにせよ内蔵に直接呪文を叩き込まれては、どんな怪物でも無事では済まない。キラーマシンはあらゆる接合部から黒い煙を吹き出し、最終的に地面に倒れた。
 大歓声が鼓膜を震わす!今まで誰もなし得なかっただろう、キラーマシンの機能停止に会場が沸き立った。だが、もう一匹いた筈なのに、俺達に襲いかかる魔物がいない。
 俺はロトの剣を引き抜き、肩に担ぐと竜王を見た。
「最後の一匹は?」
「あれの事か?」
 竜王は猛烈なスピードで場内をかけずり回る、銀色の溶けかかったスライムを指差す。そのスピードといったら、俺の本気のダッシュでもあれに追い付く事はできそうにない。思った瞬間に俺の足の間をすり抜ける。俺は反射神経には自信があったんだが、その溶けかかったスライムに完全否定される。
 ………畜生!!!スライムって種族は何かに付けて俺を馬鹿にしやがる!マジでムカつくぞ!!
「凄い硬いはぐれメタルという魔物だ。魔法も炎も効かないぞ」
 竜王がお手上げといった様子で肩を竦めた。俺もこんな厄介な奴がいるなんて聞いてないぞ!
 あぁ、このままでは賞金が貰えん。そうか、わざとこんな訳の分からん奴を出してきやがったんだな…。くそ、あったまくる!! 俺は適当に荷物の中に突っ込んでいたスライムを取り出すと、全力ではぐれメタルに投げつけた!
「てめぇも少し役立って来い!!」
 俺の豪速球にスライムの形も心無しか流線型になる。はぐれメタルに接近した瞬間、目の前の地面が激しい爆発と一緒にめくれ上がった!
 スライムの野郎イオナズンを唱えやがった!
 迫ってくる爆発に俺も、当然近くにいたはぐれメタルも、地面ごと吹き飛ばされる! 手から剣が離れ、俺は地面に叩き付けられた。ちっくしょう! 千載一遇のチャンスが……!!
『試合終了!勝者、挑戦者!!』
 はえ?
 紙吹雪が舞う中で俺は目を点にした。
 困惑する俺の肩を竜王がぽんと叩いた。竜王の手には、はぐれメタルを串刺しにした『ロトの剣』が握られていた。竜王が少し犬歯の長い歯を見せて笑った。
「すまんな。ちょっと借りたぞ」
 優勝の歓声が終わらないうちに、闘技場の特等席に座っていた大男の前まで案内された。
 デルコンダルの国王はラダトームの無駄好き国王とは全然違い、荒くれ者のリーダーみたいな風格がある。ラダトームの国王なんかより断然好意的なデルコンダル王は、俺の両手を組んだ拳が入りそうな大口を開けて良く笑う。鼻毛や奥の金歯まで丸見えだ。
「いやはや、素晴らしい試合だったぞ!ここ数年の間の退屈もふっ飛んだ!イオナズンを唱えるスライムなんぞ見るのも初めてじゃ!」
 ぎゃはははは、がははははは、ぐふふふふ、げほっ、げほ、ぐをっほ。
 笑い過ぎて勝手に咳き込んだデルコンダル王は、隣に控えていた司会者のピエロから水を貰うと、一気に飲み干してぷはーーと息をついた。まるっきりオヤジじゃないか。
 オヤジな王様は一息つくと、おもむろに俺に訊いてきた。好奇心にきらきらと輝く瞳が俺に注がれる。
「そこの青年。お主の持っておるのは『ロトの剣』だろ?」
「そうですけど…。何で知っているんですか?」
 オヤジな王様が指差す先には腰から下げたロトの剣があった。相手がこの剣をロトの剣と知っているのは間違いない。でも、ゾーマに隔離されていたアレフガルドならともかく、なんでアレフガルドの外の人間がロトの事を知ってるんだ?
「知ってるも何もうちの国の建国者も、ラーミアの導きでロトと一緒にこの世界にやって来た者でな。あの方は異世界からたどり着いた最初の地アレフガルドから、さらにこの地に移住してきたのだよ」
 この国の建国者と言われているが、実際はこの無法地帯に秩序を齎し国として形作った指導者であるらしい。指導者には子供もなくいつの間にか姿を消してしまったが、この国の荒くれ共は指導者に痛く感激したという。指導者に代わりこの国を治める役目を持つ者はその指導者の名前を襲名し、己を律し海賊や盗賊や闇商人などの守護者として君臨して行くのだという。
 しかし、問題は建国者であるそいつがこの国に来た経緯である。
 随分とこんがらがる事を言うオヤジだが、つまり、俺達のいたアレフガルド、そんで今いるアレフガルドの外の世界、またそれとは違う別の世界があるって事らしい。もうワケワカラン。
 さっぱり分からん俺の代わりに竜王が国王に訊ねた。
「異世界……と言う事は、この国の建国者はこの世界でもアレフガルドではない、さらに別の世界からやって来たと言う事か?」
「その通り。ラーミアは精霊ルビスの使いで、この世界と異世界を繋いでいたらしい。まぁ、どこまでが本当の事だかは確かめる術はもう無いがな。ま、そんな事はどうでも良い!!」
 また鼻毛と金歯を見せびらかしながら、オヤジな王様が必要以上の大音量で高笑いした。鼓膜破れるから少しはボリューム下げてくれよ。
「賞金もやるし、あっぱれな戦いをたたえて今日は一泊していくが良い!」
 ぎゃはははは、がははははは、ぐふふふふ、げほっ、げほ、ぐをっほ。ぐびぐびぐび……ぷはーー。
 頭の中でエコーする笑い声。キレそうだ。

 ■ □ ■ □

 デルコンダルの女性は強い者がお好きらしい。まぁ、試合の勝者であるのもあって、俺は小麦色の肌の美女に囲まれたが息苦しくてかなわねぇ。というか俺の人気がスライムと、たいして変わらんのも気に入らん。イオナズンも唱えてくるような奴に進化してしまっては、迂闊に輪切りなんてできないし憎さ倍増だ。
 宴が始まってから竜王の姿もない。風に当たるつもりでバルコニーに出ると空を見上げる竜王を発見。
「どうしたんだ?」
 俺が声をかけると竜王は驚いてこっちを向いた。おいおい、竜王とあろうもんが、こんな近付くまで気付かんか? 熱に頭をやられちまったんじゃないのか? そんな俺の心配も知らん竜王は元気無さげに呟いた。
「国王が言った異世界。私もそこで生まれたんだそうだ」
「あ?」
「信じぬかもしれんが、私は卵から孵る前に、母親の元からゾーマに攫われたらしくてな。その母親がいたのが、勇者ロトがやって来た異世界だったんだそうだ」
 竜王とは血の繋がってはいないが、共に生き抜いた義兄弟の兄がいた。その兄貴もまた異世界からやって来た竜であったらしい。そいつは竜王を『同じ異界の仲間』と言っていたそうだ。竜の鼻は利く。竜王が持っていたその匂いは、兄貴には故郷である異界の匂いであったらしい。故に竜王は兄貴の言葉を信じた。お伽噺じみていても、きっとどこかに故郷が有る。魔物達が伝えたアレフガルドの外の世界、そこが故郷と信じていた。
 いきなり波瀾万丈な生い立ちを語り出した竜王だが、俺は竜王の表情にひっかかりを感じた。憧れを抱くような慕うような、そんな感情が竜王の口調と表情ににじみ出ていた。
 特に『母親』ってあたりにだ。
「お前……マザコンか? まさか外に出たい理由の内に、母親に会いたいってのがあるんじゃないだろうな?」
「五月蝿いな」
 痛い所を突かれたんだろう。苦虫を噛み潰したような顔になった竜王は、バルコニーの手すりにもたれかかって暑くてあまり星の見えない夜空を仰ぎ見た。唯一灯る満月に接吻しそうなほど仰け反り、金色の瞳が僅かに潤んで見えた。
「ようやく、アレフガルドの外にでられたというのに……。その異世界がアレフガルドの外だと信じていたのに……。私の母親はもっと…もっと遠い所におるのだな」
 竜王が切なそうに眼を閉じた。