アレフガルド

 私達が次に目指したのはデルコンダルが『魔法王国』と呼んでいたムーンブルク城だ。
 アレフガルドからこの世界へ抜けた時、南東に見えていた魔法の空気が渦巻く高い三対の塔を抱えた王国だった。
 最初その国に寄っても良かったのだが、我々にとっては何も知らぬ世界。慎重なアレフがまずはある程度田舎で田舎過ぎない町で情報を集める事を提案し、西の港町ルプナガに寄ることになったのだ。ルプナガで聞いたのは世界の中心として名を馳せる巨大な王国。アレフガルドにもあるミトラ教でも、ミトラ神の神官の末裔が治める魔法王国であるそうだ。
 海を横断せず北の大陸から周り込んで南下した先に、その国がある。アレフガルドのあるだろう海に近いから、アレフガルドがあったらきっと海の彼方に島影として見えていたかもしれん。
 魔法に満ちた空気は吸い込むと噎せ込むほど濃厚で、私の目では霧のように城を包み込んでいる。なだらかな平原に広がる城下町もごく一般な家ではなく、小さい塔のように高く、色とりどりの屋根は鋭く伸び、壁からはどんな魔法を扱っているかを示した文様や色彩を施した旗が掛かっている。それらを掻集めて天空へ吸い上げる気流のようにムーンブルク城の三対の尖塔が見える。
 そんな町を取り囲む城壁は高くはないが、こんな国家なのだ。ただの石が積み上げられた城壁ではなかろう。
 ただ一つなのかもしれない城下町の入り口へ、殺到するように人々が流れ込んでいく。しかし、今は開け放たれている門の両面は巨大な鏡が豪華な装飾に縁取られて張られており、通ってゆく者を余さず映し出している。私が見れば巨大な魔法を施した何かだと察しがつくが、魔法を知らぬものから見ればただの絢爛豪華な門でしかない。
 ちらりと見遣った隣を歩くアレフの目の色と言ったら、強盗でも働きそうな程ぎらついておる。頭にスライムが乗っておらんかったら、とても柄の悪い男に見えただろうて。
「なんとも凄い所だな。ラダトームの何倍もでかい」
「デルコンダル王も言っておったが、随分と古い国家であるらしいぞ」
 私は人間の姿に化けているのをもう一度確認する。ゆったりとしたローブから見える日に焼けた人の手、サンダルを履いた人の足を少し後ろに蹴ってしっぽが出てないのを確認して、ターバンの隙間からはみ出す短く跳ねた髪を一回撫でて角が出てない事を確かめる。杖を握り直すと早歩きになっているアレフに並ぶ。入り口に近付く私達にムーンブルクの兵士が気付いたらしいが、武器を構える様子は無い。スライムに敵対心は持っておらんようだし、私も人間に化けておるから問題も起きなさそうだな。
「手がかりが見つかると良いんだがな」
「これだけの規模の国だ。期待しようじゃないか」
 デルコンダル王の話では勇者ロトがゾーマを打ち倒した時代には、ムーンブルクは歴史ある国家として名を馳せていたそうだ。アレフガルドが隔離される前の事も知っているかもしれんから、私はかなりの情報が得られると期待しておったりする。
 アレフと喋りながら入り口の門を潜った。側面の鏡にはなんともでかい竜が映り込んでおる。
 …
 ……
 ………竜!!?
 鏡に映っておったのは本来の竜の姿の私だ。気付いた直後には体が私の意思に関わらず元の姿に戻ろうとする。私は必死にそれを留めながら、鏡に映らぬ所…ムーンブルクの城下町に転がり込んだ。掻き分ける旅人達が倒れて悲鳴を上げ、ぶつかった荷台に積まれた大量のオレンジが道路に落ちて転がり広がる。
「ま、魔物だーーー!!」
 背後から兵士の殺気だった声が響き渡った。
 体の変化が解けなかったのを確認しておると、後ろからアレフが走り抜けて行く。立場が逆だったら手を貸すとは思わんから、何も言えないが…。
 私が追い付くと、アレフはスライムを鷲掴みにしながら速度を落とさず私をにらみ付ける。アレフに掴まれているスライムの表情は笑っておるのだが、飴細工のように伸び縮みしているのが恐ろしい。そんなスライムを見ていたからかアレフが叫ぶように訊いてくる。
「ど、どどうなってるんだ竜王!?」
「おそらくあの鏡には変化の呪文を打ち破り、真の姿に戻させる魔法を込めておるのだろう!私も気付くのに一瞬でも遅ければ竜の姿に戻っておったよ!」
 私はさらに細く込み入った路地へ進むアレフに答えた。アレフは兵士達を撒く行動をしているのを全く無駄にするように大声で怒鳴りおった。
「んな魔法、聞いた事ねぇぞ!」
「うちでもマネマネ詐欺が活発化しなければ、生まんかった技術だ。どうやらこの城は、化けた魔物の侵入の対策もばっちりのようじゃないか。心から感心するぞ」
「感心するな!!あぁ畜生、てめえが魔物でなかったらどんなに旅が楽だろうか!」
「移動中、私の背中に乗っているだけのお主に言われたくないわ!!」
 わざとらしく頭を抱えるアレフをどついていると、アレフが深紅のマントを丸め込んで薄暗い路地の隙間に身を隠す。私もアレフの隣に滑り込んで身を隠すと、兵士達が私達を見失ったのか足を止め辺りを見回す影が壁に差し込む陽光に映し出された。
 兵士の影が一つ、この隙間を調べようと近付いてくる。
 アレフが剣の柄を無言で握りしめ私も緊張を高めた時、兵士ではなさそうな落ち着き払った声が響いた。
「何の騒ぎなんだ?」
「リウレム様!い、いつお戻りに…。じゃなくて、竜が…魔物が侵入しております!!」
 隙間から少しだけ覗き込むと兵士が魔物と対面するのとは違った慌てふためき方で、少年に報告している。年のくらいは14か15ほどだろうか、幼さから抜け出して引き締まった顔立ちに柔らかな紫の髪が首筋くらいまで掛かっている。すると少女とすら取れてしまいそうな品格のある顔立ちを怒りににじませ、武芸を嗜んでいる以上に仕事としているような肉付きの腕が兵士を殴り飛ばした!
 地面を転がる兵士が立てた土煙が、私達の隠れている隙間まで流れ込んでくるのを冷や汗が出る思いで見つめていると、少年の怒鳴り声が暴風のように突き抜けた。
「魔物が侵入していて何右往左往してるんだ!」
 マフラーとローブの影が翻り、二人のやり取りを眺めていたんだろう身じろぎしない兵士達の影に威厳に満ちた声が響く。
「地下通路を解き放て!急いで王宮の王族と、城下の住民を女子供から優先的に避難させるんだ!住民で腕に覚えのある者を集めて避難者の護衛を依頼しろ!避難者の護衛の指揮に一人兵士が付け。お前ら兵士は魔物を倒すのを優先するのではなく、民を守る事を優先としなくちゃいけない!魔物の侵入は避難の過程で見つければいい!」
 はっとなった兵士達に、リウレムと呼ばれた少年は腕を組んで見回した。
「本当に魔物が侵入して、この国を滅ぼす目的だったらとっくに火の海だ。別の目的があるのかもしれない。宝物殿の封印を王宮の魔法使いに伝達しろ!」
 怒濤の捲し立てに呆然とする兵士達をリウレム少年が叱責した。
「指揮と責任は僕が取る!早く行け!!」
 バタバタバタと水鳥が追い立てられて水面を離れていくような勢いで、全ての兵士の影が走り去っていく。
「全く、大人のくせに頼り無ないなぁ…」
 一人残った少年の影が、大きなため息を吐いて背中を丸めながら歩き去っていく。その小さい背中が路地から消え去ると、アレフは大きく息を吐いて地面に背中をつけるほど深く壁にもたれ掛かった。
「すげぇ小僧だったな。大人の兵士を腕一本で殴り飛ばすとは…」
「状況を把握し兵士達の混乱を一瞬にして鎮めて統率する威厳、そして的確な指示。将来は相当な実力者になるに違いない」
「何感心してんだよ」
 アレフが折角良い評価を少年に下している私の頭をどつく。
「小僧のおかげで冷静になった兵士達から逃げる可能性が低くなっちまったじゃねぇか。どう転んでも、もうこの国には居られねぇぜ」
「脱出か…。残念だ」
 立ち上がるアレフが路地の様子を伺いながら、立ち上がるよう促してくる。
「さっきの小僧が地下通路を開けと言っていただろう?なぁに、進入経路には苦労しねぇさ。ほとぼりが冷めるまで他の町を巡ればいい」

「いたぞーーーー!!」
「げ、待ち伏せなんか卑怯だぜ!」
「住民を避難させているところに出くわしただけではないか。それに地の利がある相手にそんな事言っても仕方なかろう…」
 大通りにいた数十人という兵士達が即座に駆け付けて、私達に武器を突き付けた。やはり人目に付かず町から脱出なんて無理だったかもしれん。いっそのこと竜の姿に戻って飛んでしまえば良かったのだが、町を幾分破壊しなければ本来の姿に戻れんし、大きさを調整できるほど変化の魔法に長けている訳でもない。最終的に人気のない路地を選んで城下町から出ようとしたが、うっかり大通りに出てしまい囲まれてしまったのだった。
 殺してしまっても良いのだがなぁ…。
 私がちらりとアレフを見遣ると、アレフはスライムを力の限り引き延ばしながら怒鳴りつけた。
「オイ、スライム!てめぇは魔法が使えるんだから、魔法で奴らの動きを止めてみやがれ!」
 ナイスアイデア、と感心する間もなくアレフはスライムから手を離した。地面に落下してバウンドしたスライムを、アレフは豪快に兵士達のド真んなかに蹴り込んだ!
 …お前、やる事が最低だぞ。
 兵士達のド真んなかに転がったスライムは激しく揺れる。ぶれて残像も残す程に激しく揺れておると、人間達の様子が変わった。どんどん膝を折り崩れ落ちて横たわる。
「う…眠」
 隣でアレフが膝を折った。
「あ、アレフ!しっかりせんか!」
 私がアレフの腕を引っ張り上げた時には、すぅすぅ寝息を立てている。茶色い長い前髪の奥にある瞼は当分開きそうにない。
 スライムの奴、どうやらラリホ—マをかけたらしい。私には効かないから良かったものを、希望としてはマヌーサをかけて欲しかったぞ。ラリホ—マの睡眠がかからなかった兵士達が、アレフという荷物を抱えスライムを拾い上げた私を包囲しているのに変わりがない。状況が悪くなっただけじゃないか…。
「ここまでだ!」
「ちっ…仕方が無いの」
 人間を殺すなとアレフには釘をさされている訳でもないし、私は変化を解いて本来のドラゴンの姿に戻った。魔物も同族のドラゴンですら恐れさせてしまう姿だ。人間なんぞ、アレフやローラのように変な奴でなかったら、恐怖で立ちすくんでおるだろう。
 アレフとスライムを手のひらに乗せた私は兵士達を見下ろし、少し脅かして様子を見る事にした。本来ならばこんな手の掛かる事はしないが、この地に手がかりがあると思うと、燃やし尽くす訳にもいかない。
「私が羽ばたけばこの城下町の家の半分も潰す事ができる。炎を吐けば壊滅的な打撃を防ぐ事はできんだろう…。だが、お主らは幸運だ。我々に危害を加えず黙って我々が出て行くのを見守るのならば、私は何もせずにここから出ていこうではないか」
 そこで少し間を置く。兵士達だけではなく住民達の緊張感が伝わって来る。
「国を守るべき者ならば、何が正しい選択かは………分かっておるだろうな?」
 戦意は削いだが要求を飲む訳にはいかないと言いたげに、武器を構え続ける者が圧倒的に多い。誰も動かずに私を見上げ、淀んだような空気が止まったまま動かずにいる。返答が何時まで経っても来ないのなら、私もいつまでも待っていられるほど寛容ではない。
 ………脅迫は難しい。しょうがない、焼き払うか。
「竜の言う通りだ。全員、剣を下ろせ」
「リウレム様!」
 先ほどの少年の声に続いて兵士達の驚愕の声が響く。とりあえず吸い込んだ息を飲み込むと、私は輪のように取り囲む兵士達を退けさせて進み出るリウレム少年の姿を見つける。
 そしてその場の全員の兵士が異口同音に抗議を並び立てるのを、少年は一瞥で平らげた。威圧とも呼べる冷たい堅牢な意志が兵士達を貫くと、リウレムは朗々たる声で兵士達を追い打つように言い放つ。
「人の姿であれば剣を向け、竜になれば尻込みか?貴様らが町を守ろうという熱意があれば、竜の姿であろうと立ち向かえるはず。それなのに強大さに打ち拉がれ戦意喪失、挙げ句の果てに竜が気を使う始末で、どんな弁明を国王に申し立ててくれるんだろうなぁ?」
 大したものだ。私は少年の洞察力に正直舌を巻く。
 確かに町を滅ぼすためならとっくに火炎で燃やし尽くすだろうし、王宮の宝だかなんだかを狙っているのならこんな兵士達の制止など気にもしないで強行突破できるだろう。彼は私がこの場を退こうとしている事、そして脅迫してでも誰も何も傷つけようとしない行為に対し『気を使わせている』事まで見抜いたのだ。それに兵士達の行動も的確に分析し、国王へどう弁明するのかと問うことで遠回りに咎めている言葉遣いは年齢相応ではない。
 『それは…』と口々に口ごもり小さく畏縮する大人達を、少年は冷たく見回した。
「竜とは僕が話す。お前らは剣を納めろ」
 兵士全員が剣を鞘に納めるのを確認すると、リウレムは少しローブの乱れを直して私に向かい合った。
「僕はムーンブルク現国王の第一子、リウレムです。賢明な竜殿がこのような人里に何の御用なのでしょう?」
「……リウレム殿。いつお主を殺すか分からぬ、魔物の話を信じるのかね?」
「貴方はいつでも人を殺せたはずです。でも殺さなかった。僕は貴方が分別ある存在と見込んで話しかけているんですよ」
 そう言って、ようやく年相応の笑顔を浮かべる。人懐っこい悪戯好きそうな笑顔が、その少年の本当の笑顔な気がしてとても親しみが持てる。
 将来、国王として立つだろう少年の国王の器の大きさを垣間みて、私は頼もしさと楽しみに思わず笑顔で応じた。
 私は手に乗ったアレフとスライムの位置に気を配りながら人間の姿に変化した。人間の姿でもリウレムより遥かに大きい。私はリウレムを見下ろしながら肩に担いだアレフの背中を叩いた。
「ベッドを借りようかな。このぐーすか高いびきをかいてる男を、どうにかしたいのでな」
「分かりました」
 不満そうでも言い返せない大人達の間を悠々と歩くその少年の背中は、なぜか自分と重なりそうな孤独を抱えているような錯覚を覚えた。

 ■ □ ■ □

 通されたのがかなりの位の客が寝泊まりするだろう客室かと思ったが、リウレムという少年の私室だ。
 大人でさえ余る巨大なベッドにアレフを寝かせると、私はぐるりと室内を見回した。あまり使われていないのか手入れが行き届いているのか、机の上には何も置かれていないし、椅子もあまり座った形跡が見られない。あの筋肉のつき方から、きっと帰って寝るくらいにしか使わないのかもしれん。
 耳を澄ますと廊下で見張っているだろう兵士達が、聞こえていないと思うのだろう慎むそぶりもない私語を続けていた。
「王位継承権が無い人とは言え、竜の前に立って交渉だなんて冷や汗ものだぜ」
「歴代王家最大の問題児だが、こういう時には頼りになるよ。あのまま何の指示もなく魔物を捜し回っていたら、後から避難誘導とか宝物殿の閉鎖とかボロボロとお咎めがくるかもしれなかったからなぁ。リウレム様が立ってくれなきゃ、俺達並んで牢獄行きさ」
「しかしあの人、滅多に王城に戻ってこないくせに絶妙なタイミングで戻ってきたな。まるで竜が来るのを知ってるような感じじゃなかったか?」
 私が来るのを知っている感じ?
 私が耳を澄ますと、兵士達はさらに饒舌になっていく。
「それだけどよ、リウレム様が竜がここに来るのを予知してたんじゃないか?ほら、一応王族だからミトラ神の神官の末裔なんだし…」
「けど、呪文が使えないだろ。だから魔法が使える弟君に王位継承権が移ったんじゃないか」
 すると息を飲むような息使いの直後に会話が途絶えた。足音が近付いて扉がノックされると、扉のすぐ近くに立っていた私を見てリウレムが苦笑いした。きっとここで会話を聞いていたのを察したのだろう。私語を慎まなかった兵士を咎める事も、立ち聞きせざる得なかった事を言う事もなく、何も知らないように言う。
「食事の用意ができたんですけど、食べます?」
「もちろん」
 いい加減、腹が空いてる。
 正直人間のアレフが何かされると思わないし護衛としては役不足かもしれないが、居ないよりかはマシとスライムを置いてきた。ただのスライムではないと脅したからか、兵士達もスライムに恐れをなして震え上がった。嘘ではないが、情けない…。
 豪華だが、何よりも半端ではない量を用意した食卓はリウレムの計らいのようだ。全く、彼は竜の胃袋というものをよく心得ているものだ。私は口元が緩むのを隠すので必死だったが、リウレムは『遠慮なくどうぞ』と早速料理を食べはじめる。
「で、リウレム殿。お主は私に何を望んでおるのかな?」
「あぁ、そんなに警戒しなくてもいいですよ。僕の事もリウレムで結構です」
 リウレムは上品とは言えないナイフとフォークで食事を進めながら、簡潔に言った。随分とさっぱりとした印象だが、その危なっかしい食べ方は見てられない。
「自己紹介が遅れたな、私は竜王と呼んでくれ。連れはアレフだ」
 『はぁ、そうですか』と口をもごもごさせながらリウレムは喋る。しつけのなっとらん奴だ…。アレフの方が演技であれ、もう少し上品な振る舞いができるだろう…と思った瞬間諦めたのかテーブルマナーなど無視して食べはじめた。先ほどの兵士の話が本当なら、王宮の生活などほとんどしていないからマナーに準じた食べ方が苦手で仕方ないのかもしれん。
「では竜王さん。あなたは一週間程前に北西の海に突如沸き上がった光から出て来た、巨大なドラゴンじゃないのかなって僕は思うんだけど、どうなんですか?」
 一週間前…。アレフガルドから出て来てムーンブルクを見た位置から逆算すれば、アレフガルドがこのムーンブルクから北西に位置するのはつじつまが合う。間違いなくそのドラゴンは私だろう。しかし…ムーンブルクから見えておるとは…。本来の姿の私はそんなにでかいのだろうか?
 ちょっぴり憂鬱になった私は、しらを切ることにした。
「さぁ?私自身、あまり自分の姿など見ない」
 実際、仮の姿をとっておるのも、同族の中でも飛び抜けてでかい本来の姿では色々不便だからだ。あの姿では高めに設計されておる天井に頭はぶつけなくとも、扉はくぐらなくてはならない。魔物は人間のように見た目ではなく気配で相手を量るから、小さい魔物の姿をとっていても決して舐められる事は無い。本来の姿になるのは移動の時くらいだろう。
「はぐらかさないでくださいよ。あなた方はアレフガルドから来たんじゃないんですか?」
「ほぉ…アレフガルドを知っておるのか?」
 アレフガルドを知っているようなリウレムの口振りに、私は少しだけ身を乗り出した。リウレムも別段隠す事でもないように、淡々と答える。
「一晩の内に海に沈んだ大陸だと、ムーンブルクに伝わっておりますよ」
「では、私達がアレフガルドから来たとして、お主は私から何を聞き出したいのだね?」
 私はリウレムに目的を言うよう促すと、くるりと紫の瞳をまわして笑った。
「アレフガルドが本当にあるのか確認したかっただけです」
 そしてアレフガルドがある方角を見遣って、目を細めた。
「このムーンブルクに伝わる伝説にもゾーマの存在がありました。その伝説が記された書物にはルビス様が被害の拡大を恐れ、ゾーマをアレフガルドもろとも封じてしまった…、と書いてあったんです。一夜にして封じられ失われてしまった大陸、古い地図には描かれていた大陸ですが、とある時期から全く描かれなくなってしまいましたからね。実在するのは予想できてましたが、まさか人が住んでるとは…」
 と言ってリウレムは口を噤んだ。
 リウレムはアレフが私とアレフガルドから来たと、確信しておるのだ。
 そしてゾーマを封印した地に未だに人間が暮らしておる事に、困惑しておるのだな。そこから想像されるのは、魔物に虐げられる仲間……人間の姿のなのだろう。 私が魔物を束ねる以前から魔物は人間と距離を置いていて、実際は干渉する事がないだけで平和そのものであるのだが、人間は魔物より弱いという観念が根強くあり、リウレムはアレフガルドの人間が悲惨な日常を送っているのだと思っているらしい。
 しかし新情報なのは、『ルビスがアレフガルドを封印した』という点だ。『闇の衣』がアレフガルドを隔離している事に、神が関与しておるのか?
 ならば精霊ルビスと人間から慕われるそれは、守護するべき人間を見捨てて、ゾーマごとアレフガルドを封印したという事になる。
 リウレムもそれを確信して、ショックに感じているようだった。
「私よりもお主ら人間の方がルビスについて詳しかろう。お主はどう思う?…人間の守護者がたった一部とはいえ、人間を見捨てるような行動を取ることについて」
「僕はこれでもミトラ神に使える神官の末裔…、ミトラの恩寵を否定する事はありません」
 きっぱりと言った返答だったが、それでもリウレムは天を仰ぎ苦しそうに唇を引き結んで黙り込んでしまう。
 私は意地の悪い質問の答えは、それ以上返っては来なかった。
「言ってやろうか?神はアレフガルドを捨て駒にするつもりだった。いや、捨て駒にした」
 仰いでいたリウレムが呻いて私に真っ向から視線をぶつけてきた。私の言葉を探るような、そして己の信仰心を試すような激しい視線。
 しかし瞳に宿る疑問が、答えを得て確信に変わったのが分かる。
「私達はルビスに会わなくてはならない。『光の玉』を得て、出る事は叶わなくとも、アレフガルドを光で照らさねばならない」
 私は目的を告げた。
 リウレムならばきっとルビスの居場所を知っている。なぜだかそんな確信を持っていた。
 リウレムは切なそうに目を細めると、ゆっくりと口を開いた。
「東の大海原の真ん中に、ルビス様の祠があります」
「そうか…」
 私は初めて神という者を呪った。人間であれど、他者の信頼を裏切る存在が許せなかった。
 そんな感情を感じるのも、私が魔物を束ね、魔物達に信頼されているからかもしれない。