君と手をつなぐ夢を見た

 清らかな水が沸き出す沼地には、蛍がふわふわと飛び交ってる。水草の中でスライムつむりが重たい貝殻を左右に揺らせば、大きい睡蓮の花が揺れる。沼の中央には木で組んだ遊歩道があって、前を行く二人が歩くときこきこ軋む。こんなに天気のいい、素晴らしい景色なのに二人は全くそれどころじゃない。
 真っ赤な猫耳のルアムは、歩くだけじゃない恐怖から来る震えでちょんまげが取れてしまいそうだ。黄色に耳先だけ茶色のプディンも、今にも足が竦んで逃げちゃいそうな足取りだ。
「うぅ、マジで恐い。本気で恐い。おっちゃん、忙しいからって自分で行って欲しかった」
「が…頑張ろう! ルアムさん!」
 荷物を詰め込んだ鞄に覆いかぶされるように、プクリポの二人は青い顔で互いを励まし合っていた。いつもは綿毛のようにふさふさの尻尾は、きゅっと水でも吸ったかのように堅く縮こまっている。獣の耳も天を突く程ピンと立っているのに、この時ばかりは萎れた花のよう。
 彼等が怯える事の発端は、汚れ谷の大蛇に共に挑んでくれたプーポさんの一言だった。
 『すまないが、賢者エイドスに宝石を返してお礼を言っておいてくれ』
 ルアムの小さい手に宝石を渡したと思うと、ルーラの光に包まれひとっ飛び。惜しむ暇すらない電光石火の別れだ。おっちゃんのばかやろぉおぉぉお!の絶叫が、今でも耳に残ってる。
 とはいえ、演芸チャンピオン3年連続優勝の殿堂入り伝説の面白プクリポとまで呼ばれたルアムは、一人前の証を携えて世界に羽ばたくところ。プディンはオルフェアの親戚のところへ行くとの事で、賢者エイドスの家は避けて通れないらしい。渡せませんでしたテへっとはいかないようだ。
 レンダーシア大陸からやって来て割と直ぐなのに、村人への賢者の存在感は強大みたい。賢者といえばアバ様と同じかそれ以上って人なんだろう。うん。頼りになるのは間違いない。
 『もし良かったら、お前も一緒に行くか?』
 ルアムは僕に訊ねた。僕は途方に暮れていて、これからどうしようと思い悩んでいる所だったんだ。願ってもないって頷いたよ。そうして驚いた事に僕と同じ名前のプクリポと一緒に、賢者エイドスの元へ向かう事になったんだ。
 実は賢者エイドスがプクリポを食べるって冗談を真に受けてるみたいで、僕がいれば上手く逃げられるかも…って思ってるみたい。それはどうだろうなぁって思うんだけど、本気で怯えている二人に言うのを躊躇う僕だった。もう、賢者エイドスの住んでいる場所まで来たからだ。
 扉の前で硬直する事、数時間。言い過ぎだけど、何時になったら入ってくれるの?
 洞窟に施された石戸には、立派な彫刻が施されている。元々は何かの祠だったんだろう。長い年月に晒されて石の彫刻はやや丸みを帯びて、生した苔を蜥蜴が食んでいる。オバケだからか何も感じないけれど、じりじりと日差しとじっとり湿度で毛皮を着込んだプクリポ達がとっても暑そう。
「プクレット村の演芸チャンピオンに出来ない事はない! 行くぞ、プディン! 突撃だ!!」
 まるで威嚇している猫のように総毛立ち、ルアムは短剣掲げて大声上げて扉を蹴り開けなだれ込む。ちょこちょこと慌てて駆出すプディンが、転びそうでひやひやだ。僕はプディンを見守りながら、後に続く。
 中は岩を刳り貫いただけの洞窟だ。洞窟の床にはカーペットが敷かれて、壁には本の山が積み上げられている。本の山はベッドやテーブルの役割もしているんだろう。燭台や食器も載っていて、カップには飲み物が残っている。
「だ…誰もいないのかな?」
 プディンが少し安心したようにルアムに言う。
 ルアムは同意はせず、奥に続く道をじっと見ていた。奥から流れる空気が、寒さも感じないのにぞくっと背筋に嫌な感じを走らせる。
「プディン、ここで待ってろ。オイラ、奥を見て来るから」
 ルアムが荷物を預けて、短剣をしっかりと握ってみせる。僕に目を合わせると、その赤い瞳に不安が揺れているのを感じた。
 僕も一緒に来て欲しいって事なんだろう。頷くと、少し強張った口元が和らいでいた。
「オイラが何時まで待っても帰って来なかったら、ティルツキンのおっちゃんを待つかプクレット村に戻るんだ」
「うん…」
 不安そうなプディンを待たすのは可哀想だったが、奥から吹く冷風に混ざる危険に晒す訳にはいかない。
 僕もルアムの判断を正しいと思いながら、赤いふさふさちょんまげの後を歩き出した。プディンの姿が見えなくなり、薄暗い洞窟を照らす魔法の光を頼りに僕らは進んでいた。ぴょこぴょこ動くルアムの小さい影の隣には、僕の影は無い。前に後ろに繰り返す影は魔瘴を含んだ空気にぼやけて来る。
 僕は遂に足を止めた。
 似ているのだ。冥王ネルゲルと名乗った存在の纏う絶対零度の気配。それは生き物とは相容れず、本能的に拒絶する何かを含んでいる。魔瘴の霧が足下を撫でて過ぎるのを、僕は背中に冷や汗でびっしょりになったような思いで見つめた。
「どうした?」
 ルアムは赤い頭をくるりと向けて、首を傾げた。
 じっと見上げて来る紅い瞳に、僕は思わず生唾を呑んだ。村を焼き尽くす炎の色、兄さんを殺そうと迫る火球の緋色が重なる。
 アバ様やシンイさんが死んだって決まった訳じゃない、テンレス兄さんだって光に包まれて何処かへ飛ばされてしまった。間違いなくテンレス兄さんは生きてる。そう思う事だけが真っ暗な中に一本の糸のように下がる、希望の光だ。
 本当は兄さんが消えた直後に、火球が地面に激突し爆発したんだ。その光で目が眩んだ時、ルアムの悲鳴が聞こえたんだ。
 馬鹿げてるって思ってるんだ。
 だって、エテーネ村にいたのに、悲鳴に気を取られて気が付いたら崖に当たりそうだったんだもん。誰が信じてくれるの? 僕が一番信じられないもん。
 ルアムが僕を見る時間が一時間にも思えた。真剣な顔をにっこりと勇気づける笑みに変えて、彼は僕に手を差し出した。
「オイラが居るから、大丈夫だって」
 兄ちゃんがいるから、大丈夫だよ。
 あぁ、また無責任な事言って! あんまり大丈夫じゃない事ばっかりだったじゃん!
 プクリポと人間って違いすぎるのに、テンレス兄さんと全く似たような仕草なものだから僕は吹き出した。なんだかんだで、あのばかでかい蛇からも逃げられたんだもん。兄さんも大丈夫じゃなくても、僕と二人で何度も大丈夫にしたもんね。そう思うと、ちょっぴり気が軽くなる。
 ルアムの手に触れる振りをした。やっぱり触れられないけど、勇気づけられる気がするんだ。
『そうだね』
 お互いに歩き始めて、魔瘴の霧はいよいよ深くなる。汚れ谷の大蛇の巣と同等、いやそれ以上に濃いかも知れない。広い空間に出ると、そこは底の知れない崖のようで下から微風に乗って霧が吹き出して来る。
「全く、いつまでこの老いぼれに骨を折らせるつもりなのやら…」
 崖の先端で草で編み込んだ年季の入ったトンガリ帽子が、底を覗き込んでいる。威厳溢れる声色には同情も哀れみも一片たりともなく、静かに霧を非難しているようだった。
 お爺さんがすっと手を挙げると、何もない空間に魔法陣が描かれた。プーポさんの宝石から放たれたのと同じような魔法陣が、霧が沸き出す崖に蓋をするかのように展開して行く。隣で少し苦しそうにしていたルアムの口元が、いつもの余裕のある形に和らいだ。底から沸き出す霧も目に見えて少なくなり、やがて地底湖のように淀むのみとなった。
「これでよし…」
 お爺さんが霧の様子を見届けて一つ頷くと、僕達にゆっくりと振り返った。
 背は低いけど、僕がこの地で初めて見る人間だ。ふさふさの豊かな白髪がとんがり帽子から溢れて、顎髭なんか地面まで伸び放題だ。ゆったりと全身を包むローブの裾からは、煙を噴かす煙管を握るしわしわの手が覗く。とんがり帽子が傾くと、ツバの隙間から鋭い眼光が僕らを見た。
「では、こんな危険な所に立ち入った馬鹿者共をもてなすとしよう」
 ごくりと隣で音がする。お願いだから逃げないでよ。

 ■ □ ■ □

 プディンは満面の笑顔を引き攣らせ、お爺さんに引率された僕らを見ていた。お爺さんの杖の先に、魂が抜けて返事も出来ない屍状態のルアムが引っかかっているからだ。プディンの目の前にべちょんと落とされると、幼い割には的確なツッコミでルアムを我に返すのだった。
「…ひぃぃいいい! 食われるぅぅぅううう!!」
 やっぱりこのお爺さんが賢者エイドスさんか。
「誰がお前達みたいな毛玉を食うか!」
 エイドスさんもなかなかのツッコミ振りで、混乱しかけたルアムは再び我に返るのだった。賢者って多芸だな。凄いや。
 僕が感心している間に、エイドスさんは杖で宙にゆったりと円を描く。光が空気に融けるやいなや、竃に火が入り、カーペットに本が積み上がる。積み上がった本の上に若草色のテーブルクロスが広がれば、6角形のテーブルの出来上がりだ。椅子は小さい刺繍のワンポイントの可愛いクッションを乗せて、4人分が用意される。竃の網に乗せられたポットが浮いたと思えば、テーブルの上にいつの間にかセットされていたティーカップにレモンティーが注がれる。
 ぺちょんとスライスされたレモンが乗ると、エイドスさんは舌打ちした。
「全く、ティルツキンの奴は…。お茶請けを切らすなとあれほど言っておったのに…」
「あ…。ボク、おやつにクッキー持ってます」
「では、それをいただこう」
 プディンが荷物の中から取り出した布袋から、列を成してクッキーが飛び出した。クッキー、ガレット、ラング・ド・シャ、チョコレートを挟んだビスケット。クッキー達はテーブルの上の大皿にきちんと整列すると、エイドスさんは『さぁ、どうぞ』と言わんばかりに僕らを見た。
 プディンは僕が見えないから空席に見える空間を、怯えたように見ていたが意を決して席に着く。
 ルアムは恐怖より食い気らしくて、まるでお昼を食べてないかのように紅茶とクッキーに手を伸ばす。
 僕は椅子には座っても、食べれないからお預けだ。美味しいって大声で言わないでよー。
「あぁ、そうだ! プーポのおっちゃんがありがとうって言ってた!」
 口をもぐもぐさせながら、ルアムは宝石を取り出した。きらりと光る宝石を見ると、煙管を口元に寄せ真っ白い煙たい溜息を吐く。
「全く、多忙であるのは仕方が無い身分とは言え、こんな無礼者共を使いの出すのはどうかと思うな。それでいて仕事を終えると、ケーキ屋には欠かさず寄るのだから始末に負えん。今回は息子の分のケーキも買っておるようだから、目を瞑ってやるとしよう」
「プーポのおっちゃん、やっぱプクリポだな」
『食いながら喋るなって。食べかす飛び過ぎ』
 僕の声にルアムは聞こえないふりをする。ばくばくもりもりごくごく遠慮無し。プディンが真似たらどうするんだよ。
「それにしても汚いのぅ」
 宝石はふわりと宙に浮かぶと、クッキーの食べかすを吹き飛ばしてエイドスさんの手の平に納まった。
「では、今度はワシが話をする番じゃな」
 エイドスさんが杖でテーブルの上に円を描くと、一枚の丸い鏡が現れる。緑のとても綺麗な細工の中心の鏡の中には、紫色っぽい髪の人間の男の子が映ってる。
 …って、僕の姿だ!
 鏡の中の僕も驚いた顔をした。
 光が頭の上から舞い降りて来たと思ったら、頬やら剥き出しの肌に冷たい水が降り掛かった。
「うわ! 冷たい!」
 冷たい…? 僕が自分の手を見遣ると、透けてない手の平が見える。手の平に残っていた乳白色の雫は、きらきらと光をまき散らして甘い香りでふわりと僕の鼻を撫でて消えてしまった。
 ふにっと二の腕を何かが掴むと、ルアムが顔をずいっと近づける。
「うぉ! 触れるし見えるぞ! どんなタネとシカケがあるんだ?」
「今使ったのは、遠い場所で採れる夢見の雫というものだ。大変貴重な品だ」
 エイドスさんが僕の顔をじっと見つめる。そして静かに目を閉じると、煙管を深く吸い込みゆっくりと吐き出した。
「エテーネの民の事は、不幸であり悲劇であり運命であったとしか言い様が無い」
 やっぱり、エイドスさんはエテーネ村の事を知ってるんだ。そう思うと、どんどん疑問が湧いて来る。
 どうしてエテーネの民は滅ぼされなくてはならなかったの? テンスの花を燃やして、村を燃やして何の得があるの? 冥王ネルゲルって名乗ったあいつは何者なの? シンイさんは、アバ様は、そして兄さんはどうなってしまったの? そして、僕はどうなってしまったの?
「今、多くを語り真実を告げても意味はない」
 僕の質問を察したのか、エイドスさんは拒むように言った。そして同情を滲ますように告げる。
「お前が肉体を離れ魂となって逃れここに居る事も、不幸とも悲劇とも運命とも言えよう。冥王は死を与える存在じゃ。魂が肉体を離れた事で納得はせぬ。魂の消滅、魂に死を与える事を諦める事はない」
 沈黙は訪れなかった。隣でガレットをバリバリと噛むルアムが、その場の空気も噛み砕いていた。
「ちょー大変だな」
「他人事ではないぞ、プクリポのルアムよ」
 エイドスさんは鋭い眼光で、ルアムととばっちりでプディンを戦かせる。
「何故、人間のルアムがお前の身体を借りて、窮地を脱する事が出来たと思う? そもそも何故人間のルアムが、プクリポのルアムの元に来たのか? 答えは、簡単。お前達が同じ名前であるからだ」
 エイドスさんは僕とルアムを交互に見た。
「魂は肉体に宿る。魂を肉体に繋ぎ止めるのは、与えられた名前の力だ。プクリポのルアムよ、お前も無関係ではいられんぞ」
「え! そうなの?」
 ルアムはぴょこんと椅子から飛び降りて、大袈裟に驚いてみせた。
「オイラはこれからレンダーシアの劇場で、超面白プクリポとなる為に世界に修行しに行くんだぜ? 『えてーね』とか知らねーし、『めーおー』なんてオイラにゃ全く関係ないじゃん」
「だが、ルアムという名を名乗る限り、お前も運命に巻き込まれる事だろう」
 プクリポの小さい頭から煙が出てる。そんなルアムに助け舟を出したのは、プディンだった。
「ボク、時々ルアムさんがルアムさんじゃないなぁって思ったけど、貴方がルアムさんに力を貸してくれてたんだね。助けてくれて、ありがとう!」
「別に大した事はしてないよ」
 良い子だなぁ、プディンは。僕は微笑んで心からそう返した。
「ルアムさんは凄く悩んでる感じだけど、絶対に貴方の事を助けてくれるよ。だって、困ってる人を放っておけないんだもん!」
「おい、プディン。何勝手に言ってるんだよ!」
 ルアムが小突いても、プクリポ達の笑顔は崩れない。笑みには純粋な期待と照れが混じっていて、見ているこっちが暖かくなる。
「予言をしよう」
 レモンティーを啜って僕達の会話を聞いていたエイドスさんが、厳かに告げた。
「ワシとお前達の運命は交差し、必ずや再会する事だろう。そして何れ、お前達は運命に捕まる。お前達が望むにしろ望まぬにしろ…」
 そしてエイドスさんは僕らが紅茶で身体が温まり、クッキーの甘さが身体に行き渡る間は多くを語らなかった。プクリポ達の他愛のない会話で間違った所だったり、足りない所があると訂正する感じだ。
 紅茶を髭に付けないよう啜る姿や、何か物思いにふけって帽子の下に埋もれている姿は極普通のお爺さんって感じだ。声も聞き慣れると、プクリポ達はエイドスさんを怖がらなくなっていた。
 ティータイムが終わると、すっかり椅子に根付いたルアムを引き剥がすのは一苦労だった。エイドスさんが小さいメラで、赤い尻尾を燃やしてしまわないといけないくらいだ。ルアムが大袈裟に駆け回るのが、あまりにも面白くて僕とプディンは腹を抱えて笑った。
「さぁ、行くが良い。汝等の旅に光あらんことを」
 エイドスさんの見送りで洞窟の中から外に出ると、既に日は傾きだしていた。
 沼を飛び交う蛍は一層明るく輝いて、水面にいくつも流れ星を写している。目指すべきピィピに宿の街道には、自警団のプクリポ達が街灯のランプに明かりを灯して行進している。彼等が陽気に歌うマーチに、フェアリードラゴンが眠気を妨げられたと不満顔だ。プクレット村へ向かうのか、郵便配達員の制服を着たプクリポが荷物を括り付けたクックルーに股がって擦れ違う。
 空は青空から赤に、紫から紺へ、そして星を散らした夜空に変わる。空を駆けていた太陽は沈んでい、月が僕らの頭上を照らしていた。
 そんないつもの世界、変わらぬ空を見上げながら、ルアムは頭の後ろに手を組んで呟いた。
「美味しかったなー。賢者エイドスのレモンティー。オイラ7杯もおかわりしちゃった」
「図々し過ぎるでしょ。エイドスさんは何も言わなかったけど、絶対失礼だったって…」
 全く。僕は溜息一つ。
 プディンはピィピの宿の明かりが見えたって、少し先を駆けて行っている。
「ルアムは真面目っていうか、しっかり者だな」
「君みたいに僕の兄が、しっかりしてなかったからね」
 僕がげんなりした様子で言うと、ルアムは大きな口を開けて笑った。
「大物か、すっげー迷惑掛けるかどっちかだな。でもね、オイラはどっちも同じだと思うんだ。迷惑掛けても笑って許してくれるなら、その人は受け入れられた大物なんだ。他人に迷惑掛けてでもやりたい事ってさ、一人じゃ絶対出来ないもん」
 プクリポの身体は軽い。ダンスでも踊ってるような軽やかなステップで、僕に身体を向けて来た。
「ほら、オイラは将来レンダーシアのスターになる、予定のプクリポだからさ。やっぱ『まねーじゃー』って奴がいると、すげー助かるんだよね」
「僕にマネージャーやって欲しいって事?」
 真っ赤な瞳が真ん丸くなって、尊敬の眼差しで僕を見上げた。
「話早えーなぁ。それもあるし、実際、ルアムの力ってオイラ凄く有り難かったんだ」
 まぁ、そうだろうなぁ…と頷くしかない。プクリポは楽観的過ぎて、無謀で絶対無理な事も大丈夫なんとかなっちゃうって感じなんだもん。見てらんないよ。
 ルアムは耳の裏を掻いていた手をズボンに擦り付けると、僕に手を差し出して来た。
「オイラとコンビ組んでさ、二人三脚でレンダーシア目指そうぜ。レンダーシアは人間の大陸だから、ルアムの故郷の事もきっと分かるぞ」
 へらりと笑うその顔が、全くどうして、テンレス兄さんそっくり。人間とプクリポは全然違うのに、雰囲気とかが似てるのかな。
 きっと、僕はこの誘いを断っても、心配でしょうがないんだろうなぁって思う。
 テンレス兄さん、ご飯とかちゃんと食べれてるだろうかとか、寒い所に飛ばされて風邪引いてないかとか、色んな人に迷惑掛けて教会で神父様に叱られてないかとか今も思うもん。僕より年上で子供じゃないし、僕が寝込んでたら時間が倍掛かっても出来る人だったから大丈夫だと思うけど…。
 プクリポのルアムも全部自分で、きっとできるんだ。身体は小さいけど、絶対年上だと思うんだよね。
 でも、僕の力があると助かる。そんな事、笑顔で言われて気分が悪い訳ないじゃん。ルアムは自分の為とか言ってるけど、きっと僕の事を彼自身の事以上に考えてるはずだ。
「うん、いいよ」
 僕が頷いてルアムは、ぱっと満面の笑みが広がって光ってるみたいだ。差し出された手が、無邪気に上下に振って残像まで見える。
「じゃあじゃあ、相棒。握手、握手! よろしくの握手!」
「はいはい、兄さん。宜しくお願いします」
 これから長い付き合いだと、同じ名前同士呼び難い。僕は彼が年上だと思って『兄さん』と呼ぶ事にした。
 僕の手が兄さんの手と触れそうになった時、僕の身体は透けて兄さんの手を素通りしてしまった。プクリポの小さい手は懸命に掴もうとするが、僕の身体はすっかり元通りになったみたいで全く触れられなくなってしまった。
 僕達は顔を見合わせると、どちらともなく笑い出した。『賢者ってサービス精神なさすぎー』とか兄さんが言うもんだから、余計笑っちゃうよ。そんな僕を見て兄さんも更に笑っちゃうんだ。もう、止めてってばー。
 プディンが兄さんを呼ぶまで、僕らは笑い続けた。