吹きぬけた風に想いを乗せて

 アズラン地方の北方に広がるモリナラ大森林。豊かな森の精霊達の大都市に入る事無く海へ向かうと、風泣き岬と呼ばれる断崖絶壁に行き当たるのです。こちらは海を渡って来た海風の精霊達と、大陸を巡って来た山風の精霊達が顔を合わす社交場みたいな場所と言えるでしょう。
 断崖絶壁に打ち付ける波は白く泡立って海から突き出た岩を縁取り、地平線まで見える海は陽光に煌めいて青々と広がっています。海風は強く押し寄せるばかりですが、ふと弱くなった時に包み込むように緑の香りを纏った陸からの風が岬を訪れますの。
 岬の先端にある一つの墓の前で、フウラがエルトナ水仙を供えています。エルトナ大陸において墓とは形ばかりです。アズラン地方は魂は風となり大気へと還ると、王都カミハルムイは森へ還るとして墓は作られる事はありません。残された人々は風に祈り、樹に敬意を表し亡き者達の冥福を祈るのです。しかし、この墓だけは少し違うようでした。
 墓に刻まれしカザユラという風乗り士の死を、未だに風が悼んでいます。新たな風乗りが表れない事によって風達は不満を募らせ、かつての自由と奔放さを懐かしんでいます。そして墓に祈るフウラに期待を寄せていて、彼女の回りを風が旋風のように回っているのです。
 エルトナには風の化身と言われるカムシカという動物が居ますが、彼等の気配も感じられます。エルトナでは彼等の行く手を阻む者は居ないというのに、カムシカ達は私の後ろで伺うようにこちらを見ていました。
 冷たい風に落ち着いた淡い黄緑と白に染め直した、まじない師のローブがバサバサと翻ります。私が思わずくしゃみをして、ずれた眼鏡を掛け直すと視線の先でフウラが笑っていました。幼い日に母親と見に行ったプクリポのサーカス団のマスコットの縫い包みを、大事そうに抱きしめた彼女に私は歩み寄りました。
「エンジュお姉様って、くしゃみするのね!」
「フウラ…私は普通のエルフですのよ? くしゃみもするし風邪だってひきますわ」
 私の答えにフウラは笑います。私より少しだけ年下ですけど、ご両親は童顔でらっしゃるのかフウラは幼く見えるくらいです。
「エンジュお姉様は完璧過ぎだもの。学びの庭創設以来最高の天才だし、お薬で人を助けられるし、村の人にすっごく頼りにされてたじゃない! エルフの古代呪文の研究の第一人者で、ドルワーム王国の王立研究所に招かれているって噂もあるわ! それで優しくて、美人で、器量が良くって…もう、欠点なんて見当たらないじゃない」
 なんだか顔を赤くして必死になっているフウラを見て、私ったら可笑しくて笑ってしまいますわ。
「フウラ、お母様のお墓参りは、もう宜しくて?」
 私の言葉にフウラは少し寂しそうに頷いたのです。胸に抱いた縫い包みをキツく抱きしめる。
 フウラのお母様…カザユラと名の刻まれた石碑に視線を向けて、フウラは小さく呟きました。風達が彼女の声を聞き逃すまいと静まり返り、風泣き岬は静寂に包まれたのでした。
「お姉様、あたしの話を聞いてくれる?」
 学びの庭では元気いっぱいのフウラとは思えない、寂しい表情。私は胸が締め付けられる思いで、彼女の表情を見ていましたの。だって、学びの庭でずっと一緒に学んで来たんですもの。孤児の私にとって、学びの庭の友人は兄妹と同じなのですわ。
「お母様はここで死んでしまったの」
 フウラのお母様の話は、フウラ自身からも人の噂や文献でも知る事が出来ました。
 名はカザユラ。風の町アズランを預かる領主タケトラの妻で、代々風の守り手としてカムシカ達とエルフの橋渡しを担う風乗りです。歴代でも稀な程にカムシカ達に慕われ、風に愛されていた女性であったと聞きます。フウラはとても優しい母だったと聞けば、その人となりは大方察する事が出来ましょう。フウラが幼い事にお亡くなりになったとの事で、少し残念な思いを抱いた事を覚えています。
 フウラの細い指が、すっと崖を指差しました。垂直に切り立つ崖の下には、崖に当たり泡立つ海が見えます。
「あそこに、幼いカムシカが取り残されてしまったの。崖を登る事も、降りる事も出来なくて恐くて震えていたわ。お母様はそのカムシカを助ける為に一人、あの崖を降りて行ったの」
 私はなんて無謀な事なんでしょう!、と言ってしまいそうな口を慌てて閉ざしました。だって、どんな身軽な旅芸人や盗賊であっても、あんな切り立った崖を降りて小さいカムシカを抱えて登るなんてとても出来ませんわ。
「カムシカは助かったけど、お母様は崖から落ちて死んでしまったの…」
 フウラを前に言う事は出来ませんが、もう少し違った結果に出来なかったのかしら? 一刻も早くカムシカを助けたかったのは察せても、命綱ひとつなく崖を降りるなんて無謀極まり無いですもの。最終的にフウラを悲しませる結果になったのです。例え風にどれだけ愛されていようと、母親としては失格じゃありませんこと?
 膨れた怒りは身体を熱くさせます。私は火照りだして寒さが遠退くのを感じながら、フウラに訊ねたのです。
「アズランを出て学びの庭にやって来たのは、風乗りになりたくなかったからなのですか?」
 私の問いにフウラは小さく頷きました。
 フウラもまた風の精霊の寵愛を受けた子供です。学びの庭には滅多に姿を見せなかったカムシカが、彼女がやって来た頃からぽつぽつと姿を見せるようになりました。カムシカは賢く警戒心も強い生き物です。風の精霊の力が強く大陸に行き渡っているならともかく、今は風乗りが不在のまま年月が経っています。風の加護の強いアズランから離れるなんて、有り得ないと驚きましょう。
 それだけ、フウラは期待されているのです。エルトナの大陸に、風に、そしてカムシカに…。
「でも、新しい風が吹かなくて淀んでいる…。アズランでは体調不良を訴える人が出て来たの」
 フウラの瞳は潤んでいました。エルフにとって森の息吹と、それを運ぶ風は水と等しい存在なのです。
 大好きな故郷の人々を救う事ができるのは、風乗りを継承するしかない。若葉の試練に合格出来なかったとしても、賢い彼女は分かっているのです。風乗りになる為には、彼女の母の命を奪ったカムシカと心を通わせなければならないのです。それは簡単に出来る事ではないはずです。
「あたし、出来るかどうかわからないの」
「では、ナイショで試してみましょう?」
 私はフウラの隣にしゃがみ込み、彼女の冷えきった手を取りました。フウラは驚いた顔で私を見ました。
「私が成功ばかりしていると思っていたら、大間違いですわ。初めての挑戦に失敗は付き物で、私は人に隠れてこっそり失敗しているだけなのよ。風乗りになる試練、お試しで挑戦してみませんこと?」
 そして、私は茶目っ気たっぷりにウインクしてみせた。
「私も風乗りになる試練、興味がありますわ」


 ■ □ ■ □


 私達は南の街道を下り、風の町アズランへ向かう道を曲がらず更に南下して行きました。緑豊かなアズラン地方の空気が、イナミノ地方に入る頃には水辺に浮かんだ睡蓮の香りを含みます。風の方向によっては、常春の都カミハルムイの桜の花弁が舞うのです。
 天気は快晴。風は心地よく、程よく温かくなった身体を愛撫しては去って行きます。水辺に渡された木の歩道の振動は気持ちを高揚させ、高い竹や葦の隙間にはフウラを心配しているカムシカ達の姿が見えました。
 やがてカミハルムイの領地へ続く関所に到着すると、小太りの男性が歩み寄ってきました。エヌカラと名乗った壮年の男性は、フウラを嬉々とした様子で迎えると関所の片隅へ案内したのです。
「風達が教えてくださいました。貴方のお母様が風の手綱を取りに来た日の事を、昨日の事のように思い出します。貴方は大変、お母様にそっくりでいらっしゃる」
 かつては巨大な樹が生えていたのだろう。巨大な切り株は綺麗に鉋掛けされて、美しい木目の上にエヌカラさんはお茶を興じてくださったのです。カミハルムイで特産品とされている、桜餅も程よい甘さと葉の塩加減が絶妙です。
 フウラはエヌカラさんの嬉しそうな様に気圧されて、無言でお茶を啜っていますわ。
「学びの庭へ御留学された時、御父上のタケトラ様はそれはもう心配されたものです。風乗りが奥様であるカザユラ様で途絶えてしまわないかと…。しかしカザユラ様も、今のフウラ様とそう変わらない年齢で風乗りとなられました。風の手綱の職人である私も、そしてカミハルムイ国王であるニコロイ陛下も何も心配しておりません。風は穏やかに吹き、来るべき時に貴方が来られたのですから…」
 機嫌良くお話しされて大変失礼ではありますけれど、私達はそれなりに急いでおりますのよ? 私はエヌカラさんの言葉が丁度良く途切れた瞬間に、さっと滑り込ますように発言しました。
「エヌカラさん、風の手綱は何処にございますの?」
 そういって見回すと、周囲には特に職人が用いる道具がないのです。糸車が一つと、絹糸らしきキラキラと光る糸が納まった箱が沢山あるばかりなのです
 エヌカラさんは待ってましたとにっこり笑みを浮かべると、漆が塗られ金の花の細工を施された小さな箱を取り出してみせました。
 恭しくフウラに差し出された箱を開けると、そこには5色の糸を複雑に編み込んだ手綱が入っています。編み方は複雑で、指すら通り抜ける程に滑らかであったり、うねり狂う竜巻のような様相を伺えるものもあります。それらは美しい彫刻が施された木の細工で繋ぎ止められています。
「私は自然に満ちた力を糸として紡ぎだす職人です。よく雨露の糸を作っていますね。その五色の糸はエルトナの地を巡る風を紡ぎだしています。緑はツスクルの世界樹に漂う穏やかな風、白はモリナラ大森林の荘厳なる空間を行く事を許された風、黒は暗黒大樹が聳える呪われた大地に吹き渡る風、黄色はエルトナ水仙の香りに満ちた人々の往来に寄り添う風、そして、赤が現在では大変希少な大木を焼く火炎が生み出せし破壊の風を紡ぎだしています」
 私はエヌカラさんの最後の言葉に身を硬くしました。
 手綱を食い入るように見るフウラと、硬直している私の様子を気にする事無くエヌカラさんは空を見上げました。日は昇りきってこれから傾こうとしています。
「これからスイの塔へ向かっては夜になってしまいます。今晩はこの関所で泊まると宜しいでしょう」

  宿屋の女将さんが用意してくださった甘酒を受け取っている、ほんの少しの間にフウラの悲鳴が轟きました。ほんの数分前には二人で湖の淵に立って星空を見上げていたんです。魔物の影や気配には気を配っていた分、油断してしまった事に驚きが隠せませんわ!
 私は急いでフウラの元に駆けつけました。
 フウラの周囲に影がいくつも群がっていて、私はとっさにメラミの炎を左手に掲げて威嚇した! 私の怒りに似た闘志に炎の精霊達が嬉々として集い、炎の中で暴れられる時を今か今かと待っています。
「その子から離れないと、丸焼きになりますわよ!」
 影達が怯えたように散って行きます。炎の光に見えたのは、なんとカムシカ達だったのです。
 慌てて逃げるカムシカに当たりフウラは転倒し、大事にしていた縫い包みが湖の中に落ちてしまわれました。私はカムシカ達が怯えた様子で闇の中に消え、その闇の中で伺うのを一睨みするとフウラに駆け寄りました。炎の精霊に謝ってメラミの炎を消すと、精霊達は渋々と光の粒となって去って行きました。
「フウラ、大丈夫ですの?」
 ぎゅっと縋り付くフウラを、私も安心させる為に抱きしめました。怪我もしていなくて安心しました。私、回復呪文って使えないんですもの。
「ごめんなさい、エンジュお姉様…。カムシカがお姉様が居なくなった途端に、集まって来たの。凄く恐かった…。ケキちゃんも、湖に落ちちゃった…」
 お母様との繋がり、彼女の心の支えとなっていた縫い包み。フウラはそれをケキちゃんと呼んでいましたの。震えるフウラの怯えを和らげようと、私はフウラの小さい背中を撫でました。
「きっと、貴方が風の手綱を手にしたから、カムシカ達はそれを貴方に付けて欲しかったのね。風乗りに手綱を付けてもらえる事は、すなわち、風乗りがその背に乗ってくれるという事。彼等にとってはとても栄誉な事でしょうね。風に愛されカムシカ達に慕われるフウラなら特に…」
「あたしは、カムシカが大嫌いなの!」
 フウラが突然叫んで、私は驚きました。叫びは風に反響し、彼女の言葉の悲痛さに風の精霊達が泣き、カムシカ達の悲しい声が響きます。
「カムシカさえ居なければ、私はずっとお母様と一緒だったの! もっと、もっとお母様と一緒にいたかった! それなのに、あたしから奪ってしまったのよ! それだけじゃない! あたしが何処かに行ってってどれだけ叫んでも、カムシカは居なくならない! 必ず何処かに居るの! あたしの傍にいようとする! あたしはカムシカを見る度に、お母様が死んだ事を思い出すの! 見るのも、嫌なのよ!」
 これだけ風に愛されたフウラです。フウラの激しい言葉が風の精霊に影響を与えて行きます。突風が吹き、木々を騒がせ湖畔を波立たせて行きます。
 しかも、彼女に一番近いのが私というのがいけませんわ。
 風が炎を呼んでいる。炎は私の一言を待っているのです。さぁ、風の寵児が願っている。応えなさいと、炎と風の精霊達が言うのです。
 だめです、フウラ。私は必死に口を閉ざし、勝手に私を媒介に燃えようとする炎の精霊を拒絶しながらフウラを抱きしめました。
 その時、強い緑の香りに私は顔を上げました。目の前にまだ幼さの残るエルフの少女が立っていたのです。肩で切りそろえた真っ直ぐな髪も、丸みの残る頬や細い手首もランガーオの初雪のように真っ白です。白い睫毛に縁取られた瞳は銀色です。
 来てくれたんですわ。
 私が見つめる前で、少女は風のように軽やかに湖へ駆出しました。湖畔に波紋を刻みながら歩き、必死に湖畔の底を覗き込みます。そして見つけたのでしょう。少女は顔を上げカムシカを呼んだのです。彼女の声無き声に応じた幼いカムシカが、ざぶんと派手な水音を立てて湖に潜りました。カムシカが潜って暫くして、口に白い物をくわえて水面から顔を出しました。白い物は、フウラの大事にしていた人形でした。
 小さい幼いカムシカは、全身から水を滴らせ私達の元に歩み寄ってきました。
「フウラ」
 私は呼びかけ、フウラに顔を上げさせました。フウラはずぶ濡れのカムシカを驚いた様子で見ていました。
「湖に落ちた縫い包みを、拾って来てくださったのよ」
 カムシカは少し離れた所に人形を置くと、身体が風に冷やされてしまうというのに下がろうとします。身体を振れば飛ばす事が出来る水を、カムシカはフウラを思ってそうせずに去ろうとするのです。
「ま、待ちなさいよ!勝手に余計な事して、そんなに濡れて…! 風邪引いたら、あんた達は死んじゃうでしょうが!」
 フウラは飛びつくように人形を拾い上げて、再び私の腕に縋り付くと震える声で続けた。
「お姉様は火炎の呪文が得意だったよね。お願い、暖かい風を作りたいの」
「よろしくてよ」
 彼女の恐怖を克服し、少しだけ棘があっても優しさをもってカムシカに向かい合っている。その優しさに風は和らいだのです。私はそっと炎の精霊に呼びかけると、風の精霊と炎の精霊達は手を取り合って踊りだし暖かい風となってカムシカを包み込んだのです。カムシカの濡れた毛皮は太陽を浴びたようにふかふかになり、瞼は気持ち良さそうに重く瞳を細めていました。
 なんて素敵な光景なのかしら。
 真っ白い子も嬉しそうに眺めていて、瞬き一つした後は跡形も無く消えていました。

 風乗りの試練は風の手綱と風の衣を、継承者が取りに行く事であるようです。手綱は職人であるエヌカラさんが用意してくださいましたが、何故か衣はスイの塔に安置されているとの事でした。保存状態とか何か理由があるのかしら? 興味深い事ですわね。
 スイの塔はスイゼン湿原の真ん中に立つ、古くから存在する建築物ですの。湿原の湿気に普通の木造の建築物を建てるなら、十年は経たずに朽ち果てる所です。しかし、エルトナの伝統的な手法で建築された塔は、霧深き湿原の空気にも、数百年前の破滅の太陽が空を駆けた時代も変わらず立ち続けているのです。
 不思議な魔力に満ちた塔の中は巨大な吹き抜けが、地上階から最上階の一つ下の階まで貫いています。吹き抜けを橋が渡していて、螺旋階段が上へ上へと導いています。木造の彫刻は素晴らしく、まるで壁に種を植えてそのまま育てたような大木や草花もあれば、鎧兜に身を包んだエルフの武人や、得の高き僧侶の彫刻もあります。それらに着色された装飾も圧巻で、年月を感じさせない鮮やかさと生き生きとした美しさを供えているのです。落ち着いたエルトナの建物でありながら、内部な曼荼羅のような極彩色できらびやかな空間であったのです。
 入って暫くして、私はここが風乗りの試練の場に選ばれているか分かったのです。塔の内側は無風であったのです。風の精霊を拒絶する術式が、塔に組み込まれています。
「カムシカはスイの塔の内部には、入れないのですね」
 外が伺い知れる窓を覗くと、カムシカがこちらを心配そうに見ているのです。
 縫い包みが湖に落ちてから、若い恐れや警戒心の弱いカムシカ達は私が居ても近づいてきました。フウラはカムシカにキツい言葉を向ける事はありましたが、私が焚火でカムシカ煎餅と同じ材料の焼き菓子を作って分け与えると自分もやりたいと身を乗り出しました。
 賑やかになった道中も、カムシカ達が居ないだけで随分と寂しいものになってしまいますのね。
 緊張もあってか黙々と進んだ私達は、ついに最上階に辿り着いたのです。
「この奥に、風乗りの衣があるんだわ…」
 フウラは深呼吸を一つすると、意を決して扉を開け放ちました。
 扉の先には、ファンシーできらびやかな世界があって、黄色睫毛ぱっちりの縫い包みみたいなドラゴンが驚いた様子で私達を見ていました! メイクをばっちりと決め、可愛らしい苺のポシェットをお腹の丸みでぽよんぽよんよ弾ませながら、ドラゴンっぽい何かは私達に凄みを利かせて言いました。
「なんやねん! うちのスウィート マイ ルームに何の用やねん!」
「ごめんあそばせ。間違いだったようですわ」
 私はばたんと扉を閉めたのでした。
 私は閉じた扉の前で大きく息を吐きだすと、フウラの顔を見て笑ってしまいましたの。はしたない事ではありますけれど、これが笑わずにいられますの?
「まぁまぁ、私ったら方向音痴にも程がありますのね。まさか、塔を間違えてしまうだなんて!」
 フウラは縫い包みを抱きしめながら、私が閉めた扉を見上げたのです。
「エンジュお姉様、見渡す限りここにしか塔なんて無かったよ」
「フウラったら、まるでオルフェアのサーカス団のピエロのような、痛快なボケをいつの間に取得されたんですこと? 霧で見えなかった可能性があるじゃありませんの? 格調高き歴史ある風乗りの衣が納められた空間が、あんなファンシーポップな空間である訳がございませんじゃない!」
 思い出すだけで場違いにも程がありますわ。
 淡いピンクと白の水玉の壁紙、改造されて星の形に嵌め変えられた窓枠。ハートの柄が散りばめられた絨毯の上には、これまたハートの形のダイニングテーブルと椅子一式が揃っているのですよ。載っていたケーキはショートケーキだったかしら? 他にも見える限りに目に付いた何もかもに『可愛い』要素は見受けられても、風乗りに相応しい『神聖さ』の雰囲気は欠片もございませんでしたわ。
「で…でも、間違えたらカムシカ達は、きっと教えてくれるわ」
「驚きですわ、フウラ。あんなに嫌っていたカムシカを、今ではすっかり信頼しておりますのね!」
「そ、そんなこと…!」
 真横から突風が突き抜けた。扉が勢い良く開け放たれた直後に、ドラゴンっぽい怪獣の金切り声が響きました! 正直言って、鼓膜にザオリクが必要ですわ!
「このプスゴン様のスウィート マイ ルームの前で、ごちゃごちゃ うるさいわ ぼけ!」
「まぁ、人様に向かってボケとは何ですの! ツッコミ待ちなら、応じてあげて宜しくてよ!」
 会心の魔導師の杖フルスイングのツッコミで、部屋の真ん中まで吹っ飛ばし遊ばした住人はぐらぐらと頭を揺らす。そして定まらない視線が私達をぼんやりと見つめると、はっと表情に驚きが走ったようでした。その様は、まるでデインを受けたような電流走るような反応ですわ。
「おぉぉおお…」
 巨体の割に小さい足をゆっくりと前に運び、プスゴンという名前らしい住人はよろよろとフウラの前で足を止めた。
「その愛らしい大きな瞳! 色白の頬に花のように色付いたピンク! うちに抱きしめられる為のジャストサイズ! あんたが、あんたがうちのスウィートハニーなんや! うちは運命を感じたんや! さぁ、ハニー! うちの腕に飛び込むんや! 遠慮はいらへん!」
 え?
 私もフウラも頭の中真っ白ですわ。
 フウラなんて告白にも等しい言葉をいきなり浴びせられて、戸惑いを隠せない様子ですもの。
「あ、あたし…その…なんていうか…」
 たじたじのフウラに、プスゴンさんは身体の割に細い腕を突き出した!
 彼が手にしたのは、フウラが大事にしている縫い包みですわ! ケキちゃんとフウラが呼ぶ縫い包みを、フウラとプスゴンさんが取り合う形になりましたの。
「なんや! このちんちくりん娘! うちのスウィートハニーから手を離すんや!」
「まぁ、会心のボケでいらっしゃる事! 超ウケますわ!」
 プスゴンさんの口に魔導師の杖の先端を突っ込むと、私は容赦無くメラミを放ちましたの! 豪快に吹き飛び遊ばしたプスゴンさんのボケの面白さに応えるには、こうするくらいが丁度良いとはおもいませんこと?
 もう、本当に面白くてお腹が苦しくてよ!
「あんさんは、人の恋路を邪魔する気かぁ!?」
 プスゴンさんはポヨンと跳ねた弾力の勢いを利用して、軽やかに立ち上がりました。なんだか、ボケた事にツッコミを入れた割にはお怒りのご様子ですこと…。
 エルフじゃないようですしドラゴンの親戚っぽい体つきでありましたので、メラミごときでは揺るぎませんのね。険悪な雰囲気であるなら、それなりの戦闘は覚悟しなくてはなりませんわね。
「マイスウィートハニー、待っててや! 今、性根の腐った女共の手から、うちが解放したるわ!」
 プスゴンさんが家具を壁際に押しやり、絨毯を丸め、カーテンをまとめ始めました。
 あらあら、本当に戦うおつもりなのですね。
 私は魔力を一時的に飛躍的に増強させる魔法陣を敷きます。この魔法陣に組み込まれた術式は、この陣に立ち時間の許す限り力を与えてくださるのです。あまりに強力過ぎて、下手な魔法使いだと呪文を暴走させてしまいますのよ。
 私はにっこり笑ってフウラを手招きしました。
「出来る限り私に寄り添ってくださいな。できれば、ローブの中に入り込んでくれるくらいが良いですわ」
 フウラがこれから起きる事に不安を抱いているようでしたが、私の言葉に素直に従って下さいました。彼女が私の足下に縋り付いた頃合いに、プスゴンさんのお片づけが終わったようですわ。
 ちょっと移動が大変だったんですね。息を切らしたプスゴンさんは雄叫びを上げて言ったのです。
「この雌狐共、覚悟しいや!」
「本当にその程度でよろしくて?」
 私が首を傾げて訊ねるので、プスゴンさんは出端を挫かれ間の抜けた声を出したのです。私は壁際に押しやられたプスゴンさんの家具を指差しました。
「正直申し上げますと、私の本気はこの部屋全体に影響しましてよ。メラゾーマの火球は防火加工を施された何もかもを焼き付くし、鋼も雨細工と成り果てますの。イオナズンでこの階の物は全部外に放り出されましてよ? 私、火炎の呪文に秀でていますけれど、その度合いは僭越ながらエルフ最強と自負しておりますわ」
 エルフは樹と風の加護を受けて生まれ落ちるもの。それ故に、加護を受けた属性や水や大地の呪文は得意でも、木々を脅かす火炎や破壊の力とは相性が悪いのです。エルフはメラ系やイオ系の呪文が苦手と言って間違いありませんの。
 しかし、私は違います。私は訳あって火の精霊の加護を受けている。火の民オーガに劣らない、火炎と破壊の呪文の威力を誇りますのよ。
「さぁ、どうなさいますの? 有象無象の区別無く、私に従う精霊は手加減はしません事よ? 敵も味方も仲間も守る対象も、私の呪文は全てを破壊し粉砕しますわ」
 それ故に、私は森や風から疎まれている。憎まれていると言って過言ではないのです。
 少し唇を噛んで劣等感を噛み殺すと、私は目の前のプスゴンさんに向かい合ったのです。プスゴンさんはぎりぎりと牙の並んだ唇を噛み締めると、叫んだのです。
「上等や! うちのスウィートハニーへの愛が、本物ってこと思い知らせたる!」
 どすどすと床板を揺るがし、巨体が迫る。私も迎え撃つ為に呪文の準備をします。久々のメラゾーマの力に、エルトナでは肩身の狭い炎の精霊達が狂喜乱舞して集まってきます。
「やめて!」
 フウラの声が響いた瞬間、私とプスゴンさんの間に白い物が飛び込んだのです。
 それはフウラの大事にしていたケキちゃん。プスギンさんの胸にフウラが投げ入れたのです。
「お姉様を痛い目に遭わせようとしないで! 欲しいならあげるわ! それで満足でしょう!」
 プスゴンさんは聞いていませんでしたわ。
 縫い包みと見つめ合い、まるでキラキラと輝く二人だけの世界に入り込んでしまったかのようでしたの。何を言っても、触っても、きっと帰ってきませんわ。
「フウラ」
 私は魔法陣を解除し、フウラの肩に手を起きました。
「この隙に風乗りの衣があるか、探させてもらいましょう」

 あぁ、フウラの晴れ姿を一番に見る事が出来るなんて幸せですわ!
「これで完璧ですわ」
 私はにこにこと笑みが溢れるままに、フウラの髪留めのリボンの角度を仕上げとばかりに確認したのです。
 私達はプスゴンさんの部屋に一つだけ置かれた場違いな葛に仕舞われた、見事な衣を見つけたのです。その頃にはようやくプスゴンさんはお戻りになられていて、フウラの大事なケキちゃん改めプスゴンさんのスウィートハニーを抱きしめながら思い出したように言ったのです。この部屋を自由にしていい代わりに、それを取りに来る奴を妨害しろと言われたそうです。ですけど、もう、そんな事は関係ないそうです。これからハネムーンに出掛けると、プスゴンさんは満月に向かって飛び立ってしまわれたのですわ。
 フウラが纏っている服は、やや古風なエルトナの民族装束。それぞれの家で娘にだけ引き継がれると言う織物の文様は千差万別と申しますが、フウラの衣は風にも森にも青空にも角度によっては不死鳥が舞うようにも見える不思議な織物でした。その一目見ただけでは淡い織物も、帯びの色のセンスにびしっと決まるのは素晴らしいですわ。成長したフウラの髪の色だけではなく髪型も計算に入っているような仕上がりですことよ。カザユラ様の先見の明は太陽の如しですわね。
 プスゴンさん宅に残された鏡の前に立たせてみせると、フウラは頬を赤く染めて自分の姿に魅入っているようでしたわ。
「こ…これ、あたし?」
「そうですわよ、フウラ。とても綺麗ですわよ」
 そして、エヌカラさんから預かった風の手綱の入った箱を、フウラの前に差し出し蓋を開ける。
「さぁ、風乗り様。カムシカに付けておあげなさいな」
 茶化すように言ってみせて、窓の外を指し示しますの。窓の外ちょっとしたバルコニーになっている場所には、沢山のカムシカ達が覗いているんですのよ。うら若き乙女の着付けの最中にはもう群がっていたものですから、カムシカでなければイオラで追い払っていましたわ。
 フウラは手綱を手に、裾を踏まないよう細心の注意を払いながらカムシカ達の所へ向かいました。彼女は頭を垂れ歓迎の意を示すカムシカ達のうち、一匹の額を撫でたのです。フウラが手綱を付けるのに手間取るものなので、大人のカムシカが綱を引っ張ったり大変ですこと。そうして装着し終えると、フウラは軽やかにカムシカの上に股がりましたの。
 私は両手を合わせて、沸き上がる感動に高揚しながら見ていましたの。
 だって、風乗りといえばエルトナの民の尊敬が具現化した存在ですもの…!
「あぁ、フウラ! なんて立派な風乗りなんでしょう!」
「エ、エンジュお姉様…なんか、恥ずかしいよ」
 恥ずかしそうに明後日の方向を向いたフウラに、私は笑って語りかけましたの。
「さぁ、アズランへ急いでお戻りなさい。貴方がかの地で名乗りを上げる事を、風達も木々もカムシカもエルトナの全ての民が待ち望んでいるわ」
 フウラは驚いたように私を見たのです。
「お姉様は…?」
「私は一緒に行けないわ。私が貴方の付き添いが出来るのは、ここまでなのよ」
「どうして! どうしてなの、お姉様! 一緒にここまで手伝ってくれたのに…!」
 フウラがカムシカから降りて、私に駆け寄って手を掴んだのです。今にも泣きそうな表情を見下ろして、私はフウラに言ったのです。
「私は生まれながらに炎の精霊の加護があるわ。風に炎が乗る事を、エルトナの全ての民は恐れているのです。本当はアズランから早く大地の箱船で他の大陸に行きたかったんですけどね、なんだか、貴方が心配になってしまったのよ。でも、もうフウラは大丈夫です。貴方は立派に風乗りの勤めを果たす事が出来ますわ」
 フウラがぱくぱくと口を動かして見上げるばかりです。
 突然過ぎますものね。でも…私の居場所はきっとエルトナには無いんです。生きているだけで木々に憎まれ、風に疎まれるんですもの。
「さようなら、フウラ。お元気でね」
 寂しいけれどそう言わなくてはならないの。私はフウラを励ましたくて、ちょっと無理して微笑みました。
 開け放たれた窓から吹き込む事が無かった風が、いきなり吹き込んで来たのです。風は強くなり、精霊達もざわめきだしています。炎の精霊達も戸惑う様子が私の気持ちを代弁してくれました。何が起ころうとしているの…?
「フ…フウラ?」
 手を振りほどこうとしても、フウラに手首を掴まれて身動きが取れませんの。風が炎に干渉を試みているのが分かります。
 ど、どうしましょう! フウラは何をしようとしているの!?
「カムシカ!来て!」
 フウラの声と共に、紅蓮の風が塔の内部を吹き荒れたのです! 風を樹は遮断する。故に、カムシカはスイの塔の内部に入る事は出来なかったのです。しかし、炎は樹を呑み込み貫く存在。フウラは私を媒介にして風と炎の精霊の力を合わせて、カムシカを退ける樹木の術式を退けたのです!
 なんて、才能なのかしら! これが精霊に愛された存在の本当の力なのね…!
 でも、驚いてなんかいられませんわ!
「フウラ! 手を、手を離しなさい!」
 このまま、エルトナの精霊達に目を付けられては困りますわよ! 悪い事をした訳じゃありませんけど、私だって意味なく嫌われたくなんてありませんもの…! ちょっと、ちょっとだけ炎の精霊に問いかけただけで、木々も風も怯える事に私がどれだけ苦しんだと思って…!
 何かが私のお腹に触れたと思ったら、そのまま風に巻き上げられるかのように身体が浮いてしまったの!頬を撫でるのは太陽の香りを含んだ、柔らかい毛並み。炎の精霊の残滓が感じ取れて、私を乗せているそれがフウラの縫い包みを拾い上げた若いカムシカだと分かったのです。両手も自由になっていて、それで毛皮を押して顔を上げると…!
 私は恥じらいもかなぐり捨てて、久々に悲鳴を上げてしまったの!
 だって、空を飛んでいるんですのよ!
 スイの塔はもう手の平に隠れる程に小さくなってしまわれて、今ではエルトナ大陸全体とそれを包み込む大海原が眼下に広がっていますの。光の河が地平線の彼方から大陸を縦断し、大地の箱船は朝日を浴びて流れ星のように瞬いておりますの。木々も緑の絨毯のようで、夜と昼の境を飛ぶ私達の存在何て気にしていないようですわ。
「あたしはお姉様の事、本当はよく知らなかったんだね。でもお姉様は、知識を他人を救う為に使いたいって思ってる優しい人よ。そんな人の事を知らないで、ただ力が強いからとか外見や印象だけで判断するのって間違ってると思う」
 フウラの凛とした声が頭上から響きました。カムシカの背に腹這いになっている私の横でフウラは手綱を握り、前を見ていたのです。
「あたしがそうだった。お母様が死んだ事ばかりで、カムシカ達の心を感じようとしなかった」
 フウラはいつも人形を抱いていた腕を見下ろした。
「でも、あたしはもう、お母様の縫い包みが無くても大丈夫。あたし、ちゃんとカムシカ達の事分かったから。だから、お姉様もいつか大丈夫になる日が来るよ…!」
 その言葉をかみしめながら、私達の目の前にアズランの町並みが迫ってきました。新しい日の光に葉が輝き、人々の笑顔を照らし出しています。その中に、一際輝く初老の男性がおりましたの。カムシカはその男性の前に降り立つと、頭を垂れるように敬意を払いました。
 私もようやく大地に足をつけて、男性を見上げて驚きました。
「ニコロイ陛下…」
 真っ白な装束に、一本刀を帯びたシンプルな装い。しかしその装束は複雑な銀糸の刺繍が施され、刀は『斬夜の太刀』という名刀であると知れます。白髪の初老の男性は穏やかに微笑みながら、私とフウラを見ました。
 彼こそがエルトナ大陸の聖地の守護者の一族の長である、カミハルムイ城の王 ニコロイ陛下なのです。この方が治癒を施した樹木は、今しがた芽吹いた若木を除いた全てと言わしめる程。その功績を樹の精霊に認められ、信頼と加護を授けられた稀なるエルフであるのです。
「この広き世界で、こうも多くの精霊の加護を受けた同族が集う事があろうとは…。縁とは数奇なる巡り合わせだな」
 ニコロイ陛下は気さくな笑みを浮かべると、フウラを先ずは見上げました。
「新たなる風乗りよ、エルトナの木々達がお主の名乗りを待ち望んでいる。さぁ、私の手に触れてご覧なさい」
 ニコロイ陛下から溢れんばかりの樹の精霊の気配がします。陛下を取り囲み幾重幾重と広がるそこは、まるで大森林の最深部に居るようでした。フウラが手を取ると、風が深き森に入り闇を払い澱みを取り除き木々を笑わせるのを感じるのです。私はエルトナ大陸の未来が明るく輝くのを見ました。
 フウラは見えたものの素晴らしさに呆然としましたが、カムシカが身じろいだのにはっと手綱を握り直しました。
「足止めさせてすまなかった。さぁ、お行きなさい。私も後で領主である御父上と新しき風乗りの元に参ろうぞ」
 フウラは私とニコロイ陛下をそれぞれ見遣る。不安そうな彼女に、私は一つ頷いてみせましたの。彼女はもう、縫い包みが無いと駄目な泣き虫さんじゃありませんもの。
 フウラは手綱を引いて一陣の風になって、カムシカと共にアズランの町並みへ消えて行きました。それを見送りながら、ニコロイ陛下は呟きました。
「炎が樹を恐れるかね」
 見上げるとニコロイ陛下は、ふっと笑って私を見ていました。
「太陽は強き炎と破壊の力に属する。太陽の恩恵を受けぬ者がこの世界に存在するかね? 若き炎の精霊に愛されし者よ、恐れる事は無い。樹も風もそして炎も、互いの恐怖を克服し手を取り合う日が来よう」
 その言葉に私は笑いましたの。
「フウラにも同じ事を言われましたわ」
 ニコロイ陛下はそうかと、微笑みました。骨が浮き出た剣士の手を、あの真っ白い子が触れましたわ。陛下と手を繋ぎながら、陛下を私を町の人やカムシカや風や樹や日差し、目に入る何もかもをキラキラした眼差しで見ていました。陛下は白い子が手を繋いでいる事は、どうやら分からないようです。
 ニコロイ陛下は不思議そうな表情を浮かべたのです。
「どうされましたの?」
「…とても良い事が起きそうな気がしてな」
 そう言って、フウラが名乗りを上げたのでしょう。新しい風が喜んで舞うのを感じました。木々は枝を振ってさやさやと木の葉を鳴らし、鳥達は翼を広げ踊るように舞い踊るのです。エルフの羽を羽ばたかせ、人々は新しい風乗りの誕生を精霊や動物達に代わって高らかに祝福したのですわ。
「起きますわ。良い事しか起きる予定がございませんもの」
 私はそう応えて、陛下を白い子をそして周囲を見回したのです。
 目に入る風も樹も、なんだかとても愛おしく見えました。