望みを叶える力を最初から持っていたのに - 前編 -

 魔瘴の霧が吹き出し、寒々しい風が吹き渡る荒野に兄さんの悲鳴が響き渡った。
 その悲鳴はドラゴンゾンビの声無き咆哮や、魔界獣の腹の底が冷えるような遠吠えに勝るとも劣らない。血の暖かい生者を目の敵にする魔物達も、この時ばかりは首を竦めて身を隠した。
「ガノのじっちゃん! オイラ、死んじゃう! マジで死んじゃう!」
 縞模様は飽きたって、ピンクと黒の水玉模様に染め直した修錬着を着込んだ兄さんはガノさんにしがみついた。ぶるぶると震えるパイナップルの葉っぱの髪の毛を、ガノさんはもふもふと触った。
「うむうむ。我が輩もこれ程の危機に直面したのは、実に久しぶりじゃ」
 ガノさんはそのもじゃもじゃに生えた髭を朗らかに揺らしながら、真面目に考えてるのか疑わしく兄さんの泣き言を受け止めていた。ガノさんは髭も眉も髪も真っ白で、ドワーフというより犬っぽい感じだ。タイフーンレザーセットにくたびれた砂色のコートを羽織って、鞭を束ねハンマーを背負ったガノさんはニヤニヤと口髭の下で笑った。
「あのお嬢さんは、我が輩達の目的を分かっておるようじゃな。樹と風の国エルトナで、炎の精霊は無敵って程に強力じゃからなぁ。厄介じゃのぅ」
 僕が兄さんの代わりに、物陰から頭を出した。炎がもの凄い勢いで通り抜けて行く。僕は幽霊っぽい感じだから平気だけど、兄さんだったらメラが顔に直撃してたな。
 そこには薄暗い空の下で尚、黒い影を落とす暗黒大樹が聳えている。その漆黒で枯れ果て一枚の葉すら残っていない木の影の根元に、篝火のように輝く人影が一つ。黄緑のふんわりとしたボブショートに、眼鏡をきらりと輝かすエルフの女の子だ。まじない師のローブや魔導師の杖が物語る通り、彼女は魔法使いで炎の呪文が大の得意だった。
 彼女は高らかに言い放つ。
「さぁさ、猫耳のプクちゃんも犬っぽいドワーフさんも、尻尾を巻いて帰りなさいな! さもないと仲良く黒こげですわよ!」
 その自信にあふれた声に、兄さんが震え上がった。
「ねーちゃんの言葉、冗談じゃないって! じっちゃん、ニコロイのじーちゃんのお願い諦めよーよ!」
 僕らがエルトナの主都カミハルムイに辿り着いた時、それはもう蜂の巣を突いたような大騒ぎだった。なんでも、カミハルムイの王様であるニコロイ様が行方不明になってしまったんだって。ニコロイ様はここ数ヶ月、捨てられた城と呼ばれる廃墟に出入りし、暗黒大樹の研究にも精を出していたんだって。家臣達の言葉も耳に入らず、ニコロイ様は何者かに取り憑かれたようだったと言うエルフもいた。
 そんな噂話を聞いていた僕達に、声を掛けてきたのがガノさんだった。
 昔から冒険者として世界中を渡り歩いていたガノさんは、ニコロイ陛下から暗黒大樹の葉を手にいれて欲しいと依頼されていたんだって。呪われし大地に立ち入る勇敢なエルフを探すより、呪いや曰くを恐れない他種族の協力者を捜していたんだってさ。
 ガノさんは言ったんだ。
 ニコロイが行方不明になった原因が、もしかしたら分かるかも知れんぞ?
 兄さんも僕も二つ返事で頷いた。困っている人がいたら、黙ってられないのだけは同じだからね。
 ガノさんと共にキュウスケさんという恰幅の良いエルフの学者さんも一緒だったけれど、彼とは呪われし大地の監視者の集落で別れた。呪われし大地はそれはもう恐ろしい場所だ。魔瘴が至る所で吹き出して毒の沼を泡立たせ、侵蝕されて真っ黒になった大地には草木が殆ど生えていない。遠くからも大きかった暗黒大樹と呼ばれる呪われし大地に聳える巨木は、根ですら橋と変わらぬ程に大きい。まだまだ先にある筈なのに、もう見上げる程に大きかった。
 そんな危険な道程を進んでいた僕達の前に、エルフの女の子が立ちはだかったんだ。こんな所に一人で来るなんて、勇敢っていうか無謀だよ。
「可愛らしい、お嬢さん。もしかしてエンジュって名前じゃないかい?」
 岩陰から声を響かせ、ガノさんが女の子に問いかける。口元に上品に手を当てたエルフの女の子が、ころころと年相応に笑った。
「あら、よくご存知で」
 エンジュという名の女の子は、微笑みを崩さずメラミの火球を掲げたのだった。
 ちりちりと火炎の魔力で熱を帯びる空気に、兄さんはガノさんの腰にしがみついて震える。ガノさんはドワーフ特有の大きな耳を、太い岩のような手で掻いた。
「エルトナに千年に一人ってレベルの、火の精霊の加護を持つ子供が生まれたって小耳に挟んでのぉ。アストルティアに一万人は居るエルフの友人でも、君程に火炎の呪文に秀でた者は知らんでな。もしかしたら…って思ったんじゃよ。正解じゃったな。流石、我が輩の推理力は世界一じゃ」
 カッカッカ! ガノさんが健康的な白い歯を見せて笑った。
 エンジュさんも口元から手を外さず、上品に微笑んでいた。彼女の掲げるメラミの事は、二人共無いかのように振る舞っている。
「そのような素晴らしき推理力の持ち主が、暗黒大樹の葉を持ち帰ろうとなさるのはどうしてですの?」
 エルフの女性は地面に触れた。まるで毒の沼が砂になったようで、土には強い魔瘴の力が宿っているのに。
「このような魔瘴に冒された大地に根を張った大樹には、強力な呪いの力があるとは想像付きません事? 大地から魔瘴の力を吸い上げ、葉に凝縮される。ニコロイ陛下が、暗黒大樹の葉を望まれるなんて怪しいじゃありませんか。貴方の行動一つでエルトナが傾きかねませんわ」
「流石、学びの庭を歴代最高の成績で卒業された才女じゃ。だが、まだまだ経験が足らんのぅ」
 ガノさんは不敵に笑う。
「我が輩の目から見ればドルワームの学者共も、卓上の論議ばかりの童話作家と変わらんわい。他者を傷つける覚悟で我が輩達の前に立ちはだかっている意味では、お嬢さんは彼等よりかは賢かろう。ここは、力づくでも通させてもらうとしよう」
 エンジュさんが口元の手を退けて、妖艶に微笑んだ。
「私の推測の範囲は全て把握した上で、先に進まれるという事ですのね。私には未だ掴めぬ何かを知っておられると…悔しいですわね。お逃げになる前に、是非とも語って頂きますわ」
 ガノさんの足下で震える兄さんの尻尾を僕は引っ張った。
『兄さん、どうする?』
 涙目のプクリポが顔を上げた。口元が情けないへの字だけど、目は一生懸命勇気を出そうって頑張って尖ってる。
「じっちゃんを信じるに決まってるだろ。オイラ馬鹿だけど、何もしないのが一番駄目だってわかってるもん」
 僕も頷くと、差し出された兄さんの手をとった。
 ふわりと一瞬身体が浮き上がった感覚があった後、足の裏にずしりと重みが加わる感覚を感じた。目を開けて手の平を見ようとすれば。プクリポらしい福与かな柔らかい手が顔の前に来た。そのまま腰に固定した魔除けの爪を腕に固定すると、僕はガノさんの後ろに歩み寄った。
「ガノさん。僕はどうしましょう?」
「そりゃあもう、手伝ってもらった方が嬉しいのぅ」
 もじゃもじゃの眉毛を持ち上げて、ガノさんは大きく頷いた。
 このドワーフのお爺さんの凄い所は、兄さんの身体を僕がいきなり借りて動いた時も全く動じない事だ。ガノさん曰く、古代遺跡の発掘や調査で沢山の不思議を経験したから僕の存在なんて普通なんだそうだ。瞳の色が変わるらしいから、それで皆は僕が動いてるって分かるらしい。
「なにせ、あのお嬢さんは嫁入り前じゃ。傷ものにした日には、我が輩が責任を取ってやらねばならんからなぁ。むふふ。若い嫁が来るのであれば、我が輩は大歓迎じゃぞ。ほれ見よ。スレンダーながらに形の良い尻ではないか」
「誰がお爺さんのお嫁さんになるものですか!」
 かっ飛んで来たメラミが隠れている岩の上の方を崩す。崩れて来た瓦礫を、ガノさんは笑いながらハンマーを振って払いのけた。
 僕はちょこんと岩から顔を出す。
 顔を真っ赤にしているエンジュさんだが、彼女の熱気に地面も灼熱している。ちょっと裾を引っ張ってお尻のあたりを隠しているのが、僕も可愛らしいと思うんだ。それなのに兄さんは『あんな恐いの嫁にするのかー。じっちゃんは度胸あんなぁー』と感心している。笑いそうになるのを必死で僕は堪えた。きっと、笑ったら僕の方にメラミが飛んで来ちゃうよ。
 僕がじっと見ていたからか、エンジュさんはかんかんになって言い放った。
「もぅ! 見せ物じゃなくってよ!」
 彼女は地面に輝く魔法陣を描くと、怒りを滲ませて言った。
「手加減なんて致しません事よ! 私のイオナズンで、光の河まで吹き飛ばして差し上げますわ!」
 その宣言に兄さんが『ルーラストーンいらねーな』と緊張感をぶちこわして言うのだった。
「ではでは、お嬢さん。参るぞ…!」
 ガノさんが岩から飛び出すと、エンジュさんが間髪入れずにメラミを放つ! ガノさんが真っ正面からメラミを向かい討ち、巨大な火球をハンマーで叩き潰した!
 僕はガノさんとは別の方角から、エンジュさんに近づいた。ちりちりと赤い毛が熱に音を立てる中、エンジュさんの魔導師の杖の先端が流暢な指揮棒のように振る。その軌跡に残像のように火の玉が浮かぶと、エンジュさんは戦いの場には全く似つかわしくない上品な笑みを浮かべた。
 エンジュさんがまるでハタキで埃を払うかのように軽く火の玉に触れると、それは石つぶてのように弾かれて飛んで来る!
「えぇ!』
 僕も兄さんも吃驚!
 慌てて回避しても、着地の先に先回りするように火の玉を飛ばして来る。避けられないものはウイングブロウで切り払い、まるでダンスのステップでも踏まされているようで全然近づけない。エンジュさんが僕に向かい合っている間に、ガノさんは呪文を一つ完成させていた。
 黒い大地に走るのは、大地の呪文シバリカだ。呪文が暴走する程に力を高めると言う魔法陣に重なるように展開したシバリカに、エンジュさんは眼鏡の奥で目を丸くした。慌ててメラミの呪文をガノさんに向けて放とうとする。
 ガノさんはハンマーを振り上げ、一気に跳躍する。
 エンジュさんの放ったメラミを押しつぶし、大地に刻まれた呪文の発動と同時にボルカノハンマーが地面にめり込んだ。立っていられないランドインパクトの強い震動と、シバリカの力が合わさって僕達が戦っている一帯の地面が崩れる! 鏡を割ったようにひび割れ突き立つ大地から、息苦しさすら感じる濃い魔瘴を含んだ砂埃が巻き上がる。
 悲鳴を上げて尻餅をつき、呪文どころじゃないエンジュさんは自分の事を守る事で精一杯みたい。プクリポの軽い身体は、まるでボールのように彼女の真横に降り立つ事が出来た。僕は彼女が地割れに飲み込まれないよう支えると、彼女の腰のポーチに収まっているルーラストーンに触れる。
 震動が収まると、ガノさんがひっくり返った岩の上で笑った。
「どうじゃい、腰が抜けてしまったじゃろう? 時間差で発動するシバリカと、ランドインパクトの破壊力を同時に敵に叩き込む。名付けて、一人連携アースブレイクじゃ!」
 かっかっか!仰け反って笑うガノさんを悔しそうに見遣るエンジュさんに、僕は静かに話しかけた。
「今、貴方のルーラストーンは僕が持っています。貴方が僕らの邪魔をし続けるつもりなら、発動させて貴方だけカミハルムイに送り返します」
「二人掛かりなんて、随分と卑怯じゃありません事?」
 拗ねたようにエンジュさんが白い頬を膨らませた。それでも、本当に卑怯者って批難する棘は無い。ガノさんの攻撃力は高く、そして手加減がとても難しい。ガノさん一人で止めようものなら、エンジュさんが重傷を負ってしまう事も十分に有り得る。でも、僕だけじゃあ手加減は出来ても決定打を与える事も難しい。僕らが力を合わせたからこそ、エンジュさんを無傷で押さえ込む事が出来たんだ。
 エンジュさんは小さく息を吐きだして、力を抜いた。
「悔しいですけど、降参ですわ」

 ■ □ ■ □

「さてさて、我が輩が怪しさ大爆発の依頼品を求める理由を話す。約束じゃったな」
 ガノさんはもふもふと顔の半分以上を覆う眉毛や髭を撫でで落ち着かせながら、穏やかな様子で言った。そしてハンマーと鞭が邪魔にならないように固定した腰をねじり、呪われし大地に手を向けて指し示す。
「見渡す限り濃い瘴気、これが自然に起きる事かね? 一カ所に莫大な量の瘴気が留まらぬ事は、世界中に起きているのを見て明らかじゃ。誰かが意図的に集めておるなら、いったい何処の誰がそうしているのだね? 誰がどのように利益を得る?」
 ガノさんの質問攻めに、エンジュさんが唸って黙り込んだ。ガノさんは返事を元々求めるつもりは無かったようで、エンジュさんが何も言わないのを確認して話を続けた。その声は知的な響きで、僕は村の神官様を思い出す程だった。
「暗黒大樹が瘴気を集めておるのではないかと、我が輩とニコロイは睨んでおる。あの規模の大樹は、エルトナでは世界樹以外に見る事は出来ぬ。暗黒大樹は瘴気を吸収する事で、エルトナの魔瘴の侵蝕を防いでいると言う見解に達しておる」
 地面が身じろいだ気がした。実際はもの凄い強風が吹いて、暗黒大樹とそれから連なる根っ子が地震のように呪われた大地を揺らしたのだ。
「そんな…! 何故、呪われし大地や暗黒大樹と呼ばれて、エルトナの民達は軽んじているんですの!」
 詰め寄るエンジュさんに、ガノさんがまぁまぁと宥めた。流れるような手付きで彼女の尻を撫で上げたものだから、エンジュさんは悲鳴を上げて容赦なくガノさんの手を打った。ガノさんが大袈裟に手を庇い、手の甲に息を吹きかけホイミを掛ける。
「まだまだ、推測じゃ。本当はメギストリスのプーポッパンに、魔瘴が酷い地域を借りて実験をしようと持ちかける段階まで行っとった。実験が出来んかったから、今回はぶっつけ本番。ニコロイが必要と言うんじゃ。今回の失踪や50年前の事件に、魔瘴が関わっていると守護者の血が察したんじゃろうて」
「ニコロイ様は…!」
 エンジュさんがガノさんの襟元を掴んだ。キツく掴んで睨みつけるので、兄さんがおろおろと彼等の足下を右往左往する。
 そのまま、エンジュさんは力なく手を離して溜息を吐いた。不甲斐ない自分を責めるように俯いたエンジュさんの肩を、ガノさんは優しく擦った。
「我が輩はドワーフじゃ。エルフでは見えん物も見えるし、多くの遺跡や歴史の謎を解いた実績があったから、ニコロイは我が輩に頼んじゃ。決して、お嬢さんを始め他のエルフの民が頼りなかったからでは無いぞ」
「じっちゃん、オイラにゃわかんねーよ」
「うむうむ、ルアム。お前が人を1人笑顔にさせれば、太陽は300年輝くという事をやや難しく言ったんじゃよ」
 絶対違うよ、ガノさん。
 兄さんもほっぺたを膨らませて見上げるばかりだ。その様子にガノさんは苦笑する。
「そうじゃな、ルアムにはニコロイが行方不明になる原因である、少し昔の話をしてもらうと良かろう。我が輩よりもお嬢さんの方が詳しかろう」
 エンジュさんは釈然としない様子だったが、歩きながら話しだしました。歌を歌うような美しい声色で、行進曲のようにテンポよく、彼女は語って聞かせたんだ。
 カミハルムイとは、聖地の守護者という意味の古きエルトナの言葉。
 カミハルムイの一族はエルトナの守護者であると同時に、何時しかエルトナ大陸の国王という責務も負う事になったのです。歴代の当主は王と名乗りながらも、聖地を我が者とする悪しき者達の野望を打ち砕いていました。子供達には結構人気の昔話がいっぱいありますのよ。
 そしてカミハルムイの一族に、極稀に『白き者』と呼ばれる子供が生まれますの。髪も肌も瞳の色も全てが真っ白。白き者は聖地に危機が及ぶ時生まれる、一際強い力を持った守護者です。あまり文献が残っていませんけれど、白き者は総じて短命であるとの事ですわ。
 50年前、カミハルムイの一族に白き者が生まれたのです。
 リタ姫。ニコロイ様の姉上にあたるお人よ。
 カミハルムイの一族は白き者が生まれ、聖地に危険が及ぶと察して何時にも増して警戒していた事でしょうね。一族の者が聖地の砦である城から出る事は、当時の王妃アグシュナ妃が病の治療をする時だけだったそうですもの。
 しかし、危機は意外な形で訪れたのです。
 リタ姫がニコロイ様を除くカミハルムイの一族を、皆殺しにしてしまったのです。
「ニコロイのじーちゃんの姉ちゃんが、家族を殺しちゃったのか!?」
 白き者とか守護者がどうのこうのはあまり聞いてない感じだけど、ちゃんと要所要所は耳に入っていたみたい。ここら辺で吃驚してなかったら、猫耳引っ張らなきゃいけなかったよ。
「リタ姫様が乱心されて、家族を殺し、聖地の力を奪った。そう言われているわ。城は急速に崩壊して捨てられた城となり、今のカミハルムイに都が遷されたの」
 エンジュさんが目を伏せて悔しそうに唇を噛んだ。
 その複雑そうな表情に、兄さんが首を傾げて訊ねた。
「エンジュのねーちゃん、腹でも痛いのか?」
「笑わないでいてくれるかしら?」
 真剣な表情で言うので、先を歩くガノさんも足を止めて振り返った。
「私、白い子が見えるの」
 うん? 僕も兄さんもガノさんも理解できずに固まった。ここまでスラスラと昔話を噛み砕いて語り、学び舎みたいな所で一番の成績で卒業した頭の良い人には想像もできないくらい、辿々してくて要領の得ない言葉だった。
 僕達が固まった事に、エンジュさんは語気を強めて勢い任せな口調で言い放つ。
「私は精霊の加護があって、精霊達が見えるのよ。そして、たまに白い子が見えるの。髪も肌の色も瞳も真っ白い女の子!」
 最後の方から既に怒鳴り声だった。顔を真っ赤にして、目を吊り上げて、メラゾーマ唱えてきそうな気迫が顔に容赦なく当たる。
「あの子がリタ姫だったら、家族殺しなんて間違えに決まっておりますの! 白い子は優しくて良い子なのよ! ちょっと生意気な所はあるかも知れないけど、とても親や家族を殺して他人に迷惑振り撒く子では到底ありませんわ!」
 魔法使いは基本的に体力が無い。エンジュさんも例に漏れなかったようで、ぜえぜえと苦しそうに息を継いでいる。
 そんな彼女を見て、僕達は顔を見合わせ弾けるように笑った。ガノさんが懐からオカルト眼鏡を取り出して、ぺらぺらと振ってみせる。兄さんは丸いお腹を抱えてひーひー笑い死にそうな勢いで止まりそうも無い。
「幽霊がおるんだから、見えて当然じゃろう! 我が輩は霊が見える眼鏡持ってるぞい!」
「なーんだ。エンジュのねーちゃん優しーじゃん! つまり、リタって子が悪い奴じゃないって、証明したいんだなー! 早くそう言ってくれよー!」
 二人が笑い続けて気が付かないみたいだけど、僕だけはそっと二人から離れた。
 エンジュさんが怒りのあまり身を震わせているんだ。ゆっくりと地面に魔力を増強する魔法陣を描いたと思うと、彼女の怒りに興味津々に集まった炎の精霊達が楽しい悪戯が始まるかのように力を結び始めた。間近に迫った太陽と見紛う輝きに、ようやく二人は気が付いた。
 もう、手遅れだって事が…。
「お先にカミハルムイにお帰りなさい! 暗黒大樹の葉は探し出してあげますことよ!」
 二人の悲鳴はメラゾーマの炸裂する轟音に掻き消された。
 暗黒大樹が笑いを堪えるように、大きく揺れたように見えた。