玉の枝

 ビックサボテンのフライはもう飽きた。
 確かにクセになる香辛料と、肉に負けぬジューシーな肉厚のサボテンは美味しい。それに揚げたてザクザクの衣は最高だ。部下共も、他の牢獄の囚人もその献立に歓声を上げる。聞けば、牢屋限定のメニューらしいじゃねぇか。あのドワーフのジジイ、冒険者だと思ったが意外に裏社会に通じていやがるのか?
 アラハギーロに連行された後の詰問は凄まじかった。今までどんな高価な品を盗んで取っ捕まったとしても、ここまで執拗に問い質されたこたぁなかっただろう。グランゼドーラの兵士長だと名乗った隻眼の男は、おそらく傭兵あがりだ。王国の兵士長なんてお綺麗な貴族が納まる地位にいるにしては、粗野で合理的で疑り深い。実際に修羅場をくぐり抜けた人間に、ワンゲもジトラも音を上げる程にこってりと絞られた。
 俺たちゃあ、死体に手を出さねぇ。死んだ奴に唾を吐く真似はしちゃいけねぇって、ばあちゃんが言ってたからな。
 そもそも、棺の中にゃあもうトーマ王子のご遺体ってやつはなかったんだ。人が納まってただろう空間がポッカリとあって、その周りのお宝がいっぱい残ってた。盗んだお宝もあのドワーフのジジイが抑えていたらしく、詰問の時にゃあ目の前にずらーっと並んでいやがった。この遺品は誰が手に取った。そんな細かいところまで調書に取られる。
 あー、はいはい。王子様の遺品に手を出した罰って奴ですか?
 そんなこたぁ、どうでも良いんだよ。
 この砂漠の土竜の団長であるモルバ団長様が、いつまでもこんな所で大人しくしていると思うなよ? もう、グランゼドーラには協力したんだし、罪滅ぼしにゃあ十分だろ。そろそろ、次のお宝目指して脱獄してーんだよ。
 ワンゲもジトラも俺の性分を理解している。俺がウズウズしているのを見るや、脱獄に必要な情報を集め出した。巡回や食事のタイミング。牢屋から出入り出来て見知った限りの間取り。脱獄用に皿を割ったりして手に入れたりした、数々の道具。
 盗賊の俺から言わせて貰えば、このアラハギーロの警備はザルだな。楽天的なアラハギーロの性格からか、兵士共の集中力もやる気もだらけ切ってて俺達以上に優秀な税金泥棒様よ。目を盗んで、抜け出すのなんか、朝飯前ってもんだ。
 この鉄格子の向こう側にさえ、出られればな。
 俺は味気ない砂レンガの天井から視線を外し、憎々しげに鉄格子に手を伸ばした。大人の男が握っても親指と人差し指が付かぬ程度に太い格子は、力押しで逃げ出そうとするあらゆる手段を拒絶する。微量に感じる魔法反射の魔術の流れが、焼いたり冷却したりして劣化させる方法を封じる。牢屋のレンガを外して地面を掘って逃げようと思うなよとは、看守から初日に言われた。アラハギーロの周囲は砂漠だ。地面を掘って砂の層に出てしまえば、砂が穴に流れ込んでくる。運が良ければ脱獄用の穴は塞がり、運が悪けりゃ砂に埋もれて死ぬ。そうやって死んだり、脱獄が露見して処刑された連中はごまんといると、ありがたい忠告をいただいたわけだ。
 それで、はいそうですかと諦める砂漠の土竜じゃねぇんだよ。
 脱獄の機会は必ず巡ってくる。俺達はグランゼドーラの詰問も終わり、アラハギーロの処分待ちになっている暇人を装いながらその瞬間を見逃さないよう目を凝らしていた。
 そうして、その機会は意外な形でやってきた。
「砂漠の土竜って、お前か?」
 唐突に煙草を吸いすぎた人間が発するようなガラガラした声が掛けられた。顔を上げれば砂塵除けの外套ですっぽりと体を覆い、赤い模様で縁取られた狐の面をした男がいた。狐の尾のような毛皮を首に巻き、外套の上には安っぽい金属の飾りを連ねたものを掛けている。太陽祭の祭り装束だ。男と思ったのは面から見える赤髪が、自分で切ったのかってくらい不揃いでみっともない短髪だったからだ。
 この牢屋に来るまでに、看守を担う兵士の詰所と、鉄格子の扉を2つ潜らねばならない。どう見ても看守ではなさそうだが、正規の手続きでここに来るような人種には見えなかった。
 外套から唯一外に出た手に持った煙管から、惑わし草の香りのする紫煙が立ち上っている。惑わし草は幻覚を見せる効果のある草だが、幻覚しか見えないので単体では違法薬物として扱われない。むしろ魔物撃退のアイテムの原材料として、素材屋で売られている。
 俺が袖を引っ張って口元を覆うと、笑った狐の面の奥から小さく笑い声が漏れた。ちゃらちゃらと外套に掛けられた飾りが音を立て、闇の中で安っぽいメッキの質感が星のように瞬く。
「へぇ。惑わし草の匂いが分かったか。砂漠の土竜って奴が良さそうだと思ってたんだが、鼻が利くお前にしよう」
 俺がその砂漠の土竜なんで、オタクも相当鼻が効くぜ。軽口を返そうと思ったが、やめた。俺を利用して何か企んでいるようだし、俺様をタダで使おうなんてサービスは速攻お断りってね。
 狐の面の男は煙管を持っていない手を伸ばして、鉄格子に触れた。じっくりと探るように握っていたが、そっと手を離して錠前に移る。鉄格子の扉に直接作られた鍵穴周辺を、ゆっくりと舐め回すように見ると、狐面は小さく頷いた。
「脱獄させてやる代わりに、ちょっと探して欲しいものがある」
 妙な言葉だった。俺は疑いの眼差しで男を見る。
「なんで、そんなことを頼むんだ? あんたならこの城のどこに入り込んで、探し出すことなんか簡単だろう?」
 牢屋は基本的に協力者が侵入しないように、当然脱獄されないように王城でも屈指の警備が施された場所だ。例えアラハギーロの兵士が適当で警備がザルだったとしても、簡単に入り込み、ちょっと飲みに行こうみたいな気軽さで脱獄させるのは難しい。それくらいの芸当ができるなら、宝物庫でも王の寝室にでも出入りしてするなんて造作もないだろう。
 それならば探し物を見つけてもらう奴も、俺のような泥棒である必要などない。
 おそらく、惑わし草の香りで警備の目を眩ましているのだろう。それだけ、効果を熟知し活用できる奴が素人な訳がない。
 男は狐の面をずらして煙管を咥え、惑わし草の煙を旨そうに吸い込んだ。素人どころか、ヤバイ奴だろ。覗いた無精髭がボサボサと生えた日に焼けた肌は、どう見ても一般市民には縁のなさそうな人種だ。絶対関わりたくねぇわ。
「俺は『幻日の鏡』が、どれかわからない。俺の代わりにそれを宝物庫から探し出して欲しい」
「『幻日の鏡』が分からない? ピラミッドの鍵って言われてる、アラハギーロの国宝だぞ?」
 俺は目を白黒させて、男の呟くような言葉に噛みついた。
 アラハギーロの建国際には王族が太陽の光を鏡に蓄える儀式がある。鏡に蓄えた日の光は、やがて鏡を太陽としピラミッドを開くと言われている。アラハギーロ建国時から王族によって守られた、この国の国宝だ。子供ですら知っているに違いない。
 それが分からないのは、この男がアラハギーロの民ではないからだろう。
 実物すら見分けがつかない物を、どうしてわざわざ探しているんだ? この男はピラミッドに眠る宝に興味があるのだろうか? そうだとしたら『幻日の鏡』を知っているはずだ。アラハギーロでじゃあ模造した土産物だってある。どうして知らないんだ。
「探して、お前に渡せば良いのか?」
 狐面の男は『んー』と首を捻った。狐面に似合う、狐っぽい毛皮の襟巻きがふわふわと面を撫でる。
「まぁ、俺が持ってた方が面倒じゃないんだろうな」
 なんなんだ。俺は目の前にいる男が分からなくなった。
 探して、とりあえず持ち出す気ではあるらしい。そういう意味では博識な一般人に協力は頼めないから、泥棒である俺らに頼むのか。旨い話には裏があるとは、どこの世界にも通じる話。だが男の頼みは魅力的だった。
 俺はピラミッドの宝に興味津々で、その興味が過ぎてこの牢屋に放り込まれたようなもんだ。ピラミッドの宝に近づく為のキーアイテムを手に入れる千載一遇のチャンスだ。この男を利用して脱獄し、『幻日の鏡』を持ってトンズラしちまえば良い。探している割に欲しい訳じゃなさそうなら、持って逃げりゃあ追ってこないだろ。罠だろうと飛び込むのが俺達、砂漠の土竜のモットーだ。キラーマジンガを超えなくては、お宝は手に入らずと神話でも語られてるしな!
「いいぜ、協力してやる。だが、砂漠の土竜は俺だけじゃない。隣の牢屋にいる二人の仲間も脱獄させてもらおう」
 男が『分かった』と言ってから、行動は早かった。煙管を咥えて空になった手が外套を払うと、ごく普通の町人が着るような布の服に二振りの隼の剣がベルトに固定されているのが現れる。隼の剣を一振り無造作に引き抜くと、瞬く間に鉄格子の扉が壊される。器用にも錠前で固定された部分を、取り除くように切り払ったのだ。錠前との繋がりを失えば、鉄格子は誰でも開け閉めできる扉に早変わりよ。男はそのまま隣のワンゲとジトラの扉も壊したらしく、二人の驚きの声が響いた。
「団長! この男は一体誰なんです?」
 駆け寄って来たワンゲとジトラを意に介さず、男は外套の中からごそりと麻袋を取り出した。
「今は復興祭って名目で中止されていた太陽祭の真っ最中だ。それを身につければ、怪しまれないだろう。後はシーツでもかぶっとけ」
 男が狐面をして派手派手しい飾りを身につけているのは、そのためか。麻袋の中にはバッファロンやケツァルコアトルスといった魔物や獣を模した面が入っていて、羽飾りや大きな金属の飾りが入っている。建国際ではこういった面をつけて、全ての者に分け隔てなく振り注ぐ太陽の恵みに感謝する。耳を澄ませば遠くから笛や太鼓といった音楽が聞こえる気がした。
 俺達が素早く身支度を整えれば、男は身を翻して歩き出した。宝物庫から『幻日の鏡』を探し出すまではご一緒するみてぇだな。俺は二人に『行くぞ』と短く言い放ち、男の後を追った。

 砂漠の夜は冷えるが、高く吸い込まれそうな満天の星空が頭上を覆っている。地上の篝火が赤々と燃え、花火が次々と咲いて星空は薄曇りに隠れていた。狐面の言う通り、太陽祭の真っ最中だ。人々は面を被り、砂塵除けの外套の上に様々な飾りをつけている。露天は香ばしい肉料理から、宝石のようなカットフルーツ、凍えるような砂漠にぴったりの暖かい具沢山のスープまで様々なものが並ぶ。楽師達が音楽を奏でれば、歌が好きなウェディや陽気なプクリポ達が集まって賑やかに囃立てる。
 この祭りは連日連夜続き、日の出から日の入りまでの光を『幻日の鏡』が受け止める儀式が日中に行われる。
 顔が面に隠れちゃいるが、祭りを楽しんでいる様子は隠しきれない。戦争でどんよりと淀んだ空気を払拭しようと、誰もが必死なんだろう。死んだ人間はそれまでだが、生きてる人間にゃあ生きるために進まなきゃなんねぇからな。
 狐面はあまりにも堂々とした様子で王宮に入っていく。いつしか、煙管の中からの香りにメダパニ草とラリホー草が混ざっていて、俺はうえぇと面の下に手を入れて口元を覆った。こんな煙を振り撒いてりゃあ、素顔でまともに吸い込んだ兵士達がぼんやりするのも当然だ。堂々と通ってしまえば、疑うにまで思考が行く訳がない。実際に牢屋前の看守の詰所を通ったときにゃあ、看守の連中は寝ているようなもんだった。
 『幻日の鏡』すら知らないんじゃ、同業ではないだろう。だが、とんでもない奴だと言うのはわかる。
 花火の音に紛れて、堂々と宝物庫の鍵をぶっ壊した狐面は自然な動作で扉を開けた。金と貴石で作ったモザイクタイルは、アラハギーロ創建時の栄華を物語っている。一枚だけでレンダーヒルズの一区画を買い占める価値のある扉だ。流石に扉を盗んで、足がついて速攻牢屋に逆戻りなんて馬鹿な真似はしねぇよ。
 ワンゲ。物欲しげにみてんじゃねぇ。
 宝物庫の中に踏み込んだ狐面を押し除け、ジトラは駆け込んで歓声を上げるやと思ったがしょっぱそうに見渡した。理由は簡単だ。宝物庫はロクな財宝が残っちゃいなかった。泳げるほどのたくさんの金貨も、手足の指や腕に付けきれねぇ装飾品の数々もない。値の張りそうな武具もなけりゃあ、埃っぽくても好事家には高値で売れる古文書の類も見つからない。天窓から差し込む月の光に照らし出された高価そうな棚や箱が、空のままに置かれているばかりだ。
「なにこれ。金目の物がほとんどないじゃない」
「そういえば死んだ兵士の家族の慰霊金や王国の修繕費なんかで、国庫がヤバイって聞いたっす」
 まぁ、国の為に金を使うんだ。良い王様なんだろうな。だが、良い王様であれば国が維持できるかってーと話は違う。俺は顔を突き合わせてひそひそと話す部下の肩を抱き込んで、ニヤリと笑った顔で覗き込む。
「そんな空っぽの国庫を一杯にする魔法が、ピラミッドの中にあるんだってよ。お宝の匂いがプンプンじゃねぇか!」
「さっすが、団長! 狙ったお宝の価値がわかる男は、違うっすねー!」
 ふふん。崇め奉って良いんだぜ。
 ドワーフのジジイの言った通り、特別な扉を開けるには特別な鍵が必要なんだろう。それが『幻日の鏡』だ。この狐面の男を出し抜いて、ピラミッドのお宝は俺達『砂漠の土竜』がいただくぜ!
 するりと抜け出したジトラが、最も奥まった所にあった箱に向かう。特殊な鍵なのだろうが、解錠の腕が確かなこいつに掛かればあっという間にぱかんと開いちまう。狐面の男が面をずらして深く煙を吸い込んでは吐き出す動作を数回した頃には、ジトラは箱の中から絹に包まれた中身を取り出した。
 闇の中で水のような光沢が箱の中に滑り落ちると、うっすらと月の光のように輝く鏡が現れる。曇り一つない鏡面はぼんやりと照らし出された俺達を写し、豪華な金細工と太陽を彷彿とさせる光玉が散りばめられている。魔力を帯びていると一瞥しただけでわかる丸鏡。まさしく『幻日の鏡』だ。
 それを覗き込んだ狐面は、俺を見る。
「これが『幻日の鏡』?」
 そうだ。と俺が返すと、男はふぅんと気怠げな返事を返した。
 空気が吹き込んだと思った瞬間、ジトラの後頭部に火花が散った。凄まじい金属音が宝物庫に響き渡ったと思った時には、火花は男の抜き放った隼の剣の刀身になっている。男が煙管を逆さに振って、火を抱き込んだ草が床に落ちる。それを踏みしだき、男はぽつりと言った。
「お前ら、運が悪かったな」
 やはり俺達をここで消すつもりか。だが、『幻日の鏡』は俺達がいただく。
 油断なく身構えた俺の腹を、狐面の男は容赦無くなぎ払った。俺が立っている場所に上から弧を描いて落下した剣が突き立ち、それを闇が引き抜いてジトラを突こうとする。狐面はジトラを蹴飛ばし、闇が握った剣を絡め取った。
 狐面に動きを止められ、火花で浮かび上がった闇が人の形になる。滑した皮のような質感の外套は滑らかな黒であり、たっぷりとしたフードは目深に被られて口元しか見えない。外套の下にある服は黒ではないが濃い紫か紺という、闇に溶けやすい色合いのものだ。剣を握った浮かび上がるような色白い指に、古めかしいデザインの金と貴石の指輪が光っている。
 俺はぞっとした。
 いつから後ろにいた? 職業柄、他人の気配には聡い俺が気が付けなかった? 狐面の煙の効果を警戒し、『幻日の鏡』を手にして逃げ出すために、周囲の状況をいつも以上に神経研ぎ澄まして感じていたはずだ。
 狐面が短い呼吸を吐いて、闇が押し切ろうとした刃を弾いた。
 こいつ、殺すことに何の躊躇いもないのか? 狐面の男が防いだ二撃が、ジトラを攻撃するためのものだったとして、そのための気配があったか? 殺意がない。まるでコップの中に注がれた水を飲む程度の行為のように、ジトラを殺めようとした。
 震え上がる。なんだ。なんなんだこいつは…!
 狐面の外套は月明かりに白く浮かび上がり、身に付けた装飾品が星のようにキラキラと瞬く。双方が見惚れるような美しく鬼気迫る攻防だった。狐面が狭い故に一振りしか握っていない隼の剣だが、その疾風のような軌跡と確実に打ち合う闇の腕前は達人の域を超えている。宝物庫の空箱や棚が倒れ、壊されては砕け、騒然とした空気はもはや前夜祭の音では隠しきれなくなっている。
 震えていたワンゲの首根っこを掴んで盾にしようとした闇ごと蹴り飛ばした狐面は、倒れたワンゲを俺に放った。
「あれは俺が相手するからさ、お前らは逃げな」
 あれ。視線を向けると闇はゆっくりと立ち上がる。フードの下から見えた白銀のマスクで目元を覆った素顔は、人の血の通っていないような人形めいた不気味さがある。亜麻色のサラサラとした髪も、通った鼻筋、真一文字の口元、全てが作り物みてぇに整ってる。だが、そう、息遣いが聞こえないんだ。狐面がいくら強いからって、不安になりそうな底知れなさがあった。
「あんたは? 『幻日の鏡』は良いのかよ?」
 狐面は小さく笑い声を漏らすと、すっと腰を低く落とす。空気が張り詰め、びりびりと肌を刺すように刺激する。全身が粟立ち、この場から逃げ出さねば危険だと本能ががなり立てる。ワンゲもジトラも腰が抜けたまんま狐面の背中を見た。
「次。結構、本気で切り込むから、その隙に仲間と『幻日の鏡』を持って走れ」
 一歩。踏み締めた音が高い音を響かせて床のタイルを割った。ごうっと強風が吹き荒れ、砕けた破片が中を舞う。照らし出された刀身が月の光を吸い込んだと思った瞬間、それは剣筋も霞んで閃光が爆ぜるような天下無双の攻撃となって闇を襲う。光が闇を消し去ろうと迫るが、闇も負けてはいない。まるで獣のように閃光に争い、狐面に噛みつかんばかりに迫る。
 剣圧が爆発呪文のように、衝撃を伴って広がった。
「だ、団長!」
 俺は部下共の首根っこを掴んで駆け出した。爆風を追い風に宮殿の窓から飛び降り、屋台の天幕に飛び込んだ。柔らかく暖かい布が俺達を包み込むと、そのまま重力がひっつかんで路上に引き摺り下ろしてくる。人々は突然落ちて来た俺達に驚き、ぶつかった奴は怒りの声を上げた。そんなのは知ったこっちゃない。俺達はそのまま人波に飛び込んだ。砂塵避けの外套が、終わりない森のように掻き分けても掻き分けても途切れない。
 まるで果てしない砂漠のような色の世界に俺は焦った。
 全く進んでいない気がする。安全な世界が蜃気楼の幻のようで、真後ろにあの銀色のマスクをつけた不気味な男が立っている気がする。逃げろ。逃げろ。あいつは殺すことなんか何とも思っちゃいない。まるで砂漠に降り注ぐ無慈悲なまでの強い日差しのように、当たり前のように俺達を殺してしまうのだ。
 砂塵色の世界を抜けて、夜の闇に沈んだモザイクタイルの城下町に至った。俺達を追っている奴は見当たらないし、俺達の様子を見ている視線も感じない。仮面の下でも震えていると分かるワンゲと、『幻日の鏡』を抱きしめているジトラに目配せをすると、俺達は安堵のため息を吐いて路地の片隅でへたり込んだ。
 ちらりと、宝物庫があるだろう方角に目をやる。
 あの狐面は無事だろう。『幻日の鏡』を狙っていたとしたら、それを持って俺達が逃げちまったんだ。やりあう意味がない。危ないのは俺達のほうだ。
 ピラミッドのお宝。想像以上にヤバイのかもしれねぇな。
 だからって、諦めねぇ。俺達は砂漠の土竜。やらないよりやっちまえって、ばあちゃんだって言ってたからな!