青天の霹靂

 レンダーシアへの調査団として乗り込んだ時とは違って、まるで宝石箱みたい。それがオイラが六種族の祭典の会場となったグランドタイタス号を見て、思ったことだった。王様や女王様が着飾り、護衛官達も相応の格好をしている。見慣れているのはオイラとラグアスの護衛を担当する、ナブレット団長のスターコートセットくらいだ。団長はこれが俺の『ふぉーまる』だからなってニッカリ笑う。
 オイラも団長に倣って道化師っぽい格好にしたんだ! 赤と白のめでたいカラーリングのシルビアモデルって服と、押すと『ぷへっ』とか音がする赤いボールの付け鼻コーデだ。サイコーだよな! 裾がヒラヒラしててポンポンがいっぱい付いてて、その下に警備に申請している爪を隠してるんだ。
 ラグアスがドキドキした様子でバルコニーを見上げている。
「ルアムさん。勇者様、楽しみですね」
 アストルティアの男子たるもの、勇者は憧れだ。9つの神話に出てくる勇者や英雄だけじゃなくて、千年前実際に活躍した勇者アルヴァンと不死の魔王の物語はレンダーシアだけじゃなく五大陸でも大人気。かっこよくて勇敢で強い勇者の物語は、ナブナブ大サーカスでも定期公演されている演目だ。
 勇者様と大魔王との、世界のめーうんを賭けた戦いがつい最近も行われた。レンダーシアの各王国は大魔王の軍勢と激しく衝突し、勇者が覚醒して大魔王の城に仲間と共に殴り込んで倒したんだ。なんでも、レンダーシアが迷いの霧に閉ざされてしまったのも、大魔王の仕業だったんだってさ。
「でも、女の人なんだろー? カッコイイより、キレイなんじゃないかな?」
 今代の勇者様はお姫様だ。勇者の生まれる王国の王子様は、お姫様を守るために勇者を演じていたんだってさ。死んじまったが、命懸けの演出は大魔王をも欺く華麗なものだったらしい。オイラも王子様の気持ちわかるな。プーポのおっちゃんに『頼む』って言われちゃったんだもん。
 オイラが唇を尖らせて首を傾げていると、ラグアスがくすくすと笑った。
「ルアムさんは『ビックリ』かもね」
「あ! こら! また先に未来を予知して笑ってんなー! ずるいぞー! 何が起きるんだよー!」
 ラグアスに抱きついてきゃあきゃあ戯れあってると、『ちったあ静かにしろ』って団長のツッコミが炸裂する。始まるぞって促されると、ファンファーレの華やかな音がぱっと広間を駆け抜けた。これから始まる楽しいことや嬉しいことに、招待された誰もが期待を込めてバルコニーを見上げる。
 グランゼドーラ王国の王様とお妃様が現れて、王様が広間の隅々に届く声で言った。
「紹介しよう! 大魔王に勝利した、勇者と仲間達を…!」
 大柄な黒と緑のコートの男にエスコートされ、光沢のある淡いプクランサフランの色のロングドレスが現れる。ぱっちりとした青空のような瞳、ふわふわくりくりの亜麻色の髪に飾られた赤い花に銀細工の見覚えのある蝶が留まっている。胸元には羽をイメージした首飾りが光っている。そんなお姫様の肩に紫の髪に絵の具をつけたプクリポが乗った。
 え。
 オイラ、頭まっしろけっけなんだけど。
 だって、お姫様、とっても見覚えあるんだよ。メルサンディ村でさ赤いエプロンドレス着て、パン作ったり美味しいご飯用意してくれたりした子にそっくりなんだ。そしてラチックのあんちゃんとピペのじょーちゃんと、一緒に旅立ったのを見送った。そう、お姫様と並んだ二人がその二人とそっくりなの。そっくり? 本人じゃねー?
 お姫様がオイラを見つけて、吹き出した。
「やだ! ルアムさん、笑わせないで!」
「ミシュア!?」
 オイラの驚きの声に愉快そうに肩を震わす、お姫様とじょーちゃん。あんちゃんはやれやれと被り振っている。ミシュアがお姫様で勇者様? どーなってんだ?
 そんなオイラの驚きを他所に、グランゼドーラの王様が軽快に手を叩いた。ホールに控えていた奏者達の演奏が始まると、お姫様は超絶美形な男とワルツを踊り始めた。踊りの輪には様々な種族が手を取り合って加わり、ガートランドの爺ちゃん王様とヴェリナードの女王様のダンスは凄く華やかだ。合間にオイラや団長が大道芸したり、ドルワームの王様が不思議なカラクリでいっぱい光を作り出して見せたり、立食席のシャイニーメロンが美味しいし、エルトナの良い香りのする酒もグラスに注がれる。
 お姫様が踊りの輪から離れるのを見計らって、オイラと姐さんが頷き合った。お姫様の傍には、ラチックのあんちゃんに似た大柄な男と、ピペのじょーちゃんだろう絵の具だらけのプクリポがいる。3人はオイラ達が足早に向かってくるのに気がついて、嬉しそうに表情を緩めた。
「お久しぶりです。ルアムさん、ルミラさん」
 や、やっぱりミシュアとピペのじょーちゃんとラチックのあんちゃんだ。オイラと姐さんは戸惑う顔を見合わせた。
 メルサンディで、セレドで、アラハギーロで3人を見かけたって話は仲間達から聞いていた。ミシュアの記憶を取り戻す旅を続けていると聞いていたが、最後に三門関所で特別な書状を提示してグランゼドーラへ向かったと聞いてから消息が途絶えた。グランゼドーラがひどい有様になったと聞いて、オイラ達は3人とも死んでしまったんだろうと悲しみもした。
 それなのに3人は生きてる。しかも、勇者とその仲間達として紹介までされて…。
「無事 再会 嬉しい。他の皆も 元気か?」
 ラチックのあんちゃんが嬉しそうに差し出した手を握りながら、凄く大きくなったなって思う。ちょっと会わなかっただけで、強くなって頼もしくなった感じ。じょーちゃんも自信たっぷりで、きらきら輝いてる。
 でも一番変わったのはミシュアだ。記憶を失っても胸の奥に付けられた傷が深いのか、知らないうちに不安そうな顔を見せていた素振りはもうない。まっすぐ何もかもを見通して、それを貫く意志の強さを誇らしく感じる。これが勇者様だって言ったら信じちゃうだろうな。
「すまない、ミシュア。自分達も驚きを通り越して混乱すらしている。君は、いったい、何者だ?」
 ルミラの姐さんが問えば、お姫様はドレスの裾を小さく持ち上げて上品な一礼をした。
「私はアストルティアの勇者であり、グランゼドーラの王女アンルシア。記憶を失いミシュアとして彷徨う私に、真心をもって接して下さったことを感謝しております」
 オイラ、開いた口がぽかーんて開きっぱなし。飴ちゃん入れられても閉じねーわ。
「ふふ。堅苦しいと調子が狂うわね。記憶を取り戻して、勇者としての務めを果たしたの。ピペは盟友として、ラチックは勇者と盟友を守る仲間として大魔王と戦ってくれたのよ」
 ミシュアで見慣れたぱっと場が明るくなるような笑みを浮かべると、嬉しそうにあんちゃんの腕を取り、じょーちゃんを抱きしめる。メルサンディから旅立った3人が歩いてきた道が、大変なこともいっぱいあったろうけど楽しかったんだなって思う。
 アンルシア姫が、ふと視線を向ける。あら? と喉から疑問の音が漏れた。そんな姫様の視線に釣られて、その場の全員がそっちを向いた。
 バルコニーと会場を繋ぐ階段の影になる所に、一人の人間の男がいる。格調高さがありそうなコートのデザインなのに、赤と緑という目立つ配色で台無しって感じ。相棒と同じ髪と瞳の色を見て、赤い毛皮が全て逆立った。なんだろう。見覚えがない。知らない人。その感覚はケネスのおっちゃんを初めて見た時と同じなのに、言い様のない胸騒ぎに心臓ががなり立てる。
 あの男は、相棒の知り合い?
 この感覚は相棒とも繋がっている。ケネスのおっちゃんの時も相棒が気がついて、オイラの目でおっちゃんを確認した。誰だ。なんでこんな胸騒ぎがするんだ。相棒。早くオイラの目で見て。あいつは、いったい誰なんだ?
「あんなお客様、いらっしゃったかし」
 真横で甲高い音が弾けた。ピペのじょーちゃんが転げ落ち、ラチックのあんちゃんがよろける。アンルシア姫を閉じ込めた水晶に、驚くオイラとルミラの姐さんの顔が映り込んでいた。
 オイラは風の力を瞬時に練り上げると、周囲の大混乱が押し寄せる前に床を蹴って飛び出した。もう一つ甲高いマヒャドを唱えたような音が響き渡り、『ラグアス!』って団長の悲痛な声が響き渡る。歯を食いしばる。振り向いちゃダメだ。濃厚な魔力が放たれて残った残滓の中を、矢のように駆け抜けてオイラは胸騒ぎを覚えた男に肉薄する。
 歳は青年って感じで、さらさらとした青紫の髪に愛嬌のある大きめな目の男だ。瞬く間に目の前に迫ったオイラを見て、冷静な顔つきではあったけれど、びくりと体を硬らせる。
 時間が止まった気がする。
 相棒がオイラの視線を介して男を見て、稲妻のように感情が流れ込んでくる。木箱からもくもくと出る煙の向こうで、失敗失敗と苦笑いを浮かべながら煤だらけの頭を掻く男。怒った大人達に頭を下げる視線。怒った相棒の視線の先で、悪びれなく笑った男。憎めない。仕方がないなって許しちゃう。そんな愛おしい人。錬金釜の中に収まっていた、一通の手紙と輝くテンスの花。
 追いかけていた背中に届いた手に、振り返りぴたりと一致する目の前の男。
 滅んだ故郷で潰れそうだった相棒が、一条の希望を見出した時の火を付けられたような嫉妬心。
 兄貴だ。相棒の、血の、繋がった。
 オイラは駆け抜けた相棒の衝撃の感情に、食いしばった歯を開けて吠えた。
「テンレス!」
 相棒は故郷を頑張って直してるんだ。家を建てて、道を整えて、畑を耕して、移住を希望する人達と話し合ったり頑張ってるんだ。兄貴と、幼馴染のシンイの兄ちゃんと、一緒に故郷に戻って昔みたいに暮らすんだって願いのために。
 なのに、なんで! あんなに会いたがって、慕って、想った相棒に、なんの恨みがあるんだ!
 相棒がオイラの感情を汲んで、状況を理解する。戸惑いと、拒絶と、悲しみが織り混ざって、オイラの緩い涙腺から相棒の涙が溢れた。
 相棒を泣かしたな! 相棒の兄貴だからこそ、許さねーぞ!
「相棒の信頼を裏切るな!」
 オイラの爪が光の壁に遮られる。テンレスの周囲には黄緑色に光る四角い板みたいな魔法がいっぱい連なっていて、それが集まって盾みたいにオイラの攻撃を防いだんだ。光でテンレスの顔はよく見えねーけど、オイラの攻撃を防ぐ為に動きが止まった。
 その一瞬はテンレスにとっては致命的な一瞬だ。なにせ、この場はこの世界で一番厳重な警備で固められた空間だ。グランゼドーラの王様の横で警護していた眼帯をつけたおじさんが、屈強なオーガの王達が、王族を守る王国の精鋭達が一斉にテンレスに敵意を向けた。
 逃げる隙は当然ないし、包囲網は牢屋よりも固く迫る。逃げられる奴なんて、誰がいるだろう。
 引き伸ばされた時間の静寂の中に、間延びした騒音が響いていた。船内放送を伝える管から、割れ鐘のような声が割り入った。
『総員、衝撃に備えよ!』
 船が大きく揺れた。船の床に足をつけていた誰もがバランスを崩す。守るべき存在が転倒するのを慌てて支える者、踏み込もうと体重を掛けていたタイミングで揺れて倒れた者、驚いて自分の身を守るので精一杯で伏せる者、様々な中でオイラと眼帯のおじさんだけが空間の中にいたから動けていた。
 眼帯のおじさんが長剣がテンレスの脳天をかち割る寸前で、それはオイラと同じく四角い光に遮られる。
 その間に後ろから凄い勢いで二つの光が駆け抜け、テンレスの手に収まった。ぎゅっと光を両手で包み込み、すっと広げると、黒い手袋の中には何の光も残っていない。
「…あと、4人」
 オイラの力任せの一撃が、生き物みたいに動く光に遮られる。こんなに近くにいるのに、手も足も出ないなんて…! 食いしばったオイラごと踏み砕くように、雷と声が落ちてきた。
『あぁ! 部長のバカ! 全員、何かに捕まれ!』
 下から突き上げるような衝撃にはね上げられたと思ったら、床はオイラ達を置き去りに瞬時に引っ込んで空間に投げ出される。空を飛ぶことが出来る種族なんていない。誰もが空中に囚われている間に、テンレスはすっと手を上げる。
 四角い箱みたいな銀色が、四分割になったり二つに割れたり、凹んだり、出っ張ったりして目まぐるしく動き出す。そしてかちりと音を一つ立てると、綺麗な四角い箱は淡い緑の光を放ち、いくつもの光の板を生み出した。くるくる輪を描くようにテンレスの周りを駆け回ると、手品みたいに赤と緑の目立つ色を飲み込んで消してしまう。
 ふっと光の残滓を残して何も無くなってしまうと、オイラは腹の底から込み上げる感情のままに叫んだ。オイラだけじゃない、相棒も同じ思いを吐き出していた。

 ■ □ ■ □

 当然だけどお祝いって雰囲気じゃなくなった。宿屋協会のスタッフが客人達を手際よく居室に案内し、会場となった広間に残ったのは王族と関係者と護衛官だけだった。
 ラグアスが連れ去られて動揺する団長。姫様が攫われて泣き崩れる王妃様。若い王族が連れ去られたことで、我が子にも魔の手がかかるのではないかという不安の声。アストルティアの王国への挑戦と憤る声。右へ左へ激流のように流し込まれて出ていく声の中で、爺ちゃん王様が冷静な声で言った。
「各々、冷静になれ。我々は例え身内が危機に晒されようと、状況を共有し冷静に対応せねばならぬ」
 枯れ木のような腕をゆったりと広げ、すっと鋭い眼光が向けられる。視線の先にいたのは、今回の警備計画の統括を行うケネスのおっちゃんだ。さっき会った時は新品みたいな服が、びっくりするくらいボロボロになってた。深々と切り裂かれた跡もあったけど、回復呪文を掛けてもらったのか素肌に傷はないみたい。
 おっちゃんは深々と会釈すると、淡々と説明を始めた。
「今回の警備計画は各王族の護衛とも共有して、何重にも張り巡らされた強固なものです。ネズミ一匹でも通りそうな場所は塞いで、魔法による干渉も結界で厳重に隔離しております。空の会場に顔を覚えるのが得意な警備部で全員確認して入場させ、変装もモシャス対策も万全でした。『突然、会場に現れた』そうでなければ、入り込むことはできないでしょう」
 おっちゃんのぼろぼろな姿を見て、ニコロイのじーちゃんが顎をさする。
「かなりの手練と会敵したようだな?」
「甲板に侵入者を発見し、これを迎撃しております。陽動にしては会場に近すぎでしたが、すでに会場内に侵入した者の逃走の機会を生み出すためならば協力者の可能性があります」
「部長が本気を出そうとするから船が派手に揺れて、賊を逃がす切っ掛けを作ったようなものです」
 横に控えた警備部の呟きに、おっちゃんが頭を叩いて軽快な音を響かせた。
「手加減できる手合いではありませんでした。生半可な警備では突破されるでしょう」
 ヴェリナードの女王様の隣にいたおじちゃんが、すっと前に出る。細身のウェディには真似できない、重厚感のある声色が不安を拭う柔らかさを伴って語りかけてくる。
「あと4人と侵入者は言いました。アストルティアに存在する若き王族の人数より少ないですが、狙われたのがアンルシア姫とラグアス王子であるならば、まずは各々の王国の警備の増強し、各国の王子王女を守ることを最優先。手配書の製作と、誘拐犯と協力者の捜索を行いましょう」
「グレンは世襲制ではないので、狙われる者はおらぬ。各国に戦士を派遣して協力させよう」
「助かります。各国が知り得た情報は素早く共有し、警備体制を柔軟に対応させていきましょう」

 それぞれに神妙な顔で頷き合った王族達は、足早に会場を去って行った。グランドタイタス号と並走していた船も次々に故郷に舵を取り、最速で向かう伝令達がルーラストーンで飛んでいく光が矢のように放たれていく。六種族の祭典であんなに賑わっていた船内は、今はしんと静まりかえっていた。
 オイラは食堂の片隅で手配書に使う似顔絵を作っていた。最初はケネスのおっちゃんもいたんだけど、白いフードを被った奴らしくてすぐ終わっちゃって喫煙しに行った。今は似顔絵を描くピペのじょーちゃんとラチックのあんちゃん、隣で項垂れる団長だけがいる。
「団長。オイラ、ラグアスを助けに行ってくる」
 宿屋協会の人が気を遣って作ってくれた蜂蜜たっぷりのハニートーストや、砂糖とミルクたっぷりのカフェオレは全く手がつけられていない。ラグアスは団長にとって唯一の肉親で、プクランドで一人だけの王様だ。これからどうするのか、ラグアスは無事なのか、ぐるぐる回って苦しいんだろう。プクリポが甘い物も食べれないなんて深刻だ。
「助けに行くったって、どこに行くんだよ」
 相棒には辛い思いをさせちゃうからって、テンレスの似顔絵作りには関わらせないつもりだった。けど、兄貴が何をしたいか知りたい相棒は、積極的に似顔絵作りを手伝ってくれた。出来上がった似顔絵はじょーちゃんの腕も良いけど、良く似ている。
 オイラは出来上がった似顔絵に、一つ頷いて言った。
「団長。オイラ、昇天の梯を昇るプーポのおっちゃんに『ラグアスを頼む』って言われたんだ。だから、絶対助けに行かなきゃいけないんだ」
 プーポのおっちゃんは強いから、誰よりもラグアスのことを守るのが大変だって知ってる。そんなおっちゃんがオイラのことをぎゅっと抱きしめて『頼む』って言ったことが、凄く大きいことを託されたんだってわかるんだ。おっちゃんの信頼に応えて、ラグアスを笑顔にしてやるんだ。
 ピペのじょーちゃんが激しく首を縦に振る横で、ラチックのあんちゃんも真面目な顔で頷いた。
「俺達 アン 助け 行く。アリオス王 ユリア王妃 約束 した」
 団長は『そうか…』と呟くと、目の前にあった冷めたハニートーストに齧り付いた。勢いよくがっついて、ごくごく仰け反ってカフェオレを流し込むと、ぷはぁって息を吐きながら口元を拭った。
「じゃあ、俺はラグアスとルアムが帰ってくる場所を守らねぇとな!」
「ヒュー! 団長、カッコイイー!」
 不敵な笑顔をにっと浮かべた団長に、オイラも笑い返す。オイラ達はプクリポ。嬉しい時も楽しい時も辛い時だって、笑顔が最高に似合う種族だからな! そんなオイラ達を、じょーちゃんが煙を上げる勢いでスケッチしている。鼻息荒くって、なんか怖いなー。
 食堂の扉が開いて、ケネスのおっちゃんとルミラの姐さんが来た。おっちゃんは町の人が着るような普段着に着替えていて、ぼろい外套を羽織って隼の剣を二振りベルトに固定している。この姿の方が相棒が見覚えあるらしくて、なんか安心する。ピペのじょーちゃんが手配書を差し出すと、おっちゃんが受け取ってじっくりと眺める。
 その時、オイラはおっちゃんの腕になんか付いてるのが見えた。
「なぁ、おっちゃん。それ、なに?」
 これか? そう外套を外すと、腕に銀色のドラゴンキッズがくっ付いてる。角と翼の膜が黒曜石みたいで、水晶みたいな銀色の鱗で見る角度によっちゃあ虹色が映り込んだ。綺麗! ピペのじょーちゃんが目を輝かせて、銀色のドラゴンキッズをスケッチブックに書き写し出した。
 オイラも眠っているのか動かない小さい竜に手を伸ばす。鼻先がぴすぴす動いて、次の瞬間がぶり!
「ぎゃあ! 痛い!」
 めちゃくちゃ噛み付いてくるんですけど!
「甲板に落ちてたんで拾ったら、噛みつかれて離れなくてよ。ようやく離してくれたぜ」
 はー、やれやれと言いたげに、腕をさすってリホイミを掛けている。『ひどいよー』と半泣きのオイラを助けようとして、ラチックのあんちゃん噛まれるし、ピペのじょーちゃんも近づきすぎて三つ編み噛み噛みされて涙目だ。わちゃわちゃしているオイラ達を見かねて、ドラゴンキッズを抱き上げたルミラの姐さんが、腕を噛まれて眉を跳ね上げる。
「む。なかなかに強く噛み付いてくるな。ギルも同族の同行者がいると喜ぶだろう」
 姐さん。噛みつかれたまんまよく笑ってられるよ。つよい。
 オイラ達は顔を見合わせると、どっと笑った。大事な人が攫われて悲しくて、探し求めた人の心が分からなくて苦しいけど、仲間がいることが心強い。必ず、助けて、知って、皆を笑顔に出来るって思えるんだ。
「よーし! 皆、行くぞー!」
 交わって高々と放り上げられる声は、暗い雰囲気を吹き飛ばして響き渡った。