アスモデウスが降り立つ銀世界 - 前編 -

 一匹の雪原竜が、流氷とオーロラの間を飛ぶように駆けている。
 海の上にぷかりぷかりと浮かんだ流氷に飛び移れば、次の瞬間にはぐらりと傾ぐ足場にも関わらず氷に爪を食い込ませ次の足場に飛び乗るを繰り返す。首から振り落とされれば、氷の浮かんだ塩の水に真っ逆さま。怖くない訳がありません。寒さが耐えられないほどでなければ、私も竜化して飛んでしまいたいくらいでした。
 真っ直ぐに目指しているのは、流氷の果てに天へ伸びる聖塔。炎の領界にも存在する、解放者へ与えられる試練が課される場所です。最初は天から垂れ下がった蜘蛛の糸程度であったのが、今では氷山に激突しそうな程に膨れ上がっています。
 ダズニフが大きく一つ咆哮を上げると、大きく飛び上がって塔の礎に墜落と表現できる着地をする。雪原竜の巨体は勢いを殺せず横転し、塔に派手な音を立ててぶつかって止まったのです。塔の前で私達を待っていた人々の悲鳴が上がりました。私の腕はとうに痺れ切っていて、凍える温度の海水に落ちる心配がないからこそ安心してダズニフの首から弾き飛ばされる。氷の地面を滑る私を、誰かが抱き止めてくれました。
「エステラ。大丈夫か?」
 乳白色の世界に見慣れた赤黒い影が私を見下ろしている。霞んだ視界がしっかりしてくると、それは赤い髪を肩口で揃え、薄い紅色の鱗を持った同僚の姿。心配そうに見下ろしてくる金色の双眸の上で、第三の目のようにサークレットの金具が光っている。
 トビアス。私は信じられないものを見るように、その姿を見上げました。
 氷の領界の調査に出かけていたトビアスは、死亡したと聞いていたからです。調査中に大変危険な魔物に遭遇し全滅の危機に直面した際、トビアスが魔物を食い止め部下を逃したそうです。生命辛々逃げた部下達が、少し経った後にトビアスを最後に見た場所を確認しに行くと、死体も存在しなかったとか。これ以上の探索は不可能と引き返してきた部下達の報告により、トビアスは死亡と判断されてしまったのです。
 氷の領界の調査は、本当に命の危機が付き纏う危険な任務。トビアスの前にも命を落とした神官はおり、凍傷により調査の任務から外れるものは数知れぬ程にいたのです。長時間留まる領界に数日も帰ってこないなら、死んでいると判断されるのは当然。私とてトビアスの死を受け入れざるえませんでした。
 しかし、氷の領界に足を踏み入れた瞬間にダズニフは言ったのです。『トビアスの匂いがする! あいつ、生きてるぞ!』と。
 トビアスの顔の両脇から、ぬっと大きな手が伸びる。そのままトビアスを後ろから抱き竦め、首筋に齧り付くように顔を寄せるのはトビアスを目指して全速力で駆け抜けたダズニフです。大きく口を開け、耳を痛めるような音量で喜びの音が喉から迸る。
「トビアス! あぁ、トビアスの匂いだ! 良かった! 生きてて良かった!」
「ダズニフ、苦しい! や、やめんか!」
 苦しげな抗議の声も耳に入らないのか、トビアスはダズニフに押し倒されてしまいました。やめろーと悲痛な悲鳴が流氷の漂う海の上に響いた。
 何をしているんでしょう。私はその光景を半眼になりながら眺めています。
「こんにちわ! お姉ちゃんはダズ兄のお友達?」
 視界の隅から元気な声を響かせ、小さい者達が近寄ってきます。ブラシを丹念に通しふわふわな手触りになった毛皮でできたポンチョを着込んだ、竜族の子供でもさらに幼いだろう者達。その後ろから竜族の女の子達が続いてきます。この寒さを耐え凌ぐ為に肌の露出は殆どなく、唯一見えるつぶらな瞳が嬉しそうに細められます。
 高めな声の男の子は自らをルアムと名乗り、見た目の幼さにそぐわぬ手慣れた様子で同行者を紹介しました。
「ダズニフの同行者のエステラと申します」
 小さく頭を下げながら、疑問が過ぎる。
 ルアムさんはダズニフを知っている様子ですが、今し方に合流した私達が事前に知る機会はありません。この小さき者は氷の領界の民ではないのか? しかし、炎の領界からの探索は遅々として進まず、ここからもわずかに見える円環の遺跡は闇の領界と繋がっている気配はありません。
 トビアスと同行しているところを見るに、悪しき者ではないでしょう。しかし、一体何者なのか…。
「ルアム! ピペ! お前達すごいな! 基地みたいな場所、すげぇ助かった!」
 ダズニフがトビアスを組み伏しながら、嬉しそうに言いました。その言葉にピペさんと紹介された幼子が、手を振って応えます。
 もしかして…。私は小さき者達の前に膝をつき、覗き込むように視線を合わせました。
「ダズニフがアストルティアで出会った仲間ですか?」
「そう! オイラ、プクリポなんだ!」
 ルアムさんが目深に被ったフードに手を掛け勢いよく下ろすと、ぴょこんと可愛らしい獣の耳が現れる! 氷の領界の淡い色彩の中に突如現れた炎の領界で見慣れた赤は、ふわふわの甘い匂いのする毛皮。フードに押されてくるくると首筋で丸くなる尻尾髪、くりっとした円な瞳、まぁるい柔らかそうな頬。胸がひとつ大きく高鳴り、目がチカチカします。あぁ、なんなのでしょう。この胸の高鳴りは…!
 ピペさんももぞもぞとフードを下ろすと、小さく三つ編みにした豊かな紫の髪の間に小さい角が二つ。身をぶるりと震わせれば、ポンチョの間から小さい悪魔の翼と尻尾が現れる。ぺろりと舌を出して私を見上げる顔はプクリポのルアムさんと瓜二つといった愛らしさですが、不思議な油っぽい匂いに魔物の匂いが混ざっています。舌が凍りつきそうになって、慌てて舌をしまうとにっこりとした笑顔を私に向けてくれる。
 抱きしめれば胸に収まってしまいそうな、小さき者達。その抗い難い衝動をどうにか堪える私のことなど、全く知らぬと言った様子でピペさんが胸元に飛び込んできました。着込んだコートを引っ張って、私の周りをくるりと一周する。背後に回り込む姿を追うと、ピペさんはお尻の辺りに開いていた穴を針と糸で縫い始めたのです。
「そのコートはピペのじょーちゃんが作ったんだ。ルミラの姐さん用で作ったから、角や尻尾が出るように穴が開いてるんだよ。それを閉じてるんだ」
 解説された内容に、私は炎の領界で同行したルミラさんを思い出し納得しました。なぜ肩口とお尻の部分に穴が開いているのか不思議な形をしていると思いましたが、オーガが着ることを想定していたのですね。それ以前に炎の領界には防寒具の概念が存在しなかったので、着るだけで冷気を遮断できる暖かい服の存在に驚くばかりでしたが。
 背中からよじ登って肩の穴を縫い止めようとするピペさんを掬い上げ、胸に抱く。彼女はにこりと私に笑いかけ、胸に寄りかかるように身を預けて肩口の穴を縫い始めました。暖かく、小さく、懸命なピペさん。溢れんばかりの愛くるしさに、落ちないようにと言い聞かせながらそっと小さい体を抱きしめた。
 心が満たされる。なんだか、とても、幸せな気分です。

 聖塔は訪れし竜族に試練が課し、乗り越えた者を解放者と認めて領界を繋ぐ円盤を授ける場所。解放の鍵を授けるという意味では、ナドラガンドが分断された後に建設された塔と推察できます。誰がいかなる目的で建てたかは不明ではありましたが、ナドラガンドの全ての領域を解放するためには避けて通れぬ場所です。
 一体、どれほどの歳月を経ればこのような姿になるのか。海の上に建ち潮風に晒され続けた外壁は、潮風に含まれた塩分が結晶化したもので分厚く覆われ、複雑な結晶の織りなす塔というよりも岩山のようです。その白い不透明な輪郭が、辛うじて聖塔に似ていなくもない。イーサの村人達は氷山の一つと思っていたようでした。
 雪原竜の姿に変じたダズニフが氷と塩の結晶を砕くこと一日。私達はようやく聖塔の中に入ることができました。
 長らく誰も入ることのできなかった塔は、上へ登るための階段もなく筒のようでした。全てが凍りついていて、生き物の気配は全くありません。開いた扉から入り込んだ空気が、吸い上げられるように上へ吹き抜けていきます。
 ルアムさんが飛び込むと、床を覆う氷をつーっと滑って中央へ進み出る。
「へへっ! スケートリンクみたいに、ツルッツルだな!」
 そう言いながら、見事にトリプルアクセルを決めたルアムさんに、ぱちぱちと拍手が湧きました。背後を振り返りリルチェラさんやルビーさんを見ましたが、彼女達は笑ってはいましたが拍手をしていません。誰が、拍手を?
『可愛いプクちゃん! スケートは楽しいだろう!』
 そうはしゃいだ声に視線を向けると、大きな緑のキノコを手に持った一つ目の魔物が歩み寄ってきます。喜びに輝く一つ目、嬉しそうに大きく開けた口、興奮に動く長い耳、頭のてっぺんの一つの角はピンと立つ、私の膝くらいの大きさである以外はどうみても巨人族の魔物です。大きく開いたキノコをクルクルと回しながら、ルアムさんと並んで滑り出す。
『さぁ、ボクの氷の力でいっぱい遊ぼう! キミ達が喜ぶ姿を見るのが、ボクは大好きなんだ!』
 そう差し出してきた緑の魔物の手を、ルアムさんが取ろうとすれば『ちょっと待った!』と声が降る。
 地面に降り立ったのは、赤と青とで色が違うものの、特徴は全く同じ魔物達。怒った様子でキノコを振り翳し、氷に叩きつけると、ぼふんとそのキノコの色に輝く胞子が舞い上がる。
『抜け駆けは許さぬぞ、グリモア! プクちゃんが一番喜ぶのは、このレドノフのバーベキューである!』
『ちげーよ、レドノフ! やっぱ、水遊びが一番だ! このブルメル様が、水も滴るプクちゃんを満足させんのよ!』
 魔物達はルアムさんを囲んで、クルクル回し始める。俺が一番、俺様が一番、ボクが一番。そんな言葉の真ん中で、ルアムさんが『あーれーっ! 』と回転し続けています。
 な、なんなのでしょう。この状況。
 ただただ呆気に取られながら眺め続ける沈黙の中で、ダズニフが突然笑い出しました。眉間に皺を寄せて視線を向けると、ダズニフの手にピペさんが指を走らせ、その刺激で笑い転げているようです。何かを知らせようとしていたようですが、ピペさんは諦めたように短剣を引き抜いて氷に文字を刻み始めました。
「プクランドの三闘キノコ…?」
 完全に目を回してぐったりするルアムさんの上で、ポカスカとキノコで殴り合う三体の魔物達。いつまで喧嘩しているのやらと思う頃には、ピペさんの言葉は一つの物語となっていました。
 アストルティアのプクリポ達が暮らすプクランド。そこには三体の巨人達が暮らしており、彼らはプクリポが大好きでした。彼らは自分達の力で、大好きなプクリポ達と楽しく遊んでいたのです。しかし三体の巨人達の力は属性が違うために、相殺しあってしまい喧嘩をしてしまう。巨人族の喧嘩は天変地異のように大好きなプクリポ達を苦しめてしまい、怒ったプクリポの神ピナヘトが三体の巨人をキノコに変えてしまったのです。
 そこまでダズニフに伝えるように読み上げると、トビアスは不思議そうに顎をさすった。
「ナドラガンドの竜族に向けた試練であるのに、なぜプクリポの神が関与するのだろう?」
 ねぇ。そう声を上げたのは、トビアスと共に塔にやってきたリルチェラさんです。私の髪の色に似た曙色の髪がふわりと揺れて、緑の瞳を向けた先を指差しました。
「あれって、芽じゃないかな?」
 福与かとは程遠い寒さに傷だらけの指先が示した先には、確かに植物の芽らしきものがありました。剥き出しになった地面を押し上げ、蹲るような緑の色彩が凍りついている。近づいて確認すると死んではいないようで、力が眠るように宿っているのを感じます。
 しかし、問題はその大きさ。近づいてみると、子供であるリルチェラさんやルビーさんが手を繋いでようやく囲い込めるほどです。これほど大きな植物の芽が成長したら、どれほど巨大になるか想像もつきません。
「もしかしたら、この植物を成長させることが試練なのではないのか?」
「凍りついちまって、育つどころの話じゃねぇだろ」
 ダズニフはそう言いながら、雪原竜の姿で天井を仰ぐ。筒状の塔の中には暖かくなるようなものは何一つなく、どこから吹き込むのか冷え切った潮風が丹念に塔の内側を拭き上げていく。防寒着を着込み、フバーハを重ね掛けしても、長くは滞在できない冷え込みようです。
 このような空間を暖めるにも、火炎の魔法程度ではどうにもならないでしょう。たとえ火炎のブレスで部屋を温めることに成功したとしても、この吹き込む冷気が熱気を殺してしまう。可燃物が非常に少ないこの領界では、炎を絶やさぬことすら難しいのです。
 ルビーさんの盛大なくしゃみが、筒のような塔の中を反響していきました。それにすかさず反応したのは、ブルメルという青い魔物でした。青に白い水玉模様のキノコで、緑の魔物の頭を勢いよく叩きます。
『グリモア! お前の氷が冷たすぎて、プクちゃんのお友達がカゼひいちまうだろ! レドノフ!』
『俺が暖めてやろう! プクちゃんもその友人も、暖かくなれば過ごしやすかろう!』
 赤いキノコを長手に持ち、赤い魔物が踊り出す。右へちょこちょこ、左へちょこちょこ、真ん中に戻ってくるりんとキノコを回し、高々と掲げると赤い光の胞子が舞い上がったのです。赤い光の粉が降り注ぐと、氷は瞬く間に溶けていく。緑の魔物が膝を折って、大きな瞳から大粒の涙をこぼして叫びました。
『あっ! あぁっ! ボクの氷が…! プクちゃんの為に作った、スケートリンクが…!』
 剥き出しの地面は瞬く間に多くの植物が芽吹き、壁は緑に覆われていく。瞬く間に塔の内側は緑に彩られ、蒸せ返るような緑の匂いに包まれていきました。大きな芽は一つ大きく身震いすると、大きな双葉を広げるのです。
 赤い光はますます勢いを強めていきます。渦を巻き、空間を赤く染めていくと、次第に暑さを感じるようになっていく。私達よりも熱に敏感な植物達は、みるみる水分を失い萎れていきます。若木となった芽は成長を止め、葉がしわくちゃと縮んでいくのです。
『レドノフ、やりすぎだ! プクちゃん諸共、全部バーベキューになっちゃうだろ!』
 青い魔物が赤い魔物の頭を、キノコでポカリと叩きました。見た目は軽い感じでも、赤い魔物の頭は勢いよく地面にめり込んでしまいます。青い魔物の声など、全く届いていないでしょう。
 青いキノコを短く持って、青い魔物は踊り出す。前へ突き出し、後ろに突き出し、真ん中に戻って大きく飛び上がるとキノコを下に飛び降りる。青いキノコから青い光の胞子が飛び出すと、舞い上がってすぐに雨が降り出したのです。
 雨は熱を和らげ、植物達を大きく成長させていきました。今では周囲の植物は花を咲かせ、蒸せ返るような甘い花の匂いで私達を包み込んでいるのです。大きな若木は筒状になった塔の遥か上まで成長し、その先端は闇に呑まれてしまっています。
 植物が育ちきったようで、身じろぐような成長が止まりました。この木の成長が試練を乗り越える鍵であるならば、氷の領界の解放はもう目の前。私は竜の姿に変じて舞い上がる為に、意識を統一しようと大きく息を吸い込みました。
「おいおい、泣くなよ。ちっこくても、巨人だろ?」
 出鼻を挫くように、ダズニフの声が響きます。
 竜族の姿に戻ったダズニフが、緑の芝生に突っ伏して泣きじゃくる緑の魔物の背を撫でています。緑の魔物は大粒の涙をぼろぼろと溢しながら、ひゃっくりに体を痙攣させながら泣きじゃくります。
『ボ、ボクは、プ、プクちゃんを、楽しませ、たかったの…! それなのに、風邪をひかせそうになって、氷は、溶かされて…! ボク、の、氷の、力は、や、役立たず、な、なんだ…!』
「そんなことねぇよ、グリモア。役に立たない力なんて、この世にゃあ存在しねぇよ」
 ダズニフは緑の魔物を抱き起こすと、胸に抱いて落ち着かせるように背を叩く。とんとん優しく、心臓の鼓動のようにゆっくりと等間隔に。そうして落ち着いてきた緑の魔物の背を撫でると、虹を帯びた白い腕が上を指し示しました。
「俺は目が見えねぇんだけど、なんだかでっかい木が生えたみてぇじゃん。あれ、てっぺんまで登れたら、楽しいと思わねぇか? でもよ、熱の力じゃ空は飛べねぇし、水の力じゃせっかく育った木が沈んで枯れちまう」
 ダズニフの手が魔物の肩を優しく包み込み、励ますように顔を覗き込みました。顔を上げた一つの目に溜まった涙を、やや乱暴な手つきで拭う。
「お前の氷の力で階段を作ってくれたら、皆が登れるんじゃねぇか?」
 大きく目を見開いた青い魔物は、ダズニフの傍を離れると勇ましく緑の傘を掲げました。右にくるり、左にくるり、しゃがみ込んでぐっと力を込めると、両手に持ったキノコを勢いよく掲げたのです。緑に光る胞子が渦を巻き、大きな木を取り巻いてのび上がると、胞子の軌道に沿って氷の螺旋階段が生まれていく。
「わぁ! これなら皆で木のてっぺんに登れるね!」
「父ちゃん! 早く、登ろうよ!」
 言うが早いか子供達が早速氷の階段を登ろうとしています。手すりまでしっかり作られた安全性を考慮した階段ですが、子供達だけでは危ないとトビアスが怒鳴るように注意しながら駆け寄るのです。その様子に思わず口元が緩みます。あんなに私達に『結婚はしてない』『子供は他人だ』と言っていましたが、面倒見の良い保護者を務めていますね。
 ピペさんがルアムさんを揺すると、呻き声を漏らしながらルアムさんが目を覚ましました。
 がばりと勢いよく起き上がり、赤い耳をきょろきょろと振って見回します。そうして巨大に育った植物を見て、嬉しさが爆発したような歓声が上がったのです! 飛び起きるとルビーさんやリルチェラさんを追い抜いて、木の周りを飛び跳ねるのです。体全身で喜びを表現したルアムさん、可愛い以外何が当てはまることでしょう。
「すげー! 緑がいっぱいで、花が綺麗で、木がめっちゃでっかいじゃん!」
 今にも階段を駆け上がってしまいそうなルアムさんに、ダズニフが言いました。
「この三兄弟が力を合わせたんだ。お前さんを喜ばせたかったんだとさ」
 ダズニフの言葉にルアムさんは、顔が輝くような笑顔を浮かべました。三匹の魔物達の前に駆け寄ると、次々と手をとって、ぶんぶんと振り回すような握手をします。勢いが過ぎてルアムさんも魔物達も飛び跳ねて、一緒に踊っているようです。
「すげー!すげーよ! みんなでこの階段に登って、キレーな花とか緑見たら絶対たのしーもん! ありがとうな!」
 そう大声で言い放つと、『ルビー探検隊! しゅっぱーつ!』と勇んで歩き出した子供達に赤い毛玉が飛び込んでいきました。楽しい声は上へ駆け上がり、私達が見える手すりの位置で並んで手を振っています。
 ルビー探検隊の一行に手を振り返していると、感慨深い声が足元から這い上がってきました。
『ピナヘト様が怒った理由が、分かったよ。喧嘩はダメなんだな』
『俺達が力を合わせることで、一人では見ることの叶わなかった笑顔を得ることが出来た』
 青と赤の魔物達が、キノコを子供達に振りながらすぅっと消えていきます。
『竜族のお兄さん。ありがとう。ボク達、これからは仲良くするね!』
 にっこりと笑った緑の魔物の頭を、ダズニフは優しく撫でました。緑の魔物は嬉しそうに口元を緩める。その形は、彼らが大好きなプクリポの笑顔と同じ形をしています。
「そうだ。仲良く、な。兄弟なんだから、楽しくて良い思い出をいっぱい作っとくんだぜ」
 すぅっと緑の魔物が消えていくのを見送りながら、私は領界の解放にばかり目を向けていた己を恥じました。彼らを利用するだけ利用して、結果を結んだ途端に見向きもしなくなった。あのまま竜化して飛び上がっていたら、緑の魔物は一人傷ついたままだったでしょう。
 何を試されていたかは、分かりません。しかし、三匹の魔物達の仲違いを見ていると、彼らの仲裁こそ試練だったのかもしれません。全ての怒りと悲しみを鎮め、笑顔に変える。私には出来なかった。
「エステラ隊員。行かねぇと、隊長殿に置いてかれちまうぜ?」
 解放者と認められる難題を、涼しい顔をして超えて行く解放者。私は見られもしないのに顔を隠して、小走りになって追い抜きました。悔しくて、恥ずかしくて、消えてしまいたくなります。
 課せられた試練が、己を写す鏡のように思えてなりませんでした。