空を見上げたひとたちの望みと祈りでできている - 中編 -

 ラグアスは、お母さんとお揃い! かわいいっ!
 僕に未来を見る力があると知ったお母さんは、そう言って喜んでくれました。くりくりとした大きな目をキラキラと輝かせて、美味しいケーキを食べたような幸せな顔で、僕の力と未来を心の底から祝福する声を今も昨日の事のように思い出せます。僕を抱き寄せてくれた柔らかいドレス越しの暖かさと、お父さんが買ってきてくれたナブレットおじさんのケーキの甘い匂い。
 何も知らない僕はこんなにお母さんを喜ばせる力を授かって、とても嬉しかった。
 でも、幸せな瞬間は瞬く間に終わってしまいました。
 暫くして、お母さんが死んでしまう未来が見えてしまったのです。
 そのあまりの恐ろしさに、僕は泣きじゃくり熱を出して何日も寝込んでしまいました。世界一可愛いとお父さんがこっそり教えてくれた顔が恐ろしいものになってしまって、柔らかい手が乾涸びて触っただけで崩れてしまう。お母さんが横にいて僕の頭を撫でて手を握ってくれるのに、お母さんを見ただけで、触れただけで、恐ろしくて恐ろしくて泣くことしか出来なかったのです。
 お母さんは僕を抱きしめて、子守唄のように言いました。
『ラグアス。こわーい未来が見えちゃったのね。でもね、なぁんも怖くない、怖くない!』
 当時の僕にはとても理解できない事でした。お母さんが死んでしまう。お父さんと喧嘩をして、部屋に閉じこもってしまう。両親のいる世界が全てだった幼い僕にとって、世界の終わりと同じだったのです。そんな未来なんか要らないって、僕は未来を見る力を閉ざしてしまいました。
 予知の通り、お母さんは死んでしまって、お父さんと喧嘩をしてしまった。
 そんな絶望しかない僕に希望を与えてくれたのは、捨てたいと願っていた予知の力でした。予知の力は、僕にとって世界を見る窓になってくれたのです。
 お父さんがプクランド中を旅して、恐ろしい魔物を沢山倒して皆を救う姿を予知するのが一番好きでした。かっこ良くて、強くて、プクランドの皆の為に頑張るお父さんは僕の自慢のお父さんです。弱くて、泣き虫で、知っていながらお母さんを助ける事のできなかった僕は、次第にお父さんみたいになりたいって思うようになりました。
 そして、お父さんが死んで、プクランドが滅ぶ未来が見えた。
 恐ろしい未来を見て一人震える僕の耳元で、お母さんの声が弾けたのです。
『こわーい未来の先にはね、すてきな未来がいーっぱいあるのよ! だからね、大丈夫!』
 そうだ。すてきな未来。
 お父さんが死んでしまった後は、予知した僕も知らない未来が待っていた。プクランドの滅びは回避されて、お父さんと仲直りして、ルアムさんと出会って、ナブレットおじさんが支えてくれる。一度も出た事のないプクランドの外に出て、お船に乗って、勇者様にも会った。広い海、大きな空。笑顔のルアムさんが、僕の手を引っ張って、立派な仲間達に自慢の王様だって言われてくすぐったい。
 こんな未来があるだなんて、あの時の僕には見えなかった。
 今回も、きっと、大丈夫。
 どこからか滑り込んでひゅーひゅー音を立てる隙間風が、きいっと軋んで開いた扉に殺到して飛び込んでくる。部屋の中の全てを引っ掻き回して、敷物や掛け物が裏返る。外の埃っぽい乾燥した空気に目を閉じてしまった僕は、大丈夫?と労わるように頭を撫でられる。
 大丈夫です。そう、言いながら目を開ける。
 目の前には動きやすい異国の装束を身に纏った、女戦士様の姿。風の強いこの領界で長い髪が邪魔にならないように、深く被ったターバンの隙間から一つに結った髪を出している。獣の皮を鞣した茶色い衣はぴったりと肩口から胸元を覆って、腕やお腹が露出した軽装だ。この町の女性達が織った守りの紋様が美しい布で腰回りを飾って、盾や剣が固定されている。
 僕と共にここに連れてこられたアンルシア姫は、嬉しさを堪えきれないように手を差し出してきた。
「皆が到着するみたいよ。行きましょう、ラグアス王子」

 赤い髪が瞬く間に目の前にきて、涙が溢れて今にも零れてしまいそうな目が視界いっぱいに広がる。がばっと抱きしめられて、大声で僕の名前を叫ぶ声が耳を貫いて抜けていく。肩を掴まれてべりって勢いで身を引き剥がすと、赤い髪がもさもさと左右に動いて僕の体を舐め回すように見たのです。
「ラグアス! 何処も怪我してねーか? 嫌な思いも、お腹空いたりして辛い思いもしなかったか?」
 ルアムさんにいっぱい心配させてしまったみたいです。
 このムストの町の皆さんは、本当に僕やアンルシア姫を大切にしてくださいます。町が魔物に襲撃され、地上の住処を追われてしまった大変な時期なのに、食べるものも寝る場所も彼ら以上に気を遣ってもらっているんです。なんだか、申し訳なく思ってしまうくらいなんですよ。
「はい。僕は大丈夫です」
 にっこりと笑顔で答えると、ルアムさんは大きな息を吐いて力を抜いた。がちがちに痛いくらい力んだ手がやんわりと肩を包み込んで、その手の上にルアムさんがこてんとおでこをつける。
「よかったー。ラグアスが無事で、本当によかったー」
 ルアムさんの背中におずおずと手を回す。同族の温かい体温と、染み込んだ甘い香りにホッとします。いっぱい心配させてナドラガンドまで来させてしまった罪悪感と、ここまで探しに来てくれた程に僕を特別に思ってくれている優越感にふわふわします。
 肩越しにアンルシア姫と、ピぺさんというプクリポっぽい子とラチックさんという大柄な人間が抱き合って再会を喜んでいます。ラチックさんがアンルシア姫を高い高いしてぐるぐる回して、ピぺさんが姫の肩に顔を埋めてひしっとしがみ付いて動きません。
 彼らの友人達が再会の喜びに水を差さないよう、遠巻きに見守っていました。
 そんなルアムさんの仲間達の輪から少し離れた場所にいる竜族の男性に、発光するように白いローブの後ろ姿が近づいていく。翼がついた兜がぺこりと下げられて、柔らかい癖毛がふんわりと揺れる。
「クロウズ。道案内をしてくださって、ありがとうございます」
「礼を言われる事じゃない。お前が何処にいるか何となく分かるからさ」
 シンイさんの感謝の言葉を流したのは、共にここにやってきたクロウズさんという竜族です。このナドラガンドの竜族と異なり、その装いは見慣れたアストルティアの旅人そのものです。茶色いコートの下には竜の鱗を連ねたベストが光に反射してキラキラと輝いて、大きな牙を紐で通した無骨な首飾りの上で、不満そうに眇めた垂れ目がシンイさんを見下ろしています。
「シンイ。俺はお前が『ナドラガンドへ行きたい』と願った俺の我儘に、付き合っているんだと思っていた。魂を抱えて冥王の目から逃れ、お前の故郷へ連れて行った恩を返す。律儀なお前なら、そう考えてたんじゃないかって勝手に思ってた」
「その通りですよ、クロウズ。貴方が僕にしてくれた事は、貴方の願いの助力程度では報いきれない恩です」
 クロウズさんの硬い言葉に、シンイさんが気恥ずかしそうに表情を崩す。
 シンイさんの気持ちが想像していた内容に近かったからか、クロウズさんが表情を緩めました。それでも笑みは浮かばず、言葉は硬いまま。
「お前と向き合わなかった俺が全部悪い。それでも、今更だが、話して欲しい」
 クロウズさんはシンイさんの腕を掴み、身を屈めて顔を覗き込みました。
「お前は、いや、お前達は、何をしようとしているんだ?」
 …場所を変えてお話ししましょう。そう言って、シンイさんが歩き出しました。
 ここはムストの町の地下へ降りる事ができる数ある入り口の一つ。教会の真下に位置します。少し広いですが岩盤をくり抜き、侵入者を食い止めるための分厚い扉がある廊下みたいな場所です。扉をくぐり抜けると、視界が開け吹き抜けを駆ける風が僕達を出迎えてくれました。
 後ろから続いたルアムさんのご友人が、感嘆の声を上げる。
 ムストの町はかつて城塞だった名残から、地下にも広大な空間が広がっています。嵐の領界で最も大きい陸地の中央部に位置する町は、風に煽られて激突する陸地の心配もありません。しかし、衝撃は凄まじく脆い床や壁が抜け落ちて、こうした吹き抜けになってしまったそうです。居住区は掘り抜いた岩盤ですが、空間を巡らすのは柔軟性のある木製の橋です。縦横無尽に伸びる根の間を縫うように板を渡し、枝の無い空間には吊り橋が掛かっています。先日の雨水が滝のように吹き抜けを落ちていき、最下層を湖に変えています。吹き抜けは所々に亀裂と穴が開き、そこから差し込んだ弱い日差しの中で植物が育ちます。こうして歩く僕達のすぐ横で花が咲き、昆虫が枝や葉の上を這い、果実が実るのです。
「ほう、地上よりも地下が生存に適した空間とはのぉ」
 ドワーフも地下に帝国を築いた経緯があるからか、ドワーフのお爺さんが興味深そうに視線を向けています。歩く僕達を遠巻きに見ている竜族達の前を通りながら、僕達は吹き抜けを下へ下へと降っていきます。町で最も下にある階層の部屋の一つに手を掛けると、先頭を歩くシンイさんが扉を開けます。
 居住区としては一番広い部屋で、大きな円卓にはクッキーや湯気の立つ紅茶が並んでいました。用意してくれた竜族の女性に礼を言って人払いをすると、シンイさんは『お好きな所に掛けてください』と微笑んだのです。
 それぞれが円卓の椅子に座ってひと心地した頃合いを見計らって、シンイさんが口を開きました。
「僕は未来を予知出来る力を持っています。故郷のエテーネ村では、稀に授かる者が現れる力です。僕の他には、僕のおばあ様もこの力を所有していました。故郷が滅ぶまで、僕とおばあ様は故郷が滅ぼされ村人達が殺される未来を予知するばかりでした」
 シンイさんが苦しげに眉根を寄せ、人間のルアムさんが俯く。震える手を、プクリポの柔らかい手が包み込んで大丈夫だよと擦っているのが少しだけ羨ましいです。
「故郷が滅ぼされクロウズと行動を共にし始めて、僕は新しい未来を予知出来るようになりました」
 シンイさんと僕の未来予知は同じじゃない。それでも、見える未来や見え方は似通っている。未来を予知する者に大きく関わる未来が、最も見易いんです。その未来が過去になって初めて、違う未来が見えてくる。
「一つはナドラガンドがアストルティアと繋がる事で起きる災いです」
「邪神に堕ちたナドラガ神が、アストルティアを滅ぼす可能性の事ですの?」
 聡明なエルフの女性の相槌に、シンイさんは頷いた。同じ未来が見えていた僕は、勇者と大魔王の戦いの最中に起こった世界規模の災いと勘違いしたのです。被害が少なかったことにホッとしていましたが、その未来は過去にならないで今もあるのです。
「もう一つが、ルアム君が複数の亡骸を前に泣いていた未来です」
 え。青紫の瞳が大きく見開かれ、注がれた視線を呆然と見返す。言葉を失った幼馴染の反応を待たず、シンイさんは言葉を続けました。
「この未来を見た時、ルアム君の周囲で亡くなっていた者達が誰であるか、僕には分かりませんでした。そしてクロウズとしてレンダーシアへ向かった時、初めて理解したのです」
 シンイさんは大きく息を吐き、唇を湿らせた。
 言葉にしたら未来は本当になってしまうと思う事は、僕にもありました。でも、言葉にしてもしなくても、未来は来てしまう。彼が僕の代わりに未来を告げなくてはならない重責に耐えている事を、心の底から申し訳なく思いました。
 男性にしてはほっそりとした手が、すっと上がり人差し指が差し示す。
「プクリポのルアムさん、イサークさん、ルミラさん、エンジュさん、ガノさん、ラチックさん。この6人が死ぬのを未来予知にて確認しています」
 あまりの内容に絶句した皆の中で、最も早く立ち直ったのはドワーフのガノさんだった。彼は豊かな顎髭を撫でて、『それは、なんとまぁ、大変な事じゃのぉ』と呻きました。
「正直、ベッドの上で看取られるは思っておらんかったが、自分の死の予告を聞くとはのぉ」
 全くだ。そうルミラさんが深々と頷く。
「命を奪う以上、自分の命が奪われる覚悟をして戦いに臨んでいた。しかし、事前に死ぬ事が知らされるとは、なんとも面映いな」
「何言ってらっしゃるんですか! 6人ですわよ! 全滅と等しいじゃありませんの!」
 エルフのエンジュさんが、両掌を円卓に叩きつけ大きく音を響かせた。そのまま前のめりになりそうな勢いで立ち上がり、全員の耳をヒステリックな声が貫通する。隣から『エンジュのねーちゃん、声でけーからごめんな』って僕の耳を塞ぐように折られる。
 耳の良い種族であるウェディ達は『ルベカちゃんと良い勝負』と、苦々しく笑った。
「先に謝っとくねー。蘇生できなくて、ごめーん」
「何、呑気な事言ってるんですの! 死ぬって言われてるんですのよ!」
 大柄な人間のラチックさんが興奮するエンジュさんの後ろに回り込み、肩に手を置いて椅子に座らせる。その膝に重石と言わんばかりに、プクリポのようなピぺさんを載せた。ピぺさんに頬を撫でられたエンジュさんは、膝の上の温もりを抱き締める。
「死ぬの 俺達だけ? どうして 死ぬ?」
 ラチックさんがそう訊ね、シンイさんは『わかりません』と頭振った。
 同じ未来が見えている僕も、これ以上人が死ぬのか、どうして死ぬのか、何時訪れる未来なのか探ろうとしました。しかし、悲しみと絶望が僕を掴んで離さないのです。シンイさんは無理をしなくて良いと言ってくれた優しさが、無力な僕を自覚して辛い。
 クロウズ。名前を呼ばれて、さらりと細く真っ直ぐな金髪が揺れた。
「僕はルアム君を守りたかった。故郷の滅びを耐えたからと言って、多くの困難を共に乗り越えた友の死に心を壊してしまうかもしれない。だから、偽りのグランゼドーラに乗り込み全滅の可能性を消し去ろうとしたのです」
 もちろん。そう、シンイさんは言葉を続ける。
「勇者と大魔王との抗争の最中に、アストルティアとナドラガンドは繋がる未来は見えていました。勇者を覚醒させる手伝いは、必要な行動だと思っています」
「言い訳しなくて良いよ、シンイ」
 クロウズさんはそう静かに、シンイさんの言葉の隙間に声を滑り込ます。
「お前が幼馴染を救いたいって気持ちで動いている。それだけで、十分だ」
 ふわりと表情を彩る微笑みに、シンイさんも表情を緩めました。小さく頭を下げ感謝の言葉が囁かれたのを、僕達は聴かないふりをした。
 なーなー。ルアムさんが舌っ足らずな声を上げる。集めた視線の前であざとく首を傾げて見せて、ルアムさんはシンイさんに問いました。
「シンイの兄ちゃん。相棒の為に頑張ってくれて、ありがとうな。でも、相棒の兄貴と一緒に行動してるんだろ? それって、どーいうこと?」
 シンイさんが口を開こうとして、立ち上がったアンルシア姫に視線が引っ張られる。美しい青い瞳、決意に引き結ばれた頼もしい表情の勇者様は、凛とした声で言いました。
「それは、私が話します」
 良いですよね。シンイさん。そう訊ねて頷いたのを確認して、アンルシア姫は語り出しました。
「私とラグアス王子は六種族の祭典で誘拐されて、ここ、つまり嵐の領界のムストの町の地下に連れられたの。誘拐犯であるテンレスさんは、問答無用で誘拐した事を先ず謝罪してくれたわ」
 確かにテンレスさんは、膝をついて命乞いをするように謝罪してくれました。
 テンレスさんは不思議な魔法の力で身を守る事はできましたが、ムストの地下の岩盤を容赦無く破壊して崩落寸前だったんです。町の竜族達の皆さんが、勇者や姫とはとても信じられないと口を揃える暴れっぷりでした。
「六種族の祭典に邪悪なる存在が迫っていて、説明する暇もなかったと言われたの。私やラグアス王子、そこにいるヒューザさん。神の器と呼ばれる者達が、悪き目的の為に利用されるのを阻止したかったそうよ」
 円卓を囲んだ冒険者達に驚きはない。皆が神の器が誘拐されている事。その目的が良い理由でない事は、僕達以上に感じているんだろう。
「私は戻らないわ。邪神ナドラガの復活を阻止する為に戦うつもりよ」
 僕もアンルシア姫の決意に同意するように頷きます。
 故郷を心配する僕を慮って、テンレスさんはメギストリスの様子を見に行ってくれたんです。ナブレットおじさんがお父さんの兄弟を騙って玉座に座ろうとする不届者を蹴散らし、僕が帰還するまでの間国を預かると宣言したのです。それでも文句を言う毛玉には、得意の火吹き芸で全身アフロな縮毛にしてやってたと愉快そうに笑います。痛快なパフォーマンスに、お城の者達はナブレットおじさんを全面的に支持してくれたそうです。
 お父さんが信頼して、お母さんのお兄さんのおじさんなら大丈夫。
 僕は僕に出来る限りのことをします。勇者様のように強くなくても、僕はお父さんとお母さんに恥じない選択をしていきたい。それが一人でも多くの人の幸いに繋げたいのです。
 あの。そうおずおずと声を上げたのは、テンレスさんの弟、人間のルアムさんです。
「つまり、テンレス兄さんは、皆さんを守る為に誘拐したんですね?」
 不安で不安で堪らない顔、絞り出して震える声に、シンイさんは力強く頷きました。
「テンレスさんがルアム君を突き放したのは、君の仲間が死ぬ未来を知ったからです。共に行動している仲間が死ぬなら、君も死ぬ可能性も高い。ナドラガンドへ神の器を追ってこないだけで、危険から遠ざける事ができると考えたのでしょう」
 そうなんですか。噛み締めるように言って、ちらりと伺うように周囲に視線を向ける。探している彼と同じ色の髪の色は、この空間にはない。それを確認してルアムさんはシンイさんに訊ねました。
「あの、テンレス兄さんは…?」
 シンイさんは辛そうに眉根を寄せ、震える声をどうにか励まして言いました。
「今はナドラガ教団に囚われています」
 ナドラガ教団? 予想だにしなかった名前に、皆さんが顔を見合わせます。
 ここに来るまで彼らを支援してくれたナドラガ教団に、ルアムさんのお兄さんが囚われている。その事実は彼らを大いに混乱させるでしょう。共に行動していた神官達は、とても善良な考えを持っていると伝え聞いています。
 誰が敵で、誰が味方なのか。何が正解で、何が不正解なのか。
 この場にいる誰もわからない。
 でも、未来は揺るがない。ここにいる大半の人達が死に、残された者達は心が引き裂かれるような絶望を味わうことになる。そうならない為に足掻けるなら、僕は何だってする。
 でも、僕は何もできない。アンルシア姫は僕の優しさがムストの町の人達を癒していると言ってくれるけれど、僕はムストの人達だけではなく、ルアムさん達を助けたいと願っているんです。
 ピナヘト様。僕が貴方の力を宿す神の器なら、皆を救ってください。
 そう、空に向かって願い祈るしかできない。