鳴り響く鐘の音が私の心臓と重なって溶けていく -前編-

 聖都エジャルナの中心に立つ、ナドラガ教団の神殿。その敷地の端に、歴代の神官長の自宅と孤児院を兼ねた小さい家がある。多い時は十人以上の子供達が共同生活する空間は、布製の寝床が天井のあちこちから吊るされ、テーブルから食器が落ちそうなくらい重ねられて置かれる。来たばかりの末の兄弟の泣く声、どたどたと幼い兄弟が駆け回る音、些細なことで喧嘩して暴れる音、楽しげな笑い声、それらは寝静まる時以外止むことはない。
 僕は部屋の窓に腰掛けて、耳を傾けるのが好きだった。
 家の中だけじゃない。世界の音に耳を傾ければ、教団で行われている祈りの歌が、エジャルナの人々の生活の音が、さらに外で暮らす魔物達や領界の鼓動を聞き取ることができた。世界が命に溢れる活気を、飽きもせずに聴き込んだ。
 窓枠に掛けていた手が、上から握られる。軽やかに僕の横に片割れが座ると、片割れもじっと世界に目を凝らしているようだった。どちらともなく身を寄せ合って、互いが触れる部分の温もりで心が満たされる。
「ねぇ、ナゼル。聞いてよ」
 片割れが「んー」と気の無い返事をしながらも、僕の言葉に耳を傾けているのを知っている。
「僕ね、アストルティアに行く夢を見たんだ。ナドラガ様の弟妹神の子供達がいてね、僕は仲良くなるの。みんな優しくて、一緒にいるとすごく楽しくて、僕は大好きになるんだ」
 へー。ナゼルの声が弾む。
「お前だけじゃないよ、ダズニフ。俺も同じ夢を見たんだ」
 僕達は弾けるように話し出す。妹神エルドナの世界樹がこんなに大きかったこと。アストルティアがとっても寒くて、エルフの友達が炎の精霊で温めてくれたこと。氷の領界に比べれば、アストルティアの雪が温かかったこと。人間の友達が作ってくれた鍋が、辛いだ辛くないだで言葉を被せ合う。プクリポの友達があんまりにも甘い匂いがするから、食べてみたいなって言葉にダメだよって嗜める。ウェディの友達の歌が綺麗で、ドワーフの友達の旅の話が面白くて、オーガの友達が飛竜のお母さんで、って僕達はいつまでも話していた。
 星の昇らないナドラガンドの空が明けて暮れ、また明ける。ご飯を呼びに来る兄弟も来ないから、僕らは時間を忘れて夢の話を喋りあった。心の中を楽しい思い出が溢れて、大好きな片割れと共有できる喜び。これ以上は存在しないんじゃないってくらい、僕を幸せにしてくれる。
「不思議だね。僕とナゼルが同じ夢を見るだなんて」
「不思議じゃねぇよ」
 ナゼルがげらげらと笑う。そんな下品な笑い方はいけませんよって、怒る人はここにはいない。笑いの余韻が消えないうちに、片割れの腕が肩に掛けられ頭を押し付けるように寄せる。
「俺達はずっと一緒なんだからよ」
 なんだろう。ふと、冷たいものが胸を過った。
 僕が見たものは楽しい夢ばかりじゃない。恐ろしい、本当に恐ろしい夢もあったんだ。
 でも、夢だったんだ。
 だって、ナゼルがここにいるんだもん。隣で座って、僕と楽しく喋って、抱きしめてくれて、温かい。心臓の音が、匂いが、声が、全部僕の知るナゼルで出来ている。
「ダズニフは、いつまでここにいるんだ?」
 僕は首を傾げた。
「ずっとここにいるよ?」
 だって、ここは僕らの家じゃないか。父さんも母さんも、爺ちゃんも婆ちゃんも、ずっとずっと昔のご先祖様から引き継いで暮らしている。僕らもこの家をいつか貰って、子供達と暮らしていくんでしょ?
 ナゼルが頭を振って、波打つ長い髪が空気を含んで揺れる。立ち上がったナゼルの手に引かれ、僕は思わず窓枠から腰を下ろして立つ。立って僕は驚いて、体が硬直した。ナゼルが小さい。いつも僕と同じくらいの背丈のはずなのに、ナゼルの頭は僕のお腹の辺りにあるんだ。生まれた頃から過ごした家が、ぎゅっと小さく縮んでいく。
 背筋を悪寒が駆け上がり、腰を抜かして床に尻餅をつく。『大丈夫か? ダズニフ』いつの間にか手は大人のものになっていて、ナゼルの手は指を掴んで繋がっている。
 つんと軽く引っ張る手に逆らうように、僕は後ずさる。背中に窓枠ががつりと当たった。
「ダズニフ。俺達が見てきたものは夢じゃない。本当にあったことだ」
 震えが止まらない体で、どうにか首を振る。
 あれは、夢なんだ。夢じゃなきゃいけない。夢じゃなかったら、本当だったら、ナゼルは…ナゼルは…。僕は激しく頭を振って、ナゼルの手を払って両耳を塞ぐ。
「ちがう! ちがうよ!」
 違くねぇよ。ナゼルが僕の顔に手を置いて、指で髪を梳く。柔らかい髪が小さい指の間を、するりさらりと抜けていく。くるりと指先に巻いて摘んでは、ぱっと離してしゅるりと落ちる。
「俺の体はもう、心臓だけ。魂はお前と一緒になっちまっただろ?」
「違う! 俺達は…!」
 咄嗟に迸った言葉に、僕は続けようと思った言葉を喉に詰まらせる。ナゼルは笑って、僕の手に触れて下ろさせる。小さい手が僕の頬を包み込んで、鼻先に鼻を当てる。
「そうだ。『俺』達だ」
 今、はっきりとわかった。ダズニフが自分を僕から俺に変えたのは、死んだナゼルを忘れたくなくて口調を真似ていたからじゃない。僕がナゼルの心臓と一緒に、魂も食べてしまったからだ。
「俺はダズニフで、ダズニフは俺だ。もう俺達は一つの魂を分かち合って、それぞれの人生を歩む双子じゃない。一つに戻ったんだ。俺は嬉しいけど、ダズニフは嫌か?」
 勢いよく横に振った僕の頭を、ナゼルは抱きしめた。
「俺達の神様が暴れてる。仲間が、友達が、苦しんでる」
 闇の彼方から、竜の神の咆哮が聞こえていた。
 僕はそろりとナゼルの腰に腕を回す。
「うん。行こう」
 僕はナゼルを下から抱き上げて、ゆっくりと立ち上がった。家を飛び出した時はあんなに広々とした家は狭く、手を伸ばせば天井に手が届いてしまいそうだった。僕はナゼルを抱えたまま振り返る。大股で窓枠に足をかけると、全体重を掛けて踏み切って飛び出した!

 ■ □ ■ □

 短く鋭く吸い込んだ空気は、闇の領界が清々しく感じる生臭い瘴気だった。肺が軋んで絞り上げられるような苦しみに息を吐き出すと、肺の中は空っぽになって眩暈がする。瘴気でも吸わなきゃ生きらんねぇけど、拒絶する体が痙攣する。激しく咳き込めば、空っぽの胃からなけなしの胃液が出てくる。水の領界の海の中で息しなきゃならねぇ、あの地獄みたいな訓練を思い出すぜ。
 ナドラガ神の体を構築したナダイアに掴まれ、肋骨が折れて内臓に刺さって気を失ったのは覚えている。解放されて竜化の自己治癒が働いたのか、気を失うような痛みはもう残っていない。
 ナダイアは俺を結局殺さなかったのか、殺せなかったのか…。
 まるで針を飲み込んだように肺が痛む。それでも慣れってのは怖いもんで、どうにか瘴気を含んだ空気で息ができるようになる。息を整え痛む体をどうにか起こすと、俺を押し潰していた瓦礫ががらがらと崩れた。周囲に吹き荒れる風の音は全く変わっていて、俺が今、どこにいるのかすら分からない。
 耳を澄ませば、竜の神が何者かと激しく争っている音が押し寄せてくる。
 激しい炎と強い風の轟音の隙間に、ギダの竪琴の音色とブレエゲの気合が聞こえる。滝のような大量の水が遥か彼方から押し寄せたと思えば、リルチェラの祈りが聞こえて凍りつく。そしてそれらを全て薙ぎ倒して、神が与えた才能の無駄遣いが響き渡る。それらは竜の神と互角の暴力を、力を合わせて生み出しているようだった。
 そして一番驚いたのは、竜の神の大きさだ。
 ナダイアが構築した竜の神は、フェザリアス山にも並ぶ大きさだった。それが、今はどうだ。ナドラガ教の総本山の神殿くらいに、小さくなってるじゃねぇか。
「俺が意識を失ってる間に、一体、何が起こったんだ…?」
 耳を澄まし匂いを嗅ぎ、仲間達を探す。竜の神が誰かと争う音が、瓦礫にこびり付いた魔瘴の臭いが、仲間達を覆い隠してしまう。予知の通りに死んでしまったのかと不吉な予感が過ぎったが、仲間達の話す声が争う音の間に擦れ合う砂のように聞こえてきた。
 …思ったよりも近い。
 俺は飛竜に姿を変えて羽ばたけば、仲間の声に近づいていく。しかも興奮しているのか、その声は大きく響く。戦っているかと思ったが、雑談だが中身のある会話だった。
「自分は海竜を推す。海竜はオーガの屈強な戦士でさえ身震いする、特別な存在だ。七つ目の神話は海竜を紋章に掲げる最強の海賊がいたと伝えられるし、その存在感は神に引けは取るまい」
「やはり最も歴史ある竜といえば、王の中の王『竜王』であろう! 黒曜石のような美しき光沢を持ち、鋼よりも硬き鱗。その姿は多くの竜の原型と呼ばれる、シンプルに威厳あるものじゃ」
「俺 オリハルゴン!とても 大きい! とても 強い!」
「黄金の竜で天空の神。映え的にマスタードラゴンかなー。男女の仲を引き裂くあたりは残念だけど、まぁ、マリーヌ様も最低な男に神罰くらい落としてるしー!」
「竜の神なら始まりの神話の竜の女王ではありませんの? 我が子の未来の為に殉じた、母親達の信仰を集める竜の神様ですわ!」
「オイラね、グレイナル! お酒が大好きでベロベロに酔っちゃう話から、空の英雄って呼ばれる大活躍の物語までいっぱいあるんだぜ!」
 一体、何の話をしてるんだ?
 仲間達の近くに降り立てば、皆が俺に駆け寄ってきてくれる。
 ダズ兄! ダズニフさん! ダズニフ。ダズダズ! ダズニフ君。全員から死臭がした。それでも、鼓動が彼らの中から力強く響いている。死んじまったんだろうけど、生きている。皆がそれぞれに俺を呼んで、俺は堪らず全員をギガントドラゴンに竜化してまとめて抱きしめた!
 喜びが喉から溢れ出る。ころころと甲高い朗らかな音が、胸に抱きしめた仲間達に惜しげもなく降り注ぐ。一頻り喜びを噛み締めて仲間達を下ろすと、俺は竜族の姿に戻って皆を見回した。
「俺を探してくれてたのか?」
 頷いた仲間達が頷き、エンジュやガノが手短に状況を説明してくれた。
 何でもオルストフのじいさんがナダイア達教団の闇を操る首謀者で、神の器が神を下す為に仲間達を皆殺しにしたという内容には目を剥いた。俺達が知る限り、じいさんは裏側に全く関知しなかった。俺達が地獄耳や千里眼の持ち主だと知った瞬間から、警戒していたんだ。
 そのじいさんはエステラを連れて、ナドラガ神の元へ行ってそれっきり。
 本物のナドラガ神の器であるエステラを連れて、神と一つにしたのだろう。完全に神が復活した経緯を把握して歯噛みする。そこで、ふと思い出して顔を上げた。
「そういや、さっきは何を話してたんだ?」
 さっき? 互いに顔を見合わせて、あぁ!と全員が思い至ったようだ。
「我らが種族神はナドラガに立ち向かう我輩達に、加護を授けてくださった。しかし、その力は縮小したナドラガであっても、痛手を与えるには遠い力じゃ」
「私達が種族神から与えられた力を、どう使うか、それがこの戦いを左右すると思うのです」
 なるほど。世界樹の頂で巫女がエルドナから使命を授かって息を吹き返したように、仲間達も生き返る代わりにナドラガ打倒を託されたのだろう。そして託した者達に、ナドラガ討伐に役立つ力を授けるのは合理的だ。
 俺が納得しながら相槌を打って、仲間達の言葉を促す。
「ダズニフを探しながら、何が一番効率が良いか話し合う内に…」
「ナドラガ神って、想像してたほどカッコ良く無いよねーって話になって」
 うん?
「俺達 かっこいい 竜の話 ずっとしてた!」
 足を滑らせてつんのめった俺に、ピペがぐいぐいと何かを押し付ける。
 手に持って触れてみると、荒削りな竜の彫り物だ。頭があって手があって、体を支える太腿が発達した足があって、バランスを取る為に尻尾があって、翼があって…ってそんなに差はないもんなぁ。彫り物に触りながら仲間達の賑やかな声に囲まれていると、なんだか、可笑しさが込み上げてきた。
 神様が暴れて、故郷が滅ぼされる危機に直面してるってのに、何してるんだ?
 もたげた疑問も、込み上げる笑いにどうでも良くなっちまう。楽しげな雰囲気が、皆が喋ってたカッコイイ竜って話題と結びついて打ち捨てるのが勿体ねぇ。
「よぉし、分かった!」
 俺は威勢良く言い放つと、拳で己の胸を叩いた。
「俺がお前達の考えた、最高にカッコイイ竜に竜化してやる!」
 わあっ!と歓声が上がった。
 最終的には竜化して戦う訳だし、俺はどんな形でも十分に力を引き出す自信がある。それくらい、ナドラガンドに存在するありとあらゆる竜になってきたつもりだ。竜王だろうが、マスタードラゴンだろうが、海竜だろうがグレイナルだろうが、なんでもきやがれってんだ! 竜の女王だけは、性別が変わっちまうから遠慮してぇな。
 俺は仲間達に向けて手を差し出した。
 一番に飛びついて伝わったのは、華やかな存在。どの神話も竜は物語の重要人物だっていう、そんな華やかさを感じる。続くはどっしりとした大地のような重厚感。竜として最もイメージが強い闘志に燃える雄々しさ。神秘的な叡智を司る凛々しさ。愛しき命を守る慈悲深さと愛情。そしてどんな脅威にも立ち向かう勇敢さ。
 それらは一つになって、掌の上で燦然と輝く玉になる。
 真っ暗な闇しか見えない世界に、それは黒以外の色で俺の世界を塗り替える。でも灼くような痛みはなくて、じんわりと俺を優しく包み込んで染み込んでくる。
 あの吹雪が吹き荒ぶ大地で学んだ竜化の極意を思い出す。ナドラガンドの竜族が一種類の竜にしか竜化出来ないと告げた時、固定観念がそうさせているんだろうとケネスは言った。煙管を燻らせながら、夜空を見上げて言う。
『皆、好きな姿になれるのを忘れちまった。元々、生き物の形なんかもっと自由だったのにな』
 この光の玉で、俺はどんな竜の姿になるんだろう?
 未知への不安より、皆の寄せてくれた期待が俺の心にも膨らんでいく。弾んだ皆の鼓動が、頭上の暗澹とした空気を払ってしまいそうなくらいに高鳴る。
 これは、其方の歩みが紡いだ絆から生まれしもの。
 光の中から、声が聞こえた気がした。
 掌を握りしめると、握り込んだ光の玉は音もなく無数の光となって手の中から飛び出した。光は弧を描いて次々と俺の中に入り込んで、俺の中で竜の形の元になる。燃え激る炎の鮮烈さを持った闘気は強靭な筋肉となり、堅牢な大地のような厚みになって肉体を形作る。華やかさは鏡のように美しく磨かれた鱗になって体を覆った。巨体を飛ばす大きな翼を広げれば、広げた傘のように皆の頭上を覆う。尾まで感覚が行き届き、血が巡って肉体の全てが俺のものとなる。
 今まで竜化したどんな種族とも違う形。不思議と俺は元々この竜の形だったと思うくらい、しっくりと体に馴染んだ。仲間達が描いた竜の形が、力になって体の奥から溢れてくる!
 仲間達の歓声に、俺は照れ隠しで雄々しい雄叫びを上げて見せた。
『あれは、在りし日のナドラガ…! いや、解放者…?』
 カシャルの驚いた声を聞きながら、俺はナドラガに駆け寄り掴みかかる。雄叫びを上げて不意打ちは消えたが、がっちりと掴み合った双方の力は同じくらいだ。
 ナドラガ神が詰まらせた息をゆるりと吐き、言葉を紡ぐ為に吸い込む。
『弟妹の子らに絆され、父に挑むか…』
 大きく顎が開いて肩に牙が食い込めば、まるで柔らかいものを食むように簡単に腕を食い千切られる。歯を食いしばって激痛を耐え凌ぎ、どうにか踏みとどまる。
 竜化には適切という程度が、どうしても存在する。現在繁栄している竜は、進化して得た形を最も無駄のない合理的な形に整えたもの。大きすぎても小さすぎても、重すぎても軽すぎてもいけない。本当にその生命にとって丁度良い姿なんだ。
 無理をしてナドラガ神と同じくらいに体を大きくしたから、筋肉や鱗の密度がどうしても落ちてしまう。殴りつければ手がひしゃげ、尾でなぎ払おうとしても振り抜けず潰れてしまう。灼熱に炙られれば、紙に火をつけるように燃え広がってしまう。だからと言って、この竜化の姿は決して弱い訳じゃねぇんだ。ナドラガンドに生息する、ありとあらゆる竜を圧倒出来る地力がある。それでも、竜の神に届かない。
『受け入れるのだ。これが、父と子の差である』
 うるせぇ。食いしばった音が脳髄の裏を擦る。
 氷の領界のナドラガ神の骨に呼びかけ、炎の領界の血肉で覆って失った体を構築する。決して倒れちゃなんねぇ。決定打を与えることはできなくても、領界を見守っていた神獣達と竜族が力を合わせ集中してナドラガ神を打ち据えるのを援護するんだ。俺は彼らの盾になり、的を肩代わりできりゃあ十分だ。
「大空はアストルティアの全てを包み込み、その下に泰平をもたらす」
 ナドラガンドに伝わる、竜の神ナドラガに関わる伝承。四方八方から『我はアストルティアを統べるべき』って主張を否定されてる神様は、俺が誦じた神を讃える伝承に気を良くした。ころころと涼やかな美しい笑い声が喉から溢れて零れていく。
『左様。我こそが空の神。我が統治が全てに幸を齎すだろう…!』
 まるで手を叩いではしゃぐ子供のよう。
 あまりに喜んでくれるもんだから、俺はふっと笑いが漏れてしまう。
「神様。俺は大地で暮らす弟妹神の子と、一緒に並んで歩いて行きてぇんだ」
 竜の神は『愚かなことを…』と囁いた。振り下ろされる一撃はしゃべりながらだからか鋭さはなく、俺は難なく避けることができる。じりじりと攻撃の糸口を探り合う中で、神はきっぱりと断言した。
『誇り高き空の民が、下賤な大地の子と交わる必要はない』
 俺はくしゃみでもするように吹き出した。まるで口煩い親父みたいだな。
 『貴方は竜の神様の器になる子供なのだから、そんなことをしてはいけません』内容は些細な礼儀作法についてだっただろうか。そう言った親父にナゼルが『竜の神様の器になる子供が、魔物を殺して穢れるのは良いのかよ?』って切り返したっけな。俺達が大人達の言葉を大人しく聞く質じゃないって分かってからは、もう聞かれなくなったお小言だ。
 今思えば、ダズニフはナゼルに比べれば御し易いと思ったんだろう。大人達の都合の良いように従わす為の、足枷のような言葉だった。
「竜族で一番傲慢な俺が、竜族を代表して神に進言させていただく!」
 俺はぐっと地面を踏み締める。瓦礫となったナドラグラムを撒き散らしながら一気に踏み込むと、全身の勢いを乗せた拳をナドラガ神の顔へ叩き込む。俺の体が神を傷つけることがないと分かっているからか、神は身構えることなく悠然と立ったままだ。
 渾身の一撃がナドラガ神の横っ面を捉える。
 竜の神の顔がめり込んだ拳に歪んで、大きく開いた口から舌が飛び出る。驚きの表情から迸った唾液が、ぼたんぼたんと瓦礫の上に降り掛かる。力を込めた腕が音を立てて膨らみ、俺の拳は力強く握ったままナドラガ神の横っ面に刺した腕を振り抜いた!
「それを決めるのは、ナドラガ様じゃねぇんだよ!」