謁見

「よく似合ってるよ、姉様」
 真新しい外交官のローブに袖を通したブルージア姉様の、問うた問いに躊躇いながら答えた。でも女性の外交官など聞いた事がなかったし、本当の事を言えばいつもの淑やかで優雅な服装の方がよく似合っていると思った。
 ブルージア姉様は『ありがとう』と照れくさそうに答えると、膝を付いてあたしに視線をあわせて優しく微笑んだ。
「よくお聞きルクレツィア。子供を産むには命と引き換えにしなければならないほどお母様はもう高齢で、もうムーンブルクを引き継ぐ者は私と貴女しかいない、つまり女だけなのよ。でも、女王となるのは貴女。魔力の寵児と呼ばれるほどの才能は、きっと永きに渡るムーンブルクの血の結晶、そして貴女が初代国王が予言した運命の子供だからよ」
 優しさの中に嬉しさが混じる。
「でも、私個人としては外交官になることは嬉しい事なのよ。私がリウレム王に憧れてるの知ってるでしょう?」
 今の境遇ですら楽しんでしまうように笑って立ち上がると、姉様はきっぱりと言った。
「忘れないで。貴女にしか出来ない事に立ち向うのよ。私は貴女を守るわ」

 □ ■ □ ■

 ルプナガ港からアレフガルドのガライ港に渡ると、ラダトームの騒ぎは噂どころか宣伝したように知れ渡っていた。
 蜂の巣でも突いたような大騒ぎなのかもしれないけれど早朝のラダトームはとても静かだった。対岸の城は朝靄で白く霞んで朧げにしかみえず、町の中も毎日の緊張のために力を貯えようと無気味なほど静かな沈黙にあった。
「ラダトームの現国王とはどのような人物なのですか?」
「腰抜け」
 リウレムさんの問いにサトリさんが瞬きよりも早く即答した。朝食の温くなったスープを一気に煽ってテーブルに置くと、優しい光を宿す金髪のまっすぐとした髪の隙間から、苛立たしげに細められた目を向ける。
「僕が最後に会ったのは5年前になるだろうな。僕か妹のマリアのどちらがサマルトリアの後継者になるのか、影でこっそり従者共に探りを入れる小心者さ。もし僕が親父から正式に王国を継ぐよう宣告されていたら、取り入ろうとでもしていたのかもな」
「それはおかしいだろ?ラダトームはローレシアとサマルトリアよりも歴史が長い王国だし、ラダトーム出身のローラ王妃とアレフによって興された王国だぞ。圧倒的にラダトームの方が有勢で、サマルトリアに取り入るメリットなんてなさそうだぜ?」
 隣でパンにバターとマーマレードを塗りたくるロレックスさんは不思議そうに聞き直したが、サトリさんは鼻で笑って不機嫌まるだしで答えた。
「だから腰抜けなんだ」
「仮にも国王陛下なんじゃから口を慎め!」
 耳にガンガン響く声が響いたと同時に、ロレックスさんの青い服がテーブルの下に滑り落ち、ロレックスさんの頭があった箇所をお玉が放たれたダーツのように閃いて通り過ぎる。こぉんと小気味良い音を立ててお玉がサトリさんの側頭部を直撃すると、サトリさんが憎々しげにテーブルの下に逃げたロレックスさんを見つめた。
「避けるな!」
「お前に向けて放たれたお玉を、俺が受ける義理はねぇ!!」
「それでも護衛か!?」
「殺傷能力のない攻撃からも守らにゃならんほど弱かねぇだろ!」
 真っ黒い髪が金髪と擦れあうほどににらみ合い、青い旅人の服と緑の法衣を掴み合い取っ組み合いを始めようとする両者に、身軽な老婆が割り込んだ。真っ白な紙に黒いインクで線を引いたような割合の髪を後ろに束ね、小さいしわしわの手が頭一つ分ほど高いサトリさんとロレックスさんの胸を押して留めさせる。
「はいはいはい。若いって事は良いけどねぇあんた達、今は朝食中じゃ」
「元はといえばゼナン婆さんが、僕にお玉を投げ付けるのがいけないんじゃないか」
 ギロリと睨みを利かすサトリさんだが、サトリさんのそんな表情自体が珍しい。
「ほっほっほ。幼い病弱の坊やを遥かサマルトリアの王城にまで看病し治療せしめた老人が、元気になってわざわざ会いに来た坊やを嬉しさのあまりどつき倒すことの何が悪いのかぇ?これでも孫と同じくらい可愛がってるんじゃぞ」
「ほぉ…サトリ君は病弱だったのですか」
 ルクの隣で珈琲を味わって静観していたリウレムさんが意外そうに呟いた。それでも紫の髪の下にある瞳は面白いものでも見るかのように楽しそうに細められている。サトリさんも当然その微笑ましげに見つめてくる瞳に、カァっと怒りなのか照れなのか分からないが真っ赤になって怒鳴り散らした。
 リウレムさんの隣で氷水に塩を入れて飲んでいるシクラが、一番楽しそうにサトリさんの取り乱しぶりを笑って見ている。
「サトリ様がご乱心ヨン」
「う、うるさい!!皆黙れっ!婆さんも黙れよ!」
 リウレムさんが珈琲のおかわりを注ぎに行こうとしてして立ち上がると、ゼナンお婆さんが珈琲カップをもぎ取った。
「あんた、国王の事を聞くんだから、これから外交交渉にでも臨むつもりなんじゃろう?なら余計な体力は使わん方がええんじゃないかい?」
 リウレムさんが驚いたように目を真ん丸に見開いた。
「ありゃ〜。皆さんに黙っていたのですが、お見通しでしたか」
「その細腕で何ができるんじゃ?今はクーデターで政権がぶっ倒れちまって、国王陛下も軟禁状態さ。そうでなくともクーデターの首謀者は国王を凌ぐ金と人脈と実力をもったリュゼル様だよ?リュゼル様はこの国一番の魔法と剣の使い手、文武両道で財力もある将軍様さ。取り巻きだって強いのにリュゼル様に近付くのでさえできやしないのではないのかい?」
「いやぁ、手厳しい」
 リウレムさんが笑いながら頭を掻く。
 崩壊したムーンブルク復興支援を得るために、リウレムさんはラダトームとローレシアとサマルトリアに同時外交交渉を行おうとしている。伝書でムーンぺタの外交官達がサトリさんの書状でローラの門を開放させ、サマルトリアとローレシアにたどり着いたと報告があった。今を逃せばムーンブルクの復興に遅れが出ると推測しているのだそうだ。
 ようやく訪れた古都ラダトームは噂がアレフガルドから零れそうなほどの大騒ぎになっている。
 クーデター。
 リュゼルという人物がラルス王家が治めるラダトーム政権を崩壊させたのだ。
「想像以上に難しい局面であるのは理解しています。リュゼルという人物は、おそらくムーンブルクが崩壊する前からこのクーデターを立案し準備していたはずです。確かにムーンブルクの崩壊や世界規模の災害が、クーデターの後押しをしたのは確かでしょうが、入念な準備がなければどんなに腑抜けであろうとラルス政権を崩壊させるのは不可能です」
 そこでリウレムさんは皆に向き合って説明する姿勢になった。
「そこまで用意周到な人物のことです。ムーンブルクを初めとする諸外国の対応も念頭に置いているに違いない。私は交渉の余地が、いえ、交渉の機会が十二分に用意されていると推測しています。きっとリュゼル殿は我々の到着をすでに掴んでいて、手ぐすね引いて待っているはずです」
 一呼吸置くと、皆の顔を見回した。
「正面切ってバカみたいに交渉しても応じてくれるでしょうけど、問題は国王です。国王は腐った死体でもそれなりの価値がありますからね。なんとかして救い出して差し上げたいところなのです」
 そこでサトリさんが『ぷっ』と吹き出した。
「おっさん。そんなに強くねぇだろ」
「もちろん」
 リウレムさんが目にも止まらぬ速度で腕をサトリさんの顔面に振りかざすと、眉間に突き付けられた手には濡れた毒針が握られている。
「ロレックス君のように剣技やスタミナがある訳でも、サトリ君のように魔法も技にも秀でても、ルクレツィア様のように魔法に長けてもいません。私が得意とするのは魔力の流れで急所を見いだし、毒針で突く一撃必殺です。まぁ、シクラの毒のバリエーションのお陰でかすり傷でも麻痺になる毒針も用意していますがね」
 呆気にとられるサトリさんも、驚いた表情のロレックスさんも動けない早業。リウレムさんは苦笑して腕を引くと、その手には魔法のように毒針が消えている。
「完全に急所を見分ける能力と、一撃必殺の毒を塗り込んだ毒針。まさに究極の暗殺術じゃないか」
 ロレックスさんが驚きを隠せないように言うと、リウレムさんが渋い顔をする。
「言っておきますが、外交交渉で邪魔な人間を暗殺なんてしてませんからね」
「じゃが、国王など救い出した所で何の役に立つのじゃ?」
「そこが難しいところなんですよね。救ったところで余計に混乱してしまっては意味がありませんし…、でもなぁ」
 ゼナンさんの言葉に考え込むリウレムさんが、ちらりとルクを見たので目が合ってしまう。
 ムーンブルクの国花の一つ雪山菫を思わせるような、暮れかかった空の一角にほんの一瞬だけ見いだせるような淡く儚い薄紫の色彩。色彩は淡く儚くともそこに宿った光は強かった。休むことなく瞬く星を思わせるような、爛々と光る何かが色彩の印象を吹き飛ばして力強い瞳とした。
 ルクは一度も見たことはないけれど、ラルバタスの末裔はこのような瞳をしているのかもしれない。
 ちょっと恐かったから思わず声が出てしまった。その様子を見てリウレムさんが困った顔になったがそれも一瞬。がばっと荷物とシクラを持って立ち上がった。
「ちょっと城を見てきます」
 扉が閉まる音が響いて暫くして、ロレックスさんが口を開いた。
「リウレムさん動揺してたな」
 ルクがロレックスさんを見ると、ロレックスさんがパンをかじる。
「サトリの挑発に乗るし、自分の手の内を明かすだなんて珍しいじゃん。ありゃ、相当参ってるよ」
 その隣で珈琲を飲み出したサトリさんが『当然だろう』と呟いた。
「状況が状況だ。外交官としておっさんが優秀であるのは認めるが、おっさんができる範囲を大きく超えている。一国を滅ぼす事も生かす事も外交官が決める事などできない。決めるのは国王だからな」
 サトリさんの言葉に胸が高鳴った。
 姉様は何でも出来る人だった。魔法も使えるし剣舞は得意だし舞踏会のワルツも美しく舞うし、何人もの男達に言い寄られても誰一人無下に扱わず平等に優しく接した。市民の事を心に掛け、侍女達の体調の異変にだって誰よりも早く気が付いた。時には厳しく、気高く、優しく、何でもできる人だった。
 魔力が強いからって、ルクよりも劣っているとは全く思えなかった。
 だから、姉様にできない事なんて何一つないと思った。
 そんな姉様が暁のような深紅とも黄金とも見える瞳で真っすぐルクを見て言った。
 『忘れないで。貴女にしか出来ない事に立ち向うのよ』
 あぁ、姉様。
 ルクにしか出来ないことって、なんて恐い事なんだろう。でも…。
「行くのか?」
 気が付くと立ち上がっていたみたい。サトリさんの言葉に頷くと、ロレックスさんが笑って片手を挙げた。
「いってらっしゃい。ルクちゃん」

 巨大な鋼鉄の扉は冷たく静かに閉ざされていた。
 その扉の前には投げ付けられただろう多くの石と、城壁に当たって砕けただろう花瓶や植木鉢や家具の成れの果てが転がり、剣の冷たい輝きと黒くなって地面に染み付いた血が地面にへばりついていた。海の上で見た夢を思い出してルクは震えた。
 その肩を大きなリウレムさんの手が抱き寄せてくれた。
「私が貴方を守ります」
 驚いて何か安心させてくれる言葉が聞き取れなかった。昔、姉様が言ってくれた言葉。同じ外交官の装束を纏った人が言ってくれる言葉は、まるで姉様に言われたようにルクを勇気づけてくれた。
 鋼鉄製の扉が重い音を立てて開くと、そこは無人の広間だった。
「…? 誰もいないのでしょうか?」
 リウレムさんがつぶやくと、ルクの手を引いてゆっくりと城内を進みはじめた。
 歴史を感じる調度品や絵画の前を横切り、兵士の詰め所や応接間の控え室を覗いても影一つない。廊下に敷かれた深紅の絨緞に、窓から差し込む陽光を遮って飛ぶ鳥の影が羽音を立てて横切っていく。階段を上り、まっすぐ奥へ進む。ルクとリウレムさんは謁見の間であろう扉の前で立ち止まった。
「入ってきな」
 男性の声が扉越しに響いた。
 リウレムさんがルクを見て一つ頷くと、扉を開けた。
 男の人が玉座のある階段の前で悠然と立っていた。
 色の薄い金髪かと思うような茶髪を長く緩やかに結び、動きやすい紺と白のラダトームの士官の服装に身を包んだ人だ。深紅の瞳を嬉しそうに瞬かせると、整った顔立ちにくっきりとえくぼを浮かべて大げさに腕を広げて出迎えた。
「ようこそ、アレフガルドヘ!」
「貴方が、リュゼル殿ですか?」
「あぁ、その通り!俺様はアンタ達が来るのを待っていた。アンタ達が来る事で俺様の使命を果たす日々が始まるのだからな」
 ルクとリウレムさんが何をいってるのか分かるかどうか顔を合わして見たが、お互い分からずリュゼルさんを見た。
 リュゼルさんは『まぁ、しょうがねぇさな』とルクの前に歩み寄ると、優雅な礼をしてかしこまった。
「さぁて、遠路遥々ようこそ、ムーンブルクの女王陛下。残念ながらラルス国王は昨日俺様が失脚させてしまってね、貴方のお願いを取次げる者が俺様しかいない訳だ。こんな無礼者でよければ承ろう」
「取次ぐ? 誰にです?」
 リウレムさんが鋭く指摘するとリュゼルさんがこれまた大きく身を翻すと、効果的な間を空けて朗々と響く声で名を歌った。
「アレフガルドの王。魔物を統べし竜の王」
「竜王…」
 伝説は伝える。アレフガルドは巨大な竜が魔物達を従えている。漆黒の黒曜石のような鱗はいかなる名刀でも傷一つ付けられず、翼は太陽と月を隠して空を駆け巡り、黄金の瞳はアレフガルドの中央にある城から漏れ出す光のように瞬いたという。
 するとリュゼルさんの体が光の風に包まれる。
「リウレムさん!!」
 ルクを背後に庇い、リウレムさんとシクラが身構える。
 風の隙間に純白の鱗が光り、爪が風を裂けばそこには巨大な前足と後ろ足が覗き、首が鬱陶しげに風を払えば深紅の瞳がルク達を見下ろす。尾の方にまとわりついた風が名残惜しそうに消えていくと、謁見の間いっぱいに純白の巨大な竜が佇んでいた。
 口を薄く開くと、まるで工房に並べられ磨き抜かれた剣のように整然と鋭い牙が覗いた。
「俺様は竜王の名を受け継いだ者。初代竜王の曾孫にあたるんだなぁ、これが」
 そして純白の鱗を日差しに輝かせながら威厳ある声で言った。
「ムーンブルクの女王が直に頼み事をするには不足なき存在であろう?さぁ、聞こうじゃないか。女王、君の願いを」
 息を飲む。
 ルクがしなくてはならないんだ。
 ルクはリウレムさんの背後から一歩進み出て視界に収めきれないほど大きな竜を見上げた。
「滅んでしまったムーンブルクを復興させるために、お力を貸してもらいたいのです」
 竜王さんが鱗に覆われた瞼を閉じて、また開いた。
「俺様の曾爺さんである初代竜王はその名を継ぐ者に一つだけ使命課した。闇の衣が覆う時アレフガルドの民を救え…とね」
 そして、視線を外に向けた。
「俺様が生まれる数年前に曾爺さんは眠りに就かれた。その影響なのだろうな。空が暗い。こんな青空で晴れ渡っているのに薄墨を上から薄く塗ったように薄暗く見える」
 ルクもリウレムさんもシクラもつられて外を見た。
 でもルクには普通の青空にしか見えない。それでもリウレムさんは難しそうな顔をして竜王さんに向き合った。
「その為にラルス王家を失脚させたのですね。アレフガルドの民をアレフガルドから逃がす為に、民を留めさせる王国を滅ぼしたのですね」
「まぁな」
 竜王さんは寝そべると語るように話し出した。
「曾爺さんは自分の子供が光の玉が扱えない事を知った時、いずれアレフガルドが闇の衣に閉ざされる事を悟った。俺達は故郷を愛してる。でも曾爺さんは言った。故郷は土地ではない。愛すべき人がいる場所、心安らぐ己の居場所こそ故郷なのだ…と」
「竜王様らしいヨン」
 シクラが感慨深く呟いた。
「だから俺様はアレフガルドから民を出す事を決めたんだ」
「ムーンブルクにその受け皿になれ…と?」
 リウレムさんの言葉に深紅の瞳が嬉しそうに笑った。
「ふふふ、予想を上回ってくれるじゃねぇか。まぁ、ぶっちゃけるとそう言う事だ。俺様も俺様の部下も初代竜王から仕えている魔物達とその眷属も、曾爺さんから受け継いできた財産と俺の個人的な財産も、俺様の地位で動かす事のできる全ての人間達も、俺様の全ての力を持ってムーンブルクの復興に力を貸そうじゃないか」
 それって、凄く良い事じゃないのかなぁ…?
 リウレムさんを見上げると困ったように視線を逸らした。
「酷な事かもしれませんが、私の権限を越えます。貴女がお決めなさい。いや、貴女にしか決断することはできない」
 ルクは純白の竜を見る。
 彼はルクの返事を急かさずもせず、千年も昔からそこにある巨石のように身を横たえて待っていた。なんとなく親近感が湧く。ルクの身に流れるムーンブルクの血もとても古いから、きっと彼もその永く古い血潮を引き継いだ者として感じるものがあるのかもしれない。
 ルクは頭を下げた。
「お願いします。力を貸して下さい」
「アレフガルドの民がお前の国に押し寄せる。人ではない竜の言葉でも、アンタは力を貸せというのか?」
「アレフガルドの民を見捨てる事ができず、ムーンブルクの復興に力を貸すと言った貴方を信じます」
 そこで竜は笑った。人には聞き取れぬ魔力の波動が、笑いのように震えて空気を波立たせた。
「君は真に女王の器だな」
 恥ずかしくてうつむくと、リウレムさんが謁見の間を出ようと身を翻した。
「ムーンペタのジョウガ殿に伝令を飛ばしてきます」
 優しいが故に踏み込めない、そんな優しさを笑みにしてリウレムさんが微笑んだ。
「王の意向に直ぐさま対応するのが外交官の勤めですから」
「リウレム・ブルクレット・ムーンブルク」
 ぴたりとリウレムさんが動きを止めた。ルクからも竜王さんからもその顔は見えないが、いつもの優しいリウレムさんとは思えない緊張感に肌が張りつめた痛みを感じた。
「誰も彼もが名前を知っている。それほどの有名人だ。どの国の文献にも歴史にも名前を残す偉業は地域にまで根を下ろし、最高の神託の神官としてミトラ教徒にも名を轟かす。そんなムーンブルクの偉大さを改めて世界に示した国王と同じ名前を持つんなら、彼女を見習って逃げずに立ち向かってみせろよ」
 リウレムさんの腕に絡み付いたシクラが心配そうにリウレムさんの顔色を覗き込んだ。
「貴方は曾祖父殿に良く似ていらっしゃるよ」
 そう言うと振り向きもせずに謁見の間を後にしてしまった。
「リウレムさん…」
「似てるだけなのかよ〜」
 振り返ると竜王さんが大きくため息をついて、短く笑って呟いた。
「お互い、厄介な先祖を持ったもんだなぁ」
 穏やかな日差しに木漏れ日や鳥の影が翳めては、穏やかな風に木の葉が舞う。その涼やかな木の葉ずれの音が響くほどに、静かで穏やかだ。
 今、謁見の間に竜と人が並んで立っている。