たいまつ

 ガライさんと抜けた旅の扉の先は、ロマリアという北の大陸の王国のすぐそばだった。
 アリアハンよりも乾燥した冷たい海からの風に打たれて、鼻がムズムズする。ちり紙を探しておたおたするあたしの隣で、遥か先にあるロマリアの立派な門を見上るガライさんはうっとりと竪琴をつま弾いていた。
「立派で奇麗な門扉ですね〜。さぞ美しい伝説が眠っていることでしょう」
「ガライさん、迂闊に竪琴を奏でると、また魔物達が集まって来ちゃうよ」
 一周間ほど一緒に過ごして、ガライさんがどういう人でどんな力を持っているのか分かった。ガライさんが竪琴を奏でると魔物達を集める力があることと、その魔物達と心を通わす力があるようだ。おかげで私達はアリアハンで一回も魔物達と戦うことなく、旅の扉をくぐる事ができた。
 それはそれ。これはこれ。
 こんな城門の目の前に魔物達が集まってくれば、ロマリアは一瞬でパニックになる事間違いなしだ。
「そうですね。人間の住処の近くでは控えましょう」
 竪琴を荷物の中にしまいながら門の真下にやってくると、門の下で記念の絵やキーホルダーを売る商人や旅行客の姿がはっきりと見える。その中でどっかで見た黒髪の美人が陽気に声をかけてきた。
「あら〜ロトちゃんじゃない。 良い人見つかったのね♪」
 そうだアリアハンを2週間ほど前に旅立ったセルセトアさんだ。もう会う事もないと思ってすっかり忘れてた。
 けらけらと笑うセルセトアさんは肩からずり落ちた重たそうな荷物を抱える。
「知人に会いに行ったんじゃないの?」
「今、待ち合わせしてるのよ。お仕事の帰りに拾ってくれるんですって」
「…確かルイーダさんの酒場にいましたよね?」
 ガライさんはセルセトアさんの顔は知っているがそれ以上は知らないみたい。あの高飛車な笑い声と詐欺騒ぎの中心にいればルイーダさんの酒場に数日いただけで、顔なんか即覚えなんだろう。
「ガライさんと出会う前にお城に忍び込んだ仲のセルセトアさん。で、魔物とも仲良くなれる吟遊詩人のガライさん」
「すごいのね。魔物と仲良くなるだなんて、ちょっぴり信じられないわ」
「お城に忍び込むような度胸があるだけすごいと思いますよ」
 上機嫌なセルセトアさんにガライさんがドギマギしながら握手を交わす。
 そんな和〜やかな空気を押しのけるような気配が町の方から迫ってきた!
 門の奥、町の方角から何騎もの馬の蹄の音が近付いてくる。しかも尋常じゃないスピードと砂煙を捲し上げて、門の前にいる私達に体当たりをかましそうな勢いで向ってくる!
 気が付いた時には、馬に跨がった大柄の覆面の男を見上げるまでに迫っていた。
「うわぁ!ロトちゃん、避けて!!」
 私が蹄に踏まれそうになるのを、ガライさんが押し倒すように避けさせてくれたが、髪に乾燥した砂がまとわりつく感触と、喉に流れ込んでくる砂煙に視界が真っ暗に転じた。

 ……どれくらい経っただろうか? 暗闇を光が裂くとガライさんの声が聞こえて来た。
「あ、ロトちゃん大丈夫ですか?」
 ガライさんのほっとした顔が真っ先に飛び込んで来た。
 私が潔癖性である事にだいぶ慣れて来たとはいえ、やはり気絶されると慌てふためくらしい。ただでさえアリアハンの習慣でいえば成人の女性を抱き上げて宿屋に駆け込む体力を持っていないようで、アリアハンの時も散々迷惑をかけた。
 それでも一緒に旅をさせてくれているので、ガライさんには本当に感謝しても足りない。
「ここは…どこ?」
 見渡すと宿屋で見られるような簡素なつくりの一室ではない。石作りの広々とした部屋に深紅のカーペット。神話の時代を模した絵が描かれた天井までありそうな背の高い窓に、上質な薄布のカーテンが風に押されて緩やかに膨らんだ。
「ロマリアの王城です」
 ガライさんが簡単に説明してくれた。
 気絶してしまった後、あの馬に乗った連中を追っていた王宮の兵士達が私達をお城まで運んでくれたらしい。ちなみにセルセトアさんの待ち合わせをしていた人はその馬に乗った人だったらしく、彼等の馬に乗ったセルセトアさんの姿を見たそうだ。
 驚きもしない。セルセトアさんも目的の宝玉の為なら盗みなんか平気でする人だから。
「しっかし驚きましたよ。ロトちゃんって有名人なんですね。兵士の方々がロトちゃんの名前を聞いた瞬間、目の色変わっちゃってましたから」
 無邪気に笑うガライさんにちょっぴり罪悪感を抱く。私がオルテガの娘で世界の希望オルテガを追っているだなんて言ったら、きっと一緒に旅をしてくれないかもしれないと思うから、自分の事を説明してはいないのだ。魔物と戦う事になれば、即気絶だろうから、ガライさんの力はとても頼もしい。
 でもここで別れる事になるだろうな…。だってロマリアの王様、私の事知ってるんだもん。

「おぉロトよ!気絶してしまうとは何事じゃ!かの勇者オルテガ殿の娘でありながら情けない!」
 ロマリア王、開口一番にそれですか。ギャンブル好きで財政が火の車なんだって言いふらしちゃうぞ!
「しかし、潔癖性で魔物と戦えぬお主が、このロマリアまでたどり着けるとは大したものだ」
 口元に品良くたくわえた口ヒゲを気にしながら、ギャンブル好きのロマリア王は手招きした。
 ギャンブル好きの王様の傍らに近付くと、どうやらヒゲは付けヒゲらしい。朝のヒゲ剃りに失敗したのか、本物のヒゲを半分残し、もう半分がすっぱりと剃り落とされているのを付けヒゲで隠しているようだ。回復魔法でもヒゲを元通り生やす事はできないので、しばらくそれでがんばって下さいって感じ。
「この先はアリアハン大陸にいる魔物なんかとは、比べ物にならんくらい強い魔物に溢れておる」
▼王様は凄みを利かせているようだ。
▼しかし 付けヒゲが浮いているのを隠しきれていない!
「どうじゃ、わしに代わってこのロマリアを治めてみるつもりはないかね?」
▼王様はロトに茶目っ気たっぷりセクシィウインクを放った!
▼しかし 付けヒゲが浮いているのでセクシィウインクは効かなかった!
「王様、付けヒゲが浮いております」
▼ロトの攻撃 快心の一撃!
▼ロマリア王は精神に158のダメージを受けた!
▼付けヒゲの様子がおかしい…… なんと ロマリア王の付けヒゲが取れてしまった!!
「さすがはオルテガ殿の娘だ。このわしの頼みをこんな形で切り返すとは…。うむ、お主ならあのガンダタも捕らえられるに違いない!」
▼ロマリア王が立ち上がった!ちょっぴり怒った様子でガンダタ逮捕の命令を与えようとしている!
▼カンダタ逮捕の依頼を受けますか?
「王様、私は潔癖性を克服したわけではありません。ガンダタ逮捕は私より国王直属の兵士に任された方が無難かと思われます」
「さすがはオルテガ殿の娘だ。このわしの頼みをこんな形で切り返すとは…。うむ、お主ならあのガンダタも捕らえられるに違いない!」
「王様、私は潔癖性を克服したわけではありません。ガンダタ逮捕は私より国王直属の兵士に任された方が無難かと思われます」
 永遠に続くかもしれないやり取りを、ぼんやりと聞いているガライさんの言葉が恐ろしい呪いのように響いた。
「勇者の娘が盗賊を逮捕する…か。歌にしたら間違いなく、面白そうなお話ですね〜」
 かくして味方は一人もいなくなった。

 □ ■ □ ■

 ここは盗賊ガンダタの根城、シャンパーニの塔。本来なら山脈を避けて北から大回りしなくてはならない僻地で、馬なら1か月ちょっとはかかる。ガライさんが魔物達からガンダタの根城を聞き出してくれただけではなく、ロマリアからの近道まで教えてくれたので私達は徒歩で10日ほどで到着した。
 塔の中は薄暗く一定の距離を置いて松明が灯されている。
 その松明の燃える臭いに、私は終止くの字の状態でいた。
 松明の燃える臭いに吐き気が込み上げてくることは言うまでもない。
「ロトちゃん…大丈夫ですか? はい、つぼ」
「ううん、まだ…平気……」
 ガライさんがつぼを小脇に抱えると、もう片方に持った竪琴を心配そうに見下ろした。
「しかし、本当にその作戦でガンダタ一派を逮捕できるんですかね?僕の竪琴は魔物にしか効きませんよ?」
 広間で蹲るあたしに遥か上からセルセトアさんの声が降ってきた。
「やほ〜ロトちゃん、ガライ君。もしかして私の事心配してきてくれたの? やだなぁ、こんな子持ちのおばさんも捨てたもんじゃないわね。おーほっほっほっほっほーー☆」
 階段を下りてくる靴音があたしの前辺りで止まると、ガライさんが頭の上で説明する声が塔にこだまする。
「いえ、実は王様にカンダタ退治を押し付けられてしまいまして」
「大変ね〜。カンちゃんってめっちゃ強いからね。 あ、でも人殺しとかしない人だから命の心配はいらないと思うわ」
「はははははは」
 ガライさんの引きつった笑い声を上げる。
「で、セルセトアさんはカンダタに何の用があるんですか?」
「私、7つの宝玉探してるって言ったじゃない。その宝玉の情報があるかどうかって探りを入れたら、アッサラームあたりに今度流れるって教えてくれたのよ。もちろんただじゃないわ。こっちも、ちゃあーーんとお金用意したんだから」
 軽くなって薄っぺらくなった荷物入れをパンパン叩く。
 そういえばロマリアの門で会った時は、荷物がとても重そうだった。
「賭博場ですか」
「あら、よく分かるわね」
 ガライさんの指摘にちょっと驚くセルセトアさん。
 ガライさんもあたしもセルセトアさんがポーカーで詐欺を働いていたのを、ルイーダさんの酒場で目撃しているから目に浮かぶようだ。ロマリアの賭博場でどんな詐欺をしていたのかは知らないが、金を短時間で稼ぐなら、この人は詐欺を呼吸する感覚でするに違いない。
「で、カンちゃんに勝算があるの?」
 セルセトアさんの探るような声に、ガライさんは救いを求めるような声であたしの名を呼ぶ。あたしは顔を上げて込み上げる吐き気と戦いながら答えた。
「大丈夫。ガライさんは無自覚かもしれないけど、ほんとは凄いんだから」
 そうなのだ。ガライさんは凄い。
 その凄さが、無自覚なのも凄い。
 つーか普通気が付くだろ?
「ほんとかな〜?」
 懐疑的に首を傾げるガライさんを見遣ると、喉に迫り上がる酸っぱい胃酸の臭いが……!!
「うっ……!!やっぱ駄目っぽそう!!つぼ頂戴!!」
「ごらぁ!!人のアジトの物に汚物を吐くなぁぁ!!」
 威圧的な声が頭を直撃した。
 白く霞む視界に複数の影が見える。どうやらガンダタとその子分らしい。
「じゃあ…床に…」
「床も駄目!!外行け!外!」
 大きい腕をふりかざし必死に入り口を指差す男がガンダタなんだろう。覆面の大男の指し示す方向に、よれよれと歩き出す。口元を押さえる手を緩めてガライさんに振り返った。
「じゃあ外に……ガライさん、後はお願いします」
「ロトちゃん一人じゃ歩けないじゃない。ほら、肩貸してあげるわ」
 肩を貸してくれるセルセトアさんに寄りかかるあたしの背中に、ガライさんの自信のない声がかかる。
「作戦うまく行かなかったら助けに来て下さいね」
「う……うまく行く…から…うっ…ぷ…」
 よれよれと塔を出た直後、作戦が実行された。
 身の毛もよだつ超音痴な声と美しい竪琴が共振し、凄まじい殺人的な音波が塔を揺るがしたのだ!!
 分厚い塔の壁すら通り抜け、森の鳥を落とし、川の魚は腹を上にし、蜂蜜をせしめようとした熊は手を滑らせて蜂にめった刺され、魔物ですらも逃げ出した。
「うわ〜。何これ〜。頭おかしくなりそうだわ」
 セルセトアさんが耳を塞ぐ。
 この歌声はガライさんのものだが、普段喋っている声は美声でも歌を歌うとなると様変わりした。しかも竪琴も単品で聞くなら美しいが、歌とセットで聞くと不協和音で異質な音波となった。
 きっとガンダタ達も初めてガライさんの歌を聴いた私のように、口から泡を吹いて気絶する事だろう。