ふくびき券

 アッサラームって町はロマリアから、さらに東にある世界中の盗品やご禁制の品々が、きらびやかな踊り子たちの影で取り引きされている。俺にしてみれば馴染みの深い町だ。
 しかしいろんな国の文化が混ざった和洋折衷の土地柄ですら、これほど怪しい組み合わせは浮いて見える。
 俺が見遣る先には、大きい立て札を見上げる怪しい組み合わせの拉致実行犯。
「すごいね〜。福引きの景品が『世界中巡れるポルトガ製の船』や『一攫千金間違いなしの黒胡椒一年分』とか『腐った死体でも解る悟りの書』『ロマリア王宮恐喝用黄金の冠』『海賊横流し秘宝レッドオーブ』なんて、もうハズレ無しじゃん♪」
 一応女に見えなくもない潔癖性のオルテガの娘ロトは、舞い上がる砂塵から身を守るため防塵マスクとマントで完全武装している。呼吸する度に『シュコー…シュコー…』と音が漏れるので、恐ろしさに子供達が泣き出しているのは無視しているようだ。
「良いですね〜。僕もまだ海を渡った先の国には行ったことないんですよ。あぁ…!伝説が僕を呼んでいる!!」
 もう一人の『自称』吟遊詩人ガライはニコニコと屈託無い笑顔で並んでいても、防塵マスクで完全武装のロトと並んで、疑いの眼差しが向けられている。しかしそれすら気付かないのは、ある意味すごい。
「で、その豪華福引きをするための切符、福引き券を得られるスゴロク大会が開催されるのね!!」
 嬉しそうにはしゃぐ二人がくるりと俺に振り返った。
 すんげぇ、やな予感するんだが……。
『じゃあよろしく(ね/お願いします)。カンダタ(☆/さん)』
「ちょっと待て!!なんで俺様がこんなことしなきゃなんねぇんだよ!!」
 自分でも滅多に上げない悲痛な抗議の声に、ロトとガライが顔を見合わせた。
「だって私、潔癖性なんだもん。途中で気絶したら大変でしょ?」
「僕も体力的には不自由なものでして…。カンダタさんが出場すれば間違いないですよ」
 あぁ、なんて悲惨な拉致被害者である俺様。
 泣く王も気絶する大盗賊カンダタ様は体格もそこいらの戦士なんかとは比べ物にならないし、少年の頭身くらいありそうな大降りの両刃の剣を引っさげている。別に仕事中ではないので覆面は外しているが、アッサラームには結構知人が多いので、こんな大会に出場すれば笑い者にされること間違い無しだ。
 なんで俺様がこんなおこちゃま共のお遊びに付き合わねばならんのだ!?
「やってくれるよね〜、カンダタ?」
 目の前の防塵マスクに驚いて飛び退く。
「うぎゃっ、んなマスク付けた顔を寄せるな。こんな目に遭うんだったら手下共と一緒にロマリアの牢屋にぶち込まれたかったぜ…」
 そうなのだ。このロトという小娘、手下共はロマリア王に引き渡したが、なぜか俺様だけは『逃げられた』と嘘を言いこのまま引きずってきたのだ。しかもひ弱なガライやロトにできない力仕事の実動員という、確信的な理由である。
 ロトの瞳が妖しく輝く。
「そんなこと言うと、ガライさんに歌ってもらっちゃうよ〜」
「喜んで大会に参加させていただきます」

『レディ〜ス、ア〜ンド、ジェントルメ〜〜ン!!お・ま・た・せしました〜〜!!第一回『ハズレなし豪華福引きの参加切符福引き券争奪スゴロクレース』の開催で〜〜す!!』
 あぁー…。仰け反って叫ぶ男が誰かと思ったら、アッサラームを牛耳る闇商人じゃないか。
 福引きの景品ですぐ分かったが、主催者はアッサラームに寄生する闇商人や密売人共だ。黄金の冠はこの前俺が闇商人に横流しした物だからな。だからルールも一癖ありそうだ。
『ルールはひたすらスゴロクを振り、ゴールを目指します!!振って出たスゴロクの目の数分先を進み、とまったマスの指示をこなす事により次のスゴロクを振る権利が与えられます。もし、とまったマスの指示をこなせなかった場合、スゴロクを振る事ができない状態に陥った場合、マスから出てしまった場合は問答無用で失格、退場です!』
 50以上の参加者がいて受付も遅かったせいで、俺がサイコロを振る順番はかなり後ろだ。やる事もなくぼーっとスタート地点の隅に座って順番が回ってくるのを待つ。
「やは〜。カンちゃんじゃない!協調性のない貴方が誰かと一緒だなんてちょっと目ぇ疑っちゃった」
「よう、セルセトア。やっぱり景品のオーブが目的なんだろ」
 けらけらと笑いながら近付いてきた、お世辞抜きで美人の冒険者。見た目はやわな美人だが実は子持ちのおばさんらしい。俺がオーブを盗んだんじゃないかと一回アジトの塔に忍び込んで以来腐れ縁的な仲だった。
「だってカンちゃんが流してくれた情報だったじゃない。もし嘘だったら身ぐるみ剥がしちゃうわよ」
 かわいらしくウインクしてみせる。
「それよかさ、カンちゃん。もしかしてロトちゃんの事知ってるんじゃない?」
「なんでだよ?」
 すげぇ勘の鋭い女だ。
 吹き出そうになった冷や汗と動かなかった表情の向こうで、セルセトアは『だって〜…』と言葉を続ける。
「ロマリアでロトちゃんに会ったって言ったら『あいつら本当に結婚したんだ…』って言ってたじゃない」
 やべ。言ってたかもしんねぇ…。
 ロトの外見は若い頃の本当にクリスティーヌそっくりだ。あまり筋肉質ではないしクリスティーヌ似の金髪ではなくオルテガ似の黒髪だが、一目見た時腰が抜けそうだった。
 どうやらクリスティーヌの汚いものが大嫌いな潔癖性と、オルテガのストレスを感じると気絶する体質を嫌な具合に受け継いだらしい。とりあえず今は素直でいい子みたいだが、俺を引きずってまで連れてきたあのロトの根性はまさしく父親似だ。いずれどちらかの性格に似てくるに違いない。
 俺は一応あのハチャメチャ共と旅をした経験があるから、逆らうだけ無駄という事は心得ている。
「嫌でも耳に付く有名人だったからな。知ってるだけだ」
「えーー?そうなのーーー?」
「俺の番が近いから先に行くぜ」
 俺が立ち上がるとセルセトアがふらぁふらぁと手を振った。
「カンちゃ〜ん。手加減してね〜♪」
「自分以外は全員敵だ」
「うわぁ…恐いわね」
 スタートラインに立って見渡せばそれほど広くはないスゴロク場である。ざっと見、ロマリアの闘技場が入るくらいの大きさで、スタートから一番遠いところにゴールの看板が見える。
 だが地下階や洞窟、何故か旅の扉まで設置されているのを見れば、そこだけではなさそうだ。
 早速手渡されたサイコロを確認する。案の定、重くて堅い材質を用いた、大の大人でも腕が回せぬ大きさの物だ。
「サイコロの正しい振り方を見せてやろう!!」
 こんな重く固いサイコロが使用されるのは、この為でしかないだろ!!
▼カンダタはサイコロを町民Aめがけて投げ付けた!!
▼町民Aに100のダメージ!
▼町民Aは力尽きた。
『おおっと、町民Aが戦闘不能に陥ってしまいました!ルールの「スゴロクを振る事ができない状態に陥った場合」に該当するため、町民Aは失格で退場です!!』
 会場がざわめく。
 俺に対する非難の声ではなく、面白い試合をみるような興奮のどよめきだ。
 アッサラームの裏はこんな人種ばかりだ。正当派な奇麗な試合よりも、どたばたしたルールも無視した汚い試合を好む連中ばかりだ。ましてやそんな連中の組んだルールさえ守れば何をやってもお構いなしだ。
「で、サイコロの目は3か…」
 床にでかでかと『ゲスト』と書かれたマスに立ち止まる。
『そのマスでゲスト出演される方は…「遠い異次元からお越しのデモンズタワーの火炎放射の彫像」です!!』
 次の瞬間、俺の目の前にドラゴンの彫像が出現する!
▼ドラゴンの彫像の火炎放射!!
▼カンダタに50のダメージ!
「ぎゃあぁぁあぁぁぁああっっ!!」
『はいっ!美味しそうな匂いが立ち上ったところで次の挑戦者どうぞ!!』
 目の前をセルセトアが通り過ぎ、3歩先のマスに止まる。
「休憩スペースだ〜。アッサラームの郷土料理が置いてあるわ☆」
 ちらりと俺に笑みを向ける当たり、どうやら狙いを付けてサイコロを振ったらしい。さすが詐欺常習犯。
 俺…生きて帰れるだろうか…。

 一人ぶっ倒して止まった先には、人食い植物や虫の大群に襲われた町に取り残され
 サイコロで参加者を押しつぶした先には、遥か下に大地が見える大穴からひもなしバンジー。
 参加者が復帰しない先には、女だらけのお城での窃盗容疑で地下牢に監禁。
 他の参加者が試合放棄した先には、物騒な修道院にて鉄の処女付き拷問ツアー。
 屍累々の先には、ロンダルキア産ブリザードのザラキ合唱。
 さらに参加者を蹴落とした先には、死の火山楽団による爆弾岩のドラム生演奏。
 ……。
 このスゴロク会場の構造はおかしい。

 数時間が経過した。
 いや、数時間しか経過してないこと自体がおかしい。
『特注ミスリル製スゴロクによる、無差別ドッチボールのような様相となって参りましたが。ついに5人にまで減っております!もうそろそろゴールですよ!がんばって下さい!!』
 いろいろ遭った。そうとだけしか言い様がない。
 俺は瀕死と言ってもいい精神状態で、運良くここまで残った参加者の後頭部にサイコロをぶち当てた。
 そしてとりあえずサイコロが指定したマスに俺は立ち止まった。
「何だこりゃ?…『激励』?」
『参加者の仲間の一人が参加者を応援できます!さぁ、どうぞ!』
『じゃあ、僕が歌ってカンダタさんを激励します!!』
 司会者のマイクを奪い竪琴を構え、ガライは勢い良く息を吸い込んだ。
 直後、スゴロク大会は唐突に終わった。

□ ■ □ ■

 結局ガライの殺人音波に耐えたのは俺とセルセトアだけだった。
 会場も阿鼻叫喚の地獄絵図の様相だったが、今では落ち着いていつものアッサラームの姿を取り戻している。半日遅れで俺達は景品を頂いて福引きをしたのだった。
 というか、一度体感している俺はともかく、なぜセルセトアが耐えられたのかは謎である。
「セルセトアさんお久しぶり」
「あら、ロトちゃん。それ最新のファッション?」
 セルセトアはしげしげとロトの完全装備を眺めている。つーか、なぜ疑問に感じない!?
「それがオーブなんですか?」
「そう。奇麗でしょ?」
 ロトが指差す先に握られた赤い宝玉をセルセトアはにかりと笑ってみせる。
 つーか、絶対イカサマだよ。福引きで偶然、目的のものが手に入る確率はきわめて少ない、つーかあり得ない。こいつには『良心』と『ズルはいけない』という言葉がないに違いねぇ。
「あと5個。がんばって探さなくちゃ」
 くるりと回転させると夕日の輝きを反射して一際紅く輝く。
 それを遠目に眺めながら、こっちはガライと黒胡椒一年分を眺めていた。結局、福引き券は手に入ったもののご要望の船は手に入らなかったのだ。別にどうでもいいけどよ。
「あ〜ぁ。せっかく海を隔てた土地の伝説に巡り会えると思いましたのに…」
「なぁに、『黒胡椒』はポルトガの国王が、桁外れの値段で買い取ってくれっからよ。そいつ一年分を売れば船買ったっておつりがくるさ」
 そこまで言って気が付いた。なんで俺がそんなことまで考えなきゃいけねぇんだ!?
「へ〜。さすがカンダタさんだな。僕もロトちゃんもそんなこと思いつきもしないでしょうね」
 ロトとガライに常識はない。ついでに知識や知恵も皆無だった。
 まるでクリスティーヌとオルテガを見ているようだ。そういえばセルセトアも『奴』並みの変わり者だ。
 どうやら俺は呪われているらしい。
 はぁ…。気ままな盗賊家業が懐かしい…。