扉を開けて入った先は、考えて身構えていた世界とは違っていた。
 ガライさんとカンダタとあたしと三人でやってきたゾーマさんという人がいるだろう城は、実際は礼拝堂のような大きな教会だ。入ってすぐ広がる大きな空間には長い椅子が整然と並んでいて、深紅の絨毯が埃で薄汚く見えるがまっすぐ教壇にまで伸びている。教壇の後ろから遥かな天井まで巨大なステンドグラスがそびえ立っていて、満月が少しだけ欠けた月が色とりどりの光をここに差し込んでくれる。
 広間の中心まで進んだガライさんが初めて足を止めた。
「アレフガルドで一般的に普及しているミトラ教の教会のようですね。……規模は最大級ですけど」
 ステンドグラスを見上げると差し伸べるように向けられた右手に太陽が、招くように向けられた左手に月を乗せる者が居る。しかしその顔は向かい合う燃える深紅の孔雀と漆黒の竜に隠れて見えず、足下は芳醇な森の装飾で隠れ、水は数多の妖精の姿になって黄金の装飾に腰掛けて寛ぐ。
 五つの属性を従え、陰と陽を掲げる、顔の見えない神。それはあたし達も知るミトラ教の象徴だった。
「なぁ〜んか…魔物の王様が住んでる場所にしては、やけに神々しくねぇか?」
 宗教に興味がなくても、教会くらいは知っているカンダタが頭を掻きながら視線を巡らせた。
「でも、誰もいないよ?」
 あたしもランプを掲げて周りを見回すが、何かがいる気配はない。魔物の出入りがあれば人間以外の足跡以外も残っているはずなのに、積もった埃に残っているのはあたし達の足跡だけだ。
 カンダタが腕を組んで少し考えると、しょうがないなと呟いた。
「魔物もいねぇなら手分けして探してぇ所だが、危なくない場所とは言い難てぇし一緒に周りを探るか」
「分かりました」
「今度は皆、一緒だからね」
 あたしがそう言うとカンダタが苦そうな顔をした。
「ラダトームの事、根に持ってんのかよ…。臨機応変で、危なくなったら逃げるんだぞ」
「ヤだよ。だって、ゾーマさんがその気だったら、逃げたって殺されちゃうかもしれないじゃん。逃げたって同じなら一緒にいるからね」
 今度はガライさんが苦しそうに顔を顰めた。
「申し訳ありません。…あんな事があったのに……ここまで付いて来てもらって」
 そんな顔を見るのは数日前の満月の夜だった。
 その日は強い風の声に乗って泣き声に聞こえていた。
 ただ広い夜空の下に墨汁を広げたようにただ黒くて殺風景な草原。真っ黒い世界に浮かぶやけに明るい木の皮の色が十字に組んだそれを突き立て、土を盛り上げただけの真新しい山の下にオルテガ父さんが眠っているんだって。
 悲しくない、なんて言えば嘘になるよ。
 でもさ、一緒にマイラからやってきたロゼ姫さんが無茶苦茶泣くんだもん。『おじさま!おじさま!どうして!?』そんな単語がようやく聞き取れるほど声が掠れてしゃっくりあげて、お墓にしがみついて服も髪も顔も土で汚れるのもお構いなし。なんだかあたしの方が呆れちゃって、悲しみなんかどっか行っちゃたよ。
 …それで良かったのかなって思う。
 実際会ってたら、今、こんなに落ち着いてられないもん。
 少し思いふけってると、そんな顔をして謝るガライさんの背中をカンダタが思いっきり叩いた!
「んな顔すんじゃねぇよ!お前がしっかりしねぇでどうすんだ!」
「ごほっ!ごほごほごほ…。冗談抜きで叩き…まし…ごほごほごほ。な…て酷い人なんでしょう」
 カンダタも目の前で一緒に旅した友人が殺されたってのに落ち着いてるのは、さすが大人だよなぁ。もしかしたら娘のあたしがショックを受けてる様子がないから、凹んでる場合じゃないとか思ってるのかもしれない。
 むせ返ってくの字になるガライさんの腕を取る。
「さ、行こうよ!」
「は…はい。行きましょうか」
 一生懸命呼吸を整えるガライさんを引っ張るあたしと、苦笑するカンダタが続く。

 教会の地下にあるのはカタコンベっていう墓なのかなぁって思うんだけど、そこに入った時、いきなりランプの光が消えた。
 先頭を進んでいたカンダタが振り返ったみたいで、あたしに野太い声をかけてきた。
「オイ、ロト。ランプのオイルが切れちまったか?」
「おかしいなぁ。どこもいじくってなかったんだけど…」
 真っ暗な中で、あたしは右手に持った持ち手を掲げてみせる。鼻先に先ほどまで灯っていた火の熱を感じて、左手に持った変化の杖を小脇に抱えてオイルの調節を行う部分を回す。
 全開の方向に回らないほどに回しても変化がない。
 反対方向も念のため回してみても、火はつかない。
「あれぇ?」
「あれぇ、じゃねぇよ。貸してみな」
 乱暴にランプを取り上げられると、背後からがちゃがちゃとランプの火を付けようとするカンダタの奮闘ぶりが聞こえる。その奮闘ぶりを耳で聞いていると、ガライさんがため息をついた。
「災難ですね。準備不足だったんでしょうか?」
「大丈夫だよ。カンダタは予備のランプオイル持ってるもの」
 ごそごそとカンダタが荷物袋を漁っている様子が、暗い中でランプにオイルを補充しようとして苦労している様子が、マッチを擦る音が続いて驚いた声を上げた。
「うわっちぃ!なんじゃこりゃぁ!?」
「どうしたの!?」
「どうしたんですか!?」
 あたしとガライさんが慌てるカンダタの声に向かって、大声で訊ねる。滅多な事では声を荒げることのないカンダタの声に、あたし達は警戒と緊張感もあってただ事じゃないと感じてしまう。
 しかし、カンダタはそんなあたし達を制して、いつもの荒っぽいが珍しい慌てた口調で言い放った。
「俺は大丈夫だから二人とも動くな!今、火を消しちまうから…あちちちちち」
 火?
 火の明かりなんて全然見えないんだけど…。でも前髪が暖かい風を感じて浮かぶのを感じる。
 どすん、ばしばし、ぐりぐりと足で火を消そうとする音がしばらく続くと、ようやくカンダタの荒い呼吸が聞こえてきた。
「はぁ、焦ったぜ。ランプのオイルも少ししか入らなかったあたり、ランプのオイルは少ししか減っちゃいなかったんだ。だから火をつけようとしたら、火はついたのに火が見えねぇんだ。熱も感じるのに、実際オイルに引火してかなり燃えたってのに、全然火が見えねぇんだ」
 よく見てみろ。とカンダタがあたし達の手を引いて、翳させる。
 マッチを擦る音が響いて手のひらに熱を感じても、視界は真っ暗のままだ。
 光がない。
 意識をすると、闇がより濃く感じる。夜の底。闇の中の闇。どんなに目を凝らしても何も見えないべったりとした暗闇。思わずきつく握りしめた事に、自分ですら驚くほど鋭敏になった神経にあたしは驚いて震えた。寒くも暖かくもない空気が絡み付き、埃臭さも感じず、自分の肌がなくなったかのような境界線のない曖昧さが異常な不安を掻き立てた。耳には辛うじて仲間の息使いが聞こえるのが、唯一の幸いだった。
「来た道を戻るか。これ以上用意もなしに踏み込むのは危ねぇ」
 そういってカンダタが「ん?」と首を傾げるような声を上げた。
「階段はどこいっちまったんだ?」
 それからあまり間を置かず『ここで待ってろ!』と強く叫ぶように言い放つと早歩きで歩き出す。カンダタの足音だけが単調に響き、何かにぶつかる音も何か障害物を避けるために歩みを止める足音も聞こえない。何もないとは思いたくない。カンダタは暗闇に慣れてるんだって、静寂の中きつく言い聞かせる。やがて右往左往を繰り返しあたし達の周りをぐるりと回った頃には、カンダタは信じられないように大きく息を吐いた。
「入り口が無くなってる」
「そんなバカな事…」
 ガライさんが呻くように言うと弾かれるように確かめに行く。あたし達の声を頼りに周りを捜索すると、ガライさんも同じように肩を落として戻ってきた。
「……リレミトは…最後の手段にしたいんだけど」
 リレミトというルーラの原理に似た呪文がある。
 詰まる所、脱出する呪文なんだけど、壁や障害物など普通は通り抜ける事ができない物を突き抜けて行くという事を行うため、難易度はルーラと比べるなら天と地の差があるんだ。ルーラのように空を飛んで移動するような技術なんかとは違い、リレミトは肉体の置いている次元の変換を行ったりと制御が難しい。
 制御に失敗すれば死にかねない呪文で、あたしは一度も使った事がない。
「何か良いものないかしら?」
 あたしは自分の荷物袋を開いてみる。
 袋の紐を緩めると蛍でも入っているかのような淡い光が漏れ出す。あたしが顔を見上げると、ガライさんの顔もカンダタの顔もうっすらと見える。二人共互いの顔を見合わせると、あたしの袋を覗き込んだ。
 視線を袋に戻す。
 袋の中にある光の源を探る。銀でできたウサギの留め金を黄金色に染めて、深紅のルビーに太陽を宿らせる、そんな柔らかくも強い光が布の繊維の隙間から霞のように湧き出ている。
 息をのんで、ウサギの留め金を外し、袋を広げた!
 直視できない程の眩しさなのに、目を痛める事は無い不思議な光を放つ玉。
 セルセトアさんの命。
 そおっと手のひらに包んで陰る光を、もう一度開くと変わらぬ光が辺りを照らした。積み上げられ壁を築くレンガを黒曜石のように黒と白に分け、木が崩れ落ちるほどの歳月が経った金属の枠組みを闇から掘り出し、土がむき出しになった地面を円を描くように照らし、あたし達はようやく自分の姿も相手の姿もきちんと見れるようになった。
「さすが、こんなインチキなんか通用しないってか?」
 カンダタが皮肉のような、それでいて泣き笑いのような笑みを浮かべて光の玉を見つめた。そして首を巡らして周囲を眺める。
「さぁて、ここはどこだろうな?」
 前も後ろも、光の届かない闇に溶け込んだ通路。階段を下りてそんなに歩いたはずとは思えないのに、そこはひたすらまっすぐの通路だった。
 あたしは体が向いていた方角に二つの黄金色があるのに気が付いた。
「あ」
 声を上げて二人がそれに気が付いて振り返った時には、「それ」は光の玉に照らされる範囲に足を踏み込んでいた。
 皆、開いた口が塞がらない。
 光を放つ玉を興味津々に覗くのはガライさんくらいの大きさを持つドラゴンだ。その黒曜石のように薄くきらびやかな鱗に真珠のように柔らかそうな爪を申し訳なさそうにくっ付け、尾はぱたんぱたんと一定の間隔で地面を打ち、鋼のように鋭い牙がしっかりと生えそろった口の上に黄金色の瞳が賢そうに輝いている。
 警戒しているのか、筋肉質な竜に比べればふっくらした印象の体を低くしてこちらをうかがっている。
 どうしよう。
 あたしがガライさんに振り返ると、ガライさんは一つ頷いて竜の前に歩み出た。
「君は…この城に住んでいるのかい?」
 いたわるような声色で、ゆっくりとした口調で、ガライさんは竜を覗き込んだ。竜は少し戸惑ったように瞳を瞬かせると、こう、と掠れたようで高い声で鳴いた。
「…じゃあ、外から親と来たのかい?」
 光の中で鱗を輝かせながら首を傾げると、再び短く、こうと鳴く。ガライさんが参ったなぁ…と頭を掻いた。
「この子、生まれたばっかりで言葉が喋れないみたいですね。なんだか親もいないみたいですし…」
 敵意がないことが伝わったのか、別に離れる様子もない竜に見覚えがあるような気がする。既視感はそのままその黄金の瞳に吸い込まれ、黄金の色が知っている竜に結びついた。
 鱗の色は違えど、その瞳だけは、似ている。
 子の運命を変えると言った、この光の色に。
「…まさか、セルセトアさんの赤ちゃん?」
 カンダタが、ガライさんがハッと竜の子を見る。竜の子は何に事だか良く分からないが、いきなり自分の方に視線が集まったのに驚いて目を見開いた。
 あたしはその見開いた目と同じ色の玉を差し出した。その子に近付けると心なしか強く輝く気がした。
「あのね、この玉はね、あなたの…」
 突然
 セルセトアさんの赤ちゃんが、ガライさんが、カンダタが、消えた。
 光が消えた。
 ううん、光の玉はあたしが持ったまま。光の玉のおかげであたしは自分の体がはっきりと見えていた。見渡す限りの闇。もしかしたら光が映し出すべきものがない、つまりあたしの周りには何もないんじゃないかと思う。
「汝は光の玉を正当な持ち主に返還する為に遣わされたのか?」
 重厚な声、銅鑼のようにどこから響いてくるのか分からずあたしを取り巻いて消える声に、総毛が立った。
 こんな話題をする人は、ここには一人しかいないはず。
 ガライさんをあたし達の世界に導き、ガライさんが話し合うべき人。カンダタが話してくれた、満月の夜に闇を率いてオルテガ父さんを殺した人。セルセトアさんが教えてくれた、世界の強すぎる光に対して濃厚な闇となり閉ざされつつあるアレフガルドを憂う人。ロゼ姫が言う、このアレフガルドの明けぬ夜の元凶。
 そして、あたしは思う。
 この人の先に未来がある。この人の問題が解消される時、あたしは新たな目標を見つけなくちゃならない。
 その人は扉だ。
 今の旅から次の旅へ抜ける為の扉だ。
「貴方が…ゾーマさんなんだね」
「そうだ」
 闇から声が返ってくる。それでもどこから声をかけてくるのか分からない。
「竜神の末裔の命の結晶、竜神の末裔が神たる魂の証を持つ者よ。大いなる神がルビスに授けた6つの天の秘宝を持つ者よ。汝は何者だ?」
「あたしはロトよ」
 ロト…ロト…ロト……。
 声が闇の中で反響し、自分の名前が反芻されているようだ。まるで知っている者の名を復唱するようで、懐かしき名を呟くような感情はない。でもあたしはその闇の中に響く自分の名に、自分の内外の意味のある響きがあるような気がした。
「ロトよ、汝はその手中にありし力を行使して我が脅威となるか?さすれば我はかの勇者と同じく選択を与えねばならん」
 話が早いなぁ、ゾーマさんって人は。んで一方的。
 こっちの話も聞いてよ。
「その問いに答える前に色々こっちの質問も答えてよ。世の中ギブアンドテイクって言うでしょ?」
 声が途絶えた。
 耳に痛い沈黙が続くのを、あたしは問うても良いと勝手に解釈した。
「どうしてセルセトアさん…竜の女王って言った方が貴方は分かるのかな?まぁそれは置いといて、どうしてセルセトアさんの子供がここにいるの?あたし達がセルセトアさんを看取った時、彼女の赤ちゃんはまだ卵だった。さっきの言いっぷりやセルセトアさんの力を見る限り、きっと彼女の赤ちゃんも光の力を持ってるに違いないわ」
 そうだ、ちょっと変だ。
「どうしてわざわざ光を招くの?」
「闇が闇であるために全ての光を消すことはできない。この世界の全ての光を消し去った時、闇は闇ではなくなってしまう」
「じゃあ、貴方を倒す事なんてできないね。だってこの世界の全ての闇がなくなったら、光は光じゃなくなっちゃうものね」
 確かに、光も闇も互いが存在しなければ認識する事ができない。
 ゾーマさんは本当にアレフガルドの事を考えてくれているんだろう。でなくては、光など招かない。
 でも、こんな答えじゃ先へは進めない。この答えを出すための旅じゃなかったはずだ。
 やるべき事はうっすら思い浮かぶ。実行もできるはずだ。でも、それができるだろうか?自信はない…。勇気ってやつなのか、決断ってやつなのか、意志ってものなのか分からないが、あたしはそれを行うために必要な何かがなくて動けない。
「今度は皆、一緒なんだろ?」
 あたしの量が多い髪を乱暴になでる大きな手に、あたしは驚いた。
「きっと、ロトちゃんの出す答えも僕の答えも、同じものです」
 凛とした涼やかな声。カンダタの大きな体の奥に、セルセトアさんの赤ちゃんを連れたガライさんが笑っていた。
「このチビ凄いぜ。闇をかき分けて進みやがる。こいつがいなけりゃお前は見つかんなかったろうよ」
 こう、と得意げに鳴く。
 そうだ、一人じゃない。
 みんなで出した、答えなんだ。
 あたしは荷物袋から6つのオーブを取り出すと、オーブ達はあたしの魔力に反応して浮かび上がった。
 左手に光の玉を、右手に変化の杖を掲げると、あたしは大声で宣誓した!
「あたし達は貴方の想いに答えるよ!闇が闇として光と共に在れるように、光が光として闇と共に在れるように、この強すぎる闇の世界に光を投じてみせるよ!」
 闇がざわめいた!
 カンダタの手が肩に置かれていなければ、ガライさんがすぐ傍らに居てくれなければ、逃げ出してしまいそうになる。膝が砕けそうになる。
 あたしは手の中の光に語りかけた。
「ガライさんの旅の目的を果たすためにここまで来たから、カンダタが今までもこれからも見守ってくれるから、そんな二人としてきた旅が大好きだからあたしはここにいる。あたし達がここにいるのは、貴方の子の傍にいるのは、貴方がここまで導いたなんて思わないよ。ただ成り行きなんだ、だから、いつものように力を貸してよ」
 厳かな…深みのある声が、闇に逆らって深々と響いた。
「ラムプロローグスの首飾りよ。其の同胞たる黒き宝玉の末裔を救わん我にその慈悲を与えよ!光を導き闇を穿つ力となれ!」
 あたしは力一杯魔力を高めて変化の杖を掲げた!その動きに従ってオーブが光になって四方八方に散る!
 母親が子供を守る為に放つ偉大な力がオーブの貫いた力に続く。
 闇が笑う。
 さぁ、どうした。
 我の中に光を投じるのだろう?
 純粋な光は我の中には投じられぬ。
 さぁ、どうする。勇者よ。
 あたしは笑う。
 ガライさんは貴方の期待に応えて、光をさらに輝かせて戻ってきたよ。
 カンダタはあたし達の光をより輝かせるために、一緒に歩いてくれたよ。
 セルセトアさんは、子供の未来がより幸せであるように願って、光となったよ。
 オルテガ父さんは力の限り戦って、この世界の全ての光となろうとしたよ。
 セルセトアさんの赤ちゃんは、貴方の希望としてこの地に連れて来られて、光となるよ。
「だから、貴方のその闇の中にたくさんの光があるよ。貴方は光を知るから、より深い闇になるんだ」
 そしてあたしは
「貴方の闇の中で闇を知ったよ。だから、光を灯す事を考えるんだ」
 皆の光を知ると、やっぱり光は必要だと考えるよ。
 光を、灯すよ。
 息を吸う。
 全ての光を、光の玉の力を、6つの闇を切り裂くオーブの力を、あたしの力を、
 全て、一つに。
「……レミーラ!!」

 アレフガルド中の人々はその瞬間空を見たという。
 闇が遥か遠くへ突き飛ばされるように、いや、それを見上げる人々をすり抜けて影のように傍らに従った闇が小さくなるように、灯された光は遥か天空へ昇る。
 剣を取って戦う者も、我が身を守ろうと戦う者も、明日の命を憂う者も、死した者を悲しむ者も、全ての者が見上げた。未来に絶望し虚空を見上げる者に光が映り、過去を失い地に伏す者は影の濃さを知る。今を見出せず目を閉じていた者は、突如瞼の内に広がる深紅の血潮に驚いた。
 月よりも強く輝き、星すらもかき消すほど強い暖かい光。
 人々は、動物は、魔物は、考えよりも深くに抱えた記憶を呼び覚ます。
 太陽だ。
 初めてであるはずなのに初めてではないような錯覚は、隣にいた愛しい存在の手を握り直すような、今までの些細な幸せ一つ一つを思い出して満ち足りるような、そしてこれからの未来を思い馳せる事を容易いものとした。それはひどく当たり前すぎて、忘れ去られていたものであったのを、呼び覚ました。
 誰もが見上げた。
 光を。
 誰もが灯した。
 心に。
 闇の中に幾万と、命の数だけ、光が灯される。