仲間と共に

 満月は黄金色で低い所を漂っているので周囲はとても明るい。焚火の炎は淡く大地を赤く染めていて、その手前にアインツが用意してくれている鍋料理やパンが置かれている。香りが不必要に広がらない様にぴったりと蓋がされていて、吹きこぼれない絶妙の距離を保って長い影をあたしに落とす。あたしのお尻の下には集めてくれた枯れ葉が沢山敷いてあって、その上に麻布を一枚覆いかぶせて宿のクッションよりもふかふかで暖かい。仕入れの旅ですっかり上達したアインツの野宿の知恵は、あたしの野宿のイメージを覆す程快適だった。
 当のアインツはあたし達が背を預けている木の根に腰を掛けて、眼下に広がる平原を見下ろしている。人の住む場所は星の様に遠くに輝いていた。彼女は周囲に居る誰よりも年下なのに、その世界を見る横顔は何千年も生きた賢者様に例えられそうな神々しさがあった。遠くに見える魔物の影すら、彼女は愛おしく目を細めて見つめている。
「リッカ、寒いですか?」
 いきなり振り返って聞かれ、返事をするよりも早くアインツは焚火の前に移動していた。あたしよりも少し背の低い彼女は、黒髪を紅葉した紅葉を映し込んだように赤くして碧の瞳を和ませて見ている。あたしが口籠ってる間にアインツは焚火に薪を焼べて火を大きくした。そして彼女がいつも羽織っている薄い冬空のような空色のマントをあたしに掛ける。
 小さい手には不釣り合いな使い込んだハルベルトとホワイトシールドが、アインツの手の届く位置に置かれていた。マメだらけの手に持っている手描きの地図は、アインツが知人から譲って頂いた珍しい魔物の住処が記されているそうだ。珍しい魔物、それがあたし達の目的であるアイアンブルドーだ。
「もう目的地の直ぐ傍です。明日の今頃には帰路につけますよ」
 幼い顔を屈託無く笑わせるアインツは、宿屋に必要不可欠な人になっていた。
 地方の特産品やその中の最高品、秘境の珍味、幻と呼ばれた物。お客様や業者の方々から聞く噂と幻を一つ呟けば、アインツは出掛けていってはそれを得て帰って来た。滅多にお目に掛かれない品々の素晴らしさはお客様を楽しませ、それはお客様の口コミによって広がって行く。あたしが気が付けば宿はセントシュタインで最も有名な宿になっていた。サービスも質も一級品と称され宿屋協会にも認定されるのも時間はかからなかった。
 何時しか宿屋グランプリの優勝候補の一つと呼ばれる様になり、先日は金印の捺印された招待状が届いた程だった。
 お客様が寝静まり暗い闇の中ランプが灯るカウンターで書状を開いた横で、ルイーダさんが喜ぶ声が聞こえていた。秘密裏にやってくる審査委員に選別された上で初めて参加出来る宿屋グランプリの挑戦権が得られた。宿王になるのも夢ではないと言っていたのを遠くに聞く。あたしはその時程、仕入れに出掛けて居ないアインツに隣に居て欲しいと思った。アインツならあたしを見て笑顔で『頑張りましょうね』と言ってくれたに違いないから。アインツは私と一緒に宿屋を大きくして来た相棒だったから、希望とか期待じゃなくて一緒に頑張ってくれると思ってたから。
 宿屋グランプリの最終審査は挑戦権を持つ宿屋の主に課題が課せられる。内容は毎年様々だが、計算の様に一つの答えが無い。あたしのお父さん以来の優勝者が現れないのも、その課題の答えが審査員に宿王と思わせる内容ではなかったのだろう。今回の課題は宿屋に何の関係があるのか、アイアンブルドーという魔物を討伐する事だった。
 アイアンブルドーという魔物はとても強くて恐ろしく、常連の戦士さんは自殺行為だと止める程だったし課題の提示と共に棄権する人は多かった。あたしが一緒に来て欲しいとお願いすると、アインツは笑顔のまま二つ返事で了承してくれた。
 アインツは再び木の根に腰を下ろした。視線は魔物を警戒する為に遠くにあって、彼女のふっくらとした頬が夜空から切り取られたように見える。
「アインツ」
 あたしが呼ぶとアインツは直ぐに振り返って来た。
 アインツはあまり休息らしい休息をとらない。宿で働いている時も従業員の誰もが寝静まってしまうまで伝票の整理をして、誰かが起きるよりも早くに井戸に水を汲みに行っている。ベッドはいつも寝ている形跡はあったけれど、それもあたしだから分かる程度に奇麗に整えられている。一度訊ねた時、アインツは笑って心配しなくて良いと言った。何度も心配したりするのがアインツの負担だと思っていたから、あたしは『寝ないの?』と続けようとした言葉を飲み込んだ。
 言いかけた言葉を飲み込んだせいで、あたしは慌てて代わりになる話題を探した。代わりはあたしでも驚くような内容だった。
「何時までも宿の手伝いなんてしてて良いの?」
 ウォルロの村に大怪我をしてやって来たアインツのそれ以前を誰も知らない。セントシュタインという世界中の人々が一度は訪れる大都市に居ながら、彼女の出身地や彼女自身を知る人間は誰もいなかった。一度だけ常連のケネス様に訊ねた時も、全く知らないと返答した程だった。ウォルロ村で幼馴染みのニードに散々余所者と詰られていたせいで聞けなかったが、それ以来も完全に聞く機会を失っていたんだと思い出す。
 自分と祖父の様に血の繋がった家族が居るだろう。今までの人生を共にした友人が居るだろう。ウォルロの水を飲むだけで呼び起こされる望郷の念を思えば、彼女も故郷が恋しいだろうと思う。時折仕事を辞めて年相応に生きたいと思うなら、アインツだってそうだ。次から次に感情が沸き上がっても、問う事は恐ろしかった。その問いと答えを境に、自分とアインツの繋がりが絶たれてしまう恐怖があった。
「なんでそんな事を聞くんです?」
 アインツは不思議そうに首を傾げてあたしを見た。そしてさも幸福そうに笑った。
「私はリッカと仕事が出来て楽しいですよ。宿屋の仕事は大好きですから、リッカが迷惑じゃなきゃもっと手伝いさせて頂きたいです」
 あぁ、なんで。なんで。あたしは心の中で泣きそうになった。
 表情にも現れてしまったんだろう。アインツは吃驚して直ぐに真横に駆け寄ると、あたしの手を取っておろおろする。その姿を見ると、そんな反応を見たい訳じゃなかったのにさせてしまってとても申し訳ない気持ちになる。重ねられた暖かい部分に、生温い雫が何度も落ちて流れ星の様に伝っていく。外気に触れて冷たくなった線を、温かい手が何度も拭った。
「リッカ。リッカ。大丈夫ですか?」
 溢れる涙を柔らかい布が拭ってくれるのを感じる。それは赤子に触れる様に恐る恐る、決して傷つけぬ様に丁寧に扱われているのを感じていた。あたしは何度も込み上げるしゃっくりが落ち着くのも待たずに、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
 『今回の課題、受けるの止めよう』と。
「どうしてです?」
 アインツは心の底から理解出来ないと問いを返して来る。
 どうしても何もないよ。皆が怖がる強い魔物に戦う力なんて殆ど無い自分と、強くたって年下のアインツで勝てるの? その時いっぱい怪我しちゃったら? もしかしたら死んじゃうかもしれない。アインツの大丈夫ってもしかして『自分は死んでもリッカを護るから大丈夫』とかそういう意味なんじゃないかな? そんなの駄目だよ。宿屋はあたしの力で大きくなったんじゃない。アインツが居なくなったら駄目なんだ。
 でも、そんなこと説明してアインツは分かってはくれない。
 いつも大丈夫だよって返すんだ。何が大丈夫なのか誰も知らないけど、そう言い出したら彼女は頑なだった。
 あたしは黙り込んだ。何か一言でも言ってアインツの『大丈夫』が始まったら、魔物を倒すまできっと帰らないだろうから。
「リッカは不安なんですね」
 アインツは笑って真横に座った。荷物から食材の入った瓶を手早く取り出すと、小さい鍋を目の前に置いた。最初に注いだのはミルク。オレンジ色の優しい色を受けながら、鍋の中に溜まり波打つ。次に木製の匙を取り出してミルクの上に落とし込んだのは蜂蜜。黄金色の粒を大量に含んで琥珀の様に輝くそれが、これ以上のない宝物の様にゆっくりと白の中に入っていくのが見える。鍋を火に寄せるとアインツは焦がさない様に丁寧に混ぜ続ける。
「私も昔は不安に思う事がいっぱいありました」
 アインツは視線を手元に落としながら、笑いながら言う。
「私の師匠は言いました。慎重になるのは良い事だが、恐れていては何も出来ない。無謀にならぬ為に恐れは必要だが、時に恐れを撥ね除け勇敢になる必要がある…って。だから何でも大丈夫なんです。リッカが不安に思ってる事は全部大丈夫です。ほら、ホットミルク出来た。大丈夫」
「何が大丈夫なのよぉ」
 あたしはなんだか煙に巻かれた気持ちになりながらカップを受け取った。アインツも少しだけ注いで冷ます為なのかあたしの反対側に置いた。 
 ホットミルクは優しい甘さで満ちていて、ざわついていた自分の気持ちを暖かい日溜まりの中に居るかの様に暖めた。セントシュタインという都会で殆ど息を継ぐ暇を見つけるのも大変な忙しさの中に居たから、その一杯の香りと甘さと優しさはウォルロのゆっくりとした時間の流れを彷彿とさせるんだ。アインツのややゆっくりした喋り方も、敬語の中に残る幼さもウォルロに通じる何かを感じていた。
 アインツの大丈夫が始まってしまった。もう引き返せないかもしれないと思う反面、彼女の過去と久々に訪れた一時に不安が溶けているのに気が付く。
 気が付いた眠気は目の前の赤い炎が生む煙の様に、むくむくと湧いてあたしの中を覆い始めた。アインツが笑って布団代わりの厚手の布を掛けてくれると、押されてふかふかの寝床へ横になる。焚火の爆ぜる音と虫や鳥の鳴き声が子守唄の様に静寂を暖める。寝床は暖かかった。安堵の気持ちが瞼をこれでもかって程に重くする。
「大丈夫なんです。だって私達が…」
 そう、アインツが呟いている声が聞こえたけれど、最後まで聞き取るよりも早くあたしは夢の中に沈んでしまった。

 □ ■ □ ■

 肩を揺さぶられる感覚に体が浮かぶような気持ちになる。光を意識すれば気持ちはいつの間にか光を突き抜けて、目が覚める。目の前にあったのは焼べた薪にへばりつく様に燻る火で、その前に寝る前に置かれていた鍋が全て片付けられていた。アインツの手が想像以上に強くあたしの肩に掛かっていた。
 あたしが顔を上げると、初めて見る真剣なアインツの顔があった。
「荷物を持って下さい」
 見ればアインツは移動する時のように武器や防具を身につけていて、マントも既に羽織ってる。あたしが目暈け眼を擦りながら身を起こせば、アインツは敷物を丸めて腰に括り付けている鞄の上に邪魔にならないよう固定した。
「魔物が私達を見つけてしまったようです」
 先制攻撃はもう望めませんね。そんな事を呟きながらアインツは平原の奥の森を凝視する。森はインクの中身を彷彿させる黒で塗りつぶされていて、アインツは何を見て魔物があたし達を見つけたのか分からない。満月は先程とは真反対の山の近くに漂っていて、闇をより濃く長く引き延ばしていた。
 変化はあたしが魔物が本当に見ているのか懐疑的に思う頃に訪れた。森から木々が薙ぎ倒され踏みつぶされた音が響き渡り、多くの鳥達が驚いて飛び立ち始めた。鳥の影は意思のある黒い霧の様に森を旋回し、インクを垂らした雫の様に森から黒い影が一つ出て来た。
 それは月明かりの中で剥き出しの岩のような光沢を背負って、ゆったりとこちらを目指して歩き出していた。セントシュタインの家一軒分の巨体で、高さは宿屋の二階に簡単に達する程に高い。体には苔が生していて、鋭い角も丸みを帯びる程の古さを醸している。歩く度に相当の圧が掛かるのか、ずしんと重い音を響かせた。迫る程に大きさは見上げる程になり、アインツが居なかったら腰が抜けてしまいそうになる。
 アインツは槍を構えず手に持ったまま、あたしと魔物の間に立ちはだかる様に立っていた。ちらりと一度だけあたしを見る。
 小さく笑った。
 あたしが不安と恐怖で震えているのを励ます様に。
 ついに魔物の一歩が背を預けていた木を揺るがす程になる。赤い目がぎょろりとこっちを見下ろして、喉を引き裂いて出てきそうになる悲鳴をどうにか堪える。アインツは微動だにせず、じっと魔物を見上げている。
 魔物が吠えた。驚いて腰を抜かして座り込んだ視界一杯に魔物の影が覆い、その魔物は仰け反ったと思ったら足の裏がこちらに向かって振り落とされる。限界まで見開いた目には魔物の足の裏に着いた砂や土が容赦なく降って来たが、振り下ろされ踏みつぶされると分かっていても目が離せなかった。時間が引き延ばされたかの様に、ゆっくりと落ちて来る足。その間にアインツが立ち塞がる。白い盾を翳し、腰を落として敵の一撃を待つ。
 アインツを呼ぶ意味だったのか、自分の恐怖が限界に達したのか、自分の悲鳴が他の全ての音を飲み込んだ。
 敵の全体重に近いものを受け止め、アインツは片膝を立てて踏ん張っている。呪文を掛けているのかアインツの体は僅かに淡い光を纏っていて、巨大な魔物の攻撃を完全に防いだ。拮抗する両者の静止した動きに、あたしは何一つ解決してないのに安堵した。
 アインツはじわじわと動く。槍を手に取るとそれは魔物に向けられる。盾の下にあった体を僅かにずらして狙いを定めているのが分かった。
 手に力が入り、それからは光の様な早さだった。気が付いた時には金属同士を打ち合わすような甲高い音が響いた。
 魔物はバランスを崩し、その隙に足下から逃げ出したアインツは追撃に走る。
 狙っている急所を突くべくアインツは大きく槍を引き絞り、突き出した。魔物が僅かに身じろぎ、体の大部分を覆う硬質の皮膚が槍の穂先を弾く。攻撃が失敗に終わった事を察して突撃して来る魔物を、アインツは棒高跳びの要領で飛び越えて避けた。その時のアインツは空を飛ぶかの様に軽やかで、恐怖の色が何も感じられない。
 背後をとったアインツだったけど滞空時間が長かったせいで、魔物がこちらを向くまでに次の攻撃を与える事が出来なかった。
 それから何度もアインツは攻撃を受け止め続け、魔物は攻撃を防ぎ続けた。どちらも一瞬でも立ち後れれば死んでしまうような緊迫した戦いであるだろうに、アインツは恐れる事も無く魔物もひるむ事が無い。いつの間にか遠目には魔物達や鳥達がこの戦いの様子を見ていた。誰も背を向けて逃げようともせず、誰も加勢にも入らない。まるで今のあたしの様に周囲に集まった魔物達も固唾をのんで見守っているようだった。
 一際大きい音が響き、誰もがその音に驚きながらも注視する。
「…っう!」
 アインツがあたしの前に大きく弾き飛ばされて来た。埃だらけで浅いけれど傷も沢山負っているアインツは、息を粗く付きながら魔物から目を離さない。魔物も距離を置きながら、アインツを見ていた。息遣いも苦しそうで、突進して来る様子無く立ち尽くしている。
 両者が固まって動かない中、アインツが降参と言いたげに言った。
「駄目です。倒せないです」
 アインツのがっくりと力が抜けると、相手の魔物も力が抜け首が項垂れる。馬みたいなのか膝を折るってことはしないみたいだ。あたしはアインツと魔物を交互に見遣って慌てて言った。
「魔物の前で寛いじゃって平気なの!?」
「え? 彼に敵意は最初からありませんでしたよ?」
 へらんとアインツにしては珍しい気の抜けた笑みを浮かべ、あたしに説明しだした。アイアンブルドーという魔物は元々臆病な程の魔物であるという事を、地図を書いてくれた人物は言っていたそうだ。そんな臆病な魔物を仕留めるのは気が退ける事ではあったが、あたしの為を思って討伐を決めてくれた。倒せるかどうかは別として、挑戦するのも諦めるのはどうかと思っていたらしい。
 そこまで話すとアインツは立ち上がって、魔物に回復呪文を掛け始めた。淡い光が魔物を包み込んでいくと、魔物は気怠そうだが嬉しそうに体を震わせた。
「私にも敵意が無かったのですが、戦って本当に害意が無いか探っていたようです。もしかしたら退かなかったので、大怪我を負わせたり武器を壊したりして諦めさせようとでも思ったのかもしれませんね。でも互いに疲れてしまったので、引き際が見えたという所です」
 優しい子です。そう言ってアインツが優しく頬っぽい場所を撫でると、魔物も大人しく撫でられる。暫くすると名残惜しそうに背を向けて森へ歩き出した。地響きを生む程の歩みで進みながら、やがて魔物は黒い点となり黒い森の中に溶けていった。それを手を小さく振って見届けると、アインツは申し訳無さそうな顔で振り返ってきた。
「ごめんなさい。リッカ」
「どうして謝るの?」
「だってアイアンブルドーを討伐しその証を手に入れるのが課題だったのでしょう?」
 アイアンブルドーを倒せなかったという事は、どんな物かは知らないかその証が手に入らなかったという事だ。狡い人なら大人しくなったさっきの状態で毛皮の毛でも剃らせてもらって頂いてしまえば良かったと言うだろうが、アインツは当然そんな事はしなかった。
 しかし、アインツはそこで少し怒りの感情を滲ませた。
「宿屋グランプリって私が思った以上に非情な競争なんですね。かなり失望しました」
 他の候補でこの課題に挑んだとしたら、腕利きの旅人や沢山の傭兵を雇って討伐に繰り出さなくてはならないだろう。臆病なアイアンブルドーが武器を持った沢山の人間に囲まれて怯え殺されてしまうかと思うと、あたしもアインツの怒りが理解出来た。それはあまりにも人間の都合過ぎたのかもしれない。
 それは宿屋においてもそうかもしれない。
 お客様の為に快適な滞在の為に尽力する事は正しい。けれどそれが他者の利益を脅かす事になってはいけないんだ。お客様だって誰かの犠牲の上にあるサービスなんて受けたいと思うだろうか? 全てを公開しても誰もが気持ちよく仕事が出来てサービスを受けられる、そんな経営であっていきたい。
 でもそんなサービスが出来るのも、素晴らしい仲間が居ればこそだ。宿屋の授業員誰一人欠ければ今のサービスは提供出来ない。でも、サービスってただ提供するだけじゃ駄目なんだ。今まで以上にお客様に寄り添って、まるで家族の様に、自分の家の様にあれば良いと思う。そんな事を思える向上心と、仕事が出来るだけで満足しない自分の初心が失われない様にしたい。そして…
 そんな事を考えていたあたしの顔を見て、アインツは戸惑った様な顔になった。
「そんな晴れ晴れとした顔になって…どうしたんです?」
 課題は失敗ですよ? 残念じゃないですか。そんな事を言いたげだ。
 あたしは笑った。凄く気持ちの良い喜びが湧いて来る。
「アインツ、ありがとう!」
 一緒に居てくれて、一緒に考えてくれて、一緒に学んでくれて…。あたしは本当に最高の相棒を得たと思う。アインツと一緒なら何でも出来る。例えどんな困難が立ち塞がり絶望に押しつぶされそうになっても、隣に仲間が…そしてアインツが居てくれれば絶対に大丈夫なんだ。
 一瞬ぽかんとなった彼女も、次には満面の笑みになって喜んでくれる。
「帰ろう! アインツ!」
「そうしましょう」
 あたしが手を伸ばすと、アインツも嬉しそうに手を取った。少し屈んでアインツの服の埃を払うと、見下ろす黒髪を傾げながら照れくさそうに笑う。あたしよりも幼くて小さくて大人びているアインツ。不思議だけど疑問に思うような事じゃない。
 あたし達は手を繋いで日が昇り始めて赤金に輝き出した空の下を歩き始めた。